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*松永 五智子(駿河台日本大学病院看護部):看護を語ることによって実感する看護のよろこび、看護実践の科学、33(9)、52−56、2008
注:以下は「看護を語る会」で話されたことで、患者の入院施設名は不明。
渡邉:久しぶりに観察というか患者さんを見る目が必要だと思った事例がありました。手術もできず、左の視床出血で脳神経外科の医師からも「良くならないだろう」「どちらかというと植物状態」といわれていました。そのため、4人部屋のなかでもかかわりが薄かったのですが、ある日、唯一動く方の手で何か意思表示をしているようで意思の疎通性があるんじゃないかと捉えました。それから看護師たちは「させてみよう、やってみよう」と、いろんなことを進めました。すると、あれよあれよという間に車いすに乗車でき、食事を摂取できるまでになっていきました。医師の「植物状態であるかも」という情報にだけ捉われることなく、看護師の“こうやってみよう”の積み重ねが、患者さんが持っていたもの・・・・・・隠れていたものを出してきてくれたんじゃないかと思いました。その後、患者さんはリハビリ病院に転院して行かれました。こういう視点で見ていくと、「だめかもしれない」という患者さんに、家族も含めて生きがいというものがどんどん広がっていくんだと感じました。
東:「意思の疎通性があるんじゃないか」という場面で、看護師がどのように患者さんをキャッチしたかを具体的に教えてください。
渡邉:4人部屋で他の患者さんと会話したりするなかで、じっとこちらを見ているような視線を感じ、本当は意識があるんじゃないか?
10回に1回は反応がある気がしましたし、私たちの期待する反応を患者さんが示すことがあり、この“もしかしたら”の積み重ねがこの患者さんは、前からいろんなことを知っていたんじゃないかとつながりました。
佐藤:この話を聞いて、救命センターから転入してこられた「回復が見込めない」と診断された遷延性意識障害の褥婦さんのことを思い出しました。あのときも、患者さんの信号(追視など)をキャッチし好きな音楽をかけたり、子どもの写真を見せたりして次第に意識が戻り、会話ができるまで回復されました。私たちは回復の見込みがなくだめだと思うと足が遠のいてしまうけど、家族は最後まで残されたものを信じたいと思うんだろうなと今の話を聞いて思いました。
増田:救命センターの今の患者様では家族のかかわりで何かありましたか?
渡邉:家族も私たちもですが、医師の病状説明によっては患者の今後を諦めがちです。次の転院先を探したりしますが、残された家族は自分たちの生活を守っていくことにも必死です。仕方のないことですが、家族の闘病意欲もさがるというか・・・・・・。しかし、患者さんとコミュニケーションができるようになり、回復したときの患者さんの状況を伝えていくことで、その時々に必要な物を購入してきたり家族の闘病意欲も強くなっていました。
別の30代の意識混濁があり、自分で動くことができなかった患者さんは、何がきっかけだったのか、少しずつ変化し足を組む行動が見られるようになりました。これは経験なのですが、センターではなぜか元気になる人は足を組み始める。これが元気になるサィンなのかなと。
増田:足を組むってことは、自分の意思で行なっているのだから、意識レべルが上がってきたってことなんですよね。
渡邉:だめかもしれないという患者さんが、ここまで良くなるとすごいなと思います。
佐藤:そこになるまでには、家族が受け入れてくれないと。さっきの褥婦さんのご主人も諦めモードになっていて難しいことがありました。
小菅:それは、医師がシビアに病状を説明してしまうから、そうなるんですよね。
佐藤:そういうときに、看護師が「どうやってこうなったんですよ」と具体的な状況を家族に伝えていかないと家族が受け入れられないんだなと思いました。
増田:医師は24時間、患者のそばにいるわけではないから、24時間看ている看護師は、ちょっとしたことでも家族に伝えていくことが役割なのかなと。入院前の生活は、家族に聞いたりして、「次はこうしていこう」と進めていかなければならないのかなって思います。
*中野 美穂、中尾 理絵、 熊木 春江、 佐藤 美貴子、
東 めぐみ(駿河台日本大学病院):遷延性意識障害患者の信号を敏感に感じ取る直観と直観に裏付けられた看護行為、日本看護学会論文集:
成人看護2、37、465−467、2007
Aさんは、意識の回復は見込めないと診断され、JCS200pの状態であった。看護師がAさんの「追視」というわずかな信号に気付いたことをきっかけに、会話が可能になるまで回復した。本研究では、Aさんの信号を看護師がどのように気付き、どのように看護行為につなげていったかということを、看護独自の機能という観点から明らかにすることを目的に探求を行った。
患者Aさんは30歳代の女性。分娩時の弛緩出血によるショックにより意識障害。救命センターでの治療後、40病日目に意識レベルJCS200pにて一般病棟に転室となった。
1、追視に気付いた看護師の直感(エピソード1)
<Aさんの状態>
開眼しているが、JCS200pの状態
<看護師Bの直観>
「開眼しているのに、反応がみられないということは、Aさんには周囲のものが何も見えていないのだろうか、見えていても何も感じないのだろうか、見えているのに何も感じないなんてことがあるのであろうか」と私は思った。Aさんの部屋を訪室する毎に、Aさんの右側から左側に移動してみたり、千羽鶴をAさんの見える場所に置いて動かしたりしてみた。転入から1週間位たったある日、「Aさん、こんにちは」と声をかけながら訪室したところ、Aさんの目が少し動いた様子があり、私のほうを向いているように感じた。「あれ、Aさん、私が入ってきたことがわかりますか?」と耳のそばで話しかけ、Aさんの顔の前で自分の顔を動かしてみると、視線が動いている様子があった。私は千羽鶴をAさんの見える場所に持っていき、これね、家族の人が持ってきてくれた千羽鶴ですよ、わかりますか?」といって、動かしてみると、Aさんの視線が今まで以上にはっきりと千羽鶴の動きを追っている様子がみられた。ナースステーションに戻り、看護師Dに「Aさん、目が動いているように感じました」と伝えた。
<看護師Dの直観>
救命センターに勤務していた時の経験から、意識レべルの改善がみられた患者には、共通して「何かが違う」と思う、目の動きがあることを学んでおり、Aさんを初めて見た時に、「何となく見ているような目の動きがある」と感じた。いつも「見えているかもしれない。聞こえているかもしれない」という意識のもとで、体位変換毎に千羽鶴を見える位置に変えたり、「ママって呼ばれていた?」と耳元でささやいたりしていた。そして、転入数日後にAさんの部屋へ訪室した時に、目の動きがいつもよりはっきりと自分の姿を追っており、追視があることを認識した。そして、ナースステーションで「ちょっと前からこちらを見る目の動きがあるよね」と伝えた。
<解釈>
看護師は、こちらの言っていることがわかるのではないか、何らかの反応があるのではないかとの思いで、Aさんに対して声をかけ、表情を注意深く観察した。そして、「あれっ」と思う目の動きで、追視というAさんの変化を敏感に感じ取り、それを皆で言語化し、共有していったことが意識レべル改善への第1歩となった。
2、頷き反応の発見(エピソード2)
<Aさんの信号>
質問に対し、微かに頷く。
<看護師の直観>
「追視があるということは、視覚があるということ。それであれば、聴覚や他の感覚もある可能性が高いので、返事のいらない一方的な声かけではなく、簡単に反応が出来る“イエス・ノー式の質問”をしてみようか」と考えた。
<看護行為>
「千羽鶴見えますか?」との質問をA さんの耳元で話しかけたところ、かすかに首を上下に頷く動作がみられた。
<解釈>
看護師が、A さんの追視を見逃さずに気付いたことにより、“イエス・ノー式の質問”という行為をAさんに投げ返すことが出来た。その結果、A
さんの領きという更なる能力を引き出すことが出来た。
・しっかりとした頷き反応の出現(エピソード3)
手浴中に「気持ちいいですか?」と問いかけると、大きく首を頷き、はっきり意思表示する反応が出現した。
3、頷きによる会話の成立(エピソード4)
<A さんの信号>質問に対して考え、頷きや首を振る反応がみられる。
<看護師の直観>
「質問に対して頷き反応がみられているので、更なる刺激が有効であるのではないか。現在、開眼している時は看護師を感じていて、閉眼している時は、眠っているように感じる。昼夜の区別をつけて生活リズムを取り戻せるのではないか」と考えた。
<看護行為>
聴覚の刺激で音楽を流すために、A さんに対して音楽の話をした。最近のヒット曲やクラッシク音楽の話では反応がなかったが、A
さんの青春時代に流行っていた歌謡曲の話になったところ反応がみられた。演歌の話では、「違うわよ」という表情で首を横に振ったが、工藤静香という名前に首を縦に振る大きな頷きがみられた。その後、工藤静香のCDを流すようにしたところ、右手で曲の振り付けをしたり、リズムを取ったりする姿がみられた。
<解釈>
音楽を選択するに際して、Aさんの年齢を考慮して、その時代背景を考えながら話を進めていったことによりAさんの潜在能力の中から「考える」という行為を引き出し、記憶を蘇らせる手助けが出来た。
4、感情の表出が出現(エピソード5)
<Aさんの信号>子供の写真を見て、笑う、泣く。
<看護師の直観>
「質問に対しての反応もスムーズになってきたため、更なるレべルアップが必要なのではないか」と考えた。Aさんは子供が4人おり、小さな子供を持つ母親は、「お母さん」と言われるとどんなに小さな声でも目を覚ますということを、小児科での経験や甥や姪との関係で学んでいた看護師は、Aさんの関心事は子供であると判断した。
<看護行為>家族に働きかけて、子供の写真を持ってきてもらい、2時間毎の体位交換の時に写真の位置をかえたりして、Aさんの視界に入るように飾った。また、子供中心の会話をしていた。
<解釈>
Aさんにとって、家族、特に子供の影響は大きく、“泣く”という意思の表現が初めて出現した。面会回数の少ない家族あったため、看護師から家族へ働きかけていくことによって看護師が会話のできないAさんの声となり、家族へ思いを伝えることが出来た。また、看護師が、今までの看護経験から、Aさんの関心事が、子供であると的確に判断出来たことが、Aさんの意識レベル改善へとつながった。
・話をしようとする姿が出現(エピソード6)
意識レベルの改善を認識していた看護師が、Aさんの口の動きに注目すると、「おはよう」と動いていることに気付いた。
・発語が出現(エピソード7)
手浴中に「めちゃくちゃ熱い」と、発語が出現した。
・会話がスムーズで生活リズム整う(エピソード8)
日中は車椅子に乗り、ナースステーションで会話をして過ごし、夜はベッドで睡眠するという生活リズムが整った。
考察(部分)
ヴァージニア・へンダーソンは、患者の“皮膚の内側に入り込む”看護婦は、言葉、沈黙、表情、動作、こうしたものの意味するところを絶えず分析していて、この分析を謙虚に行い、自然で建設的な看護婦=患者関係の形成を妨げないようにするのはひとつの芸術である、と述べている。今回のAさんと看護師との関わりが、自然で建設的な関係を形成できたため、Aさんが持つ、生きようとする潜在能力である、追視・頷き・発語といった反応を次々に引き出すことが出来たのではないかと考えられた。そして、医学的な治療方法が少なくなった患者へ、生活援助を通し、患者の潜在的な能力を発見して伸ばしていくことは、看護独自の機能として非常に重要なことであることが示唆された。
まとめ
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Aさんが発する言葉以外の信号を、看護師が今までの看護体験や生活体験から得た知識を用いながら、注意カや能力を最大限に使って、受け止めていたことが明らかになった。
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看護師は、Aさんの聴覚・視覚への働きかけ、また、タッチングや手浴等の看護行為を行うことによって、Aさんの発しているものを感じ、Aさんの潜在能力を引き出したことが明らかになった。
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Aさんの思いや信号を、看護師間で言語化して共有し継続した看護を行うことにより、Aさんの意識レべル改善の手助けになったことが示唆された。
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