メイン » » » 大島 浩
おおしま ひろし

大島 浩

おおしま ひろし

1886(明治19)〜 1975(昭和50)

昭和期の陸軍軍人(中将)、ドイツ大使

埋葬場所: 14区 1種 2側 3番

 陸軍中将大島健一の長男。15.12.11(T4)陸軍大学校卒業(27期)。同期に草場辰巳(後に中将:5-1-23)、小泉恭次(後に中将:22-1-50)、沼田徳重(後に中将:20-1-29)、浅野嘉一(後に少将:15-1-15)、田中毅一(後に少将:12-1-13-5)らがいた。1934(S9)ドイツ大使館付武官となり、ベルリン駐在中ナチスとの接触を深め、外務省とは独自に軍部外交を進め、36日独防共協定の推進者となる。 38陸軍中将に進み、予備役となり、ドイツ大使に任ぜられる。ドイツ側のリッペントロープ外相と接近し、日独伊三国同盟を結び、枢軸外交を強めるために画策。 39独ソ不可侵条約が締結されて三国同盟問題が一時中断すると、大使を辞任。 40末、再び大使として赴任し、三国軍事同盟を実現するために努力。一貫して親独政策を主張した。敗戦後、極東裁判でA級戦犯として終身刑。55減刑され出獄した。

<コンサイス日本人名事典>


墓地


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・あ行 | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。