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脳死作成法としての無呼吸テスト

 

このページの概要

 無呼吸テスト中に血液pHは7.2以下に低下し、呼吸中枢を刺激するどころか逆に抑制し脳死作成法となっている事例もある。平均値でみても組織への酸素供給が低下、酸素消費量も低下している。心臓に負荷もかかり、これ以上に炭酸ガス刺激を強化することもできないこと、侵襲性が高いことを示している。適正な刺激強度が不明で、単一の炭酸ガス刺激方法さえ満足できないこと(炭酸ガス刺激だけの無呼吸テスト参照)と併せて、無呼吸テスト検査を敢えて実行する意義を疑わせる。

 無呼吸テスト終了時の二酸化炭素分圧:PaCO2目標値は、日本では60mmHg以上だが、外国は異なる。現行の無呼吸テストは数分間〜10分間、人工呼吸を止めることになるが、過去には3分間とほとんどの患者には刺激にならない無呼吸テストが行なわれていた。目視で明らかな呼吸運動とは認められない場合でも、測定機器を使えば換気量が計測される。無呼吸テストを必須検査とせずに脳死と判定していた時期もある。これらの不十分な無呼吸テストを現行基準からみると、1970年代以前のほとんどの脳死判定は否定されることになり、厳粛であるべき人の死の判定が、脳死説を採用するときわめて不安定になる。

 

無呼吸テストは瀕死患者に対する傷害致死行為

杉本 侃(大阪府医師会副会長・阪大特殊救急部教授):特別講演 脳死および臓器移植について、大阪府医師会報、234号、14−27、1988

 自発呼吸があるかないかを知るのは、実際は簡単ではありません。なぜかというと、レスピレータがついてますから、レスピレータを切らなくてはなりません。じゃ何分切ったらいいかという話になってくるわけですね。長く切るほど判定は確実ですが、連呼吸状態があまり続くと心停止になります。そこで、これはいろんな基準がありまして、例えば、純酸素と炭酸ガスを5分か10分位吸わせておいて、レスピレータを10分切るとか純酸素を流し放しにしてレスピレータを切ってしまうというような方法などがあります。それぞれ一長一短ですが、要は、血液の中の酸素を余り減らさないようにしておいて炭酸ガスを上げていきます。炭酸ガスというのは、呼吸中枢の最高の刺激剤ですから、炭酸ガスを上けていくというのが基本的な形になります。現在では、酸素は十分に与えておいて炭酸ガスをふやすという形で、約10分間の呼吸停止を見るというのが原則的な形になっております。
 これは、一見非常に合理的に脳死の判定に使えそうに思えますが、実際は、患者にとっては望ましいことではありません。なぜかというと、理屈のうえでは、これは今まさに脳が死のうかどうしようかということを判定しようとするわけですから、それだけ炭酸ガスが上がれば脳にいい影響があるわけでは決してないわけですね。だから、これは本当は、セレモニーに過ぎないわけです。もしも脳が少しでも生きていたら、そのテストによって脳は完全に死んでしまう、とどめを刺すことになると思います。だから、このテストは、脳が死んでいるか生きているかというテストというよりも、最終的な確認のセレモニーと考えるべきです。要するに、脳死であるかどうかという診断は、診断自体を問題にするのではなくて、大事なことは治療することなのです。つまり、脳死か脳死でないか疑わしければ、テストすべきではなく、治療を続けなければいけないわけです。

 

 前ページの「重症呼吸不全患者に無呼吸テストはしない」で問題は解決したか以下に掲載の事実は、現行の無呼吸テストの採用している炭酸ガス刺激が弱い可能性を示している。「それならばより長時間、無呼吸テストを行ない、PaCO2目標値を上げればいいではないか」と考えるかもしれないが、現状の無呼吸テストでも侵襲性が高い傷害致死行為になっている。実際のデータは下記。

 出典は、表の左側は大野 正博:脳死判定における無呼吸テストの心血管系、酸素需給バランスに及ぼす影響、大阪医科大学雑誌、52(1)、10−16、1993。右側は藤井 之正:脳死判定における無呼吸テスト時の体温と動脈血炭酸ガス分圧との関係、ICUとCCU、12(11)、1011−1016、1988。

 

22例に対する計31回の無呼吸テスト
(大阪府三島救命救急センター)

  

  

22例に対する計53回の無呼吸テスト
(山口大学救急・集中治療部)

  before after

有意差あり
☆p<0.01

開始前 終了時 有意差あり
☆p<0.01
pH 7.39±0.01 7.13±0.01 7.34±0.07 7.11±0.07
PaCO2 45.0±1.3 95.1±2.8 42±4 85±12
PaO2 414.2±19.5 344.1±23.0 418±139 309±165
base excess 2.6±0.6 −0.4±0.6 −2.6±4.6 −5.0±4
心拍数 91.5±2.6 94.5±3.0        
平均動脈圧 99.4±4.0 97.0±6.0        
平均肺動脈圧 17.8±1.2 29.1±2.1      
右房圧 5.4±0.8 5.8±0.9        
肺動脈楔入圧 6.9±0.9 8.8±1.2        
心係数 2.4±0.2 3.0±0.2      
一回拍出量係数 27.8±1.9 33.6±2.5      
体血管抵抗係数 3569±318 2818±316      
肺血管抵抗係数 398±55 613±76      
左室仕事係数 35.7±3.0 39.7±3.3        
右室仕事係数 4.8±0.5 11.0±1.2      
酸素運搬係数 395±29 492±37      
酸素消費係数 80±5 80±6        
酸素摂取率 20.5±1.6 17.1±1.5      
ノルエピネフリン 1.6±0.6 2.1±0.6      
エピネフリン 2.5±1.0 2.6±1.1        
乳酸 23.5±2.9 18.8±2.5      
収縮期血圧       86±34 86±35  
拡張期血圧       46±19 44±19  
脈拍数       103±32 101±30  

計算式(前出の大野氏ら)

  • 心係数      =心拍出量/体表面積
  • 肺血管抵抗係数=[平均肺動脈圧−肺動脈楔入圧]×79.92/心係数
  • 右室仕事係数  =一回拍出量×[平均肺動脈圧−中心肺靜脈圧]×0.0136
  • 酸素運搬係数  =動脈血酸素含量×心係数×10
  • 酸素消費係数  =動脈血酸素含量較差×心係数×10
  • 酸素摂取率   =[動脈血酸素含量−混合靜脈血酸素含量]/動脈血酸素含量

 

無呼吸テストは脳死作成法

 竹内 一夫:厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書 神経所見と無呼吸テスト、日本医師会雑誌、118(6)、855−865、1997は、p858において「PaCO2が95mmHgを超えると炭酸ガスの中枢抑制作用が現れる。呼吸不全患者の炭酸ガス昏睡は90〜120mmHgでみられる」という。唐澤 秀冶:呼吸中枢の刺激方法、脳死判定ハンドブック、214、羊土社、2001は「PaCO2が70mmHg以上になると、呼吸刺激ではなく呼吸抑制が生じてしまう。さらに80〜90mmHgになると意識が消失し、これをCO2ナルコーシス」という。上記の大阪府三島救命救急センターにおける無呼吸テストは、この水準に達しておりテストというより脳死作成法となった可能性が高い。

 

無呼吸テストは心臓に負担

 大野氏らは無呼吸テストの循環動態に及ぼす影響、麻酔、38(9S)、S236、1989において、大阪府三島救命救急センターにおける12例に対する計17回の「無呼吸テストにより、肺血管抵抗係数及び心係数の上昇により著しい右心負荷が加わることが判明し、心血管系に予備能の少ない患者の無呼吸テストには十分な注意が必要である」とした。右心負荷について大野氏は4年後の、脳死判定における無呼吸テストの心血管系、酸素需給バランスに及ぼす影響、大阪医科大学雑誌、52(1)、10−16、1993においても、平均肺動脈圧・肺血管抵抗係数・右室仕事係数の上昇から同じ注意を喚起している。

 池田 壽昭:脳死判定時に於ける呼吸・循環系の変化、日本救急医学会雑誌、3(5)、357、1992は、脳死患者23名の判定前後の比較から「心機能の面からは収縮力の低下が伺えた」と報告した。

 

無呼吸テストで酸素消費も低下

 林 成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討、近代出版、2001はp87で「PaCO2の上昇と共に、動脈血のpHは進行性に低下する。pH<7.2になると赤血球のヘモグロビンと酸素の結合を切り離す補因子(エフェクター)であるジホスホグリセリン酸(2,3-diphosphoglycerate:DPG)が産生されなくなり、酸素吸入の効果が低下して脳の神経細胞に例えPaO2が高い値を示しても、実際の神経細胞には充分酸素が行かなくなる危険性が生じる」。p95でも「長時間無呼吸テストが続行されると、例えPaO2が正常値にあっても、脳や心臓などの主要臓器レベルでは酸素供給が欠乏するという事態が発生する可能性がある」という。

 無呼吸テスト(炭酸ガス刺激)の裏付け理論として「PaCO220mmHgの変化で脳脊髄液pHは0.2変化する。脳脊髄液pHが正常(7.32〜7.36)から7.18以下に変化すると、呼吸中枢化学受容野に対して強力な刺激となる。だからPaCO2を正常値から約20mmHg上昇させて刺激する」とされる。無呼吸テスト中も100%酸素を与えているものの、本当は生体に酸素不足を引き起こさないと炭酸ガス刺激の効果がわからないのが現実だ。実際の無呼吸テスト終了時には、上記の表のとおり7.13〜7.11まで低下し影響の大きさが伺える。

 

 実際に酸素消費量が低下している。前出の池田 壽昭:脳死判定時に於ける呼吸・循環系の変化は、組織酸素摂取率は脳死判定前21.6%±7.7%に比べ判定後16.6±6.5%と低下を報告した。

 大野 正博:無呼吸テストの酸素運搬能および酸素消費量に及ぼす影響、ICUとCCU、13(臨増秋)、93、1989も大阪府三島救命救急センターにおける12例に対する計17回の無呼吸テストでは「心係数が34%増加したため、酸素運搬能係数は29%有意に上昇した。・・・(略)・・・無呼吸テストによる血液pHの低下は・・・(略)・・・酸素運搬能係数の上昇により末梢組織への酸素供給は増加すると考えられるが、酸素消費係数は27%低下しており、末梢組織での酸素利用障害が示唆された。・・・(略)・・・無呼吸テストでは呼吸性アシドーシス(酸血症)をきたし、・・・(略)・・・解糖系が抑制され、酸素消費が低下したものと考えられる」と報告。pH<7.2以下で酸素供給が欠乏する、という林氏らの説明を裏付けた。

 ところが同じ大阪府三島救命救急センターにおいて22例に対する計31回の無呼吸テストを報告した(上記表左側の)脳死判定における無呼吸テストの心血管系、酸素需給バランスに及ぼす影響、p14では「酸素消費係数に著変はなかったが、酸素運搬係数は心係数の増加を反映して平均24.4%の上昇を示し、その結果、酸素摂取率は20.5から17.1%に低下した。このことは、酸素需給バランスが良好に保たれるだけでなく、かえってよくなることを示している。・・・(略)・・・血中乳酸値も平均20.0%低下したことから、無呼吸テスト中に固定酸の蓄積をきたしたとは考えにくい」と酸素需給バランスに関する評価を逆転させた。pHの低下が低下していることは明らかで、生体組織に供給され、消費された酸素量は減少しているのではないだろうか。

 大野氏らは4年間の間に「心拍数が増えて酸素消費量が減ったから、酸素は余っている」という理解に後退したのであろうか。1993年の大野論文p13記載の無呼吸テスト前後の変化を示すグラフをみると、酸素運搬係数、酸素消費係数ではテストの平均的傾向とは異なり、傾きの方向が逆(テスト前後で増減が逆転)の3〜6テスト分が含まれる。酸素摂取率では20テストのうち17テストは減少しているが、1テストは横ばい、1テストは微増、1テストは3〜4%と大きな増加を示す。乳酸のグラフに到っては12テストのうち2テストが40%近く低下し、平均値を大きく下げているとみられる。

 大野氏らの測定が正しければ「脳死患者といえども、病態には大きな差がある」ことを明らかにしたと思われるが、多数の症例(テスト)の平均値で判断して「無呼吸テスト中に酸素需給バランスは、かえってよくなる」と書くのは、誤解を生じるだろう。

 

 現行の無呼吸テストでも、瀕死の患者の心臓に負荷を与え、酸素摂取を減少させている。脳死判定時に自発呼吸がある患者に遭遇すると、判定医は「無呼吸テストをしたために、最後の助かる可能性を断ち切ったのでは」と恐怖感を持つ。患者に対して傷害致死行為をするようでは、もはや医療ではない。適正な刺激強度が不明で、単一の炭酸ガス刺激方法さえ満足できないことと併せて、無呼吸テスト検査を実行する意義が疑われる。

 

 

1970年代以前の脳死者は、本当に脳死だったのかわからない

 竹内 一夫:厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書  神経所見と無呼吸テスト、日本医師会雑誌、118(6)、855−865、1997は、「1、無呼吸テストの変遷」として下記を記述している。

 自発呼吸の不可逆的消失を確かめない脳死判定基準はない。1977年のCollaborative studyでは、15分間の人工呼吸中に人工呼吸器に逆らって自発呼吸が出現しないというだけで無呼吸としている。厚生省研究班の調査では、1985年当時、血液ガス分析(動脈血中の酸素分圧:PaO2と炭酸ガスの分圧:PaCO2)をしている施設は30%以下であった。

 そのころの米国で行われた調査結果は次のようである。神経内科医129人に対するアンケート調査で、回答者の12%は無呼吸テストを行っていない。行っている者についてみると、人工呼吸器を―定時間外すとする者が圧倒的に多いが、なかには患者が人工呼吸器をトリガ ー しないというだけで無呼吸としている。いずれの方法も含めてPaCO2の測定を行うという回答は23%にとどまっている。これが約10年前の実情である。

 かつてみられた竹内基準に対する批判的報道の一部には、無呼吸テストをしないで脳死としている学会報告が取り上げられていた。これらは後に、脳死臨調内にも設けられた専門委員会によって調査され、竹内基準による脳死判定ではないことが明らかにされて決着をみた。

 世界的に脳死判定基準が作成され始めた1970年代には、血液ガス分析ができないときのことも配慮して、無呼吸テストとして「人工呼吸器を―定時間外して呼吸運動の出現をみる」という表現が多かった。しかし、年代を経て血液ガス分析が普及し、その重要性が―層認識されるようになって、いわゆる rigorous test (血液ガス分析を行いPaCO2を目標値まで上げる)が推奨された。初出の竹内基準では、つとに血液ガス分析を必須とし、補遺では人工呼吸器を外す時間よりもPaCO2の値が重要であることを強調しておいた。

 要するに竹内氏が書いていることは、過去には「人工呼吸器に逆らって自発呼吸が出現しないだけで無呼吸としている。あるいは、無呼吸テストを行なわずに無呼吸として脳死判定した施設、医師も相当数いた。どれくらいの炭酸ガス刺激を加えるべきか、目安となる血液ガス分析・PaCO2の測定ができる施設も少数派という時代があった」ということだ。

 竹内氏らは「かつてみられた竹内基準に対する批判的報道の一部には、無呼吸テストをしないで脳死としている学会報告が取り上げられていた。・・・・・・」と言うが、植木幸明:脳の急性一次粗大病変における「脳死」の判定基準、日本医事新報、2636号、31−34、1974(日本脳波学会の脳死判定基準を示す論文)は「自発呼吸停止の確認については『まず10分間PaO2を正常域に保ち、PaCO2も正常範囲(35〜45mmHg)にあるようにして人工呼吸器を3分間とめ、自発呼吸の再現しないことを確かめる』ことがもっとも厳格な方法である。但し常にこれを行なう必要はない。この際、気管粘膜を刺激して咳反射のないことを確かめることは重要である」としている。

 「但し常にこれを行なう必要はない」という表現は、テスト前の条件を整えることを指すと思われるが、臨床的・神経学的・経験的判断に加えて無呼吸テストの侵襲性から、無呼吸テストを省いた脳死判定までも容認する響きがある(竹内氏は日本脳波学会「脳波と脳死に関する委員会メンバーだった)。竹内氏のように、判定医の責任のみを強調しすぎてはいけない。

 現代でも無茶苦茶な無呼吸テストが行なわれている。奥地 一夫 (奈良県立医科大学):脳死疑診例の脳波および臨床病態の検討、日本救急医学会雑誌、13(6)、320−327、2002 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam1990/13/6/13_6_320/_pdfは「1999年9月から2001年4月までの20か月の間に当施設で脳死判定基準の必須項目(深昏睡、瞳孔固定散大、前庭反射を除く6つの脳幹反射の消失、自発呼吸停止)を満足した後に脳波の測定を行った症例は28例である。自発呼吸消失はPaCOが40oHg以上の呼吸器設定とし、その後40〜60秒程度呼吸器をはずして自発呼吸が出現しないことを確認し行った」。

 

 以下の表では主な判定基準における無呼吸テストの変遷を、

  1. 坂部 武史:脳死について ICUの立場から、ICUとCCU、9(5)、575−582、1985
  2. 藤井 之正:脳死における無呼吸テスト中の酸素投与法、ICUとCCU、12(2)、127−134、1988
  3. 厚生省脳死に関する研究班:脳死の判定指針および判定基準、日本医師会雑誌、94(11)、1949−1972、1985
  4. 竹内 一夫:厚生省「脳死に関する研究班」による脳死判定基準の補遺、日本医師会雑誌、105(4)、525−546、1991

より。血液ガス分析機器の発達史はL.マーチン:序 基礎的な検査、わかる血液ガス、5−6、秀潤社、2000よりまとめた。

1950年 PaO2、PaCO2、pHを迅速確実に測定する電極が開発される。
1953年  Leland Clark が白金酸素電極を発明(現在の血液ガス電極に発展する原型)。
1960年代中頃 自動化されていない装置でPaO2、PaCO2、pHの測定ができる大学のセンターが複数に
1968年 Harvard判定基準(米国)

テスト前の条件:10分間以上空気換気、PaCO2正常。
テスト時間   :3分間

1973年 商品化された自動血液ガス測定器が初めて紹介される( Radiometer 社のABL1)
1974年 日本脳波学会基準(日本)

テスト前の条件:10分間PaO2正常、PaCO2 35〜45mmHg
テスト時間   :3分間

1976年 Royal Colleges 基準(英国)

テスト前の条件   :10分間100%O2換気、ついで5%CO2混合し5分間換気、
             PaCO2 40〜45mmHg
テスト中の酸素投与:6L/分100%O2
テスト時間      :10分間

1977年 NINDS 基準(米国)

テスト前の条件:−−−
テスト時間   :15分間

1981年 大統領委員会基準(米国)

テスト前の条件   :10分間100%O2換気またはO2とCO2混合気で換気
テスト中の酸素投与:O2を受動的に吸入
テスト時間      :10分間 判定時PaCO2は60mmHg未満

1985年 厚生省基準(日本)

テスト前の条件   :10分間100%O2換気
             PaCO2 が少なくとも40mmHgであること
テスト中の酸素投与:6L/分100%O2
テスト時間      :10分間

1986年 Severinghaus 社も測定機器を発売
1991年 厚生省基準(日本)

テスト前の条件   :10分間100%O2換気、体温35度以上が望ましい
             PaCO2 が少なくとも40mmHgであること
テスト中の酸素投与:6L/分100%O2
テスト時間      :PaCO2が60mmHg以上であることを
             確認できれば10分間以内でよい(PaCO2は70mmHgまで)

  過去の無呼吸テストに関する規定を、現代の基準からみると、

  1. 無呼吸テスト中の低酸素血症を防ぐために、テスト中に酸素を投与しなければならない。
  2. 体温が高いと代謝も多く急速にPaCO2が上昇するため、無呼吸テスト開始時の体温に注意しなければならない。
  3. 無呼吸テスト開始時のPaCO2値が低いと、刺激に必要なPaCO2が値まで上昇するのに時間がかかり危険なため、テスト開始時のPaCO2値を正常値に戻してテストを開始する必要がある。

など、無呼吸テスト中の安全性を確保するための考慮が、まったくなかったことがわかる。

 過去の無呼吸テストは正確に、(炭酸ガス刺激については)自発呼吸能力の有無を把握できたのだろうか。坂部 武史:脳死について ICUの立場から(前出)は、p578において「日本脳波学会の勧める方法でも十分判定は可能と考えられるが、PaCO2の上昇度合が少なく(通常は2mmHg/分)、3分後のPaCO2が呼吸中枢を刺激するに十分なレベルに達していないことも起こりうる」と指摘していた。

 実際に、藤井 之正:脳死における無呼吸テスト中の酸素投与法(前出)は、p132において「過去にわれわれの施設で行なった11例の無呼吸テストの内、3分の無呼吸でPaCO2が60mmHgに達したのは1例のみであった」。竹内 一夫:厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書−神経所見と無呼吸テスト−(前出)も、p860において「3分間の無呼吸ではPaCO2は20mmHg以下の上昇、血液pHは0.1の低下である。5〜6分でPaCO2は25mmHg以上上昇する」としている。

  コントロール  4分後  10分後 
33 49 67
19 29 36 
 57 80 96 
 30 47 69 
 26 39 46 
 32 53 76 
 40 52 78 

John A. Schafer,MD(Department of Neurology,University of California):Duration of apnea needed to confirm brain death、Neurology、28(7)、661−666、1978は、7名の脳死患者の無呼吸テストにおけるテスト前、4分後、10分後のPaCO2として左記を示している(単位:mmHg)。無呼吸テスト開始4分後にPaCO2が60mmHgを超えたのは、テスト開始前からPaCO2レベルが高かった症例3のみだった。無呼吸テストを10分間行っても、症例2と症例5はPaCO2が60mmHgを超えていない。

 つまりHarvard判定基準や日本脳波学会基準にもとづいて実施された無呼吸テストのほとんどは、無効だったことになる。前ページで紹介しているが、無呼吸テスト終了の目標とするPaCO2値は、国や研究者により44mmHg〜90mmHgときわめて大きな幅がある。目視で明らかな呼吸運動とは認められない場合でも、測定機器を使えば換気量が計測される。無呼吸テストだけを取上げても、1970年代以前のほとんどの脳死判定は否定されることになる(一部の施設は血液ガス測定やテスト中の酸素投与など早期に採用したが)。

 その後、現代においてもPaCO2が70mmHg以上になり呼吸抑制を、さらに80〜90mmHgになり意識・中枢神経抑制をもたらしている一部の無呼吸テストは、脳死を判定する方法ではなく脳死体作成法となっている。

 人は死亡すると、多くの社会的権利を失う。近親者の感情に加えて、権利喪失を宣告する側面からも、人の死の判定は厳粛であるべきだが、脳死説を採用するときわめて不安定になることが明らかになった。

 


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