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なかむら やすき

中村安喜

なかむら やすき

1872(明治5)〜 1931.4.17(昭和6)

明治・大正期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 7区 1種 2側 14番

 福岡出身。1896.5.27(M29)陸軍士官学校卒業(7期)。同期に緒方勝一(後の大将:4-1-31)、畑英太郎(後の大将:6-1-16-3)、河西惟一(後の中将:16-1-17-55)、川瀬亨(後の陸軍中将:8-1-7-9)、二子石官太郎(後の中将:17-1-10)、大竹澤治(後の少将:2-1-4-14)、羽入三郎(後の少将:3-1-3)、壬生基義(後の少将、伯爵:21-1-12-10)らがいる。 1897.1.25歩兵少尉任官。1903.11.28陸軍大学校卒業(17期)。同期には首席で卒業した渡辺錠太郎(後の大将:12-1-10-15)、優等で卒業した畑英太郎、林銑十郎(後の大将・首相:16-1-3-5)らがいた。
 日露戦争に従軍し様々な要職を経て、'16.8.18(T5)本郷連区司令官となり、同.11.15大佐に昇進。'18.7.24歩兵第49連隊長に就任した。'21.3.11少将に累進し、歩兵第21旅団長となる。'22.8.15待命、'23.3.23予備となった。従4位 勲3等 功4級。享年59歳。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧>


墓所

*墓所には4基の墓石が建つ。正面右側が和型「陸軍少将 従四位 勲三等 功四級 中村安喜之墓」。左側に和型「中村家之墓」。 中村家之墓の右面に中村安喜の妻のタツの刻みがあるが、その墓石の左側に墓誌も建ち、安喜、タツも含め以降が刻む。戒名は楞伽院殿忠興剛岳安喜大居士。 墓所左手側に和型「中村利知 / 同 吉備子 兄妹之墓」。二人は安喜とタツの子で、中村利知は大正12年に20才で没し、吉備子は昭和9年に1才で没している。墓所右手側に洋型の墓石も建つ。


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