自己決定権が見えなくする、あらたな「野蛮な時代」
小松 美彦著「自己決定権は幻想である」
“自己決定権という言葉を主題として、この言葉に内在する危うさと、背後に隠れた国家や医療の世界の構造を、具体的な事象を手がかりにして、明らかにする・・・・・・”小松 美彦著「自己決定権は幻想である」が洋泉社から出版された。新書判222ページ、定価777円、ISBN:4896918339。
序章「自己決定権とは何だったのか」では、「1970年代アメリカを起源とする自己決定権が、日本では脳死・臓器移植を実現するために持ち出されたこと、また新自由主義という国家意志を隠すために有効に機能している」と概説。
第T章「私はなぜ自己決定権を認めないのか」では4つの理由をあげる。
- 人が生きていくすべての場面において、個人が何かを決めるということが、個人の問題にとどまることなど、決してない。
- 自己決定権が無為に受け入れられてしまったからこそ、人々の抵抗が鈍り、ナチス・ドイツによって国家規模の安楽死の実施にいたった歴史上最大の災厄を繰り返す危険がある。
- 自己決定権には、自閉的な傾向を促進する力がある。
- 死は関係のなかで成立し、関係のなかでしか成立しないものだから、人は死を所有も処分もできない。所有物ではないものに、権利概念をあてがうのは、死の本質を根本的に見誤っている。
「脳死」・臓器移植関連では、
人体を直接経済的に利用、改良する「人体革命の時代」の時代に入っているにもかかわらず、自己決定権という言葉があることによって、非常に見えにくくなっている。自己決定権によって人体の要素を売買するようになっていけば、やがて死体を丸ごと売買するところまで直結していく。医学の研究開発に最も有効な死体とは脳死患者に他なりません。私は現代をあらたな「野蛮な時代」だと思うのです(p56〜p57の要旨)。
所有権や処分権といった抽象的な言葉だけで批判しても駄目。自己決定権自体が、抽象的で具体的な出来事を隠蔽する構造をもっているから、個別具体的な言葉によって物事の実態を、逐次明らかにしていかなければならない。そういった努力なしには、自分達の奥底に眠っている、隠蔽された感覚を、もはや呼び覚ますことはできない。脳死患者の体動を写したビデオを東京大学の講義で見せた後では、教室が、いつも水を打ったように沈黙に支配されてしまう(p64〜p65の要旨)。
最初は自己決定権を打ち出した民主的な装いから始まった臓器移植が、やがて「脳死は人の死」に一元化を図る。町野案は「我々は死後の臓器提供へと自己決定している存在なのである」と、人間の死をあえて恣意的に普遍化しようと画策する行為がもつ欺瞞性について、少しでも考えを巡らせてもらいたい(p88〜p90の要旨)。
第U章「自己決定と自己決定権はどう違うのか」
自己決定権とは、個人主義を擬装しながら、実際には抽象化され、普遍化されることによって、いつでも国家共同体に転化・悪用されかねない危険性をもったものです。その意味では、自己決定権を個々人の具体的な実存の側から見てみたら、そんなものは、はじめからないのだと極論してもいいような気がします。それをあるのだとなお言い募るのであれば、幻想としてあるのだというしかないと思うのです。
このほか第V章「自己決定権と福祉国家の行方」では、「死の義務」「パーソン論」「自己決定権を軸とした生命倫理学」を批判。第X章「ノンと言い続けることの重要さ」においても、自己決定権が「場」を壊す。・・・自己決定権にもとづく主張をしている人と話をしていると、自分の存在自体が認められていないと感じることがある・・・無感覚からは、倫理は生じません。倫理は「場」そのものなのですから」と指摘する。
第W章「死をめぐる感性、批判をめぐる感性」では、作家の中井 英夫氏による「人は死んだら、残された者の心の中に行く」という言葉により、小松氏は「死は共鳴する」から思考を発展させた。
“「我思う、ゆえに我あり」、「疑う私がいることを疑うことはできない」といったデカルトの言葉に、「私の中には、死んだ他者たちが入っている」という一言をつけ加えることで、形式論理に足元をすくわれてしまった近代的な自己決定権という考え方に、根本的な逆転の契機を与えたいと思うのです”、と終章「自己決定権批判の課題はどこにあるのか」に書いている。
「膵臓単独摘出では心停止前のカニュレーションは行わない」
臓器移植法無視の通達を形式的に順守 膵島移植報告書
日本移植学会、日本組織移植学会、日本臓器移植ネットワーク、膵島移植ワーキンググループは7月21日付で「膵島移植に関する報告書」をまとめた(移植39巻6号の巻頭に掲載・ページ数の記載なし)。
主な内容は以下
- 膵島移植のための膵臓摘出は、遺族の承諾のみで行うことは臓器移植法に抵触するものでない。
-
7月15日までの13例の心停止症例のうち8例に心停止前にカニュレーションが行われていた。全例で臨床的脳死診断はなされており、1例を除いて腎と膵の提供であった。
本症例は慢性透析患者からの膵提供の申し出があったものでドナー家族の書面による了承が得られたものである。確かに心停止前にカニュレーションはなされていたが、人道的立場から臓器のviabilityの保持を考えると必須であった。しかしながら1998年8月26日の閣議決定による通達にある様に、腎臓については生前にカニュレーションをする事を容認しているが他の臓器については言及していない。法律の解釈にもよるが今後この医療を定着させる為には国民の誤解をまねく行動を慎むべく、膵臓単独摘出の場合は心停止前のカニュレーションは行わない事とする。この様な症例はごく少数であり、これで膵島移植が進まないという事はないと考える。
- 当面は腎不全および腎移植例のレシピエント候補者は選択しない。
- 腎臓摘出後に膵臓を摘出、組織移植コーディネーターは臓器移植コーディネーターの指導の下に活動することとする。
- 使用しない膵島をいたずらに凍結保存することは避けなければならない。
以下は当Web注:ドナー候補者の救命・治療に関係のない処置は、そのドナー候補者に対する傷害行為または傷害致死となる。ドナー候補者の救命に反し人権を考慮しないのに、移植成績向上のため「臓器のviabilityの保持を考える」という、偏った「人道的立場」を受容できる人は極めて限られるだろう。
陰茎移植が将来は可能になりそう。ラットで結果良好
生体膀胱移植も 順天堂大学・小児泌尿生殖器外科
第13回日本小児泌尿器科学会総会が7月8、9、10日の3日間、千里ライフサイエンスセンター(大阪府豊中市)で開催された。
順天堂大学小児外科・小児泌尿生殖器外科の古賀 寛文氏らは、動物実験の結果から陰茎移植が臨床応用できる可能性を、また同科の加藤 善吏氏らは生体部分膀胱移植を用いた膀胱拡大術の可能性があることを発表した。以下は日本小児泌尿器科学会雑誌、13巻1号(2004年)より要旨。
古賀 寛文、陰茎移植:陰茎再建術の新しい手術療法、p51
[目的]
男子膀胱外皮、外傷、悪性腫瘍などによる陰茎欠損および性転換に対しては一般的に橈骨前腕部皮弁を用いた陰茎再建術が行われている。しかしながら本術式は技術的に難しく、特殊な手術修練を行った者のみが可能である。にもかかわらず、尿道狭窄、皮弁壊死などの合併症が少なからず認められ、必ずしも満足する結果は得られてはいない。今回、陰茎移植という新しい陰茎再建術のラットモデルを考案し、良好な結果を得たので報告する。
[方法]
12週のBrown-Norwayラットから摘出した陰茎を、12週のLewisラットの大網に移植した(同種異系移植;n=23)。
[結果]
移植片の生着率は100%であった。免疫抑制剤を投与しなかった8匹では全移植片に拒絶を認めた。また、免疫抑制剤(FK506)を投与した15匹でも移植後3、5日目に摘出した移植片には軽度から中等度の拒絶、7、10、14、21日目に摘出した移植片では軽度の拒絶を認めた。
[結語]
FK506は同種異系の陰茎移植の拒絶反応を十分に抑制することが可能である。これまでに陰茎移植を用いた陰茎再建術の報告はなく、本術式は将来臨床応用しうるものと考えられた。
当Web注:陰茎移植は、顔面移植と同じくドナー確保の困難が予想されるが、この点に関する言及はない。
加藤 善吏、生体部分膀胱移植を用いた膀胱拡大術:実検的検討、p65
[目的]
二分脊椎症に伴う神経因性膀胱は、閉塞性尿路障害および膀胱尿管逆流現象の合併による進行性の腎機能障害に加え、尿失禁によるQOLの低下など多くの問題をかかえている。現在、臨床における神経因性膀胱の治療法として、胃、小腸、大腸などの消化管を用いた膀胱拡大術が施行されている。しかしながら、これら消化管を用いた膀胱拡大御において、長期的に経過観察した場合、粘液分泌に伴う結石形成や繰り返す尿路感染症、発癌、消化液による潰瘍形成などの合併症も問題視されており新たな治療法の確立が切望される。
近年、我々は、神経因性膀胱に対する新しい治療法として、新生仔ラットの膀胱移植片を用いた膀胱拡大術が可能である事を報告した。今回、さらに成獣ラットの膀胱を用いた生体部分膀胱移植片による膀胱拡大術の可能性について検討したので報告する。
[方法]
26週齢成獣Lewisラットより、膀胱の上部1/3を部分切除し(移植片)、これを6週齢幼例Lewisラットの大網に同系移植した(生体部分膀胱移植;n=15)。ドナーの残存膀胱は縫合閉鎖した。移植後2週日にレシピエントを開腹し、移植片を用いた膀胱拡大術を施行した。
[結果]
移植後2週日、全例で移植片は生着しており、肉眼的に嚢胞状を呈していた。さらに4週後、全例で縫合不全または吻合部狭窄等の合併症を認めず、摘出した新生膀胱の病理学的検討において粘膜、粘膜下層および筋層のいずれにおいても異常所見を認めなかった。また、術
後、ドナーおよびレシピエントともに尿失禁、尿路閉塞および尿路感染等の合併症は認めなかった。
[結論]
今回の検討から、ラットにおいて生体部分膀胱移植片を用いた膀胱拡大術が可能であることが示唆された。さらに、血行再建を用いない臓器移植において初めて、成獣ラットの移植片が生着し得ることが確認された。
「脳死」患者家族は外観、顔貌の変化を気にする
病状説明時の理解困難 千葉県救急医療センター
2004年7月6、7日の2日間、ビックパレットふくしま(福島県郡山市)を会場に第35回日本看護学会看護総合学会が開催され、千葉県救急医療センターの杉内 喜世子、濱田 智恵、本田 彰子氏らは「脳死状態となった患者の家族への看護」を発表。家族に病状説明をしても十分に理解されていないこと、
人工呼吸器の取り外しに同意しても遷延性意識障害と脳死を混同している家族がいること、また家族の判断で治療を中止したケースの多くが患者の外観、顔貌の変化を気にしていたこと、「このまま生きられるのでは」と思っていたことを報告した。以下は日本看護学会論文集(看護総合)35号p79〜p81(2004年)より。
2000年4月から2003年3月までに、同センターの脳死判定基準に沿って脳死判定を受けた患者の遺族15名に研究協力を依頼。6名(配偶者4名、親2名)より同意が得られ、死後6ヵ月〜1年10ヵ月後に面接を行った。患者は16歳〜67歳、脳血管疾患3名、交通外傷3名。6名の患者はすべて、脳死判定後、家族の判断で治療を中止し、人工呼吸器を外して死を迎えている。
6名の回答のなかで、病状説明時に「脳死の可能性について説明されても実感できなかった」、治療に対する判断を求められた時に「このまま生きていてほしいという気持ちと、かわいそうだという気持ちの葛藤の末、このままではかわいそうだという気持ちから人工呼吸器を外す決定をした」という回答は、全事例から得られた。各面接対象者の回答の概要は以下のとおり。
- A氏は、脳死について説明されたとき、実感はなかった。しかし、肉体が傷んでくるのを人前にさらしておくのは自分のわがままではないかとも思い、人工呼吸器を外
す決定をした。看護師の対応については、家族が行えるケアを教えてもらったことが良かったと感じている。人工呼吸器を外さなければずっと生きていたかもしれない、生き返ったかもしれないという思いを、面接時も抱えていた。
- B氏は、入院時や脳死判定前後での医師の説明はあまり記憶に残っていないと言う。脳死判定後、「脳死と言われたからダメだ」「このままではかわいそうだ」と思い、治療中止を決定している。しかし「そのまま何年かは生きていたかもしれない」という思いも抱えていた。入院中、親戚に対し、面会時間について話した看護師に不満を持っていた。
- C氏は、「このままではかわいそう」という気持ちから、治療中止を決定したが、「このまま生きていられるかもしれない」という気持ちも持っていた。医師の説明はいつも緊張して聞いており、医師の言葉遣いや態度によってさらに緊張した。病状については内容を聞くことができていなかったという。入院中、看護師がそばにいることで安心感を持ち、質問にも優しく答えてもらったと感じていた。
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D氏は、脳死判定後、「脳死なら100%助からない」と感じ、「あのまま維持してもいいことはない」と思い治療中止を決定したと言う。患者の死の直後、顔貌の変化がなかったことに安堵しており、もし顔が変わってしまったら悔いが残ると思うと話された。患者は生前に、必要以上の延命処置はしてほしくないと話していた。そのことからも、治療中止を決断できたという。また治療中止に決定について、後悔している言動はなかった。
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E氏は、脳死判定についての説明は、「頭が真っ白で何をしていいかわからなかった」と答えている。治療中止の決定については家族で相談しているが、子供も親族もその決定を夫に一任していた。夫は親族の疲労やE氏の顔貌変化が予測されることなどから、治療中止と決定せざるを得なかったと言う。しかし、治療中止を決定することは「死刑執行人になる気分」と話された。また治療中止を決定したことが本当によかったのかという気持ちを、面接時も抱えていた。
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F氏は、死について説明されても実感できず、手術などでなんとかならないのかという思いをずっと抱えていたが、脳死判定後に奇跡はおきないと言われ、「ああ、ダメなんだ」と感じた。顔貌の変化から「このままではかわいそう」と思い、治療中止を決定した。看護師のケアがそれぞれ違い、「もう少しきちんとやってほしい」という気持ちを持っていた。治療中止を決定したことについては、患者の死後でもそれでよかったと思っており、入院していた10日間は、気持ちを整理するのにとても大切な時間であったと答えた。
考察(要約)
脳死判定に関連した家族の思いは、「病状説明時」「意思決定時」の2つの時点で、特徴的な様相をみせていると考えられた。
病状説明時の家族は、説明内容を十分に受け止められていない状況にあると予測される。これは、突然の発症に対して家族の動揺が強く、心理的防衛反応が働き、医師の説明に対して拒否や否定の対処をとっていると考えられる。
意思決定時の家族は、積極的な治療中止の決定に、葛藤や後悔を抱える状況にあると予測される。面接の中では、植物状態との混同をしている発言もあり、植物状態と脳死状態との違いが理解されにくいということがわかった。
今回の面接結果からは、家族に対する看護援助として、1家族・患者間の調整、2家族・親族間の調整、3家族・医療者巻の調整には、特に必要性があると考えられた。
医師からは、早急に結論を出す必要がないことや、脳死判定を受けずに自然な死を待つことも、選択肢の一つとして挙げられることは話される。看護師は、家族の葛藤や、病状説明が正確に理解されていないことを踏まえ、これらを再度家族に説明していく必要がある。看護師は、もし患者に意識があったら家族と同じ決定をするだろうこと、たとえ同じ決定でなくても、その決定は患者に理解されるであろうこと、家族は患者の代弁者としての十分な資格があるということを示し、家族に支持的にかかわることが重要である。入院中、家族は患者の浮腫などの、外観の変化を大変気にしているため、看護師は、患者に対する十分なケアを提供していく必要がある。
枠内は当Web注
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佐藤 章(千葉県救急医療センター)、中村 弘、古口 徳雄、小林 繁樹、大石 博通、八木下 敏志行、渡辺 義郎:臓器移植法による脳死判定が救急医療現場にもたらす医学的,倫理的諸問題 脳死判定350例の経験から、日本救急医学会雑誌、9(9)、393、1998
17年間に臨床的脳死に陥った488例中、350例(72%)が脳死と診断され、うち230例(67%)で治療中止の相談がなされ、199例(86%)で呼吸器停止の承諾が得られた。しかし全脳死症例中の約18%がvital
signsの悪化により呼吸器停止前に死亡した。・・・・・・臨床的には、脳死判定終了前から脳治療を目的としない徹底した全身管理を行わないと、20%近い症例が失われる可能性がある。
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佐藤 章(千葉県救急医療センター)、中村 弘、古口 徳雄、小林 繁樹、八木下 敏志行、渡辺 義郎:脳死臓器移植も含めた脳死患者への対応における治療側の論理的,倫理的問題の検討、日本臨床救急医学会雑誌、2(1)、130、1999
臨床的脳死から死亡までの時間は前期(80−85年)平均29時間から中期(86−90年)82時間、後期(91年−)70時間と延長し、脳死判定基準の変更以上に診療側が慎重になってきている。 脳死確定から家族が治療中止に同意するまでの時間は、前、中期約6時間から、後期15時間と大幅に延長し、家族の対応もかなり慎重になってきている。
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佐藤 章(千葉県救急医療センター)、中村 弘、小林 繁樹、景山 雄介、宮田 昭宏、古口 徳雄、八木下 敏志行、渡辺 義郎:脳死症例に対するDNR告知と治療中止の決定における問題点、日本救急医学会雑誌、7(9)、430、1996
我々は、患者の病状とそれに対する治療側の考えを正確に伝えたうえで相談するべきという基本方針から、臨床的に脳死と判断された時点で可及的早期にgive
up(回復不能の容認)、DNR(蘇生の放棄)である旨家族に告げ、脳死判定後は、状況が許せば呼吸器の停止を含む治療の中止を進言してきた。
過去14年間、切迫脳死後平均11.8±18.2時間でgive up、DNRが説明されており、87.1%が24時間以内、70.6%が12時間以内、31.6%が1時間以内と早期説明の方針が守られていた。最初の脳死の説明から承諾までの期間は、平均53時間で、48時間以内が66%、24時間以内が30.8%であり、ほとんどの症例でこの期間中に数回家族面談が行われ、最終判定終了後説明では直ちに承諾が得られた。脳死患者家族に早期から繰り返しgive
up(回復不能の容認)、DNR(蘇生の放棄)の説明を行い、90%の症例で治療中止の承諾が得られた。一方、治療サイドの自主的判断で説明をしなかった例も4割近く(117例)存在し、基準の明確化など今後の検討の余地がある。
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野口 照義(千葉県救急医療センター)、角田 興一、伊東 範行、渡辺 義郎:単独独立型救命救急センター10年間の実績とその検討、救急医学、18(2)、217−225、1994
単独独立型救命救急センター開設以来10年間で20,423件の新患患者を診療した。343件の脳死例は全死亡例の17.2%で、脳死判定後9日以内に全例死亡した(全患者の平均在院日数は17.9日)。脳死例の57.2%は人工呼吸器より離脱され、その12.6%(25件)より死体腎の提供があった。人工呼吸器離脱例時に血圧が高いほど、心停止までに長時間を要した(8分〜44分)。人工呼吸器離脱時の血圧が100mmHg以上は29例(うち140mmHg以上は5例)。
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中村 弘(千葉県救急医療センター)、渡辺 義郎、佐藤 章、小滝 勝、小林 繁樹、久保田 基夫、芹沢 徹:脳死判定後の問題点、日本脳神経外科学会47回総会抄録集、526、1988
過去8年間に脳死あるいは切迫脳死状態から心停止に至った275例中108例は脳死判定に至る前に心停止した。脳死と判定した167例のうち138例の家族が治療の中止を承諾し、10例の家族は脳死判定前から中止を強く希望した。4例の家族は当初治療の継続を望んだが、1、2日後に中止を希望した。15例の家族は治療の継続を一貫して希望した。23例から腎の提供を受けた。
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法的脳死31例目 中枢神経抑制剤の影響下、低血圧で臨床診断
脳波も低感度、心電図も省略 ナチュラルコースが一転して提供に
6月29日8時頃、自宅で倒れているところを発見され神戸市立中央市民病院(中央区港島中町)に搬送された脳梗塞、クモ膜下出血の40歳代患者が7月5日0時34分、法的に脳死と判定された(31例目)。心臓は埼玉医科大学附属病院で20歳代女性に、両肺は東北大学医学部附属病院で30歳代女性に、膵臓と腎臓は九州大学病院の30歳代女性に同時移植され、残る1腎は兵庫県立西宮病院の60歳代女性に移植された。
第31例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0318-1.htmlによると、
6月29日19時20分:人工呼吸器装着
20時 :後頭蓋窩減圧術施術。術後、JCS 300、両側瞳孔縮瞳し、対光反射なし。
23時55分:血圧低下があり、昇圧剤の投与開始。
6月30日6時 :尿崩症が出現
10時 :家族に病状を説明し、救命が困難な状態であることを十分に理解された。昇圧剤の投与中止と点滴量の減量等を希望された。
15時 :両側瞳孔散大。家族の希望にそって、点滴量を減量した。
7月2日 :家族が病状を十分に理解しており、現行の保存的加療のみの処置で、急変時にはnatural
courseでみる希望であることを確認した。
7月3日 20時頃 :家族より、臓器提供意思表示カードの提示あり。
7月4日 2時30分:臨床的脳死診断を開始した。
検証結果報告書は「6月29日に、フェニトイン(250mg)が一回投与されたが、臨床的脳死診断の開始まで約4日が経過しており、脳死判定への影響はないと考えられる」としている。しかしフェニトインの血中濃度半減期は140時間程度が見込まれる中枢神経抑制剤。しかも脳血流が低下していると、脳組織内の薬物濃度と血中薬物濃度は数十倍も差が生じるため、中枢神経抑制剤を投与された患者はすべて脳死判定から除外すべきと指摘されている。
臨床的脳死診断時の血圧は50/32mmHgだった。検証結果報告書も「臨床的脳死診断に際して収縮期血圧が90mmHg未満であり、血圧に係る生命徴候の確認の条件が満たされていない。法的脳死判定の際には二回とも当該条件を満たしているものの、臨床的脳死診断の際にもこの条件を満たすことが望ましかった」としている。
さらに脳波測定時の感度は5μV/mm。検証結果報告書も「臨床的脳死診断の際にも、高感度(2μV/mm)による脳波検査と心電図および頭部外導出による同時モニターを行うことが望ましかった」とした。
第1回無呼吸テスト開始時の血圧は108/69mmHgだった。それが6分後には86/52mmHgと低下した。
このような問題が指摘されるにもかかわらず、検証結果報告書は「本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本症例を法的に脳死と判定したことは妥当である」とまとめた。
臓器提供希望者登録制度 重症者発生を即座に受信して臓器獲得
頭蓋内出血患者に抗血栓剤投与、心停止腎臓摘出 長崎と福岡で
7月3日、福岡国際ホールにおいて第24回九州腎臓移植研究会が開催、福岡県移植コーディネーターの岩田 誠司氏と福岡県健康対策室の三浦 圭史氏は“臓器提供発生の「システム化」を目指して”福岡県の事業として、インターネット等を活用した提供希望者の新登録制度の開始と、各病院にその登録状況を照会する担当者を設置する計画を進めていることを報告した。「提供病院のモチベーションに頼らざるを得ない今の不安定な臓器発生の仕組みを改善し、提供意思の発掘をよりシステマチックに行なえるようにするため。実施されると脳死等の患者が発生した場合、登録状況の確認を行なうための連絡を、その都度受信できるようになる。登録の有無に関わらず、そのような情報の受信は、提供数の増大に大きく寄与するものと思われる」と説明した。
このほか頭蓋内出血の患者に、生存中から血液凝固を阻止する抗血栓剤ヘパリンを投与して心停止を迎えた、生存中の臓器冷却目的のカテーテル挿入、心停止後に心臓マッサージ、人工呼吸器停止、などを行なって腎臓を摘出した事例が報告された。
- 摘出チーム:長崎大学・国立病院長崎医療センター、移植施設:長崎大学
提供者はクモ膜下出血の71歳女性、2003年4月入院、入院時Cr0.7mg/dl、第7病日目死亡。情報受信時より循環動態が不安定であり、短時間でさらに循環動態の低下をきたしたため、ヘパリン投与を行い、のち心停止を迎えた。ご家族の了承のもと心臓マッサージを行い、摘出チームの到着後直ちに手術室に搬入し摘出を行なった。温阻血時間25分、摘出直前のCr1.5mg/dl。左腎は移植不適応。レシピエントの42歳男性は透析離脱に89日を要した。
- 摘出チーム:長崎大学・国立病院長崎医療センター、移植施設:佐賀県立病院好生館、済生会八幡総合病院
提供者はクモ膜下出血の55歳女性、2003年12月入院、入院時Cr0.6mg/dl、第4病日目人工呼吸器を停止し、心臓停止後両腎摘出となった。温阻血時間17分。左腎レシピエントの51歳女性は透析離脱に66日を要した。右腎レシピエントの47歳女性は、血流再開後約20分に初尿を認めたが、閉創中、尿管の異常拡張を認め膀胱尿管吻合を再離断したところ尿管内が血腫で充填され、持続的出血を認めた。グラフトは高度に腫脹しており腎破裂の危険性を考慮し摘出に至った。
- 摘出チーム:九州大学病院、移植施設:九州大学病院、九州大学病院
提供者は縊頚の39歳男性、2004年1月入院、入院時Cr0.8mg/dl、第7病日目死亡。心停止前にカニュレーションを実施し、心臓停止後両腎摘出となる。最終Cr6.1mg/dl、温阻血時間1分。左腎レシピエントの53歳男性は術後20日目透析離脱。右腎レシピエントの35歳女性は、術後26日目に透析離脱。
- 摘出チーム:九州大学病院?、移植施設:原三信病院腎センター?、九州大学病院?
ドナーは小脳出血の57歳男性、入院時Cr0.6mg/dであったが、摘出直前にはCr6.9mg/dlに上昇していた。心停止前にカニュレーション、ヘパリン加の後、30分後に心停止となった。温阻血時間は3分。レシピエントはそれぞれ移植後17日目、26日目に透析離脱。
出典:「臨床と研究」82巻8号p1409〜p1417
4例目の胎児脳死診断 全くの誤診
異常なく9日後に退院 北里大学
7月3日、川崎市中小企業・婦人会館において第368回日本産科婦人科学会神奈川地方部会が開催され、北里大学の今村 庸子氏らは胎児脳死と強く疑ったものの、神経学的異常所見は認めず経過良好で退院した症例のあることを報告した。
母親は29歳で0経妊0経産、36週5日より胎動感消失を認め、翌日に前医を受診。胎児心拍数陣痛図で基線細変動消失を認め母体搬送となった。入院時に超音波上胎動や眼球運動、呼吸様運動などをまったく認めず、バイオフィジカルプロフィールスコアは2点、胎児心拍数陣痛図では確診がつかない状態で緊急帝王切開を行った。
児は2068gの女児で、アプガースコアは2分値2点、5分値5点。臍帯動脈血ガスはpH7.24で低酸素血症は認めなかった。頭部CTや脳波検査をしたが、神経学的異常所見は認めず、経過良好で日齢9に退院した。
これまでに経験した胎児脳死の3例は、出生後脳死と診断されたという。
出典:今村 庸子(北里大学)ほか:Fetal brain
deathが疑われた症例、日本産科婦人科学会神奈川地方部会会誌、41巻2号、p167(2005年)
今村 庸子(北里大学)ほか:Fetal brain deathが疑われた症例、神奈川医学会雑誌、33巻1号、p34(2006年)
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