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“脳死”例の剖検所見
*中野 今治(Montefiore Hospital and Medical Center):Respirator
brain
の脳表に沿って見られた白血球浸潤、神経内科、17(2)、203−204、1982
Respirator brain
は脳死の状態で人工呼吸器を長期装着された患者に見られ、脳循環停止に伴う自己融解による変化と考えられている。69歳女性は右の内頸・後交通動脈瘤破裂で、動脈瘤のクリッピングと脳内血腫の剔出をうけた。術後、鉤ヘルニアの症状が出現、さらに脳幹の諸反応が消失し、自発呼吸も停止した。患者は2週間人工呼吸器を装着された後、死亡した。
剖検時、脳は高度に柔らかくなっており、とくに脳底部と小脳は粥状で外形をとどめないまでに融解していた。これに対し大脳頭頂部は比較的に保たれていたが、脳回は著しく偏平となり脳溝も認め難く、高度の脳圧亢進状態が存在したことを示していた。この頭頂部の表に露出した脳表面から約1.5mm離れた大脳皮質内に、脳表に平行にほぼ一線をなして走る著明な白血球浸潤が認められる。
脳表のクモ膜下腔の血管は正常にみえる血球で充満して高度にうっ血しており、線維性組織の増殖による明らかなクモ膜の肥厚がみられるのに対し、深部脳溝内の血管にはうっ血像はなく、クモ膜組織の増殖肥厚も認められない。白血球浸潤は生きている組織による反応である。本例に見られる線状の細胞浸潤は、死亡前のある時点で血流が途絶えて壊死に陥った脳の深部と、不十分ではあろうが循環が維持されて生きていた脳浅層部との境を示しているものと思われる。
脳の動脈は脳表面から脳表に直行するように入り込んでいる。脳浮腫に伴って脳内圧が上昇し、脳溝内の血管を含めた深部血管が圧迫、閉鎖され、脳表のごく薄い層にのみかろうじて血流が保持されていたものと考える。
ここに示したような細胞浸潤は、通常の病理像としては認められず、人工呼吸器という現代医療機器の生み出した新しい病理像であるかもしれない。
*生田 房弘(新潟大学脳研究所実験神経病理学):「脳死」の神経病理学、神経研究の進歩、36(2)、322−344、1992
(p335)脳橋の被蓋で明らかに高度の赤血球の泡沫化を示しながら、小脳や大脳の白質から大脳表層部にかけて、さらには脳表くも膜下腔の血管内ではなお充実性の赤血球が混在している像がほぼ例外なく認められた。・・・・・(p336)すなわち、脳内の各部の組織が次々に死に入ってゆくさいには、脳循環の停止はおそらく同時的に生じているのではなく、脳幹部の組織内血管にまず循環不全から停止が生じ、やがてそれは小脳や大脳へと拡がってゆくのではなかろうか。
(p339)脳死例のさいの視床下部では、単に神経細胞が生き生きとみえただけでなく、その周囲の血管内にまったく
autolysis のない生き生きとした血球が認められたことは、視床下部が内臓器と同様に血流を持続している部である可能性も考えさせる。しかしながら上述の46歳男性例では心停止が生じたのであるから、視床下部も当然血流を1時間15分以上も停止していたと考えるほかない。従って、この部の神経細胞は真に乏血に対して極めて強い抵抗性を持っていると考えられるように思う(視床下部については後出)。
当サイト注:46歳男性は、心肺停止状態で来院、心拍再開までが1時間15分かかった。この間、蘇生処置がなされているので、血液循環がまったく0ではなかったと見るべきであろう。
*古川 理孝(北里大学医学部・法医学):脳死に関する脳の組織計量的研究、北里医学、22(2)、253−265、1992
検査対象は、脳死判定された7例と、対照は脳に急性一次性粗大病変のない急死7例。死後変化所見を@〜Eの指数(@神経細胞の変性A赤血球の崩壊B血管内皮細胞の剥離C細菌増殖の程度Dは@〜C指数の合計値E小脳における顆粒層崩壊)で現し、「心停止〜解剖時間」と「脳死判定〜解剖時間」との相関性を検討した。
以下は、原文の表2対照例と表5脳死例のデータからA赤血球の崩壊とD合計指数のみ、各7例の最大値と最小値を示す。正常赤血球の場合の指数Aは0、すべて
ghost
化した赤血球の場合の指数Aは300と算出される。Dの合計指数は0〜1000となる。
|
対照例 |
|
脳死例 |
脳の部位 |
赤血球崩壊指数 |
合計指数 |
赤血球崩壊指数 |
合計指数 |
大脳 |
7〜300 |
119〜878 |
52〜204 |
270〜437 |
中脳 |
7〜300 |
111〜843 |
74〜225 |
255〜453 |
橋 |
0〜300 |
103〜817 |
84〜245 |
255〜470 |
延髄 |
0〜300 |
119〜804 |
22〜250 |
235〜511 |
小脳 |
0〜300 |
109〜769 |
92〜300 |
281〜586 |
この論文に掲載されている、脳死判定から心停止を経て解剖開始までの時間が3日間の脳死例No.11(階段落下による頭部外傷の46歳)と、心停止〜解剖まで3日間の急死例No.5(特発性心筋症の44歳男性)とを比べると、赤血球崩壊指数は大脳で脳死例145に対して急死例は123、中脳195:162、橋172:203、延髄182:166、小脳198:164。合計指数においても脳死例は急死例にくらべると、死後変化が大きい。
しかし赤血球がすべて ghost
化したのは、脳死例でも解剖まで3.5日間と4日間の2例の小脳組織のみだったことは注目される。
*山下 真理子(大阪府済生会中津病院神経内科):全身性けいれん重積が持続し、高度の脳浮腫を呈した急性脳症の1剖検例、脳と神経、53(11)、1057−1062、2001
29歳男性は、感冒症状の3日後、意識障害と全身性けいれん重積状態を呈して発症。その後の10日間、各種の抗けいれん剤と全身静脈麻酔薬の大量持続投与にもかかわらず全身性けいれん重積が持続し、同時に脳浮腫も進行して第10病日に脳死状態に陥った。その直後から全身性けいれん重積は完全に消失し、第16病日に死亡した。
脳内の血管内腔には泡沫状赤血球が充満し、脳が広範に循環停止状態にあったことを示していた。ただし、正常な赤血球を認める血管もあり、部分的に若干の血流が保たれていたことを示していた。
*氏平 伸子(名古屋大学医学部神経内科):レスピレーター脳の神経病理学的検討、臨床神経学、33(2)、141−149、1993
(p141)今回、我々が対象としたレスピレーター脳は、臨床的には深昏睡状態で自発呼吸は消失し、レスピレーター管理されていた例で、剖検時強い自己融解、即ち肉眼的には脳は柔らかさを増して、強い浮腫とうっ血、脳ヘルニアがみられ、顕微鏡的には染色性の低下、組織の壊れやすさ、血管内の赤血球の充満所見を呈した101例。・・・・・・平坦脳波の確認と、脳幹反射の消失についての詳細な記載が得られた66例・・・は実際的には脳死状態にあったものと推定される。レスピレーター装着時間は5〜840時間(平均99.2時間)、死後経過時間は1〜48時間(平均6.6時間)。
(要旨)反応性のグリオーシスや細胞浸潤は基本的にはないが、一部では脳内血流の存在を示す脳表層部の細胞浸潤像を示した。
(p144)大脳皮質と平行に、第三層くらいまでの表層を、層状に、主として血管周囲性に白血球細胞の浸潤がみられ(12例)、浸潤していた白血球細胞の核は崩壊していた。表層部に層状に浸潤していた白血球細胞の核の崩壊の程度は、深部より軽度であった。その基礎疾患、レスピレーター装着時間は種々のものが含まれていた。赤血球はレスピレーター脳では透明な泡状になっていくが、ほとんどの赤血球が泡沫化している高度融解例でも、赤く新鮮にみえる赤血球の見られる部位があった。
(p148)なお、赤血球の泡沫化が脳死脳の重要な病理所見としてとりあげられる場合があるが、今回対象としたレスピレーター脳例では、レスピレーター装着時間が35日と長く組織の融解が著しい例も含めて、全ての赤血球が泡沫化している例は皆無であった。またレスピレーター脳を示さない病理解剖の標本においても、ときに泡沫化した赤血球が観察されることから、赤血球の泡沫化所見を脳死における脳の自己融解を示す重要な神経病理所見としてとりあげるには慎重を要すると考えられた。
(p147)脳の表層部に血流があったことを示す血管周囲性の白血球細胞浸潤のみられる例があり・・・・・・浸潤細胞も自己融解を示しており、再開された血流が死亡直前まで持続したとは考えにくく、さらにこのようなわずかな脳血流の存在はレスピレーター脳において脳組織がその構造、機能を維持するに十分なものとはいえない微小なものと考えられた。
(表2を文章化)レスピレーター装着時間と部位別融解度は、24時間未満の脳幹底部は軽度融解、視床は中等度融解、120時間以上の脳幹底部は中〜高度融解、視床は高度融解。
(p148)一部の症例では、固定の影響や血管支配の分布では説明できない不均一な融解像を示した。このような融解の程度の不均一像は大脳皮質や白質でもしばしばみられ、頭蓋内圧の影響や血流停止のおこりかたが全脳均一におこるのではないことがこのような所見の一因となっていることが考えられた。
*長嶋 和郎(東京大学医学部病理学教室):心停止脳症とレスピレーター脳、病理と臨床、3(10)、1108−1113、1985
(p1111〜p1112 臨床的脳死の病理所見報告について)一般に炎症所見がないといわれているが、まれに血管壁に好中球の浸潤があり、あたかも
vasculitis(脈管炎)のような所見が見られる。また脳にも限局性に好中球浸潤、またはその死骸がみられ、purulent
encephalitis(化膿性脳炎)の像に遭遇することがある。脳血管の一部が流入している場合など脳の壊死組織に対する反応が一時期生じていたためと考えられる。脳血管造影写真でも1〜2本の血流が認められる場合があり、複雑な反応を呈することが予想されるからである。
中枢神経以外では脳下垂体前葉の壊死がよく認められる所見である。植物状態の人間が数年に渡って存命するにもかかわらず、脳死の患者が早晩1ヵ月以内に心臓死に至るのはこの下垂体壊死による影響ではないかと秘かに思っている。
*福田 充宏(川崎医科大学救急医学):脳死後の臨床検査と病理所見、日本外科系連合学会誌、19(4)、119−124、1994
15年間に脳死判定された症例は361例、剖検88例の病理報告書で肉眼的にヘルニア所見ありとの記載は、一次性脳病変で平均45%にみられた。・・・・・・種々の程度の小脳顆粒細胞層の崩壊像が85%以上に認められ、これが脳死を経過した症例の特徴的所見であった。
表2 脳の病理所見
|
頭部外傷
(n=11) |
くも膜下出血
(n=14) |
脳出血
(n=7) |
脳梗塞
(n=10) |
二次性脳病変
(n=8) |
平均年齢(歳) |
46.9 |
52.5 |
51.8 |
68.9 |
54.6 |
脳重量(g) |
1,393 |
1,258 |
1,196 |
1,291 |
1,102 |
ヘルニア(%) |
45.5 |
42.9 |
28.6 |
60.0 |
0.0 |
変性壊死(%)
大脳皮質
小脳プルンキエ細胞 |
72.7
63.6 |
71.4
64.2 |
71.4
57.1 |
70.0
60.0 |
62.5
62.5 |
小脳顆粒細胞の崩壊(%) |
90.9 |
85.7 |
85.7 |
90.0 |
87.5 |
*石田 陽一(群馬大学第一病理):病理学よりみた脳死、治療学、14(4)、483−486、1985
生後4ヵ月女児、自発呼吸が停止し、4ヵ月間人工呼吸を行った。剖検所見では硬膜に一部を包まれて、一塊となった60gの脳組織が頭蓋腔に認められた。(中略)脳組織は石灰沈着を伴う壊死組織の集まりからなり、組織をおおう硬膜から血管結合織、食細胞の増生が起こり、被包化が始まっていた。
(中略)人工呼吸器装着後、数日を経た剖検例で、respirator brain
の所見が意外に軽度な例も確かに認められる。融解にいたる高度の病変を示す剖検脳の病変からは、たとえ心停止はなくとも、脳死は個体の死に直接するもので、人工呼吸器による生命維持は無意味であったということができよう。しかし、病変の軽度な例では脳病変が非可逆的変化であるかどうか判断に苦しむ場合もある。
当サイト注:石田氏は「融解にいたる高度の病変を示す剖検脳の病変からは、たとえ心停止はなくとも、脳死は個体の死に直接するもので、人工呼吸器による生命維持は無意味であったということができよう」としているが、そうであろうか。
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上記の生後4ヶ月の女児は、脳死判定基準を満たしたことが死に直結しなかったから、4ヵ月間の人工呼吸となったのではないか。
-
「人工呼吸器装着後、数日を経た剖検例で、respirator brain
の所見が意外に軽度な例も確かに認められる。・・・病変の軽度な例では脳病変が非可逆的変化であるかどうか判断に苦しむ場合もある」のであれば、一気に脳が高度な病変を示す患者はいないのであるから、脳死判定基準を満たした後に、どの時点からが人工呼吸器による生命維持が無意味であるとも言えないのではないか。
*水野 美邦(順天堂大学神経学):脳死判定前後の神経症候、脳死・脳蘇生研究会誌、10、1−19、1997
1970年にU.S.A. Collaborative Study on cerebral
Deathに参加したノース・ウェスタン大学医学部では、深昏睡・呼吸停止患者54名のうち剖検は30例。そのうち平坦脳波であった患者さんが11例、脳波を残したまま亡くなった方が19例。平坦脳波であると判定した患者さんは、全例組織学的なrespirator
brainの特徴を備えていた。これは神経病理の専門化が判断し、さらに標本を中央でも検討するという厳重な手順を踏んで、respirator
brainであることが確認されている。一方、脳波を残しながら亡くなられた患者さんでも、1例respirator
brainの特徴を示していた方がありましたが、他の18例はrespirator brainではなく、平坦脳波とrespirator
brainの間によい相関関係があった。
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中沢 省三・石郷 岡聡(日本医科大学脳神経外科)・横田 裕行(同救急医学科):重症脳障害における頭蓋内圧と脳循環動態、神経研究の進歩、36(2)、271−281、1992
(p274〜p275)厚生省脳死判定基準にて脳死と判定された56例、心停止後6例に病理解剖がなされた。下垂体前葉に関しては、6例において壊死組織の中に正常腺管構造が認められたが、両者の割合は症例によりさまざまであった。正常腺管構造を有する前葉内にGHおよびPRL陽性顆粒が多数確認された。視床下部の神経細胞は変性が高度であるものの、壊死に陥っていない細胞も認めた。また脳死判定4日後の症例で大脳皮質の一部に、壊死性変化の軽度な神経細胞が確認された。
(p280)重症脳障害の極限に脳死状態があるが、臨床上脳死と判定されても脳底部の一部に血流は認められる。また視床下部・下垂体ホルモンが測定され、剖検脳の一部に正常細胞も認められる。すなわち脳死とは、極端な脳血流の低下により、全脳細胞が壊死へと進む経過の一つの process であり、すべての脳細胞の壊死を意味するものではない。この過程において全脳の統合機能が不可逆的に失われた状態を意味するもので、統合を失った個々の脳細胞が生存していても脳死を否定することにはならない。point of no return は、この過程でとらえられる臨床的な認識点と解される。
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新潟大学脳研究所実験神経病理学の生田 房弘氏は、脳死の神経病理学、日本医師会雑誌、94(11)、1852−1863、1985では脳死患者58例の剖検例の所見を発表。その後、「脳死」の神経病理学、神経研究の進歩、.36(2)、322−344、1992、これとほぼ同内容の“脳死”例の剖検所見からみた個体の死の時刻、週刊医学のあゆみ、172(10)、641−646、1995では84剖検例の所見を発表している。
現時点(2003年9月)でも、脳死患者を解剖して検討した研究では、生田氏の業績を上回る論文は発表されていないそうだが、脳病理解剖学の第一人者でさえ括弧付きの「脳死」と書くように変化し、脳死概念に距離を置くようになったことも注目される。
上記の3論文なかでは最新の(新潟脳外科病院病理部の武田 茂樹氏と共著)“脳死”例の剖検所見からみた個体の死の時刻、週刊医学のあゆみ、172(10)、641−646、1995の要旨は下記。
-
脳死脳における例外のない重要な現象は、脳死の判定とほぼ同時期に、脳の血流、すくなくとも脳幹網様体を含む部に脳血流の停止が生じていることである。
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脳死例ではなく事故のため心停止後を生じ、その後種々の時間を経過した後、心拍が再開、その後結局死亡された多数の剖検例から、大脳皮質の神経細胞では、心停止後ほぼ7分くらいで多くの細胞は死滅するが、部位によっては15分くらいの心停止でもなお生存している神経細胞のあることが認められる。
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脊髄は全例が内臓器とともに、心停止に至るまで血流を保持し、生存している。
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脳死例の視床下部諸核を検索すると、すくなくとも剖検時になお血流が保持し、神経細胞も生存していたとみられる例があった。それら症例の脳幹部や他の部は明らかなオートリシス(自己融解)に陥っていた例であった。
すなわち脳死後24時間以内に剖検された6例はみな、おそらく生存していたとみなされた。脳死後24〜48時間例では10例中8例が、48〜72時間後では7例中3例が、そして72時間〜92時間例では4例中2例が、おそらく生存していたと考えられた。すなわち脳死後4日位の時点まではほぼ40%くらいの症例の視床下部だけは生存していると考えられた。
1時間余りの心停止の後、視床下部神経細胞が生きていた例も経験した(檜前 薫:乏血、無酸素および低血糖に対する視床下部と脊髄神経細胞の抵抗性、神経研究の進歩、.36(2)、261−270、1992)。この部の神経細胞は血流停止そのものにも強い抵抗性を持っている部と思われた。
中島 孝之(関西医科大学脳神経外科):頭蓋内圧亢進時の間脳下垂体の微細循環障害と組織学的変化について、関西医科大学雑誌、23(2)、291−302、1971は、「視床下部の循環障害は下垂体の脳循環障害に比べて、その進行がやや遅れることが剖検例、動物実験例でともに認められた。これは脳実質の頭蓋内空間への移動によって圧迫軽減の機序が働き、循環障害の発現が遅くなるためと考えられた」としている。
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血管と神経細胞の間に介在し、栄養を橋渡しするアストロサイトも、血流停止後数十時間生存する。
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3徴候死と認定される瞬間に個体を構成する各部分は、けっしてそれぞれ完成した生物学的死には至っていない。・・・・・・
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豊倉 康夫氏が生命の科学12(9)、1、1993に書いた「頭と胴体が離断された個体では、二つの部分の生物学的な死へのプロセスが同時に進行する。しかし、それはいずれの部分においても完結した死の瞬間ではない。頭部では聴覚、視覚をはじめとする感覚入力はかならずや大脳に伝達されるであろう。意識、記憶、感情など、間違いなく大脳に依存するしくみも瞬時に廃絶するわけではなかろう。これは病床における昏睡の脳、臨死状態の脳にもあてはまることだと私は考える。さらに、遺族に向かって『ご臨終です』という医師の言葉さえも・・・」を引用し、「著者もそのように考える」と同感している。
当サイト注:豊倉氏が精神医学33巻6号に書いた文章はこちら
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下記は、生田氏作成図に一部追記した
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主病変→
↓ |
副病変
↓
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脳浮腫・脳腫脹
↓ |
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|
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脳圧亢進 ←→
↓ |
脳各部の変性・圧迫、
血液・髄液の循環異常
↓ |
|
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脳
死
の
判
定 |
→
↓ |
脳血流の停止/脳幹網様体を含めた→脳の死 |
|
人
工
呼
吸
↓
心停止
|
↓
大脳皮質の
神経細胞死 |
視床下部
↓脳
↓死
↓後
↓ ・
↓4
↓日
↓目
↓約
↓40
↓%
↓生
↓存
|
アストロサイト
↓数
↓十
↓時
↓間
↓生
↓存
・
・
・
・
・
・
|
|脊
|髄
| ・
|生
|存
|
|
|
|
|
|
|
↓ |
|内
|臓
|器
| ・
|生
|存
|
|
|
|
|
|
↓ |
・
・
・
(Autolysis)
自己融解
・
・
・
・
・
・ |
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
|
|
↓
解剖
↓ |
・
・
↓ |
・
・
↓ |
・
・
↓ |
・
・
↓ |
・
・
↓ |
|
組織固定 |
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日本医科大・中沢氏、横田氏の言う「脳死とは、極端な脳血流の低下により、全脳細胞が壊死へと進む経過の一つの process
。・・・・・・point of no return
は、この過程でとらえられる臨床的な認識点と解される」は一面の事実だ。確かに、急激な経過で容態が悪化される患者もおられる。しかし、同時に脳死判定されながら、後に脳死判定を否定するまで回復した症例のあることも忘れてはならない。
「すべての脳細胞の壊死を意味するものではない。この過程において全脳の統合機能が不可逆的に失われた状態を意味するもので、統合を失った個々の脳細胞が生存していても脳死を否定することにはならない」と言い切って大丈夫だろうか。
新潟大・生田氏の指摘する「視床下部は脳死後24時間以内はみな、おそらく生存。脳死後4日位の時点まではほぼ40%くらいの症例の視床下部だけは生存していると考えられた」のであれば、この時点で死亡宣告したり臓器摘出することは、「脳死」患者に意識され臓器摘出時に痛みや恐怖を感じさせる物質的基盤が残されている可能性を示す。生体の恒常性を維持する機能についても同様と考えられる。
「頭と胴体が離断された個体では、・・・死へのプロセスが同時に進行する。しかし、・・・頭部では聴覚、視覚をはじめとする感覚入力はかならずや大脳に伝達されるであろう。・・・これは病床における昏睡の脳、臨死状態の脳にもあてはまることだと私は考える。さらに、遺族に向かって『ご臨終です』という医師の言葉さえも・・・」ということであれば、3徴候死後の臓器摘出も、「脳死」下臓器摘出と同様の非倫理性をはらむ。
「脊髄は全例が内臓器とともに、心停止に至るまで血流を保持し、生存している。・・・・・・1時間余りの心停止の後、視床下部神経細胞が生きていた例も経験した」ことと古田説脊髄反射でも問題は解決しないも考慮すると、3徴候死後も数時間経過しないと、臓器・組織の摘出、埋葬が正当化されないことになる。
生田氏は「“脳死”におけるサイエンスとしての医学生物学的な死の時刻は、やはり個々の細胞の死の時ではなく、脳死と判定され、脳内の血流が停止したときが個体の死の時刻であると考えるほかないように思われる」としているが、血流停止に強い視床下部の検査をしていない脳死判定基準を、どのように評価しているかは言及がない。
脳内の血流停止を必要な精度で測定する技術的手段が存在しないため、理論的な脳死および死亡時刻の定義と考えられる。
視床下部の機能が、脳死と判定された後にも残る実例を次ページ視床下部機能例を脳死とする危険で紹介する。
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