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はしもと とらのすけ

橋本虎之助

はしもと とらのすけ

1883(明治16)〜 1952(昭和27)

大正・昭和期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 13区 1種 7側

 1902.11.22(M35)陸軍士官学校卒業(14期)。同期に西尾寿造(後に大将:16-1-8)、古荘幹郎(後に大将:20-1-18-11)、佐村益雄(後に中将:12-1-13-41)、森田宣(後に中将:24-1-1)、山室宗武(後に中将:15-1-1)、児玉源太郎(8-1-17-1)の三男の児玉友雄、二宮健市(後に少将:22-1-40-1)、山内保次(後に少将:12-1-31)らがいる。
 陸大卒業後、参謀本部員となり、1913(T2)ロシアに出張、19参謀本部ロシア班員となり、22からロシア大使館付武官を務め、31(S6)参謀本部第2部長、32関東軍参謀長となった。 その後関東憲兵隊司令官、参謀本部総務部長、陸軍次官、近衛師団長を歴任し、36予備役となった。のち、満州国参議府副議長・協和会中央本部長となり、敗戦後、中国の戦犯として抑留中ハルピンで没した。

<コンサイス日本人名事典>


墓所

*長男の橋本昌樹は作家。


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