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にし よしかず

西 義一

にし よしかず

1878(明治11)〜 1941(昭和16)

大正・昭和期の陸軍軍人(大将)

埋葬場所: 11区 1種 20側

 1898(M31)陸軍士官学校卒業(10期)。同期に松木直亮(後に大将:10-1-4-19)、川田明治(後に中将:22-1-79)、長尾穂次(後に少将:26-1-37)、本庄庸三(後に少将:13-1-25)、水町竹三(後に少将:13-1-6)らがいた。
 卒業後、野砲第8連隊付となり、第2師団後備野砲中隊長として日露戦争に出征。1909陸大卒業後(21期)、野砲第11連隊大隊長、東宮武官、侍従武官、野戦重砲第3旅団長、野砲兵学校長などをへて、31(S6)第8師団長となり、32〜34満州事変に参加した。34大将にすすみ、2・26事件後、教育総監に任ぜられたが、病気のため予備役となった。

<コンサイス日本人名事典>


*西家之墓の右隣に「陸軍大将正三位勲一等功二級西義一碑」とある。書は陸軍大将植田謙吉。


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