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もちづき けいすけ

望月圭介

もちづき けいすけ

1867(慶応3)〜 1941(昭和16)

明治・大正・昭和期の政党政治家

埋葬場所: 6区 1種 16側 12番

 上京して家業の海運業を手伝う傍ら自由党に近づき、1898(M31)以来衆院議員当選13回。原内閣時代の幹事長。田中義一(6-1-16-14)内閣の逓相・内相。 その後、政友会にあって、鈴木総裁を中心とする主流への反感を強め、1935(S10)党議に反して岡田啓介(9-1-9-3)内閣の審議会委員となったことから政友会を除名、ついで逓相に就任とともに、他の政友会脱退者と昭和会を結成、政党自壊過程を促進した。 政友会分裂後中島派に属し、また米内内閣の参議となった。

<コンサイス日本人名事典>


側面

*望月圭介之墓の謹書は、海軍大将・内閣総理大臣をつとめ、望月圭介にお世話になった岡田啓介である。


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