宮城県仙台出身。弟は東京女子大学教授や宗教部長を務めた宮本信之助。
東京帝国大学哲学科卒業。高倉徳太郎(同墓)が牧した信濃町教会の会員で、高倉が校長をしていた日本神学校で宗教哲学を教えた。以来、東京神学大学で長く宗教哲学を講じた。後に第6代 東京神学大学理事長に就任した。
'42、'43 戦時中のYMCAの学生たちの夏季学校に聖書研究の講師を務める。'46 戦後間もない時期に東山荘で開催された「全国学生基督者協議会」(第55回夏季学校)でも聖書研究を担当した。'47 東山荘で毎年春秋2回主事養成講習会が開かれるようになり、宮本はそのキリスト教科目の講師のひとりとなった。'49 陣容を整えた学生部常務委員会では副委員長に選ばれた(委員長は湯浅八郎)。'53 日本YMCA研究所が設立され研究所委員となり、キリスト教倫理を担当。60年代、70年代の東山荘委員も務めた。
1969(S44)東京女子大学学長に就任。その後、フェリス女学院院長を歴任した。
著書は多数あり、『基督教叢書』(1934)、『基督教倫理学の根本問題』(1939)、『宗教哲学』(1942)、『象徴としての哲学』(1948)、『福音の真理:新しき世代のために』(1952)、『現代キリスト教人間像:人間の自己疎外の問題』(1958)、『聖書は何を語るか』(1961)、『大学と人間』(1961)、『波多野精一』(1966)、『宗教哲学の根本問題』(1968)、『聖書のことば』(1977)などがあり、翻訳書も多数刊行している。『宮本武之助著作集(上・下巻)』(1992)にまとめられた。自伝『私のキリスト教』(1983)。「キリスト教と文化」を生涯追究したテーマとして取り組んだ。享年92歳。