岡山大 56歳男性に生前カテーテル挿入
膵臓・腎臓を摘出 48歳女性患者に移植
1991年9月20日、膵腎同時移植を希望していた48歳女性患者に「脳死」ドナーがみつかり、岡山大学医学部第1外科に入院した。
ドナーはクモ膜下出血により「脳死」となった56歳男性、心停止直前に家族の承諾を得て、大動脈より灌流用ダブルバルーンカテーテル、大腿静脈より脱血用チューブをそれぞれ挿入、心停止直後より冷乳酸リンゲル液、続いてUW液で腹腔内臓器を灌流・冷却しつつ手術室に搬入された。
出典=松野 剛、折田 薫三(岡山大学医学部第1外科学教室):心停止後摘出による膵腎同時移植の1例、手術、47(7)、1221−1224、1993
ペニシリンショックで昏睡の豊倉医師 臨死・蘇生体験を語る
人工呼吸がとても楽 「これはもう駄目だ」との声も聞こえた
東京都老人医療センター名誉院長の豊倉 康夫氏は、精神医学33巻6号で、自らがペニシリンショックで昏睡状態となった後に、人工呼吸によって蘇生された時の経験を報告した。「これはもう駄目だな」という溜息まじりの声も聞こえたという。以下は要旨。
p572〜p573掲載の「臨死体験の記録 死の直前のEuphoria『物質』によるものか?」によると、豊倉氏は1956年、33歳の夏、扁桃炎の高熱の中で実験を終えた後、治療室で立ったままペニシリンの注射をしてもらった。注射が済んで間もなく気分が悪くなり、突然激しいめまいに続いて、視界が一面に黒灰を撒いたように黒くなり、みるみるうちに視界が狭くなった。
(中略)突然息ができなくなった。そのまま転倒したが、その時見た自分の指のチアノーゼをはっきり覚えている。(中略)まだその時ははっきり意識があった。(中略)そして地面に吸い込まれるように意識がなくなったのだが、問題はその短い間に味わった何ともいえない恍惚感(ユーフォリア)のことだ。先ず頭に浮かんだのは御茶ノ水の聖橋のあたりの光景、結婚後間もなかった河田町の狭い借家の様子、あとはただ極楽の花園をさまよい、・・・・
(中略)かすかに意識が戻りかけたとき、おぼろげながら分かったのは、ベッドに寝かされた私の上に馬乗りになって人工呼吸をしてくれている医師であった。(中略)ただ人工呼吸をやってもらうのがこの上なく楽だ。無性に有難かった。少しでも手を休まれると途端に息が苦しくなるので、<どうかそのまま続けて>といいたいのだが声が出ない。まわりの人々の声は聞こえる。「これはもう駄目だな」という溜息まじりの声も聞いた。<いや、もう意識が戻ったのだ>と医師や看護婦さんに伝えたいのだが、声はおろか指1本、体の一部さえ動かすことができない。(中略)そして突然、<助かったのだ!>という喜びと実感が現身の中にこみあげてきたのである。私は渾身の力をふりしぼって眼を開いた。
(中略)このことは、その後の私の医者修行にとって大きな啓示となった。昏睡状態の患者に対しても、大きな声で励ましの言葉をかけ、手を握りしめ、安心感を与えることがいかに大切かの確信がもてたからである。私の体験からも、聴覚、触覚、圧覚の刺激は、昏睡の脳にもそのインパルスは到達するであろう。また、それを知覚できる可能性もまったく絶たれてはいないであろう、ただ外から認知できるような反応を患者が表出できないだけの「意識障害」かもしれないということである。
当Web注:「心停止後」と称する臓器摘出においても、抗血栓剤ヘパリンを臓器にいきわたらせるために、また臓器の鮮度維持のために心臓マッサージや人工心肺による、蘇生と同様の処置が行われている。
東京女子医大 94年末まで11名の「脳死」ドナー
4名の人工呼吸器を外し心停止、膵臓・腎臓を摘出
カテーテル挿入、心停止直後の開腹など脳死前提
東京女子医科大学および関連施設において、1991年3月15日に20歳男性(血液型A)が交通事故で脳死となり、臓器摘出目的でカテーテルを挿入され、人工呼吸器を外された。また3月17日にも、47歳女性(血液型B)がクモ膜下出血で脳死となり、臓器摘出目的でカテーテルを挿入され、人工呼吸器を外された。いずれの患者からも腎臓、膵臓が摘出され移植に用いられた。
- 太田 和夫、寺岡 慧,
淵之上 昌平(東京女子医科大学附属腎臓病総合医療センター第3外科)ほか:心停止ドナーからの膵移植3例の経験、今日の移植、4(6)、583−592、1991
-
寺岡 慧、太田 和夫、藤川 博康(東京女子医科大学第3外科)ほか:糖尿病腎不全患者に対する膵腎合併移植の7例、日本外科学会雑誌、93(9)、997−1001、1992
上記の2資料によると1990年12月から1992年3月までに、東京女子医科大学第3外科で行われた膵臓・腎臓合併移植は以下のとおり。
ドナー |
レシピエント |
No. |
年齢性別 |
原疾患 |
温阻血
時間 |
カテーテル挿入
のタイミング |
人工呼吸器
取り外しの有無 |
年齢性別 |
移植の種類 |
1 |
45歳男性 |
脳出血 |
3分 |
心停止直後 |
装着のまま心停止 |
30歳女性 |
膵腎同時移植 |
2 |
20歳男性 |
脳挫傷 |
1分 |
生前・脳死判定後 |
取り外し |
37歳女性 |
生体腎移植後
膵移植 |
3 |
47歳女性 |
クモ膜下出血 |
0分 |
生前・脳死判定後 |
取り外し |
32歳女性 |
膵腎同時移植 |
4 |
59歳男性 |
脳挫傷 |
14分 |
心停止直後 |
資料に記載なし |
40歳男性 |
膵腎同時移植 |
5 |
18歳男性 |
脳挫傷 |
1分 |
生前・脳死判定後 |
資料に記載なし |
30歳女性 |
生体腎移植後
膵移植 |
6 |
18歳男性 |
脳挫傷 |
6分 |
生前・脳死判定後 |
資料に記載なし |
30歳女性 |
膵腎同時移植 |
7 |
41歳男性 |
クモ膜下出血 |
0分 |
生前・脳死判定後 |
資料に記載なし |
31歳男性 |
生体腎移植後
膵移植 |
(No.3)47歳女性ドナーと(No.7)41歳男性ドナーの温阻血時間は0分だ。これは心臓拍動下の脱血・冷却灌流液注入を示す。今日の移植4巻6号は温阻血時間を1例目5分、2例目1分、3例目1分としている。心停止の死亡宣告から間髪をいれずに脱血・冷却灌流液注入を行う場合に、温阻血時間は数秒〜数十秒となる。「温阻血時間が0分では、生体解剖をしたことが明瞭になる」として「1分」に改竄したことも考えられる
。
(No.1)45歳男性ドナーと(No.4)59歳男性ドナーの2例について、日本外科学会雑誌93巻9号は「心停止後直ちに開腹して総腸骨動脈よりカニュレーションを行い・・・」と書かれている。
2001年6月5日に開催された第1回膵臓移植に関する作業班議事録http://www.mhlw.go.jp/shingi/0106/txt/s0605-1.txtによると、(No.4)59歳男性とみられる温阻血時間14分の臓器ドナーについては「心臓マッサージが30分行われて」と報告されている。心停止から3
分以内に開腹、カテーテルを挿入して臓器の冷却を行うには、手術台上で心停止を待つしかない。
あるいは死亡宣告してからドナー家族に手術室に搬送することの了承を得るために3分〜14分を要し、搬送中に心臓マッサージを開始した等の状況が考えられる。
「人工呼吸の停止」や「心臓拍動下の脱血・冷却灌流液注入」だけでなく、「生前に臓器摘出目的でカテーテルを挿入」「心停止直後に開腹、カテーテル挿入」
「死亡宣告後に蘇生効果のある心臓マッサージを行った後に臓器摘出」などは、いずれも「脳死判定基準を満たしたら人の死」という観念に基づく行為とみられる。東京女子医科大学腎臓病総合医療センター外科の寺岡 慧氏らが2005年の第41回日本移植学会総会で発表した抄録によると、その後、1994年末までにさらに2名も人工呼吸器を外され死亡し、膵臓および腎臓ドナーとされた。他に7名が脳死判定の後に、手術台上で心停止をまち心停止直後に開腹、臓器摘出がなされた模様だ。
1994年末までの11名の膵臓・腎臓ドナーのすべてが「脳死」ドナーと判断される。
小牧市民病院 31歳男性から脳死腎臓摘出
脳挫傷患者に補液、心臓が拍動中に脱血
1991年1月23日、小牧市民病院に交通事故で脳挫傷、外傷性クモ膜下血腫、肋骨骨折、血胸の31歳男性が入院した。1991年1月25日、1986年に公表された厚生省「脳死に関する研究班」の脳死の判定基準にもとづき脳死と診断した。
1月24日より尿崩症を疑い酢酸デスモプレシンを点鼻。1月29日家族より腎臓移植のドナーとしての希望があり、補液による脱水の補正、浸透圧利尿剤、フロセミド等の利尿剤の投与など尿量増加の努力をするも死亡まで乏尿が続いた。死亡24時間前の尿量は167ml。
1月31日心停止後、死亡直前に大動脈に留置したダブル・バルーンカテーテルより体内灌流を施行。摂氏0度に冷却した乳酸加リンゲル液16L/35分、UW液3L/10分にて灌流した。手術開始から腎摘出までは40分、温阻血時間0分であった。
出典:水谷 一夫、小野 佳成、佐橋 正文、山田 伸、松浦 治(小牧市民病院泌尿器科)、橋本 好正、大島 伸一(社会保険中京病院泌尿器科):急性腎不全のドナーからの死体腎移植例の経験、移植、28(3)、332−338、1993
当Web注:尿量が保たれていない腎臓を移植しても、機能が発現しない可能性が高いため、移植用腎臓の機能回復のために「補液による脱水の補正」他の尿量増加の試みがなされたとみられる。しかし「脱水の補正」は脳挫傷患者の脳不全を悪化させ、救命に反する行為になる恐れがある。移植用臓器確保目的でドナーの管理を行うこと、そしてカテーテル挿入は、第3者目的(レシピエントのための行為)であり、違法性は阻却されない。行った者は、傷害罪・傷害致死罪に問われる可能性が高い。ダブル・バルーンカテーテルによる腎臓への冷却灌流液注入は、腎静脈側からの脱血と一体となった手技であり、温阻血時間が0分であることから、心臓が拍動中に脱血したとみられる。
心停止後臓器提供は脳死摘出。心臓死と騙すのは医師不信の先延ばし
心臓止まり臓器が傷むのは耐え難く脳死摘出。他院はうまくすり抜けてる
新潟市民病院が脳死シンポジウム 告発された信楽園病院医師が明言
新潟市民病院医局会は1991年1月23日、脳死シンポジウムを開催した。以下は新潟市民病院医誌 第12巻第1号(1991年11月)p1〜p25より、注目される発言(部分)。
信楽園病院脳神経外科部長・小林 啓志氏
「脳死を―旦認めると、植物状態から、その先まで弱者切り捨てが進むかも知れない」、これもよくいわれているのですが、あまりにも人間の叡知を信じないことではないでしょうか。脳死の問題は、やはり脳死で終るのでありまして、植物状態をどうするかということは、そこでもっとしっかり議論すればよい。脳死を認めたら、それが雪崩現象を起こすと考えるのは、あまりにもお互いの人間を信じなさ過ぎるんでないかと思います。
脳死の判定の確実さの意味には、2つの意味がある。特定の症例を特定の医師が判定する場合の確実さと、全ての症例に全ての医師が判定できる判定条件の完全さ。未来永劫全ての場合にも適用するような条件作りをして、文章に残していけるかということに関しては、いろいろの例外やいろいろの場合が出てくる。全体に普遍共通の基準を設けようとすることが、生物学の世界では無理なのではないか。だからこそ、実際治療している現場において、お互いの信頼関係を基にして、「この症例は脳死である」ということが納得できるか、どうかということだと思います。
医師不信の中に2種類あります。判定を誤るかも知れない。これは確信の持てない場合は判定しない。しかも診断がついて、治療を十分やってという条件をつけてゆけば十分対応できる。ただし、医師が判定をごまかすかも知れないということになるとちょっと言葉がありません。
最初の頃は、決して話さないようにしようと思っていたことなんですが。例えば、新聞などに、心臓停止後に臓器移植をしましたという文章が出てくると、非常にもてはやされるというか、「ああ、それでいいんだな」ということになる。しかし、その時にいっている心臓停止は、普通に最後まで看取って、心臓がだんだん止まってという自然死に近いものとは異なるということです。脳死が確認されて、まだ心臓が動いている段階で、どう臓器を取り出すか手順が始まるわけです。極端にいえば、手術場に入れて、医師の手で呼吸器を止めて、心臓が止まった瞬間に臓器を取り出す。しかし、「取り出した瞬間は心臓が止まっていたから、これは心臓死で何ら問題がありません」と、こういう考え方を日本の医療の中に導入してゆくということは、結局、医師不信を先に延ばしてゆくというか、小手先のことだけだろうと思うのです。少なくとも、この手順をやるのだったら、その医師は、脳死ということを自分の倫理観として持っていなければならないと私は思います。というのは、脳死の段階で既に臓器を取ろうと決心し、手段を開始しているわけで、しかも、最後に自分の手で人工呼吸器をはずして臓器を取るならば、その人が、自分は脳死は信じないといったら、これは非常な矛盾だと思います。
私は、別に臓器移植の賛成者でもありません。臓器移植に賛成であるから、脳死判定をごまかすかも知れない。要するに、医者が、あることに自分の意見を持っているから、そのためにごまかすかも知れないということが、一般的な認識であるとするならば、日本における医療が崩壊していることを意味するのでないか。
新潟市民病院脳神経外科部長・救命救急センターセンター長・本多 拓氏
1989年度で入院患者が1,484人、そのうち死亡が99例、99中脳死が17例17%、死亡の患者をよくみますと、ほぼ同じくらいの患者が全身管理とか呼吸管理を一生懸命にやりますと、脳死になったであろうなと思われるケースがあるのです。その患者は脳死に入っていないわけなんです。すなわち高齢であるとか、非常な重症であるとか、あるいは家庭的な事情であるとか、そういうことのために一生懸命に治療しない。それは様々な理由があるわけですけれども、そういう方はそのまま自然死という形になっていくわけです。しかしながらこれについて、一生懸命に手を尽くせば、この方は必ず脳死になっていきます。ですから脳死というのをはっきり言いますと、ある意味では人為的に操作できる性格があるということを、承知していただきたいと思います。・・・・・・どうも、脳死というものを誤解して使っている方がいらっしゃるように思います。脳死とか心臓死とか、何となく死がついておりますから混乱されるのかも知れませんけれども、脳の機能の不可逆的な喪失状態であるというぐらいに、むしろ理解するべきだと思います。
信楽園病院副院長・平沢 由平氏
「脳死」患者2名からの腎臓摘出で、東大PRCより新潟地検に告発されたため、「私どもとしては十分なる誠意と充分なる手続をもって実行したと思っております」と前置きして発言を開始した。そして脳死腎移植を行なった時のドナー家族への説明および説明する動機を以下のように述べている。
私どもがもう一つ家族の人に了解を得たのは、脳死の状態でいただくということでした。心臓死の状態で、無理すれば移植もできますけれども、それはむしろ死の尊厳を傷つけることになりかねない。その場合は、脳死の状態で手術場に入れまして呼吸器を止め、心臓が止まるのを待つわけですが、それは、私どもにとっても耐えがたい時間である。心臓が止まったら今度は、早く取り出さなければ、臓器が傷んでしまいまして、せっかくくれるという善意になかなか応えられなくなる状態を生む可能性がある。そういう傷んだ腎臓をもらったレシピエントの方が、あるいは逆に迷惑を受けてしまう可能性があるので、脳死の状態でいただきたい。その方が、十分に周囲に配慮した、ゆっくりした手術過程で腎臓摘出ができる。死者に礼をもって対応することができるということでお話をいたしまして、それを了解してもらいました。・・・・・・私どもの経験いたしました死体腎移植というのは、脳死の状態で呼吸器をつげたまま腎臓摘出を行いました。・・・・・・日本でもかなりたくさん死体腎の移植が実際に行われております。そのうち告発を受けたのは、新聞報道されたり、マスコミで大ぎく取り上げられたところだけで、うまくすり抜けてきたところは、告発の対象になっておりません。私どもはやり方が下手だったと言えばそれまでですが、オーブンにするという原則に立ったつもりであります。
新潟大学医療技術短大・真壁 伍郎教授
私は、死とは何かということを医者が教える性質のものではないと考えております。死とは生理学的なことだけではない。(死んでいく過程)、ターミナルに、どのくらいお医者さん、看護婦さん、医療従事者、家族が関わったかによって、亡くなっていく人のクオリティ・オブ・ライフというものがはっきりしてくるのであって、決していきなり(死)のところにいくものではない。今、それが少し抜けているのではないかという事を率直に感じております。
今、臓器移植のために、多大な労力を払うだけの状況にあるんだろうか。なぜ腎の患者さんがあれだけ出ているのか、その前の健康教育なり、医療としての手立てが本当にあったのか。そういうことを抜きにしまして、最先端のとことんまで行った段階で臓器移植という問題に走っている。そしてそれによってたいへん手腕を発揮していると思っているお医者さんたちがいる。でもそれは本当の医者の仕事をしているんだろうかと。多くのお医者さん達は、こういうものと違う世界で一生懸命医療に励んでおられる。だからそういう人たちの働きもまた同時に評価されるような医療というものを、私達は考えていきたい。現代の医学は何でも治せるという幻想を振りまいてしまったけれど、むしろ私は人はみな死ぬ、死ぬことを知った方が人はより良く生きるのではないか。クオリティ・オブ・ライフとはそういうことをいうのではないか。
キュアだけ先走りして、派手なものだから、そっちの方にだけ人々の目がいっている。その結果、ケア、予防とか、本当に亡くなっていく人を看取るという、そういうことが今はちょっと抜けてしまっているのではないか。延命の操作が果たしてその人の命の質を高めているのかどうかということになると、むしろケアこそがその命の質を高めてくれるのではないかと思います。
最後の段階で欲しいのは、手当や処置ではなくて、さしのべてくれる手が欲しい、お医者さんたちは本当は手をさのべていらっしゃるかどうか。外科の大家また元祖と言われているパレの言葉だというのにもあります。To cure
occasionally, to relieve often and to comfort always.という言葉です。「癒すことは稀にして、しかし救命、救うことはしばしば、そして慰めることは常に」という、私はこのあたりのことをきちんとやっていたら、自ずと今の臓器移植の問題も患者さんの側からドナーとなる申し出が出てくるのではないかと考えます。
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