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「季刊 福祉労働」120号 参考文献 

 このページは、現代書館発行の「季刊 福祉労働」・120号(2008年9月25日発行)p30〜p40掲載「終末期医療における脳死、安楽死、臓器移植法「改正」と尊厳死法案」の参考文献を掲載しています。

凡例

1、太文字が本文における表現、=以下が資料名

2、雑誌、学会誌は、執筆者名:論文タイトル、誌名、巻(号)、掲載ページ、発行年を示す。巻(号)によっては臨時増刊号があり、号数やページ数の前にSが付く資料もある。シンポジウムなどの会議録は、執筆者名がないものもある。複数執筆者による資料も、筆頭執筆者名だけを示した。 

3、単行本は、引用箇所の執筆者名:引用箇所を含む部分のタイトル、書名、出版社名、掲載ページ、発行年を示す。

4、インターネット上の文献情報は、URLを示しリンクしている(2008年9月15日に確認)。

5、「表示されるはずの情報やページが見当たらない」などの、不具合やお気付きの点がありましたらお知らせください(メールアドレスはホームページの下部に記載)。

 

 

 


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はじめに

二〇〇六年一年間の死亡者は一〇八万人、自宅で死亡した人は一三万人、ほとんどの人は病院、診療所、老人ホームなどで死亡した。= 人口動態統計、第5表 死亡の場所別にみた死亡数・構成割合の年次推移http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii07/deth5.html

厚生労働省による看取りの場所の推計(図一)によると、二〇三〇年時点で年間死亡者は五割増える。介護施設を二倍に、在宅死を一.五倍に増やした場合でも、医療機関の病床数の増加を見込んでいないため、看取りの場所の無い人は四七万人と予測する。= 鈴木康裕(厚生労働省老健局老人保健課課長)看取れる居住系施設の整備を:メディカルウェーブ、No.3108、5、2007http://yb-satellite.co.jp/main/iryou/archives/mw3108.pdf
 大竹 進(大竹整形外科):脳血管疾患と終末期医療、保団連、974号、33―36、2008。Jan Janニュースhttp://www.news.janjan.jp/living/0802/0802010949/1.phpに、大竹氏による6回連載記事「後期高齢者医療制度は「団塊うば捨て山」が掲載されている。

医学の発達で高齢者の手術を安全にできるようになってきたが、一方で手術による合併症の恐れがある患者にも手術をなされる危険性が高まった。= 長谷川 敏彦(国立保健医療科学院政策科学部):高齢者と医療経済 診療の効率化 手術・処置件数と治療成績、Geriatric Medicine、42(5)、559−566、2004http://www6.plala.or.jp/brainx/elcost.htm#手術によって死亡する高齢者が増加

射水市民病院事件は、無理な手術が多いと評されていた医師が・・・・・・同事件では脳死判定基準を満たさない患者も脳死とされ、人工呼吸器の取り外しから心停止まで一時間四〇分を要した患者もいた。 =中島 みち:第一節 事件の発覚  第二節 七人の患者が死を迎えるまで 第三節 患者の尊厳を世に問うのなら、「尊厳死」に尊厳はあるか、5−83、岩波書店、2007

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米国では昨秋、脳死で死亡宣告されたザック・ダンラップ氏(二一歳男性)が、本当は脳死ではないことが判明し臓器提供は取り止められた。= 英語原文およびビデオはhttp://www.msnbc.msn.com/id/23768436/、日本語訳はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/wrong.htm#D

臓器移植においても、他の内科的・外科的治療法が有効とみられる患者までも臓器移植待機患者・移植適応患者とされ、過大に「ドナー不足!」と扇動される。= 肝臓移植回避例はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/evidence-liver.htm、心臓移植回避例はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/evidence-heart.htm、肺移植回避例はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/evidence-lung.htm、臓器移植全般および腎臓移植についてはhttp://www6.plala.or.jp/brainx/evidence.htm

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人工呼吸器を取り外しても死なない、鎮静剤が必要な終末期?患者

医師のなかには、患者の意思にかかわらず、終末期とみなす患者への医療を開始しなかったり打ち切ることを当然と思う医師もいる。
池田 佳代(関西医科大学病院・救命救急センター):脳死患児をもつ両親への対応、第20回日本看護学会集録 小児看護、81−84、1989
千代 孝夫(関西医科大学救命救急センター):脳死症例における臓器障害の発生と脳死後の医療についての検討、救急医学、13(5)、619−624、1989

 一旦画像を保存し、次に写真画像として開くと鮮明に読めます。

 左の枠内の画像kansaiidai7mz.jpgは、池田論文に掲載されている交通事故に遭った7歳男児例が死亡するまでの経過表だ。患児は1988年9月19日に関西医科大学病院・救命救急センターに入院、入院3日目までバルビツレート療法が行われていたので脳死判定をしてはいけないのだが、医師は「脳波フラット。脳機能停止し、よびかけても本人には全くわからず、いずれ心停止きたす」と説明した。 無呼吸テストも省略して脳死宣告をしたとみられる。
 家族は救命をあきらめないで6日目に昇圧剤の増量を要求したが、救命救急センターは同日にステロイド・脳圧降下剤を中止した。同時期に入院していた脳死患者の家族から「脳死が蘇生した例がある」と聞いたので、その事を9日目に医師に質問した。救命救急センターは、その日に抗生剤・昇圧剤を中止し維持輸液のみに変更し、人工呼吸器の酸素濃度も60%から 室内大気と同じ21%へ落とした。救命救急センターの一方的な治療撤退にもかかわらず、男児は19日目まで生きた。
 千代論文(救急医学13巻5号)は、1988年まで3年間の脳死患者24名に対して、脳死判定後に輸血漿は87%で施行せず、中心静脈栄養は75%で中止、検査は50%で中止、抗生物質は37%で中止、昇圧剤は29%で中止と報告している。

 このほかの治療不開始・中止例は安楽死or尊厳死or医療放棄死を参照。

 

人工呼吸を中止された患者は、自力で呼吸する能力がなければ体内の酸素を消費し尽くすため、数分から二〇分程度のうちに心臓も停止する。=現実の人工呼吸中止例における心停止までの所要時間はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#脳死または終末期の判断、そして倫理が疑われるケースを参照。
 体内の酸素量は、健常な人であれば約1400ml、安静時の酸素消費量を毎分約250mlとすると、5〜6分間で酸素を消費し尽くす。しかし、体内の酸素量や毎分消費量は、さまざまな要因で個人差 がある。酸素投与が行われていれば、体内の酸素量は増加する。絶食して代謝を落とせば、酸素消費量は減少する。人工呼吸を中止する前の、体内環境も心停止を起こすまでの時間に影響する。

射水市民病院事件で、・・・・・・この八〇代男性は、脳死ではするはずがない自発呼吸を、一〇〇分間にわたって一回もしなかったのか?= 中島 みち:第二節 七人の患者が死を迎えるまで、「尊厳死」に尊厳はあるか、5−83、岩波書店、2007http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#射水市民病院
 

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千葉県救急医療センターにおいては、・・・・・・死に瀕した脳死患者ならば低血圧になるはずなのだが、血圧が一〇〇mmHg以上の患者が二七名、このうち五名は一四〇mmHg以上の高血圧だった(図二)。=野口 照義(千葉県救急医療センター):単独独立型救命救急センター10年間の実績とその検討、救急医学、18(2)、217−225、1994http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#千葉県救急医療センター
 

カナダの一五の集中治療室では、人工呼吸中止一六六名のうち六名(四%)が生きて退院した。=Withdrawal of Mechanical Ventilation in Anticipation of Death in the Intensive Care Unit、The New England Journal of Medicine、349(12)、1123−1132、2003http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Canadian

米国のバーンズ・ジュイッシュ病院では、人工呼吸中止二八四名のうち五名(二%)が生存退院した。=Michael N. MD(Washington University):Factors associated with withdrawal of mechanical ventilation in a neurology/neurosurgery intensive care unit, Critical Care Medicine、29(9):1792−1797、2001http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Barnes

ロチェスター総合病院では、人工呼吸中止二三名のうち四名(一七%)が生きて退院した。=David k.Lee(Rochester General Hospital):Withdrawing Care  Experience in a Medical Intensive Care Unite, JAMA、271(17)、1358−1361、1994http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Rochester

コロンビア・プレズビテリアン病院における人工呼吸中止三二名は、・・・死戦期の苦悶または努力呼吸は一九人(五九%)に観察された。=Stephan Mayer, MD(Department of Neurology, Neurological Institute, Columbia University College of Physicians and Surgeons):Withdrawal of life support in the neurological intensive care unit、Neurology、52(8)、1602−1609、1999http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Columbia

北米の人工呼吸中止では約七割に鎮痛剤や鎮静剤が投与されている。=この部分は、薬物投与の記載があるhttp://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Detroit以下の論文 における傾向。

筋弛緩剤を投与されて、自発呼吸能力が阻害されたまま死亡した患者もいる。=Wilson WC, Smedira(Department of Anesthesia, University of California):Ordering and administration of sedatives and analgesics during the withholding and withdrawal of life support from critically ill patients.、JAMA、267(7)、949−953、1992http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Moffitt
 
Richard I. Hall, MD, FCCP(Dalhousie University):End-of-Life Care in the ICU.Treatments Provided When Life Support Was or Was Not Withdrawn、CHEST、118(5)、1424−1430、2000http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Elizabeth
 Jeffrey P.Burns(Department of Anesthesia, Harvard Medical School and Children's Hospital):End-of-life care in the pediatric intensive care unit after the forgoing of life-sustaining treatment, Critical Care Medicine、28(8)、3060−3066、2000http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Massachusetts
 

瀕死ではないため患者は苦しみ悶えつつ死ぬことを強いられ、その凄惨な場面を回避、あるいは取り繕おうと医師は薬物を投与してでも死なせようとする。=薬物投与の理由はWilson WC, Smedira(Department of Anesthesia, University of California):Ordering and administration of sedatives and analgesics during the withholding and withdrawal of life support from critically ill patients.、JAMA、267(7)、949−953、1992http://www6.plala.or.jp/brainx/respirator.htm#Moffitt。その他の英文文献も、投与理由または死戦期の患者の症状について記載しているものがある。

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それは、治療を開始しなかったり、中止したことにより死亡した患者についての情報集積と評価作業、つまりQOD(クオリティ オブ デス)の評価だ。透析療法の中止において部分的に取り組まれているが、・・・= 大平 整爾(札幌北クリニック):透析非導入および透析中止という選択、臨床透析、20(1)、35−42、2004。
 大平氏は上記論文の「V 患者の死後になされるべき事柄」の段落で「当該患者がどのような経過で死に至ったのか、患者が望む死への過程であったのかなどを分析する作業も欠かせないのではないか。Cohenらは彼らの基準で“good death or not”を判定している。この視点は、医療者の襟を正し社会的な共感を得るためにも、きわめて重要だと考える」と書いている。
 Cohenらの基準基準とは、1)透析中止決断後、死に至るまでの期間、2)主観的な苦痛の存在、3)心理社会領域における主観的評価、この3項目について、それぞれ5〜1点で評価して、総計点数が10点以上(最高点15点)を“good death”とするもの。

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臓器摘出時に死体ではないことがわかったケース

昨年十一月、米国テキサス州で脳死判定と脳血流検査も行われて死亡宣告されたザック・ダンラップ氏は、・・・ダンラップ氏は、自分に対する死亡宣告が「聞こえました、それで心の中は狂わんばかりになりました」と二〇〇八年三月二三日放送のNBCニュース、四輪バイクの事故で“死んだ”若者が生還!で語った(英語原文およびビデオはhttp://www.msnbc.msn.com/id/23768436/、日本語訳はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/wrong.htm#Dにある)。

類似の脳死を覆したケースが、一九八八年にカナダのマクマスター大学病院から報告されている。=Simon D.Levin(McMaster University Medical Center):Brain death sans frontiers、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE、318(13)、852−853、1988http://www6.plala.or.jp/brainx/wrong.htm#McMaster

脳死判定基準が国毎、施設毎に異なることについて、脳死判定を擁護する医師は「検査項目は神経学的・生理学的に同等だ」と議論をすりかえる。=竹内 一夫:我が国で行われた臓器提供のための脳死判定に対するコメント、脳蘇生治療と脳死判定の再検討、近代出版、227−232、2001
 上記資料で竹内氏は「各基準はそれぞれの項目の内容によって、多少の相違があるが、いずれも大同小異である」とコメントしている。

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強烈な刺激を与えると反応するかもしれない=脳死ではないことが判るかもしれないが、対光反射では失明の危険が、他の神経学的検査は身体各部を傷害する危険が、人工呼吸を中止する無呼吸テストでは炭酸ガスが溜まりすぎることによって、全身状態を悪化させ、炭酸ガスで昏睡させる恐れがある。=対光反射については、
洪 祖培:[5]自由討論、セミナー記録 脳蘇生と脳死 21世紀の健康と人間、日本大学総合科学研究所、87−101、1998
島津 邦男(埼玉医科大学神経内科):昏睡時の瞳孔異常、神経研究の進歩、29(5)、792−800、1985
 洪氏は「瞳孔が4mm以上で、一見反射がないような場合でも、検査室を暗くし、強光をあてれば、縮瞳がみられることがあります。また瞳孔径が4mm以下で、対光反射が判定しにくい場合でも、検査室を暗くし、強光をあてれば、実際は反射が存在していることもあります」と語っている。
 島津氏は、対光反射について「これを検査するにはペンライトでは光量が十分でなく、ずっと明るいたとえば100ワットの光源の下に虫メガネを用いて瞳孔径の変化を調べるくらい注意を払うべきである」と書いている。

 神経学的検査については、例えば脳死判定時に疼痛刺激を与えるが、その程度の弱い刺激では昏睡から回復しない患者であっても、臓器摘出時にメスで切開される激烈な痛みによって昏睡から回復する可能性が考えられる。
 神経学的検査は、検査時に「単位面積当たり何キロの刺激を加えるか」「刺激を与え続ける継続時間」について規定がない。対光反射も、検査時の「部屋の照度」「瞳孔に当てる光の照度」「光を当て続ける継続時間」について規定がない。規定を科学的に裏付ける閾値が確かめられていない。
 日常の診療における検査では、検査機器を必要とせず、簡易に実施できる検査は有用性がある。しかし、同じ検査方法を、脳機能の廃絶を確認するための脳死判定にも無自覚に流用してはいけないのではないか?

 無呼吸テストについては、炭酸ガス刺激だけの無呼吸テストhttp://www6.plala.or.jp/brainx/apnea_test1.htm、炭酸ガス刺激の強度が 脳死判定基準を超えてから自発呼吸が出現した症例はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/apnea_test1.htm炭酸ガス刺激の適正強度が設定できないを参照。

 

脳波測定や脳血流検査も精度が低い。=脳波測定の精度については、頭皮上脳波は判定に役立たないhttp://www6.plala.or.jp/brainx/scalp_eeg.htm、脳死判定5日後に鼻腔脳波http://www6.plala.or.jp/brainx/nasal_eeg.htm。脳血流検査についてはhttp://www6.plala.or.jp/brainx/yosi.htm#3を参照。

大部分の脳死患者からの臓器摘出では、皮膚切開時から血圧が急上昇するため麻酔がかけられる。=臓器摘出時の筋弛緩剤、血圧急上昇、麻酔http://www6.plala.or.jp/brainx/anesthesia.htm

法的脳死判定五三例目で札幌医科大学付属病院は、二〇代女性からの臓器摘出時に鎮痛剤を投与した。=山本 清香(札幌医科大学付属病院):レミフェンタニルを使用した脳死ドナー患者の麻酔管理、臨床麻酔、31(8)、1353−1355、2007http://www6.plala.or.jp/brainx/anesthesia.htm#法的脳死判定53例目(札幌医科大学付属病院)

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ところが、脳死判定または臨床的脳死診断後に、脳死判定・診断を覆す状態になった小児患者が、一九八八年以降に日本国内だけでも一七人、医学文献上に報告されている。http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery3_15.htm#脳死から復活した子ども達=“ラザロ患者”

奈良県立奈良病院で脳死と判定された女児は、一三日後に脳波が戻り痛み刺激に反応した。=坂上 哲也(奈良県立奈良病院):「6歳未満の脳死判定基準案」により脳死と判定された1新生児例、日本新生児学会雑誌、35(2)、290、1999http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery0.htm#奈良県立奈良病院:脳死判定後13日後に脳波と痛み刺激に反応、17日後に脳幹部血流再開、死亡まで43日間

しかし、法的脳死判定三例目(古川市立病院)では、臓器摘出時に筋弛緩剤だけで済み麻酔は必要なかった。=高内 裕司(国立循環器病センター麻酔科):脳死臓器移植における臓器摘出術のドナー管理、日本麻酔学会第47回大会、2000、演題番号:O-19.4 http://kansai.anesth.or.jp/kako/masui47/O/10986

筋弛緩剤だけで臓器摘出を完了できる患者のみが、脳死の可能性もある。= 脳死判定基準を満たした患者であっても、長期間にわたり心臓の拍動可能な患者群があり、出産する女性患者や身長が伸びて二次性徴がみられる小児患者もいる。生命現象の終止は、心臓死によってのみ 、もたらされる(人工心肺などの使用時は、血液循環の停止によって、生命現象が終止する)。
 一方、早期に心臓死に至る患者群は、中枢性尿崩症や血管運動中枢の機能停止による血圧の低下、昇圧剤が効かなくなる現象がみられる。中枢性尿崩症や血管運動中枢の機能停止をもたらすほどの重度の脳不全が、臓器摘出時に麻酔剤を必要とする反応を生じないこと、脊髄反射に備えた筋弛緩剤の投与だけで臓器摘出を完了できる状態と相関している可能性がある。その状態=重度脳不全が、心臓死を避けられない患者群とも重なっている可能性が考えられる(なお脊髄反射も生命現象であり、脊髄反射があることは生きていることを示す)。

 脳死から心臓死に至る病態を研究した論文は=加藤 一良(日本医科大学 救急医):脳死患者の循環動態に関する臨床的研究、日本救急医学会雑誌、4(3)、218―227、1993
 加藤論文は「脳死状態では、心の拡張期容量が増加するとともに末梢血管抵抗は低下する。同時に容量血管の拡大が起こり、末梢での血液のプーリングが増加する。さらに脳死患者では脳死に至る前に脱水療法を行っていることが多く、また尿崩症の合併も多い。これら4つの要因により絶対的、相対的循環血液量の低下が惹起される。一方、心筋組織は脳死前後に傷害を受けカテコラミンに対する反応性低下を来たし、収縮力も低下する。このようにして心の低灌流状態が遷延し、循環血液量減少性と心原性の複合により血圧が低下すると考えられ、カテコラミン投与のみでは血圧を維持しきれなくなり、心臓死に至ると考えられる」としている。

 佐藤 大三(古川市立病院):臓器提供病院の麻酔科としての関与 脳死下での第3例目を経験して、古川市立病院誌、4(1)、43―45、2000
上記の佐藤論文は、法的脳死判定3例目について「呼吸性アシドーシスや循環血液量不足により循環動態が不安定になり、血管拡張から容易に低血圧をきたしやすいことが考えられました。実際、体位変換時も血圧低下を経験しました」と報告している。心臓死に至りやすい患者であったことが伺われる。

死の三徴候(心臓の拍動停止、呼吸停止、瞳孔散大)が揃った患者から「心停止後」と称して臓器を摘出する行為も、生体解剖だ。死亡宣告後に心臓マッサージがなされて生体として維持されたり、人工心肺で全身を冷却し凍死させたり、脱血して出血多量死させたり、人工呼吸を停止し死亡させる、心臓拍動下に麻酔をかけての生体解剖も、心停止後の提供と称して1960年代から行われてきた。=小児からの臓器摘出はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/pediatric_harvest.htm#以下は症例、成人からの臓器摘出は「心停止後」と偽った「脳死」臓器摘出(成人例)、麻酔投与はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/anesthesia.htm#臓器移植法の制定前からを参照。

臓器提供者への治療中に投与された麻酔の影響で脳死判定を誤りやすい。=脳死判定をしてはいけない患者http://www6.plala.or.jp/brainx/narcotic.htmを参照

死亡宣告以前から救命に反する(移植用臓器の活性度維持には役立つ)ドナー管理も横行している。=脳死になる前から始められたドナー管理http://www6.plala.or.jp/brainx/donor_management.htmを参照

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「脳死は人の死か」と高尚な議論をする前に「救命を尽くしたか?人を殺していないか?死亡宣告をした人体に行ってはならないことがあるのではないか?」と現実的な問いをしなければならない。=秘密裏に生体解剖して腎臓を摘出したという東京大学第二外科・稲生氏の報告は第1回腎移植臨床検討会、移植、4(1)、1−56、1969http://www6.plala.or.jp/brainx/1969.htm#19690117

 心臓死を確実に予告する脳死判定基準は存在しないが、そのような判定基準が登場したとしても、生きたまま臓器を切り取られる恐怖・絶望・怒りを感じない状態であることも証明できるのか?
 死の三徴候が揃った患者に、死亡宣告をすることは長年行われてきた。しかし、死亡宣告の時点において、患者は生体解剖の恐怖・絶望・怒りを感じる状態に維持されているのではないか。心停止後に、比較的長時間のケースでも、心停止から数分後に臓器摘出術が開始されている。
 臓器摘出目的で、三徴候死の死亡宣告後に心臓マッサージが行われている。心停止後に人工心肺で血液循環をして臓器を摘出する行為も、生理的に同じ問題を生じる。多数の救急患者に心臓マッサージまたは人工心肺による蘇生術が行われ、心臓の拍動再開がない患者でも、対光反射だけなど脳の部分的回復が観察される。三徴候死の後に、心臓マッサージや人工心肺で人体に血液を循環させることは、生理的にも死亡宣告を無効にする行為ではないか。
 心臓の拍動が停止し、生命現象がすべて廃絶する方向に動きだした段階において、死亡宣告をすることは許容されると考えられる。しかし、その死亡宣告時点においても、生体解剖と同様の残虐行為は行われないようにすべきではないか。

  1. 心室細動が20分間継続しても、軽度障害で救命できたケースは、大久保 一浩(刈谷総合病院麻酔科・集中治療部):20分にもおよぶ心停止後生存退院できた1例、蘇生、18(3)、203、1999http://www6.plala.or.jp/brainx/NHBD.htm#2.心臓が停止した後に、いつまで蘇生が可能か
  2. 死亡宣告後に約2時間にわたり心臓マッサージが行われたケースは、池上 雅久(近畿大):心停止無脳児ドナーから成人への死体腎移植の1例、移植、26(6)、646−653、1991http://www6.plala.or.jp/brainx/anencephaly.htm#恣意的に拡大される「無脳」児ドナー
  3. 患者が生存中に人工心肺を冷却運転した弘前大の報告は、第2回腎移植臨床検討会:移植、4(3)、193−252http://www6.plala.or.jp/brainx/1969.htm#19690717
  4. 患者の心停止後?に人工心肺を冷却運転した報告例は、
    小山 勇(埼玉医科大学第1外科):心停止ドナーからの臓器を移植に用いるための人工心肺下コアクーリング法、献腎移植における経験、移植、33(総会臨時号)、133、1998
    浅居 朋子(日本臓器移植ネットワーク中日本支部):PCPS装着下で摘出された3献腎症例の移植経過、今日の移植、17(2)、325、2004 http://www6.plala.or.jp/brainx/2003-12.htm#20031206
    浅居 朋子(日本臓器移植ネットワーク中日本支部):PCPS回路から死体内灌流を行って摘出された腎をあっせんした3例、移植、39(5)、567、2004http://www6.plala.or.jp/brainx/2004-1.htm#20040130
     

 

臓器移植がベストの治療法か、人工臓器を使わなくなる時代

移植用臓器獲得のために合法的殺人を主張する人々もいる。=松村 外志張(株式会社ローマン工業細胞工学センター):臓器提供に思う 直接本人の医療に関わらない人体組織等の取り扱いルールのたたき台提案、移植、40(2)、129−142、2005http://www6.plala.or.jp/brainx/2005-4.htm#20050410

過去九年間の小児「心停止」腎臓ドナーは一六人だ。成人で「脳死」+「心停止」臓器ドナーのうち八%が「脳死」ドナーであることから、臓器移植法を改悪しても当面、小児心肺移植は数年に一人しか見込めず、臓器提供施設を拡大しても年間数人が上限だ。=いずれも日本臓器移植ネットワークの資料で、小児「心停止ドナー」はhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/offer/pdf/syouni.pdf、「脳死」・「心停止」ドナーについてはhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/offer/2007.html以下に各年の報告がある。このうち法的脳死臓器摘出・移植が開始された1999年以降〜2007年のデータにもとづく。

しかし、移植医は「腎臓移植のほうが延命できるし患者のQOLが高い。透析よりも移植が安上がり」 という。=岸本 武利(トキワ腎クリニック)腎移植の医療経済、Geriatric Medicine(老年医学)、42(5)、636−643、2004http://www6.plala.or.jp/brainx/2004-5.htm#20040501

日本臓器移植ネットワークによると死体腎移植一年後の生存率は九四%、移植腎生着率は八五%だ。・・・・・・平均年齢が四〇〜五〇代の腎臓移植希望者・透析患者は許容できるのか。=日本臓器移植ネットワークのNEWS LETTER Vol.8,2004 p8献腎移植統計 献腎移植における患者生存率・移植腎生着率ほかhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/newsletter/vol.8/P8.pdf、p7献腎移植統計 年齢別・性別登録者数 血液型別ドナー件数ほかhttp://www.jotnw.or.jp/datafile/newsletter/vol.8/P7.pdf

日本移植学会の腎移植統計には移植施設の七割しか調査に協力しておらず、移植患者の消息が判明しているのは五割に過ぎない。=腎移植臨床登録集計報告(2007)−3 2006年経過追跡調査結果、移植、42(6)、545−557、2007http://www6.plala.or.jp/brainx/2007-12.htm#20071210B

臓器移植を受けたがための早期死亡やQOL低下のリスク、合併症による医療費高騰などの実態も不明だ。

  1. QOL低下例の報告は、小林 朋子(神戸大学大学院医学系研究科成育医学講座小児科):SF−36による小児腎不全患者のQOL評価、神戸大学医学部紀要、63(3・4)、39−44、2003http://www6.plala.or.jp/brainx/reserved2.htm#移植が本当にQOLを向上させているのか
  2. 移植施設に勤務するコメディカルの移植希望の少なさは、腎移植に携わるコ・メディカル研究会アンケートhttp://www6.plala.or.jp/brainx/reserved2.htm#移植施設のほうが移植希望少ない、腎不全医療コ・メディカルのドナーカード所持率27%
  3. 数千例レベルの腎移植患者のQOLを検討した論文はあるが、調査に応じなかった患者や、設問に回答しない患者が多く、QOL低下リスクを評価できない。最も多数症例の論文は、太田 和夫(東京女子医科大学第3外科):わが国における腎移植施設の現状と患者および施設に対する実態調査(第4報) 移植腎生着患者の意識と態度、腎と透析、36(1)、133―138、1994と思われる。
     腎と透析35巻4号掲載の第1報によると、調査用紙を移植腎生着例に6000枚、拒絶例に3000枚配布したが、回収は生着例が2584枚(43.1%)、拒絶例が670枚(22.3%)だった。さらに第4報では、移植してよかったと思うか?の問いに2464例が回答した。回答者の99.0%は移植を受けたことに満足している。
     消息不明例が当時は約2割と推定されるが、消息不明例への調査用紙配布は不可能であり、QOL以前に重要な死亡リスクさえも検討できない。配布可能と見込まれた生着例、拒絶例9000名のうち、2464名の回答で移植患者全体のQOLを推定できるのか?という問題がある。

骨髄ドナー向けに傷害保険があり、これを生体間臓器移植のドナーにも拡大することについては、保険会社から生体腎臓ドナー数と事故発生件数の統計不備を理由に保留された。=加藤 俊一(海大学医学部):生体ドナーに関する適応と諸問題 造血幹細胞移植、40(6)、529−535、2007http://www6.plala.or.jp/brainx/2007-12.htm#20071210

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平均的な透析時間の一.五倍長く、週三回×各六時間の透析を行う施設から、患者の死亡率をさらに半減しQOLも向上させられると報告されている。=金田 浩(かもめクリニック):「長時間透析と限定自由食」の6年間の死亡率と死亡原因、日本腎臓学会誌、48(3)、242、2006http://www6.plala.or.jp/brainx/evidence.htm#患者背景を一致させて比較したデータなし

一九七〇年代からの透析療法の導入過程では高い診療報酬が設定され、・・・近年は透析療法の開始を控える施設が増えるまでに診療報酬は引き下げられた。

  1. 透析医療費については
    日台 英雄(横浜第一病院):透析医療における人間工学と医療経済 序説、日本透析医学会雑誌、28(6)、937−956、1995
    日台論文は、1990年消費者物価指数を100として換算した透析患者1名当たりの実質医療費が1979年に2,154万円、1992年に540万円と25%に圧縮されたことを示した。
  2. 透析導入の抑制については、
    阿岸 鉄三(板橋中央総合病院血液浄化センター):頭打ちになった透析患者の増加傾向、日本透析医学会雑誌、40(4)、347−350、2007http://www6.plala.or.jp/brainx/2007-4.htm#20070428。阿岸論文は、透析患者数について2009年ピーク説を提示している。
  3. 日本透析医学会統計調査委員会:わが国の慢性透析療法の現況(2006年12月31日現在)、日本透析医学会雑誌、41(1)、1−28、2008
     上記委員会は、1980年以降の傾向が続くと「2013年から2014年にはわが国の透析人口の増加は停止することになる」としている。

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おわりに

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日本尊厳死協会理事長の井形昭弘氏は脳死臨調委員も務めたが、「脳死からの回復例は全くない。おぞましい事例は全く起こっていない」と主張し、臓器移植法に倣った尊厳死法の成立を目指している。

  1. 井形 昭弘(名古屋学芸大学学長、日本尊厳死協会理事長):主治医の鬼手佛心には立法が不可欠、難病と在宅ケア、11(5)、13―16、2005
    p15「尊厳死に対する反論としては、尊厳死では周囲から延命措置の拒否を強制されるようになるという主張がある。また医療費抑制の流れに呼応した議論との誤解もある。医療費抑制の為の尊厳死は生命の尊厳に相応しくない。この点、当協会の歴史は高度成長時代からのもので、協会内では医療費抑制の議論は全くなく、全く無縁であることを強調しておきたい。また、周囲に対する気兼ねでプレッシャーを受けるとの議論は本人の尊厳なる意思を余りにも軽視しているものといわざるをえない。脳死の場合も同じ反対論があったが、現実にはおぞましい事件は全く起こっていない」
     
  2. 井形昭弘(日本尊厳死協会理事長):私が決める尊厳死「不治かつ末期」の具体的提案、中日新聞社、7−25、2007
    井形氏はp1〜p3の“はじめに・本書の目的”を「かつて脳死の判断条件に多くの試案が出され、種々議論の末、多くの意見を取り入れて、厳しい条件の下で脳死を法的に容認するに至った経緯に準じたい、と考えています」と結んでいる。
     p7〜p25の総論では、“法制化反対論への反論”において「@尊厳死を容認すると命を粗末にする風潮が広まり、特に障害者や弱者に尊厳死意思を強要することが起きる危険がある―― これに対しては、現実に尊厳死が法制化されている欧米諸国で、その様な事態は起きておらず、杞憂に過ぎないことを主張したいと思います。同じ反対は脳死容認の際にも主張されましたが、脳死体からの臓器移植が定着した現在、ほとんど事件は起きていないことを知るべきでしょう」と書いている。
     
  3. 井形昭弘(日本尊厳死協会理事長):ご返事、全国遷延性意識障害者・家族の会 会報、7、2、2008
    「私はかつて脳死臨調の委員でしたが、当時も脳死からの回復例があるとの反対意見がありました。しかし、脳死が臓器提供の意思のある場合に限って認められた以後、反対の方々が主張しておられる回復例はまったくなく、杞憂に過ぎませんでした」

     

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