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2008/07/21

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TopockからSeligmanへ


 ラスベガスを朝の8時に出発する予定でしたが、ちょっと寝坊して、2時間遅れの出発となってしまいました。I-40と合流して、Needlesで降ります。Needlesの街をRoute66は通っているのですが、本当に街中だけで、すぐにI-40に乗ることになります。ここで注意して欲しいのですが、Needlesの街を抜けて砂漠に戻ったところで道が二股に分かれます。きれいな方の道が右にややカーブしながら続いていますが、こちらはRoute66ではありません。Y字路にぶつかったら、迷わず左側の舗装が古くなった方に向かいます。するとI-40にぶつかりますので、I-40に乗ります。I-40に乗ってすぐ(二つ目の出口:EXIT1の案内があります)にコロラド川を渡り、アリゾナ州に入ってI-40を降ります。
 ここからが連続してRoute66を走ることのできる最長コースです。全体で160マイルほどの距離を走ることになります。I-40を降りた場所はTopockです。道がコロラド川と併走している時は両側に緑がありますが、川から離れるに従って、緑がなくなっていきます。しばらく走るとTopock(ゴールデンショアーという地域名です)の街になります。ガソリンスタンドや、レストランがあります。その中に、Milo'sというレストランがあります。道からほんの少し入ったところですが、何もないところですので、分かると思います。
 ちょうどお昼を少し過ぎていましたので、ここで食事を取ることにしました。イタリアンソーセージのホットサンドウィッチが美味で、このルートを走ることがあったら、是非立ち寄っていただきたい店です。ここで食事を済ませ、Oatmanに向かいます。
 店の女性に、
「昨日は独立記念日でお祝いをしたのですか」
と尋ねたところ、
「この町では何もやっていません。大きな町ではお祭り騒ぎをしたようですが」
との返事が返ってきました。
 人口が500人いるかどうかといった小さな町(というより感覚的には村)ですので、町を挙げてのイベントを行うことはほとんどなさそうです。私たちが入ったこのレストランも、お客さんは地元の人ばかりで、お互いが顔見知り、名前で呼び合う、そんな雰囲気の店です。昼時を少し過ぎていたこともあって、バー(カウンターとハイテーブル)側に4組ほどのお客さんがいて、食事をするダイニング側は、私たちと、年輩の女性二人組がいるだけでした。

●金鉱の街Oatman

 岩山の合間を縫うようにしてRoute66は走ります。車で移動していますので、それほど感じませんが、この道を馬車で移動してきた人たちはどれほど大変な思いをしたことか、それこそ、命がけという言葉がぴったりとくる場所です。Topockからしばらくは平坦な道を走るのですが、少しすると山登りになります。ただし、日本の山と異なり、岩山で、回りに何もありませんので、大きさの感覚、登っている感覚が麻痺してしまいます。車を止めて、外に出てみると、そのサイズがよく分かるのですが、ただ走っているだけだと、西部劇に出てくるような岩山を走っている、といった感じしか受けません。資料ではかなり急に登るとありましたので、日光のいろは坂のようなくねくねした山登りの道を想像していたのですが、Oatmanの町の直前まで、緩やかなカーブや直線ばかりですので、急な坂を上っているといった感じは全く受けません。唯一登っていると感じさせてくれるのは、車のアクセルだけです。ちょっと足の力を緩めると車の速度が下がってきます。また、一定のスピードを維持しようとすると時々シフトダウンされ、エンジンの回転数が上がることから、山登りをしていることが分かるのです。
 この山道を走っていくと突然Oatmanの街に(集落)に到着します。ここは観光名所になっていて、多くの人がおみやげやさんや、洞窟(金鉱見学ツアー)に集まっていました。砂金取りの実演、体験をさせてくれるお店もあり、時間があれば、体験するのも楽しいでしょう。また、Oatmanの近くには、大昔金鉱を掘った穴(洞窟)がありますが、そのほとんど閉鎖されています。この町の登場の仕方が本当に突然なのです。まっすぐな道が山肌を縫うようにくねくねしだし、本当の山登りが始まって少しすると大きくU字カーブのように左に曲がるのですが、曲がりきった正面がOatmanの町なのです。その手前まで、岩肌がごつごつしていたのですが、突如集落が現れ、観光客が道路に広がって賑わっている場所が出現します。
 実際にこの街を訪れると、よくこの山の中で金探しをしたものだと、感心します。というよりも、こんなところに金があるということを発見したこと自体に驚愕を覚えます。村の入り口から出口まで、200mぐらいでしょうか。道の両側にはおみやげやさんが並んでいます。金を掘っていたときには何倍もの人でこの道が溢れていたのでしょう。記念館のような形で、当時の牢屋が残されて(再現されて)いました。金鉱の町ですので、金に関係するトラブルが耐えなかったのでしょう。今でも南米のエクアドルなどの宝石が産出する場所では軽機関銃を持った警備の人たちが鉱区を巡回していると聞きますが、Oatmanも当時はそんな町だったのではないでしょうか。ここで一休みし、砂金堀体験を見学しましたが、本当の砂金堀と言うより、業者が用意した砂金を混ぜた砂を漉くだけの体験です。いくつか町中に以前の金鉱の坑道が残されており、洞窟探検ではありませんが、金鉱の坑道ツアーも用意されていました。
 Oatmanに別れを告げ、しばらく山登りを続けますと、峠になります。どうも、山を越えると景色も気候も変わるようで、それまでほとんど緑がなかったのですが、峠を越え、下に降りてくるに従って、少しずつ緑が増えてきます。といっても、砂漠には違いないのですが、灌木の数が増えてくるのです。
 山を下り、Kingmanに向かいます。山を下りて平地になりますとただひたすらまっすぐな道となります。Kingmanに入る前に、ほんの少しですがI-40と併走します。併走して少しすると233号線と交差しますので、この交差点を右に曲がり、I-40をくぐり突き当たりを左折です。Kingmanの街に入るとT字路に行き当たります。正面に「Route66」は右という表示がありますので、ここは間違えることはないでしょう。右折するとすぐに右側にアリゾナ州の観光案内所を兼ねた博物館があります。Route66に関する展示物がありますし、おみやげやさんも併設されていますので、是非立ち寄ってください。
 余談ですが、久しぶりに信号のある街でした。このあたりの田舎町は、日本の田舎町とは様相がかなり異なり、2,3軒しか家がない、といった場所も珍しくはないのです。また人口も100人以下という村がRoute66沿いにはかなり残っています。この博物館で一休みし、Seligmanへと向かいます。途中小さな村を通過しますが、岩山にちょこんと家が置かれているといった風景を想像していただければいいのではないでしょうか。この道もただひたすらまっすぐで、右側に鉄道が(シカゴからのAmtrakはこの線路を利用しているのだと思います)、左側はグランドキャニオンのようなテーブル台地が続きます。このテーブル台地のそばを通ると目指すSeligmanは目前です。ここで再びI-40が近づいてきます。
 Seligmanの街にはいると、あちらこちらにRoute66の標識が目立ちます。CAFE、床屋さん(この床屋さんはかなり有名です)など、お店には必ずと言っていいほどRoute66の名称や看板が使われています。
 ここで軽い夕食を取り、次の目的地に向かおうとしたのですが、夕暮れとなってしまい、写真撮影を考えてSeligmanで泊まることにしました。本来ならFlagstaff、上手くいけばアルバカーキまでと考えていたのですが、Route66を、写真を撮りながら走るというのは、予想以上に時間がかかるものでした。今日は280マイル(450Km)の走行です。フリーウエイをほとんど使っていないことを考えると、かなりがんばって走ったといえるでしょう。
 まだRoute66を走り始めてラスベガスを除くと2日めですが、もう少しゆったりとスケジュールを組んだ方が良さそうです。もっとも、要所要所をドライブする、というのであれば、I-40が使えますので、問題はないでしょうが。

●Seligmanはクーラーいらず


 Seligmanでは、飛び込みで(今回はすべて飛び込みで、予約したホテルは全くなかったのですが)モーテルに泊まりました。独立記念日ですので、混んでいるかと思いましたが、がらがらでした。かなり古そうなモーテルで、名前は「Stagecoach66 Motel」。Seligmanの街はずれにあります。チェックインするときに、
インターネットへの接続ができるかどうか?」と聞くと、
「大丈夫、9の後にカンマを二つ入れて設定すればOKだ」という返事だったので、泊まることにしたのですが、念ながら、接続できませんでした。その理由は、アクセスポイントがこの街になかったからです。Flagstaffにはアクセスポイントがあるのですが、コーリングカードか、クレジットカードを使わないと部屋からの接続ができないのです。インターネットへの接続は明日の宿泊先で、ということになりました。
 このSeligmanに入って最大の驚きは、気温です。昼間は暑いのでしょうが、夕方から夜はクーラーがいりません。気温も20度を少し超える程度で、10時間前の45度から比べるとなんと20度も下がったことになります。車の窓ガラスも、冷たく、使っている車のクーラーがよく利くのに驚いています。もっとも、このあたりは海抜が1660mあります。日本でいえば野辺山よりちょっと高い位置になるので、気温が下がるのは当たり前といえば当たり前なのですが。夜半には、雷雨がありました。東側から移動してきた雷雨ですが、Seligmanあたりまでくると、それほど土砂降り、といった雨ではなくなります。この先のWilliamsあたりがこのシーズン、夜になると雷雨になると、モーテルのご主人に教えていただきました。地図を見るとこのSeligmanまでは、「白」なのですが、この先のAshforkからWinonaまでの区間は緑色になっています。Arizonaですが、夜間雷雨があり、緑も濃くなっていることを示しているのでしょう。ゆっくりシャワーを浴び、ランドリーで洗濯してベッドにつくことにしました。明日は寝坊せずに、アルバカーキを目指します。

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最終更新日 : 2004/09/01