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脳死判定をしてはいけない患者

0、脳死判定委員を騙すのは簡単!

1、中枢神経抑制剤・筋弛緩剤を投与された患者は、すべて脳死判定対象から除くべき

  1. 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度の乖離
  2. 脳組織内薬物濃度を測定するには脳組織を採取するしかなく、生きている患者対象には使えない
  3. 脳組織内薬物濃度がどれだけ低下したら中枢神経抑制効果を失うか、個人差も勘案した濃度が不明

国会論議も見直しを

2、脳死判定や臓器摘出目的の、昇圧剤・輸液・ホルモンなどの投与は禁止すべき

3、代謝性障害

4、カテコラミン大量投与例は脳死、3徴候死判定対象から除くべき

 脳死ではない患者を誤って脳死と判定しないように、「麻酔薬(中枢神経抑制剤)や筋弛緩剤を投与されたために、本当は正常であるのに脳死判定時には反応がみられない患者」や、「低血圧のために、正常な反応が観察されるとは考えられない患者」などは、脳死判定の対象患者としてはいけない。脳死判定除外例としなければいけない。

 しかし、現状の脳死判定除外例の規定および運用は曖昧すぎる。以下では 薬物影響下の誤診例や脳死判定強行例を紹介しながら「中枢神経抑制剤・筋弛緩剤を投与された患者は、すべて脳死判定対象から除くべきこと」「脳死判定や臓器摘出目的の、昇圧剤・輸液・ホルモンなどの投与は禁止すべきこと」 「カテコラミン大量投与例は脳死、3徴候死判定対象から除くべきこと」も取上げる。

 臓器移植法の制定過程においても、脳死判定から除外すべき患者を、除外可能であるかのように根拠なく前提して審議されており、国会論議の見直しも必要になる。

、脳死判定委員を騙すのは簡単!

 大阪大学特殊救急部の杉本 侃氏は「特別講演 脳死および臓器移植について(大阪府医師会報、234号、14−27、1988)」において、バルビタールの大量投与で脳死判定委員を騙す方法があることを、脳死判定の儀式性を批判する文脈のなかで述べている(以下の枠内)

 例えば、溺水の患者が運ばれてきた場合に、それに対して死の診断をするのが我々の仕事ではなくて、生きている可能性があるのだったら心臓マッサージなどの蘇生法をやってこれを助けようとするのが当然のことです。我々のところですと、dead on arrivalという心停止、呼吸停止患者が年間に5、60人いますけれども、蘇生法を行うと大体3分の2ぐらいは一亘は心臓が動きだします。だから、普通の死の診断といっても、ある点をとって言うのではなくて、治療行為をしたときに反応しないのが死であって、ある瞬間をもって死というふうにとらえるものではありません。脳死となるとますますそうです。治療をずっと続けていて、そして、脳死になる原因がよくわかっていて、そして、いろんな反応がだんだん弱くなって消えていって、そして、それがいつ全部揃ったかということで、後からレトロスペクティブにこの辺で脳死になっているんだなあというのが、これが臨床的な脳死なのです。
 これで実は脳死の診断は十分なわけです。しかし脳死ということが確定して、心臓を摘ろうとすれば、医学的には十分であっても、それでは今世間が許さないと思います。
 そこで、ある判定基準をつくって、それに当てはめて一々チェックするということが必要になってきます。その際、何人かの脳死判定委員というのが選ばれてそこへ来て診断するという形をとることになると思います。でも、それは本当は大して意味のないことです。というのは、脳死判定委員が来るのは、呼ばれて行くわけです。行ってまくら元に立って患者を診るわけですね。そうすると、本当は、その判定委員をもしだまそうと思えば、だますぐらいわけないわけです。例えば、大量のバルビタールでも打っておいたら反応はなくなってしまいますからね。だから、大事なのは、それまでの過程がきちっととらえられて、十分な治療をされてということが大前提なわけです。たくさんの人が集まってある時点をもって、ある基準に当てはめてセレモニーみたいなことをやったって、十分と本当は言えないわけです。

 

中枢神経抑制剤・筋弛緩剤を投与された患者は、すべて脳死判定対象から除くべき

 中枢神経抑制剤・筋弛緩剤を投与された患者を、すべて脳死判定対象から除くべきことの根拠は、以下の3点にある。

  1. 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度の乖離
  2. 脳組織内薬物濃度を測定するには脳組織を採取するしかなく、生きている患者対象には使えない
  3. 脳組織内薬物濃度がどれだけ低下したら中枢神経抑制効果を失うか、個人差も勘案した濃度が不明

中枢神経抑制剤ほかによる脳死誤診例

 1986年7月5日、第24回北海道臨床麻酔懇話会が札幌市医師会館にて開催され、旭川赤十字病院麻酔科の南波 仁氏らは、17歳男性患者を「脳死」ではないのに間違って「脳死」と誤診してしまった経験を、「脳死判定後、除脳硬直様体位を示した1症例」として報告した。以下は臨床麻酔 Vol.12 No.4 p537より。

 第1病日、頭部外傷、陥没骨折、脳挫傷により深昏睡に陥り、瞳孔不同、両側対光反射消失、自発呼吸停止となった。減圧開頭術施行後、脳圧管理のためICU入室。第2病日、両側瞳孔散大。第4病日、自発呼吸停止、咳反射消失。第5病日、聴性脳幹反応消失。第6病日、サイアミラール昏睡療法中止24時間後、脳幹反射検査、無呼吸テストを行なったが、いずれも消失していた。第7病日、脳波平坦で脳死と判定した。

 しかし、第13病日、痛み刺激で両側除脳硬直様体(当サイト注:頚部付近に刺激を加えた時に、四肢が伸展または内旋し、かつ足が底屈した姿勢)が出現した。自発呼吸、脳幹反射、聴性脳幹反応はいずれも消失したままであった。第14病日、心停止となった。

 南波氏らは「除脳硬直の出現は、脳死の診断を否定することになる(当サイト注:橋および延髄からの網様体脊髄路と延髄からの前庭脊髄路が興奮し、全身の伸筋の筋緊張が更新しているため)。本症例の脳死判定の問題点として、受傷から脳死判定までの時間、サイアミラールの脳死判定への影響、1回の無呼吸テストなどがあげられる」と認識している。

 

 このほか竹内 一夫氏らは、「各国で誤診とされた脳死患者は、中枢神経抑制剤の影響が残る状態で脳死判定を行なわれたケースがもっとも多い」と多数の論文で指摘している。

 

A.脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度の乖離について、守屋 文夫(高知医科大学法医学):脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離、日本医事新報、4042、37−42、2001は、臨床的脳死状態で塩酸エフェドリンを投与された患者が約72時間後に心停止した。解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍 (3.35μg)の塩酸エフェドリンが大脳(後頭葉)に検出されたことを報告している。

守屋 文夫(川崎医療福祉大学医療福祉学部医療福祉学科):剖検例を基盤とした医療・福祉への中毒病理学的アプローチに関する戦略研究、川崎医療福祉学会誌、18(1)、323−326、2008 http://www.kawasaki-m.ac.jp/soc/mw/journal/jp/2008-j18-1/90_news-1.pdf

 この研究は、心肺蘇生時の気管内挿菅をスムーズに行なうために、局所麻酔薬のリドカインを含有するキシロカインゼリーが挿管チューブに塗布されることに着目し、非脳死者と脳死者の死亡までの経過、そして脳、血液におけるリドカイン濃度を測定して検討した。
 非脳死者のリドカイン濃度の大脳皮質/血液は1.84±0.73(n=2)、間脳/血液は2.08±1.16(n=4)、小脳/血液は1.31±0.42であった。
 脳死者事例1は、人工呼吸管理下で10時間後に死亡が確認された(小脳で顆粒細胞の脱落が中程度の切迫脳死例)。死亡までの経過が早く、脳/血液リドカイン比(大脳皮質/血液2.04、間脳/血液:1.01)は非脳死者と同程度であった。
 脳死事例2は、人工呼吸管理から66時間後に死亡が確認され、心肺蘇生の実施から心停止までの経過時間が長く、脳/血液リドカイン比(大脳皮質/血液:5.69、間脳/血液:18.7、小脳/血液:11.3)と明らかに非脳死者よりも大きくなっていた。
 脳死事例3では脳へのリドカインの分布が微量ながら認められたが、心停止までの経過が144時間とさらに長く、心臓血からリドカインが検出されなかったため(頭部外傷のため脳血流の速やかな低下も影響したと考えられ)、脳/血液リドカイン比を求めることができなかった。守屋氏は「脳と血液の薬物分析結果は脳死に至った時期の検証に有用と考えられる」としている。

 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が乖離していることの報告は、以下の論文など臓器移植法の施行以前からある。

  1. 斎藤 剛:脳死判定に及ぼす生前の薬物投与の影響について、日本法医学雑誌、48(補冊)、93、1994 =ペントバルビタール投与期間28時間、総投与量3600mmgの後に脳死判定された患者。投与中止後4日で死亡。バルビタール濃度は小脳皮質650ng/g,ml、大脳皮質600ng/g,ml、血液84ng/g,ml。
  2. 工藤恵子、脳死を経過した死体の組織中薬物分布、日本法医学雑誌、48(補冊)、264、1994
  3. 實渕 成美、脳死を経過した死体の組織中薬物分布(第2報)、日本法医学雑誌、49(補冊)、81、1995
  4. 實渕 成美:頭蓋内出血から脳死を経過したと考えられる小児の体内薬物分布、 日本法医学雑誌、51(2)、181、1997=脳死から7日後、14.1倍のジアゼパム検出

 ここで重要な点は、脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が乖離していることだけではなく、薬物投与終了後に数日経過しても濃度が数十倍高い症例があることだ。脳死判定ハンドブック(唐澤 秀治、羊土社・2001年)は「脳死判定における薬物の影響について(p129〜p147)」のなかで、「臓器不全に陥っていなければ・・・・・・薬物の影響消失時間を推定する場合に、・・・・・・半減期しかわかっていない薬物の場合には、半減期の4倍の時間を目安とするのが妥当と考えられる(p145)」としているが、医学的・薬学的な裏づけのない判断と指摘せざるをえない。

 

家族が「脳死判定結果」「臓器提供の検討」を拒否、鎮静剤を減量したら2週間後に意識を回復したSteven Thorpeさん

 2012年4月24日付のTHE Daily Mail http://www.dailymail.co.uk/health/article-2134346/Steven-Thorpe-Teenager-declared-brain-dead-FOUR-doctors-makes-miracle-recovery.htmlは、2008年に英国で交通事故に遭ったSteven Thorpeさん(当時17歳)が脳死と判定され、医師は家族に生命維持の停止と臓器提供の検討を促したが、家族は拒否しセカンドオピニオンを求め、鎮静剤を減らしたところ2週間後に意識を回復したこと。現在、片腕が動かないことと目の片方が義眼であること以外は完全に回復したことを報じた。

The boy who came back from the dead: Experts said car crash teen was beyond hope. His parents disagreed

 (前略) The schoolboy was travelling in a Rover with two friends in February 2008 when a stray horse ran into the path of the car in front of them.
 His friend Matthew Jones, 18, was killed in the accident. Steven suffered serious injuries to his face, head and arm, and was declared brain dead two days later.
 He said: ‘The doctors were telling my parents that they wanted to take me off the life support. The words they used to my parents were “You need to start thinking about organ donations”.
 ‘I think that’s what gave my dad energy. He thought “No way”. They still believed I was there. When they sat around the bed they had the feeling I was there and some words they said to me I reacted to.
 ‘I think if my dad had agreed with them then I would have been off the life support machine in seconds.’
 Accountant Mr Thorpe, 51, contacted private GP Julia Piper, known for her work in traditional and alternative medicines. Moved by their story, she asked a neurosurgeon whom she knew to visit Steven at University Hospital in Coventry.

 Incredibly, he concluded that Steven was not brain dead and that there was still a slim chance of recovery.
 Doctors agreed to try to bring Steven out of his chemically-induced coma to see if he could survive. Two weeks later, he woke up.(中略)

 Dr Piper, who has a practice in Leicester, said: ‘As a parent, I wanted to help even if there was only the smallest of chances. I spoke to the intensive care unit and told them not to switch Steven’s machine off because we were bringing in our own specialist.
‘I am astonished with the outcome but one worries that this may happen more often than we know.’(後略)

注:日本では、脳死判定に影響する可能性のある薬剤の投与終了から、24時間以上経過後に脳死判定を開始するなど、形式的に鎮静剤等の投与中止は行なうが、脳組織に長期間残留する可能性のある薬物の影響を考慮することは、法的脳死判定例では行なわれていない。さらに、家族が法的脳死判定を承諾した場合、法的脳死判定の1回目の検査が終わると、脳蘇生に反するドナー管理がメディカルコンサルタントによって違法に開始されるため、ドナー管理そのものによって脳死が完成させられ、意識回復はありえないと見込まれる。

 

B.脳組織内薬物濃度を測定するには脳組織を採取するしかなく、生きている患者対象には使えないについては、改めて説明する必要はないだろう。

 

C.脳組織内薬物濃度がどれだけ低下したら中枢神経抑制効果を失うか、個人差も勘案した濃度が不明について、脳死判定ハンドブック(唐澤 秀治、羊土社・2001年)p134によると、有効血中濃度が不明な薬物は約6割ある。有効濃度域が提示されている薬剤も、末梢血濃度の測定と中枢神経の抑制程度の関係を検討したとみられ、脳組織内薬物濃度との関係で有効濃度域を検討していない点。そして少数例のテストで個人差を考慮していないとみられる点で、有効濃度域の見直しが必要である。

 この点について、脳死判定ハンドブック(唐澤 秀治)p133も「薬効と血中濃度は必ずしも相関しない。・・・脳死判定においては血中濃度測定に頼ることはできない」。岡 希太郎(東京薬科大学):脳死判定におよぼす中枢神経作用薬の影響−現状と展望、今日の移植、14(5)、529−534、2001 も「仮に血中濃度を測定できても、血中濃度に応じた中枢抑制の程度が不明なのであまり意味が無い」としている。岡氏は、脳組織内薬物濃度まで目を向けていないとみられるが、末梢血濃度でも意味が無いとしているのであろう。

 岡氏の指摘する「血中濃度に応じた中枢抑制の程度が不明」に関連する事例をあげると、バルビツール療法におけるサイアラミルが脳死判定におよぼす影響を検討した報告=斎藤 隆史(長野赤十字病院):脳死判定に影響を及ぼすbarbiturate血中濃度の検討、脳神経外科、30(6)、593−599、2001は、15例の末梢血濃度を測定し自発呼吸の出現した最低値が4.4μg/mlだったことから、p598では「4.4μg/ml以下であれば十分な安定性のもと脳死判定が可能であると考えられた」としている。公害対策などでは薬物の悪影響回避のために個人差を考慮して、実験から得られた濃度の10分の1に規制値を設定するなど行われているが、斎藤氏らは最低値をそのまま「十分な安定性のもと脳死判定が可能」とする間違 いを犯した。

 また五十嵐 敏明(京都大学医学部附属病院薬剤部):チオペンタール血中濃度測定と脳死判定時の緊急体制システムの整備、TDM研究、21(4)、313−319、2004は「バルビツレート療法を行ったチオペンタール投与中の2名の患者における消失半減期は12.7と22.0hrであり、インタビューフォームに記載されている単回投与時の半減期5.7hrよりも延長する傾向にあった。全身麻酔薬として使用された場合の体内動態をそのままバルビツレート療法に適用することは難しいと考えられる。従って、バルビツレート療法中の患者でチオペンタール血中濃度が検出限界以下になるには投与中止後、少なくとも3〜5日を要することが示唆された」と報告した。薬理書に記載されている情報は、脳死判定時には参考にならないと考えるべきだろう。

 各薬剤ごとに設定されている有効濃度域も見直しが必要であること、そして、脳組織内薬物濃度を測定する技術が存在していないため(脳血流内薬物濃度の測定手段はある)、中枢神経抑制剤投与例はすべて脳死判定の対象としない=判定除外例にすることを、脳死判定基準に明記する必要がある。

 

 

国会論議も見直しを

 竹内 一夫(杏林大学名誉教授)は、脳と神経2002年7月号「脳死の判定」p557〜p563において、「唐澤らによると脳死判定に影響を与える29種類の薬物のうち、有効血中濃度域がわかっているものは12種類しかないという」と記述している。竹内氏は1997年4月8日の衆議院厚生委員会では参考人として「脳死の判定基準の最初に『前提条件』あるいは『除外例』というものが厳重に設定されております」と述べたが、本当は除外すべき薬物がどれだけあるかも知らなかったのであろう。国会論議の見直しが必要になる、重大な問題だ。

 竹内氏は、守屋・高知医大助教授が指摘した脳死状態における脳内薬物濃度の高さを紹介したが「脳死判定の目的で被験者の脳組織を採取するような検査は、まず実施不可能であろう」と だけ記述した。そのような検査が実施不可能であるならば「中枢神経抑制薬を投与された患者は脳死判定しない、除外例とする」ことが科学的な態度であろう。

 

中枢神経抑制剤の連日投与下に脳死判定

高橋 あんず(島根大学医学部小児科):【感染症】 ロタウイルス感染によりHemorrhagic shock and encephalopathyを来した2歳男児例、小児科臨床、59(11)、2400−2404、2006

 2歳6ヵ月男児は入院前日から発熱。入院当日、下痢、嘔吐、間代性けいれんがあり眼球上転が続いた。近医でジアゼパム(計12mg)、チオペンタール(計40mg)が投与。入院当日、鎮静・抗けいれん剤としてミダゾラムを使用。入院2日目に自発呼吸消失、脳幹反射消失、平坦脳波、ABR無反応を示すようになったため脳死類似状態と判断した。発症から3年2ヵ月、人工呼吸器管理下で脳死類似状態が続いていたが、5歳9ヵ月時、感染を契機に死亡した。

 

薬物濃度が高いことを知りながら脳死判定を強行

 五十嵐 登(富山県立中央病院・小児科):新生児期における脳死判定とターミナルケア ―重症新生児仮死症例における看取りのカンガルーケアを通して―、小児科臨床、 56(2)、168−172、2003によると、五十嵐医長らは「我が国では新生児期の脳死判定基準はない」「将来的にも新生児期において社会的に万人の納得する脳死判定基準の設定は不可能にも思える」ことを認識している。

 しかし、この新生児(1948g 女児)の治療に使用した中枢神経抑制剤フェノバルビタールを投与している最中で、しかも脳血流がある日齢5に第1回目の脳死判定をした。フェノバルビタールは日齢6まで投与し、日齢7に血中濃度41.6μg/mlであり、脳死判定には高濃度であることも、五十嵐医長自身が認識しており、「25μg/ml以下であれば脳死判定に問題はないとされている」と書いている。

 血中濃度を測って41.6μg/mlならば25μg/mlをはるかに超えているから、成人であっても脳死判定しないのが当然の判断になろう。フェノバルビタールを日齢6まで投与し、日齢7に脳血流が検出されなかったことから、脳組織内薬物濃度が血中濃度の数十倍にもなっている可能性も認識すべきだ。しかし、五十嵐医長らは、まさにその日齢7日に第2回目の脳死判定を行なった。そして家族に「脳死に近い状態」との説明を行ない、治療レベルを落とした。日齢10に多臓器不全で死亡したが、お母さんの胸に抱かれる機会を持てたことで良い看取りができたかのように書いている。

 脳死判定基準が無い新生児を、脳死判定する。しかも中枢神経抑制剤が高濃度だから脳死判定してはいけない状態であることを明確に認識しながら脳死判定し、家族に説明した。これほどの無茶苦茶をするのであれば、脳死判定基準など不要になる。

 

脳波がありながら脳死と説明

 柴崎 淳(神奈川県立こども医療センター 新生児未熟児科):脳死と考えられた新生児例、こども医療センター医学誌、33(2)、101−105、2004は、在胎41週の男児に、日齢5、7に脳死に準じた診察を行った。無呼吸テストは日齢12に1回のみ実施。

 入院時より morphine hydrochloride による鎮静、筋緊張亢進と痙攣に phenobarbital 160mg筋注を行い、これらの鎮静・筋弛緩剤の中止は日齢4である。脳内に高濃度の薬物蓄積が予想されるにもかかわらず、その翌日に脳死判定を実施した。

 10回の脳波測定のうち日齢5、7、11、16に散発的だが低電位のデルタ律動(発作時脳波)を認めた。脳波計感度は、標準の50μV/5mmで実施しており50μV/20mm以上に上げていない。この点は柴崎氏も認識しており、平坦脳波と診断することはできず「ほぼ平坦な低電位」と表現している。低電位のデルタ律動(発作時脳波)について、柴崎氏は「その扱いに関し、診断基準に記載がない。・・・脳波所見の扱いが課題として残った」ことも認識している。

 しかし、こども医療センター医学誌p104で柴崎氏らは、重症度を評価するための脳死診断だったことを述べ「この点から考えると、両親への説明の場で、脳死診断基準は有用であった」としている。断定的な表現を避けつつも、両親には脳死、救命断念を理解されるような説明を行ったのであろう。

 日齢15に両親より「挿管チューブを抜去してほしい」との希望があり、日齢18親戚一同に見守られファミリールームで気管内挿管チューブを抜去し永眠した。

 富山県立中央病院そして神奈川県立こども医療センターの論文を読んだ医師のなかには、次のように考える不心得者が出てきてもおかしくない。「普通の人は脳死のことなど知らないから、本当は脳死判定してはいけない患者を脳死判定してもわからん。薬物濃度が高くても、脳波があっても検査結果を見せたりしなければ、騙せる。法的な検証制度などないのだから。最後の看取りの場面だけ、それなりの環境を演出すれば、脳死を受け容れる患者家族も多いはずだ」と。

 

法的脳死判定が最も多い施設も?

 中枢神経抑制剤については「臨床的脳死判定は不要」と主張し最も法的脳死判定が多い施設の医師、山本 保博、横田 裕行(日本医科大学):臓器提供サイドからみた臓器摘出の問題点と解決策、今日の移植、15(4)、321−325、2002も「C集中治療室でしばしば使用し、中枢神経系に影響を及ぼす種々の薬剤を使用している際の具体的な脳死判定の方法を明らかにすることが必要である」という。これまで、どのような脳死判定をしてきたのか、気になる提案だ。

 

 

脳死判定や臓器摘出目的の、昇圧剤・輸液・ホルモンなどの投与は禁止すべき

 収縮期血圧が90mmHg未満の患者は、現在でも脳死判定除外例とされている(90mmHgは成人の場合、小児は年齢別により低い値が正常値とされる)。血圧が低いことにより、意識水準が低下し反射テストでも正確な判定結果を得られないためだ。しかし脳死判定し臓器を提供させるために、いまだ脳死が否定される状態でありながら、昇圧剤を投与したケースもある。輸液や抗利尿ホルモンなどを投与することによっても、血圧上昇が図られている。

 法的脳死が確定する以前からの、臓器摘出目的の処置は違法行為となる。昇圧剤・輸液・抗利尿ホルモンの投与そのものが、患者に苦痛を与え、さらに脳の疾患を悪化させ救命に反する重大な事態をもたらすケースがある。

  1. 平田芳江(高知赤十字病院看護部長):脳死患者の臓器提供の意思に応えて 看護部はどのように機能したか、看護教育、40(12)、1032−1037、1999掲載の病状経過表によると、法的脳死判定1例目では2月26日のピトレッシンの投与がなされた時間帯に、収縮期血圧が約210mmHgに急上昇している。
     
  2. 法的脳死判定7例目では2000年4月24日朝の血圧が90mmHg未満でありながら、脳波測定をして平坦脳波としている。その後、抗利尿ホルモン、輸液を行い血圧上昇。

 脳死判定までに血圧が低いならば、それまでに投与された中枢神経抑制剤は、肝臓で代謝され腎臓で排出されるという濃度低下のメカニズムも働いていない。つまり中枢神経抑制剤が投与されていた患者で、かつ脳死判定目的で昇圧剤の投与も必要な患者は、脳死判定対象外(脳死判定除外例)とすべき患者であることになる。

 これらの理由から、脳死判定や臓器摘出を実現する目的で、昇圧剤・輸液・ホルモンなどの投与を禁止すべきことは、自明のことであろう。

 脳不全患者の尿崩症の治療目的、または心停止を回避する目的でも、抗利尿ホルモンなどが投与される。これらの処置は容認されるが、ドナー管理目的の処置と見分け難いケースもある。行われた処置の詳細と、脳不全患者の救命に反する脳圧上昇、体液増加などを引き起こしていないか、救命に反するか否かで区別しなければならない。

 

 

代謝性障害

滝井 義隆(目白病院集中治療室):脳死と思われた低血糖昏睡患者の1治験例、日本救急医学会関東地方会雑誌、5(2)、784―786、1984

 26歳男性は4年前に若年性糖尿病の診断でインシュリン治療を行っていたが、1年前より全く,治療を受けていなかった。1984年3月13日午後1時頃、自室にて意識消失状態で発見された。意識喪失時間は3時間位と思われるが詳細は不明。

 入院時所見:意識レベル300、対光反射なく、るいそうが著明、血圧120/60、呼吸数毎分8回下顎呼吸、体温32.2度。血糖値は15mg/dlと著明な低値を示した。午後2時ICUに収容、15分後突然無呼吸となり人工呼吸管理を開始。

 14日、午前8時に体温は36.4度と回復したが意識は300、脳波所見ではデルタ波が主体でほぼ平坦化しており、長時間低血糖があったと推定され、ほぼ脳死状態と思われた。治療は頻回に血糖値を測定しながらグルコースを補給し、必要なカロリーを維持した。

 15日、 意識200、脳波所見ではシータ波が認められ皮質リズムが認められるようになった。21日の脳波ではアルファ波も出現、25日、意識は完全に回復した。

 自発呼吸は3月14日8時頃には出現し、23日人工呼吸器を抜管したが、31日、喀痰を十分排出できず頻呼吸となったため再挿管したが4月3日に抜管した。血糖値の変動が大きくインシュリンでコントロールし、ほぼ血糖値が安定したところで5月12日ICUを退室した。

 25mg/dl以下の低血糖状態が1〜2時間続くと神経細胞を構成する脂質、蛋白質も代謝され、不可逆的な脳損傷がおこると述べられている。今回の症例は、血糖値15mg/dlと極めて低値であり、意識喪失時間は3時間位と考えたため回復は困難と思われた。症例の低体温が有利に働いた可能性が大きい。

当Web注:自発呼吸が3月14日8時頃に出現し、脳波も完全な平坦ではないのであるから、この時点で滝井氏らが「ほぼ脳死状態」と思いつつも治療したことは、大脳が有意に機能していない患者を価値のない死体とみなす優生思想か、病状が悪化すると見込んでいたか、いずれかと推定される。


 

カテコラミン大量投与例は脳死、3徴候死判定対象から除くべき

花宮 秀明(飯塚病院外科):Dopamineの大量投与にて散瞳と対光反射の消失をきたしたと思われる2症例、救急医学、7(11)、1707−1710、1983

<症例1> 交通事故で頭部損傷、腹部臓器破裂疑いの48歳男性患者が呼吸停止。気管挿管、心臓マッサージを行うとともにラクテックリンゲル500mlにdopamin 5Aを入れ、30μg/kg/minを超える急速点滴と大量輸液を行った。約3分間の心肺蘇生にて血圧120/〜mmHgまで回復するとともに自発呼吸も回復した。そのとき瞳孔は完全に散大し、対光反射の消失を認めた。・・・・・・血圧の安定にともなってdopaminを10μg/kg/min未満とした。その約2時間後、自発呼吸を認め、呼名にて開眼し手術の説明にうなずくようになった。しかし散瞳と対光反射の消失は続いていた。dopamin中止後4時間、(瞳孔は)左右とも直径3.5mmとなり、対光反射をみとめた。患者の意識状態も清となった。

<症例2> 果物ナイフを右前胸部に刺した63歳女性、急速輸液にもかかわらず収縮期血圧40mmHgとなったためdopaminの30μg/kg/minを超える投与を行った。17分後瞳孔は完全に散大(直径7.5mm)し対光反射の消失を認めた。そのとき自発呼吸はあった。・・・・・・dopaminを10μg/kg/min未満に減量した約1時間15分後、散瞳(直径6.5mmとややにぶいが対光反射を認めた。 


玉川 進(旭川医科大学麻酔学):麻酔下および意識障害下におけるエピネフリン点眼時の瞳孔径の変化、麻酔、39(9号外)、S247、1990

 瞳孔径は点眼前後で意識レベル1桁(3−3−9度方式)では3.1±0.8mmから4.8±1.4mm・・・・・・意識レベル3桁では3.6±1.3mmから6.0±2.3mmに変化した。・・・・・・意識障害が進むにつれてエピネフリンによる瞳孔の反応が亢進することが示された。

 

注:カテコラミン(catecholamine、カテコールアミン)は、カテコール核をもつ生理活性アミンのことでドパミン、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)、アドレナリン(エピネフリン)の総称

 


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