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こばやし せいぞう

小林躋造

こばやし せいぞう

1877.10.1(明治10)〜 1962.7.4(昭和37)

明治・大正・昭和期の海軍軍人(大将)、
連合艦隊司令長官、政治家

埋葬場所: 10区 1種 3側

 広島県広島市出身。安芸広島藩浅野家家臣の早川亀太郎・テルの三男。10歳の時に母方の小林時之助(同墓)の養嗣子となる。1900(M33)家督を相続。
 1898.12.13(M31)海軍兵学校卒業(26期)。同期に野村吉三郎(後に大将・外交官)、清河純一(後に中将:11-1-10-12)、高橋節雄(後に少将:10-1-6)、福田一郎(後に少将:13-1-35-1)らがいる。翌年少尉に任官し、戦艦「初瀬」回航委員としてイギリスに出張。破格の出世で、1903 大尉に進級し、浪速砲術長になる。
 '05 第三艦隊第七戦隊参謀となり、同年の日露戦争の日本海海戦に参戦。第四艦隊参謀となり樺太方面に出動し、その後、新設された南清艦隊参謀に就任した。'06 厳島砲術長、佐世保鎮守府参謀、を経て、1909.5.25(M42)海軍大学校を首席で卒業(6期)。
 石見砲術長を経て、軍務局員となり、海軍省中央での第一歩を踏む。'10 海軍省副官 兼 海軍大臣秘書官となり、齋藤實(7-1-2-16)海軍大臣に仕えた。'11 イギリス駐在、続けて、'13 アメリカ駐在。同年末に帰国し、磐手副長、教育本部、海軍大学教官、技術本部副官を歴任。'16 平戸艦長、'17 大佐に進級し、同年末より海軍省副官として加藤友三郎海軍大臣に仕えた。
 '20 イギリス大使館付武官となる。小林は兵器としての航空機の価値に注目した一人であり、海軍が本格的に航空部隊を養成するきっかけとなったイギリスのセルピン大佐らの招聘は、小林の努力が大きかったという。結果、フランス式航空術からイギリス式への転換に貢献した。
 '21 少将に昇進し、第三戦隊司令官。'23 在任中に関東大震災が起こり、横浜に陸戦隊を上陸させ治安維持に努めた。同年末に海軍省軍務局長になり、'26 中将に進級。'27(S2) 軍縮会議首席随員としてジュネーブに派遣され、翌年帰国。練習艦隊司令官、'29 艦政本部長、'30 海軍次官になり航空部隊充実に力を注いだ。
 '31.12 第一艦隊 兼 連合艦隊司令長官に就任。'32 勲一等瑞宝章受章。'33 在任中に大将昇進。また在任中(1933.5)に連合艦隊が常設化された。これにより肩書が、連合艦隊が先になり、連合艦隊 兼 第一艦隊司令長官となった。連合艦隊司令長官になったものの、ほとんど海上勤務はなく、実務のほとんどは、第二艦隊司令長官であった末次信正(16-1-3-8)に任せていた。実際に図上演習では中村良三中将に惨敗したほどであった。
 '33 軍事参議官となり、'36 二・二六事件のあおりを受けて予備役となった後、同9 から台湾総督に就任して、海軍の南進政策の地ならしを行った。この間、'34 勲一等旭日大綬章受章。'40 台湾総督辞職後は、大政翼賛会中央協力会議議長になり、'44 貴族院議員に勅撰され、政治家となる。小林は人望があつく、多くの大物から首相候補として擁立運動が起こったほどであった。なお小磯内閣の国務大臣を務めている。
 終戦後、'45.12 GHQの命令で第三次逮捕者のひとりとして捕らえられ、戦犯容疑で勾留されたが、不起訴処分となり、'47 釈放された。正3位 従2位。享年86歳。

<コンサイス日本人名事典>
<日本海軍将官総覧>
<帝国海軍提督総覧>
<連合艦隊司令長官24人の全生涯>


*墓石和型「小林家之墓」、裏面「昭和拾四年十月 當主 躋造 建之」。左側に墓誌が建ち、広島藩士の小林源六から刻みが始まる。源六の長男で躋造の養父の小林時之助(嘉永2.11.2〜M33.10.23)は広島県庁土木技師。躋造の一女の京子(T4歿)。ここまでは代々の菩提寺の広島市萬行寺に葬られたが、時之助の妻で養母のミネ(峰:慶応3.11.11〜S24.6.24)が亡くなったことを機に、多磨霊園に改葬した。躋造の妻はアヤ(M22.8-S45.8)。躋造の長男は小林忠生(R4.11.7歿・享年92才)。


【多磨霊園に眠る聯合艦隊司令長官】
歴代連合艦隊司令長官は24名おり、初代 伊東祐亨から第31代目 小沢治三郎までいる。その内、多磨霊園に眠るのは8名。
3代目東郷平八郎中将1903.12.28(M36)- 1905.6.14(M38)7-特-1-1
4代目東郷平八郎大将1905.6.14(M38)- 1905.12.20(M38)7-特-1-1
6代目吉松茂太郎中将1915.11.1(T4)- 1915.12.13(T4)2-1-4-20
7代目吉松茂太郎中将1916.9.1(T5)- 1916.10.14(T5)2-1-4-20
8代目吉松茂太郎大将1917.10.1(T6)- 1917.10.22(T6)2-1-4-20
16代目岡田啓介大将1924.12.1(T13)- 1926.12.10(T15)9-1-9-3
20代目小林躋造中将1931.12.1(S6)- 1933.11.15(S8)10-1-3
21代目末次信正中将1933.11.15 (S8)- 1934.11.15(S9)16-1-3
25代目吉田善吾中将1937.12.1(S12)- 1939.8.30(S14)16-1-5
26代目山本五十六中将1939.8.30(S14)- 1941.8.11(S16)7-特-1-2
27代目山本五十六大将1941.8.11(S16)- 1943.4.18(S18)7-特-1-2
28代目古賀峯一大将1943.4.21(S18)- 1944.3.31(S19)7-特-1-3



第442回 連合艦隊常設化 人望の人 海軍大将 小林躋造 お墓ツアー


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