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かわだ あきはる

川田明治

かわだ あきはる

1875.12.29(明治8)〜 1949.2.5(昭和24)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 22区 1種 79側

 高知県出身。1898.11.25(M31)陸軍士官学校卒業(10期)。同期に松木直亮(後に大将 :10-1-4-19)、西義一(後に大将:11-1-20)、長尾穂次(後に少将:26-1-37)、本庄庸三(後に少将:13-1-25)、水町竹三(後に少将:13-1-6)らがいた。1899.6.27歩兵少尉に任官され、近衛歩兵第3聯隊附。1901.11.3中尉に昇格し、'02.5.22近衛師団副官を務めた後、'03.8.3陸軍大学校に入校するも、同.11.28近衛歩兵第3聯隊附となり、日露戦争従軍。'04.2.9陸軍大学校を中退、同.8.8歩兵大尉に昇進、'05.12.29三度、近衛歩兵第3聯隊附となる。'06.3.20陸軍大学校復校。同.4.1日露戦争の功により功4級金鵄勲章受章。'08.11.30陸軍大学校卒業(20期)。同.12.21参謀本部員となった。
'10.11.30少佐になり、'11.11.22歩兵第20聯隊大隊長、'12.12.10(T1)参謀本部員を務め、'16.4.1中佐となり、'17.8.6歩兵第22聯隊附、'18.8.19第9師団参謀を歴任し、'19.5.15大佐に昇進し、歩兵第26聯隊長となった。'20.2.21教育総監部庶務課長、'22.4.1参謀本部庶務課長を経て、'23.8.6少将に進級し、関東軍参謀長に就任した。
 '25.12.2歩兵第18旅団長に任ぜられる。'27.7.26(S2)教育総監部附になり、'28.8.10中将に累進して下関要塞司令官に着任した。同.9.29勲二等瑞宝章受章。'30.8.1待命、同.8.29予備。同.9.26正4位。'38.4.1後備。享年73歳。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧など>


墓所

*墓石は和型「川田家奥津城」。墓所右手前に墓誌がある。川田明治には「陸軍中将 勲二等 功四級」と刻む。享年は七十五才と刻む。妻は豊子。同墓所には、陸軍主計少佐の川田治雄(S18.7.19歿・享年34)、陸軍軍属の川田明英(S19.10.18・享年38)も眠っている。


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