八戸市立病院で法的脳死62例目 くも膜下出血の50代女性
手術予定で12:40に入室、22時に脳動脈瘤再破裂で治療断念
判定対象外患者を判定 無呼吸テスト中に血圧低下、2分で終了
2007年年9月27日、八戸市立市民病院に入院中の50歳代女性が法的に脳死と判定され(62例目)、28日に肺、肝臓、腎臓、膵臓、眼球が摘出された。
第62例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002f83t-att/2r9852000002f87c.pdfによると、この50代女性は9月22日8:10、職場で作業中に突然、頭痛を訴え、近医に救急搬送され、頭部CTにてくも膜下出血を認めたため八戸市民病院へ転送。10:33、八戸市立市民病院到着。CT施行、くも膜下出血と脳底動脈瘤が認められた。血管造影検査を行った上で、開頭手術または血管内治療を予定し、入院となった。
12:40、救命救急センターに入室。入室時、意識レベルJCS100〜200、血圧132/62mmHg、心拍数70回/分であった。
22:00、呼吸が浅表性となったため、頭部CTを施行したところ、迂回槽および脳室内の血腫増大を認め、脳動脈瘤の再破裂と診断した。
22:45、呼吸がCheyne-Stokes様となったため、気管内挿管を行い、SIMVモードにて人工呼吸管理を行った。その際の意識レベルはJCS300、瞳孔両側散大し6mmで固定、対光反射も消失していた。脳動脈瘤再破裂であり、外科的治療適応はないものと考え、対症療法とした。鎮静目的に来院時より9月23日(発症翌日)1:00までミタゾラムを使用した。
9月23日(発症翌日)1:00自発呼吸消失。血圧:78/52、心拍:62回/分。23:00頃、家族より看護師に臓器提供の申し出がある。
9月24日午前、主治医より家族へ予後不良の病状説明があり、臓器提供の意思について確認したところ、家族よりコーディネーターの説明を聞くことの希望があった。
12:00、血圧70台から50台まで低下。血圧70台から50台に低下。O2SAT:90台から80台に低下
12:59、主治医より心停止後腎臓提供の可能性としてネットワーク東日本支部に連絡があった。
13:00以後塩酸ドパミン、ドブタミン、バソプレシンにて収縮期血圧90mmHg以上にコントロールした。脳圧降下剤としてマンニトール、グリセオールを使用した。
18:50頃、主治医よりネットワーク東日本支部に再度連絡があり、家族から本人の書面による意思表示が提示されたとのこと。
20:30、ネットワークのコーディネーター2名が病院に到着し、患者は蘇生不能で終末期の状態にあるものの、臨床的脳死状態ではないことが確認されたため、
21:00、家族(長女、次女、姉)に心停止後臓器提供について説明し、家族の総意であることを確認した上で、
22:30、心停止後腎臓・眼球提供の承諾をいただいた(9月26日のネットワークコーディネーターとの面談時に、家族は「最初は院内の臓器提供のポスターを見て、家族で相談し心停止後の臓器提供を決断した。その後、本人の健康保険証を確認したところ、意思表示シールを貼っていて臓器提供の意思があることを知った。本人はそのような生き方をしている人だったので、本人の意思を活かしてあげたい」と話した)。
検証会議報告書は、初期診断・治療に関する評価を「施設により提供された検証資料やCT等の画像を踏まえ、検証した結果、本事例については、適切な診断がなされ、全身管理を中心とする治療も妥当であった」としている。
臨床的脳死診断開始時の血圧は85/45mmHg。臨床的脳死判定の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価は、臨床的脳死診断前の状態について「ミタゾラム中止後56時間が経過しており、脳死判定に影響はないと判断した」。
法的脳死判定の無呼吸テスト時の血圧等の経過は以下のとおり。
第1回脳死判定 |
|
開始前 |
2分後 |
4分後 |
人工呼吸再開後 |
PaO2 (mmHg) |
40.5 |
58.4 |
64.3 |
|
PaO2
(mmHg) |
248 |
99.4 |
52.8 |
|
血圧 (mmHg) |
121/73 |
|
111/42 |
129/78 |
SpO2 (%) |
100 |
95.0 |
80.0 |
99.0 |
第2回脳死判定 |
|
開始前 |
2分後 |
人工呼吸再開後 |
PaO2 (mmHg) |
43.3 |
60.5 |
|
PaO2
(mmHg) |
311 |
131 |
|
血圧 (mmHg) |
129/88 |
129/88 |
112/56 |
SpO2 (%) |
99.9 |
98.4 |
92 |
検証会議報告書は「無呼吸テストに関しては、PaO2は一過性に低下しているものの、人工呼吸開始後、回復しており、その間、低血圧や不整脈は認めず安全に無呼吸テストを行えたと判断できる。必要とされるPaCO2レベルに達している」とし、「本症例の法的脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行った。方に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はない。以上から本症例を法的脳死と判定したことは妥当である」とした。
ドナーの医学的検査およびレシピエントの選択等において、心臓については、ドナーの医学的理由により候補者が辞退、移植が見送られた。肺については、第5候補者の移植実施施設側が移植を受諾し、右肺の移植が実施された。第1、3候補者は状態安定を理由に辞退した。第2、4候補者はドナーの医学的理由により辞退し、左肺は移植が見送られた。
当Web注
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くも膜下出血と脳底動脈瘤を認め、開頭手術または血管内治療を予定して12:40に救命救急センターに入室したものの、即座に開頭手術または血管内治療が施行されなかったため22:00に脳動脈瘤の再破裂になった可能性がある。しかし、検証会議報告書には、治療が遅れた理由の記載がなく、治療が妥当との判断理由も説明していない。
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法的脳死判定マニュアルは脳死判定の前提条件を収縮期血圧90mmHg以上としており、臨床的脳死診断開始時の血圧は85/45mmHgは、これを下回る。
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脳不全の悪化する過程で中枢神経抑制剤が投与されており、脳組織内に中枢神経抑制剤が留まっていた可能性がある。単に「中止後56時間が経過しており、脳死判定に影響はないと判断」できる根拠はない。
池友会小文字病院・脳神経外科 出血性疾患患者にヘパリン投与
血が固まらない、不整脈の副作用ある抗血栓剤を6〜8時間おきに
臨終宣言後の心臓マッサージ 家族が非常に奇異に思った
非昏睡患者もドナー候補 「心停止後」と称し生前カニュレーション
脳神経外科ジャーナル16巻9号はp706〜p710に池友会小文字病院・脳神経外科の吉開 俊一氏、増田 勉氏による「心停止後腎臓移植ドナー10例の解析と献腎の実際」を掲載した。インターネットでも目次ページhttp://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN10380506/ISS0000409148_jp.htmlにおいてPDFファイルを公開している。
2003年から2006年6月までに男性6例(28〜61歳)、女性(53〜75歳)4例の献腎症例を経験した。原疾患は外傷4例、クモ膜下出血4例、脳内出血1例、脳塞栓1例。臓器提供意思表示カードの提出は1例のみ。この他、臓器提供の承諾を得た2例は植物状態に移行し、1例はHTLA陽性が判明し提供できなかった。
脳死に至らず死亡する経過が予想された場合、JCS200〜300の昏睡状態で、かつ両側瞳孔散大・角膜反射消失の時点でドナーカード所持の有無あるいは献腎の意思の有無を尋ねた。脳死状態にて大腿動静脈よりダブルバルーンカテーテルを挿入し、腎臓を冷却灌流と脱血する準備をした。また、ヘパリン3,000単位を6〜8時間ごとに経静脈投与した。非脳死状態ではダブルバルーンカテーテルの挿入は行わず、心停止直前あるいは直後にヘパリン3,000〜5,000単位を経静脈投与し心臓マッサージをした。
64歳女性は重症交通外傷例だったが自発呼吸が十分残っており、最終的には人工呼吸器を用いず自然経過で死亡した。ダブルバルーンカテーテルを挿入できず、また心停止後にヘパリンを投与したが、至急、検死に移ったため心臓マッサージによる血流抗凝固処置が不十分であった。さらに検死により温阻血時間が13分と長くなり、移植に適さず焼却処理された。
p708の表2では、死亡日の呼吸補助について8例が人工呼吸、1例がネットワーク医師の来院までアンビューを行ったことを記載している。p709では、ヘパリン投与について「脳死状態を経ない(マーストリヒト)カテゴリー3症例にもヘパリン投与が望まれる。この場合、臨終宣言後に行う心臓マッサージが、家族には非常に奇異に映る行為である」としている。
当Web注
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血液を凝固させないための薬剤ヘパリンは、外傷患者や脳内出血患者に投与すると致死的状態に陥らせる可能性があるため、原則的に投与しない。またヘパリンそのものに不整脈を起こす副作用がある。群馬大医学部付属病院の脳外科医も出血性疾患患者へのヘパリン投与の問題を指摘している。ヘパリンの副作用について、池友会小文字病院の脳神経外科医がどのように説明したのかは、論文に記載されていない。
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臨終宣言後に行う心臓マッサージについて、家族は非常に奇異に感じている。実際に心臓マッサージは蘇生処置であり、臓器ドナーは三徴候死の状態ではなくなっている。心停止後の呼吸補助も、三徴候死ではない状態にしていることになる。
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p708の表2では温阻血時間(WIT)は1分〜13である。心臓マッサージなどによって三徴候死ではなかった患者は、臨終宣言後1〜13分後に脱血されて死亡が確定したことになる。
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吉開医師らは「今日の移植」20巻4号で、ドナー管理も行ったことを報告している。臓器摘出目的のドナー管理、カテーテル挿入、ヘパリン投与、心臓マッサージ、人工呼吸器または手動による換気ともに、臓器ドナーの生前の同意意思表示と法的脳死判定手続き下で行わないと違法行為の可能性が高い。脳死前提の臓器摘出であり、「心停止ドナー」等の表現は不適切である。
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吉開俊一(池友会小文字病院脳神経外科、院内移植コーディネーター)、山本 小奈実(同院内移植コーディネーター、同集中治療部看護師)、岩田 誠司(福岡県移植コーディネーター)、飼野 千恵美(同院内移植コーディネーター、同集中治療部看護師)、土方 保和(同脳神経外科):死戦期の不良条件にもかかわらず移植腎機能良好であった心停止下腎提供2症例の解析 心停止下腎提供マニュアルに関する提供施設よりの提言、移植、42(4)、359−362、2007は、クモ膜下出血の57歳女性への生前ヘパリン投与し、生前のカニュレーションは行わずに温阻血時間7分の両腎摘出を、またクモ膜下出血の53歳女性には生前ヘパリン投与と生前カニュレーションを行い温阻血時間5分の両腎摘出を報告している。
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法的脳死判定17例目においても、新潟市民病院により脳死判定基準を満たさない状態で臓器提供意思を尋ねられ昇圧剤投与がなされた。
米国人の脳死に関する知識 17%が「心臓は止まっている」
49%が「自分で呼吸できる」、66%が「回復の可能性がない」
岡山大学大学院の池口 豪泉氏(医歯薬学総合研究科法医学)は、日本人371名、米国人41名に脳死・臓器移植に関する意識調査を行い、その結果を岡山医学会雑誌119巻2号p153〜p163に「臓器提供における態度と意識に関わる諸因子の構造解析 日米間の比較を通して」を発表した。
質問文 |
回答項目 |
日本人 |
米国人 |
問6 脳死というのは心臓はどうなっていますか。 |
正解 1.動いている
2.止まっている
3.わからない |
87%
6.3%
6.8% |
73.2%
17.1%
9.8% |
問7 脳死のとき自分で呼吸ができますか。 |
1.できる
正解 2.できない
3.わからない |
18.6%
69.7%
11.7% |
48.8%
36.6%
14.6% |
問8 脳死になったとき回復の可能性がありますか。 |
1.ある
正解 2.ない
3.わからない |
16.5%
47.7%
35.8% |
17.1%
65.9%
17.1% |
問9 脳死のとき意識はどうなっていますか。 |
1.意識がある
正解 2.意識がない
3.わからない |
4.6%
77%
18.4% |
2.4%
68.3%
29.3% |
問10 脳死のとき血圧は維持できますか。 |
1.維持できる
正解 2.維持できない
3.わからない |
21%
52.9%
26.2% |
56.1%
17.1%
26.8% |
問11 脳死のとき瞳孔はどうなっていますか。 |
正解 1.開いたままである
2.それまでと同じ
3.わからない |
43.3%
20.3%
36.4% |
36.6%
14.6%
48.8% |
問12 脳死のとき脳波はどうなっていますか。 |
正解 1.平坦である
2.起伏がある
3.わからない |
60.9%
7.7%
31.4% |
68.3%
0%
31.7% |
調査対象は、日米両国に本支社を持つ前臨床試験受託全般の新日本科学とSNBL USA,Ltdの従業者およびその家族。日本国内の質問票回収率は58.8%、米国では30.4%。日本人の回答者は会社員が245名(66.4%)だが、19歳以下9名、80歳以上2名など家族の回答者も多い。米国人の回答者は33名(80.5%)が会社員、年齢も20代から60代までに収まっている。米国人の回答者数が少ないことは否めないが、池口氏はギャロップ世論調査等から「一般的な米国人の意識を反映していると推測できる」としている。
35の質問項目を設けた。脳死に関する知識を問う質問への回答は左記のとおり。
池口氏は、この調査で以下の知見を得たと結論している(要約)。
1、質問票のほとんどの項目で日米間に有意差を認められた。なかでも提供相手による提供意思の相違や、遺体に対する概念の相違が注目された。
2、脳死に関する知識では日本人のほうが有意にその知識が高かった。しかし、その一方で臓器提供意思は米国人のほうが高かった。
2、ドナーカード所持に至る因果関係の分析では、米国人においては家族に限らず、第三者への移植を容認する意思の強いことが示された。日米間のドナー数や移植実績の相違を生み出す背景要因として、日本人における「臓器移植に対する賛意」と自分が移植の当事者となった場合の意識の相違、また日米間の、霊魂の存在や遺体感など死生観に関わる意識の相違があると考えられた。この推論は、日米の母集団をより強く反映した標本によって再解析をすることや、その標本集団の追跡調査研究によって裏付けられると考えられる。
以上のような構造の違いを考慮した臓器移植論議がわが国では必要である。
当Web注:脳死および臓器摘出・移植について、既存の態度・意識・諸因子の構造を前提とした臓器移植論議ではなく、脳死判定や臓器摘出行為の現実について正しい知識が普及した後の論議が必要であろう。現実の認識が進めば、態度・意識は大幅に変わる。
関西医科大学の池原教授 心臓死・剖検症例から骨髄採取
「脳死、心臓死、剖検症例の骨髄バンク化を期待」と講演
2007年9月1日、京都府下で第18回 The Meeting of liver and
immunologyが開催され、関西医科大学癌治療センター、病理学第一講座の池原 進教授は、「移植と再生の新戦略」を特別講演した。
ミノファーゲン製薬発行のMinophagen Medical
Review、53巻2号p129〜p134によると、池原教授は灌流法による骨髄採取を7例の剖検例(死後5時間〜12時間経過)、1例の心臓死症例(死後5時間)から行った。池原氏は、骨髄内骨髄移植は中国で6歳女児に行ったこと(ドナーは父親)を紹介した後に、「今後、脳死、心臓死、剖検症例から骨髄細胞が採取され、将来、バンク化へと発展することを期待する」と語った。
骨髄細胞のviabilityは60〜95%、死後時間とは必ずしも比例しなかった。
当Web注
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池原教授らは、新しい骨髄採取法として骨髄に生理食塩水を注入しつつ骨髄を採取する「灌流法による骨髄採取」、そして骨髄移植も骨髄内に行う「骨髄内骨髄移植」を研究している(関西医大サイト内の新骨髄移植報道集はhttp://www2.kmu.ac.jp/coe/page/link.html)。
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脳死症例を骨髄ドナーにすることは、骨髄採取目的の長期延命、他の人体実験目的への利用拡大が懸念される。心臓死・剖検症例を骨髄ドナーにすることは、骨髄細胞の新鮮さを目的に、骨髄採取時期の前倒し、骨髄採取効率を上げるために生前からの薬物投与なども懸念される。
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死体からの輸血用血液採取は、北海道大学第一外科は1968年に報告している。
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