親戚の生体腎臓提供予定者 手術前日に中止決断
負担と満足バランスが動揺 国立成育医療センター
日本小児腎不全学会雑誌24巻は、p197〜p198に国立成育医療センターこころの診療部の小林 明雪子氏らによる「移植中止を決断したドナーの1例」を掲載した。
このドナーは48歳女性、レシピエントの親戚でレシピエントの家庭とは幼少時より行き来する間柄だったという。レシピエントの両親が身体的理由で生体腎臓移植のドナー適応外となったことを聞き、自らドナーとなることを希望した。移植予定の8ヵ月前より腎提供に関する説明、検査が行われドナーとなることが決定。腎臓科医師や移植コーディネーターが腎提供の意思確認、疑問や不安の解消につとめ準備をすすめたが、強い不安を訴えたりすることはなかった。
執刀医による手術説明が行われた移植10日前より、腎提供に対する不安や手術に対する恐怖が出現。この日行われたこころの診療部の医師の面接で、「自分の型も適合しないだろう」と思い「軽い気持ち」でドナーを申し出たこと、決定後は移植コーディネーターの支えもあり「大丈夫」と思ったこと、移植が近づくにつれて手術や痛みに対する不安が強くなっているが、「ここまで来たらやるしかないと思っている」といったことが語られた。
移植前日の入院時には表情がきわめてかたく、看護師の説明にもうわの空で、震えてペンがもてないという状態であった。こころの診療部の医師に対しても「怖くて仕方ないです」という発言があり極度の不安、緊張状態にあると考えられた。この日の夕方に行われた手術の説明をきっかけに移植や手術に対する不安は拒否の気持ちが表出。最終的には本人の意志で移植の中止が決定した。しかし、その後もレシピエント家族にすまないという思いより精神的に不安定な状態がしばらく持続した。
こころの診療部の小林氏らは「親戚という特別な立場での腎提供では、ドナーに介護からの開放(原文のママ、解放か?)といった満足感はなく逆に自らの健康、将来に対する不安は増大していたと考えられた。また、このような提供の背後には親族間の関係の問題などなんらかの心理的背景がある可能性も否定できなかった」と分析している。
「脳死臓器移植 全体像の見直しが先だ」
本質論議を続けよ 京都新聞が原則的立場
8月26日付京都新聞(朝刊)は、社説に「脳死臓器移植 全体像の見直しが先だ」を掲載した(7面)。
法改「正」や運用指針変更などで臓器提供者拡大をめざす動きが強まっていることを指摘した後に、「だが、脳死をめぐっては、法施行後の医学事例を含め多くの疑問が指摘されている。全体像を見直して国民の納得を得る必要がある。臓器移植法で定められた『施行3年後の見直し』を、遅ればせながら国を上げて実施する時だ」と書き出している。
「現行の脳死概念そのものに疑問を投げかける医学的事実や専門家の見解発表も増えてきた。一般向けの出版物でも脳死・臓器移植の本当の話(小松美彦著、PHP新書)などを読めば、現行法を作ったころに唱えられた“常識”を覆す事例が数多く紹介されている」と、
- 脳死後も数ヶ月以上も生きる例が珍しくない
- 人工呼吸器を外した後に脳死者の体が動く「ラザロ徴候」
- 米国で4歳で臨床的脳死になった男児が19年以上生き続けて母親と一定の意志疎通ができている
という脳死“常識”を覆す事例を紹介。社説は「こうなると『脳死は人の死』と考えてきた人にとっても、判断が揺らぐことは避けられない。不可逆的な死でないのなら、治療の可能性が残されているともいえるからだ。(中略)最先端医療と生命倫理、国民の死生観の折り合いをどうつけるか、本質論議を続け国民合意をめざすべきだ」と結んでいる。
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