第28回日本小児救急医学会学術集会
大同病院:5歳女児、脳が壊死流出してくる極限状態を治療者と両親が共有、306日間生存
日本大学医学部附属板橋病院:7歳女児、臨床的脳死状態でバイタルサインは比較的安定
京都市立病院:脳死とされうる男児、6ヵ月以上全身安定。移植につなげるには経験が必要
2014年6月6日と6月7日の2日間、第28回日本小児救急医学会学術集会がパシフィコ横浜 アネックスホール(神奈川県横浜市)で開催された。以下は
日本小児救急医学会雑誌13巻2号より注目される発表の要旨(タイトルに続くp・・・は掲載ページ)。
*加藤 衣津美、谷 朋美、平松 茜、松葉 佑美(社会医療法人宏潤会大同病院):頭部外傷により生命の危機状態となった子どもとその家族との関わり 看取りを視野に入れた援助、p218
5歳女児は他県へ旅行中に交通事故に遭い、三次救急病院にて硬膜下血腫除去術を受けた。その後、両親は女児の在宅療養を強く希望され、受傷1ヵ月後にドクターヘリにて当院へ転院。頭部は頭蓋内圧尤進により、術創が離開し、感染を繰り返すため毎日の洗浄が欠かせず、洗浄毎に膿とともに脳実質が流出し、頭蓋内は空洞の状態となった。
医療者は家族の意向を重視するとともに母親が女児に十分関われることを目標とした。在宅療養に移行するにあたり、頭蓋内洗浄や感染管理など課題は多く、女児の状態が不安定であったため、治療と療養の場について両親と何度も話し合いを行った。話し合うなかで、予後不良な状態を両親と共通認識できたため、面会制限のあるICUから一般病棟に移床し、常に家族とともにいられる環境を整えた。また、両親の「生きているうちに家に帰りたい」という希望に対し、医療者の立ち会いのもと、家での時間を過ごし、女児の通った保育園へ出かけた。女児は一般病棟へ移床1ヵ月後に家族に見守られ亡くなった。
当Web注:下記の水野報告は、上記の加藤報告と同一症例と見込まれる。
*水野 美穂子、安井 竜志、加藤 衣津美、谷 朋美(社会医療法人宏潤会大同病院小児科):頭部外傷後長期間生存した脳死状態の1女児例、p292
受傷時5歳の女児。基礎疾患に1型糖尿病があり、当院でインスリン治療を継続していた。
交通事故により受傷。近医搬送時、GCS=E1V1M2、両側瞳孔散大、耳・鼻からの出血を認めた。頭蓋内血腫による脳圧亢進を認め、緊急で開頭血腫除去術+減圧開頭術が行われた。術後も脳腫脹が継続し、瞳孔は散大したままで、広範囲に低酸素性脳症の所見を呈し「臨床的脳死状態」と診断された。受傷後37日人工呼吸器管理により心肺機能が安定したため、家族の希望により約350km離れた当院までドクターヘりにより搬送された。脳腫脹が改善せず開頭したままの状態であった。以後血糖、電解質の管理に難渋するも心肺機能を含む全身状態はほぼ安定していた。しかし脳が露出したままで壊死して髄液と共に流失し続け、5ヵ月間で脳幹部をわずかに残して頭蓋内は空洞となった。さらに黄色ブドウ球菌、緑膿菌による感染が持続したため閉鎖することは不可能で脳外科医の指導のもと母親も参加して連日の頭蓋内洗浄を行った。在宅治療への移行を目指したが抗生剤の点滴を要する感染症をくり返すため困難であった。受傷後306日目にDIC、循環不全に腎不全を併発して死亡した。死亡直前まで反射により下肢の動きがみられた。
【考察】開頭したままの状態で脳が壊死して流出してくるという極限状態を治療者と両親が共有し、母親も治療に参加したことで、納得して死を受け人れることができたと考える。脳が失われても長期間生存し、下肢も動いていたことから両親には治療を中断する選択肢はなかった。受傷後早い段階でかかりつけ病院へ転院することで慣れたスタッフとコミュニケーションをとりながら治療に取り組むことができたと考える。
*香山 一憲(日本大学医学部附属板橋病院小児科学系小児科学分野)ほか:脳室内出血後に臨床的脳死状態となり、家族の協力が得られず、在宅導入が困難な1例、p292
7歳女児は生来健康、既往歴なし。昼食後に嘔吐、意識障害が出現し、前医へ搬送された。頭部CTで左脳室内出血を認め、精査加療目的に当院救命センターへ搬送された。脳外科医とともに各種画像的な精査を行ったが出血源が分からず、また保存的な経過観察のみで自然に軽快し、普段と変わりない状況となったため、23日目に一旦退院した。
入院中に記録した脳波でてんかん波を認めたため力ルバマゼピン内服を開始した。退院後も約3ヵ月毎に頭部MRI、MRAで経過を診ていたが異常は指摘出来なかった。初回発作の7ヵ月後、夜間に突然の頭痛、嘔吐が出現し当院救命センターへ再度搬送された。頭部CTで前回と同部位に脳室内出血の再燃を認めた。その後脳ヘルニアに陥り緊急ドレナージを行った。高いICPが持続したが次第に安定し、8日目にドレーンを抜去した。自発呼吸を認めず、15日目に気管切開を行い呼吸管理継続中である。脳波、聴性脳幹反応で背景活動は消失しており、臨床的脳死の状態である。バイタルサインは比較的安定しているが、家族の協力が得られず在宅医療の目処が立っていない。
*佐々木 真之(京都市立病院小児科):溺水による心肺停止から蘇生した一例 「脳死とされうる状態」の抱える諸問題を整理する、p292
男児は浴槽での溺水による心肺停止状態で搬入、覚知から49分後に心拍再開したが瞳孔は散大し自発呼吸はなかった。児の救命を家族が強く望んだため、集中治療を継続した。急性期に循環不全を、その後に重度のAKIを発症したが、2週間程度で循環動態は安定した。2回脳波検査を施行したが平坦であり、無呼吸テストは施行していないが、「脳死とされうる状態」の要件を満たすものであった。また、循環動態安定後に行った頭部MRI、MRA検査では、皮髄境界の消失と頭蓋内血流の途絶を認めた。このような経過で蘇生後6ヵ月以上経過しているが、現在の児の全身状態は安定している。
本症例の経験をもとに、「脳死とされうる状態」が抱える諸問題について考察するが、問題は医学的側面にとどまらず社会的、倫理的、法的問題に及ぶ。広範囲かつ難解な問題への対処は医師個人での解決が難しく、多職種の関与が必要である。まして移植医療までつなげるとなると、施設としての経験の蓄積が必要と考えられる。
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