歴史が眠る多磨霊園


ふたごいし かんたろう

二子石官太郎

ふたごいし かんたろう

?〜 1942.9.26(昭和17)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 17区 1種 10側 番

 熊本県出身。1896(M29)陸軍士官学校卒業(7期)。同期に皇族の久邇宮邦彦王(のちに元帥陸軍大将)や梨本宮守正王(のちに元帥陸軍大将)らがいた。
 陸軍歩兵少尉に任官し、1902陸軍大学校に入校するも二年後に中退、'06復学し、'07陸軍大学校卒業(19期)。 同期に荒木貞夫(8-1-17 のちに大将)、松木直亮(10-1-4-19 のちに大将)、本庄繁(13-1-4 のちに大将)、阿部信行(のちに大将・総理大臣)、真崎甚三郎(のちに大将)らがいた。
 '16(T5)第7師団参謀を経て、'17.8.6陸軍歩兵大佐となり、歩兵第52聯隊長。' 18第5師団参謀長、'22.8.15陸軍少将となり、第16師団司令部附、'24歩兵第12旅団長、'26第3師団司令部附を歴任し、'27.3.5(S2)陸軍中将となり、東京湾要塞司令官となった。'28.3.8待命、3.29予備役。
 '33(S8)SF作家の海野十三(4-1-25)と「日の出」4月附録において『空襲下の日本』を共著し、後に『国難来る!日本はどうなるか』の書籍にも掲載された。功三級。娘は陸軍少将岡本徳三(9-1-19)に嫁す。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧など>


*墓石は和型で正面は「陸軍中将二子石官太郎 / 室 房子 之墓」。


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