*松田 和郎(滋賀医科大学医学部解剖学講座・生体機能形態学部門):意識とは何か 意識障害治療と神経解剖学研究の現場から、人体科学、19(1)、21−35、2010
遷延性意識障害で、パーキンソン症候群の徴候があり、頭部MRIにおいてドパミン細胞の密集する中脳黒質の近傍に高信号病変を認めた3例は、レボドーパの投与によって劇的に回復した。
交通事故で受傷の51歳男性は、シートベルトを着用していなかったため、衝突の勢いでフロントガラスを破って車両から投げ出されて頭から落下し頚椎骨折。外来にて呼吸停止。頭部CTにて外傷性クモ膜下出血を認め、保存的治療を行った。受傷後219日目において、気管切開、経管栄養、全失禁状態、自発的な開眼と非特異的な追視を認めるも意思疎通不可能で、遷延性植物状態と診断された。打つべき手が見出せないまま受傷から7カ月間が経過した。
担当医は、偶然のきっかけから、医学雑誌(Brain &
Development20巻p124〜p126)に記載されていた7歳女児の回復の記録を目にした。報告では、この少女は交通事故後2年問近く最小意識状態(MCS)
の状態にあったが、リハビリテーションに取り組んでいた医師によってパーキンソン病様の症状を伴っていることに気づかれ、加えて頭部MRI写真にてパーキンソン病の責任病巣とされる中脳黒質や線条体と呼ばれる神経核の近傍に損傷を受けていることが見出された。この患者にパーキシソン病の治療薬であるL-dopaを投与したところ、驚くべき回復をみせたという。先の患者を改めて診察したところ、四肢の固縮・無動を認めた。また、頭部MRIでは報告と酷似した場所に高信号病変を認めた。
ご家族に十分な説明を行い、同意を得てこの患者にL-dopaの投与を開始した。開始から4日目、病棟で診療録を記載していた筆者のところに担当の看護師が駆けて来て、「先生、患者さんがしゃべっていますよ」と知らせてくれた。ベッドサイドに行って「おはよう」と声をかけると、男性はこちらをしっかりと見て、「おはよう」の形に口を動かした(気管にチューブが入っているので声は出せない)。投与開始から10日目に固縮が軽減し迅速に指示動作に従い、58日目に気管チューブを抜去したところ名前と住所が番地まで正確に言えた。79日目より軽介助にて全粥食の摂取が可能になった。開始6カ月後にリハビリテーション継続のため転院となった。
他の2例は以下の文献に報告あり。
*Wakoto Matsuda(Department of Neurosurgery, Tsukuba Medical Centre
Hospital):Awakenings from persistent vegetative state: report of three
cases with parkinsonism and brain stem lesions on MRI、Journal of
Neurology Neurosurgery & Psychiatry、74(11)、1571−1573、2003
http://jnnp.bmj.com/content/74/11/1571.full.pdf+html
14歳男児は交通事故から3カ月後に、追視なし、指示動作に従えなかったが時々、覚醒しているようだった。レボドーパ治療開始から9日後で、患者の不随意運動は減少、声のした方向に目をむけるようになった。20日後に指示動作に従い、3カ月後に平行バーによって自力歩行可能、小学生並みの知能。1年後にレボドーパ治療は終了し、高校に一人で徒歩通学可能になった。
27歳男性は交通事故から6カ月後に脳深部療法は無効、受傷から1年後に症状固定。レボドーパ治療開始から8日後に追視、25日後にリハビリテーションセンターに転院、瞬きで家族と看護婦に反応しはじめた。その後
瞬きで、さらに右手で簡単な電子シグナルを操作し
、「はい」または「いいえ」を表現できるようなった。10カ月後に、ワードプロセッサを使用開始した。1年後に抜管され、彼は「スシを食べ、ビールを飲みたい」と言った。
*日高 紀久江(筑波大学):遷延性意識障害患者の回復に向けた継続的な看護プログラムの評価、日本看護研究学会雑誌、33(3)、324、2010
脳出血後の50歳代男性、発症後1年経過、意識レベルはJCS2-20、開眼・追視がときどき見られる、右片麻痺があり、自動運動はみられず、全身の筋緊張と四肢の関節拘縮が強く座位は困難、気管切開および胃瘻が造設されていた。
2009年3月から、紙屋らの提唱する看護プログラムを計5クール実施した。3クール実施終了時には、関節可動域の拡大が図れ、車椅子での座位保持と昼食のみ経口摂取が可能になった。しかし、経口摂取が始まり.体重も増加したことから摂取カロリーを減量した結果、肺炎を発症し、看護プログラムは一時中止。
肺炎治療後に身体負荷の少ないリハビリから開始、計5クール終了時に頭部コントロールが可能になり約10分間座位保持できるようになった。また、ペンを持って線を書く、鈴に手を伸ばすなど、自発的な行動が認められ、さらに麻痺側である右手指の運動がみられるようになった。
*紙屋 克子:遷延性意識障害患者の看護プログラムの開発(第1報) 温浴と微振動等による拘縮の解除、日本医療マネジメント学会雑誌、8(1)、231、2007
従来の看護方法に反射の誘発と背部微振動を加えた新しい看護プログラムを開発し、5名の対象者に実践した。看護プログラムの実施手順 1)湯温38〜40度の温水中で肩から手指関節ならびに股・膝・足関節の可動域拡大エクササイズを10分間実施。2)水分補給と15分間の休憩。3)腹臥位で両手掌を用い10分間、背部ならびに股関節を中心に微振動を与える。4)上肢・下肢の伸展・屈曲反射を誘発するプログラムを15〜20分間実施。5)15分間の休息。6)座位バランス獲得のプログラムを15〜20分間実施。7)話かけて表情の変化およびコミニュケーションの有無について確認する。
結果:5名の患者それぞれに身体機能の改善とコミュニケーションレベルの向上、ならびに家族の介護負担を軽減する効果を確認した。
*阿部 真由美:遷延性意識障害に対する看護プログラムの開発と実践(第2報) 嚥下機能向上への取組み、日本医療マネジメント学会雑誌、8(1)、231、2007
28歳女性、11歳時の交通事故により遷延性意識障害となった。約3年の入院生活を経て、13年間全介助で自宅療養。患者は話しかけても無表情で焦点が合わず、また除皮質硬直があり、全身の関節拘縮と側弯が顕著であった。2003年に温浴刺激と中心とした看護プログラムを開始。1回目および2回目の入院時には各関節拘縮の改善を看護の目標にしたが、今回3回目の入院時には食事の改善を目標とした。新看護プログラムを取り入れ、さらにこれまでできなかった外食の計画を試みた。ケアの介入期間は12日間であった。
結果:入院時には、口唇および舌、表情筋は左側優位であり、また舌を前歯より前に出すことができなかった。しかし、ケアの介入後には舌を口唇周囲まで突出することができるようになり、さらに表情筋に左右差はほとんど認められなくなった。退院後には、患者の好きなコーヒーはトロミを付けることなく、またカレーライスは常食の形態で摂取することができるようになった。
*紙屋 克子:遷延性意識障害者におけるQOLの向上と生活の再構築 新看護プログラムの実践と評価、EB
NURSING、9(1)、60−67、2009
この資料は、上記の受傷時11歳女性のほかに、受傷時16歳・現在37歳男性の21年間におよぶ手足の強い拘縮が、4週間の短期集中入院により、肘関節可動域が最大35度に拡大し手指の拘縮も軽減したこと。飲水ボトルを手で把持しての飲水、自助具スプーンを持った食事が可能となり、食形態も軟菜食からサイコロ食へと向上したことを報告している。
拘縮の解除で表現可能に、言葉以外の表現手段を与えるべき
*紙屋 克子:【QOLを重視した意識障害患者へのケア エビデンス構築につなげる実践】 Editorial、EB NURSING、3(2)、117−120、2003
- 27歳男性、急性硬膜外血腫・脳挫傷の診断で血腫除去術を施行後、大学病院で除皮質硬直のまま植物状態との評価を受けて1年半が経過していた。3週間かけて、厳しい手指および四肢の拘縮を解除すると、彼はジャンケンに応じ、看護を開始して38日目にはトーキングエイドを操作して意思疎通が可能になった。
- 65歳女性、脳幹梗塞と小脳出血で意識の回復は困難と診断され、約半年が経過していた。座位をとらせて姿勢の安定を図り、ボールペンを与えて氏名を書くように促したところ、自身の名を漢字で、さらには指示に従いカタカナで書くこともできた。
- 60歳男性、脳血管障害で意識障害の診断を受け、9ヶ月を経過していた。座位をとらせて姿勢の安定を図り、ボールペンを与えて氏名を書くように促したところ、自身の名を漢字で、さらには指示に従いカタカナで書くこともできた。
*日高 紀久江:【QOLを重視した意識障害患者へのケア エビデンス構築につなげる実践】 在宅遷延性意識障害者の身体状況と介護状況、EB NURSING、3(2)、130−135、2003
17歳時の交通事故による頭部外傷の20歳男性は、在宅療養3年5ヵ月。身長173cm、体重33kg。1日の総摂取カロリー1,000kcal。母親が医師に総摂取カロリーの増量を要望したが「体重が重くなると介護が大変になりますよ」といわれた。
1日の総カロリーを1,875Kcalに増量した結果、肺炎で入院することはなくなり、顔色もよく、表情の変化もみられるようになった。母親は「体重が少し重くなったとしても、肺炎などになって発熱したり、夜間の吸引回数が増えるよりはずっと楽です」
参考*日高
紀久江:遷延性意識障害患者の栄養状態と簡易栄養評価指標の検討、日本老年医学会雑誌、43(3)、361−367、2006
茨城県ならびに東京都内の4病院で経管栄養を受けている意識障害患者46名を対象に、身体計測値、血液検査値、安静時代謝量から栄養状態を評価し、栄養状態を反映すると思われる諸症状との関連について統計学的に検討した。
- 平均年齢76.3±14.3歳、意識障害に至った原因は脳梗塞が24名(52.2%)と最も多く、平均入院期間は1.4±0.8年。経管栄養より胃瘻が多かった。
- 診療録および看護記録に身長の記載がある患者は15名(32.6%)、定期的に体重測定を実施している患者は32名(69.6%)であった。
- 血清アルブミン(Alb)が3.3±0.5g/dlであり、3.5g/dl以下の症例が76.1%を占め、タンパク・エネルギー栄養不良(PEM)のリスクが高いことが示された。
- 1日の栄養摂取カロリーは平均1004.4±189.4kcal/日、安静時エネルギー消費量(REE)は平均1190.1±352.9kcal/日であり、意識障害患者の64.3%は安静時エネルギー消費量以下のカロリーしか摂取していなかった。
- 経管栄養に注入される半消化態栄養剤あるいは濃厚流動食は3大栄養素がバランスよく調合されていることから、意識障害患者の低栄養状態はタンパク質というより、むしろ長期にわたるエネルギー不足の影響が強いのではないかと考えられる。REE測定が行えない場合においては定期的な栄養評価が必要であり、身体・精神機能の状態や合併症の併発などを考慮しながらカロリーの微調整を行う必要がある。
- 眼瞼結膜が蒼白な患者は血色素量(Hb)、ヘマトクリット(Ht)、血清アルブミン(Alb)の低下と関連していたことから、眼瞼結膜は新たな栄養評価指標の一項目となり得る可能性が示唆された。
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