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間脳を検査しない脳死判定、ヒトの死は理論的に誤り

 

 前ページで視床下部機能例を脳死とする危険を述べましたが、視床下部と視床脳(視床、視床後部、視床上部)からなる間脳を脳死判定では検査していません。この問題が「意識活動の基礎には大脳皮質と『間脳を含む脳幹』との相互作用が必要と考えられる。脳死や脳幹死を論ずるに当たって、間脳−大脳の機能活動は必ず考慮すべき問題である」と、基礎医学者から指摘されています。

 BRAIN AND NERVE(脳と神経)、49(7)は、p602−p610に、花田 安弘氏(東亜大学大学院脳機能学研究室)と川村 浩氏(明治学院大学一般教育部心理学研究室)による脳幹死についてを掲載した。以下は要旨。

 

 はじめに

 脳死の論議が紛糾した原因の一つに、医学界において脳死や脳幹死の概念が不確実だったことがあるように思える。まず脳幹の定義自体が混乱している。その曖昧な定義のままで脳幹死の概念が導入され、不必要な混乱を招いたのではないか。

 

T.脳幹の定義

 医学辞典や研究者により脳幹に間脳を含めるか否かが異なることと(延髄・橋・中脳の狭義脳幹=下位脳幹、これに間脳も含めるかの違い)、脳幹死説の Pallis が間脳を除外して脳幹を定義していることを指摘した。

 

U.脳幹と意識水準変動との関係

 Pallis が脳幹死説の基礎理論とし厚生省研究班もこの理論を引き継いでいる(上行性)網様体賦活系説(中脳網様体が感覚神経の入力を受けて、それを維持、増幅し、脳全体に覚醒反応を起こさせるという学説:1946年〜1952年に関連論文)。この説を唱えた Magoun が、間脳に属する視床網様体の研究成果も考慮して1958年に、「意識水準を調節する賦活系は、決して中脳網様体に限定されるものではない。賦活系は間脳を含まなければ機能概念として成立しない」とする脳幹賦活系説に改めた。

 川村氏の中脳網様体を除外したネコの実験では、視床下部を刺激すると、大脳新皮質の脳波は覚醒反応に至らなくても大脳古皮質の脳波に覚醒反応が観察された(1962年)。「鼻腔からの匂い刺激で新皮質の脳波を覚醒化できる」との発表( Arduini,Moruzzi 1953年)もある。

 さらに花田氏の動物実験で、ラットの中脳以下の網様体をほとんど除外し、間脳と大脳皮質、基底核のみとしたところ、手術後2日目から1週間以上、(狭義脳幹を切断していない動物と同じように)脳波に1日周期の睡眠と覚醒のサーカディアンリズムを確認した(1981年)。他の研究者も(1986年)、視床下部を破壊した実験でサーカディアンリズムの完全消失を確認していることから、基本的に睡眠と覚醒の交代の仕組みが視床下部にあることを示した。

 

V.意識の成立と賦活系の関連

 ネコ脳の実験から嗅覚・視覚以外の感覚入力が絶たれている脳でも、高次の脳活動が行なわれ、清明な意識活動が存在する可能性を指摘。さらに「ヒトのレム睡眠では、大脳は脳波的に覚醒状態に近いが、延髄以下は深い睡眠の状態にある。この状態では必ずしも周囲の状況を正確に反映しない意識内容を夢として自覚する。この例もまた、下位の脳幹よりも上位脳幹が自我意識形成の基礎として大きな役割を果たしていることを示唆するものであろう。

 言語中枢のある左側の内頚動脈に麻酔薬を注射すると、右側の手足の麻痺とともに継続していた発語が中断、その間の意識も中断することは、自我意識と言語中枢活動の密接な関連を示す。

 脳幹死について

 可逆的変化を期待できないほど間脳を含む脳幹が広範に障害された時には、意識の回復は望みえず、理論的に死からの脱出は起こりえない。・・・(中略)・・・脳幹が壊滅していることが明瞭ならば、これらと直接関係しない脊髄反射が痕跡的にみられたとしても、それ自体は生理学的に意識回復の徴候にはならない。・・・(中略)・・・もちろん脊髄反射を引き起こす刺激が、脳神経の活動を示す徴候を少しでも引き起こすならば事情が変わるのは当然である。

 以上を総括すると、ヒトをヒトたらしめている自我意識の発生機構には、上位の脳幹(視床下部と中脳)と大脳皮質の統合作用が不可欠である。・・・(中略)・・・したがって、中脳以下の機能の不可逆的な破壊だけをもって脳幹死とし、それをヒトの死とすることは理論的に誤りである。脳幹死の判定にあたっては、視床下部と大脳皮質間の統合活動の残存に最大限の注意を払うべきである。このためには誘発電位からみた視覚系の活動検査は重要だろう。また深部脳波らしきものがとれた場合にも、それが嗅覚刺激などにより変化するか否か、といったことも前脳の機能活動残存の指標となりうる」

W.結び
 
脳幹賦活系の概念を述べ、それが中脳以下の脳幹だけで成立するものでなく、間脳とくに視床下部に大きな意義のあることを切断実験の結果などを用いて示した。またこれら上位の脳幹が、自我意識活動のうえで果たす役割を概説した。意識活動の基礎には大脳皮質と『間脳を含む脳幹』との相互作用が必要と考えられる。脳死や脳幹死を論ずるに当たって、間脳−大脳の機能活動は必ず考慮すべき問題であることを基礎医学の立場から論じた。

 


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