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臓器摘出時の麻酔管理例

臓器移植法の制定前から

臓器移植法の施行後

立場により異なる「脳死ドナーの麻酔管理」についての見解

心停止ドナーの麻酔管理例

心停止ドナーにおける2つの虚構

 このページでは、「死体」ドナーに対する麻酔・筋弛緩剤投与などの情報を記載する。脳死ドナーとされながらアトロピンに反応した法的脳死30例目は、 特に脳死判定は誤診の可能性が高い。筋弛緩剤と麻酔が両方とも投与されているケースがほとんどだが、法的脳死3例目は筋弛緩剤のみの投与で臓器摘出を完了したと報告され、脳死ドナーにも軽症と重症の脳不全患者が混在している 。立場により異なる「脳死ドナーの麻酔管理」についての見解では、麻酔管理の生理的必要性について、脊髄反射への対処とする主張と脳が機能しているとする主張を紹介するとともに、この情報が隠蔽されていることも紹介する。
 心停止ドナーでは、欧米の報告や麻酔等が必要とされる背景情報も掲載した。自発呼吸能力のある患者も心停止ドナーとされるため、早期に心停止を確定し、死戦期の断末魔を隠蔽するためにも麻酔等の投与が行なわれる。薬物の投与方法によっては、心停止を免れうる患者も、心停止ドナーとさ れる危険性が拭えない。

臓器移植法の制定前から #1968

*日本弁護士連合会人権擁護委員会編 日本弁護士連合会 人権事件 警告・要望例集 明石書店(1996年)に掲載の患者の心臓移植(心臓移植事件)=和田心臓移植事件に対する日本弁護士連合会の調査報告書
 和田外科では、同日(1968年8月8日)午後八時一五分頃、麻酔科に対して、イソヅール(静脈麻酔薬)とレラキシン(筋弛緩剤)を貸してくれと申入れこれを借受けたが、イソヅールやレラキシンを必要とするのは患者が生きている証拠である。死んでいる者や死にかかっている者には無用の薬である。このうちレラキシンは人工蘇生器の管を気道に挿入するときに必要なこともあり得るが、イソツールを使用するというのは理解に苦しむ。

*香川 知晶、小松 美彦:生命倫理の源流、岩波書店(2014年3月25日第1刷)、p250
 (和田心臓移植でレシピエントの麻酔を努めた小川 秀道氏が、1968年8月当時の札幌医科大学・麻酔科医、大平 啓二氏(つくしケ丘医院院長、網走医師会長)に確認の書面を出し、その返信(2012年7月10日付)に)当時、当直室には私一人で、(中略)救急部から、電話があり、気管内挿管の道具一式を貸してくれと頼まれ、手術部から持ってきて、届けに行きました。救急部では胸部外科の医師のみ数人いて、気管内挿管をしようとしましたが、うまくいかず、レラキシンを静注しようと言い出したので、呼吸をしていなさそうなので、不必要ではないか、と言ったところ、出て行ってくれ、と言われて、気管内挿管を見届けてから、救急部を退出しました。当時私にはその患者〔山口氏〕がどうゆう経緯で搬送されてきたのか、気管内挿管をして、何をしようとしていたのかは全くわかりませんでした。その後、内藤先生から、心臓移植をするらしいと聞かされました。

 

横山 逸男(名古屋大学医学部第二外科講師):希望は星の数だけ―臓器移植のより良い理解のために―メディカルブックサービス(1995年3月第1版)p100−p101
 わが国では、心臓死を死と認めてる一般的な通念があり、しかも心停止下の角膜と腎移植については法律で定められているため、心停止後の臓器移植については問題ない。しかし実際臓器提供の現場では、臓器を摘出する時は、提供者が脳死状態になった時点で、すでに臓器摘出の準備が始まっているのである。したがって、心停止下での臓器提供と言っても、脳死の診断は行なわれるわけであり、それに携わる医師やスタッフにとっても、実務面に関しては、脳死下の臓器提供の環境とほとんど差はないと思われる。
 同書p129
 脳死になった死体から臓器を摘出する場合、まず死体を手術室に運ぶ。もちろん心臓は動いているわけで、人工呼吸器を動かしながら、手術の準備をする。死体であるから、反射も痛みもないわけだが、組織を切る時に、筋肉や脊髄神経が反射的に動くことがあるので、麻酔医による全身麻酔を必要とする。したがって、実際にはほとんど通常の外科手術と同じようなことをするわけである。

 

 

臓器移植法の施行後 #1997

法的脳死判定1例目(高知赤十字病院)
 「臓器摘出開始時に、急に血圧が上昇した。そのため麻酔を実施した」、と主治医が記者会見にて公表。
*西山 謹吾:心臓移植の麻酔、日本臨床麻酔学会誌、20(8)、S146、2000
 今まで使用してきた抗生物質、ステロイドの投与、筋弛緩剤の投与が必須である。あくまで脳死患者であるから、脳以外は正常と考える必要がある。すなわち脊髄反射により高血圧を来たすことはあり、降圧剤が必要になることもある。これに対しては吸入麻酔が調節性に富んでおり使いやすい。脈搏に関しては大きな変動はない。

 

法的脳死判定2例目(慶応大学病院) #19990512
*川瀬 斌:臨床の現場から 脳死判定医が語る臓器移植、中央公論、150−160、1999年9月号
  心臓摘出の部分は日本臓器移植ネットワークに、麻酔代と手術にかかわった医師五人、看護婦3人という最小限の人件費だけをあとで請求しましたが、

*Aikawa Naoki:A 35-year-old Man with Cerebral Hemorrhage and Pheochromocytoma:The Second Brain-dead Organ Donor in japan(大脳出血及び褐色細胞腫をもった35歳男 日本における脳死臓器提供第2例)、The Keio Journal of Medicine、49(3)、117‐130、2000

(事前の超音波検査により、肝および副腎近傍に腫瘤のあることがわかったため、移植用臓器の摘出前に良性か悪性かを調べるため生検が施行され、それぞれ肝海綿状血管腫、副腎褐色細胞腫と診断された。下記は、生検時に昇圧剤や降圧剤を投与しても血圧・心拍が大きく変動したため、ガス麻酔が必要だったことを報告している)

Dr. Murai: It was I who carried out the biopsies, but at the time when the liver needle biopsy specimen was taken, the patient's blood pressure rose up very high. And subsequently, when the wedge biopsy specimens were removed, the blood pressure was fluctuating. Dr. Takeda, do you have the hemodynamics records during the surgery?
ムライ医師 :生検を行ったのは私ですが、肝臓の針生検を行った際に、患者の血圧は 非常に高くなりました。そしてその後、副腎から楔状に生検組織が採取された時は、 患者の血圧は大きく変動しました。タケダ先生、あなたは外科手術の時の血行動態の記 録を持っていますか?

Dr. Takeda: Pheochromocytoma is usually diagnosed preoperatively, and it is known which blood catecholamine levels are elevated; antagonist drugs are used, and supplementary blood is given to compensate for hypovolemia, but with the patient in this controlled condition, even immediately before surgery, the blood pressure fluctuation is still very severe. In the present case, though, the diagnosis of pheochromocytoma was made during the operation. Examination of our data shows that the hemodynamics veered wildly from a blood pressure of 210/120 mmHg one moment to 80/ 75 mmHg a moment later. The heart rate was generally about 100 beats/min, although it rose to 140 beats/min during surgery. But this did not happen while we just stood idly by: we administered various antihypertensives and pressors, but the violent swings of blood pressure remained despite our actions. Incidentally, it may be of interest to you whether a brain-dead patient requires anesthesia. The standard procedure is to administer only muscle relaxants, but this patient was given a certain amount of inhalational anesthetic in an attempt to control blood pressure.
タケダ医師 : 褐色細胞腫の診断は、通常は術前になされています。褐色細胞腫は血中のカテコー ルアミンの濃度(レベル)が上昇しますので、拮抗薬が使われたり、循環血液量の低下を補うために血液製剤が投与されます。 褐色細胞腫の患者は手術直前の、この様なコントロールのもとであっても血圧の変動は依然として激しいことが多いのです。 しかしながら、今回の症例では、褐色細胞腫の診断は手術中(当サイト注:生検中に?)になされました。我々のデーターを調べてみますと、血行動態は、非常に激しく変動しており血圧はある時は210/120mmHgに上昇し、直後には80/75mmHgまで低下したことが記録されています。 心拍数は一般的にはだいたい100拍/分ですが、手術中には140拍/分まで上昇しています。しかし、こういった事態は、我々が何も対処を行わずにいた間に起こったわけではありません。我々は様々な降圧剤、昇圧薬を投与しましたが、血圧の異常な変動は収まりませんでした。 さらに、脳死の患者さんに対して麻酔が必要かどうかは、興味ある点でしょう。通常は筋弛緩薬のみを投与します。しかし、この患者には血圧コントロールのために一定量の吸入麻酔薬が必要でした。

Dr. Aikawa: When the diagnosis of brain death was made second time, this patient became a brain-dead person. The conditions that were maintained until the organ extraction operation that followed and the management exercised during that procedure, were not called "anesthesia management", but it was "donor's respiratory and circulatory management", although some anesthetics were used. Are there any questions on what we've covered so far?
アイカワ医師:2回目の脳死判定をもって、脳死患者となりました。引き続いて行われた臓器摘出手術やその手技における患者のマネージメントに関わる管理は、いくらかの麻酔薬は使用されますが、「麻酔管理」と呼びません。「ドナーの呼吸・循環管理」 と呼びます。

 

法的脳死判定3例目(古川市立病院) #19990614
*高内 裕司:脳死臓器移植における臓器摘出術のドナー管理、日本麻酔学会第47回大会、2000、演題番号:O-19.4 http://kansai.anesth.or.jp/kako/masui47/O/10986
 
術中のドナーの全身管理には麻酔薬は用いず、筋弛緩薬(ベクロニウム)の投与で手術侵襲に対する体性反射を遮断した。

 

法的脳死判定5例目(駿河台日本大学病院)
*佐伯 茂:臓器提供に対する手術部の対応 麻酔科から見た問題点、日本手術医学会誌、22(2)、125−128、2001
 呼吸、循環管理をどのように行なうかに関する資料が乏しいことは、ドナー管理を行なう麻酔科医にとってはストレスである。・・・・・・日大広報にドナーの呼吸、循環管理を担当した麻酔科医の名前が実名で載っていた。この麻酔科医個人宛てに抗議文が送られてくる可能性もあるので、名前が公表されないように努めるべきである。

 

法的脳死判定7例目(杏林大学病院)
*渡辺 淑子:救命救急センター手術室における臓器摘出の現状と問題、日本手術医学会誌、22(2)、129−131、2001
 臓器摘出の準備時は、・・・・・・中央手術室からの借用物品は、麻酔器1台、器械台1台、電気メス1台であった。

 

法的脳死判定9例目(福岡徳州会病院)
*三浦 泰:脳死臓器提供者の麻酔経験、
麻酔、50(6)、p694、2001
 ベクロニウム(筋弛緩薬)4mgを静脈注射した。臓器摘出手術の開始直後に一時的に高血圧となったため、ニトロプルシド(血管拡張薬)とイソフルラン(ガス麻酔)0.5%を数分間投与した。

 

法的脳死判定11例目(昭和大学病院)
*竹村 博:臓器移植と手術室、日本臨床麻酔学会誌、21(8)、S181、2001
 術前、術中のドナー管理にはそれぞれ2名づつの麻酔科医が担当した。

 

法的脳死判定12例目(川崎市立川崎病院)
*西部 伸一:臓器移植と手術室(一般病院麻酔科の立場から)、日本臨床麻酔学会誌、21(8)、S181、2001
 臓器移植法に基づく臓器摘出手術の経験のある施設から適宜アドバイスを得ることができたため、比較的支障なく臓器摘出手術の麻酔へかかわることができた。しかし、ドナー管理中の電解質以上および摘出手術中の血圧管理には困難が伴った。

*大島 正行(日本医科大学付属第二病院麻酔科):脳死ドナー臓器摘出の麻酔 あらためて感じたコミュニケーションの重要性 「命のリレー」に携わって、LiSA,11(9),960-962,2004
  川崎市立川崎病院麻酔科の藍公明先生に電話して、2001年の脳死ドナー臓器摘出の麻酔の実際について教えていただいた。(中略)麻酔については、コーディネーターおよび術者から教えていただけるとのことで、少しばかりほっとした。また、脳死とはいえ、ドナーには脊髄反射が残っているため、筋弛緩薬が必要であることも教わった。実際の麻酔では、酸素・亜鉛化窒素・イソフルランとフェンタニルで麻酔管理を行ったとのことであった。 

 

法的脳死判定15例目(聖路加国際病院)
*片山 正夫:臓器提供患者の全身管理、日本臨床麻酔学会誌、21(8)、S182、2001
 ベクロニウム(筋弛緩薬)投与後に手術を開始、

 

法的脳死判定17例目(新潟市民病院)
*傳田 定平:脳死患者臓器摘出術の管理を体験して、新潟医学会雑誌、116(6)、297、2002
 ベクロニウム10mgを静注し筋弛緩を得た。

 

法的脳死判定30例目(日本医科大学付属第二病院)  #20040520
*大島 正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号)、S59、2004および付属CD\endai\1-023.html
 フェンタニル0.1mg、ベクロニウム20mgで麻酔導入し、酸素-イソフルランで維持した。各摘出予定臓器周囲の剥離と臓器の視診、触診後、ヘパリン20,000uを静注し、灌流用カテーテルを挿入した。その際徐脈を来したためアトロピン0.5mgを静注した。脳死後も脊髄反射が残存するため、筋弛緩薬は必須である。胸骨縦切開時の血圧上昇時にフェンタニル、イソフルランを使用した。徐脈時にはアトロピンは無効とされるが、我々の症例では有効であった。

大島 正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔 あらためて感じたコミュニケーションの重要性〜「命のリレー」に携わって、LiSA、11(9)、960−962、2004は「プレジア用のカニュレーションを行った際、心拍数40bpmという徐脈となった。アトロピン0.5mgを投与したところ、心拍数は回復した」としている。

当サイト注(薬剤の説明)

  1. フェンタニル:ノイロレプトアナルゲシア用麻酔剤、手術、検査および処置時の全身麻酔ならびに局所麻酔の補助に用いる。 
  2. ベクロニウム:非分脱極性麻酔用筋弛緩剤、麻酔時の筋弛緩、気管内挿管時の筋弛緩に用いる。
  3. イソフルラン:ハロゲン系吸入麻酔剤、全身麻酔に用いる。
  4. アトロピン:副交感神経遮断剤、徐脈に対して用いられた。アトロピンは迷走神経性徐脈に適応があるが、心臓迷走神経中枢は延髄にある。
     
     林 行雄:脳死ドナーの麻酔管理、臨床麻酔、24(3)、513−518、2000は脳死ドナーの徐脈について「とくに徐脈はアトロピンには反応しないので、直接心臓に対して作用するドパミンやイソプロテレノールを用いる」と書いているが、法的脳死30例目ドナーの徐脈にアトロピンが有効だった。これは、概念上の脳死と、実際に脳死と判定された状態の異なる場合のあることを示唆する。
     アトロピンは副交感神経系の働きを弱めて交感神経系を優勢とする作用があるため、脳死判定の補助検査としてアトロピンテストを行なう施設もある。患者の副交感神経系が正常ならば、1.0〜2.0mg靜注すると頻脈(毎分35〜40拍の増加)が起こる。脈拍数が増加しなければテスト陽性で、その患者の副交感神経系は弱まっていると判断される。
 

法的脳死判定33例目(聖隷三方原病院)
*高田 知季(聖隷三方原病院麻酔科):一般病院での脳死判定 実情、考え方、臨床麻酔、30(4)、635−641、2006
 術中管理では循環動態に関して、昇圧を塩酸ドパミンの持続静注と輸液、輸血で、降圧をセボフルラン吸入で、脊髄反射などの体動に対してはベクロニウムブロマイド静注で対応することにした。しかし、セボフルランの使用には至らす安定した循環動態が得られ、01:19、PGE1 1000マイクログラム肺動脈注入後に血管系がクランプされ、01:41心臓摘出、02:04左肺が摘出され、無事摘出術は終了した。
 

法的脳死判定40例目(浜松医科大学医学部附属病院)
*木下 恵理:本院における脳死ドナー移植の経験、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第26回大会抄録号)、S208、2006
*木下 恵理:本院における脳死の麻酔、麻酔、56(9)、1119、2007
 ドナーの麻酔は少量の吸入麻酔薬と、筋弛緩にて行った。脳死移植ドナーの管理において、純粋に医学的な麻酔管理だけでなく実務上必要な事柄が多く、麻酔科医の負担が大きかった。

 

法的脳死判定28例目または43例目(帝京大学医学部付属病院、他の施設名非公表の臓器摘出に該当する可能性もある)
*長谷 洋和:脳死下臓器提供2症例の患者管理、臓器摘出術の麻酔管理の経験、日本集中治療医学会雑誌(第38回日本集中治療医学会学術集会プログラム・抄録集)、353、2011
 脳死下臓器提供の2例の脳死判定前の患者管理から脳死判定、家族への対応、臓器摘出術中の麻酔管理に関わった経験について報告する。臓器摘出施行中の麻酔管理は各臓器摘出チームからの要望に対応しつつ呼吸・循環管理を行なう必要があり、少なくとも3人は必要である。

 

法的脳死判定47例目(帝京大学医学部附属市原病院)
*長谷 洋和:脳死ドナーからの臓器摘出術の麻酔の実際、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第26回大会抄録号)、S208、2006
 脳死という特殊な状態に医学的な麻酔管理が必要であった上に、各臓器摘出チームから個別に細かな依頼に対応しなければならなかった。脳死ドナーからの臓器摘出の経緯と麻酔管理を紹介する。

 

法的脳死判定51例目(高知赤十字病院)
*廣田 誠二:脳死臓器摘出術の管理、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第27回大会抄録号)、S231、2006
 成人女性、体重37kg、ベクロニウム10mg使用し手術を開始した。

 

法的脳死判定53例目(札幌医科大学付属病院)
*山本 清香:レミフェンタニルを使用した脳死ドナー患者の麻酔管理、臨床麻酔、31(8)、1353−1355、2007
 手術室入室後、有害な不随意運動と十分な筋弛緩を得るため、ベクロニウム5mgを単回投与した後、5mg/hrで持続投与した。手術刺激に伴う循環変動に対処するため、レミフェンタニルを0.06μg/kg/min持続投与で開始し、体重1キロ当たり毎分0.1〜0.3μg/kg/minの範囲で循環を管理した(注:手術刺激に伴う循環変動は2007年2月25日のニュースを参照)。

 

法的脳死判定71例目(獨協医科大学附属越谷病院)
*神戸 義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191−195、2008
 有害な不随意運動を防ぎ、十分な術野確保のためにベクロニウム5mgを初回ボーラス投与し、その後は1mg/hrで持続投与した。麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/kg/minの持続静
投与で行なった。(中略)最近本邦において使用可能となったレミフェンタニルが過度の循環抑制を呈することがある吸入麻酔薬より有用であるとの報告があり、今回、われわれも使用して良好な血圧管理が可能であった。臓器摘出術中の血圧上昇に対して“脳死”そのものに対する疑問が議論されているが、現在の脳死の定義に“呼吸中枢の機能廃絶”はあるが、“疼痛刺激に対する循環動態の消失”が含まれていないために現段階では容認されている。

注:神戸氏らは“疼痛刺激に対する循環動態の消失”と書いたが、引用元のICUとCCU25巻p164(下記)は、“疼痛刺激に対する循環変動の消失”としている。Dokkyo Journal of Medical Sciences35巻3号はhttp://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AA00629581/ISS0000450332_ja.htmlで公開されている。
 

法的脳死判定83例目(手稲渓仁会病院)
*小嶋 大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010
 症例は20歳代女性、縊頸CPAにて自己心拍再開後に救急搬送。来院時、自発呼吸、対光反射は消失していた。入院7日目に臨床的脳死と判定、入院10日目に2回の脳死判定を行い法的脳死と判定、入院11日目に多臓器摘出術が予定された。
 入室時バソプレシン2E/h投与で血圧127/66、脈拍80であった。導人はベクロニウム0.2mg/kg、維持はベクロニウム0.1mg/kg、レミフェンタニル0.05〜0.3γで行った。

 

法的脳死判定96例目、100例目(市立札幌病院)
*梅本 ふみ:改正臓器移植法に基づく家族承諾による脳死ドナーの臓器摘出術における呼吸循環管理2例の経験、日本臨床麻酔学会誌、31(6)、S481、2011
 2010年の臓器移植法改正後、家族承諾による脳死臓器提供が当院で同一月に2例あり、その臓器摘出術の呼吸循環管理を経験した。1例目は40歳代の男性で、肺、肝臓、膵臓、腎臓を摘出し、2例目は50歳代の女性で、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓を摘出した。

 

法的脳死臓器摘出106?例目(札幌医科大学付属病院)
*田辺 美幸:非侵襲的全ヘモグロビン濃度測定が有効であった脳死下臓器提供の1症例、麻酔、62(6)、699−701、2013
 60歳代女性、身長148cm、体重52kg。自宅で意識消失、当院高度救命救急センターに搬入、CTでクモ膜下出血とびまん性脳浮腫を認めた。第2病日に脳幹反射の消失、平坦脳波、さらに尿崩症の出現を認め、臨床的に脳死と判断された。臓器提供意思表示カードの所持はなかったが、家族に臓器提供の意思があったため、2回の脳死判定後、第4病日に脳死下臓器摘出を予定した。
 臓器摘出術中の呼吸循環管理は、ロクロニウム50mgを投与して人工呼吸を継続した。執刀後も、麻酔や麻薬は使用しなかった。

注:この短報には術中経過図が掲載されている。心拍数は、臓器摘出術開始前まで毎分80程度で安定していたが、手術開始から胸骨正中切開の直前までの十数分間に毎分100程度に上昇した。

 開胸後に、臓器の脱転や大血管の圧迫により収縮期血圧は80mmHgまで低下したが、非侵襲的全ヘモグロビン濃度の値を参考にしながら、5%アルブミン液と赤血球濃厚液による急速投与のみで対応した。大動脈遮断までに赤血球濃厚液を6単位、5%アルブミン液を900ml、酢酸加リンゲル液を350ml投与した。遮断直前では血圧は110/60mmHg、脈拍は毎分80であった。心臓、肺、肝臓、膵臓、ならびに腎臓を摘出し、気管チューブを抜去した。

注:この短報は、この症例が法的脳死臓器摘出の第何例目か記載していない。しかし、著者は「本論文の内容は、日本臨床麻酔学会第31回大会(2011年、宜野湾市)で発表した」としている。時期および、ドナーの年齢・性別から2010年11月26日の法的脳死臓器摘出106例目と見込まれる。ただし、106例目では心臓移植は行なわれていない。

 

法的脳死判定132例目(山陰労災病院)
*小山 茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、2011
 62歳男性。夜間就寝中いびき様呼吸、意識レベル低下に陥ったところを家人に発見され、当院救急搬送となった。来院時は意識レベルV−200、瞳孔不同、対光反射消失、頭部CTにて右被殻出血が認められた。家族とのムンテラのなかで、積極的治療による状態回復が困難であることを伝えた際に、家族から臓器提供希望の訴えがあった。救急外来にて気管挿管が施行され、その後HCUに移動、自発呼吸が消失し、人工呼吸器管理となった。
 脳幹反射は消失し、臨床的脳死判断が下された後、脳死判定が行われた。麻酔科として大きく関わったのは@HCU入室時よりの全身管理、A無呼吸テスト、B臓器摘出術の麻酔であった。(中略)摘出手術の麻酔管理では、輸液(AR+5%alb)、血液製剤(LR)とバゾプレッシン投与により循環血液量維持、臓器保護に努め、無事手術が終了した。

 

法的脳死臓器摘出207例目(盛岡赤十字病院)
*西嶋 茂樹:脳死下臓器摘出術の管理経験、日赤医学、65(1)、182、2013
 60歳代、ドナーカード所持の女性、くも膜下出血後の再出血による脳死管理経過:術中は麻酔薬と麻薬は使用せず、筋弛緩薬は脊髄反射防止のために使用した。血圧低下時には濃厚赤血球と血液製剤の急速投与で対処して臓器血流維持のためにカテコールアミンの使用は最小限とした。手術開始から大動脈遮断まで64分、その後に心、肝、両側の肺と腎臓を摘出した。使用した濃厚赤血球6単位、5%アルブミン1750mlであった。

 

 

立場により異なる「脳死ドナーの麻酔管理」についての見解 #standpoint 

一般人=脳死ドナーの麻酔管理について、ほとんどの人は知らない。筆者は、自宅で電話を受け「脳死・臓器移植に反対する運動をされていますね。なんでこんなことをしているんですか。私はドナーカードを持っています」といきなり喰ってかかられたことがあります。そこで、筆者は法的脳死判定9例目の福岡徳州会病院において、ドナーから臓器摘出する前に「ベクロニウムという筋弛緩剤を4mg静脈注射した。臓器摘出手術の開始直後に一時的に高血圧となったため、ニトロプルシドという血管拡張薬とイソフルランというガス麻酔0.5%を数分間投与した」と「麻酔」50巻6号p694に掲載の情報を読み上げたところ、電話をかけてきた人は即座に「えぇ!それって、もしかして殺人じゃないですか」と 叫び、途端に、それまでの詰問調の話し方から、温和な話し方に変化しました。わずか100字程度の情報を得ただけで、脳死・臓器移植に賛成から反対に、正反対に態度を変更せざるをえなかった人がいた実例です。

 

仏教徒 Buddhist=「せめて麻酔をかけるのが愛情」と移植医に頼んだ人、「自己を含むあらゆる存在は、自己の根底の心であるアーラヤ識の働きによって知らされたもの、変現したものにすぎない」という観念から危惧の表明がある。
*香川 知晶、小松 美彦:生命倫理の源流、岩波書店(2014年3月25日第1刷)、p281-p281
 (前略)脳死臨調とも対談したようなこともあります。(中略)向こうから三人ほど、私の意見を聞くと言ってやって来ました。それは梅原さんがそう言ったんだろうと思いますがね。そうしていろんな議論をして、仏教の論理を展開して、身心一元論を主張したんですよ。その時にね、いろいろ議論をしている最中にね、その中の一人の委員がポロッと、「先生、そう言えば、臓器移植でね、臓器を取る時に、注射針でね、そのドナーの足の裏を刺すとピリッと足を動かす」って言うんですよ。私は、「そりゃそうだ。まだ生きとるやないか。体温があるんだから生きとる」って。するとその委員が 「そんなものもう死んでます」と言うから、まあそこで大議論。「死んでない、足動かすってあんた言うたじゃないか」と。「足を動かすってことは意識があるんだ。仏教はそれを生きていると言うんだ」って言ってね、大議論したけど結局、笑われて終わったんですよ。その時に私最後にね、「これは仏教徒から頼むんだが、あんたがそう言うように、足を動かすのはな、まだ痛さをもっとるんだから、最後にね、心臓あるいは臓器を取るのならね、せめて麻酔をかけてね、足が動かんようになってから取ってやってくれ。それがせめてね,あんたらの愛情だよ」って言うたけど結局笑われて終わりや。けれどもね、何か月か後にね、朝日新聞のある欄にね、イギリスの麻酔学会が今後臓器移植をしなさいという決定をしたという小さな記事がでたんですね。

 「生命倫理の源流」p128-129によると、玉城 康四郎は1990年刊行・「季刊仏教」の別冊「脳死・尊厳死」に寄稿した「仏教の生命感 機械的人間観を超えて」において「脳死判定の際に、人体はまだアーラヤ識に支えられていることは確かである。そのことを思うとき、心臓にメスが入れられようとしている瞬間に、当人は懸命になって如来を念じ、あるいは神に祈りを捧げているかもしれない」(同所p85-86)

 

神経内科医=脳死ドナーの麻酔管理について、神経内科医からは脳機能の関与の指摘がなされている。
*古川 哲雄(千葉西総合病院神経内科):脳死患者に本当に意識はないのか?、神経内科、54(6)、529−533、2001
 臓器摘出のために皮膚に切開を入れると同時に、血圧の上昇、頻脈の出現することは1985年 Wetzelの報告以来、よく知られた事実である。このような現象は、脳の一部に機能が残っていなければ起こりえない。
 米国では脳死やそれに近い患者からの臓器摘出に、モルヒネを使うようになった。脳死患者の種々の体動は反射とされているが、脊髄反射を抑えるためならば筋弛緩剤を用いれば十分であるのに、なぜモルヒネを使わねばならないのか。人に言えぬ不快感を感じて移植手術から手を引いた外科医や、脳死と判定することを嫌がり、脳死判定を遅らせる傾向もあるのはなぜか。
 麻酔をかけるだけでは解決しない問題である。脳死と診断された患者に100%意識が無いとは言えない、と考える神経内科医はいる。前述の除脳動物ではインプットは入ってもアウトプットができない状態であり、脳死患者もこれに近い状態にある可能性を筆者は考えている。

 

麻酔科医1=麻酔管理に従事する麻酔科医にも、懐疑論が広がってきた。法的脳死判定71例目の神戸論文にあったように、下記の田中論文の引用が代表的だ。

田中 和夫(大阪市立大学・集中治療医学):オーストラリアのおけるドナー管理と臓器摘出術、ICUとCCU、25(3)、161−165、2000
 ドナー管理を行っているときによく経験されることであるが、臓器摘出術中の侵害刺激に対応して血圧が上昇する。このことから“脳死”そのものに疑問を投げ掛ける意見がある。しかし、現在の脳死の定義に“呼吸中枢の機能廃絶”はあるが、“疼痛刺激に対する循環変動の消失”が含まれていないため現段階では容認されるべきであろう。今後の論を待つ必要がある。

 脳死判定における深昏睡の確認は、虫ピンまたは指の圧迫による疼痛刺激を顔面に加えて、顔面が歪むか否かを診る。脳死判定時の疼痛刺激では、刺激が弱すぎて反応が観察されないことが起こり得る。脳死判定医は、疼痛刺激時の血圧・心拍の変動の観察もおざなりで脳死と 判定する可能性がある。しかし、臓器摘出時の激烈な疼痛刺激によってのみ深昏睡から覚醒する、脳死ではないドナーがいると見込まれる。麻酔科医は、手術中の患者の覚醒=無麻酔の生体解剖状態になることには、とりわけ注意を払って、各種モニターを注視している。臓器摘出術中の侵害刺激に対応して血圧が上昇する患者は、脳死ではないのではないか。それを麻酔で投与で見えなくする行為に、麻酔科医が参画を余儀なくされている・・・と田中論文は「疼痛刺激」という用語を用いることで、脳死そのものに疑問を呈したようにも読める。

麻酔科医2=近年、指導的立場の麻酔科医は「ドナーは死んでいない」との誤解を生じないように、「あえて麻酔薬を使う必要性はない」と発言するようになった。下記講演の詳細は別ページに掲載。

*林 行雄、本田 洵子(大阪大学医学部付属病院麻酔科):脳死ドナーの管理(臓器摘出にかかわる全身管理)、麻酔、62(増刊)、S44−S51、2013

 医学的には脳死とは脳の機能が廃絶していることを示しており、意識はなく痛みを感じることはない。よって、あえて麻酔薬を使う必要性はないのは道理である。さらに、麻酔管理という言葉を使ったり、麻酔薬を投与するのは脳死の基準を満たしてもドナーが本当は死んでいないということではないか、という誤解を招く危惧がある。実際には麻酔薬を使用せずに循環管理はできるはずであるので、そのように行うべきである。ただ、麻酔科医は麻酔薬を用いての循環管理に手馴れているので、その一つの有力な循環管理の手段を矢うことに抵抗を覚える方もおられるであろう。ただ、循環管理のために麻酔薬を投与することで生じる誤解をたとえそれが医学的に正しいとしても、国民の方々に理解していただくことは現状では容易ではない。“李下に冠を正さず”とするのが現実的であろう。

 

麻酔科医3=上記の“李下に冠を正さず”から一層、忌避感覚を強調して、研修医に“ 「脳死患者への麻酔薬や鎮痛薬の投与は」・・・「遺族による訴訟の原因となることがある」”と指導している。

*永田 博文、鈴木健二(岩手医科大学医学部麻酔学講座):腎移植、研修ノートシリーズ 麻酔科研修ノート 改訂第2版(診断と治療社)、591−593、2014

 脳死患者への麻酔薬や鎮痛薬の投与は不要なはずであり、むしろ遺族による訴訟の原因となることがある。

 

移植医=移植医は、可能な限り、まず脳死ドナーの麻酔管理の事実そのものを隠蔽しようとする。2008年6月3日の衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において、福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授)は以下の発言をした。

 痛みをとめるようなお薬、いわゆる鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば(注:臓器摘出時の筋肉の動きを筋弛緩剤ではなく麻酔で止めること)、それは脳死ではないと私は考えております。
 実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません。
 (この後、阿部知子議員が「70例のうち何例が麻酔を必要としたか」と質問したところ、福嶌参考人は臓器摘出に立ち会った45例のうち「ハローセンは最初の四例、(中略)フェンタミンが二例ほど恐らく使われている」と曖昧に答えた)。

 次に、2008年9月15日に発行された日本移植学会広報委員会編「脳死臓器提供Q&A 第一版」http://www.asas.or.jp/jst/pdf/Q_A.pdfは、Q14で“脳死臓器提供における摘出手術で「麻酔」をかけているという話がありますが、本当ですか?”という設問を設け、その答えを「臓器移植法施行後72例の脳死者からの臓器摘出手術が行われましたが、血圧をコントロールする目的で数例で吸入麻酔薬が使用されています。しかし、これは痛みをとるために使用されたものではありません。90%以上の摘出手術では、一切麻酔薬(吸入・静脈麻酔とも)は使用されていません。(中略)臓器摘出の際に、体幹や四肢の筋肉が動くと手術ができないため、これまで72例全例で筋弛緩薬が使用されています」と書いている。
 「90%以上の摘出手術では、一切麻酔薬(吸入・静脈麻酔とも)は使用されていません」とは、このページ内の麻酔管理の資料から否定される。筋弛緩剤(ベクロニウム)の投与だけと判断される臓器ドナーは、法的脳死判定3例目 と33例目しかない。日本移植学会のQ&Aは、臓器摘出時に麻酔をかける目的を「血圧コントロール」としているが、これは福嶌参考人の国会陳述「麻酔を使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見はない」と矛盾する。日本移植学会のQ&Aの連絡先は、大阪大学付属病院・移植医療部(福嶌教偉)であり、同一人物 による矛盾した発言だ。

 移植医そして脳死判定・臓器提供を許容する救急医は、脳死・臓器摘出時の麻酔管理の事実について、隠蔽が効かない相手を前にして初めて、「脊髄反射への対処」と説明を変える。「臓器摘出時の血圧急上昇は脊髄反射であり、体が動くことは主に脊髄自動反射というものです。脳死は大脳・脳幹の機能が失われた状態ですから、大脳・脳幹より下の脊髄が機能していても問題ありません。脊髄反射があっても、臓器提供者が痛みを感じる心配はありません。摘出する予定の移植用臓器が、高血圧や低血圧、感染症などで移植ができなくなるように傷んでは、せっかくの尊い臓器提供意思を無駄にすることになりますから、抗生物質や輸血・降圧剤を使うこともあります。ガス麻酔は脊髄反射にもすぐ効くから使いやすいんです」と説明する(難しく言う時には、手術前に筋弛緩薬を投与する目的を『手術侵襲に対する体性反射の遮断』、手術中に血圧が急上昇することを『脊髄反射による高血圧』と表現する)。

 法的脳死30例目のように、アトロピンが効いたケースは延髄が機能していた非脳死患者を脳死ドナーとしている可能性が高い。「脊髄反射です」の一言で済ますことができることか否かは、脊髄反射?それとも「脳死」ではない?以降で も検討する。
 また、臓器摘出時に筋弛緩剤と麻酔薬の双方を投与されたドナーが大部分だが、筋弛緩剤(ベクロニウム)の投与だけなされた患者(法的脳死判定3例目 、33例目)もあり、法的脳死と判定されても様々な容態の患者がいることを、解剖結果「脳死」例の剖検所見においても検討する。

*大庭 正敏:脳死・臓器提供の現場で、ブレインナーシング、16(1)、18−24、2000
 この論文は、法的脳死判定3例目について「臨床的脳死状態と家族に報告した。・・・家族の決断(臓器提供の)を待つ間の患者の全身状態の維持管理が問題となったが、・・・電解質、血糖、尿量などの補正を行ったため、一時危篤に陥った患者の全身状態は良好に保たれ・・・」と1999年6月10日朝に収縮期血圧40mmHgまで低下するなど心臓が停止しそうになる状態だったことを報告している。

 

レシピエント=国際移植者組織トリオ・ジャパンの青木慎治会長の著書(1999年)の場合は、「メスを入れる時・・・・・・」と直裁に聞いたはずの情報を点線にして具体的な記載を避けており、隠蔽すべき情報と認識していると推測される。

*青木 慎治(国際移植者組織トリオ・ジャパン会長):移植から10年 肝移植 私は生きている、はる書房、1999年
 以下はp205〜p206掲載されている青木会長と横田和彦医師の会話。横田医師は、米国ピッツバーグ大学に4年間、肝移植手術研修に留学し、当時は北里大学講師。

 「ドナーからの臓器摘出手術と病理解剖とは、実感としてどのような違いがあるのでしょう」
 私は知りたいことを直截に尋ねてみた。
 「脳死者はご承知のように、心臓も動いているし、体温もあり、メスを入れる時・・・・・・」と、医師はコーヒーで口をしめし話を続けた。
 「死体解剖とは違い、生きているという感触はいなめません。だから思わず合掌することもあります。特にドナーの顔を見てしまうと手術をするのに心理的プレッシャーを感じます。」
 移植医としての現場を経験した者でなくては表現できぬリアルな話だった。

 

ドナーファミリー法的脳死5例目と見込まれる女性ドナーの遺族は、臓器提供後に麻酔投与の実態を知り、「なんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました」と語った。

*山崎 吾郎(日本学術振興会特別研究員):脳死 科学知識の理解と実践、人類学で世界をみる、ミネルヴァ書房、39−57、2008

(p50〜p52) Pさんは、娘を病気で亡くした。その当時、自宅で気分が悪いという娘を急いで救急車に乗せたが、病院に着いたときにはすでに意識もなくなっていた。
 医者からは脳に大きな血の塊ができており、手術をしてもこれを取り除くことはできないだろうという説明を受ける。当時はちょうど、日本の法律の下ではじめて脳死者が出たと騒ぎになっていた時期であったため、そのことが頭をよぎったPさんは、思いつめたように「ひょっとして脳死でしょうか」と医者に尋ねた。
 医者からは、「そうですね」という返事が返ってきたという。元気だった頃に、万が一のときには脳死からの臓器提供をしてほしいと娘が話していたことを知っていたPさんは、このとき医者に、娘が臓器提供意思表示カードを持っていることを告げた。そして、娘の意思ならばと、臓器の提供に同意したのである。その当時のことを振り返りながら、Pさんはこう話している。

 難しいことはわかりませんけども、脳死っていうのは、死んでいるけれど生身でしょう?だから、手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術のときに動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで、後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも、正直いって、何がなんだかわからなかったんですよ。もうそのときは忙しくて。

 脳死の状態でも体が動くことがあり、手術をするときには麻酔をすることがあるという情報は、あとになってPさんが知ったことである。そのときには緊急の場面で何がなんだかわがらなかったと語るPさんは、落ち着きを取り戻してからそのことを知り、そして「むごいことをしてしまったなぁ」と後悔にも似た言葉を口にする。
 勘違いしてはならないのは、この脳死判定の事例において、一連の手続きに問題があったわけではないという点である。インフォームド・コンセントは首尾よくなされ、Pさんはそれに同意をして、自己決定した。それは正当な医療の手続きであった。
 しかし、決定を下したその時点では、Pさんは脳死体が動くことや、手術の際に麻酔をすることを知らなかった。それは説明の内容に含まれていなかったか、もしくはPさんが理解しなかったかのどちらかである。いずれにせよ、決断の前と後とでは、Pさんが脳死について知っている中身が変わってしまったのである。決断を下した時点でPさんが第一に考えていたことは、臓器提供の意思表示をしていた娘の思いを実現させることであった。それが時間の経過とともに、さまざまな情報に触れ、反省を経る中で、当時の自分の判断に対して別の印象を抱くようになる。Pさんにとっての問題は、脳死が死であるか否かということではない。そうではなく、たとえ死んでいるにしても、体が動くような状態で麻酔をかけて臓器を取り出すことに同意してしまったということに対して、いい知れぬ残酷さを感じているのだ。
 これを、インフォームド・コンセントの不備として批判することは可能だろう。あらかじめ麻酔をすることや体が動く場合があることを十分に理解していたら、こうした後悔は起こらなかったかもしれない。しかしそれでも問題として残るのは、決断の後にどんな心境の変化かあり、あらたにどんな情報に触れることになるかが、一義的に決定できないにもかかわらず、制度的には脳死の理解や自己決定の範囲があらかじめ決められてしまっているという点である。そうした無理な前提の帰結として生じる「後悔」は、自己決定した本人が抱え込まざるをえない問題として個人に突きつけられることになる。

 


心停止ドナーの麻酔管理例 #NHBD

  心停止ドナーとは、心臓死をもって死亡宣告を行ない、死体として臓器を摘出するものだ。しかし、麻酔などの薬剤は、十分な血流がある生体でなければ効かない。心停止ドナーに対する薬物の投与は、 「心臓死をもって死亡宣告に至るまでの行為」または「死亡宣告後の死体に対する生体としての処置」という倫理的・法的妥当性まで検討すべきことを示している。

心臓死ドナー予定の患者が、人工呼吸停止から10分後に意識回復
*2008年5月24日のABCニュース“Doctor Calls Near-Death Experience a 'Miracle' Hospital Took Velma Thomas off Life Support -- Then She Woke Up”http://abcnews.go.com/GMA/story?id=4923465(記事の前半とビデオ)、http://abcnews.go.com/GMA/Story?id=4923465&page=2(記事の後半)
 米国ウェストバージニア州で心停止ドナー候補者とされたVelma Thomasさん(59歳女性)が、人工呼吸器を外されてから10分後に意識を回復した。内科医のKevin Eggleston氏(チャールストン地域医療センター)によると、ヴェルマ・トーマスさんは心停止3回、脳波も17時間にわたり測定不能、神経学的機能停止だった。
 もしも、この心停止ドナー候補者に、事前に筋弛緩剤や鎮静剤を投与されていたら、意識を回復することはなかった。意識を回復した患者も、呼吸困難の断末魔から、からくも生還するという地獄の苦しみを潜り抜けることが強要される。

 すべての心停止ドナーに対してではなく、薬物の必要性が生じるような死戦期のあり方、臓器摘出法が採用された場合に薬物投与がなされている。例えば、人工呼吸を停止して心停止ドナーとする場合に、死戦期に苦悶する、その時に「ドナー家族に断末魔を見せたくない・医療者も見たくない」「1〜2時間以内に心停止してもらわないと、移植可能な臓器が得られない。医者が無為に待つ気がない。心臓移植の目的では、数十秒間以内に心停止してもらわないと、移植しても心臓が拍動しないと見込まれる」「死戦期の高血圧で移植用臓器へのダメージが想定される」などの状況だ。
 心停止後に、心臓マッサージを行ないつつ手術室に搬入するケースでは、心臓マッサージ中に死体(患者)が蘇生して暴れる可能性がある(参照:坂本氏の 蘇生治療の経験)。心臓が蘇生してしまうと、心臓死の宣告を取り消さなければならなくなるし、生体解剖に死に物狂いで抵抗することが予想される。そのような 修羅場を回避するために、薬物投与がなされると見込まれる。
 一方、柳田洋二郎ケースのように、ドナーの生存中にカニュレーションをしてしまい、その後にダブルバルーンカテーテルを膨らませて、急性動脈閉塞でショック死させた(と想定される)ケースでは、先にドナーは心停止しているのだから、麻酔・筋弛緩剤を投与する技術的手段が存在しない。心臓が止まっていて全身に筋弛緩剤・麻酔薬を搬送する血流もないため、注射しても効かない(生存中のカニュレーション時に麻酔が必要だったかもしれない。また、生前のカテーテル挿入は、第三者目的の行為という点では 、臓器摘出目的の投薬と倫理的・法的問題点は同じ。もちろん、心臓マッサージを行なったり、人工心肺につないで血流を再開する手段はある)。
 このように、心停止後と称する臓器摘出前に採用される、さまざまな手技、手順、ドナーの身体の状態によって、筋弛緩剤・麻酔薬が必要とされたり、不要だったり、投与するための手段もなかったり・・・さまざまなパターンが ある。

 

1、千葉大学第2外科 心臓マッサージ+人工呼吸+麻酔器接続を継続
第2回腎移植臨床検討会:移植、4(3)、193−252、 1969
 千葉大学第2外科の尾越氏は、「(臓器提供の)承諾が得られたら心臓マッサージ、それからもちろん Intubation(挿管)して麻酔器をつけてあるわけですが、それをずっと続け、手術場に運んでいきます」と発言した(p224)。

 同外科による1例目の死体腎摘出は19歳男性から1967年6月14日、2例目は8歳男児から1967年10月5日に行われた。千葉大学第2外科が「死体」に麻酔を投与している理由は、死亡宣告後に心臓マッサージ・人工呼吸を継続し、生体の状態を維持しつつ臓器を摘出するため生体解剖になっているからと推定される。同外科が、臓器摘出時の状況を解説した「手術」誌上の論文(下記)からも、生体状態の維持が裏付けられる。

*佐藤 博、岩崎 洋治(千葉大学第2外科教室):我々の同種腎移植術、手術、22(11)、1109−1119、1968
 我々は心停止、呼吸停止、瞳孔散大を持って死と判定しているが、死後心マッサージ、人工呼吸を行い、もはや蘇生不能と判定した時点で、家族の承諾を得ている。(中略)心マッサージ、人工呼吸を続け、家族の承諾(解剖承諾書、腎提供の承諾書)が得られたならば直ちに股動脈より大動脈にカニューレを挿入し、手術場に移す。・・・

*小越 章平、岡村 隆夫、雨宮 浩、岩崎 洋治、佐藤 博(千葉大学第2外科教室):死体腎移植における腎摘出術の実際、手術、28(8)、819−824、1974
 心電図上 arrest になっていても、出来れば死亡宣告をした後も心マッサージ(external)を継続する。腎提供の承諾が得られたら、直ちにヘパリン1万単位(10ml)とフェノオキシベンザリン100mgを直接心臓穿刺し、心マッサージを続けながら手術室へ担送。 
 

5時間にわたり、心臓マッサージ中に暴れ、心静止に至った患者
*坂本 哲也(公立昭和病院救命救急センター):脳虚血と脳死、LiSA、2(7)、48−51、1995
 意識を維持するために必要な脳血流量は、正常の50%、神経細胞が生存するために必要な脳虚血量は20%と言われているのに対し、胸骨圧迫式心マッサージによって得られる脳血流量は正常の30%以下、多くの場合10%以下なので自己心拍再開までは意識が戻らないのが通常である。しかし、蘇生術の開始が早い場合は、心マッサージのみで意識が戻る場合がある。患者は暴れて、心マッサージの術者を振りほどいてはグッタリするのを繰り返す。
 筆者は延々5時間にわたり、心静止までこの状態が続き、蘇生術をやめるにやめれなかった経験がある。自己心拍がない患者が暴れるさまは自然の摂理に反するようで、生理的な違和感を強く感じた。

 

2、東京女子医大 「脳死」患者の死戦期にフェニトインナトリウム、フェノバルビタール、ディアゼパム投与
*高橋 公太(東京女子医大腎臓病総合医療センター第3外科)ほか:死体腎 donor の限界、移植、17(3)、174−184、1982

 対象は東京女子医科大学腎臓病総合医療センターおよびその関連病院で摘出した12例の死体腎ドナー。死因は脳卒中10例(脳出血 7例、クモ膜下出血2例、その他1例)、交通事故による頭部外傷1例、両側内頸動脈閉塞1例。このうち症例D13は心停止後、heparin 投与が遅れたため使用せず、症例D5の1側腎は温阻血時間が長く、灌流が十分にできなかったため保存実験に使用した。死戦期の定義は脳死と認めた時点より計算し 、ドナー10例の死戦期は13〜63時間。ドナーは心停止後、ただちにヘパリン10,000〜20,000単位ほかを心腔内に注入し、心マッサージを行いながら手術室に運んだ。

 表7、8は、まず画像を保存し、
次に写真画像として開くと
鮮明に読めます。

表7、表8 表9

 死戦期に使用した主な薬剤は、表7、8、9に示されるとおりアドレナリン作動性薬物(epinephrine, norepinephrine, isoproterenol, etilefrine, hydrochloride, dopamine)、中枢神経興奮薬(vitacampher)、抗生物質(sodium, cefalotin)、降圧利尿剤(furosemide)、脳圧降下利尿剤(mannitol)、代用血漿中外循環希釈剤(Hespander)、副腎皮質ホルモン剤(dexamethasone, hydrocortisone)、抗痙攣剤(phenytoin sodium)、催眠鎮静剤(phenobarbital)、マイナートランキライザー(diazepam)、解熱鎮痛剤(sulpyrine)、非ステロイド系抗炎鎮痛剤(indomethacin)の19種類 。

 phenobarbitalを36歳男性に50mg、 47歳女性に150mg、49歳女性に100mg投与。diazepamは30歳男性に20mg、49歳男性に10mg、47歳男性に10mg投与された。phenobarbitalを50mg投与された36歳男性には、phenytoin sodiumも250mg投与された。

 diazepamを10mg投与された両側内頚動脈閉塞の47歳男性の温阻血時間は6分間のため、生前カテーテル挿入とみられる。この論文は、各ドナーの死亡前の血圧も掲載している。diazepamを10mg投与の49歳男性が血圧50と低かった以外は、80/40 、100/80、あるいは47歳男性は150/80、47歳女性は210/100→90/ ?と高い患者もおり、人工呼吸器停止の可能性がある。ただし、鎮静剤などを投与していないで血圧が低いとは言えない患者もあり、薬物投与の目的など詳細は不明だ。

 

3、フィラデルフィア小児病院 生命維持撤退時に鎮痛剤投与が必要 
 Tracy Koogler,MD,Andrew T.Costarino,Jr,MD FAAP(Department of Anaethesia and Critical Care Medicine,Children's Hospital of Philadelphia):The potential benefits of the pediatric nonheartbeating organ donor(心停止ドナーの潜在的利点)、PEDIATRICS、101(6)、1049−1052、1998
 1992年1月から1996年7月までに小児集中治療室に入った6307例のうち319例(5.34%)が死亡した。ライフサポートの撤退111例(34.8%)、ライフサポートの撤退後1〜2時間以内に死亡しない場合は、臓器は移植には使えないので患児はPICUまたは他の場所に死ぬために戻される。人工呼吸などライフサポートを止めるときに苦しむ患者もいるため、その場合は鎮痛剤を与えて苦痛を取り除かれるべきだ。これらの薬剤は、呼吸を抑制し、死の過程を早める可能性を高める。このリスクにもかかわらず、苦痛を軽減する主な効果が、呼吸を抑制する二次的効果を上回り、よく受け容れられている。私たちの見解では、医師が子供が苦痛を感じると判断したならば、充分な鎮痛剤が与えられるべきだ。ほとんどの潜在的ノン・ハートビーティングドナーは、特に小児では神経に重大な障害があり鎮痛剤の必要量は最低限とみられる。
 

北米小児病院の心停止ドナー方針、死期を早める処置の禁止は44%、各種投薬許容18%
*JAMA. 2009;301(18)にはhttp://jama.ama-assn.org/cgi/reprint/301/18/1902、p1902〜p1908にPolicies on Donation After Cardiac Death at Children's Hospitals: A Mixed-Methods Analysis of Variationが掲載されている。
 p1904に、Thirty-twopolicies(44%) preclude the use of medications with the intention to hasten death.とあり、残りの施設は死を早める投薬も排除していないと見込まれる。p1905の表には、73施設中13施設が、薬物の内容を問わず投薬を許容していることが掲載されている。

 

4、日本の移植医 腎臓摘出時に麻酔を常用する医師、使わない医師
*マーガレット・ロック著「Twice Dead」の日本語訳「脳死と臓器移植の医療人類学」 みすず書房(2004年)
 マーガレット・ロックは、北米と日本の移植医の意見をp215〜p219に掲載している。日本の腎臓移植医2名のうち1名は「腎臓の摘出を行う時はいつも麻酔を用います。そうすると、摘出するあいだ臓器を最高の状態にたもつことができるからです。問題は、日本の麻酔科医が臓器提供には消極的で、手を貸してくれないことです」と述べた。もう1名は「ええ、一部の移植医が摘出時に麻酔を用いたがることは知っています。しかし、私は決してそんなことはしません。麻酔科医と一緒に仕事をする必要はありません。摘出手術の最中に脊髄反射による動きが見られることがありますが、ドナーに感覚や痛みがあるとは思いません」と応え た。

麻酔を使うと、臓器を良好な状態で摘出できる
*堀 原一(東大第二外科):腎摘操作、腎冷却、wash out と vasoconstriction、Japanese journal of transplantation、2(2)、45−46、1966
 普通 in situ 腎で腎動脈を暫時遮断してから血行を解除すると、reactive hyperemia といわれる overshoot があるものである。しかし血管収縮神経としての腎動脈神経を麻痺する適当な麻酔を行なわないで、特に粗暴に腎欠陥の剥離、切離などの操作を行なうと、この overshoot がみられぬのみか、摘出前の腎血流さえ得られないし、wash out も十分行なえない。これは血球の sludging もあろうが、主として腎内小動脈平滑筋収縮(vasoconstriction)によるが、腎摘出後にすら持続し、移植腎をアノキシーにさらすことになる。

*藤永 卓司(京都大学医学部附属病院呼吸器外科):温虚血中Isoflurane吸入の肺保護効果、The Japanese Journal of THORACIC AND CARDIOVASCULAR SURGERY、53(Suppl.II)、629、2005
 深刻な臨床肺移植における臓器ドナー不足に対する解決策の一つとして、心停止ドナーからの臓器提供がある。ただ、心停止後ドナーにおいては冷保存までに温虚血が存在し、そのため臓器機能が著しく傷害される。しかし心停止後の臓器提供を目的に、心停止前から薬剤投与することは倫理的に問題があり、心停止後の経静脈投与は極めて困難である。
 吸入麻酔薬イソフルランは、心臓、肝臓、脳では虚血前吸入により虚血再灌流傷害を抑制することが報告されている。我々は虚血開始直後からのイソフルラン吸入が、肺虚血再灌流傷害を抑制するか否かを検討した。希釈血液を用いてラット肺を15分間灌流後、1.38%のイソフルラン混合の室内気で換気を継続させたまま灌流を停止し温虚血(37度、50分)とした。その後、再灌流を60分間行った。
 肺虚血中のイソフルラン吸入は温虚血障害を抑制し、その機序としてミトコンドリア機能の温存が想定された。 

注:藤永氏は「心停止前から薬剤投与することは倫理的に問題があり」と認識しているのだから、心停止前から吸入麻酔薬を投与することも、同様に法的・倫理的に問題ありと認識すべきであろう。

 

5、ルーツロフ事件 心停止しなかったため移植医が「もっとキャンディーをあげなよ」と薬物の増量を求めた(2006年) 
ニューヨークタイムズ2008年2月27日付 Surgeon Accused of Speeding a Death to Get Organs http://www.nytimes.com/2008/02/27/us/27transplant.html
 サンフランシスコの移植医Dr. Roozrokhが、肝臓提供予定者の死を早めたとして刑事は無罪、民事告訴となったケースでは、過量のモルヒネ、アティヴァン、ベータダインをオーダーした。
 Dr. Roozrokh ordered excessive doses of morphine and Ativan, an anti-anxiety medicine, both of which are used to comfort dying patients. In the most shocking accusation, the complaint said Dr. Roozrokh introduced Betadine, a topical antiseptic, into Mr. Navarro’s system; Betadine, the complaint said, is “a harmful substance that may cause death if ingested.”

http://www.nytimes.com/2008/02/27/us/27transplant.html?_r=1&pagewanted=2 警察への取材によると、ルーツロフは、ドナーが心停止しなかったため、「もっとキャンディーをあげなよ」と薬物の増量を求めた。
 According to a police interview with Jennifer Endsley, a nurse, the transplant team, including Dr. Roozrokh, stayed in the room during the removal of the ventilator and gave orders for medication, something that would violate donation protocol. Ms. Endsley, who stayed to watch because she had never participated in this type of procedure, also told the police that Dr. Roozrokh asked an intensive care nurse to administer more “candy” — meaning drugs — after Mr. Navarro did not die immediately after his ventilator was removed.

 

6、米国のデンバー小児病院 心停止・心臓ドナーにフェンタニル、ロラゼパムを投与
*Mark M. Boucek, M.D.(Denver Children's Pediatric Heart Transplant Team):Pediatric Heart Transplantation after Declaration of Cardiocirculatory Death(心臓循環器系による死亡判定後の小児心臓移植)、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE、359(7)、709−714、2008http://content.nejm.org/cgi/reprint/359/7/709.pdf
 新生児3例の心停止・心臓ドナーに、フェンタニルを体重1キロ当たり平均4マイクロg、ロラゼパムは同0.1gを投与して生命維持装置を停止した。
 Comfort care was given by the intensive care team and included sedation and analgesia typical for withdrawal of life support: fentanyl at a mean dose of 4 μg per kilogram and lorazepam at a mean dose of 0.1 mg per kilogram.


心停止ドナーにおける2つの虚構  #fake

  1. 「心臓の機能が廃絶した、痛みもなにも感じない死体臓器ドナーである。脳死ドナーとは全く異なる」との虚構=臓器摘出時に心臓が拍動している「脳死臓器摘出」と、心臓が拍動を停止している「心停止後の臓器摘出」の違いは、手術の手順と移植後の患者管理に影響するため、医療技術上は「心停止後の臓器提供」はある。しかし生理的、法的、倫理的に考える時は、すべての臓器提供を脳死臓器提供と同じとして検討しなければならないと思われる。なぜならば、移植可能な臓器を得るためには、ドナー候補者が生存中に臓器摘出目的の様々な処置 ・諸手続を開始しなければ、臓器移植は成功しないからだ。
     移植待機患者への連絡、移植を受ける意思の確認、術前検査など社会的な諸手続に 半日以上は要する。技術的・生理的にも、臓器摘出目的で血液循環下に抗血栓剤・抗血液凝固剤のヘパリンを投与しなければならない。摘出する臓器内で血液が凝固していると、移植された患者の体内でも血管の詰まらせて即死させるからだ。ヘパリンを投与するタイミングは、心臓拍動中に行なうか、心停止後の投与になっても心臓マッサージを行なうか、人工心肺で血液循環をしなければならない。どのタイミングであっても、血液循環がなければ移植 可能な臓器は得られない。血液循環があるならば、心臓死による死亡宣告が行なわれた死体であろうか。 三徴候死が継続しているとの観察が可能だろうか。
     心停止しても分単位の時間経過後に自然に蘇生した実例があり、動物実験や神経移植 では心停止から時間単位の経過後に、血液循環による脳波や神経機能の発揮が認められる。人工心肺を使用して、心拍停止1週間の患者が自己心拍を再開している。一方、心停止から数時間が経過すると、大部分の臓器は移植不可能なまでに変性し、血液も凝固している。つまり、心臓の拍動の不可逆的停止、あるいは神経機能の廃絶を確認するまで心静止を観察し続けた場合、移植可能な臓器は得られない。

  2. 「心臓の拍動が停止した、心停止ドナーである」との虚構=「心停止から5分間あるいは10分間は臓器摘出目的の処置を開始しない」など欧米のように、 不十分ながらも脳死ドナーと心停止ドナーが区別されている諸国とは異なり、日本では名前だけは「心停止後の臓器提供」だが、実際には名古屋大の横山らの生体解剖があり、臓器摘出は心停止後だがドナーの開腹は心臓拍動時 の滋賀医科大のケースもある。東京女子医科大は1980年代から脳死臓器摘出を行なってきた。このような場合にも、筋弛緩剤・麻酔が必要になると見込まれる。

     
    国際学会で「日本の心停止、死の定義はどうなっているんだ?死んでいないときから灌流を始めている」と批判を受けた!

*杉谷 篤(九州大学臨床腫瘍外科):当施設における献腎摘出方法、Organ Biology、13(1)、53−64、2006
 (p61)日本臓器移植ネットワークに報告された摘出記録報告書は、心停止時刻のところに実際は死亡宣告時刻を記載するようになっているので、心マッサージ時間は温阻血時間に含まれないことになる。
 (P62)自験例28例の心停止ドナーの温阻血時間は平均9.6分(0〜45分)。全国657例の平均は8.1分である。(中略)。英国のBrook Nicholsonらの報告ではノン・ハート・ビーティング・ドナーからの平均温阻血時間は27分(10〜75分)なので我々が国際学会で「日本のノン・ハート・ビーティング・ドナーからの献腎移植は厳しいドナー条件であるにもかかわらず迅速に対応して、欧米のハート・ビーティング・ドナーからの献腎移植と劣らない成績を得ている。」というと、あまりに短すぎる温阻血時間を指摘され、「こんなに短い温阻血時間ということは、日本の心停止、死の定義はどうなっていて、いつカニュレーションや灌流を始めるのだ。日本のドナーはマーストリヒト・カテゴリーのどこに当たるんだ?』という質問を受けるし、さらには、『まだ、死んでいないときから灌流を始めているから、こんなに温阻血時間が短くて移植成績もいいんだろう』といった批判まで耳にすることがある。・・・たしかに、心停止後10分間はそのまま放置するという“Ten minutes’ rule”や“Blanket policy”というのは日本では存在していない。
 


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