江戸時代人も直感!移植可能な臓器・四肢を得られるのは、
提供者を生体解剖するからだ!臓器移植の古文献から判明
1969年7月26日発行の日本医事新報は、p25〜26に中野 操氏(大阪・阿倍野・晴明丘)による「臓器移植の古文献」を掲載した。中野氏は、本年初頭の医学週刊誌Medical
Tribuneに「世界最初の臓器移植?」という題で一枚の写真が出ていたこと。それが少なくとも500年前のスペインの大寺院の彫刻で、白人に黒人の脚を移植した彫刻であることに言及した後に、以下を記載している。
ところが、十九世紀初めごろの日本の文献に臓器移植を記したものがあるのでご紹介しよう。
これは和泉国(大阪府)熊取谷の素封家 中 盛彬(安政五年没)のかきのこした「拾遺泉州志」に出ている記事で、(中略)熊野船が玄海沖で難破し、男女数百人海の藻屑となったが、唯一人の水夫が奇跡的に命だけは助かった。ただし片足がなく人事不省になっていたので、ところの人が哀れに思い、近くにうちすててある舟へかつぎあげてふと見ると、幸いにも一本の足がころがっている。そこで薬司をいざないきたり事情を話すと、薬司は「こはまさしく女の足なれど、まず接いでみばや」とて接いでみた。やがて水夫は正気にかえり一ぶ始終を聞いたのであるが、「骨はつづかねば立つことも叶はねど血ばかりは通ひぬるとて、かの足を物に包みて膝より折りかがめ麻の縄もて首にかけ今一つのおのれが足と竹杖とにて」郷里の熊野へかえっていった。
その帰郷の途上で、筆者の中氏も現にこの男を見、あまりの怪しさに細帯を解かせてみたところ、「まごふべくもあらぬ女のしかも若き足にて肉厚くつやつやと白きなまめける足なり」とある。その他にも、この男の足を見た人があり、全く不思議なことと大評判となったが、中氏は生ける人に死せる足を接ぐのは生ける木に枯木の枝をつぐのと同じことで、「血めぐり脈通い寒熱痛痒をしるちふことはりのあるべしとは思へねど、又さなくてはいかでかくつやつやとあるべき」と疑問を投げ、宮内郷太夫という人が「未だ息の通える女の足をきりてただちに
接ぎしにもやあらむ」といったが、まことにさもあらんと思われると記している。
心臓移植の場合の、心臓供給者の死の判定の問題と一脈相通ずるものがあって、興味深い文献ではなかろうか。 |
当Web注:世界初のヒト手同種移植の成功は、1998年8月にフランス・リヨンでのこととされている。四肢の移植は、組織や血液型の適合性の検査、血管内に血液を凝固させない薬物の使用、脳死ドナーの利用または切断した四肢の冷却保存、筋弛緩剤・麻酔・人工呼吸器・体外循環装置
などの利用、血管や神経や筋肉組織を傷つけない切断、血管・神経・筋肉組織の縫合、感染予防技術などが揃わないと実現しないため、四肢移植が成功する条件
は20世紀末まで揃わない。
このため拾遺泉州誌には、想像上のことが書かれていると見込まれる。しかし、「移植可能な四肢・臓器が利用できるのは、提供者を生体解剖する場合である」という直感が、江戸時代からあったことを示
す。
下記の第2回腎移植臨床研究会では、心停止ドナーに心臓マッサージや人工呼吸、麻酔器を使ったり、凍死させて臓器を摘出するなどの残虐行為が臆することなく報告され
ている。
14歳男児を全身冷却、心停止後臓器摘出 弘前大
人工呼吸と心マッサージを続けながら臓器摘出 阪大
家族の承諾を得る前にカニュレーション、脱血 千葉大
ドナーの死亡前に軽度低体温を実施 京都府立大
死体というが生体に近い 東大 第2回腎移植臨床検討会
1969年7月17日、第2回腎移植臨床検討会が虎ノ門共済会館にて開催。臓器摘出の実態について、1月に開催された第1回腎移植
臨床検討会よりも踏み込んだ報告が相次いだ。
以下は、移植、4巻3号、p193〜p252掲載の第2回腎移植臨床検討会より。各発言の末尾()内は掲載ページを示す。
14歳男児に人工心肺、全身冷却して心停止後臓器摘出
弘前大学第1外科の山本 実氏は、レシピエントが2名とも2週間以内に死亡した1968年7月23日の腎臓移植について報告。
ドナーは14歳の男子で、第3脳室底部から Pons(橋)にかけて血管腫を有し、昏睡状態をきたしていました。昏睡に入り5日後に自発呼吸が停止し、3日間レスピレーターにて呼吸が管理されましたが、一般状態は次第に悪化の一途をたどり、4日めにいたり血圧は昇圧剤にも反応せず、まったく救命不能と考えられました。
そこで家族に話したところ、家族は死後腎臓を提供することを快諾しましたので、補助循環を目的とし、股動静脈より脱血、送血カニューレを挿入し、1%プロカイン100ml、ヘパリン3mg/kg、マニトール200ml、10%低分子デキストラン溶液の灌流液で充填した人工心肺装置を用いて、流量30ml/kg/minで補助循環を行ないましたが、循環を中止すると、血圧が30mmHgと低下するため、graft
の保護を目的に体外循環による全身冷却を40分間行いました。
体温31℃で心停止をきたしたので、以後急速に冷却を続け、直腸温25℃、食道温25.6℃で両側腎摘出を行いました(p218)。
死亡後も人工呼吸と心臓マッサージを続けながら臓器摘出
大阪大学泌尿器科の栗田 孝氏は、32歳〜52歳の脳腫瘍2名、脳外傷3名にたいして、死亡後もレスピレーターによる呼吸と閉胸マッサージを行いつつ(死者のPCO2は60〜80に維持)腎摘出を行ったことを報告した(p219〜p224)。
千葉大学第2外科の尾越氏は臓器摘出前からの対応を含めて報告した(要旨)。
いつ死ぬかわからないわけですが、だいたい禁足にして、1週間くらい前からそういうことがありそうだといいますと、今日はどこにいるという毎日表を作っているわけです。ですから亡くなった時点では必ず全員そろうことになっております。
もちろんその患者に対してもベッドサイドにはウォッチャーが2人くらいつきまして、1人はすぐ連絡をみんなにとる。1人はすぐ屍体のほうの処置をするというふうなことです。
まず心臓が止まると心臓マッサージを閉胸でやるわけですが、それをずっと続けます。それと同時にビニールチューブを大腿部から通して、だいたい30cmくらいですか、腎動脈のあたりと思われるところまで入れて、乳酸加リンゲルですが、それを前もって冷却しておき、どんどん入れて冷やすわけです。その間、年の甲をへた人がドナーのファミリーに腎臓をもらう交渉をするわけですが、その間若い人は心臓マッサージを行い、それ(腎臓)をカテーテル法で冷やしておく。
そして承諾が得られたら心臓マッサージ、それからもちろん挿管して麻酔器をつけてあるわけですが、それをずっと続け、手術場に運んでいきます。ドナーの腎摘では横隔膜を開いた後に大静脈を切断します。
この発言の後に、千葉大学第2外科の岩崎氏は「腎臓の灌流をはじめるのは、下大静脈を切ってから灌流を始めております。というのは、その前に始めますと、腎臓はパンパンになってしまうからです」と、わざわざ訂正した(以上p224−p225)。
岩崎氏は移植4巻1号p72〜p78掲載の「死体腎移植術(T)」では、乳酸加リンゲルをカテーテルを介して腎臓を灌流冷却するものとして記載し、カテーテル挿入は腎提供の承諾を得た後であること、また下大静脈を切断した後に腎を灌流、冷却、灌流しながら腎を摘出する旨を書いている。敢えて訂正したことから、実際には家族から臓器提供の承諾を得る前に、カテーテル挿入はもちろんのこと出血多量死をさせかねない脱血までしている可能性がある。
このほか東大第2外科の秋山氏は、「やはり私どもは植えられる方の生命を大事に考えたいと、そういう立場をとりましたので、Cadaver
といいましても
living
に近い状態でやっております」(p226)と発言。京都府立医大第2外科の岡氏はドナーの死亡前に低体温を実施、1時間以内に温阻血時間を抑えて移植術後に2例が腎機能を回復していることを報告した。「低体温といっても軽度低体温です。一応死期の迫った患者の治療にもつながることですし、わりに気分的にもすっきりした気持ちでやれる方法かと思います」という(p226)。
東大・稲生氏「生きている死体から腎臓を摘出した」
他3施設も心臓死前から 第1回腎移植臨床検討会
1969年1月17日、第1回腎移植臨床検討会が京都府医師会館において開催され、自然な心臓死後の死体からではなく「脳死」体からの腎臓摘出を東大の稲生氏が発表。京都府立大、千葉大、弘前大の医師も、臓器摘出目的の一連の処置を心臓死以前から行っていることを発表した。
以下は、移植、4巻1号、p1〜p56掲載の第1回腎移植臨床検討会より。各発言の末尾()内は掲載ページを示す。
脳不全患者は入院時からドナー候補
- 千葉大学第2外科・雨宮氏:血液透析をやっている患者さんは、教室の中に大体5人ないし6人常に待機の状態でいるわけです。そこで1人なにか脳腫瘍とか、交通事故とかで死に瀕した方が入院すると、それがわれわれにとっては
candidate になるわけです(p9)。
「脳死」体からの臓器摘出
- 東京大学第2外科・稲生氏:Cadaver(死体)の場合ですが、最近アメリカに行っている方からのお手紙によりますと、向こうではいわゆる
living cadaver(生きている死体)
という言葉がだいぶ出ているようです。実は私どもが1例ほかの病院でしたのがそれに該当するもので、私たちだけの合言葉かと思っておりましたところが、アメリカではそれが非常に流行しておりまして、いわゆる
living cadaver
というものによって成績が著しく向上したということです。
きょうの会合は同士の集まりと申しますか、あまりジャーナリスティックな問題を取上げないと思いますので、あえて発言させていただくわけですが、今後は、やはり臓器の保存というような問題が現在の状態に留まる限りは、ischemic
time(阻血時間)を短くするという意味で、いわゆる
living cadaver
ということが、表面的にいいか悪いかは別としまして、重要な問題ではないかと思います。
私どもの具体例を申しますと、Hirntumor(脳腫瘍)でもう長い間寝ておりまして、1週間ぐらい前から意識が無い。家族も十分了承された上でそういうことがやられたわけですが、そういう意味で、皆様方にはある程度ご理解いただけると思います。
社会的になるべくそういう方向に進めていきたいと、私自身は考えております。今後まだ社会的にいろいろ問題があると思いますが、それで比較的よくいきました例をもっておりますので、あえて発言させていただきました(p17)。
心停止前から臓器摘出目的のドナー管理
- 京都府立大第2外科・岡氏:最近56日間生存しました症例では、ドナーの死亡前に全身低体温にしまして、約10時間ぐらい24℃前後の温度にしまして、比較的いい成績を得ております(p17〜p18)。
- 千葉大学第2外科・雨宮氏:これはドナーになるんだということで、われわれが泊り込んでおりますと、それが今度は血圧が下がったりなんかいたしまして、かえって小便が出なくなって、腹膜灌流をやらなくちゃならんことが、まあ3回のうち2回ぐらいあります(p18)。
- 弘前大学第1外科・中野氏:ドナーに人工心肺をつなぎ、補助灌流の目的で一応灌流しまして、その後低体温にして
graft を得た例があります(p18)
このほか京都府立大の岡氏は、生体腎ドナーには無血縁者のボランティアが含まれることを発言している(p12)。
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