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炭酸ガス刺激だけの無呼吸テスト

 

このページの概要

 脳死は「人工呼吸器に頼らなければ身体機能を維持できない状態」だ。このため、自発呼吸能力が無いことを確認する無呼吸テストは、脳死判定において最も重要な検査項目、脳死判定の骨格とされる。自発呼吸能力の検査には、炭酸ガス刺激・低酸素刺激・薬物刺激がある。ところが現実の脳死判定は、炭酸ガス刺激のみ行い、低酸素刺激や薬物刺激は行なっていない。

 日本胸部疾患学会肺生理専門委員会は改良無呼吸テスト法として「呼吸刺激薬を用い、低酸素刺激では酸素飽和度が少なくとも90%以下になるまで観察する」を提案した。これに対して厚生省脳死に関する研究班班員の竹内 一夫氏は厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書  神経所見と無呼吸テスト、日本医師会雑誌、118(6)、860、1997に「テスト中の低酸素(生理学的定義はPaO2<60mmHg)を避けることは、移植に進む場合重要なことで、移植の場合は、酸素飽和度95%以上が望ましいであろう」と書いた。同じく研究班員の武下 浩氏も1997年8月11日に開催された第3回公衆衛生審議会成人病難病対策部会臓器移植専門委員会http://www1.mhlw.go.jp/shingi/txt/s0811-1.txtにおいて「移植の場合、やはり酸素濃度にして95ぐらいを維持しているほうが望ましいとは皆思っていますから、絶対必要だという証拠がない限り、私はこれは必要がない」と述べ、臓器提供・移植のための脳死判定という性格を明らかにした。

 現行の無呼吸テストは、テスト終了時の二酸化炭素分圧:PaCO2目標値を60mmHg以上としているにもかかわらず、72mmHgや 86mmHgで自発呼吸が測定された。さらに54歳女性は脳死と判定された6日目に再度、脳死判定を行なったところ100mmHgを超えて呼吸様体動が出現。4歳男児でも臨床的脳死とされた1ヶ月後に自発呼吸が出現している。唯一実施している炭酸ガス刺激も、「確実にもう自発呼吸がでない」診断法にはなっていない。

 

用語解説

  • PaCO2=partial pressure of arterial carbon oxygen :動脈血二酸化炭素分圧、動脈血に溶存している二酸化炭素ガスの圧力。単位はmmHgまたはTorr( トル、1mmHg=0.9957Torr)であらわす。正常値は35〜45mmHg。
     
  • PaO2=partial pressure of arterial dioxide :動脈血酸素分圧、動脈血に溶存している酸素ガスの圧力。正常値は80〜100mmHg。

     大気中の酸素濃度は20.93%、大気圧760mmHgの下では、正常体温時の水蒸気圧47mmHgを差し引き(760−47)×0.2093=149mmHgが吸入気酸素分圧となる。肺胞内でガスと混合され水蒸気で飽和されて104mmHg、この肺胞気と肺毛細血管との間でガス交換が行なわれ動脈血酸素分圧は100mmHg前後となる。

  • SaO2=saturation of arterial oxygen :動脈血酸素飽和度、血液中のヘモグロビンの何%が酸素と結合しているかをあらわす。正常値は95%以上。

 

 

生理学者、呼吸の専門医が無呼吸テストに異議

 自発呼吸能力の検査には、炭酸ガス刺激・低酸素刺激・薬物刺激がある。ところが現実の脳死判定では、炭酸ガス刺激のみ行い、低酸素刺激や薬物刺激は行なっていない。下記枠内の左側が現行方式に対する批判および改良案、右側が現行方式を容認する主張である。

炭酸ガス刺激・低酸素刺激・薬物刺激の改良提案

炭酸ガス刺激のみの現行方式容認

  本田 良行(千葉大学 生理):「無呼吸テスト」についての考察、日本生理学雑誌、49(7)、199−200、1987
 

2、無呼吸テストの方法に関した考察

  1. 低酸素刺激による呼吸活動の確認
     ヒトの呼吸は、末梢化学受容器を介する低酸素刺激による呼吸活動と、より遅れて発達したと考えられる中枢化学受容器を介する炭酸ガス刺激による呼吸活動の二つによって維持されている。低酸素状態では、脳機能の抑制が起こる。したがって、上述の無呼吸テストでは炭酸ガス刺激のみが用いられているのであろう。しかし、系統発生的により古い低酸素刺激が有効に作用するか否かは関心のもたれるところである。
     近年、末梢化学受容器の特異的刺激剤として臨床的にも使用されつつある doxapram や almitrine に対する反応をテストすることは如何であろうか。
     
  2. 慢性の呼吸器疾患の患者では、低酸素血症と高炭酸ガス血症の持続とともに、炭酸ガス刺激に対する反応が低下する。このような患者では、低酸素刺激によって呼扱が維持されているので、今日用いられる無呼吸テストの価値が制約されるであろう。
     
  3. 炭酸ガスレベルに対する生体の順化
     生物は、水中で生活していた water breather の段階では、環境の酸素圧に依存した呼吸をしており、呼吸活動が大きい。したがって、体内で産生された炭酸ガスの排出は活発で、血液炭酸ガス圧はきわめて低い。生物が空気中で呼吸するようになると、環境の酸素濃度は一挙に30倍以上となるため、呼吸活動は約1/10に低下している。しかし、そのため血中の炭酸ガス圧が10倍にも上昇して、アシドーシスの危険が生じることとなった。これに対し、重炭酸塩を増加させることにより、生体のpHの恒常性を保つことに成功している。
     ヒトの場合でも、慢性呼吸不全などで血液の炭酸ガス分圧が持続的に上昇すると、重炭酸塩が増加し、その状態で呼吸が安定する。したがって、このような患者では、通常に用いられるような無呼吸テストの炭酸ガス圧では有効な呼吸刺激は招来されないであろう。
     
  4. 小児におけるテスト
     小児では、脳死判定の除外例とすることが厚生省の特別研究報告書でも指摘されている。小児でこのような特異な反応を呈する理由として、潜水動物に見られる diving response により、脳と心臓と肺循環だけが維持され、他の臓器への極端な血流抑止機構が示唆されている。

 日本胸部疾患学会肺生理専門委員会:脳死判定における無呼吸テストに関する提案、日本胸部疾患学会雑誌、32(5)、巻末、1994

  1. はじめに
     従来推奨されている無呼吸テストとは、脳死が疑われる患者について、人工呼吸器を止めることによって体内で産生される炭酸ガス上昇を促し、その換気刺激によって自発呼吸が誘発されるか否かを判定するものである。これは脳死判定上最も重要な項目であり、脳死判定の最後に行うべきものとされている。
     しかしながら以下に述べるように、この無呼吸テストは換気刺激として炭酸ガス分圧の上昇だけを問題としており、生体の複雑な呼吸調節系を考えるとき不完全な換気刺激の方法と言わざるを得ない。最終的に脳死の診断をするためには、倫理的に可能な限り最大限の換気刺激を加えたうえで、真に自発呼扱がないことを確かめることが望ましい。
     他方、実際のところ、呼吸調節系の完全かつ永続的な機能停止を無呼吸テストによって診断するのは、難しいことでもあることを初めに指摘しておく。そこで、本提言ではまず呼吸調節系の概略を示し、次に従来推奨されている無呼吸テストの問題点を指摘し最後に呼吸生理学からみてより望ましい無呼吸テストの具体的方法について提案する。
     
     なお、この提言は厚生省「脳死に関する研究班」によって報告されている「脳死の判定指針および判定基準」の中から無呼吸テストだけを取り上げて改良案を提案するものである。したがって、脳死の考え方自体を問うものではない。また、脳死を判定するにあたっては、対象症例の条件や除外症例が存在すること、無呼吸テストと並行してその他の判定基準があること、複数の医師の立ち会いのもとで行われるべきこと、確実な検査結果の記録を残すことなどを付言しておく。
     
  2. 呼吸調節系の概略
     生体における呼吸の最も重要な働きは酸素を体内に取り込み、体内で産生された炭酸ガスを排出し、体液中や細胞内の酸素分圧、炭酸ガス分圧、酸塩基平衡を保って正常の代謝活動を維持することにある。
     呼吸中枢は延髄にあり、本来それ自体で自動的な呼吸リズム形成機構を有しているが、それに加えて呼吸調節系には動脈血酸素分圧(PaCO2)と炭酸ガス分圧(PaCO2)の恒常性を維持するために強力な化学調節系が存在する。この調節系において、PaO2、PaCO2は異なる経路で呼吸中枢を刺激する。すなわち、前者は末梢化学受容器(ヒトでは主として頸動脈体)を介する刺激であり、一方後者は主に延髄腹側表層にあるとされる中枢化学受容器野を介する刺激である。しかも、この両者の換気刺激は互いに相乗効果を有しており、たとえば炭酸ガスによる換気刺激効果は低酸素の同時負荷により著明に増大し、高酸素吸入下では減少する。さらに、代謝性要因すなわちpHの変化もこれらの換気刺激効果を修飾し、同じPaCO2値でもpHがアルカリ側に変化すると換気刺激効果は弱まる。
     呼吸はこのような化学調節系に加えて、胸郭や肺内に存在する機械的受容器を介する神経反射による調節、上位中枢の支配による行動調節も受けている。そして、それらが互いに影響しあっていることは、たとえば睡眠や麻酔によって覚醒刺激がなくなると上で述べた化学調節系の感度が著しく低下することからも明らかである。
     脳死が疑われる患者では当然呼吸リズム形成機構としての延髄呼吸中枢活動は鈍麻しているか消失しており、また神経反射や覚醒刺激としての行動調節もない状況下にあるため、結局化学調節系にのみ依存して自発呼吸の有無を調べることになる。従って、充分に強い換気刺激を与えなければ、自発呼吸の有無を調べるという当初の目的を果たせない可能性がある。
     
  3. 従来の無呼吸テストの方法と問題点
     厚生省科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班」による「脳死の判定指針および判定基準」によれば、脳死判定におげる無呼吸テストは Pallis の方法に準じて概略以下の方法を推奨している(当サイト注:右記と同じのため省略)。

 上記の無呼吸テストは以下の問題点を有するものと考える。

  1. 低酸素による換気刺激効果を全く無視している。
     
    これは、低酸素刺激を負荷することが倫理的に難しいという理由によるものと推測されるが、上記の方法では充分すぎる酸素化のために逆に末梢化学受容器の活動を抑制していることになる。また、これは前述したように炭酸ガス刺激による換気刺激効果をも抑制する方向に働く。さらに、脳死あるいはそれに近い状態においては呼吸の化学調節系のうち主として炭酸ガス刺激によって興奮する中枢化学受容野の方が、低酸素刺激に反応する末梢化学受容器よりも強く抑制されることがある。
     たとえば、脳疾患や心不全患者でしばしば見られるチェーン・ストークス呼吸の一部は呼吸の化学調節系が低酸素刺激によって維持されているために起こるとされている。慢性代謝異常や慢性呼吸性アシド―シスによっても炭酸ガスに対する呼吸感受性は鈍化する。
     これまでの無呼吸テストでは呼吸中枢を刺激するに十分なレベルまでPaCO2を上昇させることが重要という理由から、テスト終了時PaCO2が60Torr以上になることが望ましいとしている。しかしながら、これまで述べた理由によりPaCO2値の上昇だけに頼るテストでは十分な呼吸中枢刺激が得られていない可能性があり、このような状況下で自発呼吸の有無を判断することは逆の意味で倫理的に問題がある
     従って、従来推奨されている無呼吸テストは自発呼吸の有無を確認する最終手段としては不充分である。
     
  2. 呼吸の再開あるいは無呼吸を確認する客観的方法が不充分である。とくに換気ドライブが非常に弱い状況においては、視診や触診ではわずかな換気運動の出現を見落とす危険がある。
     
  3. 人工呼吸管理下の患者ではしばしば昇圧剤などが使われ、また、疾患によっては人工呼吸管理開始時に鎮静薬や筋弛緩薬が使われることがある。これらの薬物の中には、中枢あるいは末梢の呼吸調節を抑制するものがあるが、その点については言及されていない。

 以上の問題点を踏まえて、ここに無呼吸テストの新しい方法を提言する。

  1. 望ましい無呼吸テスト(改良法)
     PaCO2の上昇だけを唯一の換気刺激とする方法(従来法)に加えて、末梢化学受容器を刺激する方法(低酸素刺激、薬物による刺激)を併用する。
     具体的には、初回の無呼吸テストは従来の方法に準じて行い、少なくとも6時間の観察後、下記に述べる改良法により再度無呼吸テストを行い脳死の最終診断をする。
     
    無呼吸テストを施行する際の留意事項:
  1. 換気運動の判定に際しては精度の高い測定機器を用いる。具体的には換気運動あるいは呼気ガスをモニターするために Inductance pneumograph 、鼻・口用サーミスタ、呼気ガス分析計などがある。また、テスト中の動脈血酸素飽和度モニターのためパルスオキシメータは必須である。
  2. 呼吸抑制作用を有する薬物(麻薬、鎮静剤、筋弛緩剤、ある種の昇圧剤など)の使用をできるだけ避けるか、呼吸抑制作用がなくなってからテストを行う。

初回テスト

  1. テスト前には気管内カテーテルをそれ以上進まなくなるまで挿入し、咳反射がないことを確かめる。
  2. テスト前には100%酸素で10分間以上人工呼吸を行う。テスト直前に動脈血ガス分析を行いPaCO2が35〜45Torr、pHが7.35〜7.45の範囲にあることを確認する。
     なお、急性薬物中毒、低体温、代謝内分泌障害の症例は、従来の指針通り脳死判定から除外される。
  3. 気管内カテーテルを再度挿入し6L/min以上の100%酸素を流したまま、10分間人工呼吸器をとめる。
  4. その間、胸郭の動きの有無を視診および触診で確かめると共に、換気運動のモニタリング波形を観察し、かつ記録する。呼気ガス分析を併用していると、真の自発呼吸と脊髄レベルの反射と考えられる呼吸様運動との鑑別に役立つ。
  5. テスト中に生命徴候の危険な変化がみられれば、テストを中断する。
  6. 最後にPaCO2が適切なレベル(60Torr以上70Torr以下)まで上昇したことを確認するため、再度動脈血採血を行う。

最終テスト

 初回テスト後少なくとも6時間経過をみて生命徴候に変化がないことを確認した後、下記の方法により再度テストを行う。

  1. 末梢化学受容器を充分刺激するため、呼吸刺激薬である Doxapram を無呼扱テスト開始前に1回静注(1〜2mg/kg)するか、あるいは開始前より点滴静注(1〜3mg/kg/hr )する。
  2. 初回テストと同様初めに100%酸素で10分間以上人工呼扱を行う。また、テスト直前に動脈血ガス分析を行いPaCO2が35〜45Torr、pHが7.35〜7.45の範囲にあることを確認する。
  3. 無呼吸テストは酸素投与をせずに、人工呼吸器を止める。これは、低酸素刺激と高炭酸ガス刺激の呼扱に対する相乗効果をみるためであり、パルスオキシメータで酸素飽和度が少なくとも90%以下になるまで観察する。ただし、高度の低酸素血症となる危険を避けるため、酸素飽和度が80%より低下した場合には中断する。
  4. その間、胸郭の動ぎの有無を視診あるいは触診で確かめると共に、換気運動のモニタリング波形を観察、記録する。
  5. テスト中に生命徴侯の危険な変化がみられれば、テストを中断する。
  6. 終了間際に動脈血ガス分圧を確認するため再度動脈血採血を行う。

 竹内 一夫:厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書 神経所見と無呼吸テスト、日本医師会雑誌、118(6)、855−865、1997

2、無呼吸テストの背景となる病態生理学

(1)呼吸中枢の化学的調節と反応性

 無呼吸テストの目的は、呼吸中枢(化学受容野)に対して最大刺激となるような脳脊髄液pHの低下を起こさせ、呼吸運動が起こるかどうかをみるにある。そのためにはPaCO2を上昇させる。炭酸ガスは血液脳関門を容易に通過するので、PaCO2の上昇によってすみやかに脳脊髄液pHの変化が起きる。 bicarbonate は脳脊髄髄液の緩衝能のほとんどを占めるので、酸塩基平衡が12時間安定していれば、急性のPaCO2の変化に対する脳脊髄液pHの変化は、少なくとも血液の2倍となる。すなわち、PaCO220mmHgの変化で脳脊髄液pHは0.2変化する。脳脊髄液pHが正常(7.32〜7.36)から7.18以下に変化すると、呼吸中枢化学受容野に対して強力な刺激となる。

 PaCO2の上昇に対する換気量の変化をみると、換気量は80mmHgまでほぼ直線的に増加する。以後、次第に換気量の増加程度は少なくなり、150mmHgでピークとなり、その後は減少する。PaCO2が95mmHgを超えると炭酸ガスの中枢抑制作用が現れる。呼吸不全患者の炭酸ガス昏睡は90〜120mmHgでみられる。

 無呼吸テスト時に目標とするPaCO2の値についてみると、文献によっで44mmHg、50〜55mmHg、60mmHg、80〜90mmHgとなっており、正常の上限から90mmHgにまで及んでいる。Ropper らは、無呼吸以外の判定基準を満たす36例の患者で検討し、41〜51mmHgで換気に有効でない呼吸様運動(脊髄性)が出現し、延髄のみが残存している4例の重症脳障害患者では、自発呼吸が40mmHg以下で出現したので、機器の測定誤差を考慮して44mmHgとした。英国基準では 目標PaCO2を50mmHgとしている。カナダは、テスト前にPaCO2を40±5mmHgにしておき、50〜55mmHgを目標としている。

 文献的に最も広く受け入れられている目標値が60mmHgである。PaCO2の正常値より20mmHgの上昇で、強力な呼吸中枢刺激が可能であるというのが根拠である。補遺でも触れてあるが、脳幹障害患者について、十分酸素化が行われた状態で呼吸中枢を刺激するにはどれだけのPaCO2上昇が必要かについてはなお末解決である。1つには、脳幹障害の症例で呼吸中枢のPaCO2に対する感受性をヒトで研究することが難しいからである。

 無呼吸テストでPaCO2をどこまで上昇させてもよいかについては、炭酸ガスの意識、換気量に及ぼす影響、呼吸性アシドーシスの循環系に及ぼす影響を勘案し、80mmHgまでの上昇にとどめるのがよいと思われる。

 現在までに蓄積された知見からは、PaCO2の目標値を60mmHgと設定するのがよい。新しいデータが加わらないかぎり、この値は広く用いられるであろう。上昇幅を重視するなら、正常範囲のPaCO2(35〜45mmHg:2×標準偏差)から20〜25mmHg上昇させるのでもよいと思われる。ちなみに、PaO2、PaCO2測定の誤差は機種にもよるが、それぞれ±4、1.5mmHgの誤差がある。

 呼吸の化学的調節には、上述の中枢性機序以外に頸動脈小体化学受容器を介する末梢性機序がある。頸動脈小体はPaO2の低下、PaCO2の上昇(pHの低下)、ドキサプラムなどの化学物質で刺激され、延髄呼吸中枢のニューロン活動に影響する。高PaO2がPaCO2上昇による中枢性換気量の増加を抑制したり、低PaO2による換気応答が高PaCO2によって増強されるなど、PaO2とPaCO2との換気量に及ぼす影響の相互関係は複雑である。

 無呼吸テストに、PaCO2の上昇だけでなく、ドキサプラムを投与してからパルスオキシメータによる酸素飽和度を90%以下にして、末梢性化学受容器を介して呼吸中枢に低酸素刺激を加えるべきとする提案がある。しかし、このような方法とPaCO2の上昇のみを刺激とする方法とを比較して、低酸素刺激を加えなければ、自発呼吸の不可逆的消失の診断を誤るという証拠はない。慢性閉塞性呼吸器疾患で、低酸素刺激で呼吸が維持されているような患者の無呼吸テストでは、PaO2を50mmHg以下にすべきとされているが、このような患者での脳死判定の意義は少ない。

 要約:脳幹障害のある患者で、十分酸素化が行われた状態で呼吸中枢を刺激するには、どれだけのPaCO2上昇が必要かについては検討の余地がある。しかし、現在までに蓄積されている知見からは、PaCO2の目標値を60mmHgと設定するのが妥当である。新しい知見が加わらないかぎり、この値は広く用いられるであろう。(当サイト注:以上はp858−859)

無呼吸テストの手順

  以下の手順は典型的方法の1つである。テスト前・中の酸素投与、人工呼吸中止の仕方にはいろいろな方法がある。各施設の診療態勢(人工呼吸器の種類、血液ガス分析の結果が出るまでの時間など)に合わせて安全、確実な方法をとればよい。しかし、基本的事項については施設で必ず統―しておく。

無呼吸テスト前の望ましい条件

中枢体温:35℃以上
収縮期血圧:90mmHg以上
PaCO2:正常範囲35〜45mmHg
PaO2:200mmHg以上
必須モ二ター:血圧、心電図、パルスオキシメータによる酸素飽和度

手順

  1. 10分間100%酸素で人工呼吸。
     テスト前の100%酸素による換気とテスト中の酸素投与は、いずれも人工呼吸中止により換気がない状態になったとき、身体の酸素需要に見合う酸素の供給を十分に保証するために行なうもので、テスト中の低酸素を防ぐために重要な操作である。
  2. 人工呼吸器を外す。
     人工呼吸器を外して気管内チューブを介して酸素を投与するのがもっとも簡単で、間違いがない。しかし、人工呼吸器をつけたまま人工呼吸を中止できる。
  3. この間、6L/minの100%酸素を気管内チューブに通したカテーテル(気管分岐部の直上まで挿入)を介して流す。
     流量は6〜10L/minが適切である。人工呼吸器を用い100%酸素を定常流で投与することも可能である。この場合、最近の人工呼吸器はいろいろな換気モードを装備しているので、使いこなすには専門的知識と技術が必要である。
  4. この間、血液ガス分析を適時に行い、PaCO2が60mmHg以上であることを確認する。(低血圧、不整脈、低酸素で人工呼吸中止に耐えられないと判断したときは、人工呼吸器をつなぐ寸前に採血して血液ガス分析を行い、Cに準じてPaCO2の値を確認する)

参考

 病態、体温,テスト前のPaCO2、3mmHg/minのPaCO2の上昇を念頭に入れて、3、5、8分後など適切な時期に血液ガス分析を行う。PaCO2を60mmHgとする代わりに、テスト開始前と比較して20〜25mmHgの上昇でもよい。PaCO2の上昇は80mmHgにとどめるのがよい。

結果の判定

 人工呼吸器を外している間、自発呼吸がなければテストは陽性と判定する。呼吸運動が微弱・不規則で換気に有効でなくても、「自発呼吸あり」とし結果は陰性と判定する。換気の有無については、換気量測定、capnograph による呼気炭酸ガス分圧の連続記録を行うと参考になる。

厚生省脳死判定基準の補遺との違い

 初出時と補遺には10分間人工呼吸を中止すると書いてあるが、後者ではPaCO2の値が時間よりも重要であると記載してあった。しかし、いまだに時間のみが問題にされる向きもあるので、本覚書では“10分”の記述を取り除く。

 覚書に述べた理論を理解し、注意事項を守って行えば、無呼吸テストは安全、確実に行える。総合的に判断して危険と思われるときはテストをしない。(当サイト注:以上はp861)

 

3、無呼吸テストの循環系への影響

 無呼吸テストに当たっては、循環系への影響を最小限にとどめるように配慮しながら行わなければならない。血圧、心電図、パルスオキシメータによるモニターは必須である。

 テスト前の循環状態はテスト中の循環動態と関係している。竹内基準の補遺の場合、テストを行うに際しては、収縮期血圧90mmHgを維持するとした。AANのガイドラインでも収縮期血圧は90mmHgに保つとし、この値は移植臓器の灌流を維持するのに必要な値としている。

(中略)

 脳死を判定するような患者では、利尿薬の使用、尿崩症、水分制限、脳幹障害による血管運動障害が重なって、血圧低下を来しやすい状態にある。この場合、循環血液量の保持に努め、適切な血管作動薬を用いるなどの工夫をしなければ、低血圧の合併が高率となるのは当然である。最も大切なのは循環血液量の維持である。血管作動薬としてはドパミノがよく用いられ る。移植に進む場合、臓器血流を障害するような昇圧薬を使用してはならない。無呼吸テストに関しては、呼吸・循環管理に習熟した専門家、特に麻酔科医、集中治療医の関与が強く望まれる。

 無呼吸テストで呼吸循環が維持できないときは、テストを止めて無呼吸と判断する者もあるが、これは基本的問題と関わることで、今後の慎重な論議を必要とする。

 要約:無呼吸テストの循環系に及ぼす影響の主なものは、低血圧、不整脈である。テスト中の低血圧の主因は、呼吸性アシドーシスである。無呼吸中の血行動態、心エコー法による評価では、心機能への影響は少ないと考えられる。血圧、心電図、パルスオキシメータによる酸素飽和度とモニターし、循環血液量の維持、血管作動薬の使用など適切な処置をとる必要がある。(当サイト注:以上はp862−863)

 


 武下 浩:移植に係わる脳死判定の問題点、日本医事新報、3939、8−15、1999

(2)無呼吸テストに低酸素・薬物刺激を加える必要性

 指針の中で特に触れてはいないが同専門委員会では問題にされた。低酸素、薬物刺激を加えないと学理的に不備ではないかということである。

 日本胸部疾患学会は、無呼吸テスト(次項参照)に際して、動脈血中二酸化炭素分圧(PaCO2)の上昇による刺激だけでなく、低酸素、薬物刺激(ドキサプラム)も行うべきであると指摘した。確かに、呼吸中枢の制御はPaCO2だけではないが、PaCO2以外の刺激を加えなければ呼吸中枢の不可逆的消失が確認できないという証拠が示されない限り、PaCO2のみによる方法を変える必要はないと思われる。ただし、ドキサプラムによる刺激は簡便にできるのでオプションとして加えることに問題はないであろう。

 外国の判定法をみると、低酸素刺激によって呼吸が維持されているような呼吸不全の場合に低酸素刺激の必要性を示唆したものがあるが、通常では必要としない。厚生省基準では、このような刺激が必要な症例では脳死を判定しない。

(3)無呼吸テストの循環系に及ぼす影響

 同専門委員会では、無呼吸テストのリスクあるいは侵襲性についても取り上げられた。

 無呼吸の確認には、人工呼吸をある時間中止してPaCO2を上昇させ、それに呼吸中枢が反応して呼吸運動が起こるかどうかを肉眼的に観察する。いろいろな脳幹障害患者について、呼吸中枢化学受容器の最大刺激となるPaCO2レベルを検討する余地が残っているが、60mmHg以上とする基準が多い。現在までの臨床研究の結果とPaCO2の急性上昇が生理的に最も強い呼吸中枢刺激であることがその理由である。
 無呼吸テストのリスクについては米国でも論議されたところで、日本に限ったことではなかった。筆者は、テスト前の望ましい条件をできるだけ満たし、低血圧の原因が主に呼吸性アシドーシスであること、低血圧発生に関与する諸因子を知り適切な対応(ほとんどの場合、ドパミンなどの血管作動薬が必要)をとること、低酸素と過度のPaCO2上昇を避けるように行えば、大多数の症例でテストを安全に行えると考えている。この時、血圧、心電図、パルスオキシメーターによる酸素飽和度は不可欠のモニターである。しかし、循環系への影響のためテストを中止せざるを得ない時がある。この時は人工呼吸を再開する直前に採血してPaCO2を確認する。60mmHg以上でなければ脳死を判定できない。

 なお、テストでかすかな自発呼吸が出ても、有効な換気でなければ呼吸運動とみなさない考えが外国にあるが、危ない考え方であると思う。(当サイト注:以上p10)

 

当サイト注:低酸素刺激の強度の根拠が不明。

 日本胸部疾患学会肺生理専門委員会は、「酸素飽和度が少なくとも90%以下になるまで観察する。酸素飽和度が80%より低下した場合は中断する」としたが、その根拠は示していない。

 福原武彦:脳死と下位脳幹自律神経機能 呼吸中枢活動変化の神経活動変化の神経生理学的機転を中心として、自律神経、24(3)、247−254、1987は、筋弛緩薬で非動化、迷走神経を切断し人工呼吸を維持したウサギ(当サイト注:脳死とは異なり、脳への血流は正常と見込まれる)において、「動脈血のPaO2の低下度は延髄組織PaO2のそれに比し大であった(p249)」としている。p250掲載のグラフは、動脈血PaO2が人工呼吸器停止5分後に対照値に対して30%近く低下していたが、延髄組織PaO2は約10%低下を示している。

 

 

移植のために、「臓器の移植に関する法律施行規則」は現行方式を採用

 臓器の移植に関する法律施行規則(厚生省試案)を検討するために、1997年8月11日に開催された第3回公衆衛生審議会成人病難病対策部会臓器移植専門委員会では、北海道大学医学部の川上教授(呼吸器内科)か ら、「無呼吸テストにおける呼吸刺激剤の使用について」という下記枠内のご意見が紹介された。

 呼吸調節の専門的な見地からすると、炭酸ガス(二酸化炭素)による刺激だけでは不十分です。その理由は、日本胸部疾患学会(現日本呼吸器学会)の肺生理専門委員会報告にも書かれているように、低酸素刺激、薬物刺激も呼吸中枢や末梢化学受容器も刺激になるので、炭酸ガス刺激で呼吸が再開しないからといって直ちに脳幹死と判断するのは早計だという趣旨です。

 実際上、脳死判定の現場では人工呼吸器をいったんはずして内因性(代謝性)炭酸ガスが上昇してこれが刺激になるのを待つ訳ですが、炭酸ガスに対する感受性は非常に大きな個体差があります(この大部分は遺伝的に決定されています)し、病態たとえば肺気腫など炭酸ガス蓄積を来す疾患ではそれによって呼吸中枢の炭酸ガスに対する感受性を鈍麻させますので、炭酸ガス刺激のみで呼吸が再開しない場合、直ちに呼吸中枢が無反応と断定できないわけです。

 これを補うために、低酸素刺激あるいは/および薬物 (Doxapramが一般的です)刺激をも加えるべきとするのが、胸部疾患学会報告の趣旨です。低酸素刺激が摘出予定の臓器に悪影響を与えることは非常に考えづらいことです。何故かというと、低酸素刺激は短時間例えば数十秒というオーダーで末梢化学受容器に刺激を与えるはずですから、テストはたかだか数分で終了できます。もし、それでも低酸素の危険性を云々するのであれば、これを省略し薬物刺激だけを行うのが、科学的、合理的な態度だと思います。

 新聞記事に載った例(1997年6月14日付の日本経済新聞(夕刊)は、確かに一時期とはいえ Doxapramにより呼吸が再開したとのことです。このような例が現に存在する以上、炭酸ガス刺激のみで無呼吸テストを終えるのは問題でしょう。私は、脳死臓器移植に反対する者ではありません。しかし、行う以上は「1点の曇りもない移植」であって欲しいと願う者です。この観点から、脳死判定の基本として無呼吸テストが「1点の曇りもない」条件下で行われるよう願っています。


当サイト注:6月14日付の日本経済新聞(夕刊)は、公立昭和病院(東京都小平市)で「脳死」と判定された患者に呼吸促進剤を注射してから、再び無呼吸テストを行なったところ、自発呼吸が確認されたことを報道した。

患者は30代男性、1995年7月に喘息発作から心臓が停止、救急医療で蘇生したものの、その後、厚生省脳死判定基準に従って「脳死」と判定された。その後も人工呼吸器を装着して3日後に呼吸促進剤を注射してから再度、人工呼吸器を停止する無呼吸テストを実施したところ、ごく弱いながら自発的な呼吸が見られたためテストを中止し、再び人工呼吸器を装着した。患者はこの6日後に死亡した。

慢性の呼吸不全患者は、体が二酸化炭素が多い状態に慣れてしまい、人工呼吸器が止められて血中の二酸化炭素濃度が上がっても呼吸中枢が十分に反応しない可能性がある。公立昭和病院の坂本 哲也救命救急センター長は「竹内基準が不十分だとは思わないが、慢性の呼吸不全の患者は(脳死)判定の対象から外すべきだろう」と話している。

 

 同病院における喘息発作の30代男性患者だが、喘息発作の時期・人工呼吸器装着の時期・無呼吸テストの時期・死亡時期の異なる報告が、脳死・脳蘇生研究会に報告されている(以下)。

*坂本 哲也(公立昭和病院救命救急センター):喘息大発作による蘇生後脳症に対するdoxapramを併用した無呼吸テスト、脳死・脳蘇生研究会誌、10、64−66、1997

 36歳男性は小児期より気管支喘息、1995年10月9日喘息発作で自分で119番をかけて救急車を要請、担架収容時に心肺停止、第5病日の脳波では5倍ゲインでも平坦脳波、第6病日すべての脳幹反射に加えて通常の無呼吸テストを施行し、5分後にPaCO2が82.9mmHgまで上昇したが、自発呼吸は認められなかった。第10病日に呼吸刺激薬doxapramを併用した無呼吸テストを施行したところ、7分後にPaCO2が119.6mmHgまで上昇した時点で、微弱ながら自発呼吸が出現した。本患者は、その後呼吸不全が進行し、第15病日に死亡した。

 この第3回臓器移植専門委員会には、武下 浩・社会保険小倉記念病院名誉院長が参考人として招かれて、前出の移植に係わる脳死判定の問題点(日本医事新報、3939)と同趣旨の発言した。

 この時の、武下氏の無呼吸テストへの低酸素刺激のリスクに関する発言は以下 「重症の閉塞性の肺疾患などは低酸素の刺激を加えたほうがいい、低酸素刺激で呼吸が維持されている場合があるからというのが趣旨だが、これはやっぱりPaCO、酸素のほうだと50ぐらいに下げるとしたらなる。我々、集中治療で全身管理をやっている者にとりましては、大変困った値です。50だなんていうのは。低酸素刺激を加えたかったら、短時間でやるとおっ しゃいますけれども、炭酸ガスの高いのは辛抱できても、酸素の低いという場合は割と(危険性が高い)。移植の場合、やはり酸素濃度にして95ぐらいを維持しているほうが望ましいとは皆思ってい ますから、絶対必要だという証拠がない限り、私はこれは必要がないと」

 

 こうした発言を取り入れて1997年8月25日の第5回公衆衛生審議会成人病難病対策部会臓器移植専門委員会は、日本呼吸器学会肺生理専門委員会から寄せられた意見については、「確かに生理学的あるいは理論的に考えられることであるが、臨床的にどの程度の意味があるか十分な検証がされていない。こうした刺激を加えなければ自発呼吸の不可逆的消失の診断を誤るという証拠はない。ただし、炭酸ガスではなく低酸素刺激によって呼吸中枢が刺激されているような重症呼吸不全の患者には、無呼吸テストの実施を見合わせる」とした(下記はその詳細)。

 基本的考え方

 呼吸の化学的調節には、呼吸中枢以外に頚動脈小体化学受容体を介する抹消性機序がある。頚動脈小体は、動脈血酸素分圧の低下、二酸化炭素分圧の上昇、doxapramなどの化学物質で刺激され、延髄呼吸中枢のニューロン活動に影響する。動脈血酸素分圧が高 い状態においては二酸化炭素分圧の上昇による中枢性換気量の増加が抑制されたり、動脈血酸素分圧の低下による換気応答が二酸化炭素分圧が高いことにより増強されるな ど、酸素分圧と二酸化炭素分圧との換気量に及ぼす影響の相互関係は複雑である。

 脳死判定の検査として無呼吸テストを行う場合、動脈血二酸化炭素分圧を上昇させることに加えて、動脈血酸素分圧を低下させること及び doxapram などの化学物質を投与することの意義については、生理学的また理論的には考えられるが、臨床的にどの程度の意義があるものであるのかについて、十分には検証されていない。

 実際、このような方法と二酸化炭素分圧の上昇のみを刺激とする方法とを比較して、低酸素刺激等を加えなければ、自発呼吸の不可逆的消失の診断を誤るという証拠はな い。 また、諸外国において行われている無呼吸テストにおいても、把握している限りにお いて、これらの手順を加えている例はない。

 いわゆる竹内基準が、理論的に検討をされただけではなく、数多くの実際の臨床例をつぶさに検証した結果として策定されたことを考慮すると、低酸素刺激及びdoxapramの投与を行わなければ、判定を誤るという臨床的な報告がなされていない現段階で、無呼吸テストにこれらの手順を加えることは適当ではないと考えられる。

 なお、医学の進歩に即して、脳死判定基準を見直していく必要性が臨床的に現れた場合には、見直しを行っていくことは当然のことであることを付け加えたい。

 慢性閉塞性呼吸器疾患の取扱い

 先般、「いわゆる竹内基準によって脳死と判定した患者に対して、呼吸促進剤を投与して改めて無呼吸テストを行ったところ、ごく弱いが自発的な呼吸をしていたことを確認した」との報道があった。しかし、この症例は基礎疾患として慢性閉塞性呼吸器疾患があり、こうした症例に対する脳死判定の取扱いについては、竹内基準の補遺の「無呼吸テストを行ってはならない症例」の項に、炭酸ガスでなく低酸素刺激によって呼吸中枢が刺激されているような慢性閉塞性呼吸器疾患のような症例では、「脳死判定をする臨床的意義は少ないので脳死判定を差し控えるべきである」と記載されており、本来、脳死判定を行わない症例であったと理解される。

 したがって、この報道によって、全ての症例について、呼吸促進剤の投与を行わなければ無呼吸テストの判定ができないとすることは適切でなく、竹内基準の補遺に記載されている慢性閉塞性呼吸器疾患に対する取扱いについて注意を喚起することが適当であると考えられる。

  以上より、「『臓器の移植に関する法律』の運用に関するガイドライン」の脳死判定についての留意点の中に、炭酸ガスでなく低酸素刺激によって呼吸中枢が刺激されているような重症呼吸不全の患者に対しては無呼吸テストの実施を見合わせる旨を明記することが求められる。

 

1997年8月25日に開催された第5回公衆衛生審議会成人病難病対策部会臓器移植専門委員会は、臓器の移植に関する法律施行規則(厚生省試案)を承認し、29日に開催された公衆衛生審議会成人病難病対策部会に答申した。改良無呼吸テストを不採用とした以外に、「脳死」判定後の鼻腔脳波記録についても「脳死とは無関係」とするなど、専門医・医学会レベルからも「脳死」判定の科学性、正確性に疑念を持たれたまま、法的脳死判定が行なわれることが実質的に決定した。

 

 

「重症呼吸不全患者に無呼吸テストはしない」で問題は解決したか

 鈴木 忠:脳死判定のタイミングと無呼吸テストの臨床的評価について、日本救急医学会雑誌、2、741、1991は、82例に脳死判定を行なったうち37例(45%)が判定中止となった。その原因は無呼吸テスト中の病態悪化(とくに血圧降下)が大部分であったこと報告している。

 林 成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討、近代出版、83−98、2001もp94において28例中5例の無呼吸テスト中止(うち1例は心停止)、さらに2例の自発呼吸がPaCO264.7mmHgや72.2mmHgで出現したことを報告し、p97では「PaCO2をどれだけ高いレベルまであげたら全ての患者で呼吸中枢が刺激されたと判断できるのかの問題がある」としている。

 「重症呼吸不全患者に無呼吸テストしない」ことは、無呼吸テスト中に病態が悪化する患者を減らすことに加えて、低酸素刺激で呼吸中枢が刺激されている患者に対して、炭酸ガス刺激のみによる無呼吸テストを行なわないという両面からは意味のあることだが、残された問題が大きい。

 林氏らは、肺損傷と急性呼吸窮迫症候群の診断基準の中間値であるPaO2とFiO2(吸入気酸素濃度)の比が250未満の呼吸異常の患者は無呼吸テストの非適応としている。p97掲載のグラフによると、自発呼吸出現2例は、1例がPaO2/FiO2は200強、1例は250強の値を示す。

 林氏らは、無呼吸テスト時の二酸化炭素分圧が60mmHg以上を超えて自発呼吸が出現した理由について、単に(現在ではテスト除外例とされる)重症呼吸不全患者にテストしたためとは考えていない。例えば、林 成之:脳死状態における脳温と脳循環代謝変動の臨床的意義、臨床脳波、39(11)、715−721、1997のp717でも「従来の60mmHg以上であれば呼吸中枢の反応が消失しているとの判定法は、必ずしも正確でないことが捉えられた」と述べ、p717以降の考察では「無呼吸テストの侵襲性を配慮に入れると、間違いなく脳死と考えられるので脳死判定を行なっても良いのだという客観的データが必要になるのではなかろうか?」としている。

 林 成之:脳死判定をめぐる救命救急医療と臓器移植への対応 臓器移植にからむ諸問題−チーム医療としての臓器移植−、日本臨床麻酔学会誌、21(3)、143−145、2001にも下記(要旨)が記載されている。

  1. 脳の神経細胞が一定のプロセスを経て死に到る過程で、神経細胞は死んでいないが、細胞膜の機能が消失してしまう現象が起きる。この段階では、細胞の反応はまったく起きなくなってしまうため、脳が死んでいるのか仮死状態にあるのか、脳のある部分をとってみてもわからないことが起こりうる。つまり、神経細胞膜の機能消失でも臨床的脳死状態は理論的に発生することがあり、短時間では臨床的回復例や無呼吸テストによって自発呼吸が出現する例がごくまれに経験される。その結果、臨床的脳死といっても、どれくらい時間が経過しているかがやはり重要になってくる。

  2. 救命救急医療を行なっている医師が、脳死判定における臨床的脳死と臓器提供や無呼吸テストの矛盾を解決する1つの方法として、第1回目の脳死判定から無呼吸テストを除き、その代わりに聴覚脳幹誘発電位の検索を行う。
     6時間後の脳死判定には無呼吸テストを含めて行い、反応のない場合を脳死状態として家族に臓器提供の意思を確認する。同意が得られれば、家族の前で再度無呼吸テストも含めて脳死判定を行なう。この方法であれば救急医が脳死判定によって患者の最後の助かる可能性を断ち切ったのではとの恐怖感が拭え、蘇生限界に対する医療を尽くしたにもかかわらず間違いなく脳死に至ったと納得もしやすい。これによって脳死判定の時間が大きく遅れることもないので、移植医療にも影響がほとんど出ないと思われる。脳死判定は、理論的に脳の神経細胞がすべて死滅していることを確認する方法がないなかで、どのように不可逆性を見極めるかの知恵の問題であるので、脳死判定の見直し時にはこの問題を提案したい。

 つまり林氏らは、脳が一時的に機能低下しているタイミングで脳死判定を行なってしまうケース、そして無呼吸テストで採用している炭酸ガス刺激の強度が弱いケースの双方から、誤判定の危険性を指摘している。

 

 竹内氏は厚生省“脳死に関する研究班”による脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書−神経所見と無呼吸テスト−(前出p858)において、各国や研究者の無呼吸テスト時に目標とするPaCO2の値について「44mmHg、50〜55mmHg、60mmHg、80〜90mmHgとなっており、正常の上限から90mmHgにおよんでいる」という。無呼吸テストは竹内氏のいう≪脳死判定の骨格≫でありながら、これほどの差があるのは科学的根拠が薄いことを示 す。

 

 

炭酸ガス刺激の適正強度が設定できない #over60mmHg

 現行の無呼吸テストは、PaCO2が60mmHg以上となれば十分な刺激になったとして、この段階で自発呼吸が出なければ無呼吸と判定する。そしてPaCO2の上昇は80mmHgまでにとどめるのが良いとしているが、それを否定する症例がある。

  • 前出の林 成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討、p97掲載のグラフによると、自発呼吸出現例 (PaCO264.7mmHgや72.2mmHgで出現)の無呼吸テスト前の動脈血酸素分圧PaO2は1例が220mmHg程度、1例は270mmHg程度。100%酸素吸入の効果が低く、呼吸機能に異常があり炭酸ガス刺激の閾値が高い患者ともみられるが、他の施設からは正常と思われる患者に対する無呼吸テストで、自発呼吸出現が報告されている。
     
      
  • 河野 昌史(帝京大学医学部附属市原病院麻酔科):呼吸停止と深昏睡をきたしながら脳死を否定された1例、日本救急医学会関東地方会雑誌、8(2)、524―525、1987

     階段を転落した59歳女性はC4レベル 以下完全麻痺の頸髄損傷、入院翌日に呼吸停止、心停止。蘇生後脳症の診断にてICU入室。ICU入室翌日より脳幹反応が消失。2日後の頭部CTではびまん性の脳浮腫を呈し、脳波も平坦となったため脳死に進行するかにみえた。第5病日以降、随時施行したアトロピンテストで毎回心拍数および血圧の上昇を認め迷走神経心臓枝の生存を確認した。第5病日に無呼吸試験を施行、人工呼吸器停止後7分でPaCO2が66.4mmHgに達した段階で下顎運動が出現し、自発呼吸努力と評価、これにより脳死を否定した。 第26病日より乏尿、血圧低下、第27病日に死亡。

注: 河野氏自身「問題はこの高位頸髄損傷患者に自発呼吸があるかという点、即ち横隔神経の根であるC3〜C5が障害されており、横隔膜の麻痺のために仮に無呼吸としてもそれが脳死の判定に役立つかという点である」と考察している。頸髄損傷患者には、頭部を左右に回転させる眼球頭反射も行えない。アトロピンテストだけでも脳死を否定できたのであり、脳死判定の実施そのものに疑問が持たれる(無呼吸テストが第27病日の死亡に影響しなかったか)。
 しかし、自発呼吸能力のある患者が、PaCO2が66.4mmHgという60mmHgの(仮想)閾値を超えたところで自発呼吸努力が出現したことは注目される。
   

バビンスキー反射陽性例

第1回無呼吸テスト10分 第2回無呼吸テスト20分→ 第2回無呼吸テスト25分
pH7.18 PaCO2 71mmHg
PaO2 324mmHg 呼吸ナシ
pH7.16 PaCO2 70mmHg
PaO2 265mmHg 呼吸ナシ
pH7.08 PaCO2 86mmHg
PaO2 240mmHg 呼吸発現

非脳死呼吸停止例

第1回無呼吸テスト10分 第2回無呼吸テスト10分→ 第2回無呼吸テスト15分
pH7.21 PaCO2 67mmHg
PaO2 542mmHg 呼吸ナシ
pH7.14 PaCO2 59mmHg
PaO2 531mmHg 呼吸ナシ
pH7.11 PaCO2 76mmHg
PaO2 505mmHg 呼吸発現

 バビンスキー反射陽性例に認められた呼吸運動は反復性があったことから、Ropper らが報告(1981年)した脊髄性呼吸様運動とは異なると思われる。バビンスキー反射陽性例が脳死であったと仮定した場合、観察された呼吸様運動は脊髄性の呼吸様運動であったことになり、Ropper らの報告と併せて、脳死判定基準に脊髄性呼吸運動が存在することを明記する必要がある。

 バビンスキー反射陽性例が脳死でなかったと仮定した場合、非脳死症例の無呼吸テストの結果と併せて、無呼吸の確認時期は、「PaCO2が60mmHg以上」では不十分であることを示す。いずれにしても、脳死判定基準の一つである無呼吸テストの方法および基準には再検討の余地があると思われる。

当サイト注

  1. この症例について、生田 房弘(臨時脳死及び臓器移植調査会専門委員):「竹内基準を満たしたとされる主な問題症例(新聞報道等による)」についての報告(要旨)、臨時脳死および臓器移植調査会 審議だより、7、38−54、1991は、呼吸運動についてだけ取上げ、p42で「有効な換気の有無は確認していない。・・・これらの肩・頚部筋は、脳死によってたとえ延髄・上位頚髄の機能が停止しても、副神経脊髄根及び脊髄神経によって一部機能することは予想される」とした。PaCO2 86mmHgという強力な炭酸ガス刺激によって体動があったメカニズムについては、触れなかった。
     
  2. この症例は、朝日新聞1991年11月4日付朝刊30面記事の症例かと考えられる。
     

  3. 黒木 一彦:孤立性脳幹死と鑑別が困難であった最重症脳幹障害(疑似脳幹死)の1例、日本救急医学会雑誌、6(3)、256−258、1995は、脳内出血に急性水頭症を伴ない第137病日に死亡した68歳男性患者を報告 している。
     第11病日を最初に8回の脳死判定検査を行なったが、いずれの判定においても、脳波所見を除いて厚生省竹内班脳死判定基準を満たした。脳波は第45病日頃まで後頭部を中心にシータ波、アルファ波が認められたが、第110病日頃には脳波もほぼ平坦になった。厚生省基準には含まれていないが、アトロピンテスト(当サイト注:副交感神経を遮断し脈拍数の増加をみるアトロピンを注射する)はいずれの時期でも陽性反応を示した。
     8回施行された無呼吸試験では、不規則で微弱な胸郭運動は存在したが、明らかな呼吸運動とは認められなかった。しかし第123病日に行なった無呼吸試験では、10分間のうち最後の1分間にスパイロメータを装着し、客観的に自発呼吸の有無を検査したところ、1分間に約700mlという少量の換気を認めた(当サイト注:健康な人の安静時換気量は1分間に5リットル)。 MRI画像は第18病日に、少なくとも下部脳幹は器質的に保たれていた。第116病日でも延髄は比較的保たれている所見を呈していた。剖検で延髄付近は比較的保たれている所見が得られた。
     黒木氏らは「最重症脳幹障害の病態は全脳死ほど一様でなく、脳幹機能の完全に廃絶した症例、すなわち孤立性脳幹死から本症例の如く一部の脳幹機能の残存した、いわゆる疑似脳幹死症例までさまざまな程度が存在するので、その判定にはきわめて慎重でなければならないと考えられた。とくに判定の中核となる無呼吸試験については視覚による判断だけでなく、より客観的な指標を用いることが必要であると考え、スパイロメータはその一助になりうると思われる」としている。
      

  4. 窪田 達也:「法に規定する脳死判定」の無呼吸テストの実施にあたっての問題点、蘇生、17(3)、206、1998も「はたして微妙な胸郭の動きを呼吸ありと判定するか、呼吸なしと判定するか、戸惑うことが少なくない。特に患者家族の代表及び第三者としての看護婦が立合う場合、その判定は慎重に客観性をもって行わなければならない。自治医科大学脳死判定基準では無呼吸テストを行なうに当たって、患者の口元に呼吸モニターを装着することにより、無呼吸テストを客観的、定量的に評価するよう義務付けている。またテスト実施中、呼吸モニターで連続的に記録を残し、患者家族、立合い看護婦にも理解して貰うように努力している」と無呼吸テストの客観的・定量的評価法について報告している。

     

 さらに、脳死と判定された後に100mmHgで呼吸様体動が観察されている。

木村 昭夫(日本医科大学):脳死判定後長期心停止に陥らなかった1症例、救急医学、12(9)、S484、1988

 54歳女性、脳内出血で発症4日目に脳死と判定された。脳死判定後、血圧は昇圧剤を用いずとも80mmHg前後を維持していたが、判定6日目に突如として血圧が急上昇し再度、脳死判定を行なった。無呼吸テスト時PCO2(肺胞内二酸化炭素分圧)が100mmHgを超えると脈血圧の上昇とともに下顎呼吸様体動が出現した。そのさいエピネフリン、ノルエピネフリンの上昇を認めたが、ABRは平坦であった。判定後27日目に視床下部ホルモンを測定したところ、CRF、TRH、LHRHのいずれも検出された。

当サイト注:二酸化炭素は拡散性が高いため、ガス交換しない死腔がなければ、肺胞内二酸化炭素分圧:PCO2と動脈血二酸化炭素分圧:PaCO2とほとんど同じになる(人工呼吸器装着時の連続測定でPCO2の最高値は、PaCo2よりも1〜5mmHg低いという)。

 

 無呼吸テストの対象外とされる重症呼吸不全患者では、呼吸中枢刺激薬投与下に119.6mmHgで自発呼吸が出現した。

坂本 哲也(公立昭和病院救命救急センター):喘息大発作による蘇生後脳症に対するdoxapramを併用した無呼吸テスト、脳死・脳蘇生研究会誌、10、64−66、1997

 36歳男性は小児期より気管支喘息、1995年10月9日喘息発作で自分で119番をかけて救急車を要請、担架収容時に心肺停止、第5病日の脳波では5倍ゲインでも平坦脳波、第6病日すべての脳幹反射に加えて通常の無呼吸テストを施行し、5分後にPaCO2が82.9mmHgまで上昇したが、自発呼吸は認められなかった。第10病日に呼吸刺激薬doxapramを併用した無呼吸テストを施行したところ、7分後にPaCO2が119.6mmHgまで上昇した時点で、微弱ながら自発呼吸が出現した。本患者は、その後呼吸不全が進行し、第15病日に死亡した。

 

 

小児脳死判定における無呼吸テスト

 小児の脳死判定における無呼吸テストは、成人よりも一層、困難と見込まれる。PaCO2が91torrや112torr(1mmHg=0.9957Torr)での自発呼吸例、さらに無呼吸と判定された後に 6日後、1ヶ月後、40日後の自発呼吸出現例が報告されている。長期間、寝たきりの小児に無呼吸テストが行われる場合には、寝たきりで萎縮した呼吸筋の微弱な動きが見逃される恐れも大きい。

  1. Ralph Vardis(Department of Critical Care, Children's National Medical Center, Washington, DC, USA):Increased apnea threshold in a pediatric patient with suspected brain death、Critical care medicine、26(11)、1917−1919、1998
      
     心肺停止後低酸素症の3歳男児は、第4病日に無呼吸テストを除いて脳死判定基準を満たした。無呼吸テスト開始から9分23秒後、血液pH7.08、PaCO2は91torrで体重1kgあたり5〜7mlの自発呼吸を開始した。同日の脳死判定ではpH7.21、71torrで自発呼吸をした。その後数日間、患児は脳死判定の必要がないほどに、人工呼吸の設定を超えて規則的な自発呼吸を始めた。現在、患児は気管切開と胃ろう造設がなされ慢性病棟で介護されている。

     当サイト注:第3病日に腫瘍減量手術が行われており、第4病日の脳死判定は中枢神経抑制剤の影響下での脳死判定の恐れがある。
     
     
     
  2. Richard J.Brilli(Division of Pediatric Critical Care, Cooper Hospital/University Medical Center, Camden, New Jersey, USA):Altered apnea threshold in a child with suspected brain death、Journal of child neurology、10(3)、245−246、1995
     
     髄膜炎の3歳女児は、第2病日に自発呼吸のあったことを除いて脳死判定基準を満たした。無呼吸テスト開始から8分45秒後に息を1回吸った。その時の血液ガス分析結果はpH6.94、PaCO2は112torrだった。
     
     当サイト注:第1病日に手術が行われており、第2病日の脳死判定は中枢神経抑制剤の影響下での脳死判定の恐れがある。
      
     
       
  3. 植嶋 利文(近畿大学医学部附属病院救命救急センター)、田中 大吉(暁美会田中病院):乳児期に脳死診断後、4年間生存しえた1例、脳死・脳蘇生、19(1)、55、2006

     5ヵ月男児は、第20病日と第24病日に脳死診断を行った。すべての反応は認めず聴性脳幹反応も認めなかった。第30病日頃から微弱な自発呼吸の出現を認めた
     
     
  4. 石山 憲雄(藤田保健衛生大):小児脳死例(臨床および諸検査上脳死状態と診断されうる)の特殊性について、救急医学、12(9)、S477−S478、1988
     
     脳波上平坦波で臨床的には脳死状態と判定できた4歳男児は、脳波、ABSRは完全に消失するも1ヶ月後に一時的ながら自発呼吸を認めた。その時点でのCT所見上、脳幹部脳槽に異常な造影効果を認め、血管写上、intradural anastomosis (直訳:硬膜内の吻合)を認めている。この症例は178日生存した。
     

    注:上記の近畿大学と藤田保健衛生大の症例における無呼吸テストは、正式な規定どおりに実施されたとは認められないが、以下の大阪大学の症例は規定どおりの無呼吸テストを実施したとみられる。 
      
  5. 岡本 健(大阪大学):視床下部−下垂体系機能の残存を認めた脳死状態の1乳児例、日本救急医学会雑誌、2(4)、744−745、1991
    Ken Okamoto:Return of spontaneous respiration in an infant who fulfilled current criteria to determine brain death、Pediatrics、96(3)、518−520、1995
     
     3ヵ月女児は、第3病日以降、脳死3徴候、平坦脳波の脳死徴候をすべて満たし、脳死状態となった。ところが、第19〜22病日の頭部CT、脳血管造影では、脳の自己融解がみられず、脳循環はほぼ正常であった。また第27〜33病日には、視床下部、下垂体機能の残存が確認された。第43病日、自発呼吸が発現した

 

 以上の症例は、現行の無呼吸テストが採用している炭酸ガス刺激が弱い可能性を示している。「それならばより長時間、無呼吸テストを行ない、PaCO2目標値を上げればいいではないか」と考えるかもしれないが、現状の無呼吸テストでも侵襲性が高い。詳しくは脳死作成法としての無呼吸テストをご覧下さい。

 


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