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2014年5月25日

植込型補助人工心臓が心臓移植を凌駕する日がくることも夢ではない
移植適応患者以外に補助人工心臓を保険適用し、生産コストを下げよ
米国は6割が移植適応外 東京都健康長寿医療センターの許 俊鋭氏

2014年5月24日 有賀:ドナー候補者家族の心の安寧が臓器提供につながる
本人の臓器提供意思があったら、脳死判定は簡略化したい
   

20140525

植込型補助人工心臓が心臓移植を凌駕する日がくることも夢ではない
移植適応患者以外に補助人工心臓を保険適用し、生産コストを下げよ
米国は6割が移植適応外 東京都健康長寿医療センターの許 俊鋭氏

 

 2014年5月25日付で発行された「日本老年医学会雑誌」51巻3号は、p203−209に許 俊鋭氏(東京都健康長寿医療センター)による「老年医学の展望 高齢者に対する補助人工心臓の応用」を掲載した。以下は主要部分。

  • 米国の補助人工心臓レジストリー(INTERMACS=Interagency Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support)の2013年第一四半期報告では、2006年6月〜2013年3月に65歳以上の補助人工心臓治療症例は2254症例あり、2207例(98%)が65〜79歳、47例(2%)が80歳以上であった。
     心臓移植適応(BTT=bridge to transplantation、心臓移植まで補助人工心臓をブリッジ使用する)症例が329例(14.5%)、
      心臓移植代替治療(DT=Destination Therapy、補助人工心臓を最終治療とする)症例が1412例(62.6%)、
     補助人工心臓手術時には心臓移植適応あるいは心臓移植代替治療の適応についてどちらとも判断できず、補助人工心臓の治療結果を見てその後の治療方針を決める症例(BTC=bridge to candidacy)症例が491例(21.8%)であった。
     心臓移植代替治療は保険償還が得られた2010年以後飛躍的に増加(2009年以前53例、2010年以後1359例)した。
     

  • 日本で植込型補助人工心臓は、心臓移植適応患者にしか保険償還されていない。高齢者医療も視野に入れて、早急に植込型補助人工心臓を使う最終療法について議論を始めるべきであろう。
     

  • 今後の課題は、遠隔期の感染制御を目的とした完全植込み型デバイスの開発である。世界の植込型補助人工心臓は、経皮的エネルギー伝送を用いた完全植込型補助人工心臓に向かっている。機械的耐久性の向上に加えて、完全植込型デバイスの開発によりドライブライン感染・ポケット感染を回避できることが可能になれば、植込型補助人工心臓治療成績が、心臓移植成績を超える事も夢ではなくなり、重症心不全治療体系が大きく塗り替えられることになろう。
     

  • 近い将来、日本でも従来の急性心不全・慢性心不全にとらわれない体外設置型補助人工心臓、植込型補助人工心臓共通の重症心不全治療アルゴリズムが形成されていくであろう。すなわち、補助人工心臓治療は「重症心不全からの回復が究極の目標」であり、薬物治療・非薬物治療を併用し、最終目標が心臓移植であろうと心臓移植代替治療であろうと補助人工心臓を最大限有効に使って治療していくという考え方である。
     そのような基本概念に立てば、心臓移植適応だから植込型補助人工心臓を使用してよいが、心臓移植代替治療使用は許さないといった一部の人々の硬直した考え方が如何にナンセンスなものか即座に理解できるであろう。
     

  • 現状のように植込型補助人工心臓を極めて限定した心臓移植待機使用に限り続ければ植込型補助人工心臓の生産コストは下がらず、標準的治療として日本では普及しないといった自己矛盾は永遠に解決することができないであろう。我々は、市場が極端に制限されたために日本からの撤退を余儀なくされたNovacor補助人工心臓の教訓を忘れてはならない。

 

当Web注:「医学のあゆみ」250巻2号(2014年)p163〜p164に掲載された“わが国における心臓移植医療の現状と課題(東京医科歯科大学循環器内科の篠岡太郎氏・磯部 光章氏)”によると、植込型補助人工心臓の保険償還額は1810万円、加えて3年間で約3500万円の医療費が必要、としている。
 「臨床透析」25巻13号(2009年)p1843〜p1851に掲載された“医療制度・公的支援の発展と将来(名古屋記念財団の大田 圭洋氏・増子クリニック昴の山崎 親雄氏)”によると、人工透析に保険給付(健康保険本人10割、家族5割、国民健康保険7割)が開始された1967年当時、健康保険本人以外の透析医療費自己負担は月9〜30万円ほど、大企業の大卒初任給が4万5千円、サラリーマンの平均月収が約10万円、としている。 

 


20140524

有賀:ドナー候補者家族の心の安寧が臓器提供につながる
本人の臓器提供意思があったら、脳死判定は簡略化したい

 昭和大学医学部救急医学講座の有賀 徹氏、中村 俊介氏による「多臓器提供の現状における課題」が、医歯薬出版発行の「医学のあゆみ」249巻8号 2014年5月24日付のp713〜p715に掲載された。以下の枠内が主要部分(原文はa,b,b’,c,dなど記号が多用されているが、読みにくいため下記では言葉に変更してある)。

(前略)

救急・集中治療における終末期医療
 重篤な脳外傷、脳卒中については神経集中治療といった治療法を駆使することになる。患者は集中治療室で人工呼吸器による管理下におかれる。このなかで不幸な転機をとる場合とは、頭蓋内圧の制御や脳血流の維持に困難をきわめた後に治療の断念に至るものである。
 患者の家族からみれば、一貫して集中治療が粛々と続けられるなかで、主治医からの説明を聞き、最後を看取ることについて納得しなければならない。この難しい局面について日本救急医学会の提言では、患者の治療目的が終了すれば、家族らと主治医または主治医チーム(以下、主治医ら)とがいわば看取りの医療へと移る道程を述べている。
 これは患者の“人としての尊厳”を第一義におく考えに立脚している。ここでは脳死が人の死であるか否かについての判断を求めているわけではない。救急医療の現場で働く多くの医師が脳死に至れば死亡と判断して、すぐに人工呼吸器を外しているわけでもない。いずれにせよ、救急搬送から治療を経て終末期に至るまで、家族らが十分に納得し、心の安寧を得る状況があってはじめて移植医療へとつながると考える。

臓器提供という選択肢(オプション)提示
 一般的に主治医は患者の健康上の問題などについて説明し、患者はそれによって自らの治療方針を決定することとなる。このように患者の選択こそ倫理的にもっとも正しいとする考え方を脳死状態にあてはめると、患者が脳死に陥ったことについて主治医は患者に説明し、その医学的状況に鑑みた“今後の選択肢”を示し、患者が決定することとなる。
 したがって、患者に事前の意思表示(ドナーカードなど)があればそれを尊重する。脳死に陥った患者には説明してもわからないので、家族に“患者の代り”に説明する。これが患者本人を中心とした考え方とその方法論である。これは患者によかれと思って治療を続けてきた主治医らにとって了解しやすい。説明内容が臓器提供の如何であっても、説明の理由が“患者のため”という治療上の価値規範と異ならないからである。(中略)

脳死判定
 現在のわが国における脳死判定は臨床診断と脳波所見を軸にするもので、脳血流などの画像診断を認めていない。したがって、たとえば眼球に損傷があれば対光反射がわからないので、脳死判定はできない。このことは大きな課題であるが、脳死判定基準について厚生労働省令として具体的な項目を行政に委ねたことは歴史的な暇疵ともいえて、いずれは医科学の価値規範に戻すべきであろう。ここでは“移植医療につながる場合”にのみ“脳死が人の死”であることにより以下の状況を余儀なくされる。

 (中略)提供施設においては脳死判定の作業を実質的に3回(脳死判定をしたら脳死とされうる状態になったことの確認は1回、脳死判定は2回、脳死判定の2回自の終了時刻が死亡時刻)行うことになってしまう。(中略)一連の作業について数日を要する。加えて提供施設に課せられる書類には脳死判定と臓器摘出に関する各承諾書、脳死判定の的確実施の証明書、脳死判定記録書、死亡日時を確認することができる書類(死亡診断書)、検証フオーマットなどがある。そして脳死判定から臓器摘出までの検証に訪れる派遣チーム(厚生労働省による検証フォーマットなどの点検)に対応する。それも提供があってから数か月後の検証がほとんどで、主治医らの記憶が薄れたなかでの質疑応答となる。現場で働く医療者への負担は限りなく大きい。
 さて上述した煩雑さを克服すべくつぎのように考える。すなわち、ドナーカードにより患者が脳死判定と臓器摘出とについて承諾している場合には、ドナーカードが確認された時点において患者は“自らについて脳死をもって死亡である”と認めているので、臓器移植につながることを前提に、主治医の診断で脳死であれば、ガイドラインに定める“脳死となりうる状態”を確認する作業(中略)を除いて、2回の脳死判定で足りるように思われる。
 また、脳死判定をしたら脳死とされうる状態になったことの確認における作業が、脳死判定の作業と“まったく同じ” 内容(無呼吸テスト、脳波の感度など)であれば、その後“移植用臓器摘出を希望するか尋ねる”で“希望するなら移植医療に繋げる” への過程が確認されるなら脳死判定の第1回目の作業はすでに終了しているとみなしてもよいかとも思われる。脳死判定の結果(死亡時刻)そのものは、第2回目の作業終了の時点であるから6時間間隔などのルールさえ押さえれば、すくなくとも現状との齢酷はなかろう。現場での過大な負荷について行政など関係者による解決の努力を期待したい。

おわりに
 提供施設については(中略)5類型の施設で“提供体制が整備されている”は612施設(2013年6月末現在、厚生労働省)に止まる。諸課題を克服する努力が望まれる。


当Web注

  1.  以下は、法的脳死・臓器摘出106例目(札幌医科大学付属病院・2010年11月26日)と見込まれるドナーの術中経過(「麻酔」62巻6号p699〜p701掲載の田辺美幸:「非侵襲的全ヘモグロビン濃度測定が有効であった脳死下臓器提供の1症例」より)。
     筋弛緩剤ロクロニウムは投与されたが「執刀後も、麻酔や麻薬は使用しなかった」と報告されている。
     臓器摘出中に、心拍数、血圧は大きな変動がみられる。麻酔をかけない臓器摘出時のドナーの生理状態が、このようなものであること、さらに臓器摘出時に脳死ではないことが判ったケースまであることも、患者家族は知らされたうえで、心の安寧を得て臓器提供を承諾しているのか。


     

  2. 日本弁護士連合会は、2002年の千里救命救急センターに対する勧告の結論を「無呼吸テストの身体への侵襲の強さ、人権侵害程度の強きに鑑みて、ガイドラインや施行規則において、ドナーカードの有無を把握する前になされる臨床的脳死診断においては、無呼吸テストを除くと明確に定め、法的脳死判定の時でさえ最後に無呼吸テストを実施すると定められている。しかるに、それらの規定を真正面から否定し、臨床的脳死診断において無呼吸テストを実施し、今後も実施するであろう被申立人に対しては、勧告の趣旨の通り勧告すべきである」とした。http://fps01.plala.or.jp/~brainx/adviceto4th_case.htm
     「脳死とされうる状態になったことの確認における作業において、脳死判定と“まったく同じ”無呼吸テストまで行うことも、人権侵害と判断される可能性が高い。
     

  3. 脳血流停止所見があっても、脳波や自発呼吸など脳死を否定する報告は多数報告されている。検査する医師自身が、ヒトの脳細胞が壊死する血流量を知らず、脳血流検査で確認できる血流量も知らない非医科学的態度、“患者のため”は考慮にない、あてずっぽう検査・診断の押し付けが原因と見込まれる。

 


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