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さとう こうじろう

佐藤鋼次郎

さとう こうじろう

1862(文久2)〜 1927(昭和2)

明治・大正期の陸軍軍人(中将)

埋葬場所: 2区 1種 4側 13番

 尾張藩士佐藤金左衛門安信の長男。1896.11.26(M29)陸軍士官学校卒業(8期)。 同期に林銑十郎(大将・首相:16-1-3-5)、渡邉錠太郎(大将:12-1-10-15)、新井亀太郎(中将:13-1-4)、汾陽光二(中将:16-1-19-11)、佐藤鋼次郎(中将:2-1-4-13)、神尾直次(少将:22-1-30)、齋藤徳匡(少将:24-1-34)、中島銑之助(少将:14-1-24-7)らがいた。
 日清・日露戦争、第一次大戦に従軍、1916(T5)中将に昇進、翌年予備役となった後評論家として軍制改革問題について発言し、とくに総力戦理論を提唱して注目された。著書に「国民的戦争と国家総動員」(1918)。

<コンサイス日本人名事典>


墓所


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