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札幌医科大学付属病院 20代女性に法的脳死判定
脳死判定対象外の患者を判定 脳波記録条件を満たさず
臓器摘出時に鎮痛剤を追加投与 肺移植待機患者の辞退
札幌医科大学付属病院で20歳代女性が法的に53例目の脳死と判定され、2月25日、52例目の臓器摘出が行われた
。脳死判定をしてはいけない中枢神経抑制剤に影響された患者であった可能性が
高く、脳波の記録時間も短かった。臓器摘出時に、何度も鎮痛剤を追加投与されたことも注目される。
厚生労働省・脳死下での臓器提供事例に係る検証会議報告書http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011swg-att/2r98520000011sxx.pdfによると、ドナーはスノーボード滑走中に転倒した20代女性。報告書は「2月23日14:30に臨床的脳死と診断された。なお、搬入時から使用されていた静脈麻酔薬のプロポフォール
5〜10μg/kg/minの投与は2月22日0:00に中止され、臨床的脳死診断開始まで37時間を経過しているので、脳死判定に影響はないと考えられる」としている。
守屋 文夫氏(高知医科大学法医学)は2001年に「脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離」において、臨床的脳死状態で塩酸エフェドリンを投与された患者が約72時間後に心停止した。解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍
(3.35μg)の塩酸エフェドリンが大脳(後頭葉)に検出されたことを報告するなど、近年の法医学の知見(血液中薬物濃度と脳組織内薬物濃度の乖離)からは、脳死判定の対象外とすべき患者だったと考えられる。中枢神経抑制剤の影響下にある患者を、脳死判定の対象から除外すべきことは法的脳死判定マニュアルに明記されている。
報告書は、臨床的脳死診断において「脳波検査の記録時間が正味20分と短い点が、脳死判定時に定められた脳波の記録条件を完全には満たしていない。脳死判定時に定められた脳波の記録条件を満たすことが望ましかったが、臨床的には脳死と診断するのに支障はないと思われる」としている。
同大学医学部麻酔科の山本 清香氏、山蔭 道明氏、佐藤 順一氏、川真田 樹人氏、並木 昭義氏、そして同病院高度救命救急センターの浅井 康文氏らが「臨床麻酔」31巻8号p1353〜p1355で発表した「レミフェンタニルを使用した脳死ドナー患者の麻酔管理」
は、超短時間作用性鎮痛剤の「レミフェンタニルの特徴を利用して(中略)脳死ドナーの麻酔管理に使用した報告は、海外を含めて本症例が初めてである」と、臓器摘出時の血圧・心拍数の激変も図にして詳細に報告した。
それによると「手術室入室後、有害な不随意運動と十分な筋弛緩を得るため、ベクロニウム5mgを単回投与した後、5mg/hrで持続投与した。手術刺激に伴う循環変動に対処するため、レミフェンタニルを0.06μg/kg/min持続投与で開始し、体重1キロ当たり毎分0.1〜0.3μg/kg/minの範囲で循環を管理した」としている。
p1354の図を見ると、レミフェンタニルの投与量は手術開始時に体重1キロ当たり毎分0.06マイクログラムだったが、手術開始後約30分の時点で体重1キロ当たり毎分0.3マイクログラムと臓器摘出術中では最も
大量に投与した。大量投与のタイミングは皮膚切開の直前にあたり、メスが体内に入る前に最大の鎮痛効果を求めたとみられる。しかし超短時間作用性鎮痛剤のため
、激痛を鎮める効果は急速に薄れる模様で、その後の約70分間に投与量は体重1キロ当たり毎分0.15マイクログラム、0.1マイクログラム、0.2マイクログラム、0.06マイクログラムと増減がある。
血圧の変動は、皮膚切開から大動脈遮断までに6回の上昇がみられる。このうち最も急激に上昇したのは手術開始後80分頃にあり、収縮期血圧が110mmHg程度から160mmHg程度にまで急上昇した。
その後、約5分のうちに再び110mmHg程度に急下降した。この血圧が最大に上昇した時に、鎮痛剤の投与量は臓器摘出術中で2番目の大量投与となる0.2マイクログラムが投与された模様だ。同様の血圧の急上昇・
急下降が、この後にも2回記録されている。開腹操作時や胸骨切開時には、鎮痛効果が少なかった模様だ。
札幌医科大学付属病院では1968年8月、国内初の心臓摘出・移植手術が行われたが、この時も和田教授らは筋弛緩剤と麻酔剤を準備した。
肺移植待機患者2名が、容態が安定しているため辞退!
厚生労働省・脳死下での臓器提供事例に係る検証会議報告書は、レシピエントの選択について「肺については、第1候補者は、容態が安定しているため辞退した。第2候補者(片肺第1候補者)の移植実施施設側が片肺の移植を受諾し、右肺の移植が実施された。第4候補者(片肺第2候補者)は、容態が安定しているため辞退した。第7候補者(片肺第3候補者)の移植実施施設側が片肺の移植を受諾し、左肺の移植が実施された」としている。患者の治療状況、症状の改善を、移植待機登録に反映させないでいる可能性がある。
愛媛県立新居浜病院 法的脳死判定52例目 20歳代男性に
中枢神経抑制剤の影響下、脳死判定対象外患者の疑い
2007年2月12日、愛媛県立新居浜病院で20歳代男性が法的52例目の脳死と判定され、翌13日、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓の摘出が行なわれた。
第52例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011std-att/2r98520000011suu.pdfによると、20歳代男性は2007年2月10日3時45分頃、バイク走行中に軽自動車と衝突して受傷した。4時8分、愛媛県立新居浜病院に到着、来院時に撮影した全身CTでは右上葉肺挫傷、腹腔内液体貯留が認められた。頭部CTでは、頭蓋骨骨折、右硬膜外血腫、右外傷性くも膜下出血、左視床〜内包に脳挫傷、脳腫脹が見られた。
報告書は「受傷直後から重度の脳機能障害の存在が推定でき、短期間で不可逆的な脳機能喪失状態に陥っていたもので、保存的な治療の選択やその後の治療経過は妥当である」としている。
2月11日、主治医より家族に病状を説明し、臓器提供の選択肢を提示したところ、17時50分に父親より患者の臓器提供意志表示カードの提示があり、家族も同意している旨の連絡があった。2月12日0時20分臨床的脳死と診断された。報告書は「頭部外傷による痙攣予防にフェニトイン(125
mg×2回/日)が2月10日〜2月11日まで投与されたが、投与量や時間経過などから判断して脳死判定に影響はないと考えられる」としている。
法的脳死判定の第1回検査開始時の血圧115/71mmHgが、無呼吸テスト開始前は192/99、無呼吸テストで動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)66mmHgまで上昇するのに15分間を要し血圧は112/44、テスト終了後は95/40mmHgと大きく変動した。
第2回検査開始時の血圧116/65mmHgが、無呼吸テスト開始前は122/59、無呼吸テストで動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)69mmHgまで上昇に今回は6分間と短くなり血圧は109/55、テスト終了後は105/53となった。
20時21分法的脳死による死亡確認、21時58分より検視、22時19分に終了した。
当Web注:神経学的検査、脳波・聴性脳幹反応検査、無呼吸テストのいずれも、中枢神経抑制剤の影響で誤って「反応なし」と誤診する可能性があるため、中枢神経抑制剤の影響下にある患者は脳死判定対象から除外することが求められている。近年の法医学の知見(長時間の薬物残存例)から、検証会議報告書が「頭部外傷による痙攣予防にフェニトイン(125
mg×2回/日)が2月10日〜2月11日まで投与されたが、投与量や時間経過などから判断して脳死判定に影響はないと考えられる」としていることは、憶測に留まる。
交通事故で受傷した患者に曖昧な脳死判定で死亡を宣告することは、加害者の責任を不当に重くする危険性もある。
「病気腎移植を実施する前に解決すべき三つの倫理的課題」
東大の藤田氏 ドナーのリスク、腎移植の試験的性格を軽視
2007年2月10日付の日本医事新報No.4320はp107〜p111に東京大学大学院医学系研究科 生命・医療倫理人材養成ユニットの藤田 みさお氏、児玉 聡氏、赤林 朗氏による「病気腎移植を実施する前に解決すべき三つの倫理的課題」を掲載した。結論を「(1)病気腎移植の医学的妥当性の検討、(2)試験的医療の実施に先立つ第三者審査システムの構築、(3)Non-Directed
Living Donationに関するガイドラインの作成――を解決しない限り、病気腎移植の実施は倫理的に問題があるといえる」としている。
「(1)病気腎移植の医学的妥当性の検討」について、「病気腎移植は、ドナーへの不必要な侵襲がないか、レシピエントへの十分な治療効果があるかといった点で、いまだ医学的妥当性が不明である。このため、すでに確立された標準的医療と同じようにこれを行うことは認められない。病気腎移植の是非については、先述した厚生労働省の調査班による医学的妥当性の検討を待ってから議論すべきである」とした。
「(2)試験的医療の実施に先立つ第三者審査システムの構築」について、「試験的医療を実施するに先立ち、第三者による客観的評価を得ることは、患者保護のために重要なだけでなく、結局は医学の進歩のためにも必要なことである。(中略)移植を待つ患者にとって病気腎移植が本当に必要な治療であると主張するのであれば、倫理委員会などによる適切な審査手続きを踏み、行われる医療の透明性を確保し、社会からの信頼を得ることが不可欠である」とした。
「(3)Non-Directed Living
Donationに関するガイドラインの作成」では、米国で提供先指定のない生体移植(NDLD:Non-Directed Living
Donation)が435例報告され、2002年に腎移植におけるNDLD実施のためのガイドラインが公表されたことをとりあげた。ガイドライン作成上、最も重要な項目を@ドナーの心理的・社会的評価の方法、Aレシピエント選定の方法、として「NDLDドナーはレシピエントと面識がなく利害関係もないため、親族間のような心理的プレッシャーを感じることは少ないとされる。しかし、身体的負担を負うばかりで家族の命が助かるという心理的利益もないため、ドナーの提供動機は慎重に評価しなければならない。(中略)今回の事件のように移植を行う医師、つまり、ドナーと利害関係にある者が直接ドナーに提供を促すことがあってはならない」とした。
肝臓移植におけるドミノ移植についても、医学的妥当性と公平なレシピエント選定の方法について「見直すべき時期かもしれない」と補足した。
以下は当Web注
藤田氏らは「これまで腎臓摘出が直接的な原因で重篤な状態に陥ったドナーの例は幸い報告されておらず、病気腎移植によって症状が改善したレシピエントが存在することも事実である」としているが、腎臓を2つとも摘出された患者が人工透析後、他の患者から生体腎と病気腎の提供を受けたことを失念しているとみられる。米国では生体腎ドナーの死亡例、日本でも社会保険埼玉中央病院と社会保険中京病院は透析導入例、金沢医大は創痛による職場復帰断念例を報告している。
腎臓移植レシピエントの3人に1人は生死不明で生存率・生着率の統計が信頼できないこと、QOLの低下するリスクも不明であり、透析療法との比較も行われていない。そもそも腎臓移植全体が第三者審査システムの必要な試験的医療の段階にあることは念頭にない模様だ。
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