[戻る] [ホーム] [進む]

安楽死or尊厳死or医療放棄死

「脳死」患者 #brain death

医師独断の医療放棄、家族は患者の外観悪化を見て脳死を受容?

注:下記は、「脳死」患者の外観の変化が、すべて医療放棄が原因と指摘するものではない。浮腫は、腎臓が悪い場合も肝臓が悪い場合も発生する。「医学的に防げない外観の悪化例」と「 治療を開始しないこと、治療を中止したことが原因の外観の悪化例」が混在しているとみられる。

 

人工呼吸器は止めないが治療を非積極的にするほうが好都合、自然にまかせる技術の“すぐれた”医師のとる中間の道?

*武下 浩(山口大学医学部麻酔学教室):再び脳死の問題点について、麻酔、24(4)、317−322、1975

 (脳死判定後に人工呼吸器をやめる選択肢を示した後に)しかし、ここに別の考えがある。すなわち、脳死は慢性状態としてはありえないので、脳死と判定された後、現在の方法では一般に5日以内に心拍停止になるであろう。そのようなことであれば、脳死と判定されてから、しだいに治療を非積極的にして行くという態度でやった方が、いろいろな面でむしろ好都合というわけである。後者は確かに受け入れられ易い一面を持っている。つまり自然にまかせる技術の“すぐれた”医師のとる中間の道である。前者との差はたとえ脳死判定が行なえても脳死をもって死とはしないという考えである 。

 (文末)実際上は人工呼吸をやめることなく自然にまかせる方法がとられる場合も多いのではなかろうか。結局、この現状が根本的命題−死の定義、医の倫理と深いつながりをもって問題点として残っている 。

 

臓器提供を断ったら輸液は低栄養、呼吸管理も不十分に放置され身体中むくんで悲惨な外観にされた

*片野 裕美(N3:ナイス・ナース・ネットワーク副代表):座談会で語り合う「臓器移植」「脳死」問題、月刊ナーシング、17(10)、81−83、1997

S:脳内出血で入院していた患者さんの呼吸が突然停止し、救命病棟へ運ばれて脳死状態になったんです。そのときに家族が腎移植を拒否したら、とたんに輸液は栄養性の低いものに切り替わってしまった。呼吸管理も十分とはいえないので、電解質のバランスが崩れて身体中むくんで悲惨な外観になっていましたね。一方、腎移植が決定した方は、きめ細かに管理されるのできれいな死に顔になる。複雑な心境です。

 

脳死後の臨床検査と病理所見(川崎医科大学救命救急センター)

*福田 充宏(川崎医科大学救急医学):脳死後の臨床検査と病理所見、日本外科系連合学会誌、19(4)、119−124、1994

表4 臓器異常を認めなかった症例

  頭部外傷
(n=33)
脳血管疾患
(n=43)
二次性脳病変
(n=12)
心臓
24.2%

11.6%

16.7%

12.1%

13.9%

0.0%
腎臓 12
36.4%
14
32.6%

33.3%
肝臓 10
30.3%
12
27.9%

8.3%

 救命救急センター開設以来、過去15年間で脳死と判定された症例は361症例。今回、対象とした88例の平均年齢は57.1歳。全例剖検例で、頭部外傷は33例、クモ膜下出血19例、脳出血13例、脳梗塞11例、二次性脳病変は12例で全例来院時あるいは来院直後の心肺機能停止症例であった。

 脳ヘルニア所見ありは一次性脳病変で45%にみられた。病理所見で臓器異常を認めなかった症例は表4(左記)。心内膜下出血と巣状壊死は、それぞれ全例の19%、11%に認められ、このような虚血性心筋障害は交感神経のoveractivity、内因性あるは外因性カテコーラミンの影響が考えられた。肺水腫、肺炎像は、それぞれ全例の59%、42%にみられ、これらは、呼吸管理上の肺合併症と考えられ、最も病理学的異常の頻度の高い臓器であった。腎の浸透圧性腎症、糸球体の血栓は、それぞれ全例の20%、11%にみられ、これらは浸透圧利尿薬やDICの合併などの関与と考えられた。肝のうっ血と中心性壊死は、それぞれ全体の54%、3%に認められ、これらは心不全や臓器血流量の低下、薬剤、低栄養、低酸素などが原因と考えられた。

 脳死後の検査データおよび病理解剖がともに得られた40例において、両者の異常を認めなかった臓器は腎の10例、25%、肝・肺・心の各4例、10%。異常を認めた臓器は、心の20例、50%が最も高率であった。 脳死後24時間以上生存した58例のうち、凝固線溶系異常は12例、30%に認めた。

 脳死後における臨床検査や病理所見からみた種々の臓器障害の出現は、脳死後の病態に加え、基礎疾患、加齢、治療内容などによりかなり修飾されている可能性があると考えられた。一般的な臨床検査成績のみでは、病理学的異常をスクリーニングするには不十分であった。

 

脳死判定後の治療中止率、全身浮腫出現例(関西医科大学救命救急センター)

*千代 孝夫、赤堀 道也、木内 俊一郎、加藤 研一、高田 達良、田中 孝也(関西医科大学救命救急センター):脳死症例における臓器障害の発生と脳死後の医療についての検討、救急医学、13(5)、619−624、1989

 症例は1985年1月から1988年1月までの3年間に救命救急センターに入院した24名の脳死患者 、ショックや大量輸血施行などの修飾因子の少ない脳死後24時間以上生存症例。原疾患は外因性脳出血9名、内因性脳出血8名、代謝性疾患4名、心停止後蘇生3名、 年齢は12〜76歳。

 脳死判定後に輸血漿は87%で施行せず、中心静脈栄養は75%で中止、検査は50%で中止し21%で程度を下げ、抗生物質は37%で中止 (抗生物質が不変の63%のうち2名は腎移植のため感染予防)、カテコールアミン製剤と特殊薬剤投与は29%で中止した。

 脳死後の臓器障害発生頻度は、肝機能としてはGPT53%、ビリルビン35%、腎機能ではクレアチニン63%、呼吸機能ではPo2/Fio2比47%に新しい異常値の発生をみ、それぞれの臓器障害の高い発生率が示唆され、臓器提供を目的とする場合はこれらの臓器障害への予防的対策が必要になると思われた。Na47%、K68%、血清蛋白質、アルブミン、血糖、WBCは異常値のまま経過するため症例がすくなく、Ht14%、血小板数20%、プロトロンビン時間50%、base excess40%の発生率であった。意外とDIC発生の少ないことがわかる。

 また、脳死の影響を考えずに最終的に異常値を示した率は、GPT70%、ビリルビン60%、クレアチニン75%、Po2/Fio2比50%、Na61%、K73%、血清蛋白100%、アルブミン91%、血糖82%、WBC86%、Ht20%、血小板数33%、プロトロンビン時間59%、base excess67%であり、Htと血小板数以外はいずれも高率の発生率であり、脳死患者の障害発生率の高さが示されていた。

 現実に肝、腎、肺、電解質、酸塩基平衡について臓器障害の発生があるため脳死後はこれらを念頭において患者への対応が必要であるし、移植の成功率を上げるためには、早期に施行する必要があると思われた。

当サイト注:千代氏らが「臓器障害の高い発生率が示唆され、臓器提供を目的とする場合はこれらの臓器障害への予防的対策が必要になると思われた。・・・肝、腎、肺、電解質、酸塩基平衡について臓器障害の発生があるため脳死後はこれらを念頭において患者への対応が必要であるし、移植の成功率を上げるためには、早期に施行する必要があると思われた」としていることは、「臓器障害の一定範囲は治療可能であるという認識がある」とともに、「心停止ドナーでは臓器摘出目的のドナー管理を行うことは違法であることに認識がない」ことも示す。

 

脳死判定後に治療中止、全身浮腫出現(関西医科大学救命救急センター)

*池田 佳代、谷渕 真理、榊 治子(関西医科大学救命救急センター):脳死患児をもつ両親への対応、第20回日本看護学会集録−小児看護−、81−84、1989

 一旦画像を保存し、次に写真画像として開くと鮮明に読めます。

 左記枠内経過表の7歳男児は、1988年9月19日に関西医科大学病院・救命救急センターに入院、入院3日目までバルビツレート療法が行われており脳死判定をしてはいけない状態だったが、医師は「脳波フラット。脳機能停止し、よびかけても本人には全くわからず、いずれ心停止きたす」と説明した。
 家族は救命をあきらめないで6日目に昇圧剤の増量を要求したが、救命救急センターは同日にステロイド・脳圧降下剤を中止した。同時期に入院していた脳死患者の家族から「脳死が蘇生した例がある」と聞 き、その事を9日目に医師に質問した。その日に抗生剤・昇圧剤が中止され維持輸液のみに変更し、人工呼吸器の酸素濃度も60%から21%へ落とした。救命救急センターの一方的な治療撤退にもかかわらず、男児は19日目まで 生存した。
 経過中、第6病日に眼球結膜浮腫、第12病日に全身浮腫が出現している。
 

 

 

家族は患者の外観の悪化、悪臭で人工呼吸停止を受容する傾向あり(千葉県救急医療センター)

*大岡 良枝(千葉県救急医療センター):私たちも"脳死"に意見があります "脳死"を家族に正しく理解してもらうための努力を地道に進めていくことから、ナーシング、11(11)、22−23、1991

 脳死になった患者の状態を細かく観察している家族は、顔や手足がむくんできたり、悪臭がしてきたりといった外観の変化を見て、「いつかは心臓が止まるならば早く楽にしてあげたいから人工呼吸を外してください」と脳死を受容していく場合もある。一方、「最後まで外さないでください」と申し出る家族もあり、“人間としての尊厳”を損なわないように医療者がどう対応していくかの難しさがある。

 

人工呼吸を停止した家族の多くが顔貌の変化を懸念している(千葉県救急医療センター)

*杉内 喜世子、濱田 智恵(千葉県救急医療センター)、本田 彰子(千葉大学看護学部):脳死状態となった患者の家族への看護、日本看護学会論文集: 看護総合、79−81、2004

 2000年4月〜2003年3月までに、当センターの脳死判定基準に沿って脳死判定を受けた患者の遺族6名(配偶者4名、親2名)に面接した。患者は16〜67歳で脳血管疾患3名、交通外傷3名、すべて脳死判定後、家族の判断で治療を中止し、人工呼吸器を外して死を迎えている。

A氏;脳死について説明されたとき、実感はなかった。しかし、肉体が傷んでくるのを人前にさらしておくのは自分のわがままではないかとも思い、人工呼吸器を外す決定をした。人工呼吸器を外さなければずっと生きていたかもしれない、生き返ったかもしれないという思いを、面接時も抱えていた。

B氏:入院時や脳死判定前後での医師の説明はあまり記憶に残っていないという。脳死判定後、「脳死と言われたからダメだ」「このままではかわいそうだ」と思い、治療中止を決定している。しかし「そのまま何年かは生きていたかもしれない」という思いも抱えていた。

C氏:「このままではかわいそう」という思いから治療中止を決定したが、「このまま生きていられるかもしれない」という気持ちも持っていた。

D氏:脳死判定後、「脳死なら100%助からない」と感じ、「あのまま維持してもいいことはない」と思い治療中止を決定したと思う。患者の死の直後、顔貌の変化がなかったことに安堵しており、もし顔が変わってしまったら悔いが残ると思うと話された。患者は生前に、必要以上の延命処置はしてほしくないと話していた。そのことからも、治療中止を決断できたという。また治療中止の決定について、後悔している言動はなかった。

E氏:脳死判定についての説明は、「頭が真っ白で何をしていいかわからなかった」と答えている。治療中止の決定については家族で相談しているが、子供も親族もその決定を夫に一任していた。夫は親族の疲労やE氏の顔貌変化が予測されることから、治療中止と決定せざるを得なかったと言う。しかし、治療中止を決定することは「死刑執行人になる気分」と話された。また治療中止を決定したことが本当に良かったのかという気持ちを、面接時も抱えていた。

F氏:死について説明されても実感できず、手術などでなんとかならないのかという思いをずっと抱えていたが、脳死判定後に奇跡は起きないと言われ、「ああ、ダメなんだ」と感じた。顔貌の変化から「このままではかわいそう」と思い、治療中止を決定した。治療中止を決定したことについては、患者の死後でもそれでよかったと思っており、入院していた10日間は、気持ちを整理するのにとても大切な時間であったと答えた。

 杉内氏らは考察のなかで「入院中、家族は患者の浮腫などの、外観の変化を気にしているため、看護師は、患者に対する十分なケア提供していく必要がある」としている。

 

医師の認識では家族への配慮と説明をきめ細かくおこなっている、臨床的脳死から5日以上生存は13%(千葉県救急医療センター)

*佐藤 章、中村 弘、古口 徳雄、小林 繁樹、景山 雄介、宮田 昭宏、八木下 敏志行、渡辺 義郎(千葉県救急医療センター):臨床的脳死後長期治療継続例の検討、脳死・脳蘇生研究会誌、10、83−84、1997

 1980年から1996年に治療した臨床的脳死連続488名について、臨床的脳死状態から死亡までの時間経過は平均約60時間であるが、60時間以内が68%を占め、120時間以内は20%、240時間以内が10%で、10日以上治療継続例は13例、2.7%ときわめて少数であった。

 治療長期化の理由としては、家族による治療の継続希望が6例、脳幹死で最終判定までに時間を要したものが2例、医療事故に関係した脳障害のため家族および社会的対応を考慮して治療中止を提示しなかったものが2例、その他3例であった。このうち呼吸停止に同意されたのは脳幹死後脳死1例と、クモ膜下出血による死亡後腎提供された1例の計2例である。

 10日以上の長期治療継続例では、臨床的脳死から死亡までは平均414時間であるが、脳幹死2例を除けば、脳死判定までは約88時間と比較的早期に終了しており、脳死確定以後の治療が長いことがわかる。家族面談は平均15回行われており、これはほぼ1日1回の面談となり、長期生存例において判定終了後も家族への配慮と説明がきめ細かく行われた結果であると推測された。

 

脳死の患者さんは家族が思うように治療をされているでしょうか?早期に亡くなるというのは、家族に本当のことを言っていないのではないか?(千葉県救急医療センター)

*佐藤 章(千葉県救急医療センター):脳死状態;医療現場での判断と説明、脳死・脳蘇生研究会誌、10、93−109、1997

 脳死判定をしたり、治療を中止しなくても、早々に亡くなる患者さんなのだから、そのようなこと(治療)をしなくてもよいのではないかという議論もあると思います。そのようなお立場の先生もたくさんおられることも知っていますが、脳死の患者さんは、そのような場合に本当に家族が思うように治療をされているでしょうか。私が少なくともいまの施設に行く前に経験した治療の内容は、ご家族が当然予想されているであろう、最重症の病気をわずらっている方になされている治療とはとうてい思えないものでした。

 そうでなければ、以前、阪大がお示しになったように、脳死の患者さんにはかなり長期の治療を継続することはできるわけです。比較的早期に亡くなるというのは、どこかで家族に本当のことを言っていない部分があるのではないかというのが私の、そもそもこのような方針をとるべきではない、あるいはとらざるを得ないのではないかと考えた根本のところです。

 

脳死を人の死と思わない看護師が多数派、家族の意思を尊重する、家族は外観の変化を気にする、脳死患者の苦痛軽減が必要(千葉県救急医療センター)

*杉内 喜世子(千葉県救急医療センター)、赤沼 智子(千葉大学看護学部):脳死状態となった患者の家族看護に対する看護師の意識、日本看護学会論文集・看護総合、38、23−25、2007

 救急専門病院の集中治療室に勤務し、脳死状態となった患者の家族に対応したことのある看護師14名へのインタビューした。14名すべての看護師が脳死状態となった患者の家族に対して複数例の関わりを持っていた。臨床経験は3年目から16年目(管理職は含まず)、平均年齢29.1歳。逐語録より218コードが抽出され、57サブカテゴリー、23カテゴリー、8大カテゴリに分類された。以下はカテゴリー表の一部分。

大カテゴリー カテゴリー サブカテゴリー

コード数

脳死は個体死と思えないが、対応は家族に任せる 脳死は人の死とは思えず、死として受け止められない 脳死は人の死とは思えず生きていると思うし、一の死として受け止めるのは難しい 13
家族は脳死患者の回復への期待を持つ
脳死を個体死とすることは、日本人の死生観に合わないと思う
脳死状態への対応は、家族の意思を尊重する 自分なら逝かせて欲しいが、家族の場合、一概に言えない
脳死状態になった場合は、家族の意思を尊重する
脳死判定すれば家族の意向で逝かせてあげられるから、いいと思う
脳死は個体死だと思う 脳死状態は個体死と言われても仕方ない 何の反応もなくなると、死んでいると言われても仕方がないと思う
脳死状態の患者は、物という感じがする 植物状態の患者と脳死状態の患者は、区別して接している
脳死判定時は、患者は物という感じがする
意図的に脳死判定に持っていくことは嫌だ 個体死の状態なのに意図的に脳死判定に持っていくのは嫌だ

 杉内氏らは結論として次の3項目を掲げた。

  1. 脳死に対する看護師の意識は、人の死として認められるか認められないかであった。

  2. 危機的状況にある家族に対する看護師の意識は、家族には正確な病状理解や、看護師の対応に気づくことは、困難だと考えていたことだった。

  3. 家族看護に対する看護師の意識は、看護師が家族に何が必要かを見極め、家族を最良の状態に導きたいと考えていたことだった。

  4. 看護師は、混乱の中で意思決定を迫られる家族に対して、病状説明時や意思決定時には、特に積極的に介入する意識を持つ必要があることがわかった。

 “家族看護に対する看護師の意識”の段落では、以下を記載している。
 「脳死状態となった患者は、その経過から外観の変化が著しい。そのことについては、家族のみならず看護師も気にしていた。看護師は、患者の苦痛をなくすことが、家族の精神的負担を軽減することにつながるのではないかと考えており、患者へのケアも家族へのケアにつながると考えていた。」

当サイト注:苦痛を感じる患者であれば脳死ではないが、このことについて杉内氏は説明していない。千葉県救急医療センターでは人工呼吸器停止後の長時間生存例、脳血流停止後の脳波出現例など、脳死判定に疑問を持たれる報告がある。

 

脳死判定後の昇圧剤減量、呼吸器設定を落とす救命(?落命)施設が大部分、昇圧剤をダミーに変える医師も

*日本救命医療研究会 第9回研究会 総合討論、日本救命医療研究会雑誌、9、219−233、1995

  • 司会:上嶋 権兵衛(東邦大学大森病院)、鵜飼 卓(大阪市立大学総合医療センター)

  • 演者:東海林 哲郎(札幌医科大学医学部)、向中 真蔵(大阪府立千里救命救急センター)、小林 久(兵庫県立西宮病院)、黒川 顕(日本医科大学付属多摩永山病院)、今 眞人(東京女子医科大学救命救急センター)、鈴木 昌(慶應義塾大学医学部)、飯塚 亨(東京医科大学八王子医療センター)、菊野 隆明(国立東京第二病院)、大塚 洋(日本医科大学)

 (前略)
  • 司会 先生方の施設では、脳死という確実な判定ができたら、その後の治療の継続についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、ちょっと教えていただきたいんですが、そうですね、東海林先生から一言づつ教えてください。
     

  • 演者 自主的に新しい治療を加えない、積極的な治療を加えないという方向で考えています。スイッチをOFFに、ということはしませんけれども、自主的に段々テーパリングをしていくという考え方です。
     

  • 演者 私のところも同じような状態です。ことさら積極的な治療はしませんけれども、できるだけ家族の意向に副うような方向に持っていっております。
     

  • 演者 現状の治療を継続するということですね。抗生物質とかそういう積極的なことはやりません。
     

  • 演者 私どものところでは、家族に脳死と言うことを納得させて、家族がその状況を理解した場合に、ベンチレーターは外しませんけれども、例えば吸入気酸素濃度を少しづつ下げるとか、あるいはカテコラミンをOFFにするとか、そういうことは徐々にやっていきます。
     

  • 演者 私どもの施設でも、今現在行っている治療以上のことは行いません。家族には徹底的に状況をお話して、十分なご理解をいただきます。また、その時にトランスプランテーションのお話もします。ご家族が“この人の臓器を使ってください”と言って、本人の意思も確認できましたら、できるだけいい状態で摘出できるような治療に持っていく可能性もございます。
     

  • 鈴木(東京女子医科大学) ちょっと説明が足りなくて誤解を招くと困りますので、あえて追加させていただきます。現在は脳死段階での臓器提供は考えておりません。これはあくまでも法ができたということであって、従って状態を良くするというようなことは考えておりますけれども、臓器提供を前提にしての治療の変更、もしくは治療を新しく加えるというようなことは一切しておりませんし、しばらくはするつもりはございません。誤解されると困りますので、ちょっと追加させていただきます。
     

  • 演者 私共の病院に於いては、現段階では積極的な脳死判定を行っておりません。
     

  • 演者 家族に十分説明して了解を得た上で、昇圧剤を下げたり切ったりする程度の処置は行っております。
     

  • 演者 私共の施設でも、蘇生直後から頻回に脳幹機能の測定を行います。それで脳幹死が確認された時点で家族に対して、いわゆる脳死状態に非常に近いこと、予後は絶望的だというムンテラを繰り返し行います。ただし脳死で治療を全くストップしてしまうことは日本人の心情に合わないということもありますし、実際に家族にそういうお話をしても、家族が呼吸器をOFFにすることを決断するのは不可能な場合が大部分ですので、実際にはカテコラミンをダミーに切り替えるとか、あるいは呼吸器の条件を落とすとか、そういう若干積極的な撤退を行っております。
     

  • 演者 私達のところも呼吸器の設定を落とすとか、昇圧剤を落とすとか、その程度のことはやりますけれども、呼吸器をはずすということまではやっておりません。ただケースバイケースで、子供などの場合であれば目一杯やるという傾向が強いようです。
     

  • 司会 お聞きのように大体皆さん同じような考え方のようですけれども、それでは、先生方の施設では brain death になった患者さんの家族が、「人工呼吸器を外してください」とはっきりおっしゃった方はないでしょうか?「もういいですから人工呼吸器を外してください」という意思表示があったケースはございませんか?
     

  • 演者 あります。
     

  • 司会 先生のところはありますか。
     

  • 演者 はい。
     

  • 司会 どうなさいました?
     

  • 演者 逆に説得しました。そこまではできないと・・・。
     

  • 司会 そこまではできないと言って、家族にもっと人工呼吸器はつけておこうと・・・?
     

  • 演者 何て言いますか、非常に感清的になりますけれども、“医者としてそれだけはできない”と。“そんなに焦らなくても遠からず亡くなりますよ”という主旨のことを碗曲に伝えました。
     

  • 司会 ありがとうございました。ここで臓器移植の話をするとまたややこしくなりますので、突っ込みたいところですが、避けておきたいと思います。・・・(後略)

 

当サイト注:医療機関が独断で治療を開始しなかったり、治療を中止して、それが原因で患者の外観が悪化し、その状態を患者家族が悲観して人工呼吸を停止するケースがあったのであれば、 患者家族は医学的に演出された状態と、その真の原因を誤解して尊厳死を受容させられたことになる。 医療機関は、患者の救命を放棄し尊厳を損なうことを行うことを通じて、患者家族の尊厳も損なったことになる。

 


高位頸髄損傷患者 #upper cervical injury

「意識、自発呼吸、四肢麻痺とも回復が望めない」と説明、呼吸条件、輸液など徐々に削減

*小林 久、鵜飼 勲、多田 正知、桑 敏之、鴻野 公伸 、呉 教東、杉野 達也(兵庫県立西宮病院救急医療センター):高位頸髄損傷による蘇生後脳症の1例、日本救命医療研究会雑誌、9、181−184、1995

 1994年1月12日、64歳男性は積荷作業中にトレーラの荷台から転落しC1脱臼骨折、C2・C3骨折を生じて心呼吸停止となった。人工呼吸および昇圧剤投与にて呼吸循環管理、頸部カラー固定による保存療法とした。意識レベルは深昏睡のままで、対光反射は出現したものの、自発呼吸と四肢麻痺は回復せずとなり植物状態、脳波は第2病日に周期性 同期性放電所見であったが、第6病日にはlow voltage(burst)所見となった。聴性脳幹反応は第2、6病日とも1、3、5波をみとめた。

 長男と兄弟への病状説明では、深昏睡で自発呼吸が消失して四肢の完全麻痺が続いており、意識、自発呼吸、四肢麻痺とも回復が望めないことを十分に話した。その結果、第8病日にDNRの指示が出され、集中治療を中止して最低限の呼吸管理、輸液投与、基本看護のみを継続した。その後、主として長男への病状説明を通じて,近親者の心情を尊重して呼吸条件、輸液を徐々に減らしていった。第64病日に死亡した。小林氏らは「延命医療の対応については、『尊厳死』をも考慮した最適医療が重要と考えられた」とまとめている。

 

当サイト注:図2 病状経過には

  1. 吸入気酸素濃度が第0病日〜第31病日頃までは0.3、それ以後は0.21としたことが記載されている。第31病日頃以降は、酸素吸入なしで室内大気を人工呼吸していたとみられる。

  2. 昇圧剤のドパミンは、第0病日〜第3病日頃までは体重1キロあたり毎分8マイクロ、第3病日頃〜第22病日頃までは3マイクロ、第22病日頃以降は昇圧剤を投与しなかったことが記載されている。

  3. 輸液は、第0病日〜第15病日頃まではヴィーンD(100)、第15病日頃〜第25病日頃まではヴィーンD(50)、第25病日頃〜第32病日頃までは5%ブドウ糖(30)、第32病日頃以降は5%ブドウ糖をさらに減量したことが記載されている。

 


遷延性意識障害、認知症患者 #pvs

人工栄養中止経験、自己抜去の放置?経験

会田 薫子、甲斐 一郎(東京大学大学院医学系研究科老年社会科学分野):重篤な意識障害を有する患者における人工栄養法の中止、日本老年医学会雑誌、45(臨時増刊号)、74、2008

【目的】延命治療中止に関わる議論が本格的に開始された我が国で、意識障害重篤な患者の医療に当たる医師が、医学的な理由以外による人工栄養法(ANH)の中止経験を有するか否かの把握を目的とした。

【方法】2007年3〜7月に全国で720の療養病床を有する病院の院長に対し、常勤医師1名に回答を依頼する無記名自記式質問紙を郵送し、285病院から回答を得た(response rate:39.6%)。

【結果】有効回答277名中、男性245名(88.4%)、平均年齢53.8歳。

  • 277病院の入院患者総数37,055名中、胃瘻患者は7,771名、経鼻経管栄養患者は4,154名(34.5%)
     

  • 回答者277名中、認知症末期患者におけるANHの中止経験を有する医師は、胃瘻栄養については50名(18.1%)、経鼻経管栄養法は79名(28.5%)、末梢点滴は97名(35.0%)。 

  • 中止理由(複数回答)は、
    胃瘻栄養法については「医師としての決断」が29名(58.0%)、「家族の要望」が20名(40.0%)、
    経鼻経管栄養法は「自己抜去」が52名(65.9%)、「医師としての決断」が29名(36.7%)、「家族の要望」が20名(25.3%)、
    末梢点滴は「自己抜去」が45名(46.4%)、「家族の要望」が44名(45.4%)、「医師としての決断」が29名(29.9%)
     

  • 遷延性意識障害患者におけるANHの中止経験を有する医師は、胃瘻栄養については25名(9.0%)、経鼻経管栄養法は31名(11.2%)、末梢点滴は44名(15.9%)。

  • 中止理由(複数回答)は、
    胃瘻栄養法については「医師としての決断」が19名(76.0%)、「家族の要望」が10名(40.0%)、
    経鼻経管栄養法は「医師としての決断」が19名(61.3%)、「家族の要望」が15名(48.4%)、
    末梢点滴は「家族の要望」が25名(56.8%)、「医師としての決断」が23名(52.3%)
     

【結論】医学的な理由以外によるANHの中止は医師の判断や家族の要望によって行われることが少なくないこと、また、経腸栄養法の中止経験は静脈栄養法の中止経験よりも少ないことが示された。

 

当サイト注:ブログの「ヒポクラテスの木」http://blogs.yahoo.co.jp/inamatsu06/に6月6日、回答した医師の療養病床経験年数は6〜10年が中心であること、人工栄養患者総数のうち空腸瘻患者が69、食道瘻患者が39名であることが記載されていた(現在は削除されている)。

 経鼻経管栄養法や末梢点滴の「自己抜去」とは、患者本人が管を外してしまい、その状態のままにしたこととみられる。家族の要望も医師の決断もなく、放置されて餓死するケースがあったのならば、患者は尊厳を考慮もされない存在 であり、遺棄され死亡させられたことになる。

 


安楽死 #euthanasia

安楽死についての調査

*橋本 雄太郎(慶応義塾大学大学院法学研究科)・中谷 比呂樹(厚生省医務局医事課):安楽死に関する医師・看護婦の意識調査、日本医事新報、3076、48−52、1983

  • 慶応義塾大学法学部中谷謹子研究会調査による安楽死に関する意識調査(1980年)からの引用:調査対象総数は275名、医師142名(A大学医学部付属病院勤務医61名・東京都B地区医師会所属開業医81名)、看護婦133名(A大学医学部付属病院勤務・東京都B地区医師会所属開業医勤務)、安楽死の規定は「生命を絶つことによって苦痛を除去すること」

安楽死は既に行われているか

  医師 看護婦
行われていると思う
行われていると思わない
わからない
56.6%
27.0%
14.5%
56.4%
24.1%
19.5%

安楽死に直面の有無

  医師 看護婦
ある
ない
29.3%
70.4%
19.5%
76.7%

 

  • 長倉 功:ジュリスト、630、43−48、1977からの引用:調査対象は看護婦145名

安楽死希望に対する対処

  求められた件数 希望を容れられた件数 希望を容れられた率
総数
患者から
家族から

171件
101件
70件

19件
6件
13件
11.1%
5.9%
18.6%

安楽死の要請を
聞いたことがあるか

ある
ない
28.6%
71.4%

 

 

*原 三郎(久留米大学医学部法医学講座):安楽死問題と医師、久留米医学会雑誌、49(9)、777−785、1986

調査年度 1977〜1978年 1986年
調査対象 中都市在住医師176名
内科系93名
外科系83名
経験10年以上123名
10年以下 53名

*原氏の知り合いの医師で
直接面接65名
郵送アンケート111名 

某県医師会会員136名
内科系95名
外科系41名
経験10年以上126名
10年以下 10名

*原氏が山口県医師会総会で
安楽死の講演直後にアンケート
 

問い 安楽死問題を考えざるを得ないような深刻な例に遭遇したことはあるか
答え ある67%
ない33%
その申し出は家族より35%
〃   患者より11%
無理もない申し出と思った19%
無理な申し出と思った 1%
ある73%
ない23%
その申し出は家族より50%
〃   患者より14%
無理もない申し出と思った39%
無理な申し出と思った 4%

 

安楽死既遂例

植松 正(日本尊厳死協会会長・一橋大学名誉教授):末期医療としての尊厳死、看護、42(10)、32−40、1990

 (末期医療の)この問題を医師の世界でほんとうはどう処理するのが普通であったかを私は確知する者ではないが、日本の社会の一員として、日常生活の中で察知しえた限りで言うと、末期病床の患者の訴えを聴いたり、観察したりしている周囲の者が、見るに見かねて「病院があまり苦しいようですから、もう楽にしてやってくださいませんか」などと医師に頼むと、往診の家庭医などが、適時その頼みを聴き入れるがごとくに処理し、患者は、その医師の前で死を迎える。そういう場面を、私も自然に見たり聞いたりしたものである。

 それが今日の大都会とその周辺の生活では、末期には大病院に入院するのが流行のようになっているので、延命至上主義の表看板どおり、なんでもかんでも延命処置を続けることしかやりようがないように見える。時には抵抗する患者が手足をべッドに縛り付けられたまま、鼻腔栄養だの点滴だのの機器を取り付けられ、長時間を苦しみ過ごすことを余儀なくさせられる。私の母も末期にそのような状態に置かれていたのだったが、本人がそれを極度にいやがるので、私から主治医(中年の女医)に鼻腔栄養をやめてもらいたいと申し出たら、断乎拒否された。その前に、私は「患者は普通の生活に戻れる見込みがあるのですか」と質問したら、「遠からず死を迎えるほかない」との答を受けたので、本人の一番いやがるこの療法をやめてもらおうとしたのだが、この始末であった。そこで、私は退院させるよりほかに道はないと思い、わが家の近くに住む開業医で私の友人と言えるほど親しくなっていたY医師に相談した。退院させて家へ連れ帰ったら、平穏な末期を迎えられるよう面倒を看てくれるとの確約を得たので、私は病院の主治医に、その旨申し出たところ、退院は意外なほど素直に承知してくれた。(中略)それからは、Y 医師が毎日3回看護婦と共に往診してくれて、栄養剤か何かを静脈に注射する方法で対処してくれ、10日ほどで母は安らかに他界したのだった。

 (中略)一方には生命延長を医道の根幹と信じて他に耳を貸さない医師もある。それは戦前の実情よりも、もっと盲信する若手医師が多くなったかに思われるが、先述したように、そうばかり行かぬ実情を顧慮して「早く楽にしてやる」ことに理解を示す医師もある。たまたま私の耳にもその話が入ってくることが時々ある。ここにその話題を2つ挙げてみよう。

 「以心伝心」で行う医療行為について

 私は今(1990年8月7日)、例年のように山中湖畔に来て夏を過ごしているので思い出すのだが、10年ばかり前に私と親しくつき合っている70歳台の村人の妻が胃がんで死んだ時のことである。これを見送った夫君の述懐するところによると、自宅で苦しみ叫ぶ患者の姿が哀れなために親族の見舞いの脚も吹第に遠のいて行くのだった。最期の段階に来診してくれた主治医に「早く楽にしてやってください」と頼んだところ、何か注射してくれた上で、家族に臨終を告げて帰って行ったが、その医師が玄関を出て行くうしろ姿を見て神様を拝むような気になったと語るのであった。その夫の語る言葉から察するとモルヒネでも相当量注射したのかもしれない。そうだとすれば、それは積極的安楽死の手段によったわけであるから、法的には大きな難問を乗り越えたことになる。明治・大正時代ならともかく、昭和の時代にそれだけの処置をしたとすれば、格別の勇気を要することであったに違いない。私としても、年月を経た今だから遠慮せずに言及することができるのである。がんとモルヒネとのこのような関係における使用は、今は無用になったのかもしれないが、以前には前記Y医師からも自ら行った実例を聴いたことがある。

 この種の「楽にする」行為は、このように内々行われることは今でもあるのだろうとは思うが、以前は今よりももっと行われたのではないかと思われる。先年私は心臓外科の大家である(故)榊原仔教授と数回テレビに出演したことがあるが、その放映の場面外での雑談として、教授から伺った話で特に印象に残っていることがある。それは、医師は人の生命を延ばす方向の仕事に専心するように思われているけれども、実際上は早く楽にするのが患者のためと思われる場合もあるので、そういうときは、いわゆる「以心伝心」でそれを察知し、その処置をとることもよくあるという話で、「私などいくらもやっています」とのことであった。天下の名医から聴いたこの話は「以心伝心」という表立たない言葉とともに、私の肝に銘じたのだった。このような延命処置の中断も、人道的立場から必要を感ぜしめる事態もあるということを無視してはならない。 

 

安楽死未遂例

東京女子医科大学・胸部外科:本人意思なき安楽死判定、ブドウ糖とリンゲル液だけで1.5ヵ月の65歳男性は意識回復 #twmu

*横山 正義(東京女子医科大学・胸部外科):安楽死と奇跡、安楽死論集・第5集(日本安楽死協会編集)、231−240、1981 

 医療が進んだとはいっても、まだ未知な部分が多く、死ぬはずの癌患者が3年も4年も生きつづけたり、肺癌がレントゲン上、消失してしまったりすることがある。(中略)私共は胸部外科の重症患者を日夜、診療しているが、おおよそ、この患者は何日くらいで、回復し、この患者はどれくらいで死亡するか、の見当はつく。勿論、べストの治療をほどこすのだが、思うようにゆかないことも多い。
 一方、癌の末期であったり、類植物人間様の患者であったりする場合、治療の濃厚さを多少加減し、自然死の途をとらせようとすることも多い。このとき、一般には予想通りの経過をたどるのだが、稀には、患者の状態がいっこうに悪化せず、むしろ、回復のきざしを示すことがある。 医師が治療上に手ぬきをして、患者が完全に回復した稀な場合、(そのようなことはあり得ないかもしれないが)、それは結果的に、医師の手ぬきが、治療上、正しかったのかもしれない。(中略)

 医師は、患者が超重症な場合、安楽死を考えても良い。患者の自然死を考えることも多いだろう。しかし、その前提として、「必ず、患者は死亡する」という確実性がなければならない。医師が、患者が重篤であるから、少し治療に手かげんを加え、自然死の途が良いと判断したとする。しかし、それを実行した場合、患者が予想通り死亡しないと問題が大きくなる。もし、患者が、奇跡的に、半身麻痺のまま、背中には大きな褥創をもって、難病から回復 したとしよう。患者の家族に、医師が治療に手抜きをしていたこと、医師はすでに、治療をあきらめていたこと、などが、何かの折にもれたとしよう。
 家族はきっと、だまってはいないだろう。A医師の治療が不完全であったので半身麻痺となった。A医師が患者の体位変換をしなかったので、背中に大きな褥創ができたのだ。などといって、A医師を裁判で訴えるかも知れない。この際、裁判での判決は、明らかでA医師の過失が立証されるであろう。何しろA医師は患者が死亡するものと、一時は思ったのだから、充分な治療はしなかったはずである。医師が一生懸命に治療をやっていても、あらをさがせば、結果的にはいくらでもみつかるものである。まして、医師が故意に、治療をしなかったとしたら、その過失はいとも簡単に立証され、A医師は右罪の刑に処せられるであろう。
 医療の不可思議の中にあって、安楽死は云うはやさしいが、実行は勇気と決断を要することが想像される。患者の予後の読みをまちがったら、安楽死判定医師は刑務所行きとなってしまうからである。われわれの近辺に経験された2症例をのべよう。

<症例1 60歳・男> 僧帽弁閉鎖不全症の手術後、大出血をきたし、1万ミリリットルを越す輸血を施行した。血圧は50〜60ミリメートル水銀柱となり、普通なら死亡すると思われた。この患者に急きょ、補助循環装置をとりつけた。最近の左心室補助循環装置は IABP と呼ばれるもので、大動脈内に風船を入れて、これをしぼめたり、ふくらませたりする方法である。この治療法がきわめて有効であり、患者の血圧は60から70、80、90と次第に上昇し、手術後10日目には補助循環装置がなくても、患者の血圧は100ミリメートル水銀柱近くに保てるようになった。しかし、大量の輸血などが原囚で、手術後10日目ころには黄疸があらわれ、モイレングラハトも100以上となり、皮膚は真黄色となった。血小板も滅少し、患者は出血傾向を示した。尿量は1000ミりりットル程度維持されていたが、次第に減少し、乏尿となってきた。血液中の尿素窒素も50、60、70ミリグラム・デシリットルと増加していった。血中クレアチニ ン値も2.0、2.5、3.0と上昇した。

 病院では重篤な患者を一人の医師が診療するのでなく、多勢の医師でチームをくんでみるのが普通である。治療方針は全員のカンファランスで決定されるが、10名の医師がチームを組んだ場合、10名ともに意見が同一のことはむしろ稀である。
 この10名の医師団の中にB医師がおり、彼はこの患者にあきらめかけていた。手術後15日目ころより、黄疸のほかに、40度におよぶ発熱が持続し、敗血症の診断がつけられた。
 手術後20日目頃、B医師が日曜日の当直であった。当然、日曜日の全責任はB医師がおうことになる。患者の急変に対する処置もB医師にまかされている。その日曜日にこの重篤息者の血圧が80ミリメートル水銀柱に下降した。これをきっかけに、患者は全く無尿となってしまった。いくら利尿剤を注射しても尿はでなかった。B医師は手術後の患者の病状を熟知していた。大出血、黄疸、敗血症、出血性傾向、どれをとっても、この患者に生存の見込みは少なかった。その上、今度は全く尿がでない。無尿である。この日躍日、B君は全く、治療をあきらめた。これで、この患者は最後だろう。そして、月曜日の朝、他の医師の前で日曜日の経過を報告した。カンファランスにはいろいろ意見がでた。無尿をもってこの患者の治療をあきらめるか、それとも、無尿に対しては、透析とか腹膜灌流法がある。この治療を最後の手段として行うかどうか。討論の結果は腹膜 灌流をすることとなった。手術後20日目で、患者の意識は昏睡状態であったが脳波は平低ではなかった。
 月曜の午前中から腹膜灌流を施行した。ところが驚くことに、腹膜灌流によって、患者の無尿がなおりはじめ、1時間に50ミリリットル、100ミリリットルと尿がでるようになった。患者の昏睡状態は相変らず持続していたが、腹膜灌流により、患者の尿量は確保され、血中尿素窒素の値も正常にむかいはじめた。患者の意識状態も多少回復したかにみられたが、敗血症、出血傾向、心不全の症状はつづいていた。B君は、この前に月曜日、患者をみはなしたこともあって、「もし、この患者が生きかえったら、おれは、穴ぐらにもぐり込まなければなけない」などと云っていた。

 この患者は重篤のまま1ヵ月を経過した。もちろん、この間はずっと呼吸器につながれている。手術後25日目ころには気管切開を施行し、呼吸器のコネク夕ーが、患者の気管カニューレに接続してあった。病院での当直は、順番にまわるのだが、ある夜、B医師の当直の番であった。それは、この患昔が、手術後35日目ころであった。急に患者の呼吸があわなくなり、患者は窒息状態となった。顔面は紫色となり、血液検査では、動脈血酸素濃度が50ミリメートル水銀柱以下となった。B医師はこれをみて、肺不全、肺機能低下が生じたものと判断し、こんどこそは、この患者は臨終だと確信した。心不全、 腎不不全、敗血症、肝障害に加えて、肺不全が生じれば、死を予想するのは当然かも知れない。したがって、B医師は何も積極的治療をしなかった。
 翌朝、B医師は、肺不全のことを報告し、多分、24時問以内に患者は死亡するだろうと意見をのべた。これについて、カンファランスで討論があった。その結果、気管支ファイバースコープで患者の気管支内を見て、何か異物がないかどうか検索しようということになった。早速、気管カニューレよりファイバースコープを挿入してみると、左右気管支分岐部に大きな血のかたまりがあった、これを吸引すると、患者の呼吸状態は著明に改善した。この血のかたまりが、患者の窒息状態をつくっていたのだ。

 この患者は、B医師による死の宣告を再度のりこえたのである。患者は手術後40日目をむかえるようになった。万が一にも、もし、この患者が生存すると、B医師はどこかに逃げ去らなければならないだろう。「もし、この患者が生きたら、おれは、病院をやめなければならん」などと、かなり、深刻な顔でB医師が云うようになった。しかし、手術後50日目になって、この重篤患昔は、肺不全と肺内出血、肺炎などの症状を主として死亡した。50日間の治療と患者経過をみ ると、奇跡につぐ奇跡があったように思う。
 もう一つ、奇跡があって、患者が生きかえったら、B医師はどうなったであろう。過失罪で、患者に訴えられたかもしれない。この例から、安楽死への方向転換は、あまり早くやるべきでないことがわかる。安楽死を医師が考えるときは、99.9パーセソト、患者の死がはっきりしてからの方が、医師の立場からは安全のようである。

 

<症例2 65歳・男> 患者は1年前、会社を定年退職していた。両下肢血行障害で入院し、腰部交感節切除術をうけた。この患者の両足は血行障害のため、くさりかけていたのだ。その後、左腸骨動脈閉塞のため、ここに人工血管の移植術をうけた。2回日の手術後、経過良好で1週間をすぎたとき、急に、患者は意識消失をおこした。脳血栓症の診断であった。CTスキャ ンでは脳が広範に壊死におちいっている。

 患者の手足は強直状態で、特に左側に強直が強かった。意識消失後3日目の脳波をみると平低で、回復の見込みがないということであった。担当医師も最初の1ヵ月間は、積極的に治療をほどこした。考えられる有効な治療法をすべて施行した。しかし、1ヵ月を経ても患者は意識なく、左側上・下肢は強直したままである。脳波を再検するとあいかわらず平低である。2ヵ月目からは経管栄養、経静脈栄養はやめ、ブドウ糖とリ ンゲルを1日2千ミリリットルの点滴のみとした。担当医は、患者の予後をホープレスと判定したのだった。患者の手足のマッサージ、他動運動なども、意識消失発作直後は、リハビリの専門家を呼んで施行していた。しかし、発作後1ヵ月を経て、しかも、脳波が平低であれぽ、手足の運動練習をしても無意味である。患者に経静脈栄養をやっても無意味である。このように判定した担当医は、プドウ糖とリソゲルのみの治療にきり代え、患者の自然死、または尊厳なる死の時期をまった。しかし、驚くことに、患者の一般状態は悪くならない。1日1日と経過し1ヵ月がすぎた。すなわち、発作から2ヵ月がすぎたのである。

 健保の担当者が医者のところにきて、質問している。「先生、この患者は、先月1ヵ月間、ブドウ糖とリンゲルのみですよ。食餌もストップになっています。食餌がでないとき、何故、静脈栄養をやらないのですか」。事務担当の女性に、安楽死を説明してもむりである。しかも、それはむしろ、医師の怠慢のようなものを示すだけで、都合がわるい。医師は、仮に、安楽死を想定しても、その治療内容の中に、安楽死とよみとれるようなことをやってはならないのだ。現在のように、1ヵ月おきに健保の書類がまとめあげられる状態では、医師の治療内容が克明に記録されている。

 この類植物人聞様の余命はどうかと思っているうちに、どうも、患者に意識があるらしいという話になってきた。これまで脳波検査て、脳は生きていないと云われてきたが、発作後2ヵ月半くらい経って、患者の名前を大声で呼ぶと、多少、反応する。左手は麻痺しているが、右手を動かせと命じると、多少うごかすようである。医師達はびっくり仰天である。
 これまで、ブドウ糖とリンゲルのみで治療をやってきたし、一方、手足の運動練習はこの1ヵ月間まったくやってない。息者が死亡すろものと予想したため、患者の体位変換もそれほどやってない。息者のおしりには大きな褥創ができた。これは、充分に患者のケアーをしなかったためである。
 死亡を予想した患者が、少しなりでも目を覚すと、医師の方は動揺する。もし、患者が著明な強直性麻痺を残したまま生き返ったとしたら、大きな褥創をもったまま生き返ったとしたら、担当医は大変である。ブドウ糖とリンゲルしか点滴しなかった理由を追求される。経管栄養をしなかった責任を追求される。しかも、リハビリテーショソを途中でストップした責任もおわされるであろう。
 安楽死は患者に対する医師の思いやりから出発するのだが、これが予想通りにゆかないと、医師が訴えられることになる。医師の予想というものは、それほど正確でない。それは、とりもなおさず、安楽死の予想も、あたらないことがありうることを物語っている。この患者は重篤だ。安楽死が良い、自然死が良いと医帥が考えても、稀には、患者の状態が改善し、死すべき患者が元気になることがある。したがって、安楽死は下手に医師が予想してはならない。きわめて深重な態度が必要である。
 医師に与えられた法律上の命題は「患者の命を最後まで守る」ことである。患者の命をみはなすという特権は、医師に与えられていない。

 症例2の65歳、男性は、意識消失発作後、約3ヵ月して、奇跡的に、多少、意識回復をみたが、その後まもなく、心不全状態で死亡した。心不全に対しては補助循環装置や人工心臓があるが、ここでは、さすが、われわれも、これを使用しなかった。患者が、少しだけ意識を回復し、家族の人達に多少、希望を与えたところで、ご臨終となり、安楽死の目的は、危い橋をわたりながら達成された。
 
 以上の症例1と症例2を通じて、われわれが安楽死と判定しても、患者の生命がそれより、はるかに延長することが稀ながら存在することを知らしめている。医師が安楽死とひそかに判定し治療したとき、それが、万一、予想通りにゆかないと大変なことになりうることを示している。
 医師は安楽死と判定するよりも、どんどん積極的に患者を治療した方が、収入もあがるし、身分も安定である。患者家族に訴えられる心配もない。しかしなお、私は、安楽死を考える医師は必要であると思う。安楽死を考えることは医師の勇気であり、患者と家族への思いやりである。安楽死を完全に否定することは、医師の保身術としては大切であるが、それは生命の哲学を欠いた医師であろう。また、症例1と症例2は、患者生命の不可思議と奇跡を充分に示している。医師が、心のうちに安楽死を考えたときは、その患者生命の不可思議、奇跡の可能性も理解した上で、患者家族と接する必要がある。

 

当サイト注:横山氏は、「脳死」から回復して独歩可能になった患者に対しても「幼稚園児以下の知能・・・生きている意味がない」と断じた。「安楽死を考えることは医師の勇気であり、患者と家族への思いやりである」というが、優生思想のバイアスがかかった「勇気」「思いやり」とみられる。

 

ヤミ安楽死

*会田 薫子、甲斐 一郎(東京大学大学院):末期患者における人工呼吸の中止 救急医に対する質的研究、日本救急医学会雑誌、20(1)、16−30、2009
 この論文は著者要旨http://journal.jaam.jp/emergency/View_abstract_generalDoc.do?year=2009&vol=20&code=01&no=574&doc_type=topで「(治療)中止によって患者に苦痛を与える懸念という問題は残される可能性が示唆された」と書き、本文の“comfort careの問題”の段落を「患者にとって確実に苦痛のない最後を実現し、かつその最後のあり方が家族と医療者の心理的負担にもならない方法を、本邦の社会的文化的文脈のなかで模索する必要があると考える」と結んだ。

*三宅 康史、有賀 徹(昭和大学救命救急センター):心臓救急と終末期医療、呼吸と循環、57(3)、305−311、2009
 この論文は「患者の苦痛は十分和らげられているか」の項目で、「鎮静剤,鎮痛薬,筋弛緩薬などは意識状態に影響するが,これを中止したり培抗薬を使うのは極力避ける.それに伴って確認が困難になる不可逆性については客観的な検査(脳幹反射,脳波,聴性脳幹反応,画像診断)などを利用する」と書いた。

 会田・甲斐論文が「治療中止が苦痛を与えうる状態で患者の治療中止を想定する、どうするか」と提起し、三宅・有賀論文は、終末期患者の治療終了では、鎮静剤,鎮痛薬,筋弛緩薬がかかったまま終末期の判断をすると宣言したように受け取れる。

 なるほど、治療の目的・合理性がある段階で鎮静剤,鎮痛薬,筋弛緩薬を投与し、その後に救命困難と思われる事態にいたる。その時点で患者を死に至らせる治療中止を行う時に、改めて筋弛緩剤や麻酔を投与して、患者に死をもたらす・死を速めることを選択しなくとも、治療中に投与した薬剤が効いたままの状態で(早期に治療を中止すれば)、患者の断末魔の苦しみは目にしないですむケースもあるだろう。

 しかし、このようなことを行うならば、患者の命を短縮する意図的な安楽死よりも、悪質な「ヤミ安楽死」にならないだろうか?三宅論文は「客観的な検査(脳幹反射,脳波,聴性脳幹反応,画像診断)」と書いたが、脳血流停止で脳死とされても復活した人がいることは、ザック・ダンラップ事件および「脳死概念の崩壊」に替わる、「社会の規律として強要される与死(よし)」の登場に掲載しているとおりだ。脳幹反射,脳波,聴性脳幹反応の中枢神経抑制剤の影響を受けるのであり、客観的な検査になりえない(通常の手術時と同じ感覚で、脳不全患者も「聴性脳幹反応は麻酔の影響を受けない」と誤解している医師が多い)。
 三宅・有賀論文は、目前の患者が急性薬物中毒状態のまま、終末期の患者かそうではないのか本当は判断できないにもかかわらず、「担当医の価値観にもとづいて恣意的に患者に死を与える」という事態を生じ得る。

 


このページの上へ

 

ホーム ] 総目次 ] 脳死判定廃止論 ] 臓器摘出時に脳死ではないことが判ったケース ] 臓器摘出時の麻酔管理例 ] 人工呼吸の停止後に脳死ではないことが判ったケース ] 小児脳死判定後の脳死否定例 ] 脊髄反射?それとも脳死ではない? ] 脊髄反射でも問題は解決しない ] 視床下部機能例を脳死とする危険 ] 間脳を検査しない脳死判定、ヒトの死は理論的に誤り ] 脳死判定5日後に鼻腔脳波 ] 頭皮上脳波は判定に役立たない ] 「脳死」例の剖検所見 ] 脳死判定をしてはいけない患者 ] 炭酸ガス刺激だけの無呼吸テスト ] 脳死作成法としての無呼吸テスト ] 補助検査のウソ、ホント ] 自殺企図ドナー ] 生命維持装置停止時の断末魔、死ななかった患者たち ] 脳死になる前から始められたドナー管理 ] 脳死前提の人体実験 ] 脳波がある脳幹死、重症脳幹障害患者 ] 脳波がある無脳児ドナー ] 遷延性脳死・社会的脳死 ] 死者の出産!死人が生まれる? ] 医師・医療スタッフの脳死・移植に対する態度 ] 有権者の脳死認識、臓器移植法の基盤が崩壊した ] 「脳死概念の崩壊」に替わる、「社会の規律として強要される与死(よし)」の登場 ] 「脳死」小児からの臓器摘出例 ] 「心停止後」と偽った「脳死」臓器摘出(成人例) ] 「心停止後臓器提供」の終焉 ] 臓器移植を推進する医学的根拠は少ない ] 組織摘出も法的規制が必要 ] レシピエント指定移植 ] 非血縁生体間移植 倫理無き「倫理指針」改定 ] 医療経済と脳死・臓器移植 ] 遷延性意識障害からの回復例(2010年代) ] 意識不明とされていた時期に意識があったケース ] [ 安楽死or尊厳死or医療放棄死 ] 終末期医療費 ] 救急医療における終末期医療のあり方に関するガイドライン(案)への意見 ] 死体・臨死患者の各種利用 ] News ] 「季刊 福祉労働」 127号参考文献 ] 「世界」・2004年12月号参考文献 ]