胎児脳死判定(荒木案) 誤診リスク込み
医療過誤・堕胎罪回避のため法制化を期待
日本医科大学・産婦人科学教室の荒木 勤氏は、産婦人科の実際(1998年)11月号に胎児脳死判定基準案を発表した。
Intrauterine Fetal Brain Death判定(荒木案)
T.約140回のFixed patternを示す胎児心拍
1.vibroacoustic stimulationに不反応
2.陣痛またはCSTに対して不反応
U.胎児運動の消失
1.胎児眼球運動の消失
2.胎児呼吸様運動の消失
3.胎児嚥下運動の消失
4.胎児躯幹運動の消失
V.脳動脈血流の消失
W.画像診断による脳実質の器質的障害 |
荒木氏は前文において「国外においてIntrauterine Fetal Brain
Death(子宮内胎児脳死)と診断される症例が、本邦においては胎児仮死(fetal
distress)と診断され、緊急帝王切開を試みたものの新生児死亡となった症例も十分考えられる。胎児の脳死を定義することは、現在の日本においては理論的、社会的に非常に困難であり、また誤解を招きかねない。しかし、開腹手術であり帝王切開の母体に対する危険性、次回妊娠分娩時のリスクを高める可能性、さらには生殖生理学的立場からの不利益性を鑑みれば、小産小子化を迎えた現在、あえてIntrauterine
Fetal Brain Deathという言葉を用いて一考する時期が来たのではないかと考える」と述べ、判定基準案を提示するとともに解説している。
(おわりに)において荒木氏は「しかし、ここで断っておかなければならないことは、提示した診断基準が脳死状態の胎児のすべてを包括できるものではなく、切迫脳死状態(脳死に移行しつつある状態)の胎児も含まれる可能性があること、・・・(中略)・・・この診断基準をもってIntrauterine
Fetal Brain
Deathと判断し、急速遂娩などを施行しなかった場合、現在の医療現場では医療過誤となりうること、・・・(中略)・・・法的に堕胎罪などに当てはまる可能性があることである。・・・(中略)・・・このような意味においても、早急に胎内における切迫脳死状態および脳死に対する概念の確立と、今後さらなる全国的な調査検討を行い慎重な判定基準作成および法的整備が望まれる」と書いた。
出典:荒木 勤(日本医科大学・産婦人科学教室):Intrauterine Fetal Brain
Deathの胎児病態、産婦人科の実際、47巻12号、p2037〜2042(1998年)
当Web注:北里大学の今村氏らは2004年7月、胎児脳死と判断した4症例のうち1症例が異常なく退院できたことを報告した。
臓器提供意思表示カードの所持者、25名のうち10名が自殺
3名はカード保有のみで意思表示なし 死後5ヶ月の連絡も
1998年10月1日付で発行された「法律の広場」51巻10号は、“臓器移植法施行1年 改めて問われる移植法の現状と課題”を特集し、厚生省臓器移植対策室の重藤 和弘室長補佐らは、p4〜p9に「臓器移植法成立の背景と施行1年の状況」を発表した。表3(下記)を掲載し、1998年9月3日までに意思表示カードを所持していたとの情報25件があり、そのうち自殺者が10件と4割も占め、死亡から5ヵ月を経過して日本臓器移植ネットワークの連絡があったケースも含むことを明らかにした。
当Web注
-
意思表示の内容で、1は脳死臓器提供の承諾、2は心臓が停止した死後の臓器提供の承諾、3は臓器を提供しないこと、の意思表示だ。25名のうち3名(うち自殺者1名)は「1.2.3に表示なし」のため、意思表示カードは保有していたものの、意思表示はしていなかったと判断される。
-
柿野 友美氏(聖路加国際病院)らは、199名へのアンケート結果から「若年者の間では、自分の死後に臓器を提供する意思を示すという一見積極的にも取れる行動の裏に、セルフ・エスティームの低い人の多い可能性や、自己の価値を見つける手段の一つとしてそのような意思を決めている人が存在する可能性が示唆された」と、「こころの健康」21巻1号に報告している。
-
米国UNOSの統計では、1998年に死体ドナー総数5793名のうち自殺ドナーは483名(8.3%)、2010年には7943名のうち自殺ドナーは737名(9.3%)を占めた。
- WHO統計http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide_rates/en/によると、10万人当たり自殺率は、日本(2007年)は男性35.8、女性13.7、アメリカ合衆国(2005年)は男性17.7、女性4.5。米国の自殺は高齢者に多く、日本の自殺は壮年に多い特徴があり、臓器提供者に占める自殺ドナー比率は米国より高いと見込まれる。
- 以下の枠内で、太字などの強調は当Webで付した。
表3 意思表示カード所持していたとの情報 (社)日本臓器移植ネットワーク調べ(1998年9月3日現在) |
|
情報
受信日 |
受信
ブロック |
情報
通報者 |
意思表示者 |
意思表示 |
状況 |
提供の
内容 |
性別 |
年齢 |
原疾患 |
手段 |
内容 |
1 |
1997/11/13 |
関東甲信越 |
主治医 |
男性 |
51 |
拡張型心筋症(心移植希望者) |
意思表示カード |
2.に表示 |
連絡直後に心停止 |
角膜・皮膚 |
2 |
1997/12/29 |
関東甲信越 |
主治医 |
男性 |
59 |
脳内出血 |
意思表示カード |
1.2.3に表示なし |
記入不備、指定施設外 |
腎臓・角膜・皮膚 |
3 |
1998/ 1/14 |
関東甲信越 |
主治医 |
女性 |
59 |
胆のう癌 |
意思表示カード |
完全 |
|
角膜 |
4 |
1998/ 2/23 |
関東甲信越 |
主治医 |
男性 |
53 |
自殺企図(服毒) |
意思表示カード |
完全 角膜は表示なし |
連絡直後に心停止 |
|
5 |
1998/ 3/ 4 |
近畿 |
警察 |
男性 |
47 |
自殺企図(縊首) |
意思表示カード |
1.2.3に表示なし |
死亡確認後の連絡(6時間後) |
角膜 |
6 |
1998/ 3/20 |
東北 |
主治医 |
? |
? |
? |
意思表示カード |
不明 |
HCV,Wa陽性、心停止後の連絡 |
|
7 |
1998/ 3/28 |
関東甲信越 |
主治医 |
女性 |
32 |
自殺企図(手首切傷) |
意思表示カード |
完全 |
死亡確認後の連絡(1時間25分後) |
|
8 |
1998/ 4/ 3 |
近畿 |
主治医 |
男性 |
50代 |
膀胱癌 |
意思表示カード |
完全 |
死亡確認後の連絡 |
角膜 |
9 |
1998/ 4/ 9 |
関東甲信越 |
家族 |
女性 |
40 |
肺癌 |
意思表示カード |
不明 |
心停止後家族より連絡 |
角膜 |
10 |
1998/ 4/29 |
近畿 |
家族 |
女性 |
50代 |
自殺企図 |
意思表示カード |
1のみ完全 |
心停止後家族より連絡 |
|
11 |
1998/ 5/ 2 |
近畿 |
家族 |
男性 |
? |
? |
意思表示カード |
完全 |
心停止後家族より連絡(司法解剖後) |
|
12 |
1998/ 5/ 3 |
中国四国 |
家族 |
女性 |
15 |
原発性肺高血圧(肺移植希望者) |
意思表示カード |
完全 |
脳死を経ず腎機能低下 |
角膜 |
13 |
1998/ 5/21 |
関東甲信越 |
家族 |
男性 |
32 |
自殺企図 |
意思表示カード |
不明 |
心停止後家族より連絡 |
|
14 |
1998/ 5/26 |
近畿 |
家族 |
男性 |
36 |
自殺企図(縊首) |
意思表示カード |
不明 |
心停止後家族より連絡 |
角膜 |
15 |
1998/ 6/ 3 |
近畿 |
看護婦 |
男性 |
65 |
咽頭癌、肺癌 |
意思表示カード |
完全 |
心停止後の連絡 |
|
16 |
1998/ 6/17 |
近畿 |
主治医 |
男性 |
? |
肺癌 |
意思表示カード |
1.2.眼球に○印 |
心停止後の連絡 |
角膜 |
17 |
1998/ 7/ 1 |
近畿 |
主治医 |
男性 |
17 |
脳出血(心移植希望者) |
意思表示カード |
1.2.に○印、心・肝が×印 |
HTLV-1陽性 |
|
18 |
1998/ 7/ 3 |
近畿 |
主治医 |
男性 |
28 |
拡張型心筋症 |
意思表示カード |
完全 |
脳死判定基準を満たさず |
角膜 |
19 |
1998/ 7/ 4 |
九州沖縄 |
家族 |
男性 |
20代 |
自殺企図(縊首) |
意思表示カード |
完全 |
死亡(5月中旬)後遺品整理中に発見 |
|
20 |
1998/ 7/ 9 |
関東甲信越 |
家族 |
男性 |
26 |
自殺企図(服毒) |
意思表示カード |
不明 |
心停止後の連絡。家族が献体を希望 |
(献体) |
21 |
1998/ 7/31 |
東北 |
|
男性 |
49 |
急性硬膜下血腫 |
意思表示カード |
1.2.3.に表示なし? |
2月に死亡、後に意思表示カード所持が判明 |
角膜 |
22 |
1998/ 8/ 3 |
近畿 |
警察 |
男性 |
23 |
自殺企図(縊首) |
意思表示カード |
完全 |
心停止後の連絡 |
角膜 |
23 |
1998/ 8/ 4 |
関東甲信越 |
主治医 |
女性 |
40 |
クモ膜下出血 |
意思表示カード |
完全 |
家族が心停止後を希望 |
腎臓・角膜・皮膚・心臓弁 |
24 |
1998/ 8/10 |
関東甲信越 |
主治医 |
男性 |
55 |
甲状腺癌 |
意思表示カード |
完全 |
心臓マッサージ実践中の連絡 |
|
25 |
1998/ 9/ 1 |
九州沖縄 |
警察 |
女性 |
20代 |
自殺企図(縊首) |
意思表示カード |
完全 |
死後2日後の連絡 |
|
この「法律の広場」51巻10号は、森 美樹弁護士による「臓器移植と関西医科大学事件の意義」もp25〜p30に掲載した。森弁護士は、ドナーの心停止前の生体に、腎臓摘出目的のカテーテルを挿入する行為については、大腿部を切開すること、そして下肢の動脈を結紮するため下肢に血液が通わなくなり変色してゆくことから「侵襲性が極めて軽微」とする政府答弁は否定したが、その一方でヘパリンの注入については「ドナーに対する侵襲性はごく軽微といえるだろう」と事実を誤認している。
ヘパリン投与に関連しては、群馬大学の脳外科医9名が、出血性疾患の患者にヘパリンを投与する倫理問題を指摘し、さらに現実の移植コーディネーターのドナー候補者家族への説明が不十分であったことから、「死体腎提供に関わりたくない」と2006年10月の第28回群馬移植研究会学術講演会で発表した。
厚生省「死体腎移植の術前措置、脳死状態の診断後に家族同意で可能」
「臓器移植法・角腎法が予定している行為である」と臓器移植法を形骸化
山本衆議院議員の「死体腎移植の術前措置に関する質問主意書」に答弁
小渕 恵三内閣総理大臣は1998年8月28日、山本 孝史衆議院議員の「死体腎移植の術前措置に関する質問主意書」に対する答弁書を送付した。
1998年5月の関西医科大学における腎臓移植訴訟大阪地方裁判所判決に関連する質問「心臓停止前の術前の関連措置は、患者の治療とは無関係であり、その措置を判決の示した患者本人の同意ではなく、家族の同意で行って良いとする根拠は何か」に対して、答弁書は「術前措置は、これらの臓器の摘出に際して医療現場において一般に行われてきた。これらの措置は、移植術を受ける者の適正な選択及び移植術に使用する腎臓の状態の悪化の防止により腎臓の移植術を医学的に適正に実施する上で必要と認められるものであり、かつ、いずれの措置も身体に対する侵襲性が極めて軽微であることから、救命治療を尽くしたにもかかわらず脳死状態と診断された後においてこれらの措置を家族の承諾に基づいて行うことは、臓器移植法及び旧角膜腎臓移植法が予定している行為である」とした。
さらに「カテーテルの挿入等の侵襲性は極めて軽微である」「ヘパリン投与による副作用は、ショック、出血、血小板減少、発熱、皮膚発疹、掻痒感等」「腎臓の摘出に際し術前措置として行われたヘパリンの注入によって副作用が起こった事例はない」「1995年4月1日から本年7月末日までの間に腎臓の摘出に際し術前措置として心停止前に灌流液を注入する行為を行った事例は承知していない」などを回答した。
当Web注:心停止ドナーに対する術前措置を、「脳死状態と診断された後においてこれらの措置を家族の承諾に基づいて行うことは、臓器移植法及び旧角膜腎臓移植法が予定している行為である」とする答弁は、脳死状態の診断で術前措置の違法性を阻却することになる。
正しくは、生前に脳死臓器提供に同意する意思表示をしていない者、または法的脳死判定基準を満たさない者にまで、臓器移植法の定めた法的脳死判定手続きの対象であるかのように強弁する、臓器移植法の形骸化とみられる。
山田博文著「黄色い羽根」に掲載された1997年5月の2歳女児からの腎臓摘出は、家族が理解できないまま生前カテーテルが行なわれ、「看病をしている間、体の洗浄をするためと言われ、数回、退室を促された。明け方の洗浄後に容体が急変した」という経過で、心停止前の灌流液注入または抗血液凝固剤ヘパリンを含んだ生理食塩水によるカテーテルの洗浄作業による容態悪化が疑われる。1993年8月20日の柳田 洋二郎ケースは明らかに生前の灌流液注入例。
質問本文(HTML)はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/a142068.htm、同文の質問本文(PDF)はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumona_pdf_s.nsf/html/shitsumon/pdfS/a142068.pdf/$File/a142068.pdf。
答弁本文(HTML)はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/b142068.htm、同文の質問本文(PDF)はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumona_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b142068.pdf/$File/b142068.pdfで公開されている。
以下は左側に質問を掲載し、右側に対応した答弁を掲載する。
平成十年六月十八日提出
質問第六八号
死体腎移植の術前措置に関する質問主意書
提出者 山本孝史 |
平成十年八月二十八日受領
答弁第六八号
内閣衆質一四二第六八号
平成十年八月二十八日
内閣総理大臣 小渕恵三
衆議院議長 伊※(注)宗一郎 殿
衆議院議員山本孝史君提出死体腎移植の術前措置に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。 |
死体腎移植の術前措置に関する質問主意書 本年五月の関西医科大学における腎臓移植訴訟大阪地方裁判所判決では、「本人の同意のない移植の準備措置は違法」と判示されたが、日本移植学会が判決を批判する声明を発表するなど、患者の人権を軽視するような対応が続いていることは遺憾である。
移植医療の透明で適正な実施に資するため、以下質問する。 |
衆議院議員山本孝史君提出死体腎移植の術前措置に関する質問に対する答弁書 |
一 今般の判決を踏まえて、臓器提供承諾書の書式を変更し、患者の心臓停止前の臓器摘出手術に関連した措置を明確に含んだ内容の同意書になるとのことである。
しかし、心臓停止前の術前の関連措置は、患者の治療とは無関係であり、その措置を判決の示した患者本人の同意ではなく、家族の同意で行って良いとする根拠は何か。また、そのような社会的合意が存在するとは考えられないが、それを是認する根拠を明示せよ。 |
一について
臓器の移植に関する法律(平成九年法律第百四号。以下「臓器移植法」という。)に基づいて行われる腎臓の摘出は、腎臓の機能に障害がある者に対しその機能の回復又は付与を目的とした移植術のために医師が礼意の保持等の義務の下で行うものであるが、同法附則第四条において、心停止後の摘出については、死亡した者の臓器提供に関する意思が不明な場合であっても、遺族が書面により承諾しているときは行うことができる旨規定されているところである。
臓器移植法の規定又は臓器移植法による廃止前の角膜及び腎臓の移植に関する法律(昭和五十四年法律第六十三号。以下「旧角膜腎臓移植法」という。)の規定に基づき、これまでに心停止後の死体からの腎臓の摘出が多数行われてきたところであるが、御指摘のカテーテルの挿入その他の術前措置については、これらの臓器の摘出に際して医療現場において一般に行われてきたものと承知している。これらの措置は、移植術を受ける者の適正な選択及び移植術に使用する腎臓の状態の悪化の防止により腎臓の移植術を医学的に適正に実施する上で必要と認められるものであり、かつ、いずれの措置も身体に対する侵襲性が極めて軽微であることから、救命治療を尽くしたにもかかわらず脳死状態と診断された後においてこれらの措置を家族の承諾に基づいて行うことは、臓器移植法及び旧角膜腎臓移植法が予定している行為であると考えられる。
なお、術前措置のうちカテーテルの挿入に関しては、平成八年度厚生科学研究「臓器移植の社会的問題に関する研究」において同様の趣旨の報告が行われているところである。 |
二 内閣参質一四〇第八号の質問主意書への答弁書では、「カテーテル挿入措置は、検査等を目的として一般の患者に対しても行われているように患者の身体への侵襲性が極あて軽微であり、腎臓移植を医学的に適正に実施する上で必要と認められる処置であると考えている」とある。
(一) カテーテル挿入行為が、一般に患者への侵襲性が極めて軽微とする、医学的知見の根拠を複数の文献等から引用して示せ。 |
二の(一)について
カテーテルの挿入及び留置(以下「カテーテルの挿入等」という。)は、頻回の動脈血採血、動脈圧測定、選択的血管造影等の検査及び薬剤の注入等の治療を目的として、救急医療分野を始めとして一般的に侵襲性が軽微な医療行為として広く行われているものと承知している。
カテーテルの挿入等に伴う合併症については、品川長夫他著「カテーテル挿入に伴う合併症」(平成三年十一月「日本臨牀」第四十九巻・一九九一年特別号掲載)において、例えば、鎖骨下静脈穿刺時には、気胸、カテーテル先端位置異常等の合併症が起こり得るが、術者が各合併症について十分認識しており、操作前に患者の状態について正確な把握ができていれば、これらの合併症はすべて発生前に予防可能なものであることが示されている。
また、高橋愛樹著「動脈穿刺、動脈カニュレーション」(平成八年九月「救急医学」第二十巻第十号掲載)においては、循環障害、塞栓症、感染症等の合併症が起こり得るが、いずれもカテーテルの挿入等そのものに起因するものではなく、造影剤の注入等の検査若しくは治療自体による合併症、カテーテルの抜去後の合併症又は長期間カテーテルを留置したことによる感染症であることが示されており、腎臓の移植術の術前措置として行われるカテーテルの挿入等においては、これらの合併症が問題となるおそれはないと考えられる。
以上のことから、カテーテルの挿入等の侵襲性は極めて軽微であると考えている。 |
(二) 腎臓摘出に際し心臓停止前のカテーテル挿入行為を、医学的に適正に実施する上で「必要」と考えるその根拠を適用法令、文献等を根拠に示せ。 |
二の(二)について
腎臓の移植術を医学的に適正に実施する上で、腎臓提供者が脳死状態と診断された後にカテーテルを挿入する措置を行うことが必要と考える文献上の根拠としては、例えば、小※(注)正巳、玉置透共著「臓器の採取と保存」(平成元年六月「新外科学大系」第十二巻掲載)において、臓器の保存については、温阻血時間(心停止により血流が途絶した状態(以下「温阻血」という。)から臓器を摘出するまでの時間をいう。)が加わるか否かによって保存成績が大きく左右されること及び温阻血の影響を最小限に抑えるため、温阻血に弱い臓器では、腹部大動脈等にカテーテルを挿入し、冷却した電解質液を注入して灌流をする等の処置が適当であることが、小※(注)正巳他著「Procurement
of Kidney Grafts From Non ― Heart ― Beating Donors」(平成三年十月「Transplantation
Proceedings」第二十三巻第五号掲載)において、心停止と同時に灌流を行う方法が有用であることが示されている。
また、腎臓摘出に際し、心停止前にカテーテルを挿入する行為は、臓器移植法又は旧角膜腎臓移植法に基づいて行う腎臓の移植術を医学的に適正に実施する一環として行われる行為と考える。 |
三 今般変更された臓器提供承諾書では、ヘパリンの注入も家族の同意の中に含んでいるが、ヘパリン注入は時に重篤な副作用が発生する、との報告があると聞いている。
(一) 一般に人体に多量のヘパリン注入を行った場合、現在の医学的知見ではどのような副作用が考えられるか。複数の文献等を示して明らかにせよ。 |
三の(一)について
御指摘のヘパリンは血液凝固阻止剤として一般に使用されている医薬品であり、血栓症、播種性血管内凝固症候群等の予防又は治療、人工心肺、人工腎臓等の体外循環時における血液の凝固防止等に用いられている。このヘパリンの投与による副作用については、財団法人日本医薬情報センター編「医療薬 日本医薬品集」(平成九年十月)及び上條一也他監訳「グッドマン・ギルマン薬理書 薬物治療の基礎と臨床」(第四版。昭和四十九年三月)において、ショック、出血、血小板減少、発熱、皮膚発疹、掻痒感等が示されている。 |
(二) (一)のような副作用が、臓器提供の術前措置のヘパリン注入で起こった例は、平成七年四月の日本腎臓移植ネットワーク(以下、ネットワーク)発足以降直近までであるか。 |
三の(二)について
厚生省において社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下「臓器ネットワーク」という。)に確認したところ、御指摘の平成七年四月一日から本年七月末日までの間に、腎臓の摘出に際し術前措置として行われたヘパリンの注入によって三の(一)についてで述べた副作用が起こった事例はないとの回答があったところである。 |
四 厚生省の資料では、腎臓の摘出に際し術前措置として心臓停止前に還流液を注入する行為は、平成七年四月のネットワーク発足以降直近までに行っていないとの回答だが、本当にそのような事例がないか、確認する。 |
四について
厚生省において臓器ネットワークに確認したところ、御指摘の平成七年四月一日から本年七月末日までの間に、腎臓の摘出に際し術前措置として心停止前に灌流液を注入する行為を行った事例は承知していないとの回答があったところである。 |
五 平成九年一月に、ネットワークが臓器提供承諾書の統一書式を決め、「献腎についてご家族の皆様方にご確認いただきたいこと」という文書を作成する以前には、臓器提供の医療機関がそれぞれに承諾書を作成し、同意を得ていたとのことである。
つまり、ネットワーク設立後であっても、平成九年一月以前には、カテーテル挿入等の術前措置に関しての同意はとられていなかったという理解で良いか。
右質問する。 |
五について
厚生省において臓器ネットワークに確認したところ、社団法人日本腎臓移植ネットワーク(以下「腎ネットワーク」という。)が発足した平成七年四月一日から平成九年一月三十一日までの間において腎臓摘出の術前措置としてカテーテルの挿入が行われた者は、腎ネットワークとして百五十名と承知しており、このうち腎ネットワークの臓器移植連絡調整者(コーディネーター)により腎臓摘出の承諾書が得られた事例については、いずれも臓器移植連絡調整者が家族に対し口頭でカテーテルの挿入に関する説明を行った上で承諾書が得られたが、臓器移植連絡調整者が十分に確保されていなかった腎ネットワーク設立当初において腎臓提供を行う医療機関の医師が自ら腎臓摘出について承諾を得ていた事例もあり、そのような事例については、カテーテルの挿入に関する説明が行われたか否かは確認できないとの回答があったところである。
なお、腎ネットワークにおいては、御指摘の統一書式を定める以前は、各地域(ブロック)センターごとに定めた承諾書式を使用していたと承知している。 |
国立循環器病センター 補助人工心臓装着の17歳男性患者
脳出血で脳死判定、補助と昇圧剤を停止、約4時間後に死亡
1998年7月1日、国立循環器病センターで補助人工心臓を装着して心臓移植を待機していた17歳男性が脳出血で脳死と判定され、翌7月2日に補助人工心臓を停止、昇圧剤も中止して約4時間後に心停止、死亡を確認された。男性は、臓器提供意思表示カードで臓器提供の意思表示をしていたが、HTLV-1が陽性のため臓器・組織の提供は不適当とされた。
出典=坂東 興(国立循環器病センター心臓血管外科):脳出血をきたした両心VAS症例、循環器病研究の進歩、XXIII、1、84−100、2002
この17歳男性の診断は薬剤性心筋障害、アドレアマイシン心筋症によるもの。4歳時(1985年)に急性骨髄性白血病を発症、6歳時(1987年)に国立がんセンターで自家骨髄移植、この時にアドリアマイシンを340mmg投与された。1995年に易疲労感、呼吸困難で国立小児病院でジギタリス、フロセミド投与。1997年、症状安定により利尿剤を中止。1998年3月、感冒を契機に労作時呼吸困難出現、済生会宇都宮病院に心不全の診断で入院、国立小児病院経由で心臓移植およびブリッジとしての補助人工心臓の適応について問い合わせがあり、条件付適応と診断、6月22日往診。
6月24日、宇都宮から羽田までヘリコプター、羽田から伊丹まで定期ジェット便を使用して国立循環器病センターに搬送され15時にCCU入室した。肝機能障害が補助人工心臓によって改善すれば心臓移植適応になるとの判断で、左心補助人工心臓(LVAS)装着手術を23時10分に開始、流量を維持するためにCVPが20近くと高い値を必要としたため右心補助人工心臓(RVAS)を追加した。手術時間は11時間30分、体外循環時間は4時間59分。
6月26日、血圧は100〜90mmHg、HR 100/min、尿量150ml/時。
6月27日、尿量100ml/時前後、収縮期血圧170mmHg前後、瀉血150ml。
6月28日、瞳孔散大、対光反射消失、JCS300、緊急開頭血腫除去術、内減圧、外減圧術施行、Lobectomyを加え止血を試みたが不可能で圧迫止血となった。
6月29日、頚部エコーで両側の総頸動脈、内頸動脈と椎骨動脈にto and flow
patternを認め、脳の機能は改善する見込みなしと判断し、家族の同意のもと脳死判定を行なうことになった。
7月1日、ネンブタールの中止48時間後に第1回、さらにその6時間後に第2回脳死判定を施行し、脳死判定委員会より脳死と診断された。
7月2日、両方の補助人工心臓をオフにし、カテコラミン中止、約4時間後に心停止、死亡確認された。
p93では、脳血管内科の峰松 一夫医師は「VASを止めるかどうかという意味での脳死判定が行なわれたことは何回もあります」と発言している。
当Web注:ネンブタール(ペントバルビタール)は半減期が50時間と長いため要注意とされている(唐澤秀治著:脳死判定ハンドブック)。肝機能障害もあり、全身状態が破綻していく過程で薬物の代謝・排出は遅れる。血圧が上昇し、脳からは薬物が排出されていない可能性もあり、中枢神経抑制剤に影響された状態で不適切な脳死判定が強行された可能性が高い。
人工呼吸取り外しで苦しむ患者 鎮痛剤を投与
小児集中治療 死亡の35%が生命維持停止
数名は死なない フィラデルフィア小児病院
フィラデルフィア小児病院(ペンシルベニア州)のTracy Koogler氏らは、PEDIATRICS1998年6月号p1049〜p1052掲載の「小児ノン・ハートビーティングドナーの潜在的利点(The
potential benefits of the pediatric nonheartbeating organ
donor)」において、人工呼吸などライフサポートを止めるときに苦しむ患者もいるため、その場合は鎮痛剤を与えて苦痛を取り除かれるべきと述べた。
Koogler氏らによると「これらの薬剤は、呼吸を抑制し、死の過程を早める可能性を高める。このリスクにもかかわらず、苦痛を軽減する主な効果が、呼吸を抑制する二次的効果を上回り、よく受け容れられている。私たちの見解では、医師が子供が苦痛を感じると判断したならば、充分な鎮痛剤が与えられるべきだ。ほとんどの潜在的ノン・ハートビーティングドナーは、特に小児では神経に重大な障害があり鎮痛剤の必要量は最低限とみられる」という。
フィラデルフィア小児病院において、1992年1月から1996年7月までに小児集中治療室に入った6307例のうち319例(5.34%)が死亡した。内訳はライフサポートの撤退111例(34.8%)、蘇生不能102例(32.0%)、脳死84例(26.3%)、DNR指示22例(6.9%)だった。ライフサポートの撤退(withdrawal
of life
support)から死亡までの時間は、10分未満58%、10分〜30分19%、31〜60分13%、61〜90分6.5%、91〜120分3%だった。
Koogler氏らは「我々の調査では、ライフサポートから撤退した患児のうち何人かは、手術室から生きたまま戻るので臓器ドナーにできないことが示唆される。・・・ライフサポートの撤退後1〜2時間以内に死亡しない場合は、臓器は移植には使えないので患児はPICUまたは他の場所に死ぬために戻される」という。
84例の脳死小児のうち74例(88.1%)は、医学的に適当なハートビーティングドナーであり43例(58.1%)は臓器を提供した。ライフサポートから撤退した111例の患者のうち、「ライフサポートの撤退後2時間以内の死亡、および敗血症、HIV、肝炎、頭蓋外に悪性腫瘍がない」というノン・ハートビーティングドナー(NHBDs)の基準に31例(27.9%)が適合、2例が臓器を提供した。Koogler氏らは「ノン・ハートビーティングドナーの使用は、我々の施設では臓器提供を42%増大させる可能性を持っている」としている。
当Web注:昏睡状態と思われていても周囲の状況を認識している患者のいることを、日本大学の林氏らが報告している。Koogler氏らは「神経に重大な障害がある患者の鎮痛剤の必要量は最低限」というが、脳死判定基準も満たさない患者であるため、人工呼吸器停止等により苦痛を感じた患者はKoogler氏らの想定より多いと見込まれる。北米における脳死宣告例では、意識を回復した患者も報告されている。米国では、生命維持の停止後1時間以内の死亡をノン・ハートビーティングドナーとする施設が多い。臓器獲得のためには低血圧の時間は短いほどよいため、過量の鎮痛剤投与による早期の死亡演出が行われる恐れがある。
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