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脊髄反射?それとも「脳死」ではない?

 

 神経学的には刺激に対する反応の仕方、筋肉の動きなどの観察だけで「これはまず脊髄反射に間違いない」と理解される反射はあります。例えば、お腹への刺激でお腹の筋肉が収縮するとかも脊髄反射です。脳死とされる患者でも、脊髄反射とみられる動きをした後に、短時間のうちに病理解剖して、その時に大脳や脳幹部の細胞が死滅していたならば、脊髄反射でしょう。

 しかしここで問題としているのは、「脳死体」や「心停止後死体」とされる患者からの臓器摘出時に、メスを入れた時に手術に邪魔になる体動が無いように、あらかじめ筋弛緩剤と投与すること。そしてメスを入れたら実際に、血圧が急上昇している現象についてです。大脳や脳幹部が生きていて、臓器摘出時のメスで痛みを感じるから血圧が急上昇しているのならば「死体」ではない。一方、交感神経だけが臓器摘出時のメスで刺激されて、血圧が上昇しているのならば、交感神経の中枢は脊髄にあるから、脳死で問題ない、という話になる 。

 「医者が脊髄反射と説明しているのならば、脊髄反射に間違いないんじゃないか」と思う人もいるでしょう。しかし、脳死判定では、刺激による反応が、脊髄反射であるのか、そうではないのかを見分ける検査は行なっていません。法的脳死判定マニュアルに、患者は意識を回復しない深昏睡の状態であることの確認法として、「虫ピンによる疼痛刺激または眼窩切痕部に指による強い圧迫刺激を、顔面に加えること」としています。そして反射が認められた場合には、「誘発したと思われるのと同じ刺激を加え、同じ反射が誘発されれば脊髄自動反射と判断する」としています。

 この検査法でなにがわかるのでしょうか。考えてみてください。「刺激して反応が認められたら、再び同じ刺激を加え、同じ反応が出たら脊髄自動反射と判断する」というのは、反応の再現性しか見ていないことになります。血の通う生きている人間ならば、痛み刺激を加えたら反応があるのが当たり前です。重態になればなるほど、定型的・単純な反応しかできなくなります。反応が再現されたことだけで脊髄反射というならば、ほとんどの重態な患者は脊髄反射・脊髄自動反射しかしていないことになります。

 もはや永久に意識を回復しない深昏睡の状態であるはずの患者が、実は脳死判定基準に基づいて加えた疼痛刺激は弱すぎて、脳死判定時には目覚めなかった。しかし臓器を切り取られる時になって、メスの激烈な疼痛刺激によって意識を回復しているのではないか。大脳の思考までは回復していなくても、延髄など生命維持に不可欠な部分が生きていて痛みを感じた、その反応として血圧が急上昇しているかもしれないのですが、その可能性をまったく考えることなしに、最初から脊髄反射と決め付けることは妥当なのか。

 痛み刺激を加えたら、「その刺激が、大脳や脳幹に伝わり大脳や脳幹が生きていて反応した結果として体のどこかが動く、血圧が上昇するなどの反応が起こっている」のか、そうではなくて「大脳や脳幹はもはや機能していなくて、脊髄だけが機能しているから起こる=つまり痛み刺激が脊髄神経から折り返した結果として生じた反応」なのか、それを見分ける検査が「法的脳死判定マニュアル」というからには規定されていて当然ですが、このマニュアルは反応の再現性を確認できたら、すべて脊髄自動反射とすることに最初から決め付けてしまっています。

 

脊髄反射にしては、筋電図の反応が長時間だ

 刺激に対する反応が脊髄反射なのか、そうではなくて大脳や脳幹に伝わった結果の痛みに対する反応なのかは、筋電図をとって、反応するまでの時間の長短で見分ける方法があります。「脊髄反射ならば、刺激した部位から脊髄神経に伝わって折り返してくるだけだから短時間で反応が出現する」「大脳や脳幹に伝わった結果としての反応ならば、刺激部位から大脳または脳幹に伝わり、そこで『痛い、止めてくれ』などの情報処理が行なわれた後に反応するから時間がかかる」という仕組みです。

 脊髄から大脳まで数10センチ、ここを秒速数10メートルのスピードで神経の興奮が伝わり、それから脳の視床などの部分で「痛い、殺される、助けて、怖い、逃げなきゃ」と情報処理されて、次は心臓や体に筋肉に「逃げろ」などの指令を伝える、結局0.0何秒の時間差で見分けることになりますが、実際に、この方法で脳幹死に近い患者の反応を藤田保健衛生大学・神経内科の野倉 一也氏らが検討しました。

 野倉 一也:虚血性脳症による無呼吸性昏睡状態において認めた反射性呼気様運動とSBS反射について、臨床神経学、37(10)、876−880、1997は、専門用語が多いので、わかりやすく言い直すと「この患者の腕を曲げたらお腹の筋肉が収縮して呼吸をするかのような動きがあった。太腿の神経を電気刺激したところ、その電気刺激が脊髄神経で折り返してくるはずの時間よりも長い0.07秒後に、持続時間0.3秒間の筋電図がお腹の筋肉から測定されました。従って、この呼吸をするかのような動きは脊髄反射だけではなく延髄の一部が関与した反射である可能性があります」という論文です。

 野倉氏は、太腿の神経を電気刺激した場合、脊髄反射ならば何秒後に反応するはず、とは論文に書いていないので「脊髄神経よりも長い」と書かれても分かりにくいのですが、多分0.03秒とか0.05秒とかのレベルの時間差だと思います。

 正確を期するために説明しますが、「脳幹死に近い患者」とあるように、この患者は脳死ではありません。「脳幹反射の消失、平坦脳波、無呼吸、聴性脳幹反応の停止」は確認されましたが、「舌の筋緊張の存在とわずかな運動、脳血流の残存、視床下部ホルモンが検出」されたためです。しかし野倉氏は、「脳幹死、全脳死と進行するほど脊髄も障害されて、脊髄反射の観察が困難になるため、脳死にこだわらずに脊髄が大脳や脳幹など上位レベルの制御から解き放たれた状態、脊髄反射が観察できる段階で観察が行われるべき」と、つまり今回の観察が、「脳死」患者の脊髄反射とされてきた運動を研究する点では、同等であることを述べています。

 野倉氏らは一次性脳粗大病変による無呼吸性昏睡状態で出現した四肢自動運動に関する研究、臨床神経学、37(3)、198−207、1997においても、上記と同様の脳死状態患者(無呼吸テスト未実施など)の延髄の一部が機能していた可能性は否定できないことを報告しました。日経メディカル2002年9月号、p25の今月のキーワード ラザロ徴候で野倉助教授は「脊髄だけで説明できる現象だと立証した研究はない。延髄の一部が機能していた可能性は否定できない。脳死の研究にもっと力を入れる必要があり、脳死判定基準もその進歩に合わせて当然、見直すべきだ」と述べています。

 

脊髄反射とされる反応の一部は、「脳死」ではない証拠

 筋電図とは別の観察方法によっても、「脳死」体の脊髄反射・脊髄自動反射説は疑われています。

 桂田 菊嗣:脳死後のspinal automatism、日本外科系連合学会誌、19(2)、151、1994
「脊髄自動反射は脳死患者の一部、約11%にしかみられず、低酸素、炭酸ガス過剰、低血圧等や皮膚刺激、頸部前屈等で誘発されることはあるが、一定しない。運動の型は複雑なものである。通常の脊髄反射(皮膚反射、深部腱反射等)は残存する場合はあっても多くの場合欠如しており、バビンスキー反射(足底をこすると、親指は足背に向かって屈曲し、他の指は開く脊髄反射)等もみられないのが普通である。 これら法則性の欠如は脊髄自動反射の発生機序にまだ不明の部分を残している」と述べました。

 桂田氏の発言をわかりやすく言い直すと「脊髄自動反射は脳死患者の一部にしか見られず、誘発されるきっかけは一定しない。運動が複雑だ。通常の脊髄反射は多くの場合ない。脊髄自動反射とされる反応の出現する法則性が無いことから、これが脳死状態だから発生しているかはわからない」となるでしょう。

 私は、脊髄自動反射とされる反応が「誘発原因が不定、複雑な運動をしている、通常の脊髄反射が無い」のであれば、それは脊髄よりも上位の中枢が機能しているからだ、「脳死」判定基準を満たしたなかに脳が機能している患者が含まれる、ということではないかと思います。

 第6例目法的脳死判定(2000年4月・秋田県由利組合総合病院)の直後にラザロ徴候が起きました。ラザロ徴候とは、人工呼吸器を外して4〜8分後に、両上肢と体幹に鳥肌が立ち、その後、両肘が曲がり、患者によっては「人工呼吸器を外すな!」という動きをします。これにも野倉助教授は、日経メディカル2002年9月号において脊髄反射との説明に疑問を投げかけています。これまで脊髄反射や脊髄自動反射と決め付けられていた患者の反応、動きの一部が、実は「脳死」ではないからそんな反応があるんだ、という可能性を指摘されました。

 


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