臓器提供プロセスにより家族に心理的揺らぎ生じる 看護学科教員が論文
「ドナーファミリーを讃え、臓器摘出による外観の変化は無いと説明せよ」
日本質的心理学会は2015年3月20日で「質的心理学研究」第14号を発行し、p146〜165に田村南海子(東京工科大学
医療保健学部看護学科)と塚本尚子(上智大学総合人間科学部看護学科)の両氏による「ドナー家族の脳死下臓器提供プロセスにおける体験と心理的軌跡 ドナー家族に対する看護ケアの発展に向けて」を掲載した。
日本で脳死下臓器提供を行い、1年以上を経過した家族3名にインタビューした。2名は法的脳死臓器提供、1名は1985年の信楽園病院における生体2腎摘出事件の配偶者と見込まれる。以下は、注目される記述(太字が原文の表現)。
著者要約は「本研究は、ドナー家族(以下、家族)が脳死下臓器提供の一連のプロセスで体験した出来事とその心理的軌跡はどのようなものであるか、提供後の家族の長期的な受けとめに、一連のプロセスのうちどのようなことが影響を与えるのかを明らかにすることを目的に行った。ライフストーリー法を参考に脳死下臓器提供を体験した家族3名の研究参加者に、半構成的インタビューを行い分析した。その結果、家族は患者の脳死状態を死と認識することを契機とし、患者の人生の意味の探索を始め意味を見いだす過程で臓器提供の意思決定をしていた。脳死下臓器提供の意思決定に際し、家族はドナーの生前の価値観が明確である場合ドナーの価値観を優先し、それが明確でない場合、家族の価値観に照らし合わせ意思決定していた。ここで、家族とドナーの価値観が一致することは、家族が自身の価値観を再構成したり強化したりすることになり、臓器提供の意思決定を肯定的に受けとめることに影響していた。一方、家族とドナーの価値観が一致しないまま意思決定している場合、家族の心理的揺らぎが継続していた。この過程で再構成されたり強化されたりした家族の価値観は、臓器提供中〜後における家族の心理的揺らぎの支えとなり、提供後の心理にも影響していた。また、脳死下臓器提供の各局面における看護師のケアは、家族が患者の人生の意味を見いだす過程に影響を及ぼし、その影響は提供後の家族の生き方にまで及んでいた」
未婚の20代女性が交通事故で臓器ドナーとなったケースでは、【医療者の関わりが娘のこの世における存在の意味を強化】の段落において
手術が終了すると、妻は「結婚式とかパーティーで着るドレス」を用意し母として娘を綺麗な姿で旅立たせたいと願っていた。
婦長さんにお渡ししたら、綺麗にして処置していただいて。薄化粧して。コーデイネーターの女性の方が、百合の花を買ってきて娘に抱かせてやってね。 |
と家族の想いに看護師・コーディネーターが応えていた。この時、看護師長がA氏にかけた娘を讃える言葉は、A氏がその後娘の脳死下臓器提供を「7つの宝石箱」と表現し意味を強化していくことのきっかけを与えていた。その言葉は、「御嬢さんは、もう7人の人の命を助けたんだから、女神ですね。輝いてますよ」というさりげない一言だった。霊安室に入ると、病院全体をあげて全職員が、ドナーとなった娘を賞賛する場が整えられていた。
看護婦さん事務方、若い人から全職員、みんなダ一っと待ってた。150名〜200名くらいいたんですかね。(焼香に)1時間半くらいかかりました。 |
このことについて、A氏は
父親として、娘がこんなに、人のため世のために尽くしたのは、本当に素晴らしいと思いましたよ。 |
と述べていた。医療職者・コーディネーターによるこれらの場の提供は、A氏が脳死下臓器提供によって見いだした娘のこの世における存在の意味を結束させていった。そのような中、A氏は娘の脳死下臓器提供に対して
これは(娘の名前)は生きてるんだと。7人の中に、臓器じゃなくて宝石のように生きてるんだ。 |
ととらえて、「7つの宝石箱」という意味を見いだしていった。そして、ここで見いだした意味が、その後の人生を生きる家族の支えとなった。
この論文の執筆者は【看護への示唆】において、ドナーファミリーの心理的安定を図る取り組みを発症、脳死診断、臓器提供の意思決定などプロセス毎に検討した後、最後の段落では以下を記載している
臓器摘出手術終了後の患者の外観は、家族が自己の中に新たな意味に基づいて生前の患者像を内在化していく上で、重要なものであると推察される。したがって、摘出手術に向かう前から、外観の変化がないことを説明すると同時に、終了後は最期の看取りに向けて臓器摘出による外観上の変化がないよう注意をはらうことが求められる。またこの段階で重要だったことは医療者やドナーコーディネーターからの、ドナーに向けられた臓器提供への賛辞の言葉や態度であった。これらのことは、臓器を提供したドナーを亡くなった人としてではなく、変わらぬ尊厳を持ったその人として受けとめたかかわりである。これにより、家族が臓器提供という選択肢により見いだした患者の人生の意味が、より強固なものに導かれた。看護師はドナーとなった患者を最期までその人として、尊重して関わることの必要性が示唆された。
当Web注
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東京医科歯科大学医学部附属病院救命救急センターも、“家族が「自分たちが患者を殺してしまったのではないか」という自責の念を強く抱くことを懸念し、それを避けるため”に、手術室内で臓器摘出後の遺体に薄化粧を行い 手足や顔も温めるなどしたところ、ドナーファミリーは遺体にすぐ触れ、臓器移植に肯定発言をしたと報告している。
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ドナーファミリーに隠し事をしないよう努める施設もある。
臓器移植法を問い直す市民ネットワークの第6回市民講座(2014年7月12日)において、臓器提供施設ICU勤務の看護師は、臓器を摘出され手術室から帰室したドナーの体が非常に軽くなっていて驚いたこと、通常の死体と異なり血液就下(血液が背中側に移動し斑状に着色して見える死体現象)がなく紙切れのような状態だったこと、唇の色が他の皮膚の色と同じ土気色になっていたこと、などに驚愕し、「こんなことになってしまった。死んでいなかった。この人を殺してしまったのではないか」と後悔したことを報告した。
この看護師の施設では、家族に「臓器提供とはどういうことか、何が行われたか正確に理解してもらうために」、エンゼルケアを行う前の死体も見てもらったという。
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臓器提供後に、臓器摘出時に麻酔をかけられたことを知り、「なんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました」と語ったドナーファミリーもいる。