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「終末期の定義とその判断」について
 

「救急医療現場での終末期の現状」について
 

意見書送信後の付記事項

救急医療における終末期医療のあり方に関するガイドライン(案)への意見

 日本救急医学会・救急医療における終末期医療のあり方に関する特別委員会(有賀 徹委員長)は、7月末までに「救急医療における終末期医療のあり方に関するガイドライン(案)へのご意見」を募集した。以下は私が 同委員会宛に7月30日に送信した意見。


「終末期の定義とその判断」について

 3ページの「(3)終末期の定義とその判断」において、「1)法的脳死判定基準、または他の妥当な基準で脳死(臨床的脳死診断を含む)と診断された場合」を規定しているが、

  1. 治療に使用した中枢神経抑制剤が脳死判定に影響しない濃度まで低下しているか、確認できないまま脳死判定している施設が多いなど脳死判定はいい加減である。
  2. 人工呼吸器を取り外す以前に、各種投薬を削減したり人工呼吸器設定を変えたりして救命治療に消極的な施設がある。
  3. 感度の悪い脳血流検査を、信頼性の高い検査であるかのように装って脳死判定に用いる施設がある。
  4. 臨床的脳死判定さえ開始できないはずの低血圧であったのに臨床的脳死と診断し、さらに臓器摘出目的のドナー管理を法的脳死判定の開始前から行った法的脳死判定7例目など、臨床的脳死診断も法的脳死判定も、正確な実施が期待し難い。
  5. 脳死判定基準を満たした患者のなかに、年単位で生存する患者や脳波や自発呼吸の復活する患者も含まれ、終末期の定義が不適切である。
  6. 過去に日本救急医学会は、「臨床的脳死診断で、患者家族に脳死と説明してはいけない」と指導していたが、その指導に反するガイドライン案である。

 以下、A〜Fについて詳しく述べる。

A:中枢神経抑制剤に影響された患者の脳死判定、B:人工呼吸器を取り外す以前に救命に消極的な施設、C:感度の悪い脳血流検査の悪用について。

 一旦画像を保存し、次に写真画像として開くと鮮明に読めます。

 添付ファイル(左記の枠内kansaiidai7mz.jpg)は、第20回日本看護学会集録−小児看護−(p81〜p84)掲載の交通事故に遭った7歳男児例が死亡するまでの経過表です。患児は1988年9月19日に関西医科大学病院・救命救急センターに入院、入院3日目までバルビツレート療法が行われていたので脳死判定をしてはいけないのだが、医師は「脳波フラット。脳機能停止し、よびかけても本人には全くわからず、いずれ心停止きたす」と説明した。
 家族は救命をあきらめないで6日目に昇圧剤の増量を要求したが、救命救急センターは同日にステロイド・脳圧降下剤を中止した。同時期に入院していた脳死患者の家族から「脳死が蘇生した例がある」と聞いたので、その事を9日目に医師に質問した。救命救急センターは、その日に抗生剤・昇圧剤を中止し維持輸液のみに変更し、人工呼吸器の酸素濃度も60%から21%へ落とした。救命救急センターの一方的な治療撤退にもかかわらず、男児は19日目まで生きた。
 この救命救急センターの医師が救急医学13巻5号(p619〜p624)において、1988年まで3年間の脳死患者24名に対して、脳死判定後に輸血漿は87%で施行せず、中心静脈栄養は75%で中止、検査は50%で中止、抗生物質は37%で中止、昇圧剤は29%で中止と報告している。
 関西医科大学病院・救命救急センターのように、中枢神経抑制剤の影響下にあると推定されるのに脳死宣告を行い、さらに一方的に治療内容を引き下げていく施設があるようでは、医師の説明を信頼するわけにはいかない。

 日本法医学雑誌48巻補冊p93、同p264、49巻補冊p81、51巻2号p181、そして日本医事新報4042号p37〜p42において、脳不全患者においては脳組織に中枢神経抑制剤が高濃度に滞留して、血液中の薬物濃度とは数倍から数十倍の濃度差になることが報告されている。つまり、治療中に中枢神経抑制剤を投与していたら、脳死判定が不可能になる、脳死判定をしてはいけないことにせざるをえないと思われるが、脳血流検査を追加して脳死判定を正しいと強弁する施設もある。
 例えば昭和大学横浜市北部病院救急センターで行われた2001年1月の11例目法的脳死判定では、ジアゼパムが投与後71時間後において75.7ng/mlと検出されたため、「より客観的な診断法」として脳血管撮影を行い、その結果、脳血流の停止所見を得た。その後、法的脳死判定による死亡確認の手順を開始した(Neurosurgical Emergency 7巻1号p41〜p44)。脳血流検査の精度が高いのであるならば、昭和大学の対応も是認されるべきだが、実際には以下1〜6のように精度の低いことが報告されている。

  1. 杉野 繁一(日鋼記念病院)は日本集中治療医学会雑誌11巻supple、p163(2004)で「臨床的脳死と考えられた75歳女性は、脳血流SPECT、FDG−PETでは脳血流、糖代謝は認められなかった、ABRでは1波〜5波のいずれも消失。しかし20mm/μvの高感度脳波測定で10Hz、15μv程度の振幅があった」。
     
  2. 星田 徹(奈良県立医科大学)は臨床脳波44巻5号p295〜p302(2002)で「びまん性脳損傷と外傷性くも膜下出血の58歳男性は、受傷5日目の脳血流SPECT検査で頭蓋内血流はほとんど認められないにもかかわらず、受傷後8日目の脳波で6Hz、8μvの律動性活動が認められECIと判定できなかった」。
     
  3. 星田 徹(奈良県立医科大学脳神経外科)は小児の脳神経26巻4号p303(2001)で「32週に1,576gで出生した男児。2ヵ月半後のSPECT検査で大脳血流なく、さらに3ヵ月後のSPECT検査でも同様の所見であった。臨床的に脳死と判定したが、脳波検査では発症後1.5か月、2か月後にも10μV前後の脳波活動を認めた。1歳8か月時の脳波検査でも同様に脳活動を捉えることができた」。
     
  4. 今西 正巳(奈良県立医科大学救急科)は日本脳死・脳蘇生学会誌13巻p16〜p17(2000)で「脳挫傷の56歳男性、第6病日のSPECTでは脳血流は認められず、第9病日に瞳孔散大、脳幹反射消失。第10病日は平坦脳波といえず、5倍感度でも平坦脳波、脳死診断は困難であった。窒息による心肺停止の60歳女性は第17病日に瞳孔散大、脳幹反射消失、SPECTでは脳血流は認められなかった。第19病日の脳波は3μVの電位変化がみられ、平坦脳波、脳死診断は困難であった」。
     
  5. 森田 浩一(川崎医科大学核医学)は日本医学放射線学会雑誌53巻臨時増刊号S380(1993年)で「脳血流停止がSPECT上で示された5例中2例に自発呼吸が認められた」。
     
  6. 中村 弘(千葉県救急医療センター脳外科)は、救急医学12巻臨時増刊号S128〜S129(1988年)で「頸動脈撮影は48例(51回)、全例で脳波を、20例でABRを施行後3〜4時間以内に、また臨床的に脳死を疑った時点から14〜56時間後に施行された。48例中3例(6.3%)はnonfillingであったが、2例で脳波上Hockaday4aを、1例でABR上1波を認めた」。 

 

D:低血圧状態で臨床的脳死診断、ドナー管理を法的脳死判定の開始前から行うなど、臨床的脳死診断も法的脳死判定も、正確な実施が期待し難いこと。

 ICUとCCU25巻3号p155〜p160によると、法的脳死判定7例目の担当医の田中 秀治氏は「2000年4月23日患者が臨床的脳死に至り、翌日に患者家族から臓器提供の意思表示をいただいた。その時点では昇圧のため、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、ドブタミンを4剤併用し、収縮期血圧は60mmHg台であった」としている。収縮期血圧60mmHg台で臨床的脳死と診断できるのか?
 また厚労省の検証会議報告書は7例目について「2000年4月25日 8時15分法的に脳死と判定される。ドナー候補者はドナー管理に入る。この時間を持って死亡宣告」としている。ところが担当医は「患者の臓器提供の意思をかなえるべく、患者家族に昇圧剤の変更や輸液の増量、血漿製剤の使用の了解を戴き、ドナーの循環動態の改善に努めた。(中略)本来ドナー管理は、法的脳死が確定してから行われる管理を示す言葉ではあるが、実際の臨床の現場では、むしろ法的脳死が確定するまでの間の管理こそ、本当の意味でのドナー管理がなされるべきであることを実感した」とICUとCCU25巻3号で書いた。
 輸液量の増加は24日朝(夫が本人の臓器意思表示カードを提示した10:35頃)から行ったことが記載されており、これは法的脳死が確定した4月25日午前8時15分の約 22時間前である。
 この時の厚生労働省検証会議の医学的検証作業グループは、6名のうち2名が杏林大学の教授である。検証会議は「自施設関係者は除く」という当然の規定をしていたが、この規定も無視しており法的脳死判定の「検証」なるものも信頼できない。

 

E:脳死判定基準を満たした患者のなかに年単位で生存する患者、脳波や呼吸の復活例も含まれ、終末期の定義が不適切である。

 静岡県島田市立島田市民病院緩和ケア科の廣瀬 光氏らは、30歳の女性脳死患者が在宅療養を開始して9ヵ月間、対応を要する感染エピソードもなく家族のケアで支えられていること、家族は睡眠・覚醒の様子を感じていること、夜間に自発呼吸があるらしいことを、「ホスピスケアと在宅ケア」12巻3号(p215〜p218)で「いわゆる脳死患者、および家族との在宅ケア体験」として報告している。この患者は心肺停止患者だったため、救急患者といえるでしょう。
 小児では以下のように脳死判定後(または臨床的脳死診断後)に、脳波や痛み刺激への反応や自発呼吸の復活、脳血流の再開、ホルモンの分泌、身長が伸びる、など医師の脳死判定・診断を明らかにくつがえす、自然治癒したとも言える内容的にも目立つ症例の報告が、日本国内だけでも16例ある。

  1. 公立高畠病院:脳死判定基準を満たした後に、自発呼吸、脳波、聴性脳幹反応あり、生存中(臨床的脳死例・ 日本小児科学会雑誌99巻9号p1672−p1680、1995年)
     11歳男児は、 1993年10月20日 発症、テンカン発作で心停止の11歳男児は、厚生省脳死判定基準(1985年)により脳死状態と考えられた後に、1994年3月10日、発症4ヵ月後に脳波検査にて極めて低電位ではあるが波形が認められ、5月19日聴性脳幹反応で頭蓋内血流があることを示すT波の再出現をみた。8月22日 失調性呼吸が認められ数日持続。10分間無呼吸テストで規則的な自発呼吸が出現、9月22日 再び失調性呼吸となり消失。現在 血圧150〜180/90〜110mmHgと高く、呼吸管理を必要とするが、循環状態は比較的安定し、経管栄養も順調に行なわれている。
     
  2. 大阪府立病院:竹内基準満たしても視床下部ホルモン分泌、脳血流17日後も確認(脳死判定例・日本救急医学会雑誌4巻p655、1993年)
     5歳11ヵ月男児は、第8病日に竹内基準を満たした。抗利尿ホルモンは第13病日まで分泌。第14病日に経頭蓋骨的ドプラー法で脳血流停止が観察されたが、第25病日に造影CTで脳血流が確認された。
     
  3. 藤田学園保健衛生大:臨床的脳死の1ヵ月後に自発呼吸、178日間生存(臨床的脳死例・救急医学12巻9号S477−S478、1988年)
     4歳男児は、脳波、 聴性脳幹反応は完全に消失するも1ヵ月後に一時的ながら自発呼吸を認めた。
     
  4. 関東圏の大学病院:快・不快の表情を示す、生存中(脳死判定例・日本看護学会誌25巻4号p13−p21、2005年)
     2歳女児は「脳死の状態」と早い段階から一貫して説明されていた。入浴時に気持ちよさそうな顔をする。嫌なときは眉間をしかめて嫌そうな顔をしている。
     
  5. 兵庫県立西宮病院:聴性脳幹反応全波消失後も視床下部に血流、抗利尿ホルモン分泌、約20日間生存(臨床的脳死例・ 日本救急医学会雑誌2巻4号p744、1991年)
     1歳1ヵ月女児は、第2病日に瞳孔散大、脳幹反射はすべて消失、聴性脳幹反応はT〜X波が消失、脳波平坦化。第14病日に視床下部付近にわずかながら血流を認め、抗利尿ホルモンADHおよび副腎皮質刺激ホルモンが微量ながら分泌されていた。
     
  6. 兵庫医科大学:抗利尿ホルモンを中止したが心停止せず、身長が伸びる、脳死後312日間生存(脳死判定例 ・日本救急医学会雑誌11巻7号p338−p344、2000年)
     生後11ヵ月の男児は、身長74cm、体重8.7s。第15病日に成人用脳死判定で無呼吸テストも行い脳死状態。第219病日に「小児における脳死判定基準に関する研究班」の基準案を満たした。第245病日に抗利尿ホルモンは中止したが心停止せず、第253病日に身長82pまで増加。(第326病日死亡)。
     
  7. 近畿大学:脳死判定の10日後から自発呼吸、4年3ヵ月生存(脳死判定例・脳死・脳蘇生19巻1号p55、2006年)
     5ヵ月男児は、第20病日と第24病日に脳死診断、すべての反応は認めず聴性脳幹反応も認めなかった。第30病日頃から微弱な自発呼吸の出現を認めた。
     
  8. 広島大学:脳死と判定した後に脳血流、聴性脳幹反応が再開、脳死後22日間生存(脳死判定例 ・日本救急医学会雑誌8巻6号p231−p236、1997年)
     3ヵ月男児は、第5、6病日に脳死と診断。第9病日にSPECTにて若干の脳血流の存在を、経頭蓋骨的ドプラー法でほぼ正常な波形を認め、さらに第12病日には潜時の延長を認めるものの、第X波まで確認できる聴性脳幹反応が得られた。
     
  9. 大阪大学:40日後に自発呼吸出現、脳死後69日間生存(脳死判定例・ 日本救急医学会雑誌2巻4号p744〜p745、1991年・Pediatrics96巻3号p518〜p520、1995年)
     3ヵ月女児は、第3病日以降、脳死状態。第19〜22病日の頭部CT、脳血管造影では、脳の自己融解がみられず、脳循環はほぼ正常。第27〜33病日には、視床下部、下垂体機能の残存が確認。第43病日、自発呼吸が発現した。
     
  10. 奈良県立医科大学:発症後1.5ヵ月、2ヵ月後、1歳8ヵ月時にも脳波活動。2年3ヵ月まで生存(臨床的脳死例・小児の脳神経26巻4号p303、2001年)
     生後4日目に脳室内出血をきたした男児は、以後人工呼吸管理、運動反応なし、深昏睡状態。2ヵ月半後のSPECT検査で大脳血流なく、3ヵ月後も同様の所見。臨床的脳死と判定したが、脳波検査で発症後 1.5ヵ月、2ヵ月後にも10μV前後の脳波活動を認めた。1歳8ヵ月時の脳波検査で8〜12Hz、10〜15μVの脳活動残存。明らかなα波、β波とθ波を伴う低振幅脳活動あり。
     
  11. 奈良県立奈良病院:脳死判定後13日後に脳波と痛み刺激に反応、17日後に脳幹部血流再開、脳死後43日間生存(脳死判定例・ 日本新生児学会雑誌35巻2号p290、1999年)
     重症新生児仮死の女児は、小児脳死判定基準(暫定基準案)に基づき脳死判定を施行(24時間毎に計3回)。日齢7に患児は脳死と判定されたが、脳死判定 の13日後に脳波と痛み刺激に反応、17日後に脳幹部血流再開した。
     
  12. 北里大学:完全な誤診、異常なく9日後に退院(臨床的脳死例・ 日本産科婦人科学会神奈川地方部会会誌41巻2号p167、2005年・神奈川医学会雑誌33巻1号p34、2006年)
     胎児脳死と強く疑われた女児は、頭部CTや脳波検査をしたが、神経学的異常所見は認めず、経過良好で日齢9に退院した。
     
  13. 〜16.小児脳死の実態と診断についての全国医師アンケート結果(日本小児科学会雑誌108巻11号p1434-p1437)では、身長が伸びた4例が報告されている。

     

F:過去に日本救急医学会は、「臨床的脳死診断で、患者家族に脳死と説明してはいけない」と指導していたが、その指導に反するガイドライン案であること。

 日本救急医学会はニュースレター vol.9-2000(日本救急医学会雑誌11巻9号巻頭に掲載)において、「脳死の判定方法は幾つもありますが、診断を確定する上で等しく重要視するのがこの無呼吸テストです。このテストを抜きに脳死の診断は、不可能であると言っても過言ではないでしょう。(中略)竹内基準によっても、諸外国の判断基準でも、臨床的脳死=脳死では無いことは自明です。移植医療とは関係ない状況でも、最も重要な検査を除外して、安易に“脳死”と診断したり、また家族に説明することは臨床家として慎むべきことだと思います。移植に関係するしないは別として、脳死状態に至るような重篤な救急患者の場合、A可能な治療手段がない―>B救命不可能の判断―>C臨床的脳死―>D脳死の診断(脳死下での移植の場合は法に基づく脳死診断)という経過をたどる事になります。この時、C、ましてやBの状態で、“患者さんは脳死です。”という表現は避けるべきでしょう」としている。

 またガイドライン(案)のように、「他の妥当な基準で脳死と診断された場合」も許容すると、きわめて広範な脳不全患者が終末期にあると断定されかねないことになる。
例えば、横田 裕行氏(日本医科大学附属多摩永山病院救命救急センター)は日本救急医学会関東地方会雑誌21巻1号(p142〜p144)において「孤立性脳幹死と鑑別困難であった重症脳幹障害の1例」を報告しているが、52歳女性患者は第4病日には脳死判定基準の7つの脳幹反射が全て消失したが、脳波活動は認められた。無呼吸テストは実施しなかったが、自発呼吸は確認できなかった。第41病日までは脳幹反射は消失していたが、第42病日に対光反射を認め、第58病日には自動眼球運動も確認できるようになった。
 脳波測定や無呼吸テストを省くことも許容する脳死判定ならば、この患者は第4病日に死人であった。では、第42病日には「終末期が覆った、死人が生き返った」のか。
死亡宣告をした患者が生き返り得る状態を、脳死と断定し終末期と宣告する。そして、過去の妥当な指導も覆すならば、救急医への信頼感は失われる一方であると懸念する。


 

「救急医療現場での終末期の現状」について

 1ページの「(1)救急医療現場での終末期の現状」において「救急医がこのような延命措置を回避し延命措置を中止すると、結果として世間から様々な批判や誤解を受ける恐れがある。」としている。また3ページの「(1)わが国における救急医療現場での終末期の現状」において「このような状況でも医師が医学的根拠に基づき生命維持装置を取り外すことは現実的にはできないのが現状である。」としている。
 これまでの救急医療現場において、延命措置の中止あるいは生命維持装置の取り外しが累計で数例にとどまるのであれば、上記の表現=「批判や誤解を受ける恐れがある」や「生命維持装置を取り外すことは現実的にはできないのが現状である」を採用しても一般の市民にはおおむね受け入れ可能でしょう。ところが現実は、1985年の厚生省脳死に関する研究班報告書(日本医事新報3187、p104〜p106、3188、p112〜p114)は、718例のうち人工呼吸を停止したのが142例であると報告している。
 単一施設における人工呼吸器離脱例は、千葉県救急医療センターが1994年に救急医学18巻2号(p217〜p225)において施設開設10年で脳死343症例があり、うち196例(57.2%)が人工呼吸器を離脱し、心停止までの時間は平均22分であったとしている。脳死患者の6割近くが人工呼吸器を離脱して心停止したのであるから、千葉県救急医療センターにおいては人工呼吸器を離脱することが最も一般的な対応であったといえる。また、この時点で同センターは、人工呼吸器を離脱して臓器移植用に腎臓を提供した25症例があったことも報告している。
 日本移植学会雑誌「移植」25巻4号(p457〜p461)は、1984年1月から1988年末までの5年間429例の死体腎摘出のうち、85例(19.8%)が人工呼吸器をつけたまま腎臓を摘出し、67例(15.6%)が人工呼吸器を外して無呼吸を確認後の「脳死」腎臓摘出だったことを報告している。このように以前から人工呼吸器の停止が多数行われてきた、一部は人工呼吸器をつけたままの臓器摘出まで行ってきたことが実態である(脳死患者や死体腎提供者の全員が救急患者ではないが、臓器ドナーは死因から8割以上が救急医療における発生と推定される)。

 日本救急医学会は、今回のガイドライン(案)において「救急医が延命措置を中止すると、結果として世間から様々な批判や誤解を受ける恐れがある。・・・生命維持装置を取り外すことは現実的にはできないのが現状である」と認識しているようである。それならば、すでに1980年代前半で142例行われた人工呼吸器の停止は、日本救急医学会はどのように評価しているのか。人工呼吸器を停止するどころか、人工呼吸器をつけたまま三徴候死の宣告も不可能な状態で腎臓を摘出してきた行為は、世間から様々な批判や誤解を受ける恐れがないのか。
 日本救急医学会としてガイドラインの定着を図りたいのであれば、まず「過去に行われた生命維持装置の取り外し」そして「三徴候死の宣告ができない状況下での臓器提供」についての見解を示してから、その次に「なぜ現時点においてガイドラインが必要であるのか」について述べないと、信頼されないであろう。

 

以上

意見書送信後の付記事項

 千葉県救急医療センターは、治療中止相談ケースでは約9割で人工呼吸器停止の承諾を得ている。低感度の脳血管撮影を脳死判定に採用し、違法な早期ドナー管理も話題にしている。

 佐藤 章、中村 弘、小林 繁樹、景山 雄介、宮田 明宏、古口 徳雄、八木下 敏志行、渡辺義郎(千葉県救急医療センター):脳死症例に対するDNR告知と治療中止の決定における問題点、日本救急医学会雑誌、7(9)、430、1996


 臨床的脳死状態を切迫脳死例、脳波学会基準以上を満たす症例を脳死例とした。過去14年間に脳死318例、切迫脳死99例。切迫脳死に陥って回復不能の容認(give up)、蘇生の放棄(DNR)の説明が行われなかったのは69例で、経過があまりに急である(59.4%)、既にvital signsが悪い(17.4%)、他の病状が悪い(10.1%)、その他(13%)などが考慮された。説明の時期が明らかな326例では、切迫脳死後平均11.8±18.2時間でgive up、DNRが説明されており、87.1%が24時間以内、70.6%が12時間以内、31.6%が1時間以内と早期説明の方針が守られていた。このうち、117例(36%)では診療側の判断で治療中止は提言しなかったが、209例(切迫脳死4例)に対して治療の中止が相談され、186例(89.0%)で承諾が得られた。また最初の脳死の説明から承諾までの期間は、平均53時間で、48時間以内が66%、24時間以内が30.8%であり、ほとんどの症例でこの期間中に数回の家族面談が行われ、最終判定終了後説明では直ちに承諾が得られた。
(結論)脳死患者家族に早期から繰り返しgive up、DNRの説明を行い、90%の症例で治療の中止の承諾が得られた。一方、治療サイドの自主的判断で説明をしなかった例も4割近く存在し、基準の明確化など今後の検討の余地がある。

 


佐藤 章、中村 弘、古口 徳雄、小林 繁樹、八木下 敏志行、渡辺義郎(千葉県救急医療センター):臓器移植法による脳死判定が救急医療現場にもたらす医学的、倫理的諸問題:脳死判定350例の経験から、日本救急医学会雑誌、9(9)、393、1998

  脳死判定は、85年までは脳波学会基準、86年以降は施設基準(厚生省基準+ABR+脳血管撮影)で行った。臨床的脳死に陥った488例中350例(72%)が脳死と診断され、うち230例(67%)で治療中止の相談がなされ、199例(86%)で呼吸器停止の承諾が得られた。しかし全脳死症例中の約18%がvital signsの悪化により呼吸器停止前に死亡した。・・・・・・臨床的には、脳死判定終了前から脳治療を目的としない徹底した全身管理を行わないと、20%近い症例が失われる可能性がある。

 


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