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たてかわ よしつぐ

建川美次

たてかわ よしつぐ

1880(明治13)〜 1945(昭和20)

大正・昭和期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 13区 1種 2側

 1901.11.22(M34)陸軍士官学校卒業(13期)。同期に中村孝太郎(後に大将、陸相)、林桂(後に中将:7-1-1)、広瀬猛(後に中将:11-1-8-8)、大家徳一郎(後に少将:12-1-10)、桜井忠温(後に少将:8-1-15)らがいる。
 1901(M34)陸士卒業後、騎兵第9連隊付となり日露戦争に出征。将校斥候(建川挺身隊隊長)としてロシア軍の背後を横断し、山中峯太郎(14-1-8-7)の「敵中横断三百里」のモデルになる。 陸大卒業後、イギリスに駐在し、のちインド駐剳武官。31(S6)三月事件の計画には参謀本部第2部長として加担し、満州事変の挑発にも一役買った。32中将。 ジュネーブ軍縮会議に派遣され、33以降、第10・第4師団長を歴任後、36年予備役、40〜42駐ソ大使、44〜45大政翼賛会総務を歴任した。

<コンサイス日本人名事典>
<山川日本史小辞典>


*正面右側に建川美次碑が建つ。


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