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2006年10月27日 手の移植 新しい免疫抑制療法の確立まで凍結を
動物実験が不十分 新潟大学総合病院の柴田氏
2006年10月26日 出血性疾患にヘパリン投与、コーディネートが不完全、リスク大
群馬大病院の脳外科医9名 「移植には関わりたくない」と本音
2006年10月24日 法的「脳死」臓器移植レシピエントの死亡は累計29人
2006年10月22日 死後6時間以内に新鮮遺体から脳組織採取 札幌医科大学
2006年10月 1日 「脳死」は生物としての死には関係ないのです!
現代思想 脳はいかなる存在か 片山容一氏
 

20061027

手の移植 新しい免疫抑制療法の確立まで凍結を
動物実験が不十分 新潟大学総合病院の柴田氏

 2006年10月27、28日の2日間、奈良県新公会堂において第33回日本マイクロサージャリー学会学術集会が開催された。新潟大学医歯学総合病院形成外科の柴田 実氏は「ヒト手の同種移植は大型動物の十分な実験結果をevidenceにすることなく、1998年、臨床実施へ見切り発車してしまったが、これまでの臨床施行は36手に達し、得られた成果と問題点を検討するには十分な数がそろったと考えられる。近い将来、より問題の少ない、新しい免疫療法が確立される可能性も高いが、それまで生命維持器官ではない手の同種移植は臨床実施の凍結、待機も検討すべき時期に達したのではないかと思われる」と述べた。

 2004年の第31回日本マイクロサージャリー学会学術集会では、小郡第一総合病院整形外科の土井 一輝氏が「今のままでは臓器移植と同様、複合組織移植も日本は世界から取り残される運命にあるのは確実である。それでもいいのかもしれないが、あえていうならば、明治維新のような革命は狂気とも思えるエネルギーでもって成し遂げられた。移植医療においても、現在の日本の低迷状態を打破するためには若いマイクロサージャンの燃えるエネルギーが必要であろう」と複合組織移植の実施を扇動したが、一転した状況。

 ヨーロッパ18手(両手6症例)、中国14手(両手3症例)、アメリカ3手、マレーシア1手が実施された。死亡症例0%、重症感染症や悪性腫瘍発生率0%など予想を遥かに超える結果が得られているが、移植手生着率は92%。フランスと中国の第一例は再切断した。

 初期の3移植手について運動機能評価をCarroll法(評価点0〜99、50以下poor、51〜74点fair、75〜84点good、85点以上excellent)で行うと、米国症例52点・術後5年63点、中国例62点と75点、米国第2例の術後51点(急性拒絶反応の治療で増量したステロイドにより両側大腿骨頭壊死)。フランスの第一例はインシュリン依存性糖尿病に、中国の第一症例がクッシングシンドロームに、米国第一症例はサイトメガロウィルス腸炎、フランス症例が皮膚ヘルペス、米国および中国症例で真菌症が出現したが、免疫抑制剤の減量ほかの治療で治癒あるいはコントロール可能となった。イタリアの3症例は急性拒絶反応はおさまったが、移植手の腫脹、拘縮傾向が持続している。

 柴田氏は「バイオニック・ハンドの急速な進歩により、大脳可塑性により人工の手が身体の一部として認識される事実が示され、将来の切断肢の有用な再建法となりうる可能性がでてきた。手の移植は、これまでの結果の整理と総括を行うことに専念し、新しい免疫抑制剤などの新展開を待って、次の段階に移行を考える段階と思われる」としている。

 手以外の複合組織同種移植については、腹壁移植(9例)、膝関節移植(9例)、喉頭移植(16例)、舌移植(1例)、下肢(1例)、、顔面部分移植はフランス2例、中国1例が実施された。「顔面移植については、現時点では手の領域におけるバイオニック・ハンドのような選択肢は現在では存在せず、近い将来、頭皮を含んだ全面顔面移植も臨床試行に移されるものと考えられるが、個人のidentityの根幹である顔面の移植は倫理の問題対処が最も困難な問題である」とした。

 

出典:柴田 実:ヒト複合組織同種移植:手・顔面移植の現況と展望、日本マイクロサージャリー学会会誌、20(3)、3−16、2007

 


20061026

出血性疾患にヘパリン投与、コーディネートが不完全、リスク大
群馬大病院の脳外科医9名 「移植には関わりたくない」と本音

 2006年10月26日、群馬大学医学部付属病院内において第28回群馬移植研究会学術講演会が開催された。8月26日に心停止後臓器提供に関わった脳外科医9名(風間 健、高橋 章夫、今井 英明、赤尾 紀彦、佐藤 晃之、中村 光伸、長岐 智仁、平戸 政史、好本 裕平の各氏)は、連名で「コーディネーターのコーディネートが不完全で安心して任せられない、死体腎移植では法律の規定がなく主治医の判断が非難にさらされる可能性がある、その判断の中で特に腎臓保護の目的で出血性疾患にヘパリンを使用する事、・・・脳外科医としてはリスクばかりが増えてしまうので出来れば関わりたくない」など本音を述べた。

 以下の枠内が「北関東医学」57巻1号p112の「死体腎提供患者に関わった脳外科医の思い 脳外科医にストレスのないシステムの構築を目指して」より (部分)。原文のPDFファイルはhttp://www.jstage.jst.go.jp/article/kmj/57/1/111/_pdf/-char/ja/

 今回、我々は、死体腎提供患者を受け持つ機会を得たので、症例報告を行い、その問題点と脳外科医の本音を述べる。

 症例は60歳、2006年8月23日、意識障害で発症した超重症くも膜下出血患者で、救急外来で脳ヘルニアとなり、自発呼吸停止、蘇生を必要とした。主治医は臨床的脳死に近い状態と判断、家族と話をすると、妻より自発的に、本人が臓器提供の意思を常々語っていた、との話があった。ドナーカードが確認できなかったため、心臓停止後の腎臓提供で話が進んだ。治療の甲斐なく発症3日後の8月26日、死亡確認。その後、腎臓摘出が行われた。

 今回の問題点として、コーディネーターのコーディネートが不完全で主治医が安心して任せられない事、死体腎移植では法律の規定がなく主治医の判断が非難にさらされる可能性がある事、その判断の中で特に腎臓保護の目的で出血性疾患にヘパリンを使用する事、当院でのマニュアルが無く、主治医および脳神経外科主任の最終判断が求められた事、などを感じた。脳外科医としてはリスクばかりが増えてしまうので出来れば関わりたくない、という心情が全く起こらないとは言い難い。

 脳外科医の移植への意識が低い事が、移植が進まない原因の一つ、という議論があるが、中心的な原因ではなく、脳死に関する社会的合意の問題が中心と考える。脳外科医の意識に関しては、病院の(脳外科医への保護も目的の1つとする)きちんとしたシステム(主治医は臨床的脳死判断を行い、あとは治療に専念;主治医がコーディネーターに連絡しさえすれば、移植関連は主治医の関与の範囲外できちんと進んでいくようなシステム)が構築されれば、また出来れば国の法規定が行われれば、脳外科医のストレスが少なくなり、移植医療推進に多少の影響を及ぼすのではないかと考える。

 

当Web注:摘出する臓器に血液が凝固していては、移植しても機能しないばかりでなく、臓器に付着した血液の固まり=血栓が、レシピエントの血管を詰まらせて即死させる。このため臓器摘出前に、血液を固まらせないための薬剤ヘパリンが投与される。血液を固まらせないための薬剤なので、出血性疾患の患者には再出血させて死亡させる危険性があ り、出血性疾患の患者には投与してはならないことになっている。ヘパリンの副作用として、不整脈を引き起こす危険もある。
 ドナーの心停止後にヘパリンを投与する場合は、ヘパリンを全身に行きわたらせるために心臓マッサージが行われる。「心停止の実体が無くなり、心停止による死亡宣告が無効になる法的問題」「血液循環により内的意識が回復し、生体解剖となる倫理的問題」「心臓マッサージが静脈圧を上昇させて、くも膜下出血を発症させる可能性」などが指摘されている。

 日本臓器移植ネットワークのドナー候補者家族に対する説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと」http://www.jotnw.or.jp/studying/pdf/setsumei.pdf は以下のとおり、ヘパリンの投与が血液凝固を阻止する目的であることは説明しているが、ドナーに不利益となることは一切記載していない。

6.心臓が停止した死後の腎臓提供について
(1)術前処置(カテーテルの挿入とヘパリンの注入)について
@ カテーテルの挿入
心臓が停止した死後、腎臓に血液が流れない状態が続くと腎臓の機能は急激に悪化し、ご提供いただいても、移植ができなくなる場合があります。
そこで、脳死状態と診断された後、心臓が停止する前に大腿動脈および静脈(足のつけねの動脈と静脈)にカテーテルを留置しておき、心臓が停止した死後すぐに、このカテーテルから薬液を注入し、腎臓を内部から冷やすことにより、その機能を保護することが可能となります。
ご家族の承諾がいただければ、この処置をさせていただきます。なお、この処置は、心臓が停止する時期が近いと思われる時点で、主治医、摘出を行う医師、コーディネーター間で判断し、ご家族にお伝えした後に行います。処置に要する時間は通常1時間半程度です。
Aヘパリンの注入
心臓が停止し、血液の流れが止まってしまうと腎臓の中で血液が固まってしまい、移植ができなくなる場合があります。そのため、脳死状態と診断された後、心臓が停止する直前にヘパリンという薬剤を注入して血液が回まることを防ぎます。

 過去のすべての臓器提供例における家族の承諾が、不正確な説明に誘導された無効な承諾と推測される。

 


20061024

法的「脳死」臓器移植レシピエントの死亡は累計29人

 2006年3月21日、法的脳死判定43例目ドナーからの両肺移植を京都大学医学部付属病院で受けた30代女性患者は、移植手術中の医療過誤により全脳虚血となり、集中治療室で治療を続けていたが、10月24日午後11時58分に死亡した。法的脳死判定手続下の臓器移植でレシピエントの死亡が判明したのは29例目。

 女性は肺リンパ脈管筋腫症で兵庫県尼崎市在住、京大付属病院としては5例目の脳死肺移植手術として行われた。しかし、移植手術後に女性の意識が戻ることはなかった。

 病院側は5月2日、女性が意識不明になったことを公表し、外部の専門医を含む12人による事例調査委員会(委員長、安達秀雄・自治医大教授)を設置し調査した。10月12日に公表された報告書によると、患者の心臓と肺を流れる血液をすべて体外の人工心肺装置で循環させるはずだったが、一部の血液が体内に残った状態で、患者の人工呼吸器を止めていた。このため約30分間、体内に残った血液が、病気になっている肺で酸素の供給を受けられないまま循環した。また、人工心肺から体に新鮮な血液を戻す「送血管」が、脳に血液を送る大動脈の分岐点より下流に刺されていたため、脳に酸素不足の血液が多く流入し、虚血状態を招いた可能性がある。また、「手術の終盤に原因不明の血圧低下が100分間継続」「低血圧状態で、約34度に維持していた体温を元の約36度に戻したため脳に必要な酸素量が増加」などの要因が重なった。この事態が起きた時間帯に、肺切除を担当する呼吸器外科の執刀医を除いて、心臓血管外科医や麻酔科医が手術室を離れ、患者の全身管理をする責任者が2時間45分も不在だった。

 同病院は、5月2日の公表以降、脳死、生体ともに再発防止を徹底するまで肺移植手術は再開しない方針だ。

 臓器別の法的「脳死」移植レシピエントの死亡年月日、レシピエントの年齢(主に移植時)←提供者(年月)、臓器(移植施設名)は以下のとおり。

  1. 2005年 3月 7日 50代男性←bP2ドナー(20010121)  心臓(国立循環器病センター)

  2. 2005年 3月21日 40代男性←bR2ドナー(20041120)  心臓(大阪大)
     

  3. 2002年 2月 3日 43歳男性←bP1ドナー(20010108)  右肺(東北大)

  4. 2002年 3月20日 46歳女性←bP6ドナー(20010726)  右肺(大阪大)

  5. 2002年 6月10日 38歳女性←a@5ドナー(20000329)  右肺(東北大)

  6. 2002年12月 5日 20代女性←bQ2ドナー(20021110)  両肺(岡山大)

  7. 2004年 6月 7日 50代男性←bR0ドナー(20040520)  両肺(東北大)

  8. 2005年 3月10日 50代男性←bR6ドナー(20050310)  両肺(京都大)

  9. 2006年 5月初旬  40代男性←bP9ドナー(20040102)  右肺(岡山大)

  10. 2006年 5月27日 40代女性←bS6ドナー(20060526)  両肺(岡山大)

  11. 死亡年月日不明   レシピエント不明←ドナー不明       肺(施設名不明)

  12. 2006年10月24日 30代女性←bS3ドナー(20060321)  両肺(京都大)
     

  13. 2000年11月20日 47歳女性←bP0ドナー(20001105)  肝臓(京都大)

  14. 2001年 5月25日 10代女性←bP4ドナー(20010319)  肝臓(京都大)

  15. 2001年12月11日 20代女性←bP8ドナー(20011103)  肝臓(北大)

  16. 2002年 9月10日 20代男性←bQ1ドナー(20020830)  肝臓(京都大)

  17. 2005年12月26日 50代女性←bS1ドナー(20051126)  肝臓(北海道大)

  18. 死亡年月日不明   20代男性←bQ9ドナー(20040205)  肝臓(大阪大)

  19. 死亡年月日不明   60代男性←bR6ドナー(20050310)  肝臓(京都大)

  20. 死亡年月日不明   40代男性←bQ2ドナー(20021111)  肝臓(北大)
     

  21. 2004年 6月頃   50代女性←bP5ドナー(20010701)  腎臓(東京女子医科大学腎臓総合医療センター)

  22. 死亡年月日不明   50代男性←a@5ドナー(20000329)  腎臓(千葉大)

  23. 死亡年月日不明   30代男性←bP4ドナー(20010319)  腎臓(大阪医科大)

  24. 死亡年月日不明   50代男性←bP6ドナー(20010726)  腎臓(奈良県立医科大)

  25. 死亡年月日不明   50代男性←a@2ドナー(19990512)  腎臓(東京大学医科学研究所附属病院)

  26. 死亡年月日不明      女性←bQ6ドナー(20031007)  腎臓(名古屋市立大)

  27. 死亡年月日不明   50代男性←bR6ドナー(20050310)  腎臓(国立病院機構千葉東病院)

  28. 死亡年月日不明   レシピエント不明←ドナー不明     腎臓(施設名不明)
     

  29. 2001年9月11日   7歳女児←bP2ドナー(20010121)  小腸(京都大)

 

 

 


20061022

死後6時間以内に新鮮遺体から脳組織採取 札幌医科大学

 2006年10月22日、第1回ブレインバンクシンポジウムが福島ホテル辰巳屋において開催された。以下は福島医学雑誌57巻1号p68〜p71より。

 福島医大医学部・神経精神医学の丹羽 真一氏は「福島県に精神疾患研究のための死後脳バンクを構築しはじめたところである。収集された死後脳はまだ23に過ぎないし、すべて統合失調症患者であり、健常対照者脳の収集は困難である。現状では他国のバンクから健常者脳の提供を受けて研究を進めている」と述べた。

 札幌医科大学医学部・神経神経精神医学の橋本 恵理氏らは、「近年、札幌医科大学医学部解剖学講座の指導および篤志献体グループの協力のもとに死後できるだけ早期(6時間以内を目安として)新鮮遺体からの脳組織の提供を受ける試みが行われ、これまでの死後脳研究における技術的問題の改善のみならず、神経幹細胞の応用の可能性など、今後の精神神経疾患の病態研究に新たな展望が開けた」。横浜市立大学医学部・法医学の西村 明儒氏は「従来、法医学分野では、解剖の承諾すなわち研究利用の承諾と認識していたが、現在は、解剖の承諾で行えるのは死因解明目的の検査までであり、研究使用の場合は、原則として承諾を取り直す必要があるとされている」と述べ、海外の関連法制度、ブレインバンクの動きを紹介した。

 

 2007年7月5日付のメディカルトリビューンは、高齢者在宅支援総合救急病院と東京都老人総合研究所が共同で設立した高齢者ブレインバンクが、脳組織標本・ブロック約7,000例、DNA保存約1,800例、半脳保存約570例を蓄積していること。国立精神・神経センター武蔵野病院が生前同意登録制ブレインバンクのシステムを構築、献脳生前同意登録は2007年4月に開始したことを報道した。

 


20061001

「脳死」は生物としての死には関係ないのです!
現代思想 脳はいかなる存在か 片山容一氏

 現代思想(青土社)10月号は“脳科学の未来”を特集、p53〜p71に「脳はいかなる存在か」が掲載された。これは脳神経外科学が専門の片山 容一氏に、科学史・生命倫理学の小松 美彦氏がインタビューしたもの。以下は「脳死」関連の主な応答の要旨。

p58
小松:脳は身体の生存機能に関していかなる役割を有しているのでしょうか。血流そのものと血流を介した脳ホルモン系が生存にとって第一義ということでしょうか。

片山:私もそう思います。体の生命体としての有機的統合性は、脳がなくても十分に維持されます。神経系は、それに環境へのかなり速い反応を付け加えています。これがあってもなくても、有機的統合性は維持されるわけですが、より生存に有利になることは間違いないですね。そのために神経系が発達したのだと思います。

小松:従来の脳死を死の基準とする論理というのは完全に破綻していることを、私なりに改めて確認できたのですが、それについてはどう思われますか。

片山:脳死は、脳という臓器が死んでいるという意味なのですが、生物として死んでいるという意味に取り違えられているのです。「死」という漢字が入っていますからね。しかし、最初は、生物として死んだとは誰も言っていなかったと思います。脳死を表現するのに、超昏睡という言葉も使用されていました。昏睡というのは意識がないという意味であって、死んでいるという意味ではありません。
 ところがいつの間にか、「死」という漢字のイメージだけが先走って、死の一つのパターンだと無意識に感じる人が多くなりました。それには脳死体からの臓器移植が始められたという事情も大きく関わっていたと思います。脳死体は、脳死「体」であって、脳「死体」ではありません。生物としての死には関係ないのです。私は、脳死になっても生物としては死んでいないと思います。


p60
小松:「意識不明」という日本語は、元来は「意識があるのかないのか判別できない」という意味であったと思われます。しかし、近年では「意識不明」が「意識なし」と等置され、しかもその根拠は刺激に対する無反応です。つまり刺激に対する無反応が意識がないことに短絡しているように思えます。こうした実情を脳外科医としていかにお考えでしょうか。例えば日大板橋病院においても、救急医学教授の林成之先生によって、脳死が確定した数日後に鼻腔脳波が探知されたケースや、植物状態であるのに意識が存すると思われる症例が報告されています。

片山:それは、私が何年も抱えてきた問題意識と、とてもよく似たご質問です。植物状態もそうなのです。植物状態も反応性がないということを根拠に、意識がないと呼んでいるのです。脳死も同じです。私たちは意識を反応性として評価してきたのですね。これは実は仕方のないことだったのです。私たちにとって観察可能なのは反応性だけですから。ところが、この反応性と、私たち自身が経験している意識とは、必ずしも重なりません。その重ならないことをどう解釈すればよいのかが、解決できない問題としてずっと残っているのです。私は反応性では表せない意識があると思っています。なぜかというと、私たちは反応性ではない意識を毎日経験しているからです。それは夢です。


p66
小松:一般的には意識の中枢は脳であるといわれるわけですけれども、情動の中枢は身体のこれこれの部分だとか、そういうお考えはお持ちですか。

片山:おそらく体の中のあちこちを動き回っているのだと思います。重心が動き回っている、という表現が正しい気がします。幻視痛という現象は、幻とはいえ体があるということからスタートしている。おそらく正常の人でも、全ての意識のレヴェルの知覚や情動は、体があるからこそ生まれるのだと思っています。

小松:そうしますと、ある感覚や機能に関係しているけれども、そこが中枢になってトップダウン式に命令を下しているとは限らないということですね。

片山:それは逆です。体があるからこそホムンクルス(脳機能地図)ができるのです。脳が体に合わせているのであって、体が脳に合わせているということではないと思います。


p69
小松:先生はより科学的に厳密な脳死判定基準を設ける必要性をお考えでしょうか。

片山:脳死が死だと言おうとすると、ここでいくつかのレヴェルの死の議論をしなければいけません。一つは「生物としての死」です。この生物としての死という論理が、今は破綻したことは明らかです。次に出てきたのは、人間として成り立っていないじゃないかという意味の、「人間としての死」という議論です。人間としての死は個人的な見解に任せるしかないのです。ですからそんなものに基準を決められるわけはない。たとえ脳死判定基準を作ることができても、それを死の基準にすることはできないと思います。それで考え出したのが「規範としての死」です。規範としての死を、本当はわからないけれども、みんなで相談して大方の納得のできるところに決めてしまおうというわけです。こんなことを議論して決められるのかどうかはわからないのですが、法律家は決められるそうです(笑)。私は多様性を認める以上は決められないと思います。

p70
小松:脳死判定基準そのものについてはいかがですか。人の個体の死ということと分けて、脳の機能停止の基準ですが。

片山:脳という臓器の死が不可避であるということと、脳の機能停止とには、密接な関係があることは否定しませんが、どこでこの2つが合流するのかには、どうしてもあやふやさが払拭できない。そこに問題があると思います。正確な脳死判定基準とは何かと言えば、脳が溶けたことを確認することです。これは、現在の脳画像による診断技術をもってすれば、剖検しなくても可能なことです。しかし、今の脳死判定基準についての議論は、それまで待てないということでしょう。もっとフレッシュな体が欲しいということのようです。

 

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ホーム ] 総目次 ] 脳死判定廃止論 ] 臓器摘出時に脳死ではないことが判ったケース ] 臓器摘出時の麻酔管理例 ] 人工呼吸の停止後に脳死ではないことが判ったケース ] 小児脳死判定後の脳死否定例 ] 脊髄反射?それとも脳死ではない? ] 脊髄反射でも問題は解決しない ] 視床下部機能例を脳死とする危険 ] 間脳を検査しない脳死判定、ヒトの死は理論的に誤り ] 脳死判定5日後に鼻腔脳波 ] 頭皮上脳波は判定に役立たない ] 「脳死」例の剖検所見 ] 脳死判定をしてはいけない患者 ] 炭酸ガス刺激だけの無呼吸テスト ] 脳死作成法としての無呼吸テスト ] 補助検査のウソ、ホント ] 自殺企図ドナー ] 生命維持装置停止時の断末魔、死ななかった患者たち ] 脳死になる前から始められたドナー管理 ] 脳死前提の人体実験 ] 脳波がある脳幹死、重症脳幹障害患者 ] 脳波がある無脳児ドナー ] 遷延性脳死・社会的脳死 ] 死者の出産!死人が生まれる? ] 医師・医療スタッフの脳死・移植に対する態度 ] 有権者の脳死認識、臓器移植法の基盤が崩壊した ] 「脳死概念の崩壊」に替わる、「社会の規律として強要される与死(よし)」の登場 ] 「脳死」小児からの臓器摘出例 ] 「心停止後」と偽った「脳死」臓器摘出(成人例) ] 「心停止後臓器提供」の終焉 ] 臓器移植を推進する医学的根拠は少ない ] 組織摘出も法的規制が必要 ] レシピエント指定移植 ] 非血縁生体間移植 倫理無き「倫理指針」改定 ] 医療経済と脳死・臓器移植 ] 遷延性意識障害からの回復例(2010年代) ] 意識不明とされていた時期に意識があったケース ] 安楽死or尊厳死or医療放棄死 ] 終末期医療費 ] 救急医療における終末期医療のあり方に関するガイドライン(案)への意見 ] 死体・臨死患者の各種利用 ] News ] 「季刊 福祉労働」 127号参考文献 ] 「世界」・2004年12月号参考文献 ]