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脳死になる前から始められたドナー管理

ドナー管理の対象、開始時期

「脳死判定基準を満たしたら人の死」と決めると、一層、手前のところで脳死の判断をするようになる

「心停止下」臓器摘出であるのにドナー管理をした医師、施設

法的脳死宣告前からのドナー管理実施例

高知赤十字病院(法的脳死判定1例目)

慶應義塾大学病院(法的脳死判定2例目)

杏林大病院(法的脳死判定7例目)

函館市立病院(法的脳死判定10例目)

新潟市民病院(法的脳死判定17例目)

メディカルコンサルタント制度(2002年11月以降)

社会保険中京病院(法的脳死臓器摘出134例目)

大津赤十字病院(法的脳死臓器摘出180例目)

脳死になる前からドナー管理を推奨する医師

良好な臓器を持つ若者がドナーに仕立てられる懸念

ドナー適応基準がそそのかす「救命せず臓器を盗る」

このページの要旨

 ドナー管理とは、臓器や組織提供者の全身を、移植に用いるために(移植を成功させるために)、臓器・組織の生存能力(viability)を維持する目的で、提供者の血液循環・呼吸・内分泌・体液・体温・免疫(感染予防)などを管理することをいう。
 以下では死体からの臓器・組織摘出におけるドナー管理について述べる(生体間移植や骨髄移植におけるドナー管理もあるが、ここでは触れない)。

 1986年の日本医師会・生命倫理懇談会で、「脳死を人の死と決めると、脳死という段階より手前のところで脳死の判断をするようになる」という懸念が紹介された。ところが、実際には法的脳死判定手続のない時代から非倫理的・違法なドナー管理は横行しており、2002年のメディカルコンサルタント制度で「ドナー管理開始による脳死の前倒し」は定着した。
 患者の救命が最優先されるべきである医療現場に、「死亡宣告直後の死体からの臓器摘出・移植」という選択肢が持ち込まれると、「臓器提供を待つレシピエント、移植を業績にしたい移植医、脳不全患者の治療を早く打ち切りたい救急医」などの都合、思惑が優先され、脳不全患者の治療は犠牲にされる懸念がつきまとう。

ドナー管理の対象、開始時期

 脳死ドナーの場合は、法的に脳死が確定した後にドナー管理を開始することが、臓器移植法施行後は容認されている。法的に脳死が確定していない時点で、ドナー管理を開始することは認められない 。なぜ死亡宣告の前からドナー管理を行うことが、認められないのか。 医学的には、救命できるにもかかわらず死に到らしめられたり、死期を早められたり、不必要な苦痛を与える可能性があること。 法的には、生前からのドナー管理は傷害致死罪に相当し、また自己決定権の侵害および公序良俗に反する行為である、と整理される。

  • 傷害致死罪:投薬・手術などの医療的処置は、患者に対する傷害に相当するが、患者の治療目的で行われる場合は違法性が阻却され傷害罪には問われない。しかし患者のためではなく、第3者目的(臓器・組織移植のレシピエント目的)で、投薬・手術などが行われるならば、違法行為となる。

    臓器提供に承諾無き患者への検査は傷害罪

    • 星長 清隆(藤田保健衛生大学泌尿器科学教室):PCR法を用いたドナー感染起因菌の迅速診断、今日の移植、10(1)、33−40、1997
       1993年7月から95年7月までに当施設ICUで脳死と判定された32名の腎ドナー候補の心停止前の喀痰、血液、尿ならびに腎摘出後の腎保存液と腎盂尿・・・を対象に mecA および femA 遺伝子の混在の有無をPCR法を用いて検索し、同時にこれらの検体の増菌培養を施行した。・・・・・・ドナー候補のうち10名では最終的に家族による腎提供の同意が得られず、腎摘出を断念した。(腎ドナー候補32名は、入院から脳死判定まで平均5.2日、最短0日〜最長26日)
       
  • 自己決定権の侵害:死後の提供を承諾した患者の自己決定を、否定することになる。
    • 脳死ドナーでありながら生体間移植の体裁で臓器摘出を考える医師もいる。しかしドナー本人が、生前からのドナー管理を容認する意志表示をしていても、自殺行為および公序良俗に反するものであり認められない 。
       
  • 公序良俗:自己の身体の一部を切り取って他人に提供する契約が無効であるように、そうした行為を実現するために、第3者目的の投薬・手術などを容認することも公序良俗に反する。

 

「脳死判定基準を満たしたら人の死」と決めると、一層、手前のところで脳死の判断をするようになる

 日本医師会・生命倫理懇談会が発行(1988年)した「脳死および臓器移植についての講演・質疑速記録集」によると、1986年12月18日の第7回生命倫理懇談会に日本移植学会理事長の橋本 勇をゲストスピーカーに招いた際に、生命倫理懇談会の阿部 正和委員(東京 慈恵医科大学学長)は、こう発言した(p101〜p102より)

阿部委員 医師に対する不信ということを1つ考えてみたいんです。この間、東京で医療ジャーナリストの会が開かれました。その席に立花隆氏を呼んで脳死の問題を話し合ったんです。その時に、かつての日本医師会の役員の先生が立ち上がりまして、私は賛成じゃないと言われました。今の日本の医師は、脳死を人の死と決めると、脳死という段階より手前のところで脳死の判断をするようになる。さらにまたその手前、またその手前というふうになるので慎重にしなければいけないという発言をされたんです。それを聞いていまして、それはその先生の見解であると同時に、一般の方々も、密室の中で、まだ脳死になっていないのに脳死と判定されるのではないかという危惧の念を持っている。そういう人が決して少なくないようです。非常に残念なことなんですが、何とか脳死に対する理解を深めていく努力をしなければならない。この懇談会もそういう意味では非常に大事な役を演じていると思います。そして、日本医師会がこの問題に本当に真剣に取り組んで一般の方々を啓蒙していく必要があると思うんです。(後略)

 

臨床的脳死判定以後に行なうことを、肝に命じている藤田保健衛生大学病院

  1. 神野 哲夫(藤田保健衛生大学脳神経外科):【臓器移植の最前線】 社会編 臓器移植の社会資源の整備に向けて 献腎提供と意思確認のあり方、医学のあゆみ、196(13)、1121−1123、2001
    p1121:臨床的脳死前にカード保持の情報が入る場合がある。良き臓器を得るための医療開始期がフライングしているのではないかとの指摘があり、厳に注意しなければならない。
    p1123:臓器保持のための処置がフライングであるかどうかの判定は微妙なこところがある。しかし、今後の移植医療の真の発展を望むなら、臨床的脳死判定以後に行なうことを肝に命じておかなければならないであろう(法的脳死の確定後に行うのではなく、「臨床的脳死判定以後に行なうことを肝に命じて」いる点に問題がある)。
     
  2. 神野 哲夫(藤田保健衛生大学脳神経外科):【透析導入 最近の実態とあり方】 本邦における腎移植の問題点 献腎の立場から、臨床透析、17(7)、993−1001、2001
    p998:"薬剤の残存なし"と説明するのに長時間かかりました。そのまま待っていれば提供臓器がだめになってしまうと皆"イジイジ"する思いで待ちました。・・・・・・良い臓器を提供するために人の死の判定を手抜きで行なうことはできないのです。・・・

 

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「心停止下」臓器摘出であるのにドナー管理をした医師、施設

 そもそもドナー管理とは、血液循環のあることが前提となる。「心停止後」ではできない。法的脳死判定・臓器摘出ではなく、心停止後と称する臓器摘出においては、血液循環がある状態ではドナー候補者とされる患者も死者ではなく、救命治療しか許されない患者である。それにもかかわらず、以前から多数のドナー管理例が報告されている。

 神戸大学医学部附属病院の鶴田 早苗副院長・看護部長は、「綜合看護」39巻第4号p47〜p50(2004年)において、「筆者は以前勤めていた大学病院で20年前も死亡後の死体臓器移植(主に腎臓移植)にかかわっていました(集中治療室、手術室において)。もちろん「脳死による臓器移植」法のできるずっと前のことです。この時、ドナー側の治療に当たる救急医や脳外科医とレシピエント側の移植医の考え方の違いや移植の進め方に倫理的な問題を感じていました。今は現場の細かなことに直接関与はしていませんが、伝わってくる臨床現場の話のなかで“根本的に今も変わっていないなあ”と思うことがあります。・・・(中略)・・・脳死移植医療においては、例外はあっても、移植医にとっては実績を積んでいくことは重要であるし、一方で脳死判定を受けるドナー側は納得のいく尊厳死のプロセスをとりたいと考えます。移植医にとっては移植できる可能性があれば、脳死判定前からその準備(循環動態のコントロール等)をしていくのは常識であり、そうしなければ成功しません。数日前から情報は飛び交います。しかし表向きはプロトコールにそった移植の流れで進められます。ドナーやレシピエントの家族は、当然このような舞台裏は知る由もありません」と内部告発している。 以下の各論文・抄録は、氷山の一角といえる。

 

東京女子医科大学 #twmuh

高橋 公太、東間 紘、淵之上 昌平、前田 節夫、早坂 勇太郎、吉田 美喜子、阿岸 鉄三、太田 和夫、宇田 光夫(東京女子医大腎臓病総合医療センター第3外科)、 金 一宇(西新井病院)、真田 祥一(大森赤十字病院)、岩城 洋一、P.Terasaki(UCLA外科):死体腎 donor の限界、移植、17(3)、174−184、1982

 対象は東京女子医科大学腎臓病総合医療センターおよびその関連病院で摘出した12例の死体腎ドナー。死因は脳卒中10例(脳出血 7例、クモ膜下出血2例、その他1例)、交通事故による頭部外傷1例、両側内頸動脈閉塞1例。このうち症例D13は心停止後、heparin 投与が遅れたため使用せず、症例D5の1側腎は温阻血時間が長く、灌流が十分にできなかったため保存実験に使用した。死戦期の定義は脳死と認めた時点より計算し 、ドナー10例の死戦期は13〜63時間。

 表7、8は一旦画像を保存し、
次に写真画像として開くと
鮮明に読めます。

表7、表8 表9

 (p179)死戦期に使用した主な薬剤は、表7、8、9に示すように、アドレナリン作動性薬物(epinephrine, norepinephrine, isoproterenol, etilefrine, hydrochloride, dopamine)、中枢神経興奮薬(vitacampher)、抗生物質(sodium, cefalotin)、降圧利尿剤(furosemide)、脳圧降下利尿剤(mannitol)、代用血漿中外循環希釈剤(Hespander)、副腎皮質ホルモン剤(dexamethasone, hydrocortisone)、抗痙攣剤(phenytoin sodium)、催眠鎮静剤(phenobarbital)、マイナートランキライザー(diazepam)、解熱鎮痛剤(sulpyrine)、非ステロイド系抗炎鎮痛剤(indomethacin)の19種類である。

 (p181)D2とD13を除くドナー10例全例、輸液がなされている。(p183)1例は十分な補液がいきとどかず、乏尿期間が長い症例があり、移植後の腎機能は不良であった。 このように死戦期の高熱に伴う脱水は意外に気づかれない事実であり、十分な補液が必要であろう。

 (p174)ドナーは心停止後、ただちに sodium heparin 10,000〜20,000単位、phentolamine mesylate 10mmg および methylprednisolone 500mg を心腔内に注入し、心マッサージを行いながら手術室に運んだ。温阻血時間は135分〜5分。3剤を投与できた5donor10例のrecipientは、1例を除いて透析より離脱している。

 

太田 和夫(東京女子医科大学附属腎臓病総合医療センター)、中村 紀夫(東京慈恵医科大学脳神経外科):対談 死体臓器提供の問題点、臨床成人病、14(4)、509−519、1984

 太田 和夫:よく脳外科の先生方は、特に脳浮腫などを起こすと、マニトールなどを使って水を絞りますね。場合によっては二次的に腎不全になることがあります。そういう例では輸液をして、昇圧剤を使い、腎機能をかなり取り戻せます。私たちが相談を受けてから、輸液、昇圧剤などをご使用いただき腎機能を改善させることも、しばしばあります。

 

*本田 宏、高橋 公太、寺岡 慧、淵之上 昌平、八木沢 隆、水口 潤、東間 紘、阿岸 鉄三、太田 和夫(東京女子医大腎臓病総合医療センター第3外科)ほか:死体腎提供予定者の死戦期管理、移植、19( 6)、468、1984

 症例はD40、D41とも脳死(WIT3分)で腎摘出を行った。死戦期(脳死と診断されてから腎摘出まで)の時間はdonor 40で41の32時間に比し80時間と長く、腎摘直前の利尿剤に対する反応も41に対してかなり低下していた。・・・・・・死戦期32時間のD41からのレシピエント2症例は術直後から利尿を見て術後24日 目に退院した。しかし死戦期80時間のD40からのレシピエント2症例は、術後少量の利尿を見たのみで、移植後生検により腎機能廃絶の診断を得たため術後40・50日にそれぞれ移植腎摘を行なった。

 私達の死戦期管理の方針は、
1、腎血流の維持、@尿量100ml/時以上A収縮期圧100mmHg以上BCVP10〜15cmH2O
2、十分な水分バランス@必要により血漿製剤の併用A昇圧剤の使用をひかえ必要なら腎血管拡張作用物質を
3、利尿剤@1,2で充分な尿量を得られないときfurosemide、mannitol など
4、感染予防など

 しかし実際には移植外科医が死戦期管理に直接関与することは稀であり、主治医とコンタクトを密にし協力をえる努力が必要である。将来は移植コーディネーター制度の確立も必要であろう。

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市立札幌病院

鹿野 恒(市立札幌病院):心停止ドナーの管理に関する研究、脳死並びに心停止ドナーにおけるマージナルドナーの有効利用に関する研究(厚生労働科学研究費補助金 免疫アレルギー疾患等予防・治療研究)、32−34、2011

 市立札幌病院における2005年1月から2009年2月までに行なわれた臓器提供21例のうち、20例が心停止後腎臓提供。提供直前の管理において、昇圧剤は13例に使用されており、ドパミンは9例、ノルアドレナリンは9例に投与されていた。心停止後腎臓提供例のうち脳死状態を経た18例中12例にピトレッシンが投与されていた。直前1日補液は平均3646ml(1165〜9794ml)。脳死診断を行なった18例中17例では全例にカニュレーションとヘパリン投与を行なっていた。全症例の温阻血平均時間は4.9分であり、最短0分、最長で29分であった。カニュレーションを行なっている症例では、温阻血平均時間は1.7分、最短0分、最長で5分であった。

 

鹿野 恒(市立札幌病院救命救急センター):臓器・組織提供 救急医療急性期における臓器提供、救急医学、31(12)、1660−1661、2007

 20歳代女性、19時頃、RV車に巻き込まれ救命救急センターに搬入、瞳孔不同、ショック状態、急性硬膜下血腫、急性脳腫脹、外傷性肝破裂、腹腔内出血を認め、開腹手術および穿頭手術を行った。脳腫脹強く 根治的手術困難と判断、凝固障害進行にともない出血のコントロールが困難、閉創しICUに0時に帰室。0時30分、家族に「救命不能」である旨を伝えたところ、1時頃両親より「臓器提供の申し出があった。バイタル維持ができるかどうかが問題であったが、バイタルを維持しつつ、ただちに日本臓器移植ネットワークに連絡した。15時16分に永眠、、15時27分手術室入室、腎臓摘出が行われた。

 

*佐藤 真澄(市立札幌病院救命救急センター):臓器提供における倫理的課題 院内移植コーディネーターの役割を通して見えてきたもの、日本救急看護学会雑誌、7(1)、66 、2005

 当センターでは、臨床的脳死と診断した患者の家族に、医師が意思表示カードの所持・家族の臓器提供の意思確認を行っている。今のところ不快感を示す家族はいないが、心停止後腎臓提供の場合、家族の承諾のみで提供が可能なため、本人の考えを忖度して家族が決断しており、意思決定に関して容易ではないこと、臓器提供することを承諾した後も、本当に良いのか葛藤している言葉があった。他の患者と同様に、看護師はケアを行っているが、脳死は人の死であることが前提の移植医療、移植のための臓器管理や本人の意思がはっきりしていないことに関し、戸惑いやジレンマを感じている看護師もいた。

 

藤田保健衛生大学病院

日下 守、星長 清隆(藤田保健衛生大学医学部腎泌尿器科):心停止ドナーからの献腎摘出法、腎移植・血管外科、23(2)、70−75、2011

 脳死判定までは、脳圧上昇を抑える目的で補液量は極力抑えられていることが多い。脳死判定後に腎提供の承諾が得られれば、腎血流量を十分に保ち、腎機能の維持回復を目的に輸液量を増加させる。時間100ml以上の尿量を目標とし、電解質を正常に維持する必要がある。血圧維持のために使用されていたカテコールアミンは、減量することが多いが、ドナー治療上主治医の判断となり、患者家族との話し合いなどで変更が困難な場合が多くみられる。脳死状態に至ったドナーは、尿崩症を併発し、脱水による腎機能低下や電解質異常をきたしやすいので、尿崩症治療と電解質管理が必要である。移植医の立場からは良好な状態でグラフトを摘出したいが、死線期が長期化する場合などドナー担当医とドナー家族の関係には十分配慮しながらドナー管理を行なうべきと考える。

 

*星長 清隆(藤田保健衛生大学泌尿器科学教室):心停止ドナーからの献腎摘出、Organ Biology、11(4)、303−311、2004

 脳死判定までは、脳圧上昇を抑える目的で補液量は極力抑えられる事が多いが、脳死判定後に腎提供の承諾が得られれれば、腎血流を十分保つ必要から、むしろ補液量を増やし、血圧維持のために使用されていたカテコールアミンは減量する事が多い。

 

原 美幸、山口 幸子、明石 克彦、加藤 庸子、星長 清隆、神野 哲夫 (藤田保健衛生大学救命救急センター):藤田保健衛生大学救命救急センターにおける脳死判定と心停止後の腎提供の状況、脳死・脳蘇生研究会誌、11、68−69、1999

 臓器移植法施行後の1997年10月16日から1998年5月31日までに、当救命救急センターICUにおいて死亡者70名中32名に臨床的脳死判定を施行。ドナー適応者22名で、アレストなどで対応できなかった4名を除いた18名の家族に臓器移植の意向を医療者側から伺った。承諾は7名、うち1名はATLAの感染が摘出直前に判明し中止。心停止後の腎提供が6名の12腎、骨提供が2名、眼球提供は4名であった。脳死判定後から心停止後の臓器提供までの日数は平均4.9日であり、ドナー管理が必要な期間である。

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聖マリアンナ医科大学 #200902

*小野 元(聖マリアンナ医科大学脳神経外科、移植医療支援室):誤嚥・窒息による心停止後の蘇生後脳症から臨床的脳死状態に陥った11歳男児からの献腎・献眼提供症例、今日の移植、22(5)、571−574、2009
*力石 辰也(聖マリアンナ医科大学腎泌尿器科):脳性小児まひ・胃瘻造設下の小児における心停止後の腎臓摘出と成人レシピエントへの献腎移植、今日の移植、22(5)、583−586、2009

 11歳男児は2009年2月、蘇生後脳症で無呼吸テストを除く2回の臨床的脳死判定を行った。小児外科病棟ではじめての臓器提供で「ドナー管理は自分たちの仕事ではないし、臓器提供は通常業務以外の仕事である」という意見や、「ご家族の意思のとおり、早く臓器提供に向けてあげたほうがいいのではないか」「移植はとてもいいことで大学病院として当たり前だ」という意見もありました。小児科とともに移植支援室では、ドナー管理(呼吸器、点滴、昇圧剤等)のサポートを行うことを決めました。
 家族が言われたなかで印象的であったのは、「臓器優先でお願いします」という言葉でした。これは明確に気持ちとして、私たちに伝えられた言葉です。「この子は、もう充分に病気と闘ったから」ということだと思います。
 死亡確認後、病棟から手術室に入室の際に、「小児においても血流保護のためには酸素化が大事ではないか」と麻酔科医から指示があり、麻酔医が酸素化と腎血流に気配りしてくれました。とにかく腎血流を守ろうということで、試行錯誤しながら行いました。麻酔科医による酸素化や、人工呼吸、心臓マッサージを行った。

*中村 晴美(聖マリアンナ医科大学病院移植支援室):小児ドナーから小児レシピエントへの献腎提供 臓器移植コーディネーターとしての関わり、今日の移植、22(5)、575−578、2009

 母親からは心臓の提供をしたいという申し出があり、「この子の心臓は一度止まったのにまた頑張りだしたから、きっと強い心臓です。だから使ってほしい」との思いがありました。・・・看護師はいつも現場で終末期にある患児をみていますので、治療方針、薬や呼吸器の変更等は、家族の希望があるのならば行ってもいいのではないかという意見も出ました。・・・家族としては「腎臓提供をぜひ優先にしてほしい。最後に間に合わなくても臓器提供を優先してください。治療の縮小に関しては先生方にお任せします」ということでした。

献腎提供の経過(2009年2月)

09:00 秋山(政人)、新潟大学医学部泌尿器科病棟へ、斉藤(和英)医師と打ち合わせ
      →斉藤医師;10:09の新幹線に乗れそうなので早めに移動することに
10:50 中村(晴美)Coよりcall。BP70台、HR100、SAT76→血圧維持の依頼
11:00 斉藤・中川(由紀)両医師に上記を伝達
11:55 小野(元)医師よりcall。BP30台。
11:58 上記を斉藤・中川両医師に上記を伝達
12:45 小野医師よりcall。HR40、血圧計測不可。
12:56 小野医師よりcall。心停止との由。

*秋山 政人(新潟県臓器移植推進財団):小児ドナーから小児レシピエントへの献腎提供 臓器移植コーディネーターとしての関わり、今日の移植、22(5)、579−582、2009には右記枠内の記載がある。患者の心停止時刻12時56分以前における新潟大学泌尿器科の行動は、ドナーの心停止の予期を示す。血圧維持などのドナー管理指示も行われた。

 (臓器摘出の詳細は「脳死」小児からの臓器摘出例・聖マリアンナ医科大学を参照)

 

北里大学病院

*林 初香、上田 康久、福島 崇義、守屋 俊介、石井 正浩(北里大学医学部小児科)、河島 雅到、相馬 一亥(北里大学医学部救急医学)、星 ゆかり(北里大学病院神奈川県臓器移植コーディネーター)、高橋 恵(北里大学病院PICU病棟看護師): 腎・心臓弁のドナーとなった9ヶ月男児例、日本小児救急医学会雑誌、7(2)、339−342、2008

 頭部外傷の9ヶ月男児は、PICU入室時より瞳孔散大固定、脳幹反射や自発呼吸は認めなかった。さらに頭部CT上、脳浮腫が増悪しmid line shiftも進行したため、今後、脳機能の改善が見込めないことを受傷6日目に両親と両祖父母に伝えた。個室に移動し緩和ケアへ移行。受傷12日目に母親より臓器提供の申し出。受傷16日目に臓器提供の承諾書を作成し、提供臓器の状態を維持するために昇圧剤と輸液を投与し、血液検査と超音波検査による腎機能の評価を繰り返し行った。
 レシピエントが決定した後、昇圧剤を中止し血圧は徐々に低下し受傷26日目に心停止となった。心停止を確認すると同時にヘパリンの全身投与と胸骨圧迫を行いながら手術室に移動し、腎臓と心臓弁が摘出された。

 

小文字病院

*吉開 俊一、土方 保和(医療法人財団池友会小文字病院脳神経外科)、山本 小奈美、飼野 千恵美(小文字病院集中治療部看護師):救急医療における心停止下腎臓提供症例の開発、今日の移植、20(4)、349−354、2007

 2003年〜2007年2月までに13例の心停止下腎臓ドナーがあった。2例は脳死を経ずに心停止に至った。カニュレーションは13例中7例で行われた。脳死に至った症例には、原則的に外液組成補液約2,000mL/日を投与した。

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刈羽郡総合病院

*羽入 修吾(刈羽郡総合病院泌尿器科):泌尿器科医としての献腎提供の経験、今日の移植、20(2)、147−149、2007

 2006年5月27日7時40分、43歳女性は台所で倒れ救急搬送、頭部CTにて左側頭葉に皮質下出血と脳幹の圧迫所見を認めた。11時、脳外科に入院し、輸液、呼吸器Foley留置で管理。主治医からは「バルビタール療法が無効であれば、数日中に脳死になると予想されます。よくて植物状態でしょう」と説明、夫は「遠くの親戚が来るまで、できるだけの説明をお願いします」と希望。
 5月28日午後、夫から病棟看護師に「臓器の提供をお願いしたい」と申し出があった。臓器提供意思表示カードを持っていたが記入はなかった。
 5月28日、脳波と聴性脳幹反応が施行され、臨床的脳死状態であることが夫に伝えられた。主治医より「心停止後の腎臓と角膜の提供が可能です。県コーディネーターの話も聞いてみますか」とオプション提示をし、県コーディネーターに連絡をとった。循環維持のためにピトレッシンとイノバンを使用、腎臓の循環を改善するためにドブトレックスを混注し、感染制御のために抗生剤の連日投与を行なった。
 5月30日〜6月8日にかけて、県コーディネーターが夫との面談を繰り返した。夫は「6月15日の妻の誕生日まで待たせてほしい。親族との話し合いで、提供臓器は1臓器に限る。腎臓摘出が可能ならば眼球は摘出せず、腎臓摘出が不可能ならば眼球を摘出する」という希望を伝え、全身ヘパリン化と動脈カニュレーションの術前処置を含めて、6月8日に臓器摘出承諾書に署名した。
 ドナーの誕生日の前夜6月14日に「6月18日に昇圧剤を止めて移植してください」と夫から申し出があった。
 6月18日8時40分からベッドサイドで腎動脈灌流用の動脈カニュレーションを施行、14時13分にピトレッシンと昇圧剤の注入を中止、呼吸器は止めなかった。収縮期血圧は80mmHg以下となり、翌日6月19日4時57分、心停止。5時10分に腎灌流を開始。手術室へ搬送し腎摘出。7時に病室に帰室。

 

長崎大学、国立病院長崎医療センター関連施設(長崎県下の10施設、北九州の1施設、佐賀県下の1施設)

*錦戸 雅春、野口 満、古賀 成彦、金武 洋(長崎大学大学院医歯薬総合研究科腎泌尿器病態学)、松屋 福蔵、林 幹男(国立病院長崎医療センター泌尿器科)、進藤 和彦(国立嬉野病院)、堀 建夫(大村市立病院):心停止ドナーからの献腎移植 献腎摘出、腎機能、予後に関するドナー側因子の検討:西日本泌尿器科、65(5)、259−264、2003

 1983年より2001年までに長崎大学および国立病院長崎医療センターによって摘出された心臓死下献腎ドナー56例。提供施設は長崎県内の10施設より37例、長崎県外では北九州市内の関連施設1施設より19例、佐賀県内の1施設から1例。ドナー主治医には十分な輸液と血圧、尿量の確保を御願いした。

 

関東地方のA病院

*上塚 芳郎(東京女子医科大学):心停止後の腎移植 医療機関における状況 提供A病院、移植医療の費用負担・財源調達システムの構築に関する研究(厚生労働科学研究成果・文献番号200300032A内のPDFファイル200300032A0007)、129−131、2004

◆本年3月、当院に入院した症例でくも膜下出血によりほぼ植物状態で搬送されてきた50代の女性患者がいた。すでに2年以上の療養生活を送っており、全身状態が悪化していた。人工呼吸器で療養を続けることについて家族等と話し合った。その際、4人の子どもに対して臓器提供について主治医は考えなくてもよいかという方法で話をした。その結果、4人ともに母親がかねてより臓器提供に関心を持っていたと発言した。その時点まで、家族としては母親の状態がよくなることを一心に願いながら療養生活を行い、よりよい治療を受けるために当院に転院してきた。家族は、主治医より臓器提供に関する情報提供を受けた時点で初めて母親の意思を思い出し、検討をしたという。さらに子ども達に対して、臓器提供をするためには抗生剤を投与して母親の状態を良くしたり、呼吸器をつけたりする必要が生じることを説明した。これらの処置は患者を治療するためのものではなくあくまで提供臓器を守るための処置になることを十分に説明した。主治医としては、本来の治療からは外れると考えるが、そうした状況を踏まえても家族として臓器提供を行うかを意思確認する必要がある。この症例の場合、子ども達は母親の意思が強かったのでそうした処置を行うとしても臓器提供を行うことに同意すると回答した。この症例で述べたような主治医の対応はそれほど労力のかかるものではないと考える。現実にはポテンシャルドナーがある程度いると考えるので幅広い医療機関でこうした対応が行われることを期待する。
◆先ほどの症例では、コーディネータが説明を行い、採血をした後、何時間(何日)くらい家族として患者と過ごす時間が欲しいかを確認した。家族の中には、早くしなくては腎臓の状態が悪くなるのではないかという質問をする場合がある。主治医は、そうした心配は全くする必要がないことを説明することが重要である。家族が希望すれば1週間でも時間はとれる。そうした状況下においてある程度家族等とその後の予定を決め、コーディネータに日程を連絡している。コーディネータの方では、摘出チームに待機期間を知らせることが可能となる。

当サイト注:人工呼吸器未装着患者に対する臓器摘出目的でのドナー管理である。主治医の「家族が希望すれば1週間でも時間はとれる」という発言からは、この患者の心停止も人為的に誘導した=殺害した可能性が考えられる。

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佐賀県立病院好生館

*白水 倶弘、森 康昭、米村 智弘、岡 直剛、井口 潔(佐賀県立病院好生館外科)、福本 純雄(同麻酔科)、宮元 祐一(同病理):周術期の移植腎阻血傷害に対するThromboxA2(TXA2)合成阻害剤カタクロットの使用経験 特に死体腎提供者の1例を中心に、移植、24(6)、62 5、1989

 周術期における腎阻血は細胞膜の崩壊からリン脂質アラキドン酸系の代謝経路が活性化され、TXA2産生亢進状態となり更に障害が進行する。TXA2合成阻害剤カタクロットを心臓死死体腎移植における腎阻血障害軽減を目的に使用した。カタクロットの使用は、腎提供者に3例、術後早期の受腎者に3例、拒絶反応に4例使用した。死体腎提供者において脳死と診断された死戦期に、主治医の承諾を得て心臓死までの38時間に100mgのカタクロットの持続点滴をした。

 

岡山県下の施設

*安田 和広(岡山県臓器バンク移植コーディネーター):家族の希望と主治医の治療方針の違いで苦慮した症例、今日の移植、16(2)、173−174、2003

 ドナーは20代男性。原付バイクにて車と衝突、外傷性クモ膜下出血。

 第1病日:夕方、家族から「カードはないが、本人のことを考えれば、臓器提供を」と申し出。

 第2病日:家族:「頭の先から爪の先まで可能なものはすべて提供したい。夢の途中だったので、1人でも多くの人のなかで役に立って、夢をかなえさせてやりたい。カードが必要なら、いまから書こうか」。提供承諾書を作成。

 第4病日:主治医により臨床的脳死と診断。母親面接「長くなって移植もだめになったら・・・。早く楽にしてやって・・・」

 第5病日:家族が「カードがないと脳死提供できない法律はおかしい。人工呼吸器を外してほしい」、主治医は「気持ちはわかるができない」

 第6病日:人工呼吸器の設定変更、昇圧剤の中止などの条件下でのドナー管理

 第9病日:心停止後、腎臓、角膜、心臓弁・血管の提供となる。

 

近畿大学

*原 靖、今西 正昭、西岡 伯、国方 聖司、秋山 隆弘、栗田 孝(近畿大学泌尿器科):受傷直後より29時間無尿であったドナーからの死体腎移植の1例、移植、31(2)、108−112、1996

 ドナーは15歳女性、1995年2月15日6時、交通事故にて受傷、2月16日1時脳死判定にて脳死と診断され、同日10時40分心停止した。家族の死体腎提供の承諾のもと、死亡確認後ただちにダブルバルンカテーテルより冷却したユーロ・コリンズ液にて体内灌流を施行した。WITは3分であった。血圧は種々の昇圧剤を用いることにより100mmHg以上に維持されていたが尿量および腎機能は下回っていた。

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名古屋大、名古屋市立大学、名古屋第二赤十字病院、市立掛川総合病院

打田 和治(名古屋第二赤十字病院移植外科)、両角 國男(名古屋市立大学医学部第三内科学教室)、高木 弘(名古屋大学医学部第二外科学教室):心停止後死体ドナーにおける術後早期腎機能と予後 特に、移植前危険因子、今日の移植、8(2)、123−128、1995

 筆者らは1976年6月より94年9月までの間に、死体腎移植症例176例を行った。(ドナーの)死戦期管理は、十分な補液による循環血流量の保持と腎灌流の改善を行い、収縮期血圧80mmHg以上を維持するように、dopamineなどの腎血管拡張作用のある昇圧剤を投与した。

 

幅 俊人、佐竹 満、平 昇、加藤 裕、林 衆治、高木 弘(名古屋大第2外科)、打田 和冶、山田 宣夫、折原 明、河合 真千夫、田中 勇治(名古屋第二赤十字病院)、加納 忠行、冨永 芳博(市立掛川総合病院移植外科):重篤なATNによる死体腎移植、移植、23(5)、518−519、1988

 ドナーは22歳男性で交通外傷で入院、受傷後4日目より無尿となり、S-Cr値は7.7mg/dlまで上昇した。家族の同意が得られた時点より水負荷を行ったところ、尿の排泄を認め、S-Crも下降したため、腎提供手術を行った。

 

大阪大学

*鴻野 公伸(大阪大 救急医学):抗利尿ホルモンとカテコラミン併用投与により脳死後長期間循環維持を行ったドナーから移植された腎の機能についての研究、移植、28(1)、1993、60−71、1993

 1989年4月から1991年3月までの2年間に、大阪大学特殊救急部ならびに同部の関連救命救急センター2施設で脳死に陥り、腎移植のドナーとなった14症例。ADH群7症例は脳死後、中心静脈圧が5cmH2O以上になるまで急速に輸液を負荷すると同時に、ADHとカテコラミンとの併用投与法で循環管理した。対照群7症例は、脳死後、ADHを併用せず、輸液負荷とカテコラミン単独投与で循環管理された。脳死から腎摘出までの期間は、ADH群(脳死期間7.7日)のほうが対照群(平均脳死期間2.6日)より有意に長かった。

 

小牧市民病院、社会保険中京病院

*水谷 一夫、水野 佳成、佐藤 正文、山田 伸(小牧市民病院泌尿器科)、松浦 治、橋本 好正、大島 伸一(社会保険中京病院泌尿器科):急性腎不全のドナーからの死体腎移植例の経験、移植、28(3)、332−338、1993

 ドナーは31歳男性、1991年1月23日交通事故にて脳挫傷、外傷性クモ膜下血腫、肋骨骨折、血胸にて緊急入院。1月25日、厚生省脳死判定基準に基づいて脳死を診断した。入院後1日尿量は1月24日5300ml、1月25日5900mlであり、尿崩症を疑い酢酸デスモプレシン0.05ml点鼻にて使用し(p334の表によると1月25日の脳死判定後)、以後1日尿量400ml以下となった。1月29日家族より腎臓移植のドナーとしての希望があり、補液による脱水の補正、浸透圧利尿剤、フロセミド等の利尿剤の投与など尿量増加の努力をするも死亡まで乏尿が続き、・・・・・・死亡前24時間の尿量は167mlであった。
 1月31日心停止後、死亡直前に大動脈に留置したダブル・バルーンカテーテルより体内灌流を施行した。WIT0分。

当サイト注:水野らは「心停止後、ダブル・バルーンカテーテルより体内灌流を施行し」と称しているが、温阻血時間(WIT)が0分であることから、心臓拍動中あるいは心停止を1分未満の観察後に、臓器の冷却を開始したとみられる。

 

東京医大八王子医療センター

河野 和之、玉置 透、田中 三津子、松野 直徒、内山 正美、金田 繁樹、岩堀 徹、伊保谷 憲子、川口 美香、杉浦 美沙、加地 紀夫、吉田 雅治 、櫻井 悦夫、玉置 勲、小崎 正己、(東京医大八王子医療センター ):悪条件下Donorからの心停止後摘出腎移植、移植、27(5)、660、1992
 
 対象は1990年10月より1年間当センターで施行された11例のDonor。Donorおよびgraft conditioningとして、十分な補液、利尿剤、昇圧剤などの投与を行い、血圧が60mmHg以下になった時点でdouble balloon catheterを挿入しin situ cooling開始、次いでheparin、phentolamineの投与を行っている。条件の悪いDonor。Donorおよびgraft conditioningを行うことにより死戦期の悪条件を、ある程度克服することが可能であった。 

当サイト注:「血圧が60mmHg以下になった時点でdouble balloon catheterを挿入しin situ cooling開始」という手順は、書かれているとおりに理解すれば血圧が60mmHg以下になった時点でダブルバルーンカテーテルを挿入し、 バルーンを拡張して動脈を閉塞し、静脈側の脱血用チューブを 開放しつつ、動脈側チューブから冷却灌流液を注入する手順を示す。ドナーは急性動脈閉塞によりショック死させられることになる。
 

*玉置 勲、桜井 悦夫、玉置 透、牧野 英博、三村 晴夫、小崎 正己、加地 紀夫、大場 八千代、吉田 雅治(東京医大八王子医療センター):移植コーディネーターからみた死体腎提供をめぐる諸問題、移植、23(5)、506−507、1988(移植25巻6号p673にも同記載あり)

 脳出血により脳死となったドナーの妻が主治医に心臓を提供したいと申し出たため・・・心臓の提供は無理であるが腎臓の提供はお願いできないものかと伺ったところ、S−Cr値3.8mg/dlと高値を示し移植に適さないかと考えたが、家族の強い申し出があり、救急車に主治医が同乗しドナー本人を同センターに搬送した。そして補液、利尿剤等を投与し経過観察したところ2日後にS−Cr値1.3mg/dlまで低下したので腎の提供を受け移植した。

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静岡県立総合病院

*伊藤 文夫、中上 和彦、森 典子、西尾 恭規、青木 俊輔、遠山 和成(静岡県立総合病院):脳死患者の管理について、移植、27(1)、126、1992

 脳死状態の長期循環管理を可能にしたとされるADH−エピネフリン併用療法を、最近4症例に適用したので検討した。対象は過去2年間に脳死判定を受けた、同療法施行の4症例を含む14例。
 カテコラミン単独投与群および非投与群では併せて9例中、5日以上脳死状態が維持されたのは3例で血清Cre値2.0mg/dl未満を維持したのは1例に過ぎない。一方、ADH−エピネフリン併用群4例では、うち3例で、5日以上脳死状態が維持され、かつ血清Cre値も2.0mg/dl未満に維持された。なお、この3例から腎の提供が得られ、移植後も移植腎機能は良好である。
 

 

埼玉医科大学

小山 勇、星野 高伸、長島 直樹、安達 秀雄、上田 恵介、尾本 良三(埼玉医大第1外科):人工心肺を用いたCore-cooling法による死体腎摘出の経験、移植、23(5)、522、1988

 人工心肺によって全身を冷却するcore-cooling法によって摘出した腎臓を用いて、死体腎移植2例を行い、成功したので報告する。第1例目のドナーはクモ膜下出血、血圧30mmHgの無尿が6時間続いた後、心停止となった。主治医による死亡確認後、大腿動静脈より体外循環を開始、同時に冷却を始めた。約30分後、PaO2600mmHg、血液温15度となり体外循環を中止。ユーロコリンズ液を動脈ラインより落下させた後、手術室に運び、腎摘出を行った。その1腎を35歳の女性に移植したところ、術後7回の透析を要したが、2週間以内にATNより回復した。クレアチニン(Cr)1.3で順調に経過し退院した。

 第2例目は交通事故による死亡後、同様の方法で腎臓を摘出。この例では、警察の検死が終了するまで待機し、その後に腎摘を行った。40歳の男性に移植したところ、血流再開直後より多量の尿排泄が認められ、透析の必要なく、Cr1.7で退院した。

 

信楽園病院

*中島 みち:第3章 脳死状態からの腎臓摘出、新々・見えない死 脳死と臓器移植(文芸春秋)、159−180、1994
(文芸春秋1987年6月号「あなたは脳死に直面できるか」にも掲載されている)

 1985年9月29日、新潟県庁職員(男性44歳)は、脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血で倒れ、信楽園病院に搬入された。9月30日、妻が医師に脳死を確認し、臓器提供意思を告げると、今までまるで寄り付かなかった医師たちが頻繁に病室への出入りを始め、血液製剤やら栄養剤やらの輸液を与えた。30日16時過ぎ、Q医師一人によって、対光反射、角膜反射、せき反射など、脳幹反射の検査がなされた。
 Q医師はカルテの「30日朝」の欄に「脳波フラット」「脳死状態といえる」と記録している。しかし、この朝は医師が前夜から来ないことで病室の親族たちが怒っていたくらいであり、脳波の検査がされたとは、考えられない。そこで彼に、その点について確かめると、検査時間等は気にしていなかったのでたまたまカルテの朝のスペースに記録したが、実際には30日16時半に行なったという。
 妻は、夫が29日にICUから出されたのは、すでに脳死判定がICUで行なわれ、脳波も当然はかられて脳死が確認されていたのであろうと思い込んでいたからこそ提供を申し出たのであったが、そういう事実はなかったわけだ。

 この新潟県庁職員は生体解剖され、臓器摘出後も人工呼吸器が装着、昇圧剤も投与された。詳細は「心停止後」と偽った「脳死」臓器摘出(成人例)を参照。

 

広島大学、県立広島病院、国立呉病院

*竹中 正治 、八幡 浩、小野 栄治、杉野 圭三、江藤 高陽、表原 多文、丸林 誠二、浅原 利正、福田 康彦、土肥 雪彦、江崎 治夫(広島大第2外科)、田中 一誠(県立広島病院外科)、児玉 安紀(国立呉病院脳神経外科):死体腎提供予定者の死戦期管理、移植、19( 6)、468、1984

 昭和53年以来本年2月末までに6例の死体より9個の腎臓を摘出している。・・・・・・@腎循環動態の維持A腎毒性のある薬剤の排除B腎摘前の処理、の3つのことがらを死体腎提供予定者の主治医にお願いしている。様々な議論のあるところではあるが、我々は原則として死亡宣告まではdonor予定者に直接往診することなく、すべて主治医を介して上記の管理を行なっていただいている。具体的には、気管内挿管による充分な呼吸管と、補液、利尿剤による循環器管理である。また腎毒性の強い薬剤では極力他の腎毒性の少ない薬剤に変更してもらっている。さらに末梢血流を改善するためにheparin1万単位、レジチン20〜50mg、urokinaze2万4千単位、温阻血障害軽減のためビタミンE、mannitolなどの投与をお願いしている。
 我々の希望する死戦期管理が十分行なえた場合には、術後の腎機能が良好であることが多く、死戦期管理の重要さがわかった。

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京都府立医科大学、なぎ辻病院

*木村 敏之(なぎ辻病院外科)、中路 啓介、鈴木 茂敏、荒川 幸平、安村 忠樹、相川 一郎、大森 吉弘、岡 隆宏(京都府立医大第2外科)ほか:死体腎提供予定者の死戦期管理、移植、19(1)、468−469、1984


 とくに脳神経専門医の立会いのない場合に、心臓死の判定後2度腎提供の機会に恵まれ、無事移植された症例を経験した。症例1は45才女性でくも膜下出血再発 。症例2は40才女性で脳内巨大出血。両症例共に“irreversible coma”時には、腎移植者の選択も終わり、併行して術前準備が行なわれた。

 ・・・・・・腎提供者の管理は、患者のより良い管理と同じである。死亡後の腎摘出術前には不可逆性脳機能障害が先行する。心臓死の直後に腎摘出手術が行われる。被摘出死体は常に人間の尊厳を守り扱われることなどを充分に説明する。腎提供の許可が得られた後には、腎摘出直前には多量のステロイド投与、 水分負荷並利尿剤の投与、全身のheparin化、さらには末梢血管拡張剤を投与する他、死亡前のショック状態を可能な限り短縮するなどに努めることができれば十分である。

 本邦において死体腎移植がより一層発展するためには、移植する側の論理を充分に提供者側に説明すると同時に、両者の間の倫理と信頼を軽視することなく死戦期管理を行なうことが重要である。又移植、腎提供に従事する医療関係者、腎移植希望者、腎提供予定者の3者の精神的支えは常に、倫理と信頼と論理であると信ずる。
 

当サイト注:木村氏らは「腎提供者の管理は、患者のより良い管理と同じである」という。しかし、そもそも心臓死判定後の臓器摘出でレシピエントの経過順調であるのならば、「早期からのドナー管理」「3徴候死の継続をろくに確認しない死亡宣告」が考えられる 。木村氏らは「多量のステロイド投与、水分負荷・・・・・・死亡前にショック状態を可能な限り短縮する」と書いており、臓器摘出目的の処置を行っている。これは、もはや脳不全患者の救命目的ではなく、臓器レシピエント目的の処置である。 脳不全患者の病状の自然な経過に、臓器摘出目的で介入しておきながら、「被摘出死体は常に人間の尊厳を守り扱われる」ことを何故、保証できるのか。

 

東北大学

*岡崎 肇(東北大第二外科):死体内腎保存法 実地臨床における方法について、移植、14(1)、47−48、1979

 現在までに経験した死体腎移植6例のうち、初期の1例は除外し、5例3死体についてまとめた。死亡前は少なくとも1ml/hr/kg以上の尿量を確保するために、マニトールやラシックスを投与している。心マッサージや人工呼吸はroutineに施行しようと思っているが、間に合わない場合もある。

 

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法的脳死宣告前からの ドナー管理実施例(治療と判別し難い事例も含む)

高知赤十字病院(法的脳死判定1例目)

法的脳死の30数時間前に抗利尿ホルモン投与、収縮期血圧220mmHgに

 図をクリックすると大画像が出ます

 高知赤十字病院における第1回法的脳死ドナーの場合、第2回法的脳死判定は1999年2月28日の午前1時40分から開始された。 臓器移植専門委員会報告書(以下の2資料にも掲載=看護教育40(12)、1032−1037そして日本救急医学会雑誌10(5)、314−316)に掲載された病状経過表によると、2月26日午後のピトレッシンの投与がなされた時間帯に、収縮期血圧約2 20mmHg/拡張期血圧約180mmHgに急上昇した(ピトレッシン投与前の2日間の収縮期血圧は150mmHg〜100mmHg)。 同日には輸液2000mlも投与されている。
 くも膜下出血の再出血が、偶然、この時に発生したのであろうか?臓器移植専門委員会報告書にそのような記述はない。患者は抗利尿ホルモン投与直前の尿量が2000ml/8Hrあったが、 ピトレッシンを尿崩症の治療に投与する場合でも、このような高血圧をもたらす投与法は疑問がある。
 血圧を下げておくべきクモ膜下出血患者を、 抗利尿ホルモンと輸液によって高血圧にしたから(くも膜下出血の再出血を引き起こしたから?)最初は脳死と判定されなかった患者が、2回目のやり直し判定で脳死と判定されたのではないか。臓器移植専門委員会報告書は、この部分について「循環動態は適切にコントロールされた」としてい る。しかし、本当は「脳死判定基準を満たさない瀕死患者を臓器ドナーにする目的で、循環動態はコントロールされた。クモ膜下出血患者の救命目的でなされた処置ではなかった」と報告すべきではなかったか。
 

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慶應義塾大学病院(法的脳死判定2例目)

1、患者搬送時から臓器ドナー見込みで手術準備

*佐藤 武子(慶應義塾大学病院中央手術室婦長)、清水 久美子(同主任)、渡邉 珠子(同看護婦):臓器提供手術を経験して、Ope nursing 、15(2)、48−55、2000は、p49に「表1 ドナー出現から臓器提供までの手術室の様子」を掲載している。原文は5月12日21時の死後の処置、家族との面会まで記載があるが、下記は5月12日1時31分まで。

月日 時間 ドナー出現から臓器提供までの経過 手術室の動き
5月 7日 夕方 ドナーカードを持った患者が集中治療室で治療中であるとの情報を得た。 ドナー患者の情報収集を行う
5月10日   1回目臨床的脳波検査  
5月11日   2回目臨床的脳波検査。
2回脳波検査の結果、脳死判定が行なわれることが決まる。
家族全員が臓器提供を承諾する
・手術室の確保
・器械セット資材の準備
・提供される臓器の確認
17:12
19:31
第1回脳死判定開始。
第1回脳死判定終了。
・手術部部長、麻酔科部長、コーディネーターと共に臓器提供準備の話し合いをする。
・翌日の予定手術の調整。
・移植ミーティングルームの確保
5月12日  1:31 第2回目脳死判定開始
第2回目脳死判定終了
脳死と診断される
臓器提供手術を行う事が決定される
 

 p52−p53の清水久美子氏の「臓器提供手術を経験して・1」にも「私たちは、脳死判定が行なわれ臓器摘出手術が行われる予定であるという情報を、脳死判定委員である麻酔科医から最初に得た」とあることから、やはり患者が搬送されてきた1999年5月7日から、臓器摘出予定で脳死判定医、手術室スタッフが行動していたとみられる。

2、人工呼吸器装着時より、臓器摘出目的のドナー管理実施か?

*小谷 透(慶応義塾大学 麻酔科):肺保護を考慮し陽圧換気を行ったドナー管理の経験、臨床呼吸生理、33(1)、7−9、2001は、肺胞の虚脱を防止するためのドナー肺保護管理として、1回換気量6〜7ml/kg、PEEP3〜5cmH2Oなどの人工呼吸器管理と閉鎖式気道吸引システムによる気道清浄化を行ったことを報告している。この資料には、ドナー肺保護管理の開始時期は記載されていない。

 PEEP(positive end expiratory pressure)とは呼気終末時陽圧=呼気相の終わりに気道内圧を平圧に解放せずに一定の陽圧に解放する方法。加藤 正哉(自治医科大学救急医学):頭蓋内圧亢進のある患者の呼吸管理、救急医学、26(11)、1611−1614、2002は、「PEEP圧は胸腔内の静脈灌流圧にそのまま上乗せされて頭蓋内圧を上昇させるので、十分な酸素化に必要な最小限の圧設定がなされるべきである」とする。
 脳に十分な酸素供給を行うべきであるし、肺合併症の予防や治療のためにPEEPの適応はありうる。しかし、この患者の救命において、適切な人工呼吸器設定が行なわれていたのか否かは、頭蓋内圧モニターや血中酸素濃度の記録などをもとに検討しないと判断できない。そのような資料の提出をうけて、検証がなされたのか不明である。

 

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杏林大病院(法的脳死判定7例目)

法的脳死確定以前からのドナー管理を実施、推奨

*田中 秀治(杏林大学医学部救急医学):脳死の病態とドナー管理の実際、ICUとCCU、25(3)、155−160、2001

 2000年4月23日患者が臨床的脳死に至り、翌日に患者家族から臓器提供の意思表示をいただいた。その時点では昇圧のため、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、ドブタミンを4剤併用し、収縮期血圧は60mmHg台であった。
 
 患者の臓器提供の意思をかなえるべく、患者家族に昇圧剤の変更や輸液の増量、血漿製剤の使用の了解を戴き、ドナーの循環動態の改善に努めた。まず、昇圧剤に微量ADH(0.4IU/hrから開始)を併用し、輸液量を増加したところ、徐々に血圧が上昇し、結局ADHは0.9IU/hr量を維持投与した(図7)。循環動態の改善と心拍出量改善の結果、尿量の増加を認め、ドーパミン、ドブタミン、ノルアドレナリンの減量中止、が可能となった。また一過性の輸液の増量は結果的には水分バランスの改善を得ることが可能となった。本症例は安定した血圧と尿流出を得、心移植に適当なカテコールアミン濃度に減量されて、法的脳死判定を遂行することができた。

 p160:本来ドナー管理は、法的脳死が確定してから行われる管理を示す言葉ではあるが、実際の臨床の現場では、むしろ法的脳死が確定するまでの間の管理こそ、本当の意味でのドナー管理がなされるべきであることを実感した。

注:4月24日10時30分から始まる経過表(図7)において、輸液量の増加は24日朝(夫が本人の臓器意思表示カードを提示した10:35頃)から行ったことが記載されている。これは、法的脳死が確定した4月25日午前8時15分の約 22時間前になる。

 

 上記のドナー管理の推移を、他の2資料=第7例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書、そして田中 秀治(杏林大学高度救命救急センター):国内第7例目の脳死下臓器提供患者の臓器提供の経過とその問題、日本手術医学会誌、21(臨時)、41−42、2000の記述とも合わせて検討する。

  1. 医学的検証作業グループ名簿に杏林大の竹内氏、島崎氏(注:検証会議を構成する者が関与している施設における脳死臓器摘出の検証には、当該者は加わらないことが2000年3月22日に決定されている=http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s0003/s0322-3_11.html 2.検証手続 (3)検証作業を行なう者の制限)
     
  2. 4月23日13:00以降、意識状態と瞳孔径は散大固定で以降、変化なし→日本手術医学会誌は、「4月23日13時00分、意識レベルJCS300、両側瞳孔散大7mm。対光反射消失、意識状態と瞳孔径は以降変化なし。この時点で家族には主治医から脳死に近い状態であると説明された」(注:平坦脳波の確認前から「脳死に近い状態」と説明した)
     
  3. ICUとCCU p158によると、4月23日に臨床的脳死との判断(注:法的脳死判定手続における臨床的脳死診断は翌24日、収縮期血圧60mmHg台で脳死を判断できるのか?)
     
  4. 4月24日 9:00、平坦脳波確認のため脳波検査施行(注:この時点で脳死を確信した?この時の収縮期血圧は90mmHg以下とみられる。このような低血圧下の脳波測定は有効か?)
     
  5. 4月24日10:35、夫より本人の臓器提供意思表示カード(シール)の提示あり
     
  6. 4月24日12:35、臨床的脳死の診断、ADHの併用とNA,ADの減量、輸液の増量、抗生剤の変更
     
  7. 4月24日13:00時以降はバゾプレッシンの併用により血圧の維持が容易になり、カテコールアミンの減量もできて問題はないと考える(注:検証会議報告書は、法的脳死前のドナー管理を「問題はない」としている)。
     
  8. 4月24日15:55に血中ペントバルビタールの濃度が測定感度以下であることを確認した(注:ペントバルビタールは有効血中濃度不明の薬剤、しかも「脳死」患者においては末梢血における濃度よりも、脳組織内濃度が高い可能性大)。
     
  9. 4月24日 (尿量は)1955mlなので、一時的な乏尿の時期はあったが、尿量に関しては管理上問題はなかったと考えられる(体重55kg)。
  • ICUとCCU p159の尿量データをみると、24日15時くらいまでは21〜25ml/hrで、16時くらい以降は10倍260ml/hrその後130ml/hrに激増している。16時以降(24時まで8時間)の尿量が平均200ml/hrと仮定すれば、24日の尿量1955mlのうち1600mlは、ドナー管理による血圧上昇で腎臓の機能を回復させた結果とみられる。
  • ICUとCCU p159の「表1 臓器の提供に望ましい検査値」に「尿量 1.0−3.0ml/kg/時間」とあり、この患者の体重は55キロのため、毎時55〜165mlの尿量となる。ICUとCCU 25巻3号p159の尿量をみると、24日17時以降は「望ましい検査値」前後で推移しているとみられる。
  • ICUとCCU p158で「一過性の輸液の増量は結果的には水分バランスの改善を得ることが可能になった。本症例は安定した血圧と尿流出を得・・・」とある。これも臓器保存目的の意思が反映しているとみられる。しかし、乏尿状態における抗利尿ホルモンの適応はない。
  1. 4月25日 8:15法的に脳死と判定される。ドナー候補者はドナー管理に入る。この時間を持って死亡宣告( 注:ドナー管理開始時点について、虚偽報告および公文書不実記載

 

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函館市立病院(法的脳死判定10例目)

1、臨床的脳死判断以前からの臓器ドナー管理目的の昇圧剤投与ほか

 2000年12月18日付の毎日新聞は、「11月4日午前9時半に臨床的脳死診断(仮の脳死判定)で脳死状態と分かった。しかし、血圧が不安定で、臓器を移植できない可能性もあり、女性の主治医が家族に説明。家族から『何とか(臓器提供の)意思を生かしたい』との要請を受けた。このため、同病院は1回目の脳死判定(同日午後1時半)前から昇圧剤投与などを行い、容体の安定を図った」と報道している。

 毎日新聞の報道だけを読むと、法的脳死判定以前からの昇圧剤投与と受け取られるが、
*第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書

*丹羽 潤:脳死判定と臓器摘出‐臨床経過と問題点について‐、函館医学誌、25(1)、5−10、2001、
*下山 則彦:脳死判定を受けたくも膜下出血の一部検例、函館医学誌、25(1)、11−15、2001によると、1回目脳死判定以前から投与されていた昇圧剤はイノバンとドブトレックスであり、その投与開始は臨床的脳死診断の24時間30分前=11月3日9時の可能性もある。このほかにも血圧維持のための輸血などの処置がなされている。以下、3資料にもとづき検討する。

  1. 第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書の要旨(初期段階)
    11月3日3時45分:突然の呼吸停止、JCS 300、瞳孔散大(左右とも5mm)。血圧80mmHgまで低下。動脈瘤の再々破裂を確認。8時45分、JCS 300、対光反射消失、瞳孔の大きさ(左右ともに3mm)。
     
  2. 函館医学誌、p7
    11月3日午前8時45分、深昏睡が続いていることと呼吸が停止したままであることを家族に告げた。この時、家族(夫)は患者が臓器提供意思表示カードを所持しているとの話を持ち出した。現時点では瞳孔が散大しておらず(左右とも3mm)、脳死ではないとインフォームドコンセントした。血圧が60〜80mmHgに低下してきたため、昇圧剤(イノバンとドブトレックス)を開始した。
     
  3. 第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
    イノバンとドブトレックス開始は11月3日9:00。
     
  4. 函館医学誌p8
    収縮期血圧100mmHgを維持することが困難になったため、11月3日20時50分プラズマネートカッターを使用、さらに11月4日5時20分より濃厚赤血球輸血を開始した。
     
  5. 第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
    プラズマネートカッター開始は11月3日23:05、輸血開始は4:45。
     
  6. 第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
    11月4日以降、1日7316ミリリットルの多量輸液。
     
  7. 函館医学誌p8
    第1回目無呼吸テスト終了時より血圧が不安定になったためノルアドレナリンの持続注入を開始した。2回目の法的脳死判定まで患者の血圧を100mmHgに維持することは非常に困難であったため、イノバン・ドブトレックス・プラズマネートカッター・輸液に加え、ノルアドレナリンでの治療を継続した。・・・・・・平坦脳波の確認第2回目には昇圧剤(ノルアドレナリン)の使用によると思われる筋収縮が右頸部から右顔面にかけて見られ、これによる筋電図が脳波に混入した。
     
  8. 函館医学誌p14
    左椎骨動脈・後下小脳動脈分岐部の動脈瘤破裂が確認できた。・・・・・・繰り返す出血は新鮮血栓が溶解したためと考えられた。・・・・・・神経細胞が壊死していたのは、小脳・橋・延髄であり、椎骨動脈動脈瘤破裂による循環障害の影響を最も激しく受けたと考えられる所見であった

注:新鮮血栓が溶解して動脈瘤破裂を繰り返す患者に、昇圧剤を投与することは救命目的で妥当性があるのか。函館医学誌p8のいう「昇圧剤(ノルアドレナリン)の使用によると思われる筋収縮」は単なる筋収縮だけか、それとも再出血など患者が激痛を感じていた可能性もあるのではないか?

 くも膜下出血後の急激な経過で、数時間のうちに3徴候死にいたることも想定される。夫が臓器提供意思表示カード所持を通告した後に、臨床的脳死診断以前からドナー管理を開始したのであれば、苦痛を長引かせた倫理面の考慮とともに、違法性の有無が検証されるべきだが、厚生労働省 の報告書は触れていない。

2、有効血中濃度域が不明な中枢神経抑制剤の投与下に脳死判定が行われた

  1. 第10例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
    11月3日19時25分に臨床的脳死と診断されたが、中枢神経抑制剤ミダゾラムが11月2日8:00まで投与されていたので(持続点滴中止前33時間の総投与量77mg)、48時間の経過を待ち、再度、11月4日9:30臨床的に脳死と診断した。
     
  2. 函館医学誌p9
    10月23日〜11月2日午前8時までドルミカム(ミダゾラムの商品名)を間欠的に総量550mg使用
     
    注:ミゾダラム投与終了36時間後:11月3日19時25分の臨床的脳死診断を無効とし、48時間後:11月4日9時30分の臨床的脳死診断を有効とする12時間の延長に、科学的根拠はあるか?
     脳不全患者では、脳血流が低下し、脳組織内の薬物濃度が末梢血の薬物濃度よりも高くなる現象があるが、厚労省報告書・函館医学誌ともに血中薬物濃度の報告はなく、技術的には可能な末梢血薬物濃度さえ測定していないとみられる。

 

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新潟市民病院(法的脳死判定第17例目)

脳幹反射がありながら、「脳死に近い状態」と説明、ドナーカード確認、臓器摘出目的の昇圧剤投与

今井 昭雄(新潟県医師会):脳死下の臓器提供、その後、新潟県医師会報、630号、10-14、2002

p10=新潟市民病院では、臓器提供が一段落した直後から院内での検証を開始し、経時的に事実関係を確認したうえで、院内の体制を整え、既成のマニュアルの見直しを行なってきた。
 その中で最も大きな問題としたのは、1つは、後で、『自分たちから言い出すまで、病院側からは臓器提供の意思について何も聞かれなかった』とご家族に言われたことであった。急変後、
主治医は自分の患者さんをなんとか助けることができないのか悩みぬいていただけに、脳死に近い状態であることを説明した際、ご家族から「ドナーカードを持っているが、臓器提供ができないでしょうか」と言われて、戸惑いが隠せなかった。
p14=臓器移植に対する患者さん本人とご家族の理解が大変深かったため、病院側もその意思を支援し、脳死下の臓器提供を支援することができた。しかし、死を前提とした医療に携わったことについて主治医は「これまで患者を助ける医療をしてきた。複雑な思いだ。」と語っている。

 

*臓器提供及び移植委員会:脳死下の臓器提供(前編)、新潟市民病院医誌、23(1)、67−72、2002

  1. 8月15日10:30  呼吸停止
     
  2. 12:00頃 主治医より妻に「脳死に近い状態である」と説明。妻よりドナーカード所有を告げられた。院内(移植)コーディネーターと救命救急センター医へ相談後、意志表示カードがなくても心臓停止下での腎臓、角膜の提供は可能であること、そのためには昇圧剤による血圧維持が必要であることを家族に説明し、家族にその希望があることが確認され、昇圧剤の使用を開始(注:臨床的脳死診断の約9時間前、法的脳死判定確定の約26時間前)。
     
  3. 12:30 院内コーディネーターから新潟県移植コーディネーターへドナー情報の連絡が行なわれた。
     
  4. 20:00 救命救急センターで行なわれた(内部の)打ち合わせ会議では「前庭反射、咽頭反射以外では脳死状態」と現状報告。検査技師より、法的脳死判定に準じた脳波検査を再度実施したいとの強い要望あり、実施(21:30〜22:40)
     
  5. 21:00 主治医とセンター医師が前庭反射、咽頭反射の無反応を確認
     
  6. 21:30 マニュアルに基づいた脳波記録
     
  7. 21:40 臨床的脳死診断、院内コーディネーター(吉田医師?)から院長と新潟県移植コーディネーターに連絡
     
  8. 22:40 交流障害、人工呼吸器の電源の位置、シリンジポンプの電源等の不具合を検討(注:法的脳死判定に準じた脳波記録のため、電気的雑音を軽減するための調整ならば21:40の時点では臨床的脳死診断は終了していないことになる)。

 

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メディカルコンサルタント(MC)制度(2002年11月以降)

*福嶌 教偉(大阪大学重症臓器不全治療学):わが国における脳死臓器提供におけるドナー評価・管理 メディカルコンサルタントについて、移植、46(4・5)、251−255、2011

p250=2002年11月以降は,メディカルコンサルタント(MC)が導入され,第一回目脳死判定以降に提供病院に派遣され,ドナ一の評価を行い,第二回目脳死判定以降からドナー管理を行うようになっている。

p252=2002年当初はMCの数も少なかったが、2011年1月末には心臓移植施設から各2名(計18名)、肺移植施設から各3名(計25名)、その他の臓器移植の移植医おのおの数名がJOTからMCの委託を受けている。

p252=提供可能な臓器数を増加させるとともに,移植後機能を良好にするための管理を行う。基本的には,呼吸循環管理を行い,循環動態を安定させることが重要である。本来は第二回目の脳死判定以後の管理となるが,ADHの投与,中枢ラインの確保(可能な限り頸静脈から),人工呼吸器の条件の改善,体位変換(時にファーラー位),気管支鏡などによる肺リハ,感染症の管理(抗生剤の投与など) は,提供施設の了解があれば,ドナ一家族の脳死判定・臓器提供の承諾の取れた以後,可能である。
 ドナー臓器の機能を温存するための管理は,第二回目の脳死判定が行われ,かつ家族の臓器提供への同意が得られてから開始する。心臓の場合には,脳死完成時およびそれに引き続くショックのために心筋が障害されているので,循環動態をうまく維持してやれば,必ずしも早急に摘出術を開始する必要はない。むしろstunning が改善されてから摘出した万がよい。

p254=臓器提供率を増加させた結果、ドナー1人当たりの提供臓器数、移植患者数は米国に比して高かった。MC導入以前の1〜10例目の平均はおのおの3.8臓器、3.7人であったのに対し、71〜80例目はおのおの6.8臓器、5.7人であった。

p255=現在、心臓・肺移植施設の協力を得て、緊急の連絡にもかかわらず、MCが提供病院に赴き、ドナー評価・管理を行なっているが、今後脳死臓器提供数がさらに増加するととても対応できない可能性もある。実際、同日に3〜4件のドナー情報があることもでてきており、MCが到着するまでに、ある程度のドナー評価・管理ができるようにすることも重要である。

当サイト注

  1. 福嶌はメディカルコンサルタントの実務について、2009年11月時点(大阪医学」43巻1号)では「ほとんどの症例は私が行っている。今までの81件につき67件、現場に行って、臓器提供数を増やすことを実施してきた」、「東大の小野教授と2人で行なっている」と講演したことが記録されている。
     
  2. 法的脳死死亡宣告前のドナー管理について「提供施設の了解があれば,ドナ一家族の脳死判定・臓器提供の承諾の取れた以後,可能である」とは、日本臓器移植ネットワークおよびメディカルコンサルタントの勝手な解釈であり、実際は傷害行為(場合によっては傷害致死行為になる。ドナー管理は、脳蘇生に反しかねない、また違法であることを認識可能な提供施設側医師・看護師の目前で行なうため、事前に提供施設に断ってから始めることを書いたと見込まれる。

 

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社会保険中京病院(法的脳死臓器摘出134例目)

*黒木 雄一、上山 昌史、大須賀 章倫、中島 紳史、酒井 智彦、小島 宏貴、菅谷 慎祐、大熊 正剛(社会保険中京病院救急科):当院初の脳死下臓器提供を経験して 院内委員会発足からの経過と問題点、日本救急医学会雑誌、23(10)、462、2012

 2011年5月に当院初の脳死下臓器提供が行なわれた。移植に向けた臓器管理を行なうのは法的脳死判定が終了してからが原則であろうが、実際には臨床的脳死判定がなされた時点で臓器管理を意識せざるをえない。正式に脳死と反映されるまでの言わば「グレーピリオド」に、主治医は患者の全身管理に悪戦苦闘し、不眠不休を強いられる結果となった。

 

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大津赤十字病院(法的脳死臓器摘出180例目)

*岡村 泉(大津赤十字病院):臓器提供患者の全身管理 敗血症を脱し臓器提供を迎えた一症例、日本クリティカルケア看護学会誌、9(2)、144、2013

[はじめに]
 敗血症のため臓器提供は厳しいと思われた症例に対し、感染のコントロールと呼吸状態改善により、臓器提供が実現できた。救命のための積極的な治療と看護ケアは臓器提供患者の全身管理に有効であった。臓器提供患者の全身管理の実際を振り返り、今後の課題について報告する。

[症例]
 30代女性クモ膜下出血で救命救急センター病棟へ人院。同日脳室ドレナージ術施行。術後に心室細動にて除細動施行、高容量カテコラミン投与下で循環動態は不安定。尿崩症でピトレシンを投与。第5病日、家族は臓器提供の意思表示をされ、脳死判定および臓器提供に向けた全身管理目的でICU入室となる。人室時の患者は、ARDS、敗血症性ショックの状態であった。

(中略)

[看護の実際と結果]
 臓器提供の基準を満たすには感染のコントロールと、酸素化の改善が必要であった。呼吸器科医師との連携により抗菌薬の選択や人工呼吸器設定条件の見直しを行った。水分出納電解質バランスを考慮した輸液管理のもと、循環動態に注意しながら体位ドレナージや口腔ケア、経腸栄養管理、皮膚粘膜障害予防のための看護ケアを行った。その結果、全身状態は改善し、酸素濃度やカテコラミン投与量、肺コンプライアンスの条件など臓器提供適応基準をクリアできる状態になり、脳死判定を迎えた。判定時はシールドルームへの移動や無呼吸テストなど、患者への負担を想定し観察を強化した。他職種の連携により、安全かつスムーズに脳死判定が行われた。また、臓器摘出術前に帰室時の変化に備えエンゼルメイクと整髪を行った。手術室Nsとの連携により患者の外観は最期まで美しく保たれた。臓器提供終了後、御家族には手紙による感謝の言葉を頂いた。

[考察]
 本院は脳死下の臓器提供は二例目であるが、全身状態悪化からの臓器提供は今まで経験がなく、実現は厳しいと思われた。しかし、患者の意思を尊重したいとぃう夫の決意は固く、スタッフのモチベーションとなった。(中略)
 呼吸ケアは常に傍にいる看護師が関わる事が多く、患者の変化を察知し、ケアの方法によっては患者の回復をも左右する。漠然とケアを行うのではなく、酸素濃度や肺コンプライアンスの条件、カテコラミンの条件などを意識して患者評価を行うことで目標に近づく事ができた。臓器提供患者の管理は決して特別なものではなく、集中治療として行う日々のアセスメントや意図的なケアの実践が有効である。臓器提供者の家族ケアも全身管理と同じく重要な看護である。複数受け持ち制による継続的な関わりにより、家族の信頼を得る努力をした。脳死判定の光景や淡々と行われる処置に、倫理的葛藤を抱くこともあったが、患者と家族の想いを叶え、命を繋ぐ尊いケアであると捉え前向きに関わった。患者を送り出す最期の時まで、自分達にできる最善のケアを目指すことができた。(後略)

注:上記症例は、臓器提供施設、ドナーの性別、年齢、現疾患から、2012年8月3日の法的脳死臓器摘出180例目と見込まれる。180例目ドナーからは、心臓、左右の肺、肝臓、腎臓、膵臓が摘出された。

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脳死になる前からドナー管理を推奨する医師

 法的脳死または3徴候死が確定していない時点で、ドナー管理をすることは非合法であることを冒頭に述べたが、藤田保健衛生大以外の施設や医師も、ドナー候補者発生の早い段階からドナー管理を推奨したり、現行の粗雑な脳死判定も無視して「すべての脳幹反射が消失した時点をもって脳死になった」と早期の脳死判断をしている。

  1. 力石 辰也(聖マリアンナ医科大学腎泌尿器科):脳死下および心停止下献腎提供時のドナーの管理、腎移植・血管外科、23(2)、21−24、2011

     心停止下の腎臓提供で最も厳しい条件は、脳死判定が行なわれておらず、大動脈内に灌流用のカテーテル挿入が行なえず、提供病院やその主治医がドナーの終末期にあたって人工呼吸器の調節や昇圧剤の投与量の調節を行なわないという方針の場合である。この様な場合は無尿になってから心停止が起こるまで、約半日から数日間の経過となる。(中略)死後に臓器を提供したいという本人または家族の意思を尊重したターミナルケアを行なうためには、脳死判定(法的なものでなくともよい)の実施と人工呼吸器の条件の調節や昇圧剤の投与量の調節を摘出医・移植医が提供医に助言をしなければならないことがあるが、このような行為がすべての病院で容認されているわけではないので、ドナーコーディネーターやネットワークなどと連絡をとりつつ慎重に行動すべきである。
     
     
  2. 平元 周(横浜総合病院脳神経外科):死体腎移植での摘出直前のドナー管理への移植医の積極的関与の必要性について、移植、42(2)、158、2007

     当院では移植法施行後の9年間で25例の献腎承諾が得られており、一般市民の臓器提供意思は確実に増加している印象である。その中で開腹後に回盲部腫瘍の穿孔などで提供を断念した症例を2例経験した。命のリレーという観点からご家族の承諾をいただいている立場に医師にとって、開腹後の提供断念は断腸の思いである。ネットワーク情報でもドナー管理の問題で提供の承諾が得られても提供できなかった症例が少なからず存在するとのことであった。少ない献腎を生かすためにも承諾後に移植医が提供病院を訪問し、画像診断やドナー管理に関して主治医と意見交換することで互いの理解・信頼が高まり、提供に関与する脳外科医・救急医の増加に繋がると思われ、摘出直前のドナー管理への移植医の積極的関与の必要性の私見を提言したい。
     
      
  3. 乾 健二(京都大学大学院医学研究科器官外科学講座呼吸器外科学):本邦における肺移植の問題点―システムについての検討―、日本呼吸器外科学会雑誌、16(3)、119、2002 
     脳死下臓器提供可能な4類型病院の数を増やすことが重要と考える。 臨床的脳死と診断されてから第2回脳死判定後の移植実施施設への連絡までの時間が長いため、その後の作業の時間的余裕がない。仮に、1回目の脳死判定後に移植実施施設に連絡することが許されればこの問題はかなり軽減される。 marginal donor を利用可能にしてゆくシステムに欠けているため、さらなるドナー臓器不足となりやすい。このような状況を打開するためには、例えばドナー管理の専門家を養成し、ドナー候補発生の早い段階から適切な患者管理を行なうことが重要であると思われる。
      以上の3点を、脳死者の意思を尊重しつつも倫理的問題やプライバシー保護の問題をクリアする形で解決することが日本の移植医療の今後にとって重要であろう。
     
     
  4. 伊達 洋至(岡山大学医学部第二外科):生体肺移植での摘出肺の評価、臨床呼吸生理、33(1)、71−78、2001
     p75以降の質疑応答において、千葉大学医学部呼吸器外科の関根 康雄氏は「肺の保護というのは脳死になってから始まることではなくて、搬送されて治療が始まった段階でもうすでに肺のプロテクトを考えた治療がなければいけないということがよくわかりました。そのためには、やはり集中治療の先生とかとの共同研究者やスタッフのディスカッションが必要ですし、ここにいらっしゃるような最先端の病院だけが donor提供病院になっているわけではないので、そういうのをもうちょっと啓蒙して、donor提供病院のレベルで十分やっていけるような体制が必要であると思います」と発言した。
     
     
  5. 櫛 英彦(日本大学 救急医):脳死移植における集中治療の役割、日本集中治療医学会雑誌、7(Suppl)、198、2000
     移植医療を考える場合、集中治療医は基礎疾患の治療のみに忙殺されることなく、免疫制御も考慮した臓器機能保持にも注意を払うべきである。
     
     
  6.  田中 秀治(杏林大学救急医学):脳死患者における至適循環管理、日本救急医学会雑誌、11、563、2000
     脳死直後の低血圧の時期をADHを積極的に用いてうまく乗り切れば、安定して脳死判定も可能であり、またもし臓器提供を考慮する場合、本人の意思をかなえるためにも、臓器障害を最小限にして維持することが可能になる。
     
  7. 田中 秀治(杏林大学医学部助教授):脳死体における呼吸・循環動態・各種臓器の変化とその管理、救急医学、24、1759−1764、24(13)、2000
    p1759:脳死後の循環動態の悪化に対しては、心収縮力改善のためのintropic agentの投与とともに末梢血管抵抗の改善のための血管収縮剤の投与が合目的的である。
    p1763:このような循環管理上、0.5〜1.0IU/hr程度のADH微量投与と心拍出量を上昇させない程度の微量エピネフリン投与が主に1回拍出量が増加し、心拍出量の増大にもっとも有効であり、当院における国内第7例目の脳死下臓器提供の際、ADH微量+エピネフリン併用投与が循環動態の改善と心拍出量改善、尿量の増加、ドーパミン、ドブタミン、ノルアドレナリンの減量、水分バランスの改善を得ることが可能となった。
    p1764:脳死直後の時期をこれらのカテコールアミンサポートとADHの下垂体ホルモンを積極的に補充すれば、安定した脳死判定や脳死体の管理が可能と考えられた。
     
  8. 太田 宗夫(大阪府千里救急救命センター):我国の心・心肺移植に係る先端技術の開発に関する研究、平成10年度厚生省循環器病研究委託費による研究報告集、438、2000
      脳死発生前後80時間の水分バランス、creatinine、平均動脈圧の推移を比較検討した。
     creatinine 値不変群とcreatinine 値悪化群の水分出納においては、197mlと−1175mlと大きな差を認めた。悪化群においては血圧維持のために、大量のカテコラミンを使用していたが、循環血液量減少およびカテコラミン使用による末梢血管抵抗に伴なう組織灌流減少が、腎機能の一層の悪化をもたらしたと考えられる。
    結論:脳死発生前の脳腫脹予防のための脱水療法は、脳死発生と同時に冠灌流保持を含めた全身の組織灌流を維持するために、水分負荷療法へ転換する必要があると考えられる。
     
     
  9. 太田 宗夫(大阪府立千里救急救命センター):脳死体における臓器保護の研究、平成11年度厚生省循環器病研究委託費による研究報告集、256、2001 
     生体も尿崩症の発生により自ら脱水状態を惹起し脳腫脹を回避する反応がみられることがある。・・・  尿崩症を伴なう脳死患者において抗利尿ホルモンを投与することにより、血圧維持のための dopamin 投与量を増加させることなく、循環動態を安定させ、臓器障害発生を予防できる可能性がある。
     
    注:このページ左段の中ほどに、脳死発生(すべての脳幹反射の時点)とある。太田 宗夫氏そして田中 秀治氏らは脳幹反射消失の時点をもって「脳死発生」としているのであろう。
     
     
  10. 佐藤 章、中村 弘、古口 徳雄、小林 繁樹、八木下 敏志行、渡辺義郎(千葉県救急医療センター):臓器移植法による脳死判定が救急医療現場にもたらす医学的、倫理的諸問題:脳死判定350例の経験から、日本救急医学会雑誌、9(9)、393、1998
      臨床的脳死に陥った488例中350例(72%)が脳死と診断され、うち230例(67%)で治療中止の相談がなされ、199例(86%)で呼吸器停止の承諾が得られた。しかし全脳死症例中の約18%がvital signsの悪化により呼吸器停止前に死亡した。・・・・・・臨床的には、脳死判定終了前から脳治療を目的としない徹底した全身管理を行わないと、20%近い症例が失われる可能性がある。
     

    注:タイトルからは佐藤氏は倫理的問題も指摘したと見られるが、この抄録自体には倫理的問題に関連する記述はない。
     
     
  11. 吉村 了勇、岡 隆弘(京都府立医科大学第二外科):腎移植―新しいシステムをめぐって Z臓器提供の適応(2)移植外科の立場から、臨床透析、13(12)、1997
     主治医が脳死と判断した後、臓器提供の申し出があり、遺族の承諾が得られた時点からドナーの管理が始まる。
     
     

  12. 千代 孝夫、赤堀 道也、木内 俊一郎、加藤 研一、高田 達良、田中 孝也(関西医科大学救命救急センター):脳死症例における臓器障害の発生と脳死後の医療についての検討、救急医学、13(5)、619−624、1989
     1985年1月から1988年1月までの3年間に救命救急センターに入院した24名の脳死患者 、ショックや大量輸血施行などの修飾因子の少ない脳死後24時間以上生存症例に、脳死後の臓器障害発生頻度は、肝機能としてはGPT53%、ビリルビン35%、腎機能ではクレアチニン63%、呼吸機能ではPo2/Fio2比47%に新しい異常値の発生をみ、それぞれの臓器障害の高い発生率が示唆され、臓器提供を目的とする場合はこれらの臓器障害への予防的対策が必要になると思われた。・・・現実に肝、腎、肺、電解質、酸塩基平衡について臓器障害の発生があるため脳死後はこれらを念頭において患者への対応が必要であるし、移植の成功率を上げるためには、早期に施行する必要があると思われた。

     

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良好な臓器を持つ若者がドナーに仕立てられる懸念

 *藤田 民夫(藤田保健衛生大):死体腎提供者の条件の検討、移植、21(6)、532−536、1986は「移植された2腎臓のうち、より良好な経過を示した受腎者の結果を parameter としてみると、腎臓機能は結局は入院時血清クレアチニンのレベルまで戻ることがわかる」と報告している。

 入院時からドナーカードの保有情報収集を行う施設、さらには毎朝、脳外科病棟を移植医が回診している施設もある。

神野 哲夫(藤田保健衛生大):脳死段階での臓器移植−何がその開始を阻んでいるか、救急医療の現場から、現代医学、41(2)、369−373、1993
 我々の救命救急センター内では脳神経外科用14床の回診は毎朝8時30分より始まる。この回診に脳外科医は当然のことながら全員出席する(彼等は7時15分からの病棟回診をすでに終わっている)。特筆すべきことは、このセンターの回診に過去13年間毎朝、泌尿器科、詳しくは腎移植医が出席していることである。最初は腎臓の専門家が脳外科の患者を診ても仕方ないであろうと考えたが、彼らの意図が腎移植の提供者の発見にあることは明らかであった。以後、彼らの熱意に引きずられ、今日まで117例の心停止後の腎移植の提供が我々の施設から出ている。おそらく、この数は全国で一、二を競うものであろう。(この様に毎早朝、回診に来られる習慣をつけられた藤田民夫、現名古屋記念病院泌尿器科部長、星長清隆、泌尿器科講師の熱意に敬意を表します。)

 法的脳死が確定後にドナー管理が容認されることを臓器提供病院の幹部層さえ知らなかったり無視する現状もあり、良好な臓器を持つ若い患者がドナーが仕立てられる懸念がある。

 

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ドナー適応基準がそそのかす「救命せず臓器を盗る」

 心肺蘇生の目的で救急患者には、心臓の拍出量を高めて血圧を上昇させる薬剤が使用される。ドパミンは、成人は体重1キロあたり毎分10マイクログラム〜20マイクログラムの範囲で使われる。交感神経系の心筋への神経分布が未熟な乳児、新生児には、年長児よりも高濃度の投与が必要になる。ドパミンの場合は5〜10μg/kg/minの投与により心臓の拍動を刺激し、さらに10〜20μg/kg/minにより全身や内臓の細動脈に強力な血管収縮作用を及ぼす。

 しかし、心臓移植を考慮する場合、そのような薬剤を大量に使われた心臓を移植してもレシピエントの体内で拍動しなかったり早期に心停止する。このため心臓ドナー適応基準のなかには「大量のカテコラミンの使用(例:ドパミン10μg/kg/minにても血行動態の維持が困難な場合)」とされている。

 このことは、臓器ドナー候補者と見なされた場合には、蘇生処置は途中で打ち切り、抗利尿ホルモンと輸液により血圧維持が図られ、さらには人工心肺などを使用されて臓器保存体として取り扱われる可能性があることを示している。 抗利尿ホルモンと輸液により血圧維持は、脱水傾向で管理されるべき脳不全患者の脳蘇生に反する。次項のように機械的補助法も研究されている。

開発中のドナー管理法・機械的補助

  1. 工藤 幹彦(慶應義塾大学):心移植ドナー側への機械的循環補助−イヌ脳死下における大動脈バルーンパンピングの効果−、慶應医学、79(2)、51−62、2002 
     大動脈バルーンパンピング(IABP)を用いた補助循環群では、脳死後6時間までの有効な心機能維持効果を示したが、病理組織標本では少量のcontraction bands の出現を認めており圧補助(大動脈バルーンパンピング)のみによる時間的限界が示された、長時間の心機能維持を目的とする場合、圧補助および流量補助(左心バイパス)両者併用の有用性が示唆された。
     
  2. 古梶 清和(慶應義塾大学):実験的脳死下心機能維持に関する研究−遠心ポンプによる左心流量補助効果の検討、日本胸部外科学会雑誌、45(7)、974−984、1997
     犬を用いた実験的検討により、心臓移植に対するドナー側での心室補助装置(VAS)のbridge use の可能性が示唆された。脳死後7時間を過ぎると心機能低下を示したが、左心バイパス(LHB)駆動中は、遠心ポンプの回転数を上げることにより一定レベル以上の循環血流を維持しえた。このことから、臓器血流の維持という点でほかの移植臓器、特に肝臓の機能保存の可能性も考えられた。

 


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