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20110528

丸山氏:脳の統合機能論に依拠できないが臓器移植法は許容、妥当
日下氏:長期脳死となって回復する例がないとは誰にもいえない
質問者3:ネットワークのコーディネーターはレシピエント側になる
芦刈氏:移植側のニーズで構築された 救急側と治療側に立つ
小児の法的脳死判定の実際セミナー

 2011年5月28日、横浜市で日本小児科学会・日本小児神経学会共催教育セミナー「小児の法的脳死判定の実際」が開催された。以下は日本小児科学会のサイト内「子どもの脳死臓器移植プロジェクト報告」http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_111118.htmlで公開されている記録http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_111118_1.pdfより注目される部分。

 

*丸山 英二(神戸大学大学院法学研究科):法的観点からみた脳死、p2〜p12

p8 脳死を人の死とすることについての概念的な正当性について、少し最近のアメリカを見ておきたいと思います。
 脳死を人の死とすることについての概念的な正当性として、アメリカなどの世界的にオーソドックスな見解は、その前提として、死とは生体の全体としての機能の永久的停止である。あるいは全体としての生体機能の永久的停止と訳す場合もありますが、全体として生体が機能停止すれば死であると捉えたわけです。

p9 Shewmon の2001 年の論文の結論部分において、統合機能というのは、脳が果たしているというわけではない。脳は重要な働きをしているが、身体の統合は単一の脳という重要な臓器に局在するものではない。体の全ての部分の相互作用が関わる全体的な現象なのである。通常の状態において、脳はこの統合作用を果たす相互作用に対して、密接かつ重要な関与をしているが、身体の統合の必要条件とはいえないのではないか、と述べております。この見解に対しては、ブッシュ大統領の下での生命倫理大統領評議会など、オーソドックスな立場も認めるものが多くなっております。
 Shewmon らの見解を認めた上で、脳死移植を維持するためにどう対応しているかというと、大統領評議会のように、死について新たなクライテリアを採用して全脳死=死という脳死説を維持するという立場が一方で存在します。それからもう一つの立場としては、Nair-Collins のように、統一的な概念で脳死ないし人の死の定義の問題を考えるのを放棄して、複数の概念を立て、一定の場合には、生物学的な死の状態に至っていない場合にも、本人の同意、あるいは家族の同意があれば臓器の摘出や治療の中止を認めるというものがあります。いずれにせよ、脳死に関する概念的な問題があることが明らかになっても、アメリカでは、脳死移植を止めるという方向での主張をする見解はほとんどないのではないかと思います。この点が、わが国の状況と異なっていると思います。
 最後に、これは抄録にも書いたところで、わが国についてどう考えるかということですが、わが国の新法に基づく制度は「脳死=人の死」という考えに基づくものですが、本人あるいは家族の意思が関与することを認めているということで、受容できる制度ではない
かと思います(図13)。

脳の統合機能に依拠できないとしても【私見】

【公共政策の問題としては】
◆@脳死状態の者に意識がなくかつ回復例がないことが実証されるのであれば,A社会の多数の者が脳死を死と考える場合には,脳死を人の死とすることを原則とする制度の構築は容認される。

ディフォールトの方針として脳死と人の死とすること

脳死による死の判定を拒否する権利の承認

◆少数者の利益の保護に配慮しつつ多数者の意見に従った制度を構築している点で容認できる。

(図13)

 わが国の制度はディフォールトの方針としては脳死を人の死と扱っているものですが、脳死による死の判定を拒否する権利も認めています。わたしは、公の政策あるいは制度をつくる場合には、少数者の権利に配慮しつつ、多数者の見解に従った制度を構築することが望ましい、と考えていますが、そういう立場からは、改正法は許容できる、社会的に妥当な制度を構築するものではないかと思います。

当Web注:臓器摘出時に脳死ではないことが判ったケース社会生活に復帰したケース脳死判定基準に反する状態に回復したケースが報告されており、丸山氏の「脳死状態の者に意識がなくかつ回復例がないこと」とする前提条件は否定される。脳蘇生に反するドナー管理の開始が、法的脳死による死亡宣告以前からメディカルコンサルタントにより制度化されており、「脳死を死と考える者」「法的脳死判定・臓器提供手続を信頼して臓器提供に同意した親族」の人権さえも保護されていない。

 

*日下 康子(東京慈恵会医科大学脳神経外科):小児脳死判定基準、p12〜p23

p19 次に薬剤です(図9)。

6歳未満の小児法的脳死判定基準案

3. 判定上の留意点
A中枢神経抑制薬・筋弛緩薬の影響
平成11年度厚生科学研究で指摘されている通り、 可能な限り血中濃度を測定して有効薬用量以下になってから、
半減期などを考慮しながら総合的に判断する。

筋弛緩薬使用例では、場合により神経刺激装置を用いて、その残存効果がないことを確認する。

(図9)

 可能な限り血中濃度を測定して、有効薬用量以下になって、あるいは半減期などを考慮しながら総合的に判断するということです。薬を使っていれば除外されるというものではありません。あるいはまた、神経刺激装置を用いて残存効果がないことを確認することも大事なポイントだと思います。

p21 自発呼吸の消失ということが必須項目になりますが、その無呼吸テストをする前の望ましい条件として体温、PaO2が問題になります。これも小児で本当にこのままの値でいいのかという議論もありました。しかし、いろいろな文献を当たった結果、これが妥当と落ち着きました。

当Web注:法医学者から薬物の脳組織内濃度と血中濃度が乖離していることが報告されており、血中濃度の測定は無意味、「総合的に判定する」とは、科学的根拠のない脳死判定の強行になる。無呼吸テストも規定値60mmHgの2倍近い値で自発呼吸したケースも報告されている。

(中略) 長期脳死の問題に少し触れさせていただきます。これもいろいろご意見はあるかと思うのですが、小児では長期脳死の頻度が高くて、その期間も長いとされていることが一番の問題点だと思います。今回、班員の先生方含め相当な文献を当たってみました。今まで述べたような脳死判定を全て行いました、無呼吸テストもこのような条件できちんとおこなって脳死と判定しました。そういうきちんとした報告に基づく脳死の上で人工呼吸器から離脱したり、意識の回復が認められたりしましたという報告は残念ながらなく、「臨床的な脳死、あるいは何も諸条件が書いていなくて脳死と判定されました」という、その一文だけで、しかし意識が回復したという報告のみです。今回示したような脳死判定基準に則って脳死判定がされたにもかかわらず回復したという報告はありませんでした。
 したがって、今回の法的な脳死判定、そして臓器提供を前提とした脳死判定という意味では、確かに小児にはこうした問題はありますが、臓器提供を前提とした脳死判定そのものに影響を与えるとは、現時点ではあまり考えなくてはいいのではないかということです。実際にはもちろん考慮は必要ですが、先ほどのお話にもありましたように、家族あるいは本人の意思があって、法的な根拠の下に臓器提供を前提として脳死判定を行うということに関しては、法的にはおそらく問題はないだろう。ただ、家族あるいは本人の意思を含めて十分検討する必要性はもちろんあると思われました。

当Web注:脳死判定基準に反する状態に回復したケースは、無呼吸テストを2回実施した小児においても報告されている。このような脳機能の回復する患者は、臓器摘出時に恐怖、絶望、生体解剖による断末魔の苦痛を感じる可能性がある。「人工呼吸器からの離脱や意識の回復」という回復程度の高い症例がないことを、脳死判定を正当化する理由にすると、臓器提供後に「むごいことをした、かわいそうなことをした」と後悔するドナーファミリーの量産につながる。

 

p22 水口:日下先生、ありがとうございました。小児脳死判定基準に対する全体的なお話をいただきました。それではご質問どうぞ。

質問者2:施設の関係上、やはりいろいろな対応を迫られました。私もそのガイドラインを検討させていただいた上で一番わかりにくかったのが、やはり長期の脳死です。簡単に言いますと今の脳死判定の基準で脳死と判定された場合には、俗にわかりやすく言えば奇跡の回復というようなことが起こらないと断定できると理解すればいいわけですか。それとも、そんなふうにして判定した、要するに例がないというふうになっている。その例のなさが、そういうのが全くないからわからないといっているのか、実際そうしたらそういう回復がなかったといっているのか、区別がつかないのです。

日下:私個人の考えになってしまうかもしれませんが、たとえば臓器提供しないとして、この判定を用いて判定して、長期脳死となって回復する例がないということは誰にもいえないと思うのです。そうではなく、過去の長期脳死のあとの回復例を見ても、この判定基準を満たした上で回復した症例がないということで、現実に目の前に患者さんの意思、あるいは家族の意思があって、臓器提供をしたいという脳死に近い方がいた場合に、判定をするに当たっての長期脳死の問題をどうしますかということになっていくと思うのです。そうすると、家族に対する説明としては、あるいは家族の方もそういう事例はあるという可能性はゼロではありませんということは考えていらっしゃると思うのですが、その中で私たちが提供できる情報というのは、この脳死判定の基準をしたあとで回復した症例の報告はありませんということになると思います。

質問者2:もう一点、少し日本語の問題があると思うのですけれども。下のほうにある、「そのものに影響を与えるものではない」という一文がわかりにくいのです。その真意はどこにあるのか。影響を与えるものではないというのは、どういうことでしょうか。

日下:長期脳死のことはもちろんご存知の上で、それでも臓器提供を優先させるというのがご遺族、ご本人の意思であるとするならば、我々がその方たちの意思を受け入れないで、脳死判定を行わないというところまで踏み込めないところがあると思います。臓器提供をするかしないか、長期生存後の回復を待つ気持ちのどちらが強いのかというのは、結局、私たちが臓器提供をしてくださいというわけではなくて、ご本人あるいはご家族の意思ですので、情報提供として言えることは、この脳死判定をしたあとに回復した症例の報告はかつてありませんという事実しかないと思うのです。臓器提供を申し出た方たちの意思を尊重して判定をしなくてはならない立場としては、そのことも含めて判定基準はつくらなければいけないということです。判定基準は判定基準、ただ、長期脳死の問題もありますと、どちらも否定をしているつもりはないのです。

 

*久保田 雅也(国立成育医療研究センター神経内科):院内の体制作りと準備、p23〜p35

p31 虐待判定の難しさは、警察の立件過程とは違うということがあげられます。現在、虐待罪はありません。立件のためには直接の因果関係、いつ、どこで、誰が、何をやったというような特定が必要です。検死での事件性がないことイコール虐待はないとはいえないところがあり、捜査過程とは別の観点が必要です。とにかく少しでも疑ったら除外するというのが、いつでも必要だと思います。
 知的障害の除外については、臓器の移植に関する法律の運用に関する指針の一部改正、新旧対照表を見ると、結局、ここで言っていることは、「患者が知的障害者等の臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる場合は除外しましょう。見合わせましょう」ということです。しかし先ほど言いましたように、知的障害とは何か、知的障害者とは誰かというのは、そんなに簡単にひと言でくくれるものではないので、ここは問題があると思います。有効な意思表示はできないとなると、1歳の小さい子はできるかということになりますし、このあたりの問題は未解決だと思います。
 長期脳死に関しては、皆さんの個人的な履歴も関与するでしょうし、臨床的な体験によってもかなり違うのではないかと思います。実際に長期脳死といわれる患者さんの症例報告は、一応読めるだけ読みましたけれども、確かに診断自体は不十分なものもありますし、そうでないものも一部あり、ここはなかなか答えがない、解決しにくいのです。過去の診断自体の不十分性を問題にし過ぎない方がよいと思います。現在の診断過程も20年後には問題点が指摘される可能性はあるからです。長期脳死のはらむ問題はそういう視点ではなく、脳死から心停止まで(1時間かもしれないし30日かもしれない)の時間をご家族がどういう意味や価値を持たれるかということが最重要だと考えます。やり方としては、先ほど言われましたように、最終的には十分説明を受けたご家族に委ねるのが妥当かと考えます。

p33 水口:久保田先生に、院内の体制づくりに関する具体的なご講演をいただきました。ご質問ありますでしょうか。

質問者3:具体的に聞かせていただきました。ありがとうございました。体制ということで二つ、意見というよりは要望なのです。
 一つは、コーディネーターのこと。先生も少しおっしゃっていましたが、ドナーに対するフォローです。ヨーロッパの看護研究者と、このことでセミナーをするチャンスがあって、そのときにヨーロッパの研究者から、「日本ではドナーに対するコーディネーターの存在がやはり弱いのではないか」と、すごく指摘を受けたのです。
 ネットワークのコーディネーターは、中間的立場とはいっても、レシピエント側になるので、たぶん看護師あるいは心理士がいると思うのですが、本来は病院側として、そのドナーをカバーするコーディネーターが必要だ、脳死判定を決める前に、その方たちがカバーするべきだと私は思っているのです。今後の体制として、ぜひ考えていただきたいと思います。
 それから、倫理委員会の立場ですが、やはり脳死判定の間というのは慌ただしいですから、いくら倫理委員会が入っても、十分な議論はできないと思うのです。そういう意味では、あとで振り返って、きちんと行われたかという倫理的な評価というのは必要だと思うので、そういう体制をぜひ脳死判定を行う組織でつくっていただきたい。
 最後に、「時間がないから」とおっしゃっていたので、先ほどの日下先生にも若干質問なのです。子どものデータがないとおっしゃっていたのですが、やはりこれはつくるべきだと思うのです。つまり、新しくできた基準ですから、データがないのは当然であって、これからはやはりつくるべきだと思うのです。ぜひそういうプロジェクトなりを組んでいただきたいと思います。以上です。

久保田:ありがとうございます。当院のコーディネーターは、移植を盛んにやっているということで、ほぼ院内に常駐しております。看護師です。倫理委員会は、法的判定をして、臓器摘出をした場合のあとのフォローは義務づけていますので、そのこともやると思います。

水口:今日は臓器移植ネットワークのコーディネーターの方もみえていますが、コメントはございますか。どうぞ。

芦刈:日本臓器移植ネットワークのコーディネーターの芦刈と申します。今、先生が発表された内容に関しまして、私どものコーディネーターも関与させていただきまして、一緒に院内の体制をつくらせていただいております。確かに欧米に比べますと、日本の移植コーディネーターの歴史は浅いですし、移植側のニーズのほうから構築されていったという経緯がございます。したがって、まだ発展途上ではありますけれども、1997年に臓器移植法が制定されまして、それ以降、かなりそういった面で、救急側と治療側に立つ視点で関わらせていただいております。ありがとうございます。

当Web注:日本臓器移植ネットワークのドナー候補者家族に対する説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと」http://www.jotnw.or.jp/studying/pdf/setsumei.pdfは、ヘパリンの投与が血液凝固を阻止する目的であることは説明しているが、ドナーに不利益となることは一切記載していない。群馬大学医学部付属病院の脳外科医は、出血性疾患へのヘパリン投与と不適切なコーディネートから「移植には係りたくない」と 態度を表明している。

 

*山田 不二子(山田内科胃腸科クリニック):被虐待児の除外、p35〜p44

p43 なお、心停止下の臓器提供の場合も、基本的にこのマニュアルは使っていただいて結構ですが、心停止後に採血や放射線学的な精査をしていると臓器に劣化をまねくということがありますので、これに関しては、心停止以前にマニュアルを使って、被虐待児を除外しておいてください(図11)。

まとめ(3)

◆本マニュアルは心停止下臓器提供の場合にも、基本的には適用できる。
 しかし、「被虐待児」である可能性を否定できない場合に、心停止後に血液検査や放射線学的検査を行うことは事実上不可能である(オートプシー・イメージング(Ai)を実施している間に、臓器の劣化を招くため)。
◆従って、心停止以前に「被虐待児でないこと」が本マニュアルに基づいて確認できた場合にのみ、臓器提供が可能であると判断される。

(図11)

 医療機関から他機関への情報照会の問題も大きく取りざたされているのですが、公的な権限を与えられていない医療機関が、他機関に電話して「この子の虐待・ネグレクト情報持っていますか」と問い合わせをしても、簡単に答えが得られるものではありません。そんなことは百も承知です。しかし、その情報がない限り、『被虐待児ではない』と、私たち医療者が判断することができないのです。ですから、協力体制をつくっていただけるように、国家として制度を組み立ててもらうのしかないのではないかというのが、私の考えです。

当Web注:「心停止後」と称する臓器提供は、ドナーが生存時にレシピエントの選択を進め、さらに心停止前から組織適合性検査のための採血を行なっている。血流のある時点で、臓器摘出目的の抗血液凝固剤ヘパリンの投与など行なわないと、移植可能な臓器は得られない。被虐待児除外のマニュアルが「心停止下臓器提供の場合にも、基本的には適用できる」としていることは、臓器摘出の現実を知らない者が作成したマニュアルと懸念される。

 

*総合討論、p72〜p76
水口:今日は、主に脳死判定に関する実際的、あるいは技術的な側面について、7人の先生方にご講演をいただきました。それ以外に会場には、先ほどご発言いただいた日本臓器移植ネットワークのコーディネーターの芦刈さんや、臓器移植の体制の研究をされて、厚労省での班会議で活動された岡田先生もみえていますので、脳死判定に関わるいろいろな面について、聴衆の皆さんのご質問に答えることができると思います。今日の内容から少し外れた点でも結構ですので、何かご質問があればお受けしますが、いかがでしょうか。はい、どうぞ。

質問者6:丸山先生におうかがいしたいのですが、すでに久保田先生がご指摘になっています、要するに「知的障害者等の意思表示が明確でない者を除く」というところです。旧法では15 歳未満は対象ではなかったので、その点では確かにガイドラインの指摘もその通りかと思うのですが、実際に15 歳未満を対象にしたところで、「知的障害者の意思表示が明確でない者」というくだりが、どうしても矛盾するのではないかと思うのです。意思表示というのは、特に小児の場合の意思表示というのはどのように考えたらよいのかということについて、法的にはどういう理解なのでしょうか。知的障害を除くという場合の知的障害とは何か、これはもう法的に定義がないので議論しても仕方がないのですけれども、子どもの意思表示というのをどのように理解したらよいのかということです。お願いします。

丸山:ご質問ありがとうございます。もう既に質問の中に考えるべき観点が含まれていて、答えになっているかと思います。知的障害の者を除くというのは旧法のときから入っておりまして、旧法では、心臓死体からの腎と眼球は別ですけれども、それ以外は原則として本人意思が不可欠とされておりました。そういう場合については、15 歳未満の者については本人意思が難しいであろうということで、旧法のもとでのガイドラインは、知的障害の者については脳死判定を見合わせるというふうに書かれており、実務では臓器摘出も除くとされていたと思います。
 今回の法改正で本人意思不可欠ということが改められまして、遺族、家族の承諾による臓器提供あるいは脳死判定が可能になり、この本人意思の意味が異なってきております。旧法のもとでの指針の「知的障害の者を除く」というのは、維持する必要がなかったのです。
 私は臓器移植委員会の下の意思表示の作業班に少し参加させていただいたのですが、その際も、これはおかしいけれども、検討することになると本格的な検討になって、簡単に回答が出ないということが考えられて、とりあえずは従来通りの扱いにするということになりました。しかし、先ほども久保田先生が指摘されましたように、理論的にはおかしいので、私自身も作業班の中で、必ず検討を続けてください、ガイドラインができたから担当者交代、これでよしということにはしないでくださいと申したのですが、現実にはこの知的障害について、脳死判定基準と同じように研究班を設けて検討するということもなされていないようですので、なかなか難しいところです。
 それは理論的にも難しいですし、理論的にはといいますと、今、先生がご指摘の子どもの意思表示についてどう考えるかというあたり難しい問題が含まれております。これまで、法的には一般に知的障害者については、あるいは自分で意思決定できない者については、子どもと同じに考えるとしてきたわけですが、今回の改正法のもとで、子どもはドナーになれるのに知的障害は除くと、ここが一貫しないので難しいところが理論的には含まれております。加えて、現実にはおそらく障害者の方が、この問題についてどう考えておられるかというところも、確認して進まなければならない。その方たちの意見が一枚岩であるかどうかも少し難しいところがあるのではないかと思っております。理論的な説明が難しいというのは、先生がご指摘の通りなのですが、なかなかこの先なされるべきことがなされるかどうか、少し心もとないところです。

芦刈:日本臓器移植ネットワークの芦刈です。少し実務的な立場からお答えさせていただきますと、この知的障害等に関して有効な意思表示ができないものからの臓器提供を除くということになっていますので、成人も含めて除くということになります。これまでの成人事例の経験と、これまでの小児事例の経験を含めて申し上げますと、まず一つは、今回の法改正により、拒否する意思表示も担保しなければならないということで、拒否する意思表示が、その正常な判断ができるのかどうかというところがあります。たとえば、知的障害があるということがわかった事例に関しましては、療育手帳などを確認しながら、提供ができないというようなことがある事例も過去にございました。それと知的障害以外でも、精神障害や精神科疾患の場合に、拒否する意思表示あるいは本人の意思表示がある場合は有効なのかどうかということを現場で確認しながら、医学的な診断を確認しながら判断していっているという現状がございます。

水口:ありがとうございました。乳児までを対象にしていながら、知的障害を除外するということは明らかな矛盾をはらんでおります。その中で、除外するかどうかの判断を、現場の医療としてやらなければいけないわけです。知的障害の定義がそもそもはっきりしないということを久保田先生も指摘されていました。厚労省の頭の中にあって、マニュアルにも出てくる言葉としては、幼児期以降であると、たとえば療育手帳を持っているかどうかというようなことが一つの基準になるようであります。しかしそれ以下の年齢、とくに0 歳児ともなりますと、そもそも発達が遅れているかどうかの判断すら難しいので、療育手帳云々の話にはなりません。その段階でどう判断するのかということについて、厚労省は最初、「現場の先生方にお任せする」と言っていたのですけれども、基準もなしにお任せされては困るので、なんらかの基準が必要だろうということで、極力新しいマニュアルに文言を盛り込むようにしました。
 例えば0歳児の場合は、ダウン症を思わせる顔貌があって、染色体検査の結果やはり21トリソミーである。あるいはCT やMRI を撮ったら顕著な水頭症や広範な皮質形成不全がある。これはかなりの確率で知的障害が将来はっきりしてくるだろうという場合に関しては、診察所見や検査所見を参考にして除外とするという方向にするのがよいのではないか。それを新しいマニュアルの中に盛り込んでいます。それでも実際にはなかなか難しい点があると思います。その他、何かございますでしょうか。どうぞ。

質問者7: 知的障害の話ですが、保護者の方のどちらか、お父さん、あるいはお母さんのほうに知的障害があった場合というケース。あるいは、知的障害にはなりませんが、たとえば車の中でという話もありました。お父さんがお酒をたくさん飲んでチャイルドシートに乗せずに事故にあったといったケースで外傷にあった。そこでこの臓器移植に賛同できる権利といいますか、そういった部分に参加できるのかどうか、その辺を少しご教授いただけるとありがたいのですけれども。

山田:臓器提供をしてよいというカテゴリーの中に、乗車中の交通事故と書いておきながら、こんなことを言うのも申し訳ないのですけれども、今回訂正したように、やはりチェックリストを通していただいて、親御さんの不適切養育がないかどうかということを見ていただくことが重要です。飲酒運転していた、ないしは、子どもをチャイルドシートに乗せていなかったとしたら、それは子どもに対して危害を加える意図があったかどうかは別としても、やはり不適切な養育ですので、そういう場合は被虐待児の疑いを除去し得ないということで、臓器提供者から除外せざるを得ないということだと思います。親御さんの代諾権問題で、どういう人だったら子どもの臓器提供について承諾ができるのかというあたりは、議論がきちんとつめられていないのだろうと思うのです。今日も少し提示しましたが、どうして被虐待児は臓器を提供してはいけないのかというテーマです。このことは突然、法律に規定されましたが、その根拠についてはあまり明確ではなく、今日お示しした通り、証拠隠滅の問題と代諾権の問題が挙げられるだろうということです。代諾権というのが、法的に意義があるのかどうかというあたりは、司法家の中で疑問を呈している方もいらして、アメリカでは代諾権問題というのは取りざたされていません。あくまで証拠隠滅の問題、すなわち、「証拠が臓器提供によって保全されなくなる状況は避けなければいけない」ということです。裏を返すと、「証拠さえきちんと残せれば、臓器提供してもいい」というのがアメリカ小児科学会のスタンスです。日本が今後どういう方向に進んでいくのかは、先生方のご議論が大切なところになるのではないかと思います。

丸山:遺族の承諾ですが、未成年者の場合、今のお話にありましたように、親の能力が疑わしい場合どうするかということですが、法的には遺族が承諾するということで、ガイドラインでは遺族の総意、全員の意見を取りまとめて同意をする。実際の承諾書にはそれぞれの人の名前が書かれるようですが、それでも遺族全員の意見を代表するものとして署名するという捉え方をすべきだろうと思います。遺族の皆さんの能力が不十分だと少し困ってしまうのですが、精神医療の代諾の場合ですとそういうことがあって、それでも能力が不十分な方の同意で治療がなされているということがないわけではないようです。移植の場合は、能力を備えた方が得られることが多いと思いますので、そういう方も含めて皆さんの意思を取りまとめて承諾をするということになるのではないかと思います。

 


20110517

法的「脳死」臓器移植患者の死亡は累計59名
肺移植患者1名が死亡

 日本臓器移植ネットワークは、5月17日に更新した移植に関するデータページhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/offer_brain.htmlで、法的脳死判定手続にもとづき臓器移植を受けた後に死亡した患者数が、累計5 9名に達したことを表示した。肺移植後の死亡患者が1名増加した。肺移植患者の死亡は累計21名になった。

 これまでの臓器別の法的「脳死」移植レシピエントの死亡情報は、臓器移植死ページに掲載。

 


20110509

法的「脳死」臓器移植患者の死亡は累計58名
膵腎同時移植患者1名が死亡

 日本臓器移植ネットワークは、5月9日に更新した移植に関するデータページhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/offer_brain.htmlで、法的脳死判定手続にもとづき臓器移植を受けた後に死亡した患者数が、累計5 8名に達したことを表示した。膵腎同時移植後の死亡患者が1名増加した。 膵腎同時移植患者の死亡は累計4名になった。

 これまでの臓器別の法的「脳死」移植レシピエントの死亡情報は、臓器移植死ページに掲載。

 


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