院外心肺停止、蘇生成功後にDNARのリビング・ウィルが判明
不可逆的脳不全で終末期と判断したが、脳機能良好に改善
「蘇生を試みない意思表示」患者で生存退院は1例のみ
聖路加国際病院救急部救命救急センター
日本蘇生学会第29回大会が2010年9月10日、11日、栃木県総合文化センターで開催され、聖路加国際病院救急部救命救急センターの福田 龍将氏らは、院外心肺停止患者で同センターに搬送され、蘇生後にDNAR(心肺停止が起こっても蘇生を試みない)のリビング・ウィルが判明し
、不可逆的な脳不全で終末期と判断したが、患者の脳機能が回復し退院したケースを発表した。
2009年4月から2010年3月までの1年間に、同センターへ搬送された院外心肺停止症例は315例、そのうち105例が蘇生に成功し入院となった。蘇生に成功した105例のうち、本人による明確なDNARのリビング・ウィルがあったにも関わらず蘇生し生存退院となったのは1例のみであった。この症例は、低体温療法後に意識障害が遷延し、脳波検査や画像検査などから総合的に判断して不可逆的な脳機能不全があると考え、終末期であると判断したにもかかわらず、最終的に脳機能カテゴリー(CPC:Cerebral
Performance Categories)のCPC1(機能良好、意識は清明、普通の生活ができ、労働が可能である)まで改善した。
福田氏らは上記報告の前に、
[はじめに]において「わが国ではリビング・ウィルの考え方が十分に普及しておらず、終末期医療に関する明確な指針は定められていない。院外心肺停止患者の多くは蘇生処置を施行されて救命救急センターへ搬送されるが、DNARのリビング・ウィルが後に判明することがあり、その際は治療の中止や差し控えを考慮しなければならない。しかし終末期の定義が暖味なため、どの時点で治療の中止や差し控えを判断するか苦慮することがある。今回我々は蘇生後にDNAR
のリビング・ウィルが判明し、治療の中止や差し控えを検討したが、その後特異な経過をたどり最終的にはCPC1で社会復帰を果たした稀な例を経験し、終末期の判断が非常に困難であることを考えさせられた」と抄録に記載している。
また[考察]において、「終末期医療に関するガイドラインは厚生労働省をはじめ様々な機関から示されているが、終末期の定義が暖味なために形骸化している。今回我々が経験した症例のように、救命救急センターで蘇生処置を行ったり人エ的な生命維持装置に繋いだ後にDNARのリビング・ウィルが判明することはしばしば経験される。また、今回の症例が低体温療法後に意識障害が遷延し、脳波検査や画像検査などから総合的に判断して不可逆的な脳機能不全があると考え終末期であると判断したにも関わらず最終的にはCPC1まで改善したように、蘇生後や低体温療法後の経過ではまだまだ不確定な要素が多く、DNARのリビング・ウィルがあったとしてもどの時点をもって終末期と判断し延命に関わる治療の中止や差し控えを決定すべきか判断するのは非常に困難である。日本救急医学会の終末期医療に関するガイドラインでは、救命の可能性がある場合には終末期とは定義しないとあり、初療時に明確なDNAR
のリビング・ウィルが示された来院時心肺停止の患者でさえ救命の対象となりかねない。救急医療においては患者の尊厳が損なわれる可能性が十分にあることを認識し、法律やガイドラインを早急に整備することが不可欠である」と
している。
出典=福田 龍将、岡田 一宏、望月 俊明、大谷 典生、青木 光広、石松 伸一(聖路加国際病院救急部救命救急センター)、救急医療におけるDNAR、蘇生、29(3)、168、2009
上記とほぼ同内容の論文が*福田 龍将(聖路加国際病院救急部救命救急センター):院外心肺停止患者におけるDNAR、日本救急医学会雑誌、23(3)、101−108、2012 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam/23/3/23_101/_pdfで公開されている。
当Web注
-
「DNARのリビング・ウィルは、死期が差し迫っている終末期においてのみ許容されうる」とするならば、終末期の診断ができなければ、DNARのリビング・ウィルを考慮する場面はない。
-
福田氏らが「救命救急センターに搬入され、蘇生後にDNARのリビング・ウィルが判明すると、その際に治療の中止や差し控えを考慮する」「蘇生に成功した105例のうち、本人による明確なDNARのリビング・ウィルがあったにも関わらず蘇生し生存退院となったのは1例のみ」「救急医療においては患者の尊厳が損なわれる可能性が十分にある」としていることは、DNARのリビング・ウィルが拡大解釈され、来院患者そして心肺が蘇生した患者に対して、過剰な治療の差し控え・不開始、中止が行なわれているのではないかとの懸念を生じる。
-
2010年10月25日付発行の日本臨床外科学会雑誌、第71巻10号で、加藤 抱一氏は半年前に心肺停止し、家族は救急医から「回復の可能性は絶望的であり、植物人間にもなれないだろうと説明された」ものの、家族の希望で低体温下のICU管理を継続したところ1ヵ月後に歩いて退院できたこと。家族承諾の脳死臓器摘出が「人気」となるなか、この不人気な症例報告がなされていないことを指摘した。
-
法的脳死判定55例目では、脳低温療法後+中枢神経抑制剤の影響下に脳死判定が強行された。
関東甲信越の医療機関 縊頸の男性を家族承諾で法的脳死と判定(95例目)
鎮静剤+肺炎で判定対象外の患者 無呼吸テスト中に血圧97から90に低下
2010年9月6日、関東甲信越地方の医療機関に入院中の成人男性が法的脳死(95例目)と判定され、7日、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、眼球が摘出された。
第95目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000022aat-att/2r98520000022aec.pdfは、「成人男性。平成22年8月28日7:00ごろ、意識消失している状態であったのを発見された。7:48、電話で要請があり、救急隊が出動し、7:55、現場に到着すると、心肺停止、深昏睡(GCS3)、瞳孔両側散大(6.0
mm)で対光反射なしの状態であった」と記載し意識消失の原因を曖昧にしている。
このドナーからの膵腎同時移植を行なった東京女子医科大学腎臓外科の中島 一郎氏、淵野上 昌平氏が「Organ Biology」18巻1号p141〜p144(2011年)に発表した「膵臓移植・保存の現況と将来展望」によると、このドナーは縊頸により低酸素脳症になった。
検証会議報告書によると、入院後、9:02に頭部CT検査を行った。CT上、脳浮腫を反映した脳実質の腫脹を認めた。この検査の途中で、自発呼吸が出現した。瞳孔も両側3.5mmとやや縮小したが、対光反射は認めなかった。9:10、メイロンにてアシドーシスを補正し、ミダゾラム、ベクロニウム臭化物で鎮静し、脳神経機能回復の目的で、低体温療法を開始した。
8月29日以降,瞳孔散大し、頭部CT検査で皮髄境界の不明瞭化、脳実質の低濃度化、脳浮腫の進行を認めた。
8月30日、10:00、ミダゾラム、ベクロニウム臭化物を中止し、低体温療法を中止した。また、脳浮腫に対してグリセオールを開始した。18:00、脳幹反射診断により、すべての項目で反応が消失しており、脳波も平坦化していたが、ABRはI〜V波まで出現していた。
8月31日、低体温療法から復温後、臭化ベクロニム、ミダゾラムを終了し24時間経過後も自発呼吸なく、脳幹反射は消失したままだった。11:30 、脳波とABR検査を施行した。脳波は平たんで、左側優位に筋電図の混入を認め、ABRは波形が消失していた。
9月1日、脳幹反射診断にて、すべての項目で反射が消失していることを確認した。
9月2日、19:02、脳波検査にて脳は電気的に無活動であると診断し、他の所見を併せて脳死とされうる状態と診断された。
脳死とされうる状態の診断で、脳波の正味記録時間は27分と短く、報告書は「法的脳死判定時に定められた脳波の記録条件を完全には満たしていない。法的脳死判定時に定められた脳波の記録条件を満たすことが望ましかったが、脳死とされうる状態と診断するのに支障はないと思われる」としている。
主治医より家族に対し、臓器提供についての意思を確認したところ、コーディネーターの話を聞くことを希望された。コーディネーターは、意思表示カード、健康保険証の裏面、運転免許証の裏面に本人の意思表示がなく、かつ本人の口頭による拒否の意思がないことを家族に確認の上、意思登録システムに登録されていないことを確認し、さらに家族の総意での承諾であることを確認した。
法的脳死判定について報告書は「併用薬剤としてミダゾラムと臭化ベクロニウムが8月28日9:10から30日10:00まで投与されたが、脳死とされうる状態の診断実施は薬剤中止80時間後であること、トライエージにより尿中薬物検査で陰性の結果を得ていること、筋弛緩作用をTOF比(train
of four
ratio)0.9以上の確認をし、これらの薬物の影響のないものとの判断をしている。法に基づく脳死判定の手順、方法、検査の解釈の問題はない。以上から本症例を法的脳死と判断したことは妥当である」とした。
9月5日19:37から21:43に行なわれた法的脳死判定第1回検査では、無呼吸テスト開始前の血圧103/53mmHgが、3分後に98/52mmHgと下がり、6分後に112/60mmHgと上昇、無呼吸テスト終了時に94/51mmHgと低下した。
9月6日5:00から7:07に行なわれた第2回検査では、無呼吸テスト開始前の血圧97/55mmHgが、3分後94/54mmHg、6分後90/52mmHgと低下し続け、無呼吸テスト終了後に93/52mmHgとなった。男性は肺炎を合併しており、PaO2(動脈血酸素分圧)は1回目170mmHg、3分後157mmHg、175mmHg。2回目無呼吸テスト開始時に161mmHg、3分後122mmHg、5分後127mmHgと推移した。肺移植候補患者は選定されたが、移植は断念された。
当Web注:意識消失状態の発見が7時頃、救急要請が7時48分と長時間を要し、発見者に積極的な救護の意思があったのか不明である。縊頸は、自殺または殺人と見込まれる。当初からの積極的な救護意思の曖昧さに加えて、外因死となることから、家族承諾による臓器提供手続を進行させたことに妥当性はあるのか?
低体温療法で薬物の代謝は遅くなる、しかも脳浮腫の進行過程で中枢神経抑制剤を投与しており、脳内に薬物が蓄積した可能性がある。血中や尿中の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度は乖離する場合があるため、脳死判定対象外の患者ではなかったか?
無呼吸テスト開始前に、PaO2(動脈血酸素分圧)が200mmHg以上でなければ安全な無呼吸テストが行えないと判断する施設もある(唐澤秀治著:脳死判定ハンドブック)。
北部九州の医療機関 40歳代女性を法的脳死判定(93例目)
低体温療法後、中枢神経抑制剤投与終了49時間で脳死診断
無呼吸テスト6分で血圧が196mmHgから95mmHgに低下
2010年9月1日、北部九州の医療機関に入院中の40歳代女性が法的に脳死(93例目)と判定され、9月2日に心臓、肺、肝臓、腎臓、小腸が摘出された。
第93目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001p0fn-att/2r9852000001p0j6.pdfによると、この40歳代女性は2010年8月26日6時頃、嘔吐といびき呼吸の状態を夫に発見され救急要請。6時25分、救急隊到着、6時57分、当該病院へ搬入。脳動脈瘤破裂が疑われ、Hunt&Kosnik分類
gradeWのくも膜下出血と診断、外科的治療の適応はなく、気管挿管し、ロクロニウム、塩酸ブプレノルフィン、ミダゾラム投与下に34℃の低体温療法と浸透圧利尿剤の投与が行われた。両側瞳孔散大の所見は改善せず、8月28日より上記薬剤の投与を中止し復温を開始。8月29日にはJCS300、両側瞳孔散大、対光反射消失、8月31日10時(ロクロニウム、塩酸ブプレノルフィン、ミダゾラム終了後49時間後)に脳死とされうる状態であると診断した。
報告書は「経過中に筋弛緩剤ロクロニウム21mg/hr、ミダゾラム3mg/hr、プブレノオルフィン0.006mg/hrが投与されが、8月29日に終了し、脳死とされうる診断までに49時間が経過しており、筋弛緩モニターで筋弛緩薬の効果がないことを確認しており、脳死判定に影響しない状況で脳死判定がなされていると考えられる」とした。
当Web注:筋弛緩モニターで効果がないことを確認できるのは筋弛緩薬のみ。薬物投与から72時間後に高濃度の薬物が脳組織から検出されたケース、低体温療法後に不可逆的脳機能不全と判断されていた患者が社会復帰したケースからは、「脳死判定に影響しない状況で脳死判定がなされている」とする報告には疑問が生じる。
法的脳死判定時の無呼吸テストでは、第1回目の開始時血圧196/115mmHg、6分後の終了時に95/39mmHgと低下。第2回目は開始時117/61mmHg、6分後の終了時に93/38mmHgと低下した。
本人は米国の運転免許証に臓器提供の意思を表示していた。
レシピエント候補者の意思確認では、心臓の第1候補者はドナーとレシピエントの体格差により辞退、第2候補者に移植が実施された。肝臓の第1候補者は生体肝移植手術中により辞退、第2候補者に移植が実施された。膵臓の第1候補者はレシピエントの医学的理由により辞退、第2候補者の移植実施施設側が膵腎同時移植を受諾したものの、ドナーの医学的理由により移植が見送られ、腎臓移植のみが実施された。
このページの上へ