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頭皮上脳波は判定に役立たない
脳死判定の脳波測定は、頭皮の上に脳波測定用の電極を設置しているため、電極と脳組織との間に「硬膜、髄液、頭蓋骨、頭皮」などが入る。このため脳組織の表面で測定するよりも、脳波が2分の1〜5,000分の1に弱まり、雑音が増え、記録される脳波も大脳表面から深さ5ミリ〜1センチ程度の脳活動に限られる。脳波は頭皮上で測定するのではなく、脳組織の表面に電極を設置し、しかも脳の深部を測定しないと、脳が活動しているか否かは見落とすことが多い。
一部の病態では脳幹部が先に障害を受けて、大脳の機能はより長く維持されることもあり、頭皮上脳波が脳死判定においてまったく無価値とするのではないが、深部脳波の測定を無視した脳死判定は信頼性が無いことは確かだろう。
船橋市立医療センター(千葉県)の唐澤 秀治脳神経外科部長は、2001年に羊土社から発行した「脳死判定ハンドブック」のなかで脳波測定深度により異なる脳波名称を定義し、頭皮上脳波と頭蓋内脳波の違い(p208−209)を解説している。
脳波(electroencephalogram : EEG)の測定深度による名称
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頭皮上脳波(scalp EEG)
=頭皮に電極を接触(一般に言われる脳波)
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頭蓋内脳波(intracranial EEG : IC-EEG)
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皮質電図(electrocorticogram : ECoG)
=大脳皮質に脳波電極を接触または刺入
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皮質下電図(electrosubcorticogram : ESCoG)=皮質下に針電極を刺入
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脳室電図(electroventriculogram : EVG)
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唐澤氏による頭蓋内脳波に関する知見は、下記1〜5(要約)
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皮質電図と比べると頭皮上脳波の振幅は約1/2〜1/10。頭蓋内脳波は頭皮上脳波よりも振幅も大きく、波形も明瞭である。
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頭皮上脳波で捉えられない局所的なケイレン波を、頭蓋内脳波で捉えることが可能である。皮質の広い範囲で同期した場合は頭皮上では1/2に減衰するだけだが、人工的に限局した活動を起こさせた実験では皮質と比べて頭皮上では1/5,000になってしまったという。
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頭皮上脳波が描出されなくても、頭蓋内脳波で波形が認められることがある。
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頭蓋内脳波には、深度により脳波活動の優位性が存在する。頭皮上脳波は、これらの優位性を把握できない。
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頭蓋内脳波は脳波活動の復活を捉えることができる。
唐橋氏は、重症頭部外傷への挑戦―頭皮上脳波の平坦化と脳蘇生の可能性―、救急医学、21(13)、1716−1720、1997において、
直径3.5mm、長さ6.0cmの多目的脳室ドレナージDEPTHで、脳表から0.5cmの深さで皮質電図を、同2.0cmで皮質下電図を、そして同4.5cmで脳室電図を測定すること。また皮質電図のモニター用に2種類の皮質プローブCORPET(病態によって使い分けられるようにヘラ型は厚さ1.0mm、幅0.6mm。触手型は直径2.5mm)のダイレクトモニタリングシステムをフジタ器械と共同開発したことを発表した。
また唐澤氏は、1997年の第25回日本救急医学会総会に「頭皮上脳波が平坦でも深部脳波に活動がみられることがある。『いわゆる脳波』とは『厳密には頭皮上脳波』であり、深部脳波の活動と同一ではない。脳死判定基準の一項目の『平坦脳波』『その判定時間』は、今後、検討を要する」と発表した。唐澤 秀冶:深部脳波からみた平坦脳波(脳死判定基準の一項目)の検討、日本救急医学会雑誌、442、1997
蘇生チャート、脳死判定ハンドブック、47−51では、心停止後に全脳虚血となり頭皮上脳波が平坦となった18例に、軽度低体温療法による脳蘇生を行い、頭皮上脳波と皮質プロープCORPET(CORtical
Probe for EEG and Temperature)による皮質電図を記録した結果を掲載している。
「18例中1例は皮質電図と頭皮上脳波に低振幅徐波を認めた。他の17例では頭皮上に脳波は認められず、このうち15例は皮質電図でも脳波は確認できす、2例は皮質電図にのみ低振幅β波がみられた。・・・・・・全脳虚血により脳波が消失してから復活までの時間について検討すると、皮質電図での波形出現は5〜20時間、頭皮上脳波での波形出現は6〜38時間。・・・・・・復活した脳波が再消滅する時の確認にも差があり、頭皮上脳波では皮質電図よりも4〜22時間(平均9.2±7.4時間)早期に消失していた。18症例の6ヵ月後の転帰は、社会復帰5例、植物状態3例、死亡10例であった」
唐澤氏は深部脳波が消滅するまで22時間の患者がいたことから「現行6時間とされている脳死判定時間間隔は、今後、検討を要する」さらに最大の落とし穴=脳死判定検査を開始するタイミング、脳死判定ハンドブック、53では、脳死判定検査を開始するタイミングについて・・・厚生省マニュアルには記載がない」と注意を喚起する。
守谷 俊:救急集中治療における脳波モニターの問題点、臨床脳波、43(5)、289−293、2001は、(要旨)「心肺蘇生後6時間後に通常脳波が記録されなかった患者4人のうち、2人は48時間後も脳波が出現せず「脳死」となって死亡した。しかし他の2人は48時間後に脳波が回復し、最終的に上肢の巧緻運動障害を残しはしたが退院できた」と報告している。過去の大阪大学脳死判定基準では、患者の症状により観察時間、判定時間の感覚を変えていた。一律に6時間後に再判定する現行の基準の危うさが、予想される。
さて、深部脳波の測定で船橋市立医療センターは先進的な取り組みをしながら、重症患者がドナーカードを持っていることがわかった時の対応には疑問がある。前出の頭皮上脳波と頭蓋内脳波の違い(p208−209)、脳死判定ハンドブックでは「治療目的で頭蓋内脳波を含むダイレクト ブレイン モニタリングを行なっていたが、その後に脳死判定検査をしなければならない事例もありうる。このような時には、頭皮上脳波よりもさらに鋭敏な検査法である頭蓋内脳波所見の方を優位な所見とすることにした。すなわち、たとえ、頭皮上脳波が一見平らに見えても頭蓋内脳波で活動が見られれば『脳死ではないと判定する』ことにした。ただし、治療中に(頭蓋内脳波を)ダイレクト ブレイン モニタリングを行なっていない患者に対して、脳死判定目的で(頭蓋内脳波を)ダイレクト ブレイン モニタリングを行なうことはしない。なぜなら、これらのモニタリングシステムはあくまで救命医療におけるモニタリングであるからである」と書いている。
「治療目的に脳のモニタリングはするが、脳死判定目的ではモニタリングしない」とは、治療→救命困難と判断→脳死判定、の流れからは有り得ない事ではないだろうか。
長岡 司、武井 秀憲、福井信介(榛原総合病院脳神経外科)、平川 公義(東京医科歯科大学脳神経外科):脳死状態突入時点の同定の重要性−アペリオディック分析を用いた脳波モニターを用いて、第51回日本脳神経外科学会総会 第1日抄録集、90、1992は、脳波をリアルタイムに3次元画像に周波数ごとにカラーベクトル表示することが「『生きた脳』から『死んだ脳』への突入時点を、あたかも心電図モニターの如く、可視的に捉えることが可能となり、一般人の脳死の理解に役立つと思われる。脳波モニターが平坦化した後に脳死判定を適当な体制のもとで厳格に行えばよく、脳死突入時点の何らかの客観化は極めて重要と考えられる」としている。
頭皮上脳波の限界からすると、長岡氏らの取り組みは早期の治療放棄の働きかけ、無効なインフォームドコンセントにしか役立たないことはあきらかだろう。
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