奥山氏:虐待の判断は、多方面の専門性が要求される
水口氏:小児脳死判定、画一的な基準は定めがたい
福嶌氏:課題を解決しないと小児心臓移植は普及しない
小児救急委員会:退院できない患児が病棟の4.8%占める
秋田大学:水頭無脳症の10歳児、母親を認識し刺激に反応
獨協医科大学:小児長期脳死の3例、病床環境が不備
福山医療センター:脳死判定を行った2小児例
杏林大学:虐待して「脳死」にした親が臓器提供を希望
第113回日本小児科学会学術集会
第113回日本小児科学会学術集会が、4月23日から25日まで岩手県盛岡市で開催される。24日(土)8:50〜10:50には、シンポジウム「小児の脳死臓器移植:小児科にとっての問題点」が行なわれる。演題およびシンポジストは
・臓器移植法の改正をめぐって:法的立場から=丸山 英二(神戸大学法学研究科)
・死亡や脳死状態の小児への虐待判断と対応=奥山 眞紀子(国立成育医療センターこころの診療部)
・脳死の判定について考える=水口 雅(東京大学発達医科学)
・小児救急と脳死臓器移植=岡田 眞人(聖隷三方原病院救命救急センター)
以下は奥山氏と水口氏の抄録の主要部分(日本小児科学会雑誌114巻2号p145)
*奥山 眞紀子(国立成育医療センターこころの診療部):死亡や脳死状態の小児への虐待判断と対応
2009年7月に改正された「臓器の移植に間する法律」の検討事項として、「政府は、虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器が提供されることのないよう…必要な措置を講ずる」とされている。直接の死因が虐待ではなくても、虐待を受けている子どもが死亡した場合は臓器移植の提供者とはなりえないという考え方である。
しかし、虐待を受けた子どもを除外するというのは決してやさしいものではない。小児科学会の調査でも時間がかかるのは明らかである。また、虐待の医学的判断は、多方面からの非常に高い専門性が要求される。虐待に特徴的な骨幹端骨折や肋骨骨折や脳画像を的確に判断できる小児放射線科医は少ないし、乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)の眼底所見に精通した医師も少ない。小児科医だけで全てを判断できるものではない。一方で、一般の総合病院では年間に対応する虐待疑いの数は10症例以下である。これではその専門性を活かし、発展させることはできない。そこで重要になるのは医療間連携によるコンサルテーションシステムである.当日はその具体的な提案を含めて発表する予定である.
*水口 雅(東京大学大学院医学系研究科発達医科学):脳死の判定について考える
全脳機能の停止といっても、すべての脳機能を検査することはできない。脳死の判定基準は深昏睡、瞳孔(散大、固定)、脳幹反射の消失、平坦脳波、自発呼吸の消失である。このうち平坦脳波は大脳皮質機能、他は脳幹機能の消失を意味する。しかし新生児・乳児(早期)では大脳は機能的にsilentに近く,脳幹は機能しているものの未完成である。生理的に出にくい反射ないしは成人ほど強くない反応が消失したからといって、成人の場合と同様の意義ありと解釈して良いのかどうか、慎重に考慮すべきである。「年齢(修正12週未満)による除外」は外しにくいものと考えられる。
不可逆性の判断も、小児では難しい。小児の脳は可塑性に富む一方で、侵襲が加わると容易に一過性の無呼吸や低電位脳波を呈する。脳死の原因疾患は成人の場合より多彩であり、症状の経過もまちまちである。2回の脳死判定検査の間隔を6時間(成人)から24時間(小児)に延ばしたとしても、それだけで不可逆性の担保になるとは思われない。脳障害発生から第1回判定までの時間をじゅうぶんとる(原因疾患が急性期を過ぎたことを確認する)、または第1回判定から第2回判定までの間隔をずっと長くとる、のいずれかが必要と考えるが、画一的な基準は定めにくい。
以下も、日本小児科学会雑誌114巻2号より注目発表の主要部分(タイトルに続くp・・・は掲載ページ)。
*福嶌 教偉(大阪大学医学部付属病院移植医療部):小児心臓移植の現状と課題、p153
日本小児循環器学会の毎年の全国調査から見ても、少なくとも年間50例近くの小児が心臓移植を必要としている。2008年5月にイスタンブールで出された声明「自国民の移植は自国内で」を受けて、国会も動き、ようやく2009年7月に「本人の意思が不明な場合に家族の同意で脳死臓器提供が可能」となる法律(A案)が可決された。これにより、2010年7月から小児の脳死臓器提供が可能となり、我が国でも小さな小児が心臓移植を受けることができるようになることが期待される。
しかし、小児ドナーの問題、小児救急医療の問題、小児用の人工心臓の問題など、残された課題も多く、それぞれを解決しなければ、小児の心臓移植が普及することはないと思われる。
*江原 朗(日本小児科学会小児救急委員会):小児救急医療における、いわゆる“出口”の問題について、p179
救急医療により患児の生命は救えたが、慢性的な病態が残ってしまった場合、長期にわたる医療が必要となる。しかし、このような患児の診療体制に関する全国的な資料はない。そこで、今回全国調査を行った。
小児科専門医研修施設578施設に調査票を送付し、緊急に外来受診をした15歳未満の患者で、退院も慢性期施設への転院もできず、急性期病床での管理を余儀なくされている患児に関する資料を人手した(2009年9月9日現在)。調査票の回収率は60.7%。
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急性期を脱したが退院できない患児が352施設で236名(1施設当たり平均0.67人)。全国の入院患児(10693名)の2.2%、こうした退院できない患児のいる病棟の入院者(4924名)の4.8%を占めていた。
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入院期間は、6か月未満が31%、6〜12か月17%、1〜3年25%、3年以上28%。
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年齢層では、0〜4歳56%、5〜9歳24%、10〜14歳9%、15歳以上10%。
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原疾患では、神経疾患が最多であった。
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長期入院児の呼吸管理においては、65%が気管切開を受け、71%が人工呼吸下にあった。栄養管理においては、70%がチューブ栄養を受けていた。
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半年以内の退院の見込みは、なし/ほとんどなし57%、約半分30%、確実13%であった。
【結論】急性期を脱したものの後遺症を有する患児の診療は、急性期の診療と全く同じように重要である。慢性期の診療体制が整備されていないことが、わが国の小児救急医療体制を整備していくうえでの大きな支障になっていると患われる。
*豊野 美幸(秋田大学大学院医学系研究科小児科学):10歳まで生存している水頭無脳症の1例、p261
10歳男児、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核はほぽ欠損し、後頭葉、視床は残存、小脳、脳幹は正常に保たれていた。両側視神経萎縮あり。現在、痙性四肢麻療で頚定なく、寝たきりの状態であるが、経口摂取可能で聴覚、触覚刺激に対し、四肢を動かしたり笑ったりする反応が認められる。水頭無脳症における意識レベルに関する報告は少なく、一般的に意識レベルは非常に低く、認知発達は期待できないと考えられていた。しかし、本例では母親の認識や刺激に対する反応が見られるなどの変化を認め、また、嚥下機能も維持できている。早期からの水頭症に対する治療や痙攣コントロールが重要と考えられた。
*久松 聖人(獨協医科大学小児科学):小児長期脳死の3例、p324
脳死の判定基準は平成11年度・厚生省「小児における脳死判定基準」を参考とした。
【症例1】4歳10ヶ月、交通外傷後の蘇生後、2病日に瞳孔散大固定、5病日に平坦脳波と自発呼吸の停止を認めた。7病日に臨床的脳死状態に近いと説明。276病日に施設転院。
【症例2】5歳4ヶ月、水痘脳炎後に髄膜炎に罹患。2病日に自発呼吸の停止、瞳孔散大。94病日の2倍振幅記録脳波は平坦。94病日の聴性脳幹反応は80dBで無反応。400病日以降は低体温があり終日電気毛布を用いた。脳死に合致するか否かについては臓器移植の希望も無く両親に説明していない。
【症例3】4歳11ヶ月、3歳で痙攣重積後に自発呼吸の停止し脳死に至る。5倍振幅記録脳波で背景は平坦。その後1800日以上の長期経過を入院管理で過ごしている。脳死基準に該当するか無呼吸テスト等は施行していない。
【考察】提示した3例はいずれも長期の臨床的脳死の経過である。児が脳死に該当するかについては全例臓器移植の希望も無く無呼吸テストはしていない。これら児の終末期管理について、当院の小児病棟には、長期の臨床的脳死患児を管理するための終末期医療に適した病床環境はなく、一般の急性期患者と同室で長期臨床的脳死患児の管理をしている。当院の小児病棟に終末期ケアの可能なペットが確保されることが望まれる。
*加藤 哲司(福山医療センター小児科):2009年度に脳死判定を行った2小児例、p370
【症例1】11ヶ月男児、上気道狭窄を伴う小顎症・奇形症候群があり気管切開施行され、在宅医療を受けていた。カニューレトラプルによる窒息のため心停止を来たし救急搬送、心拍再開なるも、蘇生後脳症・多臓器不全を経て第37病日脳死判定となった。両親・祖父母及びソーシャルワーカー・訪問介護スタッフとの話し合いを重ね、第64病日退院・在宅人工呼吸へ移行できたが、第96病日に腎不全のため心停止した。
【症例2】2歳男児、出生歴として超低出生体重児・早産児があり甲状腺機能低下・停留精巣などの既往があった。感冒症状・発熱のためかかりつけ受診後、痙攣重積のため救急搬送され入院。脳波にてびまん性高振幅徐波あり急性脳炎・脳症と診断し加療するも、脳圧充進進み自発呼吸・対光反射消失し第16病日に脳死と判定した。保護者の受け入れが良好でなく、長期療養施設への転院を検討中である。(抄録登録日現在で第100病日超)
*中村 由紀子(杏林大学小児科):過去12年間に集中治療を要した虐待症例の検討、p369
当院では1999年より児童虐待防止委員会(以下、委員会)を発足し、虐待が疑われる症例について検討している。今回1998年1月〜2009年10月までに当院小児科に入院した虐待症例のうち集中治療を要した14例を後方視的に検討した。
年令0才1ヶ月〜2才1ヶ月(平均0才8ヶ月)、男女比9:5、委員会で検討した12例と検討されていない1例が入院中に虐待もしくはその疑いと診断された。虐待の種類は身体的虐待12例、ネグレクト2例、受傷機転が推測された12例のうち保護者の申告と一致していたのは4例のみだった。転帰は軽快2例、重度後遺症10例、死亡2例で、死亡例はいずれも長期脳死だった。
14例中3例が自宅に帰宅し、9例が施設に入所した(1例は再統合)。脳死後死亡した2例のみ加害者が検挙された。そのうち1例は被害児の臓器提供を希望していた。
当院委員会では小児科、脳神経外科、法医学医師やMSW、看護師などで各虐待症例を検討する。院内で虐待と診断するまでに1〜2週、関係諸機関との連携に2〜3週かかり、退院後の方針を立てるのに1ヶ月を要することが多い。平成22年4月から新たな臓器移植法が施行され、小児の脳死症例もその対象となる。虐待の診断は複数の医療従事者との検討が必要であり、短時間での判断は極めて困難である。小児の臓器移植を前提とした脳死判定を行うためには院内虐待防止委員会の存在や第3者機関による評価システムの構築が不可欠である。
許 俊鋭氏(東京大学重症心不全治療開発講座)は、医学書院発行の「呼吸と循環」4月号、58巻4号p403〜p409に「本邦におけるDestination
Therapyの夜明け」を発表した。心臓移植適応基準に準じた心不全患者に対して、補助人工心臓(VAD)によるDestination
Therapy=長期在宅医療・延命治療を行なう際の患者の選択から治療成績、コストなどを検討し、“国民皆保険医療を守るという大義名分の下に30年前に開発された低いQOLしか得られない東洋紡VADを装着させ,心臓移植されるか死亡するまで患者を病院内に閉じ込めておく今の医療政策に対して人道的見地からはっきりと「間違っている」と宣告”した。
重症心不全症例に対する心臓移植の位置付け
許氏は、図4 植え込み型補助人工心臓の治療目標(p405)の解説で「心臓移植の極端に制限された日本では、カテコラミン依存性となった重症心不全症例に対し植え込み型補助人工心臓治療により、自宅復帰・社会復帰を達成することが主たる補助人工心臓治療目標となる。ゴールが心臓移植になるか、自己心機能回復あるいは補助人工心臓による延命治療になるかは結果論と考えるべきである」とした。そして、補助人工心臓治療の年間症例数として、心臓移植に至るのが数十例、補助人工心臓による延命治療・5年生存が数百例とした。
課題
“LVAD Destination
Therapyの問題点と米国の動向”と“おわりに”の段落では、国民皆保険のため有用性の高い医療が導入されないことを指摘して以下を書いている。()内は略字について当Webが付記した。
高価な植込み型補助人工心臓は、VAD(補助人工心臓)先進国である米国でも15万ドル以上の手術医療費を必要とし、DT(左室補助人工心臓による延命治療、長期在宅医療)適応は極めて厳格にコントロールされた。
(中略)
日本のように国民皆保険の下,保険医療がまさに統制経済下におかれている国家では,市場原理によって有用性の高い医療が迅速に臨床導入されないという現状があり,輸入医療機器のデバイスラグの問題は極めて大きい.逆に,いったん保険償還された場合,どのように過剰と思われる医療でも抑制が効かなくなる.それを抑制するために植込み型VAD(補助人工心臓)導入のハードルを上げ続けた結果,30年前に開発された保険償還される体外設置型東洋紡VADを極めて高い医療コストをかけて使い続けざるを得ないのが現状である.
30日使用で認可された体外設置型VADを2〜3年に及ぶBTT(心臓移植待機)に用いること自体がナンセンスである.数年に及ぶブリッジの全期間にわたり入院治療を強いることは極めて低い患者QOLのみならず,極端に低い入院ベッドの稼動効率をハイテク病院に強いることになる.20名以上の長期入院VAD患者を抱えることは病院にとって極めて大きな負担であり,結果としてVAD治療の恩恵が受けられる患者は極端に少なく制限される.
すなわち,本邦のVAD治療は,質においても量においても行政によって恣意的に低く抑え込まれていると言わざるを得ない.在宅治療が可能な植込み型VAD治療が標準的重症心不全治療(心臓移植待機,延命治療)となっている欧米先進国を鑑みれば,VAD治療患者総数を抑えることでVAD医療総額を抑制しようとする患者不在の政策(実際には抑制になっていない)はもはや許されないことではないだろうか.国民皆保険医療を守るという大義名分の下に30年前に開発された低いQOLしか得られない東洋紡VADを装着させ,心臓移植されるか死亡するまで患者を病院内に閉じ込めておく今の医療政策に対して人道的見地からはっきりと「間違っている」と宣告する必要がある.
おわりに
2007年に「医療ニーズの高い医療機器」として指定された4種の植込み型VADのBTT臨床治験は順調に進んでいる.First
end-pointである植込み後6ヵ月の経過観察も終了し,Heart-Mate XVEは2009年11月に大臣承認された.DuraHeartとEVAHEARTは製造販売承認申請中であり,Jarvik2000はまもなく承認申請される.一方,VAD治療の受け皿の一つである心臓移植はこの10年間遅々として進まず,ようや臓器移植法改正案A案が2009年6〜7月に衆議院と参議院で可決され,2010年7月には小児心臓移植の道が開かれるとともに移植症例の増加が期待される.しかしながら,小児を含めた多くの移植待機症例はVADの長期プリッジを必要とし,小児用VADを含めた優れた植込み型VADの本邦導入は急務である.一方,心臓移植への期待は高まったとしても実際のドナー提供は限られており,本年7月以後LVAD
DT(左室補助人工心臓による延命治療、長期在宅医療)治療の必要性はさらに高まるものと予測される.
静岡県臓器移植コーディネーターの石川 牧子氏は、透析ケア(メディカ出版)4月号p441掲載の「移植コーディネーター発 腎移植かわら版」で、ドナー遺族に気持ちの揺れを感じたケースを報告した。移植コーディネーターは、ドナー遺族におおむ一周忌まで移植経過を報告するが、このドナー家族とは、臓器提供から7年を越えて対応しているという。以下枠内が主要部分。