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きしだ しょうぞう

岸田庄蔵

きしだ しょうぞう

1863(文久3)〜 1922(大正11)

明治期の陸軍軍人(中佐)

埋葬場所: 18区 1種 10側 1番

 和歌山県出身。岸田家は旧紀州藩士の家系。
 陸軍砲兵中佐。1886.6.25(明治19)陸軍士官学校卒業(旧8期)。同期に田中義一(後の大将・首相:6-1-16-14)、浅川敏靖(後の中将:4-1-21-13)、有田恕(後の中将:8-1-13)、永沼秀文(後の中将:19-1-21-16)、藤井幸槌(後の中将:4-1-35-16)、宮田太郎(後の中将:1-1-4)らがいる。陸軍砲兵少尉に任官。
 1890長男の国士が誕生。1899名古屋に転勤。1907.2.28〜1909.4.1野砲兵第7聯隊長を務めた。庄蔵は無天(陸軍大学卒業でない将校)であったため、明治期では連隊長までが最高位の時代であった。陸軍砲兵中佐。

<軍人名鑑など>


*墓所内には何も刻まれていない大きな寝石。墓所を囲っているブロック塀に墓誌がはめ込まれている。妻は楠子(1862-1941 同墓)。長男は劇作家の岸田国士(同墓)。国士の妻の岸田秋子(同墓)は菊池寛(14-1-6-1)のところで翻訳家として活動した。国士と秋子の子で孫には詩人・童話作家の岸田衿子、女優の岸田今日子(同墓)がいる。


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