第99回日本消化器病学会総会
岡山大学:急性肝不全症例12例、うち回復2例、血漿交換中止1例
神戸大学付属病院:脳死移植登録17例、1例は内科的治療で軽快
名古屋大学:現状の3倍の臓器提供が安全な肝移植のために必要
京都大学:ポテンシャルドナーが多い病院に啓蒙するシステムを構築中
肝移植適応評価委員会:法改訂は劇症肝炎患者に生体ドナー回避効果
2013年3月21日から3月23日まで、鹿児島市内で第99回日本消化器病学会総会が開催された。以下は日本消化器病学会雑誌110巻臨時増刊号より要旨(タイトルに続くA・・・は掲載
ページ)。
*安中 哲也(岡山大学消化器肝臓内科学):急性肝不全治療における脳死肝移植の位置付け、A156
2010年7月の改正臓器移植法施行から2012年9月の間に当院へ紹介された急性肝不全症例12例、転帰は脳死肝移植4例(待機期間中間値11日)、生体移植1例(同22日)、死亡3例(同25日)、回復2例、適応外2例であった。
症例1(脳死移植)は33歳男性、B型亜急性型劇症肝炎、2010年に緊急度9点で登録。2日目に2位、4日目に1位、10日目に1位のドナー情報があった。1度目の1位は脂肪肝であり移植に至らなかったが、2度目の1位で脳死肝移植が成立した。
症例2(死亡)は44歳男性、原因不明の亜急性型劇症肝炎、2011年に緊急度9点で登録。25日間の待機期間に紹介元医療施設で計20回の血漿交換を実施したが、その間にドナー情報は無かった。精神的に追い詰められたご本人、ご家族より登録取り下げの依頼があり、血漿交換も中止、その後永眠された。
劇症肝炎には脳死移植登録の際に最高点(旧基準9点、現基準10点)を与えられる。移植への期待が大きいものの、ドナーが現れない場合には長期にわたる待機期間を強いられる。
当Web注:症例1は登録4日目で移植したにもかかわらず「10日目に1位のドナー情報があった」ことは、移植施設そして日本臓器移植ネットワークが肝臓移植済みの情報登録を怠っていたためと見込まれる。症例2の登録取り下げには、計20回の血漿交換による医療費が影響した可能性がある。
*武部 敦志(神戸大学付属病院肝胆膵外科学):神戸大学における臓器移植法改正後の肝移植の現状、A158
当院では2010年7月より17例に脳死移植登録を行った(劇症肝炎2例・B型肝炎急性増悪1例・生体肝移植グラフト機能不全1例・肝細胞癌1例・ウイルス性肝硬変6例・Wilson病2例・PBC2例・その他2例)。このうち2症例(生体移植後グラフト機能不全1例・B型肝炎急性増悪1例)で脳死全肝移植を施行した。両症例とも医学的緊急度が最高点と診断され、ICU管理下での25日間・14日間の待機期間の後に全肝グラフトの提供があった。
また劇症肝炎2例も医学的緊急度が最高点と診断されたが、1例は10日間の待機後に全身状態を考慮し生体部分肝移植を選択し、もう1例は内科的治療にて軽快した。
これまで4例の待機中死亡(待機期間7―151日)を認めている。医学的緊急度最高点症例でも平均待機期間は約2週間とされ、脳死移植施設では肝不全症例への集学的治療の長期継続が必要となる。
*石上 雅敏(名古屋大学消化器内科学):当院における脳死肝植登録施行症例、および脳死肝移植登録待機症例の検討、A158
2003年4月から2012年9月までに当院において施行された脳死肝移植症例13例、およぴ2012年9月20日現在当院で脳死肝移植登録待機中の患者38例を検計対象とした。
患者背景は、施行症例は年齢中央値47歳(16−61歳)、男性8例・女性5、法改正前は5年5ヵ月で7例、法改正後は2年2ヵ月で6例であった。待機症例は年齢中央値50.5歳(16−67歳)、男性25例・女性13例であった。
施行症例の待機期間は劇症(10点相当)では法改正前で3日(1例)、法改正後で中央値:20.5日(2例)、6点症例は法改正前で中央値1037日(6例)、改正後で997日(4例)と法改正の前後で明確な差は出ていない。
当院においては法改正前後で施行症例数は増加しているものの、まだ待機期間の短縮にはつながっていない。劇症肝炎症例では1ヵ月以内にはドナーが現れているものの、少なくとも1週間以内にドナーが現れる状態にならないと患者の安全性が担保できないのではないか。現在、予測予後半年以内とされる6点症例でも法改正後も3年弱の待機期間を強いられている。以上から推測すると少なくとも現状の3倍程度の臓器提供が安全な肝移植のためには必要と考えられる。
*海道 利実(京都大学肝胆膵移植外科学):改正臓器移植法施行後の肝移植の現状と今後の課題、A159
ポテンシャルドナーが多いと思われる脳外科病院を中心に、移植外科医・救急医・コーデイネーターが出向いて啓蒙するシステムを構築中。
*玄田 拓哉(順天堂大学静岡病院消化器内科)、市田 隆文(日本脳死肝移植適応評価委員会):脳死肝移植待機リストにおける劇症肝炎患者の現状:改正臓器移植法の影響、A159
1997年10月から2011年8月末までに日本脳死肝移植適応評価委員会において評価を受け、臓器移植ネットワークにレシピエント侯補として登録された18歳以上の劇症肝炎患者142例。適応評価委員会事務局データベースに記録された臨床情報と臓器移植ネットワークに登録された転帰を用いて、待機死亡率、脳死肝移植率および脳死肝移植施行に寄与する要因・最終転帰について解析した。
18歳以上の全待機患者は1295例で、そのうち劇症肝炎患者は142例11%を占めた。転帰は脳死肝移植17例、生体肝移植14例、回復20例、待機死亡83例、病状悪化による申請取り下げ8例であった。登録後10日、20日、30日の累積待機死亡率はそれぞれ29・5%、45.2%、53.8%であり、待機生存期間の中央値は29日であった。脳死肝移植施行に関与する要因を検討したところ年齢、性別、血液型、肝障害の成因、待機時間、肝機能などの要因は関連が認められず、登録時期すなわち改正臓器移植法実施前か後かのみが有意な要因であった。
累積の脳死肝移植施行率を算出したところ、登録後10日目の移植施行率は改正法実施前の3.9%に対し実施後は25.5%と改善していた。
改正法実施前の転帰は脳死肝移植施行、生体肝移植移行、自然回復、待機死亡の比率がそれぞれ7.8%、14.7%、17.2%、61.2%であったが、実施後は34.6%、0%、7.7%、57.7%となった
[結論]
改正臓器移植法実施により劇症肝炎患者に対する脳死肝移植施行率は約5倍に上昇、し待機死亡の減少と共に生体ドナーを回避する効果も認められた。ただし依然として待機死亡の割合は高く、更なるドナー活動の普及が予後改善には必要と考えられた。
当Web注:当サイトは、記録のため発表者の表現のまま掲載します。当事者の主張を支持するものではありません。
臓器移植における倫理的な看護場面での看護師の苦悩
移植した人について口を閉ざす透析スタッフ、レシピエントの罪悪感
移植して元気にならない人もいる事実を公表していない、タブーなのか
大阪医科大学看護研究雑誌 第3巻が2013年3月16日付で発行され、各論文はhttp://www.osaka-med.ac.jp/deps/dns/zasshi3.htmlで公開されている。以下は大阪医科大学看護学部の林 優子氏、谷水 名美氏、京都大学大学院研究科人間健康科学系専攻の赤澤 千春氏、情報工房・千葉大学大学院看護学研究科の山浦 晴男氏による「臓器移植における倫理的な看護場面での看護師の苦悩 ―1事例の分析を通して―」http://www.osaka-med.ac.jp/deps/dns/pdf/zasshi3/14.pdf(PDF
4MB)」の主要部分。
8年の臓器移植看護(腎・肝・肺)の経験がある30歳代の女性看護師1名に2011年4月、約1時間の面接を行なった。移植前後において倫理的価値判断が問われる看護場面で生じた、困ったり、悩んだり、迷ったりした出来事を想起してもらうように伝え、迷い、悩み、葛藤その時の対応について語ってもらった。事例分析の結果、6つの苦悩が明らかになった。
移植医療の自身の推進姿勢:他者との見解の相違とマイナスイメージ体験による信念のぐらつき
「移植医療に対する他者との見解の相違や,移植がもたらすマイナスイメージの体験によって,移植推進への信念がぐらつき,考え方に迷いが生じる。」というように,看護師は,移植反対者の声を聞いたり,移植後の経過が芳しくないレシピエントに関わったりすると,移植推進者としての自己の信念がぐらつくという自分自身の不安定な姿勢に対して苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・ (移植に対して100%推進派にはなれないが)でもやっぱり移植して元気になってほしい。根底には‘移植ありき’の考え方があります。
・ 移植の病棟で働いている人みんながそういう考え(‘移植ありき’の考え方)ではなく,移植反対の人もいます。
・ 移植してもだめだった,ぜんぜん元気にならなかった,逆にQOL
が下がった人を見たり,反対の意見を聞いたときには,自分の‘移植ありき’という立ち位置が危険なのかと思ったりします。
・ 移植は確立された医療であるが,移植ありきで物事を考えている自分が大丈夫?(これでよいのかな)と思うときがある。
レシピエントとその関係者及びそれぞれの立場の違いに対する自身の対応姿勢:間に巻き込まれる不安と対応の難しさに困惑
「レシピエントや家族との間に巻き込まれることに不安を感じたり,腎移植者と透析者,レシピエントとドナーのような立場の違う双方を同時に擁護することに難しさを感じたり,不安定な気持ちの中で適切な対応ができずに困惑している。」というように,看護師は,レシピエントや家族を支えるための関係性の持ち方に苦悩し,また,腎移植後レシピエントと透析患者(長期待機患者)を透析室で同時にケアすることや,立場の違うレシピエントとドナーを病棟で同時にケアすることの難しさに苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・ やっぱり患者さんと関係性ができている分,どうしても自分の感情をうまく切り離せないときがある。
・
(透析を受ける人たちの前で)別に悪いことをしているわけじゃないけど,透析室のスタッフみんなが暗黙の了解みたいに(移植を受けた人のことに関して)口を閉ざす。みんなの前で公言できない雰囲気があって,(それって)どうなのだろうって(思う)。
・
(透析を受けている人と移植を受けた人が透析室では)お互いに気まずいだろうから,なるべくベッドも隣じゃなくて離そう。でも,ベッドを離してもそこに介入できない何か,何て言えばいいか。そういうことが結構あった。
・ レシピエント視点に立っていたらドナーの視点には立てない。
対レシピエントの看護:重々しい移植医療に対する安易なダメモト姿勢に苛立ち
「移植は重々しい治療であり,腎移植といえども臓器をもらうことは容易なことではないと思っているが,レシピエントの腎移植が簡単な手術であるという安易さと,移植がだめでも透析療法があるという甘さや軽薄さを感じて苛立っている。」というように,看護師は,他の臓器移植レシピエントと比較して,腎移植レシピエントが腎移植を安易にとらえている姿勢に認識の違いを感じて苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・ 移植した後の患者さんの場合,患者指導をしているときに“だめになったら透析に戻ればいいや”みたいな(感じがある)。
・
透析から離脱したら楽になるのはわかるけど,自己管理していかなきゃいけないという点では(移植前も移植後も)一緒だから。移植したらバラ色になる,患者さんの中でそういうイメージがすごく先行している。
・ 透析がしんどいから,じゃあ移植しようかみたいな。すごく安易な決断(をしている)。
・
患者さんの中で重要なのはたぶんそこ(移植したら元気になること)ですが,私たちが大事にしてほしいのは自己管理を続けることですから,その認識のずれかなあと思う。
対レシピエントの看護:移植への安易な依存姿勢と移植に伴う困難に対する行き詰まり感
「再移植・再々移植を望むレシピエントや家族,および移植に伴うトラブルなど困難ごとについて,どのように対応すべきか苦慮しつつ行き詰まりを感じている。」というように,看護師は,再移植や再々移植を望むレシピエントや家族の安易な思いに疑問を抱き,また,移植治療に伴うトラブルや困難な状況についてどこまで説明すればよいのか,どのように対応すればよいのかと苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・ (肝移植の1 回目のドナーとなったある患者の妻が)“先生から再移植しかないと言われたけど,ドナーがいない。”と言う。子どもが4
人いて,一番上の娘さんが二十歳だったかな。
・
あとのお子さんはまだ中学生と小学生でした。“この人には生きていてほしいけど,娘の体に傷をつけるのは耐えられないから,私がもう一回ドナーになれないですか”とその人が言ったけど,なんかもう……。うーっと思って。再移植をしても助かる確率はすごく低いし,そもそも再移植ができる状態ではなかった。
・ それ(合併症の割合が何%で,こういう危険性があるという怖い話)を看護師という立場でこの人にどこまで言っていいのだろうか。でも,この人にはこれを知っておいてもらわないと,たぶん術後のコンプライアンスが明らかに低いだろうと思う人もやっぱりいるから。
・
移植が終わった後,“ああなるというのを知っていたらやらなかったと思う”と言う人がいるから,(術後のことを)隠すつもりはないけど,移植する前にどこまでこの人たちに伝えていいのかと迷う場面はすごくある。
・ 悪い情報というと語弊があるけど,(患者に)よくないことを伝えるとき,これは伝えるべきか(どうなのか)。
対ドナーの看護:ドナーへの思いとケアが後回しになることへの危惧
「レシピエントがドナーに対して複雑な思いを抱いていることをわかっているが,レシピエントのケアが優先されているため,ドナーの思いを受けとめきれずに,ドナーへのケアが後回しになることを気がかりに思っている。」というように,看護師は,病棟がレシピエント中心のケアになっており,ドナーが後回しになってドナーの思いを十分に受け止めたケアをしていないことを実感して苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・
そのレシピエントの一番根底にある罪悪感とか……(そういう思いがあるのに)。家族からもらっていたら,ほんとうはいつも申し訳ないと思っているけど,家族には言えない。なかなかそういうのを(ドナーへの思い)出してくれない。
・私たちはどうしてもレシピエント側に立ってしまう。提供する側の人たちも絶対いろいろなことを思っているはず・・(だけどドナーに対しては何もできていない)。
・ 私は(移植病棟に)いて,その間ずっとレシピエント視点でしたが,それがだめだなあと最近になってわかりました。
対レシピエントとドナーの医療:社会への情報発信と移植医療体制の不十分さへの困惑
「施設内で十分に機能していない移植医療体制の実態や,レシピエントやドナーに対する情報が社会の中に十分に伝わっていない現実に,移植医療体制の不十分さを感じて困惑している。」というように,看護師は,レシピエントやドナーに対して,社会への情報発信が不十分であると感じており,また,不十分な医療体制の下でレシピエントやドナーに適切な対応ができていないことに苦悩していた。看護師は,以下のように語っている。
・
(移植を受けて)元気になる人だけじゃない,移植しても元気にならない人もいるという事実を世の中に公表していない。それはだめなことなのか。公表すること自体が日本ではタブーなのかという疑問がある。
・
それ(移植を受けても元気にならない人もいること)は言うべきだと思うけど,それをどういうふうにみんなに伝えるか。それがまた歪曲して伝えられたら,移植医療が終わるような気がするから,それはよくないと思うけど。
・ そもそも日本では生体に関する法律がないから,それ自体,えっと思うし,施設ごとでばらばらでやっているなんて,ありえない。
この論文の考察は、こう結んでいる。“以上,倫理的な看護場面で看護師に生じた6
つの苦悩をみると,それらは臓器移植における独特な看護師の苦悩であると思われる。それらの苦悩は,他者を尊重し,他者にとって何が益になるか,害はないかを考えて行動しつつ,看護師として何ができるかを考えながらケアをするという看護師の倫理(看護者の倫理綱領2003)に加えて,意思を尊重する,ありのままの事実を伝える,公平・平等に進めていくプロセスを重視する,ドナーの傍らで共感し思いを汲み取る,など臓器移植に関わっている看護職の思い(習田他2011)が背景にあるからこそ生じるものであるといえよう。”
当Web注=臓器移植後のQOL低下については、小林 朋子:SF−36による小児腎不全患者のQOL評価、神戸大学医学部紀要、63(3・4)、39−44、2003が、「移植をしてもQOLが向上しない、もしくはむしろ低下した患者がいる可能性は否定できない。・・・『移植をすれば必ずQOLが向上する、透析患者にとっては移植が常に最善の方法である』とは結論づけられない」と報告した。他の調査も、QOLは向上した患者が多いものの、少数の低下した患者の存在を記載している。
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