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臓器移植を推進する医学的根拠は少ない

1970年1月、松倉教授が指摘した医事法的な問題点

医療目的でなされているのか?

正当業務行為としてなされているのか?

実験的治療を過度に推奨していないか?

腎臓移植

ガン治療関係者は、消息不明率10%超は公表を控える

腎臓移植関係者は、消息不明率34%で成績アピール

腎臓移植後の超早期死亡例・早期死亡例

腎疾患予防策 透析導入回避・遅延策 透析離脱例

演出されるドナー不足

経済的利益のために臓器獲得・移植が行われる

患者の利益を考えた当たり前の医療に

肝臓移植回避例 • 心臓移植回避例 • 肺移植回避例 • 臓器移植死

このページの概要

 1970年に大阪大学・法医学の松倉教授は「臓器移植の医事法的な問題点は、まず第1に医療の目的でなされなければならないということ。移植を必要とする明らかな障害があって、ほかの方法によってはこれをもうなおすことはできない。あるいは現在やっておる治療法が、もうすでにその限界に達しているということが、この移植でやることの必須条件でなければならないということであります。従って、臓器移植を受けた者のほうが、それによって機能を確かに回復し、しかもそのことによって、その機能回復の期間がずっと延長されるという医学的な見込みがあるということが必要な条件であります」と指摘した。

 きわめて当たり前の指摘だが、日本国内だけで1万例を超える腎臓移植においてすら、透析患者と移植レシピエントの比較可能なデータは存在していない。
 肝臓移植心臓移植においても同様で、従来の治療法で回復する患者が日本でも高率に存在する。世界的には、 さらに軽症の患者にも移植が行われるため、「ドナー不足」が過大に喧伝されている。
 いま一度、臓器移植医療の医学的根拠、エビデンスを点検する必要がある。

 「患者の利益を考えた当たり前の医療が行なわれること」という、きわめて当たり前のルールが中核に据えられていれば、現状ほど臓器移植・脳死問題が重大視されることもないと思われる。

1970年1月、松倉教授が指摘した医事法的な問題点

医療目的でなされているのか?

 1970年1月31日、日本生命中之島ビル(大阪市)で開催された第3回腎移植臨床検討会において、大阪大学・法医学の松倉教授が「腎移植の医事法的問題」を講演した。

 松倉教授は講演の冒頭に「基本的に臓器移植の医事法的な問題点としてはまず第1に、臓器移植は医療の目的でなされなければならないということです」と述べた。

 “現在、移植を必要とする明らかな、心臓あるいは腎臓機能の障害があって、ほかの方法によってはこれをもうなおすことはできない。あるいは現在やっておる治療法が、もうすでにその限界に達しているということが、この移植でやることの必須条件でなければならないということであります。従って、臓器移植を受けた者のほうが、それによって機能を確かに回復し、しかもそのことによって、その機能回復の期間がずっと延長されるという医学的な見込みがあるということが必要な条件であります”

 誰が読んでも至極、当たり前の指摘だ。「臓器不全の患者を治療するために、患者の最善の利益を考えた医療」でなければ正当性を持ち得ない。臓器移植の場合は、レシピエント側だけでなく生体ドナーに身体的・精神的負担を、脳死ドナーを考慮するならば社会全体に多大なコストを負わせるだけに“現在の治療法が限界、臓器移植を受けたほうが機能を回復し、かつ機能回復の期間が長い”という医学的な根拠は、より高度なレベルで求められる。

 しかし松倉教授が最も重要な事として指摘した臓器移植医療の医学的根拠、近年の流行語でいうエビデンスは、21世紀に入り日本国内だけで1万数千例と膨大な数の移植が行われた腎臓移植医療においてすら、存在していない

 

正当業務行為としてなされているのか?

 松倉教授はこうも述べた。“臓器移植というものは、あくまで医療の目的のためになされなければならないんだと、わかり切ったことを申し上げたのも、結局はそれが正当業務行為であるということをいうことができるためであります”。

 腎臓移植の場合、レシピエントの生死について消息不明率が 50%ときわめて多い。レシピエントの死亡が、もしも移植後早期に集中し移植手術が原因であるケースが高率にあるならば、いかに現在、生存しているレシピエントに健康な方が多くても一般的に推奨される手術ではないことになるが、その判断に使えるデータはない(移植施設関係者の腎臓移植に対する態度から想像が可能)。

 すでに1960年代から脳死判定がなければ行えない臓器獲得が、小児からも多数行われてきた。それらの非合法・非倫理的・民主的手続きを無視した行為さえも、違法性阻却論で正当化を図る者もいるが、腎臓移植の治療効果が不明ならば、正当業務を前提とした違法性阻却論も限定的にしか通用しない。

 

実験的治療を過度に推奨していないか?

 松倉教授はこうも述べた。“もちろん、実際問題として、やってみて必ず(寿命が)延長されるとは限っておりませんから、現実にはかえって短くなるということがある。そのことは仕方ないんですが、それは自ずから、この臓器移植の目的論とは別な問題です”

 急激な経過で容態が悪化する病気(例えば劇症肝炎)、あるいは治療法が未確立の患者群に対しては、治療の選択肢が多数あることが望ましいために、生体間の移植が選択され、移植後の成績が悪い可能性があっても許容される場面がありうると考えられる。

 しかし、その場合でも生体間移植以外の治療法が、移植を考慮する以前に、万全の体制で行われるべきであるし、生体ドナーの必要性を家族・近親者に説明する際にも、実験的側面があることを正確に説明しておくべきだ。そのような手順を踏まずに、生体間移植だけを推奨したとみられる事例がある。

 社会に対しても、いまだ実験的治療法であるにもかかわらず、普遍的に行われるべき治療法として推奨してはいないか。脳死臓器移植論議を提案するほどの根拠があるのか。移植医療関係者には、エビデンスに基づいた発言が求められる。

 

 第3回腎移植臨床検討会は,移植、第5巻2号、p130〜p184に掲載されている。松倉教授の前には大阪大学第2外科の池田 卓也氏が脳死判定について、現代にもほぼ通用する指摘をしているので是非、参照願いたい。

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腎臓移植

ガン治療関係者は、消息不明率10%超は公表を控える

 ガン治療の成績を公表してアピールする医療施設が増えてきたが、症例数や消息判明率、ガンの対象範囲も明記されていない場合が多く、「計算法によって有利、不利が出る」「実際より高く見せかけることも可能」との批判が出てきた。そこで公表されたデータの正確な比較が行われるように、全がん協加盟施設におけるがん患者生存率公表にあたっての指針(案)2004/11/25 版http://www.gunma-cc.jp/sarukihan/zengankyo_surviva.pdfは、消息不明率10%超施設の生存率公表を控えるべきとしている。

 (p12-13)5.観察終了時点(観察期間の最終日)

 全がん協では、死亡が確認されていない患者(生存中と判断される患者)のなかで、生存期間が1825 日未満の患者を消息不明例とする。・・・全がん協では、各施設の消息不明率を5%以下にすることを勧告する。また、各施設独自で算定する場合、この消息不明率が10%を越える場合には生存率の公表を控えるべきである。

 

(p13)7.消息判明率

 消息判明率の計算式は(1−消息不明例/全体症例)。

 

(p5〜p6)4.予後調査の方法と勧告

 対象患者の生死情報源は、@最終来院情報などの、日常診療の中で把握できる情報、A主治医等からの電話や郵便を用いて把握する情報、B住民票照会、C地域がん登録資料からの情報提供等がある。各施設における5年生存率を正確に算出するためには、概ね95%以上の消息判明率を維持する必要があり、生死情報源が@とAのみでは、その達成が困難である場合が多い。そこで本指針では、全がん協加盟施設はBまたはCも実施することを勧告する。

 

腎臓移植関係者は、消息不明率34%で成績アピール

 では、腎臓移植医療における消息判明率、消息不明率はどうか。

 日本移植学会は臓器移植ファクトブック2004http://www.asas.or.jp/jst/factbook/2004/fact04_03.htmlにおいて、腎臓移植レシピエントの生存率、移植腎生着率を公表しているが、このデータの出典は移植、3 9巻1号p57−64掲載の「腎移植臨床登録集計報告(2003)−3 2000年追跡調査報告」 だ。この報告は、1998年12月末までに実施された移植症例9,377例を対象としたのだが、回収できた6,990症例なので2,387症例が消息不明。さらに得られたデータのなかにも生死不明のレシピエントが 651人、生死について記入の無いレシピエントが160人いるため、消息不明例の合計は3,198人となる。

 1−消息不明例3,198/全体症例9,377=65.89、から、おおよその数字になるが腎臓移植(生体腎+死体腎)統計の消息判明率は66%、消息不明率は 34%となる。

注:最新の統計では消息不明率は50%に増大している。複数回の移植を受けたレシピエントもおり、移植症例数=レシピエント数とはならない。このほか移植医療独自の事情を考慮して消息不明率を検討しなければならないため 34%、50%は目安の数値。

 全がん協の指針に即して考えると、これほど消息不明率が高い調査をもとにして「死体腎移植を受けたレシピエントの生存率を1年目90%、15年目70%」などと腎臓移植の成績をアピールする事は公表を控えるべき低レベルの話になる。
 透析医療でさえ高回収率で透析患者の治療成績を把握しており、腎臓移植レシピエントの消息不明例がこれほど多数あることは理解しがたい。 臓器移植を受けた患者の生命、QOLには考慮なく移植手術の実施そのものを目的としているため臓器移植を受けた患者の消息には興味がないこと、そして手術成績の悪い施設が報告をしていないことが、これほどの莫大な消息不明率になって現れているとみられる。

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腎臓移植後の超早期死亡例・早期死亡例 #death

 腎臓移植を受けた患者の生存率は年単位で示されるため、腎臓移植術後の生存期間が1年間未満の症例を超早期死亡例とする。
 早期死亡例は、腎臓移植の積算医療費が、透析療法の積算医療費を下回るまで生存しなかったケースとする。仲谷 達也(大阪市立大学大学院医学研究科泌尿器病態学):慢性腎不全治療(移植/透析)の医療経済、今日の移植、23(2)、143−148、2010にもとづくと、血液透析医療費との比較では、血液型適合生体腎移植後に合併症なく20ヵ月間未満しか生存できなかった症例、死体腎移植後には合併症なく28ヶ月間未満しか生存できなかった症例と考えられる(腹膜透析医療費との比較ではそれぞれ術後14ヶ月、19ヶ月)。しかし、早期死亡例は合併症による医療費高騰が考えられる。このため下記では、移植患者の死亡に医療側の不手際が想定され、しかも移植後3年未満の死亡例を示す。出典資料がハイパーリンクのところは、このサイト内に詳細な記述ある。

  1. 透析例・年齢・性別不詳の患者、「死体」腎移植後10時間以内に死亡=三浦 敬史(九州大学臨床・腫瘍外科)、第43回日本臨床腎移植学会、メディカルトリビューン2010年3月4日付32面
     この記事は「52例の献腎があった2000年以降の成績は生存率97%」とし、グラフでは移植術後5時間までは生存率100%、その次の10時間までの間で生存率が低下している。

  2. 透析で15年1ヵ月生存の43歳女性、死体腎移植手術翌日に肺梗塞で死亡=座光寺 秀典(山梨大学大学院医学工学研究部泌尿器科学):ネットワーク発足後の当院における献腎移植症例の検討、移植、40(2)、179、2005 

  3. 透析で14年6ヵ月生存の54歳男性、死体腎移植手術後4日に胸部不快感・圧迫感を訴え心停止状態となり死亡=錦戸 雅春(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科腎泌尿器病態学):同一ドナーからの両腎とも機能が発現しなかった献腎移植の2例、移植、42(2)、199、2007 

  4. 透析で29年間生存の48歳男性、シロスタゾール内服で術中出血多く、術後から再出血・凝固異常、死体腎移植後6日目に腸管浮腫と播種性血管内凝固症候群により死亡=笹本 治子(北里大学医学部泌尿器科学):献腎移植におけるprimary non function症例、今日の移植、22(6)、692−695、2009 

  5. 透析で15年間生存の65歳男性、死体腎移植7日目に肝不全で死亡=北田 秀久(九州大学病院臨床・腫瘍外科):献腎移植術直後、肝不全となった1例、移植、43(4)、319、2008 

  6. 透析で22ヶ月間生存の63歳女性、生体腎移植23日後に急性呼吸促迫症候群にて死亡=森 康範(市立貝塚病院泌尿器科)ほか:高齢者腎移植レシピエントの症例検討、今日の移植、22(3)、341−344、2009

  7. 透析で12年間生存の50歳代女性、「脳死」膵腎同時移植から34日後に多臓器不全で死亡藤田保健衛生大学病院:時事ドットコム、読売新聞などの報道 

  8. 透析で21年間生存の46歳男性、腸炎で大腸の亜全摘と移植腎を摘出。摘出術後に汎血球減少症、播種性血管内凝固症候群、脳出血性梗塞が出現して死体腎移植40日後に死亡=Nomura Takeo(大分大学医学部泌尿器科):Intestinal perforation after cadaveric renal transplantation(死体腎移植後の腸穿孔)、International Journal of Urology、11(9)、774−777、2004

  9. 透析で17年間生存の63歳男性、死体腎移植後46日目に非閉塞性腸管虚血症で死亡=吉田 克法(奈良県立医科大学泌尿器科):重篤な非閉塞性腸管虚血症を発症した献腎移植の1例、移植、47(4−5)、307−311、2012

  10. 透析で20年間生存の36歳男性、死体腎移植後49日目に突然死=渥美 浩克(金沢医科大学腎機能治療学):心室細動による突然死をきたした死体腎移植の1例、腎移植症例集2009 (日本医学館)、74ー76、2009

  11. 透析で19年間生存の69歳女性、死体腎移植後60日目にウイルス感染症で死亡=榎本 裕(東京大学泌尿器科):献腎移植後、汎発性水痘帯状疱疹ウイルス感染症により呼吸不全で死亡した一例、泌尿器外科、24(臨時増刊)、515、2011

  12. 透析で11年間生存の11歳女児、死体腎移植後83日目に肺動脈血栓症にて死亡=西 愼一(新潟大学医学部附属病院・血液浄化療法部)ほか:長期カテーテル留置による肺動脈血栓症で死亡した小児献腎移植の1例、今日の移植、11(6)、800−801、1998

  13. 透析で5年8ヵ月間生存の11歳男性、死体腎移植後21日目にCAPDカテーテル感染発症、腹膜炎、腹腔内膿瘍からsepsis、SIRSにて術後101日目に死亡=笹本 治子(北里大学医学部泌尿器科学):献腎移植におけるprimary non function症例、今日の移植、22(6)、692−695、2009 

  14. 透析で12年間生存の58歳男性、死体移植4ヵ月でウイルス関連血球貪食症候群のため死亡=一森 敏弘(徳島赤十字病院 外科)ほか:献腎移植後約4 ヶ月でVAHS(ウイルス関連血球貪食症候群)のため不幸な結果となった一例、移植、40(総会臨時号)、308、2005

  15. 透析で17.1年生存、死体腎移植後4ヵ月で死亡望月 保志(長崎大学病院泌尿器科):心停止献腎移植の現況 最近の献腎移植には苦労しています、腎移植症例集2010(日本医学館)、214−217、2010

  16. 透析で12年間生存の40歳女性、生体腎移植後123日目に肝不全にて死亡=山谷 秀喜(金沢医科大学腎機能治療学・腎臓内科):C型肝炎ウイルス陽性患者の腎移植後にFibrosing Cholestatic Hepatitisを発症した1例、移植、40(6)、539―543、2005 

  17. 透析で21年2ヵ月間生存の55歳女性、死体腎移植後に急性拒絶反応に加え、genotypeの異なるHCV superinfectionによる急性肝炎を併発した結果、肝腎症候群を来し、さらに敗血症を併発し144日目に死亡=山中 和明(兵庫県立西宮病院泌尿器科):HCVキャリアー・ドナーからHCVキャリアー・レシピエントへの献腎移植後、HCV genotypeが変化した1症例、腎移植・血管外科、22(1)、76−81、2010

  18. 透析で2ヵ月間生存の40歳代女性、生体腎移植後144病日に慢性肝嚢胞感染と尿毒症により死亡=井上 隆(昭和大学病院腎臓内科学部門):腎移植後、肝嚢胞感染管理に苦慮した多発性嚢胞腎の一例、日本腎臓学会誌、54(6)、726、2012

  19. 透析で27.8年生存、死体移植後5ヶ月で死亡望月 保志(長崎大学病院泌尿器科):心停止献腎移植の現況 最近の献腎移植には苦労しています、腎移植症例集2010(日本医学館)、214−217、2010

  20. 透析で18年間生存の47歳男性、移植後5ヶ月で死亡=玉城 光由(琉球大学医学部泌尿器科):献腎移植後に悪性中皮腫を発症した1例、移植、44(5)、469、2009

  21. 透析で10.4年生存、死体移植後7ヵ月で死亡望月 保志(長崎大学病院泌尿器科):心停止献腎移植の現況 最近の献腎移植には苦労しています、腎移植症例集2010(日本医学館)、214−217、2010

  22. 透析で25.7年生存、死体移植後7ヵ月で死亡望月 保志(長崎大学病院泌尿器科):心停止献腎移植の現況 最近の献腎移植には苦労しています、腎移植症例集2010(日本医学館)、214−217、2010

  23. 透析で2年間生存の30歳男性、生体腎移植後246日目に悪性腫瘍Rhabdoid tumorof kidneyにて死亡=佐藤 泰之(東京女子医科大学泌尿器科):生体腎移植後自己腎に発生したRhabdoid tumorof kidneyの一例、日本泌尿器科学会雑誌、101(5)、683−688、2010 

  24. 透析で22年5ヵ月生存の43歳女性、死体腎移植後276日で肝不全にて死亡=深見 直彦(藤田保健衛生大学泌尿器科):透析歴20年以上の献腎移植7症例の検討、腎移植・血管外科、15(1)、4−9、2003

    これより上が超早期死亡例、下が早期死亡例
     

  25. 透析で23年8ヵ月生存の60歳男性、移植後2年8ヵ月で死亡=深見 直彦(藤田保健衛生大学泌尿器科):透析歴20年以上の献腎移植7症例の検討、腎移植・血管外科、15(1)、4−9、2003

  26. 透析で15年間生存の41歳男性、死体腎移植21ヵ月後にガン死=Katai M(信州大学): Sarcomatoid renal cell carcinoma with widespread metastases to liver and bones in a kidney transplant recipient. Transplantation 63:1361-1363,1997

  27. 透析で12年間生存の46歳男性、死体腎移植後75週間で悪性腫瘍により死亡=南方 良仁(和歌山県立医科大学泌尿器科):移植後早期に進行性大腸癌が発見された献腎移植の1例、腎と透析、65(1)、155−159、2008

  28. 透析で13年5ヶ月生存 の44歳男性、死体腎移植後1年4ヵ月でガン死浜部 敦史(兵庫県立西宮病院):献腎移植後に急速な進行、転移をきたした固有腎癌の一例、第23回腎移植・血管外科研究会プログラム・抄録集、78、2007

 

海外渡航腎臓移植後の超早期死亡例・早期死亡例

  1. 透析で99.2ヵ月生存の55歳女性、中国で腎臓移植を受け透析から離脱できない状態で帰国、肺炎で3.8ヵ月後に死亡=有地 直子(兵庫県立西宮病院腎疾患総合医療センター):海外渡航腎移植は安全か? 兵庫県立西宮病院における検討、西日本泌尿器科、71(4)、143−147、2009

  2. 透析歴不明の65歳男性、心臓ステント留置の既往あり、中国で腎臓移植を受け2ヵ月後に突然の心肺停止で死亡=有地 直子(兵庫県立西宮病院腎疾患総合医療センター):海外渡航腎移植は安全か? 兵庫県立西宮病院における検討、西日本泌尿器科、71(4)、143−147、2009

  3. 透析歴不明の45歳男性、中国にて死体腎移植を受け肺炎、肝機能障害。イレウス、DICが進行して8ヵ月以内に死亡=橋本 恭伸(東京女子医大泌尿器科):中国にて献腎移植施行後ノカルジア肺炎を発症した1例、移植、36(2)、284、2000

  4. 透析で9年3ヵ月生存の53歳男性、中国で腎移植後9ヵ月で劇症肝炎で死亡=大前 憲史(名古屋記念病院泌尿器科):渡航腎移植後に劇症肝炎を来した1例、移植、42(2)、176、2007

  5. 透析で6年間生存の51歳男性、中国で生体腎移植を受け気腫性腎盂腎炎となり2年後に死亡=黒沢 芙美子(前橋赤十字病院麻酔科):敗血症性多臓器不全を併発し死亡した腎移植後気腫性腎盂腎炎患者、ICUとCCU、29(11)、989−993、2005

  6. 透析歴不明の52歳男性、中国で腎臓移植を受け、透析再導入となり脳出血で36.8ヵ月後に死亡=有地 直子(兵庫県立西宮病院腎疾患総合医療センター):海外渡航腎移植は安全か? 兵庫県立西宮病院における検討、西日本泌尿器科、71(4)、143−147、2009

 

腎臓移植統計の不備で実害

 腎移植統計が不備なために、生体臓器ドナー傷害保険制度が保留となったことが報告されている。

*加藤 俊一(東海大学医学部基盤診療学系再生医療科学):造血幹細胞移植、移植、40(6)、529−535、2007

 臓器移植への提言

 ドナー団体傷害保険を骨髄から末梢血幹細胞に拡大する際に、日本移植学会理事会の決議を受けて生体臓器移植のドナーにも拡大することを保険会社に要望した。保険会社から国内における過去数年間の生体ドナーの数と事故の発生件数についての資料を求められたが、肝臓、肺については比較的正確な数が把握できているものの、腎臓についての統計がなかったため、「保留」の状況となっている。
 生体移植という医療行為は健康なドナーの存在なくして成立しないものである。安全性確保のためには、学会や行政によるドナーの登録制度、健康状況の追跡調査制度、事故などに対する補償制度は欠かせないものである。WHOは臓器移植の指針の改定を検討中で、これらの制度を各国に義務づける方向で条文を調整している。日本移植学会としても学会としての対応が求められることになる。
 まず確立しなければならないものとして臓器ごとの生体ドナーの登録制度であり、可能であれば事前登録とすることが望ましい。とくに最も古い歴史を持つ腎移植領域において生体ドナーの登録や継続的な健康調査のシステムがなく、早急にドナー登録制度を導入すべきものと考える。

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患者背景を一致させて比較したデータなし

 さて、生死の消息判明率が90%以上になった後に、初めて患者背景を一致させて、生存率およびQOLを検討できることになる。

 1995年4月に日本臓器移植ネットワークが発足して以来、2003年12月末までの消息判明率は96.6%、消息不明率は3.4%と考えられ、 「死体」腎臓移植後8年以下患者の生存率・生着率データについては検討可能であろう。

資料1=日本臓器移植ネットワークは腎移植例を1324例とし、うち1279例で生存率、生着率を発表している。1279例の詳細が不明だが、いちおう1−1324/1279=消息判明率96.6%と計算できる。このデータはhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/newsletter/index.htmlにある 日本臓器移植ネットワークのNEWS LETTER Vol.8,2004 p8献腎移植統計 献腎移植における患者生存率・移植腎生着率ほかhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/newsletter/vol.8/P8.pdfに掲載されている。文献では、社団法人 日本臓器移植ネットワークからの報告、移植、39(3)、359−374、2004。

資料2西山 敏郎(かもめクリニック内科):長時間透析は食事制限の大幅な緩和を可能にし「高血圧と栄養失調」を同時に改善する、医工学治療、24(2)、81−87、2012は、大部分の透析施設で週3回×各4時間の透析が行われているのに対して、週3回×各6時間の長時間透析と限定自由食を実施してきた施設の報告だ。
 かもめクリニックは、1998年〜2010年末までの12年間に、延べ2,763名に長時間透析+限定自由食を実施し、死亡は133名、 死亡率は1.3〜6.8%で平均年間粗死亡率は4.5% 、日本透析医学会統計調査における年別粗死亡率9.2〜9.8%比べ良好な成績であった。主な死亡原因は悪性腫瘍で、心不全 を含めた心血管系合併症は少なかった(長時間透析研究会のホームページはhttp://www.longhd.jp/index.html)。

 上記資料1によると、移植1年後の生存率94.4%、移植腎生着率84.5%である。20人に1人が移植を受けた年に死亡し、6人に1人は最初から移植腎が機能しない・または1年以内に腎臓機能が廃絶するという現実は、40〜50代が平均年齢と思われる透析患者、腎臓移植希望者にとって、許容できるのか。年齢だけでなく、腎不全の重症度、透析歴を一致させた患者間で検討しなければならない。
 

 このことについて柴垣 有吾(東京大学医学部付属病院腎臓内分泌内科):末期腎不全治療のオプション提示 −特に腎移植の説明について−、日本腎臓学会雑誌、46(4)、347−359は「しかし,移植を受ける患者が一般の透析患者より,より若く健康な者が多いため比較が難しい。このバイアスをなくすため,献腎移植をした患者と献腎移植登録はしたが移植に至っていない透析患者の生存率を比較したデータが発表された」としている。しかし柴垣氏が引用したのは自施設のデータではなく、米国のデータ(N Eng J Med 1999;341:1725-1730)だ。しかも米国の透析患者の死亡率は日本の2倍であり、日本の腎移植の評価には役に立たない。

 西 慎一(新潟大学医歯学部総合病院血液浄化療法部):末期腎不全患者への医療情報提供と準備 (3)移植、臨床透析、25(12)、1659−1666、2009は、末期腎不全患者に対する腎臓移植についてのインフォームドコンセントを解説し、「この際、透析療法と比較して、腎移植療法での生存率がきわめて高いと説明することは回避したほうが無難と思われる。少なくとも海外と比較して透析患者の生存率が高い本邦で、年齢などの諸条件をマッチさせた透析患者と移植患者の生存率比較結果は出ていないと思われる」としている。

 日本腎臓学会の「エビデンスに基づくCKDガイドライン2009」 http://www.jsn.or.jp/ckd/ckd2009_764.phpは、腎臓移植http://www.jsn.or.jp/ckd/pdf/CKD19.pdfのエビデンスレベルを下から2番目のレベル4とし、「腎代替療法としての腎移植の位置づけ」は以下を記載している。
 “献腎移植患者と移植リスト上の待機患者の予後を比較したコホート研究では,腎移植患者の生命予後は透析患者に比較して有意に延長されていた.この生命予後改善は,若年者や糖尿病患者,および高齢レシピエントにおいて特に認められた.このような生命予後改善は,主にCVD の発症抑制効果にあることがわかっている.ただ,本邦におけるエビデンスはなく,逆に本邦の透析患者の生命予後が欧米に比較して優れていることから,移植による生命予後改善は欧米ほど顕著ではない可能性もある.しかし,移植の医学的な利点に限らず,QOL や医療経済的利点も考慮すれば,すべてのCKD ステージ4, 5 の患者とその家族に移植のオプションを説明し,その可能性を探ることは重要である.現在,ABO 血液型不適合移植や非血縁間(主に,夫婦間)移植も成績は良好であり,広く行われるようになっている.”

 このように日本腎臓学会は腎臓移植を位置付けている。しかし、腎臓移植患者は半数が生死不明なまま統計がまとめられているため、移植患者の早期死亡リスクがわからない(早期死亡は医療費高騰と関連する)。QOL調査は回答していない患者が多いため、QOL低下リスクもわからない。日本腎臓学会が移植のエビデンスのなかで示した文献には、国内で腎臓移植患者のQOL調査をした文献が示されていない。日本腎臓学会は、QOL低下リスクを検討していないと考えられる。従って、「移植の医学的な利点に限らず,QOLや医療経済的利点も考慮すれば・・・(腎臓移植)の可能性を探ることは重要」という判断にはエビデンスがない。

 秋葉 隆(東京女子医科大学腎臓病総合医療センター血液浄化療法科):透析患者の予後を規定する因子 透析の質と量の決定因子と予後との関係、医学のあゆみ、214(13)、1037−1042、2005は、「世界の慢性腎不全患者の長期予後について記述するとき、大きな問題として、わが国では表舞台で語られることのない“透析の中止”と“非医学的透析導入決定要因の関与”がある。合衆国では全透析患者の20%がその自然死を待たずに家族または本人の(事前)意志により透析療法を中止する。・・・・・・透析患者の長期予後を検討するうえではこの関与を除外しては考えにくい」としている。日本の透析患者が多数に上り(その一部が移植を希望)している現実、また米国の透析患者の高死亡率(腎移植のほうがよく見える)についても、その数字の背景を考慮すべき ことを示している。

 腎不全患者にとっては透析療法があるため、腎臓移植を受けなくとも生存することはできる。このため、腎臓移植医療の評価は 、上記資料2の長時間透析を上回る高生存率・低死亡率が確保されていることを前提に、QOLをこそ重視して検討すべきことになる。しかし、現時点で数千例レベル までの腎移植患者のQOLを検討した論文はあるが、全 移植症例をカバーすると判断される調査報告は存在しない。 しかも、既存調査では調査に応じなかった患者や、設問に回答しない患者が多く、QOL低下リスクを評価できない。

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腎疾患予防策

 生体間移植であっても、健康な第3者である生体ドナーを傷つけるという重大な行為をするのであるから、移植医療は臓器不全の発症および悪化防止に日常的な努力のなされていることが、社会から容認される前提になる。レシピエントとドナー の個人的関係においても、レシピエントが「日常的な努力を重ねてきたにもかかわらず、または先天性疾患のため、または不可抗力の事故で移植を必要とする状態に至った」という事情のあることが望ましいだろう。

 移植を考慮する以前に、多くの患者は「発症」→「症状が悪化して慢性化」→「従来の内科的・外科的治療の限界」という経過をたどる。従って腎不全の場合は、「腎不全の発症」→「慢性腎不全」→「透析導入」という、それぞれの段階ごとに、次の段階への悪化を防止する努力を重ねれば、中長期的に腎臓移植希望患者数を減らすことが可能になる。

今井 圓裕(大阪大学大学院医学系研究科病態情報内科学):慢性腎不全の病態と治療 CKDからESRDへの進行をいかに阻止するか はじめに、医学の歩み、209(1)、1−2、2004

 わが国にもおそらく1,000万人の腎機能低下患者が存在する可能性がある。・・・・・・腎機能が低下した患者は通院治療しているのであろうか。厚生労働省の調査では、病院に通院している患者のうち腎疾患で通院しているものは45万人と報告されている。維持透析患者(2002年に23万人)を差し引くと通院するのは患者のごく一部にすぎない。これらのうち明らかに原因が判明しているのは糖尿病性腎症と嚢胞腎である。糖尿病は潜在患者が700万人ともいわれるが、通院患者はわずか20%である。糸球体腎炎から末期腎不全に至る患者は毎年約1万人いるが、多くは臨床的な診断であり、腎生検で確定診断されているのは5%の500人程度にすぎない。高血圧治療も未治療が少なくない。多くも慢性腎疾患が腎不全に至る過程で十分な医療を受けていない可能性を示唆するものである。

 これらの統計からは、慢性腎疾患(chronic kidney diseases:CKD)患者を、末期腎不全(end stage renal disease:ESRD)に至らせないために多くのやるべき課題が見えてくると思われる。


検尿・健康保険制度

 まず腎不全が発症しても、それに気付かなければ治療が手遅れになる。徴候は尿に現れるため学校検尿は良いシステムとされるが、自営業者や主婦・主夫は定期健診を受けない人が多く、また病気への知識もないため無理をして尿毒症の症状が出てるまで放置し、緊急透析が必要になる人もいる。
 
 このような悪い事例が米国だ。戸村 成男(筑波大学社会医学系):米国における透析前腎不全医療の現状、日本農村医学会雑誌、48(5)、720−725、2000は、1990年代後半の「米国では透析導入前に腎臓医に紹介される例は20〜25%に過ぎないと推定されている。・・・また、近年のマネジド・ケアのため専門医への紹介が制限される現状もある。・・・腎臓医への紹介が遅れると、初期の入院の割合・期間、緊急透析の必要性、医療費、死亡率が増加することが示唆されている。・・・・・・1963年〜1977年の間に透析導入された患者の分析では、導入時の平均Cr値は14.5mg/dl、・・・・・・1995年1月以降、透析導入となった患者の平均Cr値は8.5mg/dlであった。・・・このような変化はより早期に透析を導入しようとする傾向を反映するものと思われるが、透析導入時の腎尿素クリアランスの値からみると、至適目標値よりはるかに低くなった時期に透析が開始されていると考えられる」。

 米国でたくさんの臓器移植が行われていることから日本の「後進性」が強調されるが、本当は社会的・経済的要因によって予防できるはずの透析導入を防いでおらず、さらに透析医療も利潤追求で生存率が低いために 、移植希望患者を増やしていると見込まれる。

 伊波 兼誠(おおうらクリニック):海外からの旅行透析者を受け入れて 日米透析条件の比較、日本透析医学会雑誌、35(Suppl.1)、827、2002

 61歳女性で透析歴10年、24歳時、ハワイへ渡米し、今回は里帰り兼旅行で来県する。ベッドサイドで聞き取り調査した。透析条件では、時間、血流流量で違いを認めた。その他ケア、サービス面で粗雑さがうかがえた。米国ハワイでは透析を離脱したいと言う考え方から移植を望む人がほとんどである。体制も確立している。

投薬

 ところがその米国で腎不全患者の発症率は、過去20年間の上昇傾向に終止符をうち減少に転じた。

 毎日新聞社発行の月刊誌MMJ11月号p757によると、米国国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所(NIDDK)の報告では、2003年の新規腎不全発生率の推定値は100万人あたり338人で2002年より若干低下した。1999年以来、4年連続して横ばい傾向が続いていることから、発症率の低下は偶然によるものではないという。過去10年間の上昇率は年平均5%だが、1999年以降に限ると1%未満にとどまる。

 米国国立糖尿病・消化器・腎疾患研究所は、臨床医や関連機関に対して「腎疾患予防と発症遅延策」「腎機能障害の早期発見と治療の実施」を促している。しかし早期に検査で見つかる例は少なく、メディケア加入者で腎疾患検査として血液検査を受ける割合は10%、尿検査は5%。一方でアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)の使用量は、60歳以上の慢性腎疾患患者が処方を受けている割合は10年前の16%から、2003年には32%へと倍増した。40歳未満の白人の糖尿病性腎疾患の発症率が、1980年代以降で最も低くなった。しかしアフリカ系米国民ではほとんど変わっていない。

食生活・ライフスタイル

 つまり米国で始まった腎不全患者の減少は、早期発見ではなく投薬による発症遅延が多いと推定される。「血圧コントロール」「血糖のコントロール」「食生活改善」という食事を含めたライフスタイルの見直しが、腎不全だけでなく臓器不全全般の発症予防・悪化予防になると期待される。

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透析導入回避・遅延策

集学療法

椎貝 達夫(取手協同病院名誉院長):一地域の透析導入数を3年間で30%減少させようとする, 「D3-30プロジェクト」についての報告、日本農村医学会雑誌、60(2)、85−95、2011 http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrm/60/2/85/_pdf/-char/ja/

 茨城県取手市住民を対象として,残された腎機能を保持する慢性腎臓病 (CKD) 保存療法を導入することにより,透析導入患者数を3年間で30%減らそうとする「D3−30プロジェクト」が,2006年4月に開始された。取手市は人口112,152人 (2006年度) 高齢化率19%の中都市である。CKD保存療法は1987年から取手協同病院に於いて開発されてきたもので,血圧調節,食事療法 (軽度の蛋白制限・食塩制限),薬物療法,集学療法により,尿蛋白排泄量1日0.3g未満への減少を目ざすものである。対象となるCKD患者は取手協同病院の登録医,市保健センターよりの紹介,駅・公会堂に掲示したプロジェクト開始のポスターにより集められた。透析導入数調査は取手協同病院に於ける導入数と,周辺の6か所の透析センターでの導入数を年度毎に調査することにより調べた。透析へ導入された取手市住民の数は介入前の2005年度36人が,2006年度30人 (−17%),2007年度33人 (−8%) となり,2008年度は22人 (−39%),2009年度23人 (−36%)と減少し,始めに掲げた30%減を上回る結果となった。この治療法が全国に普及すれば医療費節約効果はきわめて大きいが,通常行なわれているCKD治療に比し煩雑である点が普及を妨げている。疾患指導管理料等のインセンティヴにより,普及を促進すべきである。

 

田中 麻衣子(知多市民病院薬剤科):腎臓病教室による慢性腎臓病進行抑制および透析導入時期延長効果、愛知県病院薬剤師会雑誌、39(2)、13−16、2011

 知多市民病院では、2006年2月より、患者の病識を深め腎機能低下の進行抑制および透析導入時期の延長を目的として腎臓病教室(1回1時間、4日間)を開催している。2007年1月〜2008年12月まで腎臓病教室開催は40回、のべ100人の入院患者が当教室に参加した。当教室参加時に1年以内に透析導入が予測された患者23名の透析導入までの平均予測期間は5.2±3.3ヵ月、実際の透析導入までの平均期間は13.5±8.7ヵ月と有意に延長した。予測よりも早く透析導入に至った患者は4名、予測より延長となった患者は19名であった。

 

神田 英一郎(取手協同病院腎臓内科):集学療法による腎機能低下抑制効果、臨床体液、33、49―53、2006

 当院では1987年に腎不全の進行抑制を目的とする保存療法を開始した。0.8g/標準体重kg/dayを標準とする低蛋白食を中心とした食事療法、自宅血圧をモニターする血圧調節、尿蛋白減少や電解質補正のための薬物療法を行うほか、患者専用の腎臓病手帳に外来当日のデータを記載し、現在の状況や今後の方針について患者の理解を促している。また、患者間の交流や情報提供の場として患者会や講習会を行っている。すなわち、医療サイドのアプローチのみならず患者のセルフケアを中心に据えるプログラム化された集学的療法である。
 2004年末までに当院へ通院した慢性腎不全患者のうち、1年以上通院し1日蛋白摂取量0.85g/kg/day以下を遵守した1261例を対象に、透析導入率の推移を調査した。さらに、上記患者のうち前医のデータが得られる60例を対象に、腎不全進行因子のコントロールを前医通院時と当院通院時とで比較した。
 透析導入率は1997年の62名、16.7%を頂点に減少し、2004年には15名、4.3%と最も低くなった。腎機能低下速度減少率と有意に相関関係のあった因子は、「高血圧」「高リン血症」「アシドーシス」であった。腎不全進行を抑制する効果のあった治療法は「低蛋白食」「重曹投与」「炭酸カルシウム投与」であった。
 多項目の腎障害進行因子を監視しコントロールする集学療法により、われわれの治療成績は向上しており、非常に有効な治療法であると言える。

 

*椎貝 達夫(取手協同病院内科):プログラム化された腎不全保存療法 17年間の成績、日本腎臓学会誌、47(3)、324、2005

 集学療法のコアは、低タンパク食を中心とする食事療法、来院日に24時間蓄尿化学、血算、血液化学を測定、結果を腎臓病手帳を用いた患者へのフィードバック、尿タンパク1日0.5g以下を目ざす薬物療法、家庭血圧値を基準とした血圧調節、患者のセルフケア意識の誘導である。Ccrが60ml/min/1.73m3以下の慢性腎疾患のべ1,259例への透析導入率は2000年に19.5%とピークを示したが以後低下し、2004年は8.0%と最低値となった。
 導入率低下の要因として2000年からの標準LPDを0.6g/kg/dayから0.8g/kg/dayに引き上げたこと、2001年から家庭血圧降圧目標を朝・晩の平均値135以下/80以下に下げたこと、2002年から目標Hbを11g/dlと高く設定したこと、2002年から来院毎に18以上の腎不全進行要因をチェック表を用いて患者に知らせる方式としたこと、等があげられた。

 

*椎貝 達夫(取手協同病院):進行性腎不全の治療成績 60例についての交差法による検討、日本農村医学会雑誌、54(3)、378、2005 http://www.jstage.jst.go.jp/article/nnigss/54/0/54_114/_article/-char/ja/

 取手方式(とりでほうしき=食事療法、血圧調節、薬物療法を総合的に徹底して行う)により、前医での腎不全進行速度がわかっている進行性腎不全患者60例のうち、31人(51.7%)は進行速度が80%以上遅くなった。21人は進行速度の減少が認められたが79%未満に止まった。進行速度が前よりかえって速くなったのは8人(13.3%)だった。全体として、前医での治療が続けられていた場合は透析導入まで平均78.2ヵ月、取手協同病院での治療で187.0か月となり、腎臓の寿命は2.4倍延長された。 今後、当院が行っている治療法の全国への普及が必要である。

 

 

低タンパク食

  • 伊藤 千賀子(Grand Tower Medical Court):糖尿病腎症栄養管理の経済効果、日本病態栄養学会誌、13(4)、308−312、2010
     
     2008年から2012年まで5年間の延べ新規透析導入患者数は87,931人と試算され、延べ透析件数は210,012件、透析にかかる医療費として年間500万円になることから5年間で1兆500億円となる。
     栄養指導が行なわれ、「適正エネルギー、たんぱく質・塩分制限食」が守られた場合のオッズ比は文献的に0.56であることから新規導入患者の44%が減少し、その結果4,620億円の医療費削減となる。仮に栄養食事指導率を20%とした場合の医療費削減額は次のようになる。
     924億円(5年間で予測される透析費用の軽減額4,620億円×20%)−15億円(栄養指導料を月3000円にした場合の新規透析患者延べ数21万件×20%)=909億円(1年間に182億円の減)となる。すなわち、管理栄養士の経済効果は栄養指導料を現行の2.3倍に見積もっても、大きな経済効果をもたらすことは明らかである。

 

  • 椎貝 達夫(取手協同病院):栄養士のための臨床技術アップセミナー 腎不全・腎疾患における栄養療法、栄養-評価と治療、18(2)、169−173、2001

     1998年に糖尿病性腎症が(透析導入)原因疾患の第1位となったことはよく知られているが、慢性糸球体腎炎が(糖尿病性腎症を原因疾患とする透析導入例より少なくなり)原因疾患の第2位となったのは、慢性糸球体腎炎からの(透析)導入数は1996年に折り返し点があり、そこから減少に転じたことによることがわかる。糖尿病性腎症による(透析)導入増加を憂える前に、慢性糸球体腎炎からの(透析)導入減少を喜ぶべきかもしれない。折り返し点以後、減少はずっと続いており、腎硬化症と慢性糸球体腎炎を合わせた数を見ても同じ傾向である。なぜ慢性糸球体腎炎からの(透析)導入が減ったのか、という疑問に対し現在様々な可能性について検討しているが、答えは「低蛋白食療法の普及」ではないかと考えている。・・・・・・テクノロジー万能のように見えるが、実は食生活のあり方が治療の基本であり、より良い食事療法のための栄養士諸氏の活躍に期待したい。

 

  • 西尾 康英(北信総合病院内科):慢性腎不全進行速度抑制の医学的経済的有用性、長野県透析研究会誌、24(1)、54―57、2001

     1997年4月から2000年8月の3年半の間に、当院で透析導入となった69名の患者のうち、蛋白、塩分制限食を主とした食事療法による保存期腎不全治療の推進により、腎不全進行速度が抑制された後に透析導入となった抑制型は16例。腎不全進行速度抑制の要因は、入院治療による食事指導教育の効果が大きいが(11例)、外来指導が奏効した例(5例)もみられた。患者背景では、糖尿病性腎症による腎不全例が5割を占め、同疾患での保存期治療の有用性が示唆された。透析導入延長期間は平均21.7ヵ月であり、それによる医療費節減効果は年間約4000万円と計算された。
     医療費抑制策としての透析関連保険点数のまるめ化は、医療の質の低下や医療事故発生を招きかねず好ましくない。腎不全医療における医療費の節減は、透析患者数の抑制が最も望ましく、その効果も大きい。当院は約130名の透析患者を診療し、腎不全進行抑制により過去3.5年間で1億3千万、年間約4千万の透析医療費が節減されたと試算された。これを全国の透析患者数に当てはめると年間590億円と膨大な額になる。この額は透析導入となった症例についてのみ計算した金額であり、現在もなお導入回避が得られている症例もあるので実際の節減額は、これを上回ると考えられる。抑制例では透析導入後も透析時間の短縮が得られ、保存期の教育による患者の自己管理への好影響の結果と考えられた。

 

  • 北岡 康江(松下会あけぼのクリニック栄養管理部):厳しい低たんぱく食により大腿骨頚部骨接合術後も腎障害の進行を抑制しえた末期慢性腎不全患者の1例、日本病態栄養学会誌、13(1)、49−52、2010
     
     症例は41歳男性、小学生時代に蛋白尿の指摘を受け、26歳時に慢性糸球体腎炎と診断、38歳時に血清クレアチニン6.0mg/dlと上昇を認められたため透析導入を勧められた。しかし透析療法導入遅延を希望して転院し、0.35g/kgBW/日の低たんぱく食療法を開始。低たんぱく食開始3年後に血清クレアチニン10.1mg/dlで安定していたが、スケート中に転倒し左大腿部頚部を骨折し骨接合術施行。手術後12日目に、術後リハビリテーションと低たんぱく食療法の厳格化を目的として当院へ転院となった。
     手術後も受傷前と同様の低たんぱく食療法(0.35g/kgBW/日)を継続した結果、術後経過も良好で骨癒合も順調に認められ、高窒素血症も進行せず尿毒症症状も全く進行を認めず、骨折から約2ヵ月後に自宅退院となった。
     大きな外傷あるいは手術に際しては、通常、高たんぱく食が適用されるが、本症例の場合は高度に進行した慢性腎不全(CKD5)を有していたことと、本人の強い希望があったため厳しい低たんぱく食を適用した。術後で異化作用の亢進が認められる状態でも、本例で示したように十分なエネルギーを摂取させ、十分に高いアミノ酸スコアを実現することができれば、創傷治癒を妨げることなく、かつ腎機能低下も抑制しうることが示唆されたものと思われる。
     本症例の経過より、慢性腎不全に対する腎保護を目的とした治療法として、外傷や手術に際して厳しい低たんぱく食の適応は試みる価値があるものと考えられる。

 

  • 湊 淳(高知高須病院):Cre 8mg/dl以上から、1年以上透析導入遷延できた2例の検討、日本腎臓学会誌、49(6)、740、2007
     
     症例1、58歳女性(慢性腎炎)は1999年10月初診、Cre:4.7mg/dl、2003年4月、Cre:8.3mg/dl、2006年3月、内シャント作成するも、2007年3月時点でCre:6.8mg/dl、透析せず通院中である。摂取エネルギー:33Cal/SBW、摂取タンパク量:0.34−0.4g/SBW。
     症例2、63歳男性、1997年3月初診、Cre:1.7mg/dl、2005年4月、Cre:8.6mg/dl、2006年2月、内シャント作成。2006年7月全身倦怠感、食欲不振、高度貧血のため透析導入となった。透析導入遷延のために、十分なエネルギー摂取および低タンパク食が有用である。

 

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血糖コントロール

 大原 せつ(国立循環器病センター内科):持続皮下インスリン注入療法(CSII)により長期に合併症の進行を阻止しえた1型糖尿病の1例、糖尿病、44(5)、411−414、2001

 1997年のMogensenの報告では、1型糖尿病での人工透析導入までの期間として、蛋白尿出現から平均8〜12年、糖尿病発症から約30年と言われている。
 46歳女性、7歳時に糖尿病と診断されインスリン療法を開始。血糖コントロールは不安定で、21歳より光凝固術を数回にわたり行った。28歳時に持続皮下インスリン注入療法を開始、以後、血糖コントロールは安定していたが、30歳頃より蛋白尿を指摘され、36歳時に軽度の蛋白・塩分制限食事療法を開始した。その後、約5年間は網膜症の進行もなく腎機能は安定していたが、腎不全が進行し人工透析導入となった。合併症が進行した状態においても、血糖コントロールを良好に保つことで合併症の進行をほぼ完全に抑制でき、腎症の進行を抑制できる可能性が示唆された。本症例の人工透析導入は顕性蛋白尿が指摘された後14年以上経過しており、糖尿病発症から39年目とMogensenらの報告と比較しても長期に腎機能の維持が可能であった。

 

腎動脈形成術

門田 宗之(徳島大学病院卒後臨床研修センター):繰り返す心不全と維持透析導入から離脱しえた腎動脈狭窄症の一例、四国医学雑誌、66(5.6)、194、2010

 72歳女性、2年前に腎癌で右腎臓摘出術を受け、慢性腎不全で通院中。2009年11月急性心不全で入院、11月、2010年1月心不全の再燃により集中治療を必要とした。腎機能は急速に悪化し無尿となったため透析導入を予定。腹部エコーで残存する左腎の腎動脈閉塞が疑われたため、エコーガイド下で造影剤を極力少なくし腎動脈造影を施行した。左腎動脈の高度狭窄を認めたため腎動脈形成術を施行したところ、尿量および腎機能が劇的に改善。また繰り返す心不全もみられなくなり、血圧の安定化が得られた。

 

*井添 洋輔(済生会西条病院循環器科):緊急経皮的腎動脈形成術により透析導入を回避できた腎動脈硬化症の1例、愛媛医学、24(2)、183−186、2005

 87歳男性、全身倦怠感が出現し、心不全・虚血性心疾患の診断で入院となった。高血圧および発作性心房細動による心不全と考え降圧剤による治療を行った。しかし尿量は減少し無尿となった。腹部血管雑音および血清レニン高値より腎動脈狭窄症を疑い、腹部大動脈造影検査および経皮的腎動脈形成術を施行。術後一時的に透析を必要としたが、その後は尿の流出は良好となり維持透析を必要としなかった。高齢者の急性腎不全症状の一因として動脈硬化性疾患が関与している可能性を考慮し、腎エコーで有意の腎動脈狭窄が疑われる場合には、慢性透析を回避するためにも、血管撮影に引き続き経皮的腎動脈形成術を施行すべきであると思われた。

 

健康保険点数

 椎貝 達夫(取手協同病院内科):腎不全保存療法の全国への普及状況について、日本農村医学会雑誌、53(3)、349、2004は、「低タンパク食療法の定着施設」「自宅での24時間蓄尿、成績フィードバック実施施設」「常時腎不全保存期の講習会案内施設」という腎不全保存療法が定着している施設数を調べたところ、茨城県7、東京都7、栃木県4、埼玉県4、千葉県1、群馬県0だった。地方ごとに施設数を人口比でみると関東、中部、近畿、東北、北海道、中国、四国の順だった(中国地方は1施設、四国地方は0)。

 椎貝氏は「腎不全の保存療法は時間・手間がかかり、『わりに合わない』医療の典型であるが、徐々に普及している。しかし地域差がはなはだしく、これを改善するには「1地方1拠点」といった政策をおしすすめる必要がある。またこの治療の普及は医療費削減につながるので、保存療法指導料として保険点数を加算することも必要であろう」と考察している。

 

非透析慢性腎臓病保存療法の経済効果 2014

 椎貝氏は、2014年1月発行の「お茶の水医学雑誌」62巻1号p13〜p26掲載の「非透析慢性腎臓病の保存療法 35年間の経験」において、「筆者は1978年から、慢性腎臓病(CKD)を進行させないCKD保存療法に取り組んできた。35年後の現在、CKDはかなりのレベルまで治療しうる病となった。たとえば糖尿病性腎症の停止+寛解率は60.5%に達している。停止または寛解は1年間の経過なので、翌年も同じ経過をとる確率が高い」と報告。
 さらにp22で「保存療法は医療費がかかるため、保存療法の患者が増えればその医療費が問題になるのではないかとの危惧もある。図13(当サイトでは省略)が示すように保存療法の医療費はステージがすすむにつれて増加するが、透析に要する年額480万円に比べるとはるかに低額である。ステージ3で進行をとめることができれば年に42万円の医療費ですみ、透析療法との差額は年に438万円となる。ステージ4で426万円、ステージ5aでは420万円、ステージ5bでは398.4万円の差額となる。どのステージでとまったとしても莫大な医療費が削減される」と指摘した。

 

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投薬

 

投薬(誤診)

 前田 益孝(取手協同病院内科):腎疾患治療UPDATE 透析導入の決定因子 高齢腎不全患者での問題点、Geriatric Medicine 老年医学、40(4)、523−526、2002

 82歳女性、腎硬化症による慢性腎不全のため外来通院中であったが、数週間前から悪心、食思不振が出現し、BUN:54→120mg/dl、Cr:3.4→4.5mg/dlと高窒素血症も増悪した。尿量も500ml/日以下となり、尿毒症による消化器症状が疑われ透析導入を勧めたが、患者、家族ともに透析療法を拒絶した。透析を受けない代わりに以前から拒否していた上部消化管内視鏡検査を承諾させ施行したところ、胃体部に巨大潰瘍を認めた。既に行っていた絶食・輸液療法に抗潰瘍薬(H2-blocker)を加えたところ、消化器症状は著明に改善し、Cr、BUN値も悪化前のレベルまで低下し退院した。

 本症例を厚生科学研究・腎不全医療研究班の透析導入基準に照らし合わせ、点数を計算すると、臨床症状:20点、腎機能:10点、日常生活障害度:30点+10点(年齢)で70点となり、十分に基準(60点以上)を満たすことになる。尿毒症症状の多くは尿毒症に特異的なものではなく、その診断は除外診断となる。多彩な合併症を抱える高齢者では透析を導入する以前に、透析導入 基準の臨床症状を参考として、他疾患の合併を念頭に十分な検索が必要である。

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投薬・透析非導入の選択(高齢者)

  • 爪生 康平(中間市立病院):血清クレアチニンが8mg/dlを超えて4年以上保存的に加療している高齢者末期腎不全2例の検討、日本腎臓学会誌、49(6)、740、2007
     
     症例1、81歳女性、34歳で蛋白尿、50歳代に高血圧を指摘、2001年、sCr2mg/dl、1994年8月、sCr6.6mg/dlにてACEI、経口吸着剤、低蛋白食開始、1998年、内シャント造設、2000年4月、sCr8mg/dl、2003年になりsCr9〜10mg/dl、倦怠感あるも導入は拒否、保存療法を継続、2006年9月、sCr14.5mg/dlにて透析開始も尿量回復、透析未施行にて体重増加なく、sCr8台で推移。患者が透析療法を拒否するため保存療法継続中。
     症例2、84歳男性、2001年7月、sCr4.2mg/dl、高血圧なし。2003年3月、sCr8mg/dl、2004年8月、sCr10.9mg/dlとなりシャント作成するも透析導入は同意せず、以後保存的に加療。2007年5月、血圧112/67、浮腫なし、sCr8.5mg/dl。ACEI,ARBは投与していない。
     
     
  • 本村 俊二(本村医院):血液浄化療法を避けた超高齢者慢性腎不全保存期より終末期までの8年間の全治療経過の実際と考察、京都医学会雑誌、52(1)、117−121、2005
     
     「かかりつけ医」の循環器専門医に人工腎療法の適応ではないかと紹介された84歳3ヶ月の女性。関節リウマチによる上肢関節変形硬直あり、また表在性の静脈血管の発達が極めてわるく、人工腎治療を施行するにしてもシャントの発達には時間のかかることが予想される。本人および家族の強い希望もあり、人工腎治療法は可及的に避けるという方針とする。本人と家族へ、摂取食事記入、24時間尿の蓄尿、異常事項が発生したときは直ちに電話連絡することを依頼した。
     1週間の観察期間をもうけたところ、BUNが70から120mg/dl、Crは3.2から4.6mg/dlと急激に上昇したので、直ちに薬物治療の併用に入った。利尿剤(ラシックス20mg)の反応よく下肢の浮腫も消失し、2週間後には体重は4Kg減少するに至った。同時に摂取蛋白量の規制により、BUNも漸次下降し、1ヵ月後は50前後となった。順調に経過され、経営する文房具店にも出て陣頭指揮され完全社会復帰された。その後、3ヵ月目から8年間は平穏な生活状態であった。自覚症は特別なかった。終焉近くになった約3ヵ月間はしんどそうであった。最後の2週間は低血圧症顕著となり、漸次それも限界に達し、自宅で老衰により昇天された。

 

投薬(高度腎機能低下患者の手術時)

*糸井 亜衣(京都府立医科大学心臓血管外科):心拍動下冠動脈バイパス術周術期にCarperitide投与が著効した非透析高度腎機能低下患者の1例、循環制御、32(2)、101−104、2011

 76歳男性は、労作時胸部圧迫感、呼吸困難を主訴に受診し、冠動脈造影(CAG)で2枝病変を指摘され手術目的に当科紹介となった。既往歴として高血圧、高脂血症、陳旧性脳梗塞、慢性腎不全。検査で貧血、高度腎機能障害、軽度のうっ血、軽度心機能低下を認めた。心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)の手術開始時よりcarperitide(hANP)0.1μg/kg/min投与を開始し、心脱転時にdopamine(DOA)3μg/kg/minを用いた。手術翌日よりfrosemideとspironolactone内服を開始しDOAは中止、hANPは半量に減量して術後7日まで持続投与した。術中から術後と循環動態は安定しBUN、クレアチニンは上昇することなく尿量も1〜2ml/kg/hrを維持できた。術後3ヵ月時点でクレアチニン3.7mg/dlと増悪することなく腎機能を保ち、透析導入を防ぐことができた。

 

腎生検

  • 劉 和幸(富山県立中央病院内科):腎生検数の増加による透析導入症例数の抑制、日本透析医学会雑誌、40(Suppl.1)、688、2007
     
     透析患者において腎生検による原疾患の確定診断に至っていない症例が多く問題となっている。当院では2004年より腎生検の適応を拡大し、積極的に確定診断を行っている。
     透析導入数は1995年から1997年までは年間平均31例であったのが、2004年には年間50例に至った。一方、腎生検数は1995年から2003年度までは年間約30件程度であったのが、2004年52件、2005年83件、2006年76件と2倍以上となった。その結果、透析導入数は2005年47例、2006年30例と約40%減少した。
     減少率は糖尿病、非糖尿病とも同程度であった。なお、紹介患者や救急患者数には変化を認めなかった。腎生検数の増加により、透析導入が抑制された可能性が示された。

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透析離脱例

 慢性腎不全の悪化により透析導入となった患者のなかにも、透析から離脱可能な患者が存在する。

 岸野 雅則(和歌山県立医科大学第3内科):維持透析離脱4症例における検討、和歌山医学、42(1)、203−206、1991

 一旦透析を開始するとその離脱は非常に困難であると考えられている。その理由を考えてみると、まず一つには、我々スタッフに“透析離脱が可能である”という意識が乏しいことが挙げられる。次に技術的な問題であるが、必要以上に除水を行うことにより、 腎血流量の低下を助長し、ひいては腎機能の進行性低下をいっそう促進することである。また食事面においては、透析導入後いままでの低蛋白食を高蛋白食に変更することにより残存糸球体に対する負荷が増強され、糸球体障害が急速に進行することが考えられる。そして薬物治療に関しては透析導入後、腎疾患治療薬を中止してしまうことが多いのも原因の一つになりえると思われる。

 以下は透析導入から、およそ1年間以上の後に離脱できた症例の概要。

症例 年齢・性別 原疾患 透析
手段
透析期間 治療法 文献
88歳男性

−−

血液透析 7年間

−−

 本報告は2009年9月に行なった肺癌に対する肺葉切除と良好な経過について記載してあり、2000年10月28日〜2007年10月23日まで週3回の維持透析を行なった後に離脱した経過については記載がない。

小間 勝(良秀会藤井病院外科):慢性腎不全維持透析離脱後の超高齢者肺癌の1手術例、日本透析医学会雑誌、43(supple1)、765、2010
73歳男性 糖尿病性腎症 血液透析 4年9ヵ月

−−

透析導入3年4ヵ月後に壊疽で下腿を切断せねばならなかった糖尿病末期にもかかわらず透析離脱。 藤井 伸(新大阪病院):左下腿切断後に透析を離脱した糖尿病性腎症の1例、大阪透析研究会会誌、16(1)、107、1998
83歳男性 ネフローゼ症候群 血液透析 4年6ヵ月

−−

透析導入3年後、多量のアルコール摂取(1日2-5合)を契機として高窒素血症、高クレアチニン血症の改善を観察した。 窪田 賢輔(東京済生会中央病院):多量の飲酒を誘因とし透析離脱が可能であった高齢者慢性血液透析患者の1例、日本内科学会関東地方会抄録集、5号、144、1994
72歳男性 薬剤過敏性急性間質性腎炎 血液透析 約4年 −− −− 長久保 一朗(長久保クリニック泌尿器科):約4年間の血液透析後に離脱し前立腺全摘術を施行した1例、日本透析医学会雑誌、38(Suppl.1)、797、2005
44歳男性 ANCA関連腎炎 血液透析→腹膜透析 約3年 血漿交換、ステロイドパルス療法、免疫抑制療法

−−

伊藤 順子(東京慈恵会医科大学附属第三病院腎臓・高血圧内科):急速進行性腎炎症候群発症から4年後に透析を離脱し得たANCA関連腎炎の1例、東京慈恵会医科大学雑誌、118(5)、403、2003
63歳男性 急性間質性腎炎 血液透析 約2年3ヵ月

−−

急性間質性腎炎は一般的に予後良好とされ、透析離脱に長期間を要した症例。 仲里 政泰(琉球大学第3内科):2年後に透析離脱をした急性間質性腎炎の1例、日本透析療法学会雑誌、24(7)、941−944、1991
55歳男性 顕微鏡的結節性多発性動脈炎 血液透析 約2年 ステロイドパルス療法、免疫抑制療法

−−

町口 敏彦(大阪赤十字病院):導入2年後ステロイド再パルス療法により透析を離脱し得た顕微鏡的結節性多発性動脈炎(PN)の1例、日本透析医学会雑誌、32(Suppl.1)、834、1999
80歳代男性 Hodgkinリンパ腫 血液透析 約2年 −− −− 木暮 照子(石心会さいわい鹿島田クリニック腎臓内科):Hodgkinリンパ腫による急性腎不全から維持血液透析に至り、約2年後に離脱した高齢男性の1例、日本透析医学会雑誌、45(Suppl)、944、2012
31歳男性 間質性腎炎合併腎硬化症 血液透析→腹膜透析 2年 −− −− 高田 珠(手稲渓仁会病院腎臓内科):1年半以上の腹膜透析(CAPD)、を経て離脱し得た間質性腎炎合併腎硬化症の2例、日本腎臓学会誌、45(6)、518、2003
10 48歳女性 間質性腎炎合併腎硬化症 血液透析→腹膜透析 1年半 −− −−
11 61歳女性 強皮症

−−

1年9ヵ月

ACE]−1、ARBを中心とした降圧

−− 川城 麻里(市立堺病院):腎クリーゼにより慢性透析に導入、1年9ヵ月後に透析を離脱した強皮症の一例、大阪透析研究会会誌、24(1)、129、2006
12 51歳女性 巣状糸球体硬化症 血液透析 630日 −− −− 永瀬 宗重(筑波大学内科):長期透析より離脱したFGSの1例、日本腎臓学会誌、27(12)、1666−1667、1985
13 67歳女 ネフローゼ症候群 腹膜透析 528日 icodextrin −− Morimoto Satoshi(関西医科大学内科学第二):A patient with refractory nephrotic syndrome withdrawn from peritoneal dialysis(腹膜透析から回復した難治性ネフローゼ症候群の1例)、Clinical and Experimental Nephrology、14(4)、363−366、2010
14 34歳男性 ペットボトル症候群

−−

約1年半 アンギオテンシンII受容体拮抗薬 1997年6月に透析導入。1998年12月より2001年5月まで28ヵ月間透析を離脱。 渋谷 祐子(NTT東日本関東病院):アンギオテンシンII受容体拮抗薬(ロサルタン)投与により透析離脱が可能となった一透析例、日本腎臓学会誌、43(6)、548、2001
15 65歳女性 冠動脈造影後コレステロール塞栓症

−−

1年半 ステロイド内服、LDLアフェレーシス −− 山崎 昌洋(河北総合病院内科):CAG後コレステロール塞栓症のため透析導入されたが離脱しえた2症例、日本透析医学会雑誌、40(Suppl.1)、746、2007
16 29歳男性 膜性腎症 血液透析 1年6ヵ月 −− −− 秋山 賢次(三豊総合病院内科):維持透析療法より離脱し得た膜性腎症の1例、日本腎臓学会誌、42(6)、455、2000
堀元 直哉(三豊総合病院内科):維持透析療法より離脱し得た膜性腎症の一例、香川県医師会誌、59(特別)、62、2006
17 64歳男性 ネフローゼ症候群 血液透析 1年6ヵ月 −− 自然寛解 朝倉 受康(埼玉医科大学総合医療センター腎高血圧内科):難治性ネフローゼ症候群のため透析導入し、自然寛解を認めた巣状糸球体硬化症の1例、日本腎臓学会誌、49(6)、588、2007
18 47歳男性 慢性腎炎 血液透析 1年5ヵ月 −− −− 岸野 雅則(和歌山県立医科大学第3内科):維持透析離脱4症例における検討、和歌山医学、42(1)、203−206、1991
19 50歳男性 慢性腎炎 血液透析 1年3ヵ月 enalapril

−−

20 8歳男児 溶血性尿毒症性症候群 血液透析 1年4ヵ月 プラズマフェレーシス 透析導入3ヵ月時の腎生検において腎病変の改善がみられたが、高血圧が強く、脳症や心不全の既往があり、尿量増加も著明でなかったので透析離脱に踏み切らなかった。 都築 一夫(社会保険中京病院):長期透析より離脱し得た溶血性尿毒症性症候群、腎と透析、16(4)、475−478、1984
21 −− 尿細管間質障害 血液透析 1年3ヵ月超 ステロイド

 透析導入、退院後に尿量増加。透析施設から経時的に血清BUN,Crの値が下降してきたとの連絡で精査した。透析離脱6年後もステロイド内服を継続、腎機能の悪化兆候なし。

丸山 高史(日本大学医学部内科学系腎臓高血圧内分泌内科学分野):心筋症による重症心不全に腹膜透析を導入した1例、臨床透析、27(5)、585−591、2011
22 −− 悪性高血圧 −− 1年3ヵ月 RAS阻害薬を含む多剤併用 −− 金子 修三(筑波大学人間総合科学研究科疾患制御医学専攻腎臓内科):悪性高血圧における腎不全の長期腎予後の検討、日本高血圧学会総会プログラム・抄録集33回、402、2010
23 63歳男性 全身性強皮症 血液透析 1年3ヵ月 ACE阻害薬等による降圧療法 −− 瀬川 裕佳(京都市立病院):降圧により透析離脱に至った強皮症腎の一例、日本腎臓学会誌、51(6)、818、2009
24 57歳男性 冠動脈造影後コレステロール塞栓症 血液透析 約1年2ヵ月

−−

冠動脈造影、経皮経管的冠動脈形成術のカテーテル操作とその後の過剰な抗凝固療法による発症 石川 暢夫(立川綜合病院):コレステロール塞栓症により腎不全(血液透析導入→離脱)をきたした1例、日本透析医学会雑誌、29(2)、121−127、1996
25 27歳女性 SLE腎症 血液透析 1年 −− −− 上原 元(沖縄県立中部病院内科):導入1年後に血液透析を離脱し得たSLE腎症の1例、人工透析研究会会誌、17(6)、782、1984
26 50歳女性 慢性糸球体腎炎 腹膜透析 12ヶ月

−−

−−

渋井 香織(亀田総合病院腎臓高血圧内科):腹膜透析を離脱した3症例の検討、日本透析医学会雑誌、44(Supplement1)、473、2011
27 59歳男性 腎動脈狭窄 血液透析 11ヵ月 グラフト置換術

−−

根岸 康介(東京大学医学部付属病院血液浄化療法部):腎動脈狭窄治療によってHDを離脱し得た2症例、日本透析医学会雑誌、43(supple1)、468、2010
28 28歳女性 壊死性半月体形成性腎炎 血液透析 約11ヵ月 ステロイドパルス療法 同じ壊死性半月体形成性腎炎 に罹患した38歳女性へのステロイドパルス療法は効果なし。治療開始時期の差が原因とみられている。 塚田 有紀子(沼津市立病院腎臓内科):末梢係蹄壁にC3が陽性となった壊死性半月体形成性腎炎の2例、日本腎臓学会誌、50(1)、51−58、2008
29 50歳女性 Castleman病 血液透析 約11ヵ月 プラズマフェレーシス、ステロイド 前医で原疾患不明のまま透析導入、開放腎生検にて腎機能が回復可能性があると判断 岡 真知子(湘南鎌倉総合病院):DFPPとステロイド内服によりHDから離脱し得たCastleman病の1例、日本腎臓学会誌、46(6)、643、2004


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演出されるドナー不足

 小角 幸人:大阪府で行われた腎移植に関する実態調査、大阪透析研究会会誌、21(2)、183−193、2003は、2001年のレシピエント選択基準変更後、それまでHLAミスマッチ数が2以下まで減少傾向 だったのが、逆に5近くに急増したことから、「このHLAミスマッチ数を小さくするためにも献腎移植希望登録者は多いのが理想であり、献腎移植希望登録者に対する経済的援助が必要かもしれない」と書いている。

 大阪府下には、2002年の献腎移植実績3例に対して270倍=801人の腎臓移植希望登録患者がいたのだが、それでも移植希望者が足りないという訳だ。 現行の腎臓レシピエント選択基準下で良好な移植成績を収めるには、ドナー候補者の数百倍の腎臓移植希望患者がいる必要を示している。つまり、臓器移植医療はドナー不足を不可欠 の条件としているのだが、これは本当は在来の内科的・外科的治療法がベターな臓器不全患者に対してまでも、「移植しかない」と煽り続ける必要があることになる。また大部分の臓器移植希望患者には、決して移植のチャンスは来ないことを含意している(現行のレシピエント選択基準は、各都道府県内での臓器獲得努力を煽り移植症例数は増やすものの、レシピエントへの長期腎臓生着率は犠牲にする可能性もはらむ)。臓器移植医療を推進する時は、他の内科的・外科的治療法の開発・普及に一層の努力を払わなければ、臓器不全の患者に対して不誠実な対応をしていることになる。

 韓国の新聞報道で、肝臓移植の適応とされていた父親が、その数年後に家族から肝臓の提供を受けた事例が、美談のように報道されたことを読んだ記憶がある。しかし自己固有の肝臓で年単位に生存できるのに、肝臓移植を選択肢に挙げた医師の診断がおかしい。在来の治療法が適応される患者にまで移植を勧め、その結果、肝移植希望者を増やしているのではないか。移植を勧める重症度を下げれば移植適応者が激増する、さらに適応患者の原疾患を拡大しても移植適応患者数は増える。臓器ドナー不足は演出 が可能なのだ。

  藤原 研司(埼玉医科大学第3内科):臓器不全と移植希望登録の実状 肝、医学のあゆみ、196(13)、1105―1110、2001は、「我が国で1996年に肝疾患を原因として死亡した患者数は5万3千人あまりで、このうち脳死肝移植適応基準からみた肝移植適応者数は約3万〜3万6千人と推測された」としている。

 藤原氏らは、肝疾患で死亡する人口のうち、悪性新生物など臓器移植をしても免疫抑制により一層病状を悪化させる可能性の高い患者、全身状態が悪化してから診察を受ける患者、臓器移植をしても予測余命が短い、あるいはQOLが悪いと推定される、などの患者数を除いて「年間の肝移植適応者数は約3万〜3万6千人と推測」している模様だ。
 日本移植学会の臓器移植ファクトブック2007http://www.asas.or.jp/jst/factbook/2007/fact06_02.htmlも肝移植適応患者数の概算(年間)を発生数を4万1640人、適応者数を約2,200人としている。

 これに対して年間の「脳死」ドナー発生数は最大でも250と推定される。真に臓器不全患者の治療を考える医師ならば、臓器移植以外の内科的・外科的治療法を検討する はずだが。

 

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経済的利益のために臓器獲得・移植が行われる

個人的動機:2005年1月28日付の朝鮮日報によると、韓国人の中国への「遠征」臓器移植は1年間に1000件程度と報道されている。http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/28/20050128000050.html。経済力格差によっても、延命を図ろうとする者の臓器獲得行動は加速される。

移植医の個人的動機:臓器移植を多く行なう医師が、手術症例数の多さを業績として認められたり、多額の研究費を獲得する。

臓器提供施設の経済的動機

Roger W.Evans,PhD(Mayo Clinic):臓器獲得経費の奨励金的性格に関する研究、JAMA日本語版、72−79、1993

 全国移植共同研究(NCTS)班が、1988に米国で施行された全臓器移植の28.7%に当たる症例の資料を分析したところ、臓器獲得に要する経費(中央値)は腎:1万2290ドル、心:1万2578ドル、肝:1万6281ドル、心肺:1万2028ドル、膵:1万5400ドルだった。しかし実際の臓器摘出術費が臓器獲得関連費のなかで占める割合は、腎31%、心14%、肝11%、心肺9%、膵23%にすぎなかった(当サイト注:阻血許容時間が短い心臓や肝臓は、高速搬送に経費がかかる)。

 Roger 氏は「このデータからみる限り、現在の臓器獲得費支払いシステムになにか重大な問題があると言わざるをえない。・・・・・・『gift of life』とは病院やOPO(臓器獲得機構)を経済的に儲けさせるための贈り物と考えざるを得ない。多臓器提供ドナーは、1人で多数の患者を救うが、と同時に、各レシピエントは各々に臓器獲得費を請求されるので、結果として膨大な収入を生み出す。・・・・・・臓器獲得に必要な実際の経費で経営することが必要であるし、まずは合理的な請求額と還付可能な予算基準を作ることが必要であろう」と指摘。結論で「奨励金制度は臓器獲得の努力効果を高めるかもしれないが、一方において臓器移植の非経済性を作り出している」と述べている。

 この論文を訳した雨宮 浩氏(国立小児病院小児医療研究センター長)は「この著者の述べるように、1腎当たり80万円以上の獲得経費を支払うには、それなりの根拠が必要であるが、同時にそれが腎提供へ向けての救急病院の重い腰を上げさせる奨励制度になっているのは確かである。単純に計算して、心・肺・肝・膵・腎の多臓器提供では80万円×6=480万円にもなる。今の日本の状況では、まず救急病院の協力を得なければならないから、このようなUSA従来方式を考えたくなる。しかし米国では、もうそのような時代が過ぎ、一般市民のより大きな協力を求めるため、奨励金は提供者あるいは、その遺族に支払うべきだとの意見が出始めているのであろう」と解説している。

 診療報酬の設定によっては、移植施設の経済的動機も発生しうる。石井 裕子(新潟大学医歯学総合病院手術部):術式消耗品コストとその分析、日本手術医学会誌 第26回総会プログラム・抄録集、91、2004は「腎移植術がもっとも手術の材料費が小なく、収益が大きい」と報告している(緊急手術時の人件費は考慮されていないが、生体腎移植にはそのまま当てはまる)。 ただし、その後、生体間腎移植の診療報酬は削減され、石井氏が注目した収益性は下がった。

 

 このように見てくると、本当は他の治療法でも回復可能であるのに、病院側の経済的利益のため、あるいは関係者の世俗的な利益のために、早すぎる救命治療断念や過剰な臓器獲得努力、不必要な移植が多数行われていると考えざるをえない。異様な臓器獲得事例=ハワイ・マウイ病院例新潟県・新潟市民病院例

 

 

患者の利益を考えた当たり前の医療に

 1世代前に大阪大学・法医学の松倉教授が「臓器移植は医療の目的でなされるべき」と指摘した問題点は、いまだに解決されていない。「患者にとって最善の利益を考えた医療として臓器移植が行なわれること」という、きわめて当たり前のルールを中核に据えられていれば、現状ほどの臓器移植希望者は発生しないであろう。また脳死問題への圧力も緩和されると思われる。

 ちなみに松倉教授は、「臓器移植は医療の目的でなされるべき」の次には「臓器移植は適法に行われるべきである。臓器を提供する人の同意があること」としている。

 臓器移植をあくまでも推進したい人々は、過去に行われてきた数々の犯罪的・非倫理的な臓器獲得行為組織の窃取行為について自ら公表し、謝罪した後に、改めて再出発をすべきと考える。

 


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肝臓移植回避例 • 心臓移植回避例 • 肺移植回避例 • 臓器移植死

   

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