松山赤十字病院 クモ膜下出血の40代女性 法的脳死91例目
脳死判定に影響しうる薬剤、投与中止から24時間で判定開始
2010年8月27日、松山赤十字病院に入院中の40歳代の女性が法的脳死91例目と判定され、肝臓、腎臓、膵臓、眼球が摘出された。脳死下での臓器提供事例に係る検証会議の「第91例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書」http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002i7az-att/2r9852000002i7ei.pdfによると、診断・治療の経過は以下。
病院前対応
8月23日、23:30頃帰宅し、気分不良を訴えて、食事、入浴をせずに入眠した。その後いびき様の呼吸、泡沫状の痰を排出し、呼びかけに反応しないところを発見され、救急隊要請。8月24日、00:07救急隊現着。その際の意識レベルはJCS100。対光反射あり、自発呼吸あり。酸素投与を行いつつ、搬送を行った。搬送中、左目の左方への偏視を確認されている。
来院時対応・初期治療
8月24日00:20、当該病院到着。意識レベル JCS200。バイタルサインは、血圧98/74mmHg、心拍114回/分。瞳孔径
右2mm/左2mm。自発呼吸は認められたものの、呼吸は不規則で浅かったため、気管挿管を行った。頭部CTで両側基底槽に、Fisher分類group3のクモ膜下出血を認めた。
入院後治療
同日01:45、集中治療室入室。頭部CTを再度施行し、右内頚動脈眼動脈分岐部に最大径約36mmの巨大動脈瘤を認め、同部位が出血源のクモ膜下出血と診断した。臨床状態が極めて重篤であるため、保存的加療を行うこととした。人工呼吸管理のため、プロポフォールの投与を開始した。また、血圧低下が続くため、同日18:00からドパミンの投与を開始した。その後、19:30、瞳孔径右5mm/左5mmとなり、対光反射が消失した。20:31、再度頭部CTを施行し、両側大脳半球に広範な低吸収域が出現し、脳幹が圧排されていることが確認されたため、グリセリンの投与を開始した。
8月25日朝、自発呼吸が消失した。
8月25日12:55、意識レベル
ジャパン・コーマ・スケール300、両側瞳孔散大。主治医より家族へ病状説明を行った際、臓器提供意思表示カードの提示と臓器提供の申し出があった。
報告書は、脳死とされうる状態の診断及び法的脳死判定に関して「脳死判定に影響しうる薬剤としてプロポフォールを使用していたが、投与量は70〜90mg/hrと通常の一般的な投与量であり、かつ中止後24時間経過していることから、脳死判定には影響しないものと考えられる」とした。
脳死とされうる状態の診断の検査時刻は8月26日14:30〜15:58、血圧は開始時96/64mmHg、終了時60/40mmHgだった。聴性脳幹反応はT波のみ認めた。報告書は「深昏睡であり、瞳孔は固定、脳幹反射は消失していた。脳波に関しては、標準感度脳波、高感度脳波とも平坦であり、また聴性脳幹反射もT波のみしかみとめられなかったため、臨床的に脳死と診断したことは妥当である。ただし、血圧管理については、より留意して管理すべきであった」とした。
第1回目法的脳死判定は8月26日20:46〜22:55、聴性脳幹反応はT波のみ認めた。無呼吸テスト開始前の血圧101/68mmHg、6分後98/59mmHg、人工呼吸再開後91/47mmHg。
第2回目法的脳死判定は8月27日05:05〜6:58、検査中の昇圧剤の使用はノルアドレナリン、アドレナリン。聴性脳幹反応はT波のみ認めた。無呼吸テスト開始前の血圧は112/70mmHg、7分後102/65mmHg、8分後95/58mmHg、人工呼吸再開後91/59mmHg。
報告書は「聴性脳幹反射もT波を除き消失している。無呼吸テストに関して、血圧は低下しているが、1回目、2回目ともに安全に施行され、必要なPaCO2レベルに達している。ただし、法的脳死判定マニュアルに定められているように、2〜3分ごとに採血を行うべきであった」「本事例の法的脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行った。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はない。以上から本事例を法的に脳死と判定したことは妥当である」とした。
当Web注:8月24日にプロポフォールが投与され、その後に対光反射の消失、自発呼吸の消失と脳幹の圧排の進行が確認されている。聴性脳幹反射はT波のみと、頭蓋内の血流は脳底動脈血流のみの低血流状態になっていた。通常の脳血流があれば、プロポフォールの投与中止から24時間経過後には脳死判定には影響しないと考えられる。しかし、この40歳代女性は、脳幹が圧排され、頭蓋内が低血流になることより、プロポフォールは脳組織から排出されていない可能性があり、脳死判定に影響した可能性を排除できないのではないか。
透析13年経過で、腎移植は生着率・QOLにリスク
西日本では70歳以上に死体腎移植は行なわない
第2回腎臓移植の基準等に関する作業班
8月26日に厚生労働省で第2回腎臓移植の基準等に関する作業班が開催された。以下は議事録
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000tmsq.htmlから注目される発言の要旨または抜粋。
被虐待児対策では、脳死臓器提供も心停止後の提供も同じ取り組みが必要
小児からの臓器摘出における被虐待児対策に関連して、飯野班員が「心臓死の場合も小児の虐待に関してはマニュアルを作ったり、こういうものを作らなければいけないわけですか。今まではこういうものはなくて、普通にやられていましたよね。ということは、これができたので、今度は小児からの心臓死での移植の場合には、マニュアルがそこの病院になければいけないという要件が必要になってくるのですか」と質問し、臓器移植対策室の辺見室長は「はい、その通りです」と答えた。
組織適合性の検査は感度が低い、日本独特
湯沢班員は「HLAの適合度でミスマッチ数でほとんど有意差がないということは大問題。現在は世界的にHLAのタイピングはDNAでされ4桁で表す。血清学的なタイピングでの結果を2桁で表す方法は、国際的な移植の世界では現在ほとんど議論されておらず、マッチとかミスマッチは4桁のDNAの型で議論されている。2桁だと有意差がないというのはアバウトな基準、4桁で検討すると有意差が出てくるという報告はある。リンパ球直接交叉試験陰性は非常に感度が鈍い方法」と発言した。
透析期間13年で生着率低下、長期待機患者への腎移植の医学的根拠は要確認
日本臓器ネットワークの朝居コーディネーターは、透析期間13年で移植された腎臓の生着率に差が出てくるというデータを示した。全国腎臓病協議会の宮本参考人は、透析患者の高齢化と14、15年待たない限り移植が回ってこないため、移植を諦めてしまって登録に至らないことで、登録者数の減少に至っていると述べた。そして、長期透析後の腎臓移植はQOLが下がっているケースが多いという印象を語った。これを受けて議論は、長期間、死体腎移植を待機している患者への優先順位を下げることのエビデンスを確認する方向に展開した。
西日本では70歳以上には死体腎移植は行なわない
長期待機患者への移植に関連して、湯沢班員は「西日本のほうですと70歳を目処に移植はしないとのことで、もう登録患者さんからは外されていることがほとんど、ほとんどというか、基本的には移植はされないです。ただ東のほうはそういう決まりがありませんので、実際70歳以上の方も登録が継続はされています。地域差があっておかしいのですが、この基準にも入っていないことですが、実際には70歳で西は限っていて、東は区切ってない。ちょっと爆弾発言かもしれませんが、こういうことがあっていいのかどうかということを」と発言した。
以下の枠内は、長期待機患者への移植に関連した原文。
○宮本参考人 だから長期透析者で移植した場合の生着率が、ここにあるように明らかに医学的にエビデンスで出てくるのであれば、それは前提として当時者も認めざるを得ないのではないかと思いますし、先ほど言い忘れましたが、服部先生が言われたように透析することで十分私自身もそれで生きているわけですから、ある意味で社会復帰ができるけれども、現実はQOLは一般と比べれば極端に下がりますし、やはり移植にはかなわないわけです。末期腎不全での治療として、人工透析はそれで長期生存が可能になったとはいえ、なんらかの合併症があったり、生活に障害を来す。就労をはじめいろいろなところで支障が出てきてQOLが下がるわけです。
そういう意味では移植が優先、末期腎不全にはある意味第1次的に根治療法である移植が優先されるべきだと思うので、若い患者さんの移植希望が叶うような一定の基準があってもいいと思いますし、残念ながら私と同じような透析歴の方が先ほど議論されているようにポイント制になってから結構移植をされているのです。心情的にはよかったなとは言いますが、現実は透析しているよりQOLが下がっているほうが、私が知る限りは多いのです。それが今日資料を見せてもらうと現実に長期透析者の移植は医学的にも、結果的には生着率が下がっているということになれば、そうそうポイントを、長期の待機者を、言い方が難しいですが、そんなに重視することもなく、平等になだらかなポイント制にしてもいいのかと思います。
○大島班長 いま非常に重要な発言がありましたが、長期透析者の、長期待機者の移植のQOLはひょっとしたら、下がっているのではないかと、こういうデータはありますか。
○湯沢班員 客観的なデータとしてすぐといっても困りますが、たまたま実は我々の施設で去年4人の方に献腎移植をしまして、たまたま60歳以上の方ばかりだったのですが、そうするとそういう患者さんに移植して、やはり透析患者が20年前後の皆さん。そうしますと60歳を超えている方ですと、実際に移植されたからとQOLが劇的に上がるかと、そういうこともなくて実際はこれで孫とゆっくり遊べるとかとも言ますけど、劇的に社会生活が改善することもありませんし、これは患者さんを目の前にして言うのもなんなのですが、劇的に元気になったわけではないというのを、しみじみ医療者も感じていまして、若い方に移植すると劇的に元気になるのが、年配の方に移植するとたまたま腎臓、結構若い人から提供があったこともわかっていまして、有効にという言葉は悪いのでしょうが、ちょっと活かされないのかなという思いを、医療者方としては思ったということが。多少そういうことがあったことをお話をします。
○大島班長 報告ではそういう報告は聞いたことはないですか。
○湯沢班員 はい、ただもう1つ年齢を話すときに、どうしても1つ伝えておかなくてはいけないことですが、例えば西日本のほうですと70歳を目処に移植はしないとのことで、もう登録患者さんからは外されていることがほとんど、ほとんどというか、基本的には移植はされないです。ただ東のほうはそういう決まりがありませんので、実際70歳以上の方も登録が継続はされています。地域差があっておかしいのですが、この基準にも入っていないことですが、実際には70歳で西は限っていて、東は区切ってない。ちょっと爆弾発言かもしれませんが、こういうことがあっていいのかどうかということを。
○宮本参考人 違う角度から言いますと、長期透析者の方が移植に至った時には、なかなか十分な予後になっていないというのが、私が見る限りのそういう側面があるのと、もう一方の側面でいうと、やはり20年過ぎて30年前後の透析患者さんというのは、逆に透析の合併症が様々出てきて、それを克服するために根治療法たる腎移植を希望するという側面もあるということを、一言申し述べさせていただきます。
○大島班長 20年も、30年近くも待って、その間お金を払い続けて待機しているという人の気持ちを考えると、たぶんそういうのがすごく強いのだろうと思っています。しかし実際にやってみたらQOLがほとんど改善しないということであれば、いったい何なんだろういうことになり兼ねないですね。
もうそろそろ時間ですが、今日もちろん結論が出るところではないですが、医学的な意味での問題というのは今いくつか出てきましたので、これらについてエビデンスとしてきちんと言えるかどうかということは、はっきりさせなければいけないと思います。医学的に明らかにいいということについては、これはきちんと認めようではないかという点が1つあります。待機期間については、ちょっとこれはなやましい感じがしました。全体として若い人にチャンスを与えるべきではないか、与えたほうがいいのではないかというようなご意見があったかと思いますが、これはただ若いというだけでもっていっていいのかという話になりますと、相当難しいのかなと思います。 |
法的脳死判定88例目、家族承諾臓器提供1例目
全身麻酔手術後の意識障害、脳死判定対象外患者を判定
肺保存液から脂肪塞栓検出されず、死因に医学界から異論
2010年8月9日、関東甲信越地方の医療機関に入院中の20歳代男性が法的脳死と判定され、10日に心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、眼球が摘出された。改訂臓器移植法にもとづく家族承諾による法的「脳死」臓器摘出では1例目になる。
厚生労働省の「第88例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書」http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ckin-att/2r9852000001ckk4.pdfによると、この20歳代男性は2010年7月31日22時30分頃、バイク乗車中に乗用車と衝突。23時3分、当該病院到着時に、やや多弁、興奮傾向、左大腿骨骨折、下腿開放骨折を認めた。23時30分、頭部CT上は明らかな外傷性損傷みられず。全身麻酔下に緊急手術にて洗浄、創外固定、直達牽引を施行。
8月1日2時35分 手術終了後に抜管しICU入室。術後に覚醒遅延、2時54分再度頭部CT撮像するも、明らかな異常所見はみられなかった。意識障害は遷延し、3時45分呼吸状態不安定なため再挿管し人工呼吸管理。15時18分頭部CTにて両側基底核を中心とした多発性低吸収域をみとめた。眼瞼結膜の点状出血、ヘモグロビン、血小板の低下、尿中脂肪滴(+)等の検査所見から、周術期に発症した脂肪塞栓症候群と診断された。
8月2日3時、瞳孔不同が出現。頭部CTでは基底核の低吸収域が若干拡大しており、脳腫脹に対して高浸透圧利尿剤にて対処したが、11時、脳幹反射が消失し、瞳孔は両側散大固定となった。12時、血圧低下を認め昇圧剤の投与を開始、18時には尿崩症と思われる尿量増加に対してバソプレシン持続静注を開始した。その後も呼吸循環管理を続けたが、神経症候の改善は認められなかった。
8月3日11時、脳波検査にて有意な脳波成分みられず。8月4日11時40分、頭部CTにてびまん性脳腫脹を確認した。8月5日午前、神経学的評価を行い、13時、平坦脳波を確認。「脳死とされうる状態」と判断された。
報告書は「整形外科手術の周術期に発症した脂肪塞栓症候群を原因とする重度かつびまん性に進行した脳腫脹に対しては、手術による治療の対象にはならず、保存的に治療を継続する他には選択肢は無かった。・・・受傷翌々日には急速な血圧低下と尿崩症を呈しており、すでに広範な脳機能障害の最終的な状態に陥っており、その進行を治療によってとどめることは不可能であった」としている。
「循環器系の管理」として、「血圧は136/68(治療終了時)〜208/134(最高時8/3)に維持した」。これらを報告書は「適切な循環管理が行われた」としている。脳死とされうる状態の診断の開始時に血圧:160/100mmHg、終了時180/124mmHgだった。
法的脳死判定の検査所見では、第1回の開始時血圧が161/81mmHg、無呼吸テスト終了時に145/73mmHgへ低下、第2回の開始時血圧が156/84mmHg、無呼吸テスト終了時に137/69mmHgへ低下した。無呼吸テストは2回とも、開始から6分後に動脈血二酸化炭素分圧が66.6mmHgに上昇した。
家族承諾の経緯
家族は、「以前、テレビを見ながら、本人が『どうせ灰になってしまうなら、臓器提供してもいいよね』と話していたことを思い出し、もう助からないなら、本人の意思を尊重してあげたい」と話し、臓器提供を承諾された。コーディネーターは、意思表示カード、健康保険証の裏面、運転免許証の裏面に本人の意思表示がなく、かつ本人の口頭による拒否の意思がないことを家族に確認の上、意思登録システムに登録されていないことを確認し、さらに家族の総意での承諾であることを確認した。
当Web注
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7月31日に全身麻酔下に手術を行ない、意識障害が遷延したのならば、麻酔の影響も残っている可能性がある。中枢神経抑制剤影響下であるとして、脳死判定の対象外とすべき患者ではないか?
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岩波書店発行の「世界」2012年1月号はp303〜p312に、出河 雅彦氏(朝日新聞社)、島 次郎氏(東京財団研究員)による「脳死ドナーはどんな亡くなり方をしているか」を掲載した。
この法的脳死ドナーの原疾患が脂肪塞栓症との診断に対して、肺移植を行った岡山大学の三好教授から「肺保存液から脂肪塞栓が検出されなかった」との文書回答、脂肪塞栓症で脳死になったことについて疑問と解剖の必要性を指摘した埼玉医科大学の堤 晴彦教授(救急医学)、千葉大学の岩瀬教授(法医学)のコメントも紹介した。
厚労省検証会議の島崎 修次氏の「肺に大きな影響がなくても、脳の障害が起きたという脂肪塞栓症候群の報告もある」との反論も掲載した。
加害者の会社員が自動車運転過失致死罪で、禁固1年4カ月、執行猶予3年の有罪判決が確定したこと。起訴事実に争いがなく裁判が約1時間の審理で結審したこと。会社員の弁護人は医学界の一部から「死因究明が不十分ではないか」との声が上がっていることを知らずに、公判で死因を問題にしなかったこと、死因によって加害者の刑事責任の重さが変わってくることを指摘した。
東京都では2011年10月までに、脳死臓器提供例において1例、医療過誤の疑いで臓器摘出後に行政解剖が行われたこと。2011年10月までの脳死ドナー150例のうち62例、41.3%が、検死を必要とする不自然死であったこと、日本臓器移植ネットワークが蘇生後脳症と発表したケースで警察の検視で心筋梗塞と発表したケース、同ネットワークが死因を非公表としたケースで警察の検視で急性硬膜下血腫と発表したケースのあったこと。「全脳死ドナー150例でみれば、検視を受けたのは37例、約25%で、4人に1人が、事件性の有無を調べなければならない亡くなり方をしているということになる」としている。
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上記と同じ経過・同年齢男性の症例が、2012年の第39回日本集中治療医学会学術集会で千葉県救急医療センターから
「外傷症例における脂肪塞栓症候群の合併では、死亡原因は通常は呼吸器症状・ショック・多臓器不全が主体であり、中枢神経症状が強く臨床的脳死に至った報告はほとんどない。今後、脂肪塞栓症候群の合併により注意する必要がある」と発表された。