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さいごう じゅうとく

西郷従徳

さいごう じゅうとく

1878.10.21(明治11)〜 1946.2.6(昭和21)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(大佐)、
侯爵、貴族院議員

埋葬場所: 10区 1種 1側 1番

 東京出身。父は西郷従道(同墓)、その三男として生まれる。伯父は西郷隆盛。
 1899.11.21陸軍士官学校卒業(11期)。同期に寺内寿一(元帥)、高橋真八(中将:22-1-39)、多門二郎(中将:13-1-10-15)、馬渕直逸(中将:3-1-3-10)、梅澤力助(少将:23-1-1)、小野茂幸(少将:25-2-14)、西郷豊彦(少将:14-1-9)、長谷川国太郎(少将:13-1-7)、松田清彦(少将:20-1-7)らがいた。 翌.6.25歩兵少尉に任官。
 '02.7.18父の従道が亡くなり、同.8.9家督を相続し侯爵を襲爵。同.11.15中尉となり、日露戦争に従軍。'03.10.20貴族院侯爵議員就任('08.10まで活動)。'04.9.25大尉に進級。'06.5.30第一師管軍法会議判事 免任、近衛歩兵第3連隊付 免任し、軍事参議官副官に任官。また、軍事参議官軍事参議官黒木為鷲嫗 仰付、陸軍省御用掛 兼任した。'13.11.15(T2)少佐となり、同.12.20(T2)陸軍省副官 免官、近衛歩兵第4連隊付 仰付。
 '17歩兵第1連隊大隊長。'18.7.24中佐に進み、近衛第3連隊附、麻布連隊区司令部部員となる。'21.8.15大佐に昇進し、本郷連隊区司令官に補せられる。'22.8.6待命、同.9.1予備となる。明治天皇聖跡保存会会長や大日本赤十字会会長等を歴任した。 正2位 勲2等 功4級。享年67歳。

<陸軍軍人名鑑>
<平成新修旧華族家系大成など>


*墓所は多磨霊園内で最も広い。西郷従道や兄で若くして没した西郷従理らの墓所が立ち並ぶ左端の「西郷家墓」。

*妻は宮内大臣を務めた岩倉具定の次女の豊子(同墓)。六男四女がおり、長男は陸軍大佐の西郷従吾(同墓)。他に陸軍少佐の西郷従竜、陸軍少佐の西郷従宏、東宮侍従で黒木為(8-1-2-15)の長男の黒木三次(8-1-2-15)の養子となった黒木従達(8-1-2-15)。

*兄弟に関しては西郷従道のページに詳しい。


西郷豊子(さいごう とよこ)
1880.1.15(明治13)〜 1964.2.15(昭和39)
陸軍大佐西郷従徳の妻
 宮内大臣岩倉具定(具視の二男)の二女。母は沢為量の娘の久子。
学習院女学部卒業後、西郷従徳(同墓)と結婚。西郷従道の三男で家を継いだ(侯爵)。 六男四女。長男は西郷従吾で陸軍大佐まで進んだ。1946(S21)夫と死別。享年83歳で死没した。

<日本女性人名辞典>
<平成新修旧華族家系大成>
<五輪塔様より情報提供>


 


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