脳死患者16%に脳血流、5〜68%視床機能の可能性
視力、聴力障害も補助検査で脳死判定可能:横田報告
脳血流検査はエビデンスの高い研究が必要:貫井報告
温阻血時間0分〜37分の心停止献腎移植:寺岡報告
ヒトゲノム・再生医療等研究事業 平成14年度報告書
厚生科学研究費補助金「ヒトゲノム・再生医療等研究事業」の事務局である国立佐倉病院(千葉県佐倉市)は、平成14年度総括・分担研究報告書を発行した。以下は各報告の要旨。
- 横田 裕行(日本医科大学多摩永山病院):臓器提供施設内における臓器提供システムに関する研究(p150〜173)
研究要旨:平成13年度に当研究班は円滑な脳死下臓器提供に向けて現行のシステムの問題点を検討した。その中で現在、脳死判定ができない症例の存在が指摘された。そのような場合でも脳循環停止の確認と電気生理学的検査を組み合わせることで、判定が可能であるかを検討した。その結果、視力、あるいは聴力障害を有する場合であっても補助検査を使用することによって判定可能であると考えられた。今後さらなる症例の蓄積が期待される。
表3:脳幹反射が不能なときの補完法
施行できない
脳幹反射 |
障害側 |
施行可能な他の脳幹反射
(当該反対健側も含む) |
ABR |
SSEP |
脳循環 |
対光反射 |
一側
両側 |
○当該反射は健側検査可能
○当該反射は検査不能 |
○
○ |
×
× |
×
○ |
角膜反射 |
一側
両側 |
○当該反射は健側検査可能
○当該反射は検査不能 |
○
○ |
○
○ |
×
○ |
眼球頭反射 |
|
○ |
○ |
△
頚髄損傷の際には評価不可
→その際は脳循環 |
△
SSEPにて
評価できない時 |
前庭反射 |
一側
両側 |
○当該反射は健側検査可能
○当該反射は検査不能 |
健側のみ
× |
○
○ |
×
○ |
咽頭反射 |
|
○ |
× |
○ |
△
咳反射検査不能時 |
咳反射 |
|
○ |
× |
○ |
△
咽頭反射検査不能時 |
毛様脊髄反射 |
一側
両側 |
○当該反射は健側検査可能
○当該反射は検査不能 |
○
○ |
○
○ |
×
○ |
○:施行すべき検査、△:条件によっては施行すべき検査、×:必要ではない検査
当Web用語解説
- SSEP:手関節部正中神経を電気刺激する検査、短潜時体性感覚誘発電位
short latency somatosensory evoked potentials
- ABR=聴性脳幹反応、聴性脳幹誘発反応、聴性脳幹誘発電位、脳幹聴覚誘発電位 brainstem
auditory evoked potential :BAEPとも表記される。音圧レベルが100デシベル前後で持続時間0.1〜0.2msec程度のクリック音で刺激する検査。
脳循環検査の有用性:それぞれの検査法で脳循環停止の所見はすでに確立されている。すなわち、脳血管撮影においては内頸動脈と椎骨動脈のレベルで造影剤が停滞し、ガレン大脳静脈、直静脈洞などが描出されなければ脳の機能を保つための十分な血流が確保されていないと判断される。脳死のSPECT所見は頭蓋内に血流が認められない“empty
skull sigh”を呈する。Dynamic CT
では脳血管撮影同様にウィリス輪以遠の末梢動脈が描出されず、静脈洞などの静脈灌流が全く見られなければ脳機能を保持するための血流が存在しないものと判断される。脳死のMRI所見はテント切痕ヘルニア、小脳扁桃ヘルニア所見の他に頭蓋内flow
void の消失、皮髄境界の不明瞭化、造影MRIでは閉塞動脈の増強効果(intravascular
enhancement sign)、頭蓋外組織の増強効果(hot nose sign)を示す。MRAでは脳血管撮影と同様に脳血流の停止所見が得られる。脳血流が一定時間停止すれば脳細胞が死滅することは明らかである。
・・・・・・脳細胞が死滅し得るに十分な時間の脳循環停止を診断することは前述のごとく脳死診断の
golden standard
である。この場合、一回の検査だけでは脳血流停止時間が不明であるとの議論も生じるが、一回の測定でも臨床経過から考えて脳細胞が死滅するに十分な時間、脳血流が停止していたと判断することは経験のある医師は可能であろう。しかし、それが困難な場合はやはり2回の脳血流評価から十分な時間の脳血流停止を確認することが必要と考える。このような立場から考えると脳死判定は脳循環停止だけを確認すれば良いことになるが、脳死の概念を考慮する際には脳死臨調の報告に盛り込まれているように社会、すなわち一般国民の感情を考慮に入れなければならない。一部、外国にて行われているように脳循環停止を確認することのみでの脳死判定は本邦では社会的な合意を得ることは困難であろう。しかし、患者の事情で一部の脳幹反射が検査できないときには脳循環検査とABR、あるいはSSEPを組み合わせることで検査可能な脳幹反射を補完することは理論的にも可能であると考える。
横田報告についての当Web注
浦崎 永一朗(産業医科大学脳神経外科学教室):脳死の短潜時体性感覚誘発電位 聴性脳幹反応と組み合わせて、臨床脳波、39(11)、733−739、1997は、「橋出血から昏睡状態になった48歳男性がSSEPでは
scalp P14 消失しBAEPでも無反応であるが、臨床的には脳死ではなかった。・・・・・・BAEPとSSEPのいずれも脳死パターンであるが臨床的には脳死でない場合もあり、両者を組み合わせても誘発電位のみで脳死判定はできないことも銘記すべきである」としている。
横田報告の研究協力者である園生 雅弘(帝京大学医学部神経内科)は「【体性感覚誘発電位の臨床応用】脳幹障害におけるSEPの臨床応用、臨床神経生理学、31(3)、261−272、2003において「P13/14成分の主部は、内側毛帯の伝導開始に伴う
junctional potential だが、後半部分には視床皮質路由来の成分がわずかに混入し・・・」としている。この分担研究報告書では、脳死57記録のうち耳朶基準電極P13/14では3記録(5.3%)、非頭部基準電極P13/14では39記録(68.4%)が残存していた。
また頭蓋内血流の存在を示すABRT波以降は脳死57記録のうち9記録(15.8%)あった。有田 和徳(広島大学脳神経外科):NEUROLOGICAL
SURGERY(脳神経外科)、16(10)、1163−1171、1988は、「一般的に脳死状態では、脳灌流圧の低下のため脳血管撮影影 nonfilling が見られることが知られている。しかし、実際には、内頸動脈頭蓋内部分が遅れて造影されたり、中大脳動脈水平部や前大脳動脈が造影されることがある。また、一旦 nonfilling が確認された患者のその後、血管撮影で脳内血管の造影が得られた例も多数報告されている。 有賀らは、血管撮影上 nonfilling にも拘らずCTでは頭蓋内脳血管の確かな造影が得られる例があることを報告している」
「Schroder らは脳死症例の脳病理組織像の報告で、長時間脳死後で炎症反応が起こるのは高い頭蓋内圧の下降による再血流によって説明でき、また出血巣や壊死巣の経時的増加は完全脳虚血ではないことの証明であると述べている。 脳死状態とは異なるが、景山らの硬膜外バルーンによる猫の頭蓋内圧昂進時の間脳下垂体系の微小循環障害の研究では、臨床的に呼吸停止や血圧低下が起こっても視床下部にコロイドカーボン充盈の認められる部分は残存している。 中島も同じ実験系で視床下部の循環障害は下垂体の循環障害に比べて、その進行が遅れることを報告している。
このように従来の臨床的または実験的報告では脳死状態で脳血流はかならずしも字義通りの0ではない」としている。
- 貫井 英明:法的脳死判定における脳血流検査の意義(p204−p205)
臓器提供施設となりうる計544施設に脳血流検査の設置稼動状況をアンケート。392施設から有効回答を得ており9割以上の施設では脳血流検査装置が稼動していた。約7割が脳血流検査に肯定的だったが、検査基準の統一やエビデンスに対する批判的な意見がみられた。文献的な検討では、脳死判定においてエビデンスレベルの高い研究はなく、ケースシリーズもしくはケースリポートであった。各検査法において脳血流(PETでは代謝も)の消失は臨床的脳死基準によく合致していた。血管造影検査や
RI planer image
では脳死と判定できるものでもさまざまな要因で脳血流がみられることがある。脳血流検査は脳死判定を確定する補完的な診断として有用であると考えられるが、多数例で質的に異なる複数の検査を比較検討した報告はなく、今後、わが国でのエビデンスの高い研究が必要である。
- 寺岡 慧(東京女子医大):献腎移植における危険因子の解析と成績向上のための方策に関する研究(p103〜p122)
脳死ドナーを除く心停止献腎移植で1995年4月1日〜2002年1月9日までに実施された1036例の平均温阻血時間は8.15±10.91分(0〜70分)。心停止前の灌流用カテーテル挿入ありで4.1±6.0分。挿入なしで17.3±13.6分。心停止前の人工呼吸中止で平均温阻血時間は4.3分±5.5分、人工呼吸継続で9.2分±11.7分。
腎配分ルールが変更後の2002年1月10日〜2002年12月31までに実施された110例の平均温阻血時間は7.80±9.10分(0〜37分)。心停止前の灌流用カテーテル挿入ありで2.5±1.9分。挿入なしで18.7±8.4分。心停止前の人工呼吸中止で平均温阻血時間は2.4分±2.6分、人工呼吸継続で9.6分±9.8分。
寺岡報告についての当Web注
心臓が停止した死後の腎臓提供に関する提供施設マニュアルは、「カテーテル挿入・ヘパリン注入は家族の了承が必要。体内灌流は死亡確認後に行なわれる。一般の脳死判定で脳死状態と診断されていない場合は、心停止後に実施」としている。しかし、上記報告書によると、心停止前の灌流用カテーテル挿入ありの平均温阻血時間は4.1±6.0分または2.5±1.9分。このような3徴候死も成立しない短時間で死亡を確認できる理由はなにか。
脳死判定で終末期の判断を行い、生前にダブルバルーンカテーテルを挿入し、人為的に動脈を閉塞させてショック死を確定させる、
などの「脳死」前提の行為+人為的に死の確定を行なっているためと見込まれる。
また人工呼吸を中止すると心停止まで平均30数分かかる。にもかかわらず心停止前の人工呼吸中止で平均温阻血時間は4.3分±5.5分または2.4分±2.6分。これは心停止前から体内灌流を開始しているケースがほとんどであることを示すものとみられる。人工呼吸継続中の臓器摘出も、「心臓が停止した死後の腎臓提供」とはいえない。法的脳死判定手続きだけではなく、心臓が停止した死後の腎臓提供に関する提供施設マニュアルも無視する施設が多数あるとみられる。
ドナー不足にしておくことが、臓器移植に不可欠
レシピエント選択基準変更で組織不適合が増加
ドナーの270倍希望者がいても「経済的援助を」
近畿大学の小角 幸人氏らは、大阪透析研究会会誌21巻2号p183〜p193において「大阪府で行われた腎移植に関する実態調査」を報告した。
献腎移植症例数は1989年の67例をピークに、2002年は過去最低の3例に減少。献腎移植希望登録者数は1995年の2857人をピークに1999年は773人、2002年も801人だった。移植ネットワークが発足してから組織適合(HLA)ミスマッチ数も2から0へ減少傾向だったが、2002年は5近くになった。2001年からレシピエント選択基準が変更され、ブロック内の患者への移植が優先されるようになったことと、症例数が少ないため、平均ミスマッチ数が増加したためだ。
この実態調査は考案および総括で「HLAミスマッチ数は献腎移植成績に明らかに影響しており、このHLAミスマッチ数を小さくするためにも献腎移植希望登録者は多いのが理想であり、献腎移植希望者に対する経済的な援助が必要かもしれない」としている。
1978年1月以降2002年12月までに、大阪府下では418例の献腎移植が施行されたが、移植後の腎機能発現359例(95.2%)、18例は移植後も腎機能が回復せずに移植腎を喪失した。腎機能発現の有無が把握されている割合は379例(91%)。温阻血時間は機能発現例の平均3.7分、機能未発現7.22分(当Web注:ほとんどは生前のカテーテル挿入した後の臓器摘出とみられる)。
北海道の臓器提供施設スタッフ
子の臓器提供する人は1割いない、脳死や臓器提供の実際わからない6割
「医療関係者でさえこのような結果、市民の理解や協力は不可能」 藤堂氏
看護技術9月号はp72〜p73に北海道大学・消化器外科の藤堂 省教授による 日本の移植医療はいま・・・「北海道ドナーアクションプログラム」を通して を掲載、道内の主要臓器提供施設10病院・1,200名以上の医療関係者のアンケート結果を紹介している。以下は藤堂氏の表現。
それによると8割が移植医療の重要性を理解し、4割が脳死がヒトの死であることを認めている。しかし自分が脳死になった場合に臓器提供を応諾するであろう人は全体の3割で、自分の子どもが脳死になった場合に臓器提供するであろうと考える人は1割に満たない。それでも、生前に家族が「脳死」下での臓器提供の意志を表明していた場合に臓器提供を応諾する人は6割以上に上っていた。このアンケート調査のなかで、しかし、最も重要な結果は、「脳死や臓器提供の実際についてわからない」と答えた人が全体の6割を占めたことである。医療関係者でさえこのような結果ならば、医療に遠い一般市民の理解や協力を得ることが不可能に近いことは想像に難くない。
以下は当Web注:臓器提供の本人意思や家族の意志についての回答は、内閣府世論調査と同水準。移植医療の必要性理解は、愛知県下腎不全医療コ・メディカルへのアンケートと同水準だが、自らの臓器提供は、愛知県下移植施設コ・メディカルや静岡県立こども病院よりも低い。
ドナーアクションプログラムは、マーケティングの手法を利用して、臓器獲得を効率的に行なおうとするもの。臓器獲得の各工程:クリティカルパス(重篤な脳障害患者発生→潜在的ドナーとして特定→脳死診断→潜在的ドナーとして移植コーディネーターへ連絡→家族への働きかけ→ドナーの臓器管理→ドナーの臓器摘出→フィードバック)と各工程の実施者を明確にして、それが「適切に」行なわれているか否かを検証していく仕組みの確立を目指す。先行事例(藤田保健衛生大、新潟市民病院)にみられるとおり、脳死になる容態ではない患者まで脳死に追い込むなど、人権侵害誘発の危険性が高い。これらの活動に公的資金が投入されていることも問われている。
法的手続き下では「脳死」判定25例目、臓器摘出24例目
日本臓器移植ネットワークの発表資料