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小児脳死判定後の脳死否定例(概要および自然治癒例)

脳死から復活した子ども達=“ラザロ患者”

“ラザロ患者”についての考察

定義=脳死と判定あるいは判断された後に、@心停止死亡(心臓死)まで7日間以上経過(生存)A脳死判定基準の必須検査項目に反応があったB脳死判定の補助検査に反応があったC脳血流(補助)検査以外の方法で脳血流を認めた、以上のいずれかに該当した症例を「脳死判定後の脳死否定例」とした。

 脳死判定時の年齢別に掲載した=0歳児 ] 1歳児 ] 2歳児 ] 3歳児 ] 4歳児 ] 5歳児 ] 6歳児 ] 7歳児 ] 8歳児 ] 9歳児 ] 10歳児−15歳児 ]

  1. 一部の資料は脳死判定時期が不明で、死亡時(あるいは生存中で論文執筆時点)の年齢とみられるものもある。発症時の年齢での掲載を基本とする。 
     
  2. 主に1983年以降、約20年間の日本語医学論文(一部欧米論文)を検索対象としているため、個々の症例に採用された脳死判定基準は、さまざまなバリエーションがある。論文中に採用した判定基準について記載のあるものは、このサイトでも掲載している。
     
  3. 脳死判定基準を満たさなくとも、事後的に剖検により、または臨床経過から脳死と判断された症例がある。また小児脳死判定基準が作成される2000年以前は、判定基準が無いことに配慮して脳死宣告を控えた施設もあったとみられる。このため、脳死判定基準どおりに判定したとみなされるものは「脳死判定例」と表示、事後的に脳死と判断されたり、検査項目が不明やすべて満たさないとみられる症例は「臨床的脳死例」と表示した。
     
  4. 脳死判定を1回だけ行なったものや、複数日の間に脳死判定項目を満たしたもの、また一部テストを省略したものも、一部の論文では「脳死と判定した」と表現されている。同一症例の論文とみられるが、片方の論文では「脳死判定した」、片方の論文では「脳死状態と家族に説明した」と表現が異なる論文もあり、詳細は当事者に確認が必要と考えられる。
     
  5. 医師から「脳死状態です」、「臨床的には脳死状態です」、「脳死と判定しました」、といずれの言葉で説明がなされても、家族は「救命は不可能で、間もなく死亡する」と受け取るケースが多いことに留意する必要があり、この点では「脳死判定例」と「臨床的脳死例」の区別の意味は少ない。
     
  6. 必要に応じて要約し、記述の順序を時系列に沿い意を変えない範囲で一部入れ替えた。
     
  7. 当サイトに掲載している小児脳死判定後の脳死否定症例数は、およそ260例(201 2年1月23日現在)。
    正確な脳死否定症例数がわからない理由は、複数症例を報告した論文があり、年齢が小児の範囲を超える症例や、上記1の脳死否定例の定義に該当しない症例も含まれると見込まれるため。以下の1〜 8が、詳細不明の複数症例論文。
  1. 塩貝 敏之:脳死判定における各種電気生理学的検査法の検討、脳と神経、41(1)、73−83、1989=2例?  
  2. 石郷 景子:小児の臨床的脳死の脳波検査について、臨床神経生理学、35(5)、445、2007=14例?
  3. 森地 振一郎:当院で経験した小児脳死5症例の臨床的検討、日本小児科学会雑誌、113(2)、401、2009=5例?
  4. 澤田 杏子:当院救急医療室において救命不可能であった児への対応、日本小児科学会雑誌、112(2)、279、2008=9例?
  5. 桂木 誠:乳幼児脳死例における脳SPECTについて、核医学、37(3)、276、2000
    桂木 誠:脳死例における脳SPECTについて、核医学、35(7)、618、1998
    =8例?
  6. 加藤 浩子:小児深昏睡患者における高Na血症の意義、蘇生、5、136、1987=7例?

  7. 高橋 義男:日本における小児の脳死状態とは−小児の脳死と重症心身障害児との連続性、小児の脳神経、25(4)、375、2000=17例?
  8. 村野 浩太郎:小児救急外来におけるDOAの実態、小児科、40(11)、1477-1483、1999=22例?〜5例?
     

 

脳死から復活した子ども達=“ラザロ患者” #lazarus

 脳死判定後(または臨床的脳死診断後)に、脳波や痛み刺激への反応や自発呼吸の復活、脳血流の再開、ホルモンの分泌、身長が伸びる、など医師の脳死判定・診断を明らかにくつがえす、自然治癒したとも言える内容的にも目立つ症例の報告が、日本国内だけでも2 6例ある(以下のうち10以外の詳細は各リンク先のページに掲載)。

    *無呼吸テスト2回実施例

  1. 広島大学:脳死と判定した後に脳血流、聴性脳幹反応が再開、脳死後22日間生存(脳死判定例 ・日本救急医学会雑誌8巻6号p231−p236、1997年)http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=jjaam1990&cdvol=8&noissue=6&startpage=231&lang=ja&from=jnltoc
     3ヵ月男児は、第5、6病日に広島大学医学部における医学的脳死判定基準にもとづき脳死と診断。第9病日SPECTにて若干の脳血流の存在を、経頭蓋骨的ドプラー法でほぼ正常な波形を認め、さらに第12病日には潜時の延長を認めるものの、第X波まで確認できる聴性脳幹反応が得られた
     
  2. 大阪大学:40日後に自発呼吸出現、脳死後69日間生存(日本救急医学会雑誌2巻4号p744〜p745、1991年・Pediatrics96巻3号p518〜p520、1995年)
     3ヵ月女児は、第3病日 に脳死徴候をすべて見たし脳死状態。第3病日と第5病日に無呼吸テスト実施して無呼吸。第19〜22病日の頭部CT、脳血管造影では、脳の自己融解がみられず、脳循環はほぼ正常第27〜33病日には、視床下部、下垂体機能の残存が確認。第43病日、自発呼吸が発現した。
     
  3. 兵庫医科大学:抗利尿ホルモンを中止したが心停止せず、身長が伸びる、脳の一部融解あり、脳死後312日間生存(日本救急医学会雑誌11巻7号p338−p344、2000年)http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=jjaam1990&cdvol=11&noissue=7&startpage=338&lang=ja&from=jnltoc
     生後11ヵ月の男児は、身長74cm、体重8.7s。第15病日に成人用脳死判定で無呼吸テストも行い脳死状態。第219病日に「小児における脳死判定基準に関する研究班」の基準案を満たした。第245病日に抗利尿ホルモンは中止したが心停止せず第253病日に身長82pまで増加。(第326病日死亡)、経過中に脳の一部融解漏出あり
     
     
    *無呼吸テスト1回実施例

     
  4. 公立高畠病院:脳死判定基準を満たした後に、自発呼吸、脳波、聴性脳幹反応あり、生存中(日本小児科学会雑誌99巻9号p1672−p1680、1995年)
     11歳男児は、 1993年10月20日 発症、テンカン発作で心停止の11歳男児は、11月4日平坦脳波、ABR無反応、11月5日平坦脳波、10分間無呼吸テストで自発呼吸認められず厚生省脳死判定基準(1985年)により脳死状態と考えられた後に、1994年3月10日、発症4ヵ月後に脳波検査にて極めて低電位ではあるが波形が認められ5月19日聴性脳幹反応で頭蓋内血流があることを示すT波の再出現をみた。8月22日 失調性呼吸が認められ数日持続。30分間無呼吸テストで規則的な自発呼吸が出現、9月22日 再び失調性呼吸となり消失。現在 血圧150〜180/90〜110mmHgと高く、呼吸管理を必要とするが、循環状態は比較的安定し、経管栄養も順調に行なわれている。
     

    *無呼吸テストは実施したが回数不明例
     
  5. 札幌医科大学医学部付属病院:在宅人工呼吸療法、身体が成長、脳の液状化所見、812日間生存(日本小児科学会雑誌113巻9号p1418〜p1421、2009年)
     1歳6ヵ月男児は急性脳症、第12病日に小児脳死判定基準にもとづき脳死判定(無呼吸テスト実施、前庭反射は数週間後に施行)。約1年後に在宅人工呼吸療法へ移行。急性腎不全により第823病日に死亡。死亡時の身長は102cm、体重18kgであり、身体発育の成長がみられていた。頭部CTは発症2年2ヵ月後に灰白質は低吸収域に変化し、白質との境界が不明瞭、脳の液状化の進行と考えられた。
     
  6. 大阪府立病院:竹内基準満たしても視床下部ホルモン分泌、脳血流17日後も確認(日本救急医学会雑誌4巻p655、1993年)
     5歳11ヵ月男児は、第8病日に アトロピンテストと無呼吸テストにも無反応で竹内基準を満たした。抗利尿ホルモンは第13病日まで分泌。第14病日に経頭蓋骨的ドプラー法で脳血流停止が観察されたが第25病日に造影CT脳血流が確認された 
     
     
    *無呼吸テストの実施は不明だが、脳死判定基準を満たしたとする報告
     
  7. 大阪労災病院:脳死判定から18日目の脳波・聴性脳幹誘発電位で反応、治療中止、30日間生存(大阪小児科学会誌25巻2号p8、2008年 ・日本小児救急医学会雑誌8巻2号p248、2009年)
     3歳女児は頭部打撲で救急搬送。入院2日目、3日目24時間間隔で行った脳死判定では小児脳死判定基準をみたした。18日目の脳波ではわずかながら活動を認め、ABRでは左第1波・第2波の反応が認められた。
     
  8. 岐阜県総合医療センター:大脳の不可逆的変性の一方で内分泌は正常、体重・身長が増加(日本周産期・新生児医学会雑誌43巻2号p463、2007年)
     1歳2ヵ月女児は心肺停止状態にて出生、30分後に心拍再開し以後、自発呼吸なく人工呼吸管理を継続、自発運動・反射はみられず痛覚刺激にも反応せず小児の脳死判定基準を満たしたが、完全経管栄養にて体重増加、身長増大。生後200日の頭部CTおよびMRIでは大脳の融解を認め、大脳の不可逆的変性が示唆された。生後1年での内分泌学的検査では下垂体系および副腎系ホルモンは正常であった。
     
  9. 奈良県立奈良病院:脳死判定後13日後に脳波と痛み刺激に反応、17日後に脳幹部血流再開、脳死後43日間生存(日本新生児学会雑誌35巻2号p290、1999年)
     重症新生児仮死の女児は、小児脳死判定基準(暫定基準案)に基づき脳死判定を施行(24時間毎に計3回)。日齢7に患児は脳死と判定されたが、脳死判定 の13日後に脳波と痛み刺激に反応17日後に脳幹部血流再開した。
     
  10. 杏林大学医学部:10例のうち2例で聴性脳幹反応あり(脳と神経41巻1号p73−p83、1989年)
     厚生省判定基準を満たした10歳〜19歳10例の患者のうち、BAEPのT波またはT波とU波が2例から測定された。
     
      
    脳死判定の詳細不明・復活例
     
  11. 東京医科大学附属病院:脳波変化を来たす例が大部分、1例は生存中(日本小児科学会雑誌113巻2号p401、2009年)
     5例中4症例で深昏睡・自発呼吸停止・脳幹反射消失は認めたが、経過中に脳波変化を来たしたことにより判定基準から外れた例が大部分を占めていた。
     
  12. 川崎医科大学付属病院:脳死状態の後に逃避反応、大脳皮質も機能(脳と発達41巻1号p71、2009年)
     13歳女児は交通事故で心肺停止、脳死状態後に逃避反応がみられ、右上肢刺激の短潜時体 性感覚誘発電位で(大脳皮質の電位である)N20の波形を認めた。
     
  13. 兵庫県立こども病院:脳死状態と判断後に除脳硬直(死の臨床13巻2号p84−p85、1990年)
     6歳女児は、1989年10月17日の脳腫瘍部分摘出術後に脳梗塞、呼吸状態悪化し21日人工呼吸器装着、23日CT等により脳死状態と判断、間代性痙攣を起こしたり、除脳硬直がみられたりするも徐々に全身状態は安定。
     
  14. 藤田学園保健衛生大:脳死から1ヵ月後に自発呼吸、178日間生存(救急医学12巻9号S477−S478、1988年、Geriatric Medicine、26巻4号p501-507、1988年)
     4歳男児は、脳波、 聴性脳幹反応は完全に消失するも1ヵ月後に一時的ながら自発呼吸を認めた。
     
  15. 横浜市立大学附属市民総合医療センター:手足の運動、呼吸回数の増加あり(日本看護学会論文集(小児看護)36号p333−p335、2006年)
     急性壊死性脳症の3歳男児は、翌日脳波上脳死と診断。家族の希望によりDNRの方針となり、人工呼吸管理と維持輸液療法のもと2ヵ月後に亡くなった。手足の運動や呼吸回数が増えた時期に「本当に脳死状態なのだろうか。もう一度、脳波を調べてほしかった」と悩んだ看護師もいた。医師は「手足の運動は不随意運動で、自発呼吸ではなく横隔膜の反射の可能性あり」と説明。
      
  16. 関東圏の大学病院:快・不快の表情を示す、生存中(日本看護学会誌25巻4号p13−p21、2005年)
     2歳男児は「脳死の状態」と早い段階から一貫して説明されていた。現在4歳、入浴時に気持ちよさそうな顔をする。嫌なときは眉間をしかめて嫌そうな顔をしている。
     
  17. 兵庫県立こども病院:臨床的脳死の15日後に自発呼吸、一時的に人工呼吸器から離脱(日本小児科学会雑誌112巻2号p279、2008年)
     2005年1月から2007年9月までに死亡退院51例、うち来院時に深昏睡・対光反射消失は11例。年齢中央値は1歳11ヵ月。臨床的脳死状態と診断した15日後に自発呼吸が出現し、一時人工呼吸器から離脱した症例があった。
     
  18. 兵庫県立西宮病院:聴性脳幹反応全波消失後も視床下部に血流、抗利尿ホルモン分泌、約20日間生存(日本救急医学会雑誌2巻4号p744、1991年)
     1歳1ヵ月女児は、第2病日に瞳孔散大、脳幹反射はすべて消失、聴性脳幹反応はT〜X波が消失、脳波平坦化。第14病日に視床下部付近にわずかながら血流を認め、抗利尿ホルモンADHおよび副腎皮質刺激ホルモンが微量ながら分泌されていた。
     
  19. 近畿大学:脳死判定の10日後から自発呼吸、4年3ヵ月生存(脳死・脳蘇生19巻1号p55、2006年)
     5ヵ月男児は、第20病日と第24病日に脳死診断を行った。 無呼吸テストの代用として、呼吸器設定の操作により、動脈血中の二酸化炭素を貯留させた状態で自発呼吸出現の有無をチェックした。その結果、すべての反応は認めず聴性脳幹反応も認めなかった。第30病日頃から微弱な自発呼吸の出現を認めた。
     
  20. 高知市民病院:脳死状態と診断したが生存中、脳血流あり(脳死・脳蘇生16巻p50−p56、2004年)
     4ヵ月男児は、蘇生6日後の時点で、脳幹反射消失、脳波ECS、ABR波形認めず、脳死状態と診断した(無呼吸テスト施行せず)。蘇生6日後に施行したSPECT像では、大脳皮質の一部、基底核部、PCA(posterior cerebral artery)領域に脳血流を認めた。蘇生90日後、植物状態で生存している。
     
  21. 福岡大学病院救命救急センター:臨床的脳死例に聴性脳幹反応あり、簡易無呼吸テストで自発呼吸出現(脳死・脳蘇生研究会誌12巻p48、1999年)
     4ヵ月乳児は臨床的脳死と診断した同日にABRは4波まで認められ、簡易無呼吸テストで自発呼吸が出現した。
     
  22. 奈良県立医科大学:発症後1.5ヵ月、2ヵ月後、1歳8ヵ月時にも脳波活動。2年3ヵ月まで生存(小児の脳神経26巻4号p303、2001年)
     生後4日目に脳室内出血をきたした男児は、以後人工呼吸管理、運動反応なし、深昏睡状態。2ヵ月半後のSPECT検査で大脳血流なく、3ヵ月後も同様の所見。臨床的脳死と判定したが、脳波検査で発症後 1.5ヵ月、2ヵ月後にも10μV前後の脳波活動を認めた。1歳8ヵ月時の脳波検査で8〜12Hz、10〜15μVの脳活動残存。明らかなα波、β波とθ波を伴う低振幅脳活動あり。
      
    *胎児脳死判定例

     
  23. 北里大学:完全な誤診、異常なく9日後に退院(臨床的脳死例・ 日本産科婦人科学会神奈川地方部会会誌41巻2号p167、2005年・神奈川医学会雑誌33巻1号p34、2006年)
     胎児脳死と強く疑われた女児は、頭部CTや脳波検査をしたが、神経学的異常所見は認めず、経過良好で日齢9に退院した。
     
  24. 国立循環器病センター:完全な誤診、子宮内で回復(The Journal of Obstetrics and Gynaecology Research36巻2号p393〜p396、2010年)
     妊娠28週で胎児は脳死状態と推察され、分娩誘発は決定されず経過観察。入院8時間後、胎児心拍数モニタリングは若干の変動性を示し、12時後には胎児は完全に回復した。妊娠35週に帝王切開。14カ月時、正常な精神的な発育をした。支えられて歩き、短時間ならば一人で立つことができる。

 

“ラザロ患者”についての考察

  脳死から復活した子ども達が、その命をもって教えてくれたことは、3つある。一つ目は死が安易に予測され、脳死判定の誤診・乱診があ り、死亡宣告が安易になされているということだ。

 「死」という言葉は、血液循環も停止して体温が無くなる、そして全身の細胞が死滅に向い始めた後に、初めて使うべき言葉ではないか。「死」と組み合わせた単語、腎臓死・心臓死・肝臓死・脳死についても同じだ。その意味で、今、現在において人工呼吸器をつけている人や体温のある人に脳死はない。生命現象が終止することを死とする考え方・定義からは、「体温がある、物質交代とエネルギー交代が行われている、脊髄反射でも反応がある、出産する、ヒトとしての外観がある」などの生命現象がある段階で、人の死とすることは不適切だ。

 オシッコが出なくなって腎不全で長年にわたって透析を受けている人を「腎臓死している」とは言わないし、心不全で補助人工心臓や人工心肺をつけて、本人固有の心臓は心静止または心室細動の人であっても「心臓死している」とは言わない。劇症肝炎で肝臓が萎縮してしまって、人工肝補助療法を受けている間だけ意識がある人についても「肝臓死している」とは言わない。このような状態は、単に慢性腎不全あるいは重症心不全や重症肝不全という。

 腎不全や肝不全で透析を止めれば死ぬことが確実と見込まれる人、あるいは心不全で全身の状態も悪くなってきて死ぬことが間違いないと見込まれる人についても、息をしている限り、体温がある限りは「死んだ」とか「死んでいる」とかは言わない。現実に心臓が止まって体が冷たくなった後に初めて死んだという。それも、わざわざ腎臓死・肝臓死・心臓死をしたとは言わずに、「糖尿病が原因で腎臓が悪くなって死んだ」「肝炎で肝臓が悪くなって」「心筋梗塞で死んだ」とか、単に「腎不全で、肝不全で、心不全で死んだ」という。

 どの臓器の機能低下が死につながったかという、死の型の分類は、普通は必要がない。同様に脳不全が原因で死ぬかもしれない人がいても、実際に心臓が止まって体が冷たくなった後に、特に法医学的な必要性があって死の型を分類すべき場合に脳死と言えばいいのではないか。そうではなくて、今、人工呼吸器をつけている人や体温のある人に対してまでも脳死というのは、臓器摘出をしたかったり治療を止めたかったりする動機があるのが原因だ。

 最も重症な脳不全で三徴候死に必ず至る状態を、脳死とすることは概念上は可能だ。 脳蘇生医療に取り組む医療関係者に、患者の現状から将来を予測する能力は今後とも高めてもらいたい。しかし死を予測することが可能だろうか。現実の脳死からの復活例は、脳死判定を開始する前提条件、不可逆的状態と判定するため2回以上行う判定間隔を中心として、その他の検査についても、脳死判定基準は非科学的であることを示している。

 船橋市立医療センターの唐澤 秀治氏は、脳死判定ハンドブック(2001年・羊土社)p53で「脳死判定における最大のピットフォール、それは脳死判定検査を開始するタイミングである。・・・・・・もっとも大切なのは、これはB早すぎる脳死判定検査の開始を防止するための時間だということである。・・・・・・一見、脳死に見えても決してあきらめるのではなく、救命医療を続ける時間が『 Timing=The time before testing 』である」と述べている。

 しかし、上記の脳死からの復活例にみられるように「脳血流再開を確認したのが脳死判定後数日〜数週間後」「痛み刺激への反応が2週間後」「聴性脳幹反応の出現が1週間〜数ヵ月後」「脳波出現が2週間〜数ヵ月後」「自発呼吸が約1ヵ月後」そして「数ヶ月間の経過で身体の成長が確認される」という、極めて長い観察期間を要することは、脳死判定医の想定外の事態だろう(想定もされていないため、脳死ではなく回復しうる患者も、数日程度の観察で脳死判定、臓器摘出まで終えてしまう危険性がある)。

 医師が極めて安易に不可逆的状態と診断、脳死を乱発している。脳死の判定・診断・説明をするのならば、その時点以後、脳死を否定する状態には決してならないことが確実でなければならない。「死んだ生物が生き返る」など常識に反すること、そして社会的権利の大部分を喪失させる死亡宣告を、軽率に行ってはならない。

 

 二つ目は脳死から自然に治癒した症例がある以上、治療の余地があるということ。

 「脳死」から復活した子ども達は、長期間、全身の血液循環などが維持されれば、脳の機能不全が脳死判定を否定する程度にまで自然治癒するケースのあることを示している。 上記の重大な脳死判定後の脳死否定・回復例の背景には、より多くの血流再開例がある。となると、脳死判定基準を満たした以後も、治療の可能性があることになる。以下に、顕著な脳死否定・回復徴候は示さないものの、頭蓋内の血流再開または血流の存在を示す症例を提示する。

  1. 高アンモニア血症の5歳男児:前額部と前胸部の体温差が変動
     
  2. ライ症候群の5歳女児:前額部と前胸部の体温差が変動
     
  3. 頭部外傷の1歳男児:ダイナミックCTで残余循環を示唆、CT所見から融解壊死に至っていない可能性を示唆
     
  4. 急性脳症の1歳女児:前額部と前胸部の体温差が変動
     
  5. 痙攣重積の1歳女児:頭囲が拡大、頭蓋骨縫合の離解がみられ、脳内残余循環を示唆
     
  6. 溺水の1歳男児:CTの高吸収域拡大
     
  7. 無呼吸発作の1歳児:CTで高吸収域
     
  8. 乳幼児突然死症候群の2ヵ月男児:SPECTにて大脳皮質およびPCA(posterior cerebral artery)領域に脳血流
     
  9. 劇症肝炎の11ヵ月女児:前額部と前胸部の体温差が変動

 

 もちろん、すべての患者”を意識が回復するまで治療できるとは思えない。脳死と誤診された時期に壊死した脳組織もあるだろう。その後も脳血流が継続されることにより

  1. 壊死した脳組織が排除され、残った脳組織だけが機能を再開する。
  2. あるいは上位の中枢は壊死してしまったが、下位の中枢が機能を代替する。

などの現象が考えられる。

 

 三つ目は生命倫理に関する考察を深めなければならないということ。

 脳死を否定する状態にまで回復しうるということは、脳死と遷延性意識障害との違いが明瞭ではないということだ。治療の余地があるといっても、残念ながら大部分の患者は意識不明のままだろう。そのような状態の患者にも内的意識があり得ると考えるならば、生きたいという意思があると想像すると同時に、耐え難い苦痛の時間を長引かせている可能性も想定しなければならない。

 治療を継続してゆくうちに、全身状態が悪化し壊死した組織が漏出して、腐臭や醜状を呈してくるケースもあるだろう(類似例は兵庫医科大学の脳の一部融解あり、死亡まで312日間の幼児例)。その時も、家族と医療スタッフは治療継続の意思を持ち続けうるのか。治療を止めるのならば、それまでの処置は患者のためではなく、家族や医療スタッフのためになされたのか。

 「脳蘇生」と「全身状態の維持」のための処置が両立しない場合、将来的に脳移植に取り組むのか、それとも脳だけの蘇生・生存に取り組むのか。

 

 いずれにしても、脳死および遷延性意識障害の病態について科学的研究を進めることが、誤診の減少や治療適応の判断を改善すると期待される。「脳死」患者、遷延性意識障害者に対する社会的なサポートも求められる。

 

 なお人工呼吸器を取り外した時の脳死患者の体動が、キリストが死から復活させたというラザロにちなんで、“ラザロ徴候”と命名されている。しかし、これは自発呼吸をしようとする苦悶の体動とも考えられる(参照=無呼吸テスト時の炭酸ガス刺激の適正強度が設定できない)。

 これに対して、脳死判定をくつがえすまでに回復した患者を“ラザロ患者”というのは適切と考えられる。

 


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