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死者の出産!死人が生まれる?

「決め事としての死」と「生物としての本当の死」の間に起こること

 

 生命の連続性(命のリレーともいえよう)は、生きている生物だからこそ可能な生命現象だ。しかし1980年代に脳死妊婦の出産が報告され、折からさかんになってきた「脳死が人の死である」との主張に懐疑論と肯定論の双方が出てきた。

 

 竹内 一夫:2001不妊医療トピックス】 脳死出産、産婦人科の世界、54(6)、551−558、2002は、脳死出産の実態について分析した後に「ここで我々は、死後(心停止後)の出産例の報告が散見されることにも注目しなければならない。Katzら (Obstet Gynecol 68:571,1986)によると、1979年のDuerの報告以来、1985年までに188例の死後出産成功例が知られている。・・・・・・もともと胎児は低酸素状態に対する抵抗力があるため、死後の出産にも耐えられる可能性があるものと思われる。しかし、厳密に考えれば、母親の死亡時間と胎児の出生時間との間には、少なくとも法律的には時間的な隔たりが存在することになる。このような空白時間を法律的にはいかに処理したらよいのであろうか。ただ死後出産の事実は『死者が子供を生むであろうか?』というような議論に対しては、明快な回答になるであろう」としている。

 竹内氏の言うとおり、確かに心停止後出産の事例はある。百瀬 和夫、前田 光士(東邦大学医学部産婦人科教室):妊婦の脳死をめぐる諸問題、医学の歩み127(9)、935−939、1983が1973年以後の世界の文献からまとめた数値を紹介すると、母体死亡後の帝王切開術により171例が生産(うち退院時健康75例)、死産が75例。母体死亡から30分〜45分の長時間経過後にも3例の生産(妊娠9ヶ月1例、10ヶ月2例、3例とも退院時健康)が報告されている。

母体心停止後・帝王切開出産例

千葉 力(青森市民病院NICU):母体が気管狭窄により急死した直後に緊急帝王切開により娩出された1救命例、日本小児科学会雑誌、102(2)、168、1998

 母体が高度の気管狭窄による呼吸困難により急死が確認された直後に、妊婦が入院している産科の病室で緊急帝王切開により娩出された新生児が、緊急呼び出しを受けて駆けつけたNICUの医師により、intact survival(後障害なき生存)した1例を経験した。

 しかし果たして、心停止後出産の事例を持ち出せば「死者が子供を生むであろうか?」という議論に明快な回答になるのであろうか。心停止の時点で、その妊婦が死亡しているといえるのかについて考える必要がある。また竹内氏の弁を延長すれば、心停止状態で出生した赤ん坊は「死者、死人として生まれた」ことになり、社会の構成員としての基本的人権をまったく付与しなくとも、それが正当化されることになりかねないが、この点についても考える必要がある(以下の資料1〜3)

 

資料1:心停止の時点で、妊婦は死亡しているのか

  1. 大久保 一浩(刈谷総合病院麻酔科・集中治療部):20分にもおよぶ心停止後生存退院できた1例、蘇生、18(3)、203、1999は、正確な記録下で心停止20分経たものの脳蘇生した症例を報告した。
     
  2. Jack Levorkian (Pontiac,Mic.):検眼鏡による循環停止の迅速かつ正確なる決定法、Journal of A.M.A(日本版)、27(2)、128−133、1958は、59歳女性の死後約15分の眼底所見で静脈分節の動きが2〜3分前に止まった症例など、心停止後もなお数分間は網膜静脈血管内を血液が移動していること。網膜静脈の分節が動いている間は、臨床的には患者の生命は完全に回復しうるものとして無条件に開胸心臓マッサージの適応がある、と報告した。
     
  3. 生田 房弘(新潟大学脳研究所実験神経病理学):“脳死”例の剖検所見からみた個体の死の時刻、週刊医学のあゆみ、172(10)、641−646、1995は、脳死患者の視床下部諸核は脳死後24時間以内に剖検された6例は「みな、おそらく生存していたとみなされた」と報告した。さらに、遺族に向かって『ご臨終です』という医師の言葉さえも聞こえる可能性を述べている。

 

資料2:心臓死後の出生例

  • 佐世 正勝(山口大学医学部産婦人科):心停止状態で出生した児の予後、日本未熟児新生児学会雑誌、9(3)、431、1997
  1. 妊娠38週2日、自然陣痛が発来し入院。持続性の胎児徐脈が出現したため、吸引分娩にて出生した。出生体重3088g、男児。A/S:0/1分、1/5分、3/10分、5/15分。生後8ヵ月にて退院。・・・・・・重度脳性麻痺を呈し、また呼吸器感染をしばしば来たし、5歳5ヵ月にて死亡した。
     
  2. 妊娠29週3日、切迫早産のため母体搬送され、入院時の胎児エコーにて心停止を認めた。急速墜娩にて心停止確認後7分で出生。954g、女児。A/S:0/1分、1/5分、3/10分。128生日、退院。・・・・・・修正20ヵ月にて1人歩きが可能。4歳4ヵ月現在、体重14kg。左痙性麻痺を認めている。
     
  3. 妊娠24週6日、前期破水のため母体搬送された。分娩時、胎児心音聴取不能。出生体重582g、女児。A/S:0/1分、0/5分、1/10分、2/12分。154生日退院。修正6ヵ月現在、4960g。頚定し、あやし笑い、寝返りは可能。
 アプガー(ル)スコア(採点法、指数)、A/S、Apgar Score は、アメリカの麻酔学者Virginia Apgar (1909〜1974)が考案した新生児の状態を評価する指数。心拍数、呼吸、筋緊張反射、咽頭反射、皮膚色調の5項目を、それぞれを不良(0点)、やや不良(1点)、良好(2点)の3段階に評価し、取得合計点で指数評価する。
  0点 1点 2点
心拍数

呼吸
 

筋緊張反射

咽頭反射

皮膚色調
 

なし

なし
 

だらりとしている

なし

蒼白、チアノーゼ
 

100未満/分

緩徐、不規則
(弱々しく泣く)

四肢をわずかに屈曲

顔をしかめる

体幹淡紅色、
四肢チアノーゼ

100以上/分

良好
(強く泣く)

四肢を活発に動かす

咳、くしゃみ

全身淡紅色
 

正常は8点以上、軽症仮死は4〜7点、3点以下は重症仮死。

出生直後より心停止になったとみられる新生児例

  1. 西池 一彦(愛染橋病院):トイレで分娩し、心停止40分後蘇生し得た一症例、日本未熟児新生児学会雑誌、8(3)、373、1996
      在胎35週4日、出生体重2270gの男児は、生後3時間で体温32.6℃。生後11ヵ月で神経学的異常なく、フォロー中止。
     
  2. 和田 佳子(神戸大学小児科):出生直後より長時間の心肺停止状態の持続が推測されたが、著明な低体温のため救命し得た墜落産の1例、日本小児科学会雑誌、105(1)、53、2001
     公衆和式トイレのタイル上に放置された成熟女児は、救急隊により生後約90分後に搬送されたが心肺停止状態。継続不能な著明な低体温、約2時間後に33.5℃。生後1ヵ月後には経口哺乳も可能になった。

 

資料3:古代からある心停止(心臓死?)妊婦の出産、そして母体の救命・生存例

 新垣 達也(聖隷浜松病院総合周産期母子医療センター周産期科):心肺停止20分後に来院し死戦期帝王切開により母体心拍再開を認めた1例、日本産婦人科学会雑誌、65(2)、664、2013は、36歳2経産婦が妊娠38週6日、救急車中で心肺停止となり、心肺停止24分後(到着4分後)に児を娩出、児は新生児科蘇生チームによる蘇生後に心拍再開。母体は心肺停止28分後(到着8分後)に心拍再開が認められた。その後第28病日に永眠したことを報告している。

 Nicholas L.DEPace,MD(米国フィラデルフィア Hahnemann Medical College and Hospital ):“死後”の帝王切開により母児ともに救命せしめた1例、JAMA<日本語版>、133−135、1983は、妊娠37週で多量の喀血後に心肺機能が停止した27歳の妊産婦に心肺蘇生術を施行したが、母体は蘇生不能と考えられたため、病床で帝王切開を行った(心電図は毎分140の洞性頻脈だったが、心臓マッサージの間、脈はふれず血圧0mmHgが24分間継続)。胎児娩出直後、母体の脈拍がふれはじめ、20ヵ月後の現在、なんらの神経学的後遺症もなく母児ともに健在であることを報告し た。
 母体が救命された理由は、大量出血に助長された仰臥位低血圧症候群が、分娩完了にともなう母体の心拍出量の回復により治ったことという。自然分娩の直後に、心拍出量は分娩前の60〜80%に増加する。帝王切開術後では、麻酔による低血圧と出血のため30%増加と低い。この妊婦例は、無麻酔の帝王切開で術中出血も少なかったため、一般の帝王切開に比べて心拍出量の増加は、はるかに多かった可能性がある。この無麻酔帝王切開術と共通していたと思われるのが、麻酔がない古代からの帝王切開術と母体生存例だ。

 帝王切開の名称は、紀元前715年、古代ローマのNuma Pompilius が「妊婦が死亡した場合、母体腹部を切開して胎児を娩出すべきである」という布告(Lex caesarea)にはじまるとされる。このJAMA<日本語版>は脚注で、西暦3世紀の法律に「膣式に分娩した婦人は7〜14日後にいけにえをささげなければならなかったが、帝王切開により分娩した婦人はいけにえをささげる必要がなかった」規定があることから、当時から死亡するとみなされていた妊婦に帝王切開をしても、その後母体が生存したことを史実として伝えているようだ、としている。

 

“死者の出産”や“死人の出生”が多数あることからいえること

 以上のような脳死者や心臓死者の出産、死亡すると判断されたが帝王切開後に生存している母体例、そして心臓死後出生などの事例を踏まえると、竹内氏のように「死者が子供を生む」と言い切るのは乱暴な議論にみえる。生命の連続性は、生きているからこそ可能な生命現象だからだ。脳死を人の死としたいがために「死者が子供を生む」と強弁するのは、生命現象の法則性や因果関係を理解して、科学や医療の発展に役立てようとする態度を否定するようにも危惧される。

 心停止が「決め事」としての便宜的な死、社会的には死とされ、脳死も同様に扱う社会があるのだが、それは本当の生物としての死とは異なるものである。このような理解をしたほうが合理的と思われる。この「決め事、便宜的な死」と「本当の死」の間に起こっていることが、脳死者・心臓死者の出産や心臓死後の出生と考えられる。

 では、本当の死とはなにか。とりあえず、私の死の定義を示しておこう(2004年10月17日現在)。

 死とは生命現象が終止することである。それは、生命体が恒常性を維持することができなくなった時に始まり、その生命体を構成している全細胞の物質交代・エネルギー交代が行われなくなった時、または全細胞の構造が破壊された時をもって完結する。

以下は補足説明

 死が完結する(完全な死亡)までに、心臓の拍動停止から要する時間は、(人為が加わらない場合)体外の気象条件に左右されるが、おおむね数十時間である。

 生命体が恒常性を維持できなくなることは、心臓の拍動停止以外にも、呼吸ができなくなる、または視床下部を含む脳幹の神経細胞が細胞死(物質交代やエネルギー交代を行わなくなる、または細胞構造が破壊される)することによっても、死は開始される。最重症の脳不全を判定する基準は、視床下部を含む脳幹の神経細胞が細胞死していることを、確認できるものでなければならない。

 最重症の脳不全と判定される、恒常性の維持に必須の神経細胞が死んだ後、死が完結するまでに要する時間は、心臓の拍動停止の場合と、同じである。

 恒常性の維持は、部分的には他律的にも行いうるため、死が開始されても完結するまでの仮死状態の間は、生にもどりうる。また生と区別することが困難な状態もある(一部の細胞は体外で長期に培養が可能だが、それは元の生命体を構成する一部分ではなくなっており、細胞の培養が死の完結を阻止したとは考えられない)。

 なお、私は 「決め事としての死、社会的な死、死亡宣告」をすべて認めないのではなく、問題がないと判断される場合は認めてよいと考える。しかし、その死亡宣告は、生物学的な死とは異なるものである。生物学的な死という判断基準があればこそ、「決め事としての死、社会的な死、死亡宣告」が妥当なものか否か、判断できると考える。

参考:和田 壽朗は著書「神から与えられたメス」(メディカルトリビューン、2000年)p160で、死について以下を書いた=“死とは、どのような状態かというと、「1人の人間の完全かつ永久的に身体を動かすことと、精神心理機能が合理的に行なわれることが、一致または協調できなくなった時」”

 和田の死の定義は、人の死を、生命現象のなかで究極的に狭い範囲に限定し、恣意的に操作できることに特徴がある。「完全かつ永久的に身体を動かすこと」とすると、「完全」に恣意的な判断が入り込む。生物は必ず死ぬことから「永久的に身体を動かすこと」とすると、「すべての人は、現時点でも全員死んでいる」と任意の時期に死亡宣告ができる。「精神心理機能が合理的に行なわれること」とすると、「合理的」に恣意的な判断が入り込む。「一致または協調」にも恣意的な判断が入り込む。

 和田心臓移植事件を起こした医師らしい定義だ。

 


脳死出産例・関連症例(要旨) #bdbirth

 

*木下 順弘(熊本大学医学部附属病院集中治療部):妊婦が脳死状態に陥った場合の対応について、脳死・脳蘇生、27(1),42,2014

 症例1:30代女性。妊娠25週、交通事故による右肺挫傷・血気胸・多発肋骨骨折・肝損傷・右大腿骨骨幹部骨折を認め、胸腔ドレーン挿入、気管挿管と人工呼吸、右大腿骨の牽引を行った。肺縫縮術と大腿骨創外固定手術の直後に瞳孔散大し脳死状態となった。CT画像を参考に脳死と診断した。胎児救命のため帝王切開術で26週に出生し、間もなく母体は心停止した。

 症例2:30代女性。妊娠20週、うつ病の既往あり。夫と口論ののち首をつって、心肺停止状態で発見された。自己心拍再開後当ICUへ搬送され、心停止後症候群の集中治療を行ったが、脳死状態となった。CT画像を参考に脳死と診断した。全身状態を安定化し、妊娠を継続していたところ、33週で経膣分娩した。出産後に無呼吸試験を完了した。

当サイト注:症例2は、帝王切開ではなく、経膣分娩であったことに注目

 


*福田 貴則(東京慈恵会医科大学 産婦人科):脳出血による脳死状態より帝王切開にて生児を得た1例、東京慈恵会医科大学雑誌、119(2)、201、2004

 36歳、1経妊1経産。妊娠36週より妊娠中毒症が出現していた。37週1日の早朝、自宅にて意識混濁し倒れているところを発見され救急搬送される。
 来院時、意識レベルV−300、血圧180/86mmHg、脈拍70回/min、硬直性痙攣を認め、両側瞳孔は散大し対光反射は消失していた。徐々に自発呼吸が不安定となり胎児仮死徴候を認めたため気管内挿管し緊急帝王切開術を施行、2530gの男児を娩出した。Apgar Score は1分後7点、5分後8点。
 術直後の頭部CTにて左側頭部の脳出血、脳室穿破を認めた。翌日、脳波検査、聴性脳幹反射検査施行し活動波認めず脳死と診断、発症から20日後、死亡となった。

 


*染矢 滋(石川県立中央病院脳神経外科):妊娠中に発症した被核出血の2例、日本救急医学会雑誌、13(第30回日本救急医学会総会号)、619、2002

 31歳女性は、高血圧の既往症なし。第2子妊娠35週に左被核出血を発症。JCS100、右片マヒあり、緊急開頭手術の準備中に両側瞳孔散大、対光反射消失、脳死と判断し開頭手術を中止。母体の救命は困難と考え、胎児出生を優先し帝王切開にて男児を出生した。
 妊娠中毒や子癇の症状は無く、高血圧の既往もなかった。妊娠中の血液循環量増大、心拍数や心拍出量の上昇、姿勢による血圧の変動などが脳出血の誘引となったかもしれない。妊娠中の頭蓋内出血は比較的稀であるが、重篤な経過をとる症例が多い。母体の状態により治療計画を立て産婦人科、小児科と迅速かつ緊密な連携が必要である。

 


*竹内 一夫(杏林大学):脳死出産におもう、日本不妊学会雑誌、46(4)、269、2001・・・内容的には同じだが冒頭の、産婦人科の世界、54(6)、551−558、2002がより詳しい。

脳死出産の実態

 1982年のDillon et all.の報告以来、今日までに、欧米諸国およびわが国であわせて14例の脳死出産成功例が知られている。妊婦の年齢は18〜36歳まで、平均年齢22歳、脳死の原因になった脳障害としては脳血管障害が最も多く64%を占め、他は外傷、炎症性疾患、腫瘍などである。脳死の判定にはHarvard基準が使われている事例が多く、主として神経症状や電気生理学的検査のような侵襲の少ない検査が採用されている。従って、果たして全症例で無呼吸テストなどを加えて厳密な脳死判定が行われたかどうかは、つまびらかではない。

 脳死判定時の妊娠週数は14〜27週におよび平均21週、生命維持期間は1〜107日で記載の明らかな11例の平均は56日、出産時の週数は26〜32週で記載の明らかな11例の平均は29週、11例の出産方法はすべて帝王切開、新生児の体重は930〜2,000gで記載のある10例の平均は1,443g。出産後の成長は概して良好のようである。また出産後の脳死女性からの臓器提供事例もある。なお生命維持期間に見られた妊婦の合併症には尿崩症、低血圧、体温変動、下垂体機能不全、肺炎、菌血症、敗血症などが主である。

遷延性植物状態、心停止後の出産

 植物状態の妊婦の出産に関する報告も散見される。一方、心停止後の帝切による出産も古くから報告され、早期(4分以内)であれば成功率が高く、なかには20分以上の例もある。これらの臨床経験は脳死や脳死出産の倫理や法律問題を考えるうえで参考になる。

集中治療、生命維持療法の進歩

 脳死の概念が導入された当時は、脳死状態を長期にわたって維持することは困難と考えられていた。しかし集中治療、介護の進歩によって、心停止までの期間を遷延させることが可能な場合があり、“chronic brain death(慢性的脳死)”の語さえ出現した。しかし脳死に対する考え方にはかなり個人差があり、脳死状態の長期にわたる強力な生命維持療法や脳死妊婦の出産遂行をめぐっては、医学界のみならず、広く学際的な論議がなお必要であろう。

 


古川 良尚(鹿児島大学医学部第3内科):一脳死症例におけるADHの検討、臨床神経学、26(11)、1142−1145、1986

 22歳妊娠30週の女性は1984年9月21日、う歯発症後髄膜炎を併発、9月28日2時30分に自発呼吸停止、両側瞳孔散大、対光反射・角膜反射消失、深昏睡、いわゆる脳死の状態になった。dopamin HCL 8μg/kg/minの使用にて血圧を維持しつつ、胎児の生存をエコーにて確認、積極的に治療を行ったが3時30分頃より時間尿が1,000ml以上に増加し、かつ血圧低下してきたため家族の希望により胎児を救うため13時30分より無麻酔下に複式帝王切開を施行、胎児は無事に出生。

 9月29日の脳波は平坦脳波。厚生省脳死研究班の脳死判定基準に照らすと、1984年9月29日には脳死状態になったと判定しうる。

 本症例では、帝王切開にて出生した胎児がせめて保育器より自立して母親に抱かれるまではとの家族の希望もあり、desmopressinとdopamin HCL併用により57日の長期にわたり様々の努力で個体死に至らずに循環を維持しえた。

 


藤井 昌彦(弘前大学第2外科):脳死の母体から出生した新生児消化管穿孔の1例、日本小児外科学会雑誌、22(5)、935、1986

 クモ膜下出血のため脳死状態となった母体より帝王切開にて在胎29週に出生し、2日後、腹部膨満をきたし新生児特発性消化管穿孔と診断、手術施行し救命しえた男児の1治験例を経験した。

 


*佐藤 芳昭(新潟大学産科婦人科):脳死患者より経腟分娩例について、母性衛生、24(3〜4)、48−49、1983          #19830212
*佐藤 芳昭(新潟大学医学部産科婦人科教室:脳死患者よりの経腟分娩の1例、産婦人科治療、50(1)、125−128、1985

 26歳初妊婦は、妊娠31週に妊娠中毒症の疑いで他院に入院。妊娠33週3日で39.5℃に上昇、妊娠中に発症した悪性リンパ腫を原発巣とする髄膜炎から緊急入院。妊娠34週2日、脳死状態に至り、翌日1983年2月12日午前11時(人工呼吸開始約11時間)、脳外科医によって脳死と判定された(2回目の脳波検査は分娩と重なり施行されなかった)。直ちに帝王切開による分娩を考慮するも、家族の同意を得られなかった。

 午後2時、自然陣痛の発来とともに午後6時6分、1430gの女児を経腟分娩で生児を得た。Apgar Score 3点で出産。生後46日目に2860gで退院。現在(1.5歳時)まで、特に発育上の異常を認めていない。母親は分娩後3日目に心停止を来たして死亡した。 

当サイト注:帝王切開ではなく、経膣分娩であったことに注目

 


*蓮尾 豊(野辺地病院):脳死状態の妊婦に対する帝王切開の経験、弘前医学、35(3)、505、1983

 23歳、妊娠28週の初妊婦は、内頚動脈瘤破裂によるクモ膜下出血で激烈な後頭部痛と突然の意識障害をきたし、脳外科入院。意識が一度も回復しないまま、深昏睡、無呼吸の状態となったため緊急帝王切開術を行い、1306gの男児をApgarスコアー8点の状態で娩出。母親は術後7日目に意識不明のまま死亡した。

 


以下は死産例

 

坂本 哲也(公立昭和病院救急医療センター): 妊娠中に発症した脳内血腫の1症例−母体脳死後の胎児管理について−、救急医学、15、1094−1095、1991

 1990年2月26日、38歳妊娠31週の女性は妊娠中毒症、急性妊娠死亡肝を合併した重症脳内血腫により意識障害。頭蓋内圧が平均動脈圧とほぼ等しくなった。意識レベル300、両側瞳孔は6mmで固定し、聴性脳幹反応のV〜X波が消失した。母体の救命は困難と判断し、帝王切開による児娩出の適応について考慮したが、家族の同意が得られなかった。

 第2病日に母体の血圧が79/58mmHgまで低下したが塩酸ドパミンの持続投与を開始し血圧は安定した。しかし1時間後にはそれまで良好であった児心音が消失し、子宮内胎児死亡が確認された。

 第3病日、無呼吸テストで自発呼吸の停止を確認し、厚生省脳死判定基準により脳死と診断した。

 第4病日には血圧が低下し、10時42分に胎児と胎盤が自然娩出した。その後、11時9分に母体も心停止を迎えた。胎児は974gで外表に奇形はなく、胎盤に早期剥離の所見はなかった。

 胎児は非対称性子宮内発育遅延を示していたが、その原因は母体にあると考えられ、妊娠週数からも帝王切開による児娩出を行えば、児の正常な発育の可能性はあったと考えられる。妊娠を継続するうちに母体は脳死となった。この際の循環動態の変化が子宮内胎児死亡の直接の原因であったが、潜在性胎児仮死を合併していたため容易に死亡に至ったと推測される。

当サイト注:自然娩出であったことに注目

 


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