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19850929

脳死?の27歳男性が自発呼吸 帝京大学救命センター
3分間無呼吸テスト、平坦ではない脳波で「脳死に近い」

 帝京大学救命救急センターで9月2日に「脳死に近い状態」と判断されていた27歳男性患者が9月29日、人工呼吸器を離脱し、遷延性意識障害の状態となった。

 この患者は精神分裂病で精神病院に入院中の8月21日、食事中にパンを誤嚥、窒息状態となった。第3病日に両側瞳孔散大、対光反射消失。9月2日に聴性脳幹誘発電位は全波消失、脳波はほとんど平坦に近い状態(Hockady分類でGrade V-a)。帝京大学救命救急センターの伊藤氏らは、この時点で深昏睡、両側瞳孔散大、対光反射、角膜反射の消失、人工呼吸器を停止(3分間)しても自発呼吸が出現しないこと、平坦脳波、聴性脳幹誘発電位で全波の消失などより、脳死に近い状態と判断し、経過を観察した。血圧は第7病日よりドーパミンを使用し、収縮期血圧100mmHg前後を維持していた。

 しかし、この患者は、結局心臓死に至らず、両側瞳孔散大、対光反射消失のまま第40病日に人工呼吸器を離脱した。脳波は数回測定したが、すべて平坦であった。聴性脳幹誘発電位も9月以降明らかな波はみられなかった。

 帝京大学救命救急センターの伊藤氏らは、心臓死には到らず植物状態(伊藤氏らの表現)となった理由として、次の諸点を考察している。

  1. 日本脳波学会の脳死判定基準が、判定基準の対象を一次性脳障害にのみ限定し、しかも急性粗大病変としていること。心停止、窒息などの二次性脳障害は判定対象外としていること。
     
  2. 生命徴候のなかで最も大切な、自発呼吸の確認が、確実でなかったこと。脳波学会基準に依拠した3分間無呼吸テストを行い、1985年12月に出された厚生省・脳死に関する研究班による脳死判定指針・判定基準の10分間無呼吸テストではなかった。呼吸中枢を賦活するに足る十分な動脈血二酸化炭素分圧の上昇は得られなかったものと思われた。
     
  3. 脳波、聴性脳幹誘発電位を過信したこと。脳波は、第12病日以降、植物状態に移行した後も、数回にわたる検査で、すべてHockadyのGrade V-aに相当するnearly flat recordであった。しかし、頭皮上から記録される脳波は、大脳の電気活動をとらえているのであり、すくなくとも脳幹死の判定には意義がないことを念頭に置く必要があったと思われる。ちなみに新基準では、平坦脳波としての、Hockadyの分類でGrade V-bでなくてはならないとしている。
     
  4. 第1病日に穿頭術を施行し、頭蓋内圧を測定できる状態にあり、かつ第3病日にbrain tamponadeのCT像を得ながら、種々の原因により、持続的頭蓋内圧測定を中止したことである。脳死時点では頭蓋内圧が、平均動脈圧に近づくとされている。

出典

  • 伊藤 直貴、二瓶 博史、小林 国男(帝京大学救命救急センター)、佐野 桂司(帝京大学脳神経外科):脳死判定の困難さを示した窒息の1例、日本救急医学会関東地方会雑誌、7(1)、202―204、1986
  • 伊藤 直貴、二瓶 博史、小林 国男(帝京大学救命救急センター):脳死判定の困難さを示した窒息の1例、日本救急医学会関東地方会雑誌、7(2)、333―336、1986

 

当Web注

  1. 伊藤氏らは、10分間無呼吸テストを行えば「呼吸中枢を賦活するに足る十分な動脈血二酸化炭素分圧の上昇が得られる」かのような認識を示しているが、10分間無呼吸テストを行っても、すべての患者の動脈血二酸化炭素分圧が規定の60mmHg以上には上昇しない。また、60mmHg以上になってから自発呼吸を行う患者が多数報告されており、無呼吸テストそのものが「生命徴候のなかで最も大切な、自発呼吸の確認が確実にできるテスト」ではない。
     
  2. 成人の脳死からの復活例は東京女子医科大の横山氏日本医科大学の木村氏も報告している。小児の復活例は小児脳死判定後の脳死否定例(概要および自然治癒例)を参照。

 


19850431 

脳死様の薬物中毒症男性が意識回復 千里救命救急センター 
3施設が脳死判定時刻を死亡診断書に 1984年毎日放送調査

 医学雑誌の「治療学」14巻4号は「脳死」を特集した。

 大阪府千里救命救急センターの土山 雅人、田伏 久之、太田 宗夫の各氏は「脳死症例の実際」をp532〜p535に報告。このなかで一時的に脳死様の経過をとった薬物中毒症例も報告している。
 患者は16歳男性、自宅にて昏睡状態でいるのを発見された。来院時は深昏睡で呼吸は微弱。四肢の深部健反射は減弱し、対光反射、角膜反射、眼球頭反射、咳嗽反射などはいずれも消失していた。入院後、自発呼吸が停止したため、人工呼吸器にて呼吸管理。その後の検索によりペントバルビタールの急性中毒であることが判明したため、血液透析と直接血液灌流を施行し、その結果、第3病日には意識清明となり救命された。

 

 毎日放送報道部の東 龍一郎氏は2つの「脳死アンケート調査」をp507〜p510に報告した。日本脳神経外科学会・認定医訓練施設381ヵ所の施設長に郵送紙調査を行い、260名(68%)が回答した(調査期間:1982年12月20日〜1983年1月10日)。

  1. 患者を脳死と判定したことがある96%、ない4%
  2. 患者を脳死と判定した場合、それを家族に告げている77%、告げていない2%、ケースバイケース21%
  3. 脳死と判定したあとの処置については、家族の希望44%、病院の方針22%、ケースバイケース34%
    • 上記で「家族の希望」と回答した施設長に、家族が脳死後も“治療”を続けるよう希望した場合、積極的な処置17%、消極的な処置71%、便宜上の処置7%、その他5%
    •      〃           、家族が脳死後、処置の注視を希望した場合、積極的な中止35%、消極的な中止62%、その他3%
    • 上記で「病院の方針」と回答した施設長に、脳死判定後の処置について、最善42%、最小限48%、一応4%、呼吸器を外す6%
  4. 脳死患者への処置について、あなたの病院では、病院の方針40%、方針はあるが・・・9%、方針はない45%、その他6%


 次の郵送紙調査は1984年5月15日〜1984年6月10日、日本脳神経外科学会・認定医訓練施設428ヵ所と三次救急病院76ヵ所の施設長に行い、認定医訓練施設226施設(53%)、救急病院29施設(38%)が回答した。

  1. 脳死判定基準は、「日本脳波学会基準」が認定医訓練施設の86%、救急病院の78%。「外国の基準」が認定医訓練施設の3%、救急病院の4%。「独自の判定基準」が認定医訓練施設の11%、救急病院の17%。
  2. 脳死判定時に脳波を測定しているのは認定医訓練施設226施設のうち198施設、救急病院29施設のうち23施設。認定医訓練施設では10%が脳波を測定せずに脳死判定していた。
  3. 脳死判定後の治療中止は認定医訓練施設の75%、救急病院の70%であった。
  4. “治療”を中止した際、死亡診断書に記入する死亡時刻は認定医訓練施設で3施設が「脳死判定時」と回答、同7施設が「人工呼吸器を外した時」だった。残る認定医訓練施設の93%、救急病院の100%は「心停止した時」だっ た。
  5. 死亡した患者の家族に臓器提供の話をしたことがありますか?の問いに「ない」は認定医訓練施設の73%、救急病院の46%。「あるが断られた」は認定医訓練施設の11%、救急病院の19%。「遺族の了解が得られ実際に移植が行われた」のは認定医訓練施設で34施設、16%、救急病院で9施設・35%だった。認定医訓練施設で23例、救急病院で7例が腎臓移植の提供者になった。

 

当Web注:同時期の「移植」19巻6号p470(1984年)には29例の脳死臓器摘出 、13例が脳死判定時を死亡時刻とされたことが報告されている。

 


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