村瀬:脳死状態でカテーテル挿入は、脳死を認めているのと同じこと
石橋:家族と主治医と移植医が了解できる、ひとつの形になっている
太田:脳死は個体死であるという立場からスタートしていることが前提
雨宮:脳死を経過したか否かは、心停止になり循環がなくなれば同じ
太田:脳死判定の開始を急ぐと問題が起こる、薬物を切り48時間観察
太田:20%は脳死で腎臓摘出、ほとんどは家族の希望で行われている
1990年8月31日から9月2日まで、第89回日本医学会シンポジウムが臓器移植をテーマに開催された。
心臓拍動下における開腹・臓器摘出、あるいは脳死判定後に移植用臓器獲得目的のカテーテル挿入など、法的環境が整わないまま脳死臓器摘出が行なわれていることについての意見交換も行われた。以下は、日本医師会雑誌106巻4号より、注目される発言部分。
腎移植の現状 質疑応答(p478〜p480)
村瀬(日本医師会) 脳死状態になってから、バルーンカテーテルを入れますが、それはドナーにとってプラスになるのですか、マイナスになるのですか。
石橋(大阪大学医学部泌尿器科講師) 通常腎臓提供の承諾が得られる段階というのは、脳死になってかなり時間がたって、主治医の先生からのお話で家族が承諾するという状況があります。かなり時間がたっているということが、ひとつの事実としてあるわけです。腎臓移植する側にとってはカテーテルの処置が重要になります。といいますのは、レスピレーターを停止して心停止なりますが、その間に阻血という問題がひとつあります。心停止になりますと、家族の方がもう一度面会します。それから手術室に移すまでに、患者さんの輸液などの点摘を抜去するなど、10〜15分くらいかかります。その間の阻血というのは非常に大ぎな問題になります。阻血をできるだけ最少限にしたいということで、ダブルバルーンを留置して、心停止直後に腎の局所潅流を開始しています。それは主治医と家族が了解されたものです。
村瀬 私が質問しましたのは、もし脳死でバルーンカテーテルを入れる操作を行うことが、ドナーにとってプラスにならないのであれば、結果的には脳死を認めているのと同じことではないのか、それなのになぜ今大学の倫理委員会では脳死の問題でごたごたしているのかという疑問をもったわげです。
石橋 ある一定の脳死になってからの医療というものが、治療方針としてあるのでは、と思うのです。そして主治医の先生と家族が先ほどの処置を受け入れるということが前提になります。無理に行うことは家族も主治医も納得で
きないということがありますので、お互いが了解できる、あるひとつの形がこのようになっていると理解していただきたいと思います。
太田(千里救命救急センター) 今のお話は重要な問題を含んでいると思うのです。まず私たちの側から申しますと、脳死は個体死であるという立場をとっています。ですからこれは死体にとってブラスかマイナスか、という議論しか残らないわ
けです。患者としてのプラス、マイナスというのはすでにないのです。ですから、その点については弁護士さんのご意見は違うかも知れませんが、あくまで脳死は個体死であるとい
う立場からスタートしていることが前提です。それから冷却を始めますが、それにつぎましても、ご家;族というのは脳死を容認して臓器提供を希望されるか、あるいは承諾されますので、そのときに、これこれのスケジュールで腎摘出をいたしますと申します。ですからご家族も脳死が個体死であるということを認めていますので、カテーテルを入れる段階から摘出に至るまで、すべてを飲み込んだうえでの承諾であるということを申しあげて、承諾書をいただいております。
雨宮(国立循環器病センター) 今のご議論ですが、実は私どもの倫理委員会でもそういう議論をいただぎました。村瀬先生とまったく同じように、ダブルバルーンカテーテルを入れるのであれば、それは脳死で移植を認めたのと同じではないかというご議論をいただぎました。そのときに私が申しあげた返事というのは、私どもの死体腎移植は、心停止後に臓器をもらうということであって、停止前に脳死状態を経過したか否かは、一度心停止になって循環がなくなれば同じことである、ダブルバルーンカテーテルを入れることは、脳死や心停止にまったく関係のないことであって、場合によってはダブルバルーンは心停止後に膨らませているわけですが、場合によっては心停止前に患者の状態を維持するために、これは家族の依頼によるわけですが、前に補液をする必要があれば、そこから入れることもした、という説明をしました。しかし私どもの倫理委員会の弁護士ご出身の委員は、これは脳死を認めているのと同じではないかとおっしゃいました。しかしその後の心臓移植の議論のときに、脳死は個体死であるという声明を出してくれました。
臓器移植システム 総合討論(p559〜568)
司会(太田宗夫) 先ほどの問題ですが、脳死の診断基準について、厚生省の基準が妥当かどうかということが非常に議論になりまして、それに前後して、各大学あるいは個人が自分の判定基準というものを作って発表してきました。そのために非常に混乱を招いたと思いますし、またその混乱が加速されているような場面もありまして、私たち自身もそれに対して、今まであまりコメントをしてきませんでした。しかしことここに至りますと、やはりひとつの見解も必要だと思います。
最近皆さんと話し合っているなかでは、やはり厚生省基準は妥当であろうということなのです。いろいろなケースを細かく分析していきますと、結局は厚生省基準が妥当であろうということになりました。ご質問の後のほうの問題ですが、なぜこのような事例が提出されたのかということで、実は個々に分析をしてみたわけです。そのなかに3つの事例がありまして、ひとつは、患者の瞳孔が動いたと書いてあります。これはどういう意味かよくわかりませんが、おそらく眼球が動いたということではないかと思うのです。もうひとつは、レスピレーターを外した後に、また自発呼吸が起こったという例があります。この2つは、いずれにしても脳死の判定の開始が早すぎたと私は思います。
そのことについても実は最近話し合っておりまして、脳死の判定の開始をあまり急いでは、こういう問題が起こってくるであろうということを皆が認識してきました。事実われわれも、脳死が発生したであろうという時点から、大体48時間くらいは、まずbarbiturate
を切らないといけないわけです。barbiturate
がゼロレベルに達するまでに、やはり48時間くらい余裕をみています。それからが、少なくとも脳死の判定の開始をするか否かを検討する時点になるわけです。そこでまず観察が非常に重要で、観察の間隔が長いと問題が起こります。最低1時間くらいの間隔で観察をするということが最低条件です。それが48時間くらいの間に、もしある人が対光反射は(±)であるという記載をしたとすれば、判定の開始はいたしません。非常に細かい間隔で観察をしていて、48時間くらいの間に、誰もが瞳孔4mm以上の記録をしていたという場合、これはもちろん看護婦も含めてですが、それがまず判定の開始になるわけです。レスピレーターを外したのちに自発呼吸が始まったということは、これは往々にしてあることです。レスピレーターをセットしますと、人間の呼吸を消してしまうことがでぎますので、これは明らかに無呼吸テストの矢敗であると思います。
(中略)
太田和夫 私のこの前の報告のなかで申しました、脳死での摘出が20%前後あるということですが、これが実は一部のマスコミに、「脳死が認められていないのに20%も脳死で摘出されているとはとんでもないことだ」といわれたことがありました。これは大体がご家族の希望で行われているのが現実です。太田宗夫先生のお話にもありましたが、臓器を提供するときの家族の気持ちとして、たとえぱ夫を亡くした妻の立場から夫の体の一部がどこかで生きているということを、自分の心の拠りどころにしたいので、ぜひ成功させてほしい、そのためには脳死のほうが成功率が高いというのであれば、ぜひそれでお願いしたいという気持ちを受けて移植を行っているのだということを、ちょっとつけ加えさせていただきたいと思います。
司会(阿部) 脳死が認められていないのに、なぜ脳死の人から腎臓を取ったかといわれることがある、しかしそれはこういう理由だというお話でした。(後略)
当Web注
- 雨宮そして太田和夫は、ドナー候補者家族の承諾を得たことを、「移植用臓器獲得目的のダブルバルーンカテーテル
挿入」や「心臓拍動下における開腹・臓器摘出」を正当化する唯一の根拠としているが、新潟県庁職員からの生体2腎摘出は、承諾は得られていないケースと見込まれる。
日本臓器移植ネットワーク発足後も、ドナー候補者家族に抗血液凝固剤ヘパリンの侵襲性を説明しない文書が使われており(詳細は第28回群馬移植研究会学術講演会記事参照)、1990年までの当時も適切な説明にもとづく承諾が得られたのか不明だ。
- 太田宗夫の「脳死は個体死
、死体にとってブラスかマイナスか、という議論しか残らない。患者としてのプラス、マイナスというのはすでにない」という態度は、日本臓器移植ネットワークのドナー候補者家族に対する説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと」http://www.jotnw.or.jp/studying/pdf/setsumei.pdfが、抗血液凝固剤ヘパリンの侵襲性を説明しない文書に継承されている。
- 雨宮は「ダブルバルーンカテーテルを入れることは、脳死や心停止にまったく関係のないこと」としたが、ダブルバルーン
カテーテルの挿入は、皮膚・筋肉組織・血管を切開する傷害である。血管内に留置されたカテーテルは血行を阻害し、挿入時に投与される抗血液凝固剤ヘパリンによって外傷や内出血のあるドナー候補者の場合は、再出血して脳不全のさらなる悪化や心停止まで引き起こす可能性がある。いずれも「数日以内に心停止に至る」とされる脳不全患者にとって大きなダメージとなる行為だ。
- 太田宗夫が、脳死判定までに約48時間かけて中枢神経抑制剤barbiturateを
ゼロレベルにするとしているが、守屋は「臨床的脳死状態で塩酸エフェドリンを投与された患者が約72時間後に心停止した。解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍
(3.35μg)の塩酸エフェドリンが大脳(後頭葉)に検出された」と報告している(脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離、日本医事新報、4042、37−42、2001)。
脳死判定対象外の患者に対する脳死判定を太田も行なっていたとみられ、「脳死の判定の開始が早すぎた」という点で、太田らも批判を免れない。
1984年〜1988年5年間の「脳死」臓器摘出は152例以上
太田氏も、カテーテル挿入・急速冷却例を「脳死」として検討
日本移植学会雑誌「移植」第25巻第4号はP457〜P461に、東京女子医大 腎臓病総合医療センターの太田 和夫氏と尊田 和徳氏による「わが国における死体腎提供の現況と問題点 ―調査報告(1984年〜1988年)―」を掲載した。
それによると1984年1月から1988年末までの5年間429例の死体腎摘出のうち、152例(35.4%)が「人工呼吸器をつけたまま摘出、または人工呼吸器を外して直ちに摘出」する「脳死」腎臓摘出だった。
1987年頃から「脳死」でカテーテルをドナーの大腿動・静脈に挿入し心停止後に急速冷却する方法の採用が増加し、「人工呼吸器をつけたまま、または人工呼吸器を外して直ちに摘出する」症例は減少傾向も見られる。このため、太田氏も考案では「脳死」状態でドナーの救命に反するカテーテル挿入した症例も脳死群として検討した。以下は要旨。
調査方法
1988年末までに腎移植を行い、日本移植学会に登録した全施設135病院にアンケート調査用紙を郵送し、全施設から回答を得た。返信のなかった施設は直接電話で調査した。そのほか今回は外国で腎移植を受け日本で術後の管理を行なっている症例についてもあわせて調査している。
結果
集められた情報は、国内での症例に限ると提供者429人、提供腎826個、移植を受けたレシピエント781人。これら以外に米国から移入された28腎、また外国で腎移植を受けた17名についての情報もえられたので必要に応じて付記した。
-
脳死体腎移植、死体腎移植を経験している施設数
生体腎移植のみの経験しかなかった施設は60/135(44.4%)で、残り75/135(55.6%)は死体腎移植の経験をもっていた。これらのうち11施設は他より供給された腎のみの移植にとどまっているため、死体腎の摘出を経験した施設数は64/135(47.4%)となった。これらのうち31/64(48.4%)は脳死での腎摘出を経験している。
-
症例数の推移
提供された腎の数は854個(年平均170.8個)。うち28個が米国より移入された。摘出された腎のうち5.3%にあたる45腎が移植されずに処分されているが、それらのうち情報が得られた36例中腎に病変のあったものが41.7%、摘出の遅れ・還流不良など不適当と判断されたもの30.6%。腎損傷があったもの11.1%と医学的理由が大部分を占め、適当なレシピエントがいないなどの理由で処分されたものは、わずか1腎に過ぎなかった。
当Webページ注1、各年別の死体腎移植症例数は後年の日本移植学会の統計とは多少異なる。後年の追加報告や2施設からの摘出チームが関係したことによる重複回答が影響している。ドナー総数の数字が下記の3,4,6で異なるが、これは記載の得られた症例を分母とするためで原文のままである。
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提供の承諾が得られた時期
腎提供の承諾は397例のうち372例(93.7%)において心停止前にえられている。
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腎提供の経緯
記載がえられた425例のうち主治医の依頼が59.6%、家族の申し出が32.7%、移植医の依頼が4.2%であり、本人の意思はドナーカード、および生前の意志の両者をあわせて15例(3.5%)となっている。
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腎摘出の時期
呼吸器をつけたままが85例(19.8%)、外して無呼吸を確認後が67例(15.6%)を脳死段階における摘出考えれば両者の合計は35.4%となり、1/3以上の症例が脳死で臓器の摘出を受けていることになる。なおベンチレータをつけたままの摘出は1987年14例(15.7%)、1988年は16例(15.5%)とやや比率が低くなっている。
当Webページ注
-
深尾 立(労働者健康福祉機構千葉労災病院院長):岩崎洋治先生と肝移植、日本肝移植研究会25周年寄稿集「肝移植四半世紀の歩み」、96、2009は、1981年から1984年までの状況として「日本の移植現場では、脳死者から腎提供されることもあったが、腎摘出後、心停止してから死亡宣告し、死亡診断書を書くような理論的整合性がとれない状況があった」と書いている。
-
下記は前回調査と合わせて掲載している。1984年の記載が、前回調査(太田 和夫:わが国における死体腎提供の現況と問題点、移植、21(2)、152−158、1986)と今回の調査では異なるが原文のまま
。
腎臓の摘出時期とベンチレータ
|
|
総数 |
つけたまま |
外して直ちに |
外して
心停止をまち |
つけたまま
心停止をまち |
つけないで
心停止をまち |
1980 |
29(100.0%) |
1( 3.4%) |
1( 3.4%) |
16(55.2%) |
11(37.9%) |
0( 0.0%) |
1981 |
47(100.0%) |
13(27.7%) |
5(10.6%) |
17(36.2%) |
12(25.5%) |
0( 0.0%) |
1982 |
60(100.0%) |
13(21.7%) |
6(10.0%) |
25(41.7%) |
15(25.0%) |
1( 1.7%) |
1983 |
71(100.0%) |
17(23.9%) |
4( 5.6%) |
33(46.5%) |
16(22.5%) |
1( 1.4%) |
1984 |
86(100.0%) |
28(32.6%) |
4( 4.7%) |
25(29.1%) |
28(32.6%) |
1( 1.2%) |
1985
1〜3月 |
21(100.0%) |
3(14.3%) |
1( 4.8%) |
6(28.6%) |
10(47.6%) |
1( 4.8%) |
1980年〜
1985年3月
|
314(100.0%)
|
75(23.9%)
|
21( 6.7%)
|
122(38.9%)
|
92(29.3%)
|
4( 1.3%)
|
1984 |
85(100.0%) |
17(20.0%) |
24(28.8%) |
20(23.5%) |
22(25.9%) |
2( 2.4%) |
1985 |
65(100.0%) |
16(24.6%) |
8(12.3%) |
24(36.9%) |
17(26.2%) |
0( 0.0%) |
1986 |
87(100.0%) |
22(25.3%) |
10(11.5%) |
31(35.6%) |
22(25.3%) |
2( 2.3%) |
1987 |
89(100.0%) |
14(15.7%) |
12(13.5%) |
24(27.0%) |
36(40.4%) |
3( 3.4%) |
1988 |
103(100.0%) |
16(15.5%) |
13(12.6%) |
34(33.1%) |
31(30.1%) |
9( 8.7%) |
1984年〜
1988年
|
429(100.0%)
|
85(19.8%)
|
67(15.6%)
|
133(31.1%)
|
128(29.8%)
|
16( 3.7%)
|
-
脳死腎と心臓死腎の成績
無機能腎=脳死腎は233/745で対象となった腎の31.3%を占めたが、これらのうちまったく機能を示さなかったものが11個(4.7%)であったのに対し、心臓死で摘出された512個中、無機能腎は48個(9.8%)と無機能腎は心臓死例に有意に多く見られた(p<0.05)。
機能廃絶=拒絶反応による機能廃絶は脳死例で43/233(18.5%)、心臓死例で109/512(21.3%)、両者間に有意差は認めなかった。
死亡例=脳死例に22/233(9.4%)、心臓死例に56/512(10.9%)、両者間に有意差は認めなかった。
生着率=脳死例が157/233(67.4%)、心臓死例が299/512(58.4%)、両者間には有意差は認めなかった。
透析から離脱するまでの期間=脳死例で平均4.4日、心臓死例で16.4日。
-
外国での腎移植例
国外で腎移植を受けた症例は17例あり、7施設において術後の経過観察を受けている。米国が9名、中国3名、フィリピン2名、英国・韓国・台湾が各1名。
考案
前回調査と比較して症例数はやや増加の傾向にある。移植に用いられなかった腎が45個あったが医学的理由が中心であり、システム上の問題で移植されなかったのは、適当なレシピエントがえられなかった1腎のみであった。このことは移植医の努力に加え、それぞれの地方における個々のシステムが充分な機能を発揮しているためと推測できる。
臓器提供の了解が心停止後に得られた25例は、おそらく同一施設内で腎摘出チームが常に
on call 態勢にあったため可能になったものと考えられる。
提供の経緯は、前回に比して家族からの申出が増加し、これにドナーカード15例を加えると32.6%が提供者側からの意思ということになる。これに伴って移植医の依頼はほとんどみられなくなっている。
ベンチレータの取扱いについては臓器摘出時期が、ベンチレータをつけたままと外して無呼吸確認後が合計35.4%と、前回調査の30.6%よりも増加している。この2群に脳死でバルーンカテーテルを大腿動脈より挿入し、心停止前後で冷却還流を開始した例を加えて脳死群とし、その他を心臓死群として両者を比較すると、両者間に拒絶反応の発生頻度、死亡者数には有意差を認めないが、腎機能が発現しない症例については、有意差(p<0.05)をもって心臓死群に多いことが判明した。術後透析も有意差(p<0.05)をもって、脳死例では早期離脱が可能であった。
1987年〜1988年にかけては脳死での摘出がやや減少傾向を示しているが、これは脳死でカテーテルを大腿動・静脈内に入れておき心停止後急速に冷却する方法を採用する施設の増加を反映したものといえよう。
おわりに
脳死での臓器提供が望ましく、また徐々にではあるが脳死および臓器提供についての理解が進んできているとの感触を得た。
市立札幌病院 脳死患者に死亡宣告前からカテーテル挿入
死亡宣告時刻と臓器摘出開始時刻が同じ
1990年8月5日、札幌市立札幌病院で脳死判定された61男性から腎臓が摘出されたが、死亡宣告の10分前に臓器摘出目的のカテーテルが挿入され、臓器摘出の開始は死亡宣告時刻と同じだった。
Donor情報 K.S 61歳男性 |
1990.8.5 |
14:10 |
死亡 |
(14:00 |
カテーテル挿入) |
14:10 |
摘出開始 |
15:05 |
摘出終了 |
|
体外灌流開始 |
|
同病院泌尿器科の丹田 勝敏、北原 学、山田 智二、大橋 伸生、そして救急医療部の松原 泉、手戸 一郎ほか市立札幌病院の計22名が連名で市立札幌病院医誌51巻1号p61〜p65(1991年)に発表した「当院における死体腎移植の2例」によると、ドナーは気管支喘息の重積発作による呼吸不全から脳死と診断された。ドナー情報として記載してある時間経過は右記のとおり。
温阻血時間10分で摘出された右腎は1956年11月21日生まれのN.H氏(透析歴7ヵ月)に移植され、左腎は仙台社病院で移植された。
もう1人のドナーは、1989年11月9日の交通事故で脳死と診断された32歳男性K.M氏。事故後18日目の11月27日13時50分死亡、14時13分カテーテル挿入・摘出開始、15時00分に摘出を終了した(温阻血時間10分)。右腎は1957年10月16日生まれのS.S氏(透析歴14年4ヵ月)に移植され、左腎は北楡病院で移植された。
同病院腎移植科の新藤 純理、平野 哲生ほか14名が市立札幌病院医誌55巻1号p17〜p21(1995年)に発表した「死体腎移植10例の経験」によると、同病院では1989年から1994年9月までに、10例の死体腎移植を経験した。同病院では死体内で腎臓を冷却する方法として、ダブルバルンカテーテルを挿入する死体内局所腎冷却灌流法を採用している。北海道内の腎臓摘出時の温阻血時間は15分間が2例、10分間が3例、5分間と3分間が各1例。東京からの腎提供2例は、1例が温阻血時間0分、1例が1分。沖縄からの腎提供は1例で温阻血時間は0分だった。
当Web注
-
移植用臓器摘出目的のカテーテル挿入などは、第3者目的の傷害行為になる。
-
市立札幌病院医誌51巻1号には、61歳男性ドナーが死亡する時の詳しい状況=「カテーテル挿入から10分後に死亡宣告された状況」と「死亡宣告と臓器摘出開始が同時刻という状況」は記載されていないが、手術場で人工呼吸を停止したことが考えられる。
-
東京や沖縄からの腎提供で、温阻血時間0分や1分のケースはドナーが生存中の脱血開始や人工心肺を冷却運転しての凍死臓器摘出法が実行されたとみられる。
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北海道内の腎臓提供で温阻血時間が5分間や3分間のケースは、死亡宣告から形式的な間をおいた脱血開始や人工心肺の冷却運転開始の可能性がある。
北里大学病院救命救急センター
交通事故・低血圧患者に脳死判定を強行
2回目の脳死判定時に心停止 臓器摘出
1990年1月27日、交通事故による脳挫傷の20歳男性が北里大学病院救命救急センターに搬送された。入院後血圧は安定していたが1月28日の夜中から100/50と低下し、ドブタミン投与(体重1キロ当たり毎時5マイクログラムから開始、13グラムへ増量)により安定し、その後毎時6マイクログラムに減量したが1月30日夜より再び下降し、ドブタミン毎時20マイクログラム ドーパミン20グラム投与したが血圧は80/50前後と低い状態で経過した。
脳死判定がなされ、家族の腎臓提供の承諾が得られたため2回目の脳死判定を行っている間に突然、心停止がきたため直ちに心臓マッサージを開始し手術室に転送した。右大腿動脈よりダブルバルーンカテーテルを挿入し、ユーロコリンズ液で灌流し開腹し、両側の腎臓を摘出した。臓器摘出は1月31日。
出典:佐藤 光史(北里大学外科):死体腎移植ドナーの大腿動脈灌流法による膵の組織学的検討、低温医学、17(1)、8−11、1991
当Web注:血圧80/50前後における脳死判定は、低血圧のため判定を誤る恐れがある。脳死判定時の心停止は、無呼吸テスト中に発生した可能性もあるが、詳細は記載されていない。
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